ひどく荒れ果てた高速道路の情趣は、かつての終末。その混乱を色濃く残した世界であった。
きっと終末の始まりとは終わりに相応しく、とても苦しくて、悲しくて…そして賑やかなパレードだったのだろう。
物憂げな絶望感と失われない混沌が、どこまでも続いてゆくのだ。
突き抜けるような渋滞を形成したまま、二度と動くことのない車の亡骸たちの静謐は、まるで春の青空に晒される墓場のような独特の雰囲気を湛えている。
余りにも沢山の人間の残り香で溢れているのに、亡者が殆ど存在しないという状況も、一層その憂いを大きなものとしていた。
それにここは、きれいに並んだまま残された車が多すぎるのだ。
道から逸れてフェンスに突き刺さったものや、前後の車と合体して一つの鉄塊と化しているものも、まぁ…無いとは言えないけれど、八割方が忽然と人だけ居なくなったような状態である。
この不自然なまでに綺麗な状態で残されたものたちの中を、ふと車窓から覗き込んでみれば、そのほとんどは留守にしているようであった。
彼らの主人たちは、きっと胡乱な旅に興じているのだろう。…あるいは生前に渋滞を見兼ね、逃げ出したまま帰ってこなかったという線もありそうだ。
もっともすべてがそうという訳でもなく、例えば潰れた車体に挟まれてしまった人や、小さな亡者を抱えている亡者なども、見掛けることはあった。
閉ざされた車の中は静かに満ち満ちて、やがて朽ちゆくを待ち続けているのだろう。
あるいは、たまに私の視線に気が付いたものがいれば、彼らは不思議そうにこちらを向いた。
そういう亡者は決まって、生きているかのようにお辞儀をしたり手を振ったり…まるで軽い挨拶のような仕草を見せてくれるのだ。
ただ一体だけ、そこから出ようとしていたのか、必死に暴れていたものも居たけれど。
それこそ町などでは見かけることのない、亡者たちに見い出せる個性の数々。
口が裂けても幸せそうとは言えない様子だったけれど、得てして亡者とはそういうものなんだろうなぁと思う。
そして、きっと…みんなに置いてかれてしまった私にも、いつか終わりは来るのだろう。
どこかで突然に、あるいは緩やかに、私の全てを攫う終末があるはずだ。
死んだあとも、幸せでいられたらいいのにな。
そんなことを考えていた折、ふと、空が薄暗く色付いていることに気が付いた。
あの育つことのない赤子を撫でる母親のように、愁いで優しげな茜が全てを染め上げてゆく。ひどく痛々しい傷跡を覗かせる、忘れられた終末にも例外無く。
やがて鮮やかな暖色に、宇宙の仄かな藍色が混ざりはじめ、日が暮れて、夜になってゆくのだろう。
それでも、必要に迫られたことでもない遠征は、決して順調とは言えないペースで進んでゆく。
話題にするにあたって躊躇う必要がない程度には…もっとも話し相手なんていないけれど、面白い出来事がいくつかあって。
長い高速道路の行き掛かりには、立ち止まって眺めてしまう程度には、心惹かれる景色もいくつかあって。…とはいえ、取り分けて“一生の思い出”などと断言できるようなことはない。
当てもなく胡乱で、まるで亡者のような旅路…きっと、楽しめているのだ。
さて、遠くで鳴いていた亡者の声も聞こえなくなってきた。彼らも一日中呻いていては、疲れてしまうのだろう。
死者が気に掛けることでもない気はするけど、そんなに喉を酷使していては枯れてしまうだろうから仕方がない。
あの独特の喘ぎ声が出せなくなってしまっては困るだろうからね。
私も、どこかで休む場所を見つけないと。
今日は慣れない重労働をして、疲れてしまった。
少し歩調を早めて車と車の間を縫い、コンクリートの道を行く。
ふと見かけた道路の罅割れを、ぴょいと跳び越えた。そこから這いだしていた壮健な、未だ若い苗木を見送って、たぶん。おそらく。きっと軽快なステップを踏んでゆく。
道路に染み込んだ茜をバネに、もう少しだけ…きりが良いところまで、先に進むことにしよう。
……そして、もし。
本当に真っ暗になるまでに休む場所が見つけられなかったのなら、適当な車でも貸してもらおうかな。
幸いにも道具は持っているので、扉をこじ開ける手段には困らない。
持ち主はもう死んでしまっているのだから、怒られるということもないだろう。
◇ ◇
俺の脚は車そのものだった。
今でも俺の頭ン中に投影されている景色は、窓越しに流れていく世界ばかりだ。
ちゃんと窓を閉め切っていても、だだっ広い道路を1人で突っ切ってる時も、いつだって当たり前のように車の中に充満してた、あの排気ガスの臭いすら明瞭に思い出せる。
まだ青臭ぇガキだった頃。幼馴染に言われて、無理して買った俺の初めてなんだ。
今はもう最悪で心地良い、あの臭いも感じられないけどな。
運転席だって身体を縮こめてやっと入れるくらいの大きさしかなかった。明らかに不便なのに、どこか不思議な収まりの良さを覚えたよ。
止まらない駆動音。思いっきりギアを上げたときなんか、初めて女の裸を見た童貞みたいに心臓が高鳴るんだぜ?
