鎮守府海上護衛総隊異状なし!   作:うみねこ06

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厄ネタは帰り際に現れる


第1話 ピストン輸送異状なし

 「司令官さん。JY-01船団護衛隊より、現地到着と入電ありました」

 

 

 そろそろ日も落ちようかという時間帯。電話を受けていた重巡洋艦羽黒からの報告に、大佐の階級章を引っさげた男性が鷹揚に手を上げてみせた。そのまま、気怠げに肩を回す。その立ち居振る舞いからして若者ではなかった。顔にしてみても、少々強面なところがあるものの所々にシワが見える。若く見て40手前というところだろうか。

 

 

 「これで、今日うちを出た部隊の現着は全部?」

 

 「はい。後は全部戻り便です」羽黒が電話脇の書類を捲り、部屋の脇に備え付けられたホワイトボードを眺めた。「1840にPY-03船団到着、1930にBY-01船団到着……」

 

 「ハンターキラーはさっき帰ってきたので全部だよね?」

 

 「はい。後は継続して夜間演習任務を行ってから帰投ですので、執務室案件かと」

 

 「あー、川内の野郎がやけに張り切ってたのはそのせいか」

 

 「や、やろうって」

 

 

 苦笑いを浮かべる羽黒に、大佐が鼻を鳴らした。こっちのリソースを持ってく方が悪い、と思っている。

 

 

 「んじゃ、今日こそは後は引き継いで課業時間が終わるのを待つばかりかい、羽黒さんや」男が茶化すように肩をすくめた。

 

 「お茶でも入れて来ましょうか、護衛総隊司令官さん?」羽黒が苦笑を大きくしながら乗ってきた。

 

 「いや、何か問題が起こる前に早く帰ろうさぁ帰ろう」

 

 

 男が定時という言葉にいやにウキウキしながら肩を回し始めたので、羽黒が思わず失笑した。とはいえ、これまでの諸々に遭ってきたせいですっかり男と同意見になっていたから何も言わない。大佐に合わせるように、着任時からずっと用いている未改造妙高型の服を綺麗に整え、自分の荷物を纏め始めるほどである。頭の中では、今日はどういう理由をつけて居酒屋<鳳翔>に向かおうかでいっぱいだ。

 

 だったので。

 

 

 「あ、はい、護衛総隊司令室」

 

 

 備え付けの電話が再び鳴り出し、ほぼ反射的に羽黒がそれを取った瞬間、司令官が非常に嫌な顔をした。何やらとても不穏な予感がしたのだ。その予感は、はい、はいと頷く羽黒の顔が強張っていくのを見て更に増幅していく。ついには、青い顔した羽黒がこちらを向いたあたりでピークに達した。

 

 

 「し、司令官さん」一旦受話器を離した羽黒が半泣きで口を開いた。「ジャ、ジャカルタ港でトラブルが有ったらしくて、JY-01船団が予定時刻に出港できそうにありません。最低でも3時間はロスします」

 

 「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第1話 ピストン輸送異状なし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『いやいや、だから攻撃とかじゃなくってー!』

 

 

電話の向こうからする那珂――JY-01船団護衛部隊旗艦の怒鳴り声に、半分放心状態で司令官がうんと応じた。なお、課業時間は遠の昔に過ぎている。

 

 

 『単純にここの港湾局がトチっちゃったみたいなの! ほら、例のインド支援船団がさ!』

 

 「あぁ、政治的なあれこれでうちの護衛はいらないって事になったあれか?」

 

 『そうそれ! で、連中が先に出させろって愚図ったらしくて……』

 

 「港湾局がそっちを先に出そうとしたのか? なら――」

 

 『だーかーら! そっちの対応にかまけてる間にしびれを切らした豪州向け船団が出ようとして! 曳船大混乱からの湾口が自主閉塞! もう最悪だよ! 那珂ちゃん、護衛戦隊港外で待たせて、その辺の砂浜から上陸して陸路でここまでたどり着いたんだからね!』

 

 

 司令官の耳を、那珂の怒鳴り声が通り過ぎていった。いや、そのまま通り過ぎてほしかったのだが、悲しいかな彼の脳みそは通りゆく音声から様々な情報を濾してしまっていた。率直に言ってのっぴきならない事態だった。いや、これから散々待ちぼうけを食らう那珂には悪いが、延着そのものが問題なのではない。付随事項が問題だった。

 

 

