雨の日の名古屋駅で偶然会った姫子と文治が二人で家に向かうお話。
日常、ほんわか、恋愛要素薄めながらあり。

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雨の中唄いながら楽しそうに帰る文治さんと姫子さんというイメージで書いてみました。ゴンドラの唄と故郷の歌詞は著作権が切れているので小説に使わせてもらっています。ご了承くださればありがたいです。
*パブリックドメインになっているため2曲とも楽曲コードがありません。極めて健全なお話です。原作20話へ繋がる?もしもの話になっていますのでよろしくお願いします。そして今回もなんでも許せる方向けです。おじロリなのでそういうのが苦手な方は注意です。

それぞれの歌の著作権についてはリンクへお願いします。

ゴンドラの唄著作権
https://ja.m.wikisource.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%81%AE%E5%94%84
故郷 童謡 著作権
https://ja.m.wikisource.org/wiki/%E6%95%85%E9%83%B7_(%E7%AB%A5%E8%AC%A1)




雨傘と唄

いのち短し 恋せよ少女

波に漂う 舟の様に

君が柔手を 我が肩に

ここには人目も 無いものを

 

いのち短し 恋せよ少女

黒髪の色 褪せぬ間に

心のほのお 消えぬ間に

今日はふたたび 来ぬものを♪

 

レコードから流れてくる唄に耳を傾けるとあの日の情景が浮かんでくる。

それは楽しくも悲しく嬉しくも恥ずかしいような様々な感情が混ざり合った大切なおもひで。

 

 

雨傘と帰り道

 

 

大正五年名古屋。あいにくの雨模様の中、姫子は母と連れだって名古屋の街中をゆっくりと歩いていた。雨の街に傘の人たちが往来を行き来し、さっさと用事を済ましてしまおうと、足早に通り過ぎていく。

草履に下駄に革靴、雨に濡れた道を踏む履き物と、着物に背広に学生服。晴れの日とはまた違う景色に見えて面白い。そんな中に一際目立つ格好をした青年が現れた。軍帽と軍服を身につけ傘は無く、しとどに濡れるその相貌は整っていながら目の下にある隈のせいで怖いという印象を強く抱かせる。腰には軍刀を下げ歩く様は仁王像の如しであった。

 

