鎮守府海上護衛総隊異状なし!   作:うみねこ06

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人間、切羽詰まってくると無茶苦茶な対応に流れるよね(遠い目)


第3話 燃料輸送異状なし(後編)

 鎮守府提督の朝は割と遅い。出勤はきっかり八時半、準備を整えて業務を始めるのは8時45分から。大淀と秘書艦、及び初期艦を交えての朝礼は9時からだ。

 

 もちろん、鎮守府の主として、広くはないが狭くもない良質な部屋を与えられており、おまけに間宮の朝定食とか福利厚生もしっかりしている鎮守府なので、やろうと思えばもう少し早くから業務に入れるのだが、仕事に関しては度を過ぎた生真面目さを見せる提督が始業時間だけは頑なに動かそうとしないのは、鎮守府七不思議の一つであった。その件について提督に訊ねても、話をはぐらかされても怒りすら覚えられないような微笑みで沈黙されるだけなのだ。

 

 というわけで、この日彼女が執務室に足を踏み入れたのもいつもと同じ、8時半きっかりのことであった。既に出勤していた金剛と吹雪、それから本日の夜間当直司令だった妙高と挨拶を交わし合い、どこか疲労を感じさせる動作で席に座る。雑談などしながら机の上に普段使いのペンやら判子やらを整え終わって8時45分。そのまま、机の片隅に置かれた箱の中から書類を取り出した。そこには、夜間当直司令が――本日であれば妙高が、急ぐわけでもないのだが自分では決済する権限がない、あるいは提督が決済すべきであると判断した書類が未裁可のまま積み上げられている。提督があくびを噛み殺しながら判子を手に取り――。

 

 

 「演習計画変更の申請?」

 

 

 書類の内容に眉をしかめた。内容がおかしいわけではない。諸事情により、演習の大枠を変えないままちょこちょこと変更を加えることはよく有った。もちろん、その変更がよくわからない判断に基づく滅茶苦茶なものであれば提督も何か対応を考えるのだろうが、幸いにして訓練部隊三羽烏――実践演習統括(じんつう)高等座学・基礎航海訓練担当(かとり)初等座学・人類社会常識座担当(かしま)の三隻は何れも訓練に対して真摯そのもの。結果として、演習内容変更申請などという書類は基本的に名ばかり、どころか普段は口頭変更すらよくある話で、書類化されるのは夜間に当直司令から決裁を貰いたい場合くらいである。

 

 提督の見るところ、この書類もその例に漏れない代物であった。変更内容は許容範囲内。提督臨席で行われる対空演習、という要素がどこか変更されているわけでもない。

 

 何だ、と肩の力を抜いた提督が、判子に朱肉をぽんぽんと付けた。いつものルーチンワークじゃないか。こんなもの、さっさと片付けて――。そこまで考えて、判子から手が離れた。朱肉の上に置かれたままのそれに見つめられる中、提督の視線が書類の上を行ったり来たりする。はぁ、と息を漏らしながら周りを見回す。妙高以外の三人が肩をすくめていた。疑念が確信に至った。

 

 

 「妙高」

 

 「はい、提督」

 

 

 微笑み、というか苦笑を湛えた妙高が返事をした。提督が、妙高が書類を読みやすいように向きを変えて机に置き直した。

 

 

 「見たところ何の変哲も無い書類だが、妙高がそんなものを私に渡すこと自体が『変哲』。違うか?」

 

 「その通りです」

 

 

 妙高が何の躊躇いもなく同意した。苦笑が提督に感染った。

 

 

 「尻拭いもいいが、姉なら少しは残業を叱れ。お前、今日は0時過ぎから当直のはずだろう」

 

 「口頭では少し注意を。お灸を据えるのは、まぁ、人の物を取るのもはしたないですから」

 

 「物分りが良い部下を持って呪うべきか喜ぶべきか」

 

 「前者ですと悲しくなってしまいます」

 

 「わかってる。だから冗談でもそういう顔するのはよしてくれ」

 

 

 提督が金髪をわしゃわしゃと掻いた。それから、楽しそうに笑いながら、妙高の顔を覗き込んだ。

 

 

 「それで護衛総隊(あいつら)、今日は何をやらかしてくれたって?」

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 『そんなこと言われたって無理ですよぉ! 香取姉にバレたら怒られるの私ですし、そもそもあの二人がそう簡単に騙されるわけないじゃないですかぁ!』

 

 「そこを何とか!!!」

 

 

 提督執務室の情景から遡ること2時間ほど前。護衛総隊司令室に、恥も外聞もない司令官の悲鳴が響き渡った。如何な鎮守府の超技術で製造されている受話器と言えども、司令官の魂からの雄叫びを全て吸収できるわけではないのだ。というかそんなことすれば、電話越しに鹿島の鼓膜が破れてしまう。

 

 

 『そこを何とか、だけで演習時間とか細かな計画を変更できるわけがないじゃないですか! そもそもこの件、私はノータッチなんですから!』

 

 