 「状況はわかった。ただ、帰ってくるわけにもイカンだろう。しょうがないから戦隊には暇つぶしで港外対潜警戒でもしてもらって、那珂はそこで情報収集頼んだ」

 

 『わかりましたー。那珂ちゃん現場入りまーす。帰ってきたら間宮ね』那珂が不貞腐れたようにいい、でも、と付け足す。『良いの? 大鷹ちゃんと神鷹ちゃんも巻き添えだけど』

 

 「言っただろう、任務放棄はイカンって。そっちはこっちで考えるから、取り敢えず何か進展あったら連絡ください」

 

 『宜候』

 

 

 電話を切った司令官が、椅子に深々と沈み込んだ。魂の奥底からため息を吐く。

 

 

 「やっぱり2隻しか護衛空母が居ないんじゃ無理があったかぁ……」

 

 「し、司令官さん、どうされますか?」オロオロしながら羽黒が尋ねた。「このままだと、明日の航空機輸送任務に思い切り支障が出ちゃいます」

 

 

 羽黒の言う通りであった。要するに、ギリギリ無理ではなかった勤務計画がこの一打で破綻したのである。

 

 

 「羽黒、航空機輸送、後に回せるかな?」文字通り一息入れた司令官が一応尋ねた。

 

 「残念ながら時間指定です」羽黒が身震いしながら言った。「ちょっとした遅延ならともかく、たぶん、加賀さんとか瑞鶴ちゃんの戦爆連合に襲われます」

 

 「だよなぁ」

 

 

 司令官があっはっはと乾いた笑い声をあげた。羽黒がジト目でそれを見つめる。こほん、と男が咳払いした。

 

 

 「大人しく、瑞鳳ちゃん借りてれば良かったんですよ!」羽黒が正論を言った。

 

 「そうクマよ」

 

 

 アホ毛が、羽黒への相づちと共に揺れた。数少ない海上護衛総隊司令部付艦娘であり、本日の夜間当直司令でもある球磨だった。我関せずで書き進めていた書類から顔を上げる。どうやら書ききったらしい。

 

 

 「幾ら提督とやり合うのが嫌だからって、ずほちゃん抜きで無理やり計画立てた方が悪いクマ」

 

 「仕方ないだろ!」司令官が抗議の声をあげた。「理由が正当とはいえ、コンバート改装のために工廠の使用許可とって戦闘計画修正させて休暇シフト修正して超過勤務手当計算してもらう交渉、アレ相手にするの滅茶苦茶神経使うんだからな! というかお前らだって、それで何とかなるんなら万々歳って言ってたじゃないか!」

 

 

 羽黒と球磨が司令官から視線を逸した。司令官が憮然としたままため息をついた。うなだれるように受話器を握る。

 

 

 「司令官さん?」

 

 「ことこうなっちゃしょうがないだろう。良いよ、いざという場合の切り札もあるし、今からでも瑞鳳借りれないか今から交渉を――」

 

 「いません」

 

 「いないクマ」

 

 「えっ」

 

 「瑞鳳さん、今日のお昼頃から北方海域に出撃してます」

 

 「単冠湾拠点にして戦闘哨戒だから、暫く帰ってこれないはずクマ」

 

 

 司令官が口をパクパクと動かした。羽黒と球磨が黙って首を横に振った。暫くして、何かを諦めたような提督が受話器をとった。内線で提督執務室を呼び出す。

 

 

 「あ、もしもし大淀さん? 隼鷹か飛鷹ネキ借りれます?」

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府海上護衛総隊は、鎮守府の組織的には決して地位の高い部署とは言えない。

 

 何しろ、専任の司令官まで居るのに、事実上その権限は戦闘部隊、訓練部署、工廠組織より一段劣るのである。しかもこれは、別に鎮守府が輸送兵站に理解が無いことを示すわけではない。むしろその逆だったことが生み出した喜劇的な現象だった。

 

 元々、鎮守府において重要業務だった兵站活動は、鎮守府の戦力が拡充していくのに併せて更に拡大していった。最初期は、非協力的な軍部主流派に頼らず作戦上の輸送を行えればそれでよかったのが、主流派戦力の損耗と鎮守府戦力の強大化により、国家戦略上の輸送やら国連軍の反攻作戦に必要な輸送作戦などの実施・護衛も任されるようになったからである。

 

 問題は、兵站業務量の増大によって、書類仕事や調整業務もまた指数関数的な増加を見せたことであった。

 