加速する鼓動。合わせてギアレバーを動かせば、確かな感触と共に答えてくれるんだ。エンジンを蒸す熱くて堪らねぇ音…今でもガンガン鳴ってるのが聞こえるだろ?
あぁ、そんな事を考えていると、思い出すのはあいつの言葉だ。
そんなボロ使ってたら、いつか事故るんじゃないか?…新しいヤツを買ったらどうだ、今は金にも困ってないだろ。
得意の仏頂面を使って何気なく放たれた言葉には、もうそのままどつき回してやろうかってくらい向っ腹が立ったもんだ。
お前が俺とこいつを繋いでくれたっていうのによ!
まぁ…他ならないあいつの言葉だ。しょうがないから笑って聞き流してやったさ。正直なところ、そう言いたくなる気持ちも分からんでもないからな。
それでも俺の車を見る度、そんなことを
これがもしその辺のどうでもいい奴の言葉だったなら、うるせぇよって吐き捨ててそのまま絶交してただろうな。
心配なのは分かるんだが、俺は脚を生涯変えないと心に決めているんだ。
それが土台無理な話ってのは理解してるけど…理解してようが、気持ちは変わらない。
あいつがいなくなってからは、その気持ちは強まる一方なのだ。
俺は執着心の強い人間だ。
あいつのことも、食い物も、仕事も趣味のことだって、気に入ったものは全部そう。
特に一つしかないものは、俺だけのものにしたくて堪らない。ずっと俺から逃げ出さねぇように縛り付けたくなる。
「どうしようもない女」…そう言いたいなら言えばいいさ。
誰が俺から離れていって、誰が俺を捨てたとしても、俺にはコイツがいるからな。
文字通り、一心同体。コイツは俺のもう一つの身体だ。
絶対に裏切らねぇって、胸に刻んだ心の友ってやつなんだよ。
……だろ?相棒。
だからちょっと離してくれよ。
痛ぇんだ。痛ぇ。
ずっと前から挟まれてて、やべぇんだよ。
奴らに死ぬほど噛まれた傷が、こんなに汚く腐ってるじゃないか。…分かるだろ?
俺は…俺は、死ねねぇんだ。あいつが遺したものを、やっと見つけたんだ。ずっと前に託されていたことを、為さねばならない。
あぁ、死ぬ訳には、いかねぇんだ。
早く行かねぇと、行かないとダメだ、ダメなんだ…足が、動かない。俺、
……俺、どうなってるんだ?
小さな命に食われる感触があった。
腐り落ちた肉体は、数多の虫たちの苗床と化している。視界の端に映り込む腐敗した身体…しかしそれは、紛れもなく俺の身体だ。
きっともう、とっくの昔に死んでいたのだろう。…だってこうまで成り果てて、生きているなんておかしいじゃないか。
俺は、あそこに…
あそこって、どこだ…?俺は行かなきゃならねぇ…でも、どこに行くんだ?
なぁ、俺は…俺はいつからこうなってるんだ?誰か答えてくれ、何が起こっている?
俺はなんだ?どうして死んでいるのに、生きているんだ?