「おや、瑞子さんと姫子さん。奇遇ですね」

姫子と瑞子に気がつくと鋭い目つきがやわらいだ。

「まあ文治さん奇遇ですね」

人通りの多い時間でしかも雨降る時間にばったりと会うなど滅多にないことだ。蛇の目傘を少し傾け、

瑞子は軽く会釈した。それを真似して姫子もお辞儀してみせる。

「帰り道、雲行きが怪しくなってきまして、こりゃまずいと思っていたら案の定降られてしまいましてね」

「そうですか、ちょっとお待ちになって下さい」

瑞子はずぶ濡れの文治に同情したのか気の毒そうな顔をした後、そそくさとどこかへ行ってしまう。行き際に姫子に文治さんと一緒に駅の軒下あたりで待っていなさいと告げた。

いきなり二人きりにされてどきりとする姫子だが、勇気を振り絞り文治の方を見て声をかける。

「あのっ駅の方へ行きましょう文治さま。ずぶ濡れになってしまいます」

「そうですね。さすがにこれ以上濡れるとまずいですし少し雨宿りさせてもらいましょう」

「文治さまお手をどうぞ」

文治の元へ姫子は歩み寄り手を差し出した。

「はい?」

「これだけ人がいるとはぐれてしまいますから、その手を繋いでくださると助かり…ます」

勢いで言ったものの手を繋ぐということを意識してしまいかあと頬を赤くする姫子。

「ああ、そうですね。これは失敬」

そんな姫子の心中を察したのか文治はすぐ姫子の小さな手を握ってみせた。

「文治さまの手ごつごつしていますね。」

「訓練していますから、豆ができて手の皮が厚くなるんですよ」

「そうなんですか痛いのでしょうか」

「いえ慣れていますから大丈夫です」

大したことない風だと言い切る文治。

「それから男の方の手というのは随分大きいのですね。私の手がすっかりおさまってしまいます」

言われてみれば姫子の手は文治の手よりも小さく手を握るというよりも、手を覆っているという具合だった。

「大人ですから大きいですとも、姫子さんの手は小さいですね。しかし私よりもしなやかな手だ。羨ましいですな」

「ヘチマ水を使っているくらいで他に大したことはしてないです」

「ヘチマ水ですか?」

「ええ、ヘチマの実を取ったあと切り口を瓶に挿しておくと自然と水がたまるので、それを化粧水にするんです」

「ほう」

「ヘチマ水を手肌に塗ると肌がすべすべになりますし、肌荒れにも良く効くんです」

「そうですか、姫子さんの手の触り心地がいいのはヘチマ水のおかげというわけですね」

「そうかも、しれません」

「ええまるで絹のようだ。いつまでも触っていたいぐらいですよ」

「き…絹ですか、そんな上等なものでは」

「上質な綿のようでもありますね。」

「わ…綿っっ!?いえそんな」

目を白黒させて動揺する姫子をよそに文治は至って冷静だ。お世辞でなく本当にそう思って言っているのである。更に天女の羽衣のようですと言いかけたところで軒下に辿り着いたので姫子がもうそれ以上は!と言って褒めるのをやめさせなければずっと褒め続けていたに違いない。

ようやく雨から逃れた文治は一息ついた。蛇の目傘を畳んで姫子も軒下に入る。

駅周りには客待ちの人力車が何台も並び笠をかむった車夫たちが雨に濡れるのも構わずじつと立ち尽くしていた。何台かは女性や洋装の紳士を乗せてガラガラと走って行く。

こちらを車夫が見ているわけでもないのだが、無性に恥ずかしくなってきて姫子は顔を俯けていた。

そういえばまだ文治と手を繋いだままなのだ。なんとなく手を離す機会を逃してしまったが人目があるのだと思うと気まずくなってしまいなかなか言い出せない。

「どうしました?姫子さん」

「あのっ、もう大丈夫ですから手を」

「ああこれは失敬」

悪びれる様子もなくすぐさま手を離す文治。

少し名残惜しいと思いながらも恥ずかしさから解放された姫子は、文治がすっかりびしょ濡れなことに気がついた。帽子も顔も軍服もすっかり濡れてぽたぽたと雨粒が滴っている。

顔も身体も濡れ鼠の文治を不憫に思った姫子は懐から手拭いを出す。その手拭いで文治の顔を拭こうとして背伸びしてみるものの姫子の背伸びでは到底文治の顔に手が届かない。

「届かないです。もう少し私に背があれば」

「ハハハどれ、こうしたらいいですか」

文治がすっとしゃがみ込む。すると間近に文治の顔が来て姫子はまた、どきりとした。

「あ、ありがとうございます。文治さま。すっかり濡れてしまわれてお可愛そう」

蝶々が何匹か描かれた手拭いでそっと文治の顔を拭く姫子。額から眉間、鼻、頬、口元、首筋の順に拭くと丁寧に折りたたみ懐へしまった。

「ありがとうございます。しかし、姫子さんの素敵な手拭いを駄目にしてしまいましたね」

「そんなことないですよ。私にとって手拭いよりも文治さまの方が大事なんです」

「やはり、姫子さんは可愛いですね」

「へ?かわ可愛い?いえそのっ」

突然可愛いと言われ混乱する姫子。

「優しさも併せ持っていて、素直でいいお嬢さんだ」

「っ!?わかりました。わかりましたから、それ以上は恥ずかしい…です」

両手で顔を覆って恥ずかしがる姫子。

「相手を思い遣り、自分のできることを精一杯する。出来そうでなかなかできないことです。それを姫子さんは、いとも簡単にやってのける」

「そんなことありません。いつもやろうとしてできないことばかり、早く大人になってなんでも出来るようになりたいです」

「急いては事を仕損じるといいますし、自分のできることをするでいいと思いますよ、姫子さん」

文治の後ろにすきあげた髪から一筋、雨しずくが落ちる。

「あ」

思わず姫子がつ、と指でその雫をなぞるように触れる。鼻筋に指を軽く当ててしまいすぐにごめんなさいと手を引っ込めるが、文治は動じない。

その時、

 