 始めは提督、初期艦(ふぶき)、大淀の提督執務室トリオで何とか誤魔化しが効いていたものの、こと兵站に関しては渉外活動の割合が大きく、効率化には早々に限界が見えてしまった。それでも、戦闘、訓練、工廠といった各分野に補助的な監督艦娘を割り当てたりと最大限あがいてみせたものの、根本的に増大する業務量の中ではあまりにも無力であった。

 

 このままではこちらも疎かにできない戦闘・訓練と言った分野の処理に、無視できない影響が出る。そう判断した提督が、兵站部門を半独立した部署とし、提督執務室の業務から分離させて双方の両立を果たそうとしたのは自明の理であった。

 

 こうして生まれたのが、新たに昇進の上配属された大佐に率いられる鎮守府海上護衛総隊であった。鎮守府に自分以外の軍人を入れることに渋る提督と、これを期に独立した政治勢力同然の鎮守府に影響力を行使したい国連軍総司令部の鍔迫り合いの結果、海軍軍人の司令官の下に艦娘の幕僚・事務相当官を配置する組織が誕生したのである。結局、司令官人事に関しては提督の強い意向が効くことになったが、そのバーターとして護衛総隊の業務量が更に増えたことはご愛嬌だ。

 

 さて、そのまま行けば、鎮守府に多くの艦娘を擁する強大な第二勢力が出現することになったのだが――話がこじれたのはここからであった。

 

 きっかけは、護衛総隊設立直前、何度目かの大規模攻勢(クロスロード)作戦において、一部艦娘に敵深海棲艦中枢個体に対する攻撃力増大が認められたことであった。

 

 それまで、戦闘能力が高い艦を戦闘艦隊所属、輸送任務に適した艦を護衛総隊所属にする、という線で進められていた計画が狂ったのはこの時だった。何しろ、攻撃力増大効果がどの艦娘に現れるかわからないのでは、恒常的な配属など叶うはずもない。もちろん、最初からある程度の融通は効かせる予定であったが、「特効が認められたので、最終作戦用資源輸送護衛任務の駆逐艦を全部戦闘部隊に移動してください」とか、作戦実施が迫ったタイミングでやれるわけがない。しかも、稀に発生するなんて生易しいレベルではなく、大規模作戦(イベント)ごとに毎回発生が見込まれるのである。

 

 現行の運用において、艦娘はほぼ全て鎮守府執務室直属であり、状況によって各部門に配属されるシステムが採用されたのはそのせいであった。要するに、輸送作戦を実施する場合、護衛総隊は必要とする艦種と希望する艦娘を申請し、執務室が特効、作戦方面(おふだ)などなどを考慮し艦娘を一時的に配属させ、作戦を実行する。厳密には同じ鎮守府内なので申請だの配属だのに書類仕事はほぼ無いが、面倒くさいのには変わりない。

 

 だが、大佐――護衛総隊司令官にとっての悲劇はむしろここからであった。組織図上、確かに護衛総隊は戦闘部隊や訓練部門と同列の地位を占める。占めるのだが、問題は責任者であった。戦闘部隊や訓練部門の責任者は、執務室というか鎮守府代表の提督のままだったのである。当たり前だ。そもそもそちらを円滑にするために兵站部署を半独立としたのだから。

 

 結果、何が起きたかといえば、どちらかといえば戦闘部隊や訓練の都合が反映される鎮守府内のパワーバランスの誕生である。そりゃ、執務室の長と戦闘部隊の長がおんなじで、艦娘が全員執務室所属なのだとすれば、形式はともかく実質は戦闘部隊から艦娘を借りる形になるんだから当然である。無論、提督は兵站についても一家言ある人だったし、兵站任務で苦労するのも艦娘であることは知っているから最終的には折れてくれる。が、そこまでその任務と艦娘の必要性を、その艦娘を戦闘に回すメリットより上回っていると説明するのはあまりにも骨であった。何しろ、鎮守府の提督といえば、軍事の天才、人類の英雄様なのだから。

 

 まぁ、長々と説明したけれども、何が言いたいのかと言えば、艦娘ひとり借りるだけで大佐の胃袋には絶大なる負担が掛かるというわけで。

 

 

 「それで、現在出撃準備中で、戦闘用の艦載機部隊も搭載を完了した飛鷹か隼鷹を今更貸せと」

 

 