何が起こってるんだ?…何が、どうして…?
胡乱で理想的な妄想を消し去って、代わりに噴き出すのは溢れんばかりの恐怖と不安。そして疑問だった。ただ小さな生命で溢れる車の中には、俺の絶望に答えを返してくれる相手なんている訳がなくて…(いつだって、そうだったけれど)
叫んでも、意味をなさない呻き声が漏れるだけ。
ここがもっと真面な場所なら、まだ諦めも付いただろう。苦痛と寂しさに納得の行く場所なら、まだ…でもここは、やがて朽ちゆく俺の場所は、大人しく逝くには耐え難い。
相棒を汚し、己が誇りを打ち砕き、苦痛と嫌悪に塗れたまま…いつまでこの場所で苦悩することになるのかも、全く分からないのである。
目を閉じようとする。
目蓋はとっくに腐り落ちていて、目を閉じることさえままならなかった。
仕方が無いから、手のひらで眼孔を塞ぐ。
暗い。
真っ暗だ。
ひとりで、虫の音ばかりがうるさくて、なにもない。
もうずっとここに居たことを知って、また…これからもずっとここから抜け出せないことを想像して、怖気が走る。
俺の相棒はもう、いつものように答えてはくれないらしい。…いや、最初から返答はなかった。
相棒は、生きちゃいない。ずっと前から知っていて、当然のように理解していたことだろう。
きっと女々しく縋りついていただけだ。
ソレは、私の好きだった人などでは、ないのだから。
俺は、ただの死体だった。
あいつに託されたことも出来ず、ようやく為したことを形にすることも出来ず、あまつさえ執着していたものさえ失ってしまって、あぁ…でも、もう、何も分からない。
俺が何を託されたのかも、しきりに思考を邪魔する『あいつ』が一体誰なのかも、俺が為したこととは一体何だったのかも、どうしてコイツが大事だったのかも、何もかもが失われてしまった。
沢山の苦労と、絶望と、希望と、達成感を覚えているのに、それらを形作る決定的な何かを忘れてしまったんだ。
生きているだけの、ただ朽ち果てるを待つことしかできない存在。
俺は、死体だった。
どうしようもないほどに生きている、ただの死体になってしまったのだ。
あぁ、俺は…
———とても苦しくて、悲しくて…そして賑やかなパレードだったのだろう。
繁茂する地獄を貫くように、不意に突き刺さる思考の稲妻…それは微かに覚えている生前の鬱屈さえ忘れさせてくれるような、遥かな輝きすら見せつける鮮烈な夢。
鈴の鳴るような可憐な声は、魅力的だった。
健気で幼稚な思想は、庇護欲を刺激された。
全てに羨望して、全てを慈しむ本能は、虚ろな死の感触を希望で照らした。
あぁ、俺たちのオヒメサマ。
それは生を無くした時点で失われた、あらゆる本能を唯一刺激するような欲求。食欲・性欲・睡眠欲に取って代わるものだ。
ただ『ついて行きたい』と。
ひたすらに『そばにあることを許してほしい』と。
今まで感じていた全ての恐怖と苦痛はそのままに、もう一つ増えた最も恐ろしい結末。それは、彼女に置いていかれることであった。
どうか、どうか俺も、あなたの旅路に連れて行ってくれ!!
必死に叫ぶが、無意味だった。
朽ち果てた俺の咽頭から吐き出された意思は、何の意味も持たない喘ぎばかりを発して、それも虫の羽音に搔き消されて失われる。
腐った筋肉を総動員して、身体を激しく動かした。
折れていた骨が身体から千切れ、車の内側にあたって音を立てる。残された肉が少しずつ剥げて、内側が露出していく。
置いていかないでくれ、と…自壊しながらも乞い願う様は、きっと筆舌に尽くし難いほど無様なのだろう。
尊い相手にいったい何をさせようとしているのか、それを考えれば無様どころの話ではない。
そもそも死体が暴れている姿を見て、助けを求めているのだと理解するなどできるものなのだろうか?
それでも!それでもこれだけはあきらめきれないのだ!!