「待たせてしまってごめんなさいね」

少し息を切らせて瑞子がこちらへやって来た。

片手に傘そしてもう一方の手にも閉じた白い番傘を持っている。

それに気がつくと文治はすぐに立ち上がった。

「しばらくは止みそうにないですから、傘使ってください」

「そういうわけにはいきません」

「遠慮なさらないで、困った時はお互いさまでしょう」

「はあ、ですが…」

「姫子をよろしくお願いします。あの子を守ってあげられるのはあなただけですから」

半ば無理矢理押し付ける形で傘を渡された文治はええと相づちを打ったもののまだ納得いかない様子だ。

「文治さまが貰ってください。これ以上濡れたら、風邪を召してしまいます」

姫子が懇願するように文治に言うと、文治は仕方なさげであるものの、ありがとうございますと言って傘を受け取った。

「では、私は用事ありますので先に帰ります。姫子さんは文治さんと一緒に家に帰ってらっしゃいな」

「えっ?!」

瑞子がにこりとしながら言った言葉に姫子は驚く。

二人きり…文治と二人きりというのを過剰に意識してしまい、またカーッと姫子の頬が熱くなってくる。

言うことだけ言うと瑞子は人力車に乗り込み行ってしまう。引き止める間もなく行ってしまった母を見送ると姫子は改めて文治と二人きりなことを意識してまう。

 

「さて、雨も止みそうにないですし私たちも帰りましょうか…」

「はい」

「せっかくですし歩いて姫子さんの家まで行きましょう」

「歩いてですか」

「ええ、人力車だとゆっくり景色を見られないですから」

文治は軍帽を被り直しながら言う。

駅からは丁度、列車が到着し沢山の人々が蜘蛛の子のように出口から溢れて出てくる所だった。

軒下にいる姫子達などおかまいなしに人並みはどっと押し寄せ傘を開く者、人力車に乗るもの、雨宿りしようとする者などで、ひしめき合う。文治は姫子がその人並みに流されないよう肩に手を寄せ、出発を優しく促す。それに従うように姫子は蛇の目傘を開くと、では行きましょうとゆっくり歩き出した。

 

砂利道をじゃりじゃりと草履と革靴が踏みしめる音と軍刀が留め金にぶつかる音、傘にぽつぽつ雨が当たる音それに秋風が吹き抜けるひゅうという風切り音がずっと聞こえている。

駅から離れた郊外、柿の木や田んぼといったのどかな風景がいくら歩いても変わらず広がり続ける。

人通りもまばらでたまにほっかむりを傘代わりに頭にしている農夫や客を送り届けて帰る途中の車夫くらいしか行き違うことはない。

そんな寂れた田舎道を白い番傘と赤い蛇の目傘二つ並んで歩く文治と姫子は何を話すことなく黙々と歩き続けていた。

ふと、口寂しくなったのか文治が煙草を取り出し、マッチを擦る。だが、なかなかマッチに火がつかない。何回も火をつけようとしてみるがやはり点かない。

「おや?マッチが湿気てしまったようです。」

 

「文治さまは煙草が本当にお好きですよね。」

「ええ、煙草は美味いですから」

「苦いのに美味しいというのがまだ、私にはわからないです」

「苦みが美味しいと感じるようになるものです大人になると」

少し苦笑しながら、文治は言うとマッチ箱と煙草をしまう。

「苦いのが美味しく感じる…ですかやっぱりわからないです」

蛇の目傘をくるくると回しながら姫子は唇を尖らせる。

「今はわからなくても、姫子さんもそのうちにわかるようになるかもしれません。姫子さんが大人になって苦さの良さがわからないとしても、それはそれでいいのではと思いますしね」

 

「そうでしょうか」

「ええ、好きなものが同じでないとしても、私は姫子さんと一緒にいるのが楽しいですから」

文治は不意に立ち止まると、古民家の庭先に植えてある金木犀を指差す。

「まあ、綺麗な金木犀。」

雨風ですっかり花か散ってしまっていたが、小さな花びらが重なり、こんもりと橙色の小山のように積もっている様は美しく姫子の心をときめかせた。

「金木犀は散ってしまっているのにそれを綺麗だと言うでしょう。姫子さんと一緒にいると、明るい気持ちになれる。」

「あんな小さな花が、沢山集まると綺麗なお山みたいになるのですから綺麗だなあと思いまして」

「雨降りの中でも良いところを見つけられる姫子さんなら、大丈夫そうですね」

「大丈夫そう、とは」

きょとんとした顔で尋ねる姫子に文治は

「姫子さんはこちらに来てから、まだ二ヶ月しか経っていないでしょう?そんな姫子さんをよく思わないという人もこれから出てくると思います。」

少し困ったような顔で言い姫子をそっと見やる。

「よく思わない、そんな人いるのでしょうか?」

「十人十色という言葉があるように様々な人間がこの世の中にはいますから、優しい姫子さんと気が合わない人もいるでしょう。そんな人が、もし姫子さんに意地悪したとしても優しくしてあげてください」

「その方が私を好きでなくても優しくすべきでしょうか」

 