 呆れ顔で羽黒が淹れたお茶を、連れてきた大淀共々ありがとうと受け取りながら、鎮守府提督がハスキーボイスを更に低くして言った。人類社会ではやれ『色っぽい』とか、『才女の声』とか褒めそやされる類の声質だ。肩まで伸ばした金髪と、可愛げと言うよりは切れる美人さが強調された顔つきにイメージぴったりである。だが、今の司令官には威圧感しか感じられない。

 

 

 「いやーはっはっは。面目次第もない。まさかジャカルタ港湾局があそこまでやらかすとは思いませんでして。いやぁあの港湾局は酷い。本当に酷い」

 

 

 司令官がひねり出した露骨な責任転嫁の言葉に、提督が微笑を返した。黒い瞳に射抜かれた司令官が固まる。羽黒と大淀が顔を見合わせ、ため息をついた。まだ二十代の後半に差し掛かるか掛からないかの女性が放った威圧感は、四十を超えた職業軍人でも耐え難いものがある。経験の差とも言って良い。

 

 

 「と、ともかく」こほん、と誤魔化すように咳払いした司令官が、胃袋を締め上げながら言葉を続けた。「こちらは慢性的な空母不足ということもありますし、ここは一つお願いをば……」

 

 「空母不足と言うんならこちらもご同様だよ、残念ながら」提督が切って捨てた。「だからこそ、護衛任務に必要な艦娘はなるべく事前に連絡しておく、という話になっていたはずだが」

 

 

 司令官がぐうの音も出ずに押し黙った。何しろその話、事前に連絡しておくからのっぴきならない事情以外で護衛空母を戦闘部隊に駆り出すのやめて、と司令官から言い出した話なのである。人、これを自業自得という。

 

 

 「というか、瑞鳳駆り出すつもりだったのなら、私は快く快諾するつもりだったぞ?」提督がお茶を啜りながら言った。「そっちの空母不足は承知しているしね」

 

 「そりゃあ、承知も何も瑞鳳分捕ってくれたのはそちらですからね!」司令官が恨みがましく応じた。

 

 「分捕るも何も、瑞鳳はあらゆるところで活躍の場があるからな。そもそも、その辺を調整するための護衛総隊でもあるし」

 

 「せっかく貴重な護衛空母として育ってくれた数少ない護衛総隊直属艦を異動させておいて、代わりの艦娘を一切寄越さないから分捕った呼ばわりしてるんですよ!」

 

 「し、司令官さん! ストップ! ストップです!」

 

 

 司令官が飛びかからんばかりに前のめりになり、慌てた羽黒に抱きつかれて強制的に座らされる。一方提督はと言えば、司令官の魂からの慟哭に、ごくさり気なく視線を逸した。自覚はあるらしい。

 

 

 「ずほちゃん返してくださいよ。大鷹ちゃんも神鷹ちゃんも良い子ですけど、流石に二隻だとこういうときに手が足りません」提督が恥も外聞も投げ捨てて頭を下げた。

 

 「その、なんだ。瑞鳳は厳しいが、当てがないでもない。その件については前向きに善処したいから少し待ってくれ」

 

 「思いっきり断る時の言い回しですが?」

 

 「あー、わたし、にほんご、ちょとふとくいね」

 

 「あんたが言うと洒落にならんのでやめてください……」

 

 「冗談だ。護衛空母の件については期待しておいてくれ」提督が一瞬だけ年相応の顔を見せた。だが、すぐに例の威厳たっぷりの表情に戻す。「で、だ。航空機輸送用の空母、どうするつもりだ?」

 

 

 提督の面白がるような顔に、司令官が露骨に表情をげんなりさせた。この件について自分をぐちぐちと虐めるのがわかりきっているからだった。ドS、と司令官が評するこの女性、提督を好いている艦娘ですらその評価を否定できないところがある。

 

尤も、幸か不幸か提督との付き合いだけは長い司令官である。傾向と対策くらいは立てている。はぁ、とため息を吐くと、切り札は最初に切るもの云々、とぶつぶつ小声で呟きながら書類を取り出した。

 

 

 「一応、飛鷹と隼鷹を動員しなくとも済むプランはあるっちゃあるんですが」

 

 「ほぅ?」提督が片眉をあげた。驚きを隠そうともせず書類を受け取る。「何だ、なら、わざわざ私の小言を聞く必要も無かったろうに――」

 

 