姫が徐々に近づいてきているのが、なんとなくだけれど分かって…
彼女から伝わってくる思考が、ここを通り過ぎれば二度と戻ってくることはないのだと察せてしまって、あまりにも恐ろしい。
気が付いてもらえなかったら、俺はもうおしまいだ。
溢れんばかりの故無い後悔と絶望に苛まれ、救いの一つもないなんて耐えられない。
気づいてくれ、気づいて…気づいてください!
そうして不意に…目が、合った。
その顔は少し驚いたような表情をしていて、すこし大袈裟に見開かれた瞳が、俺の腐れを貫いたのだ。
長い、睫毛…
思考が滞って、上手に働かない。
美しいというより可愛らしい、どこか現実離れした容姿に視界が、思考が、囚われてしまっている。
……そんな衝撃と同時に覚えたのは、微かな既視感であった。
俺は生前、確かに彼女に会ったことがある。
そんなことを考えていた折、きょとんとした顔で呆ける彼女の、立ち去ろうとしている姿が見えてしまって…
「ああう、うあ!あ!!」
濁点混じりの悍しい声で、彼女に助けを求めた。
お姫様、出してくれ!
ここから俺も、連れてって!!
◇ ◇
姫の閨たるパーキング。その入り口を眺めていて確信するのは、自らの五感が明らかに生前のそれより優秀なものである、ということであった。
死んでいるというのに、意思疎通の手段を持たないというのに、周りのことだけはよく分かる。
もし俺が腐りゆく世界で希望の一つも持てないまま、ただ胡乱としているだけの亡者。その中の一体であったのならば、この能力は無用の長物と化していたのだろう。
先の見えない絶望の中では、においも音も、そして光さえ…そのすべてが意味を為さないものだから。
……しかし俺は違ぇ。
離れていても、確かに感じることのできる彼女の気配は、死者にとっての希望そのもの。
内臓の蠕動する音、血液の流れる音、儚い息遣い。遠くに感じる汗の匂いも甘く、それは上質の香木めいて繊細で芳しいものであった。
そのあらゆる蠱惑的な感覚を、俺だけが感じ得るのである。
姫は失われてはならない尊いものであるのだと、とうに無い命すら賭しても守るべきものであるのだと…神経を刺激する本能は、俺の役割を正しく教えているということだ。
返しきれないほどの恩を受け、彼女のそばにあることを許してもらい、冴えた五感を持っているなら、やることは一つだけであった。
彼女に危険があったなら、俺は守らねばならない。
亡者が彼女を襲わないとしても、動物や地形…そういう危険はあるのだから。
”随分と…気持ち悪くなったわね…?”
陶酔の最中、不意に割り込まれた言葉。
それは姫の思考がなんとなく察せるようなあの感覚とは異なって、明確に意味ある言語として理解できるものである。
例えるならば閃きのように、前振りなく訪れる脈絡のない思考にも似ていた。
精神干渉…知っている概念だ。
例えば他人の思考を、まるで側から聞いているかのように感じ取れ、録音したものを聞かせるように他者から他者へと又聞きさせることができる。
効果は近ければ近いほど強く、明瞭な意志を持つものほど感じ取りやすい…そんな性質を備えていただろう。
まずい、冷静になっちまう。
これ以上マトモになってはいけないと、理性が警鐘を鳴らしているようだ。
存在しない内臓が嫌な感覚を覚え、腐って顔色なんて無いはずなのに、青褪めるような胸騒ぎを覚えた。
“ちょっと、どうしたの?…様子がおかしいけれど…”
これは俗に言うような超能力なんかじゃない。
ましてやテレパシーなんて、安直な言葉で纏めることなんか許されないようなもの。例えるならば魔法にも近い、非科学的な概念だ。
もっと世界を冒涜するようで、しかし全てを救える希望にも…なれたはずだったんだよ。
そうして不意に溢れ出してきた思考は、俺が科学者の1人であった記憶。そして同時に、忘れかけている『為したこと』が、自分ひとりの成果ではないという確信をもたらす。
俺は何か素晴らしい成果を挙げたのだ。その素晴らしい成果は、すべて『あいつ』がいたから手の届いた理想だった。
俺はその…あぁ、具体的なことなんて何もない。俺は何をしたんだ?何もわからないはずなのに、心だけ酷く蝕んでいる。
『あいつ』のお陰で、迫る終末にも希望を持つことができたのだ。『あいつ』は俺の記憶の中で、いつも俺の背を押してくれていた。
それなのに肝心なところで致命的に失敗して、世界の全てを手遅れにしてしまったのだ!