「そうですね。一口にそう言い切れないのですが、先程私は苦い煙草が好きだと言いました。姫子さんは苦いのが好きではないからわからないと言いましたね。世の中にはわからないもの嫌いなものにああだこうだと言う人間は必ずいるものなんです。もし姫子さんに意地悪をしてくるような人でも、その人が困っていたら助けてあげてくださいね。」

 

「色々な方がいるのですね。わかりました!私と気が合わない方がいても困っていたら助けます。的に塩を送るという言葉がありますものね」

傘を持ってない方の手をぐっと握りしめ、きらきら目を輝かせる姫子にふっと笑みを浮かべる文治。

散ってしまったとはいえ、いくつか咲き残った金木犀の甘い香りが文治の鼻腔をくすぐった。

しとしと降り続く雨の最中(さなか)も傘を並べて歩く二人は仲睦まじく、曇りの空さえ明るく照らしそうな雰囲気を醸し出していた。

 

稲穂が刈られた物寂しい田んぼに、道の脇の水溜り。水溜りに雨粒が落ち波紋が浮かんで消えていく。どこかでアマガエルが鳴いてるのが聴こえてくるがカエル達の姿は見えない。晩秋である。

秋雨と吹き付ける風は肌を刺すような冷たさだ。

姫子の小さな歩幅に合わせて文治がゆるりと歩を進める。小さな許嫁が転んでしまわぬように。

花塚家まで道半ばという所で、姫子が口を開いた。

「文治さま、唄をうたいませんか?」

「唄ですか…」

唐突な提案にまごつく文治だが、ふむとしばし考えた後、鷹揚に歌いましょうかと了承してみせる。

「煙草が吸えないので、いささかぼうっとしてしまいました。唄をうたいながらの方がしゃんと、していられそうです」

「ふふ、そうでしたね。文治さまは煙草が切れるとぼうっとなされる」

くすくすと笑う姫子に格好悪いところを見せたという風に気まずそうに口を覆う文治。

「では、何の唄をうたいますか」

「故郷を」

「懐かしいですね。その唄なら覚えています」

「私が先にうたいますから、文治さまは私に続いて歌ってくださいますか?」

「いいですよ」

 

姫子が珊瑚色のくちびるから軽く息を吸うと鈴のような声がまろび出る。

「兎追いしーかのやーま」

「小鮒つりーしかのかわー」

つられるように文治も見事な低音で歌い出す。

「夢はいまーもめーぐりーてー」

「忘れがたーきふるーさーとー」

 

「如何にいまーすちちーははー」

「恙無しやーともーがきー」

「雨にー風にーつけーてーもー」

「思いいーずるふるーさーとー」

ここまで歌ってから文治の目を姫子は見つめて満足そうに笑いかける。文治はそれにウィンクしてみせた。すると姫子の顔がほんのり赤くなる。

そうしてまた息つぎ、歌い出した。

「志をーはたしてー」

「いーつのひーにかーかえらーん」

「山はーきよーきーふるーさーとー」

「水はーきよーきーふるーさーとー」

 

歌い終えると、立派な佇まいの日本家屋の近くまで来ていた。姫子の住んでいる家。花塚敬次郎が家主の花塚家である。迎門の前にはいくつか人影があった。姫子の帰りを今か今かと、待ちわびている女中たちである。

龍子に月子と星子そしてこま子。

龍子は洋傘を差して他の者は和傘を差している。

迎門まであと少しというところで

龍子の姿を見つけた姫子は思わず「龍ねーね!」と声を出していた。

姫子の声に気がついてふと傘を上げ、愛しい姫子の姿を見つけると姫子さま!と叫んで駆け寄より抱きつこうとしたのだが、隣に文治がいることを認めると眉間に皺を寄せ足を止める。

「あら、そういえば土屋さまも一緒でしたか」

「一緒で何か不都合なことでも?」

にこにこと笑顔をお互い交わしながら、ばちばちと火花を散らす二人。

「ありますとも、許嫁でありながら姫子さまに不埒なことをしようとしたこと一度や二度ではありませんでしょう。まして今日は二人きりときたからには何もなさっていない保証もないわけですし」

「二人で帰りなさいと、許可なさったのは奥さんですが」

「だとしても…です。」

言い合う龍子と文治を見比べていた姫子だが、急に突風が吹き付け傘ごと煽られる。

「あっ!!」

冷たい追い風の強風が一瞬で傘と姫子を掬い上げようとした、たたらを踏みながら必死に飛ばされまいとする姫子だが傘が手元から勢いよく吹き飛ばされ、その反動で仰向けに倒れそうになってしまう。