 やはり楽しむ気満々だったらしい提督がピシリ、と固まった。上官の言い合いから心理的にも物理的にも距離を置いていた羽黒と大淀が、提督のそんな様子をしげしげと見つめる。呆けたような提督など、普段から見れるものではない。

 

 

 「お、おま、これ」提督が口をパクパクとさせた。

 

 「いやー実は資料を漁ってたらもう一人いたんですようち直属の空母意外だったなー」司令官が見事な棒読みで応じた。「鳳翔さん、あのまま居酒屋始めちゃったから書類上うちのまんまだったんすね」

 

 

 羽黒が事前に司令官に渡されていた書類を慌てて眺めた。そこには、確かに海上護衛総隊司令部要員として軽空母<鳳翔>の名前が記載されていた。司令部要員と言えども艦娘は艦娘。基本的に提督執務室付きの大淀や初期艦、秘書艦(こんごう)だって出撃するように、鳳翔だって出撃するのに何ら差し支えはない。書類上は確かに司令官の言うとおりだった。もっとも。

 

 

 「と、言うわけで、代わりに鳳翔さんにお願いしますね」

 

 「やめろ! ここで叛乱を起こさせるつもりか!」

 

 

 提督が叫んだ。割とガチな絶叫であった。提督は兵站に一家言ある御仁だった。つまり、部下に燃料弾薬、あと食料が満足に供給されない場合の問題を極めてよく知っている。つまりそういうことだ。

 

 

 「羽黒ー、あとで那智さんに今日は居酒屋鳳翔は店じまいと連絡を」

 

 「ぴぅ」

 

 

 半ば予期していたとは言え巻き込まれた羽黒が、縋るように提督を見つめた。提督が言葉に詰まる。誰だって、ただでさえ暴走傾向にある飲兵衛戦隊に酒場終了のお知らせを告げに行く勇気があるわけではない。護衛総隊付けになってから逞しくなった羽黒であろうと、それは変わらないのである。

 

 

 「……そんなことすれば、後で貴様も赤城あたりから悲惨な目に合わされるぞ」提督が負け惜しみを言った。

 

 「死なばもろともです!」司令官が言った。良い笑顔だった。

 

 「わかった。わかったからその案は取り下げてくれ」提督が観念したように両手を挙げた。「いざという時に飲兵衛と腹ぺこどもからストライキを引き起こされたくない」

 

 「では交渉成立ということですねあざっした!」司令官がいきなり立ち上がると腰を深々と下げ、手で出入り口を示した。「それじゃあ飛鷹と隼鷹にはこちらから伝えておきますのでお帰りはそちらですおやすみなさい」

 

 「おいこら。しれっと2隻とも持っていこうとしない」

 

 

 が、艦娘たちから呆れられるほど流れるような動作をしてみせた司令官に、提督が微笑を浮かべた。再び司令官が固まった。先程に比べて、どこか私怨が籠もっているような気がしたのだ。いや、実際気ではない。

 

 

 「それに、誰も飛鷹と隼鷹を貸すとは言っていないぞ」

 

 「いや、だって認めてくれると」

 

 「なぁ大佐」提督がいっそ妖艶な笑みを浮かべ、司令官が誠に失礼なことに縮み上がった。「実は私にも腹案があるんだがな。装備変更も勤務変更も何も引き起こさない、皆で幸せになれるやつが」

 

 

 提督が腹案の内容を言った。羽黒と大淀が引きつった笑みを浮かべ、司令官が悲鳴を上げた。我関せずでルーチンワークを進めていた球磨が、大きくため息を吐いた。

 

 

 「バカばっかだクマ……」

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 「戦闘航空母艦伊勢、ただいま帰投しましたー!」

 

 「あ、伊勢さん、お帰りなさい!」

 

 「はぐはぐただいまー。あ、これ報告書と受領印ね」

 

 

 はい、確かに、と羽黒が伊勢から書類を受け取った。ペンで要所要所を指しながらテキパキと確認すると、書類を綺麗に2等分した後その一方へと自分の名前をさっと記名し返却する。

 

 

 「おっけーです。後は、その書類を大淀ちゃんなり吹雪ちゃんに提出してください。航空機輸送任務の代役、お疲れさまでした」護衛総隊控えの方を所定の棚に入れながら羽黒が笑みを向けた。

 