許してくれと願うことさえ許されないような、圧倒的な罪悪感で押しつぶされそうになる。
確かに知っているはずなのに、思い出すことができない…そんな相手に抱く、漠然とした感傷以上のものはない鬱屈。今となっては、もうどうしようもないことなのに…
この新たな死んだ世界でどのように朽ち果てるのかを考える方が、ずっとマシだと思ったけれど、どうにもそれは許されないらしい。
“気にしなくても、いいと思うわよ。誰も…もちろんあの人も、あなたを責めてなんかいないわ”
……そうか?あぁ…そう、なのか。
彼女の発言は不自然なことで溢れていながら、それでも十分な納得を与えてくれた。
罪悪感はむしろ強まる一方だったけれど、すっと受け入れることのできる言葉。…それを信じるに値するほどの根拠なんてないけれど、それでも彼女が言うなら、きっとそうなのだろうと思えるのだ。
誰かは知らんが、お前はきっと…いい奴なんだろうな。
そうでなくとも悪い人間ではないのだろう。
科学者とは非情であるべき…そんなことを考えていた人間が、マトモであろうはずもない。
生前の俺が何をしていたかなど知らないが、きっと碌でもないことばかりしていたはず。
“あなたにそんなことを言われる日が来るなんて、きっと生前の私に伝えたら驚かれちゃうわね”
両手を使って…例えるならば匍匐前進のような動きで身体を使う。
無い下半身を引き摺りながらなんとか振り返ると、仄暗い夜の高速道路の中央。ほとんどゾンビの動かない時間帯であるにも関わらず、明確に意思を持って動く二人組のゾンビが、そこにいることを認めた。
纏うボロ切れの様子から見るに、きっとアレらは、生前は女だったのだろう。
きっとお前も…俺に随分な仕打ちを受けたんだろ?
“えぇ、まぁ…そうね”
彼女はきっと、俺のことを覚えている。…俺よりもずっと、俺のことを知っているのだろう。
亡者に成り果て、記憶を失い、生前にあった業も全て忘れてしまった。今は誰かもわからない腐敗した人型に、どのようなことをしたのかさえ分からないのだ。
思考だけで意思を伝えることに、強い既視感を覚えるけれど…
俺はお前に…謝ることが、できない。
覚えていないことを謝るなんて、許されないだろう。
それは侮辱にすら値する、謝るべき相手に対する敬意を欠いた行いだ。
許してほしいと思ってはいけない、逃げてはいけない、謝ることさえ許されない。
俺は…どうすればいい?
なんてことだ。最低だ…どうすればいい?
あぁ…何もしてやれない!もうなにも、できないんだ。責任さえ負うこともできない。死んでしまった!
……おれは、お姫様に助けてもらって良かったのか?
ああして苦しみ続けることこそが、俺の行いへの罰だったのかもしれないのに!
俺は罰から逃げた。卑怯者。罰から逃げてしまった。逃げた。俺は逃げ、助かってしまった!!
”落ち着いて!あなたは何も悪くないの!!“
彼女が俺のそばに近付いてくる。
亡者故に足はかなり遅かったけれど、随分と焦った様子であった。
その隣に立っている亡者も、彼女が行ってから一足遅れ…俺というより彼女を追っていたようだが、俺のそばに近付いてきていた。
”誰もあなたを恨んでいない…私は知っているわ!だから…“
……あ、ぁいや…待って、言わないで…それ以上はいいから…
すこ、少し、取り乱しただけ…わたしは…俺は、大丈夫。
そう、俺はもう死んでいるんだ。
何も持たないなら、何も為せないなら、今の信念に従えばいい。
壊れて全く動かない機械より、時々誤作動を起こすけど使える機械の方が、ずっとマシなんだからな。
俺は、お姫様と共に在りたいだけ。
なぁ、相棒。お前もそうした方がいいって思うだろ?
自嘲と共に吐き出した想い。…もうひとりの俺だったボロの車は、もうどこにもなかった。