「姫子さん!」

「姫子さま!」

青ざめた顔で叫んだ龍子と文治。

すかさず文治が傘を放り投げ姫子を後ろから素早く抱きとめた。草履は片方脱げたものの怪我はないようだった。

「大丈夫ですか姫子さん」

「はっ…はい!だい、じょぶです」

文治の温もりを背中に感じてほっとしたのも束の間姫子は後ろから抱きしめられていることを意識してしまう。リボンにしなやかな髪、顔そして深紫に扇模様があしらわれた着物が雨に濡れていくが、そんなことなど些末だといわんばかりに姫子の顔がどんどん赤くなっていく。

「そうですか安心しました。」

煙草の香りがする吐息を嗅ぎながら、やはり文治は大人なのだと実感する姫子。

こほんと咳払いの音がした後、龍子が口を開く

「姫子さま、ご無事で何よりです。土屋さまも」

姫子が大した怪我をしてないとわかると龍子はほうと息をつき、手にしている洋傘を文治に差し出した。

「まったく、ずぶ濡れじゃないですか、この傘使ってください。」

「ありがとうございます龍子さん」

「お礼などいいですよ。今日も家で夕餉召し上がるのでしょう。私は準備がありますので、では」

気恥ずかしいのか文治と目を合わせることなく龍子はそう言うなり、そそくさと迎門を抜けて玄関へ向かってしまう。

「あいも変わらず、龍姐はそっけないなあ」

「あれでも、龍姐なりに気利かせとるの」

「そうがね、どえりゃー気遣ってます」

こま子の後に月子と星子が喋る。ふうんとわかったようなわからないような空返事をこま子はすると文治が放った番傘を拾いに行った。月子と星子も飛ばされた姫子の蛇の目傘を拾いに行く。

龍子と入れ替わるように今度は白髪白髭の老爺が現れた。紋付き羽織袴姿の出で立ちは古めかしい日本男子を彷彿とさせた。花塚敬次郎、姫子の祖父である。

「土屋の倅か、ちょうどいい頃合いに来たな、夕餉の後将棋に付き合え」

「いいですよ何試合でも付き合います」

「にしても洋傘で相合傘とは、こりゃハイカラと来とるなカッカッカ!!」

姫子を後ろから抱きとめる形で傘を差す文治をひとしきり見て敬次郎は軽快に笑い出した。

「お、おじいさま!」

「相合傘、確かに言われてみればそうですね」

「文治さまと相合傘…」

敬次郎にからかわれても冷静なままの文治と顔を薔薇のように真っ赤にさせている姫子。恥ずかしそうにしながらも姫子は文治と一緒にいることができるのをとても嬉しいと思うのであった。

 

「いのちみじかし恋せよ少女(おとめ)か…」

「私たちも文治さまみたいな方と恋してみたい」

「おらも」

「いつかしてみたいわね一度くらいは」

「ええ、憧れるだけじゃなく素敵な恋してみたいわねぇ。人生に一度くらいは」

羨望の眼差しを文治と姫子に向ける女中達もまた

恋焦がれる少女(おとめ)なのであった。

 

花塚姫子十二歳。彼女には素敵な許嫁がいる。

土屋文治三十歳。歳の差はあれど、清く優しく聡明な青年である。三年後には二人は結婚する予定になっている。大正五年、名古屋。世の動きは明暗分かれ不確かなれど、文治と姫子二人の愛はゆっくりと育まれていくのだった。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでくださってありがとうございます。抜かし抜かし読んでくれた方にも感謝です。傘を差している文治さんと姫子さんの話を書こうと思いつき、書いてみたものの思う通りに書けずに一月経ってしまいました。無事終わらせることができましたが、色々というか全てが行き当たりばったりです。読みにくかったらすみません。
カタカナ語を日本語で表現してみる、丁寧な言葉使い、所作、日本家屋の名称難しいですがとても勉強になります。次の短編も煙と蜜を書く予定。拙い文章ですが、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。

最近、長蔵ヒロコさんの煙と蜜、原作を買ってくれてる方が増えてるみたいで嬉しいです。二次創作やTwitterなどで煙と蜜を知った方ぜひぜひ試し読みしてみて気に入ったら漫画購入して読んでみてください。
関係者でもサクラでもないですが、よろしくお願いします。
もう、持ってるよ読んでるよという方もありがとうございます。

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