 「ふふん、何のこれしきだよ」伊勢がえばった。あの戦争があの戦争だったので、輸送任務は得意なのだった。「でも、ここだとこんな感じでこなすんだねー。いやぁ、長いこと居るけど初めての体験だよ」

 

 「伊勢さん、基本的に戦闘部隊一本ですもんね」苦笑しながら言ってから、でも、と羽黒が言葉をつなげた。「でも、これだけやってくださるんですから、うちとしてはいつでも大歓迎です!」

 

 

 あはは、と今度は伊勢が失笑してみせた。本心から言ってくれていることは理解しているのだが、また提督の思いつきでもないとその機会はまず無いかもな、と思っている。

 

 あの時、提督が司令官に提案した腹案とは、伊勢型を動員することであった。確かに、鳳翔を動員するのと同程度の効果がある案である。何しろ、発艦用のスペース及び主砲装備などを全て潰して航空機を積み込めばかなりの搭載量を誇る伊勢型である。おまけにあの戦争でも不得手なはずの輸送作戦に度々参加した古強者とくれば、否定する材料は一切ない。基本的に遠征任務に参加しない伊勢型だからこその盲点であった。

 

 

 「それこそ、はぐはぐも戦闘部隊にいつでも大歓迎だよ? 改二だって」

 

 

 伊勢が照れ隠しも兼ねて早口で言う。そして、居心地悪そうに佇む羽黒を見て、あ、と言葉を止めた。

 

 

 「ごめんごめん、冗談だよー。事情はわかってるつもりだからさ」

 

 「す、すみません……」

 

 「良いよ良いよ、お姉さん応援したげるから」頬を染める羽黒に、にひひと笑いながら伊勢が頭をなでてやった。それから、思い出したように室内を覗き込む。「そう言えば、その司令官と日向は? ついでに回収しようと思ってたんだけど」

 

 「え。えぇと、ですね」

 

 

 小動物のように伊勢のなすがままだった羽黒が、一転遠い目をした。伊勢があっ、と察する。

 

 

 「……えっ、まだ続いてんの?」

 

 「はい……」

 

 「だぁーかぁーら! 分解して輸送船積みでいいじゃねぇか! 明石さんとか夕張とか得意だろそういうの!」

 

 「ダメだ。瑞雲は一にして不可分、あの形が完璧なんだ。そもそも、分解していては輸送船が襲われた時に飛び立てないじゃないか」

 

 

 司令官の悲鳴と、日向の冷静な声が羽黒と伊勢まで聴こえてきた。両者が顔面を引きつらせる。

 

 伊勢か日向を航空機輸送任務の代役に当てる際、唯一問題になったのが、ふたりとも当日は非番であり、しかも既に予定を――瑞雲布教会議をする予定を入れていたことだった。定数は2名、追加で時々もがみん。果たしてその実態は、並ならぬ熱意で持って瑞雲を語る日向を伊勢と最上でなだめすかしながらお茶会するだけだったのだが、それでも日向にとっては重大な会議である。故に、急な動員でそれがお流れになるなど、深海棲艦の攻撃でもない限り許されるわけがないのだ。

 

 というわけで、もうお分かりだろう。航空機輸送任務に出撃した伊勢の代わりにだれが生贄になったのか。

 

 

 「いやいや待て待て、なんで輸送対象が飛び立つ前提になってんだ!?」

 

 「迎撃戦闘を行うからに決まっているだろう」

 

 「だから何で輸送対象が戦闘に駆り出されてんだよ!」

 

 「何故なら瑞雲だからだ」

 

 「理由になるかっ!」

 

 「……お題は、『瑞雲外地布教のための効率的な輸送形態』だそうです」

 

 「……一応聞くけど途中経過は?」

 

 「瑞雲に人型変形機構を付けまして」

 

 「うんもういいやありがと」

 

 

 伊勢が大きなため息を吐いた。温かい目で羽黒をみやる。

 

 

 「あとで間宮羊羹買ってきたげるね」

 

 「それより代わってあげてください……」

 

 「あー。まぁ、そうしたいのも山々だけど、元々ずほっち借りてれば済んだ話だからお仕置き?」

 

 「ですよねー……」

 

 

 羽黒が項垂れた。あははー、と笑いながら、伊勢がそれに、と付け加えた。

 

 

 「それに?」

 

 「いや、実はまたここに来なきゃらしくてさ。提督を連れて」伊勢がウインクしてみせた。「何でも、護衛空母について約束した件について、らしいよ?」

 

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