 が、必死なのは鹿島とて同じこと。仮に、大佐の口車に乗せられてうんと首を縦に振るってしまえば、この男どんな無理難題を吹っかけて来るかわからない。そもそも、無理難題に至る前座の時点で管轄外の業務を無理やり変更できないかとか言い出しているんだから、ここはもう拒否の一手である。

 

 

 『ともかく、この件について私の一存ではどうにも出来ません! ちゃんと正当な理由を用意するか、提督さんかせめて神通さんの裁可をもらってください!』

 

 「あ、鹿島!? ちょっ、電話切るな、あいや、切らないでください! もしもし? もしもーし!?」

 

 

 受話器の向こうでガチャンという音が聞こえた。どうも受話器を叩きつけるようにして電話を切ったらしい。それでも未練がましく呼びかけていた司令官が、がっくしと肩を落とすようにこちらも受話器を戻した。見守る羽黒へ首を横に振ってみせる。

 

 

 「ですよね……」

 

 

 羽黒がため息を吐いた。背後に散らかっている書類を一瞥する。徹底的に検めてみたものの、何の役にも立たなかった書類の山である。こうなると、最後の望みはあとひとつだけだったのだが……。

 

 

 「司令、羽黒さん。工廠から送ってもらったリスト、確認終わりました」自卓でPCモニタ上の『最後の望み』とにらめっこしていた能代が目をしょぼつかせながら声を上げた。「ダメです。当該標的機、エンジンを明石さんと夕張が独自でチューンナップしたらしくて、要求される燃料以外ではうんともすんとも言わないみたいです。最悪墜落と」

 

 「……それ、幾らなんでも冗長性が無さ過ぎるのでは???」

 

 「だから失敗作扱いとして死蔵されてて、この際なので全部使い切ってしまって新しいのを作るそうです」

 

 

 つまり詰みである。

 

 

 「もう素直に無理ですと言うしか無いのでは?」

 

 

 能代が疲れたように正論を言った。もはやどうにもならないのだから当然といえば当然である。が。

 

 

 「ダメだ」

 

 「駄目です」

 

 

 即座に却下され、能代がきょとんとした。司令官はまぁ仕方ないにして、羽黒にまで即座に否定されるとは思っていなかったのだった。

 

 

 「このタイミングで正直に言ったところで、どうせ誤配はバレる! なら、せめて最後まであがくべきだ!」

 

 「そうです。ここまで何とか誤魔化せそうだったんですから、限界まで諦めないべきです!!」

 

 

 能代の顔が引きつった。どうも、寝不足で判断力が鈍った頭脳でサンクコストを数えた結果、まるで引けなくなってしまったらしい。おお、コンコルド効果、コンコルド効果。

 

 

 「でも、何も方法が無いんじゃ結局どうしようもなくない?」

 

 

 司令室の来客用ソファで寛いでいた那珂が能代に助け舟を出した。陽炎だけは帰したものの、自分はすっかり逃げるタイミングを失ってしまった、とは那珂の談だが、実際には自分はまるで関わりのないトラブルを野次馬しているだけだったりする。事態がどうころぼうが、護衛総隊の実働部隊として書類仕事に巻き込まれることだけは無い高みの見物である。実際、よっぽどなポカでも無い限り、那珂が書類仕事に駆り出された事態は存在しない。

 

 

 「な、那珂ちゃんの方から神通さんに演習計画変更のお願いを……」

 

 「幾らはぐはぐのお願いでもそれは無理かなぁ。というか、マジモードの神通ちゃんに詰問されてはぐらかせるほど那珂ちゃんメンタル強くないし」

 

 「じゃあ、工廠に忍び込んで標的機を破壊……」

 

 「司令、半分以上本気の顔でそれ言われるの、正直ドン引きだよ?」

 

 

 駄目かぁ、と顔を見合わせる司令官と幕僚長に、那珂が首を横に振ってみせた。「のしろんの言う通り、今回は諦めようって。今なら、誤配をぐりぐり誤魔化しましたーまで言わなくても、単に誤配しました、だけで済むはずだし」

 

 「の、のしろん……」

 

 「あれ、このあだ名そんなに駄目!?」

 

 

 と、全く別件で騒ぎ始めた軽巡コンビはさて置くとして、実際問題那珂の言うことに分があるのは事実だった。というか、普通はこの状況まで至って素直に諦めない方が珍しいのだが。

 

 

 「……やむを得ん、か」

 

 

 司令官ががっくりと項垂れた。片手で提出を求められそうな書類を数え始め、もう片方を使い始めたあたりで数えるのをやめた。典型的な現実逃避である。

 

 

 「無念です」羽黒が司令官の背中を擦った。本人も気落ちを隠せてすらいない。「今回は何とかなりそうだったんですが……」

 

 「今日は潔く諦めなって」那珂が苦笑した。「まぁ、まだあがくんならダメ元で、標的機に自動で燃料を探してきてもらう機能を付けてくれーって明石さんに頼んでみるとか? もしそんな機能が着けば、飛べるんだからきっとひとっ飛びしてくれるよ」

 

 「そんな、幾らなんでも無茶苦茶な」

 

 

 能代が失笑し、だよねー、と那珂が他人の笑いを誘う声で笑った。このあたり流石は大人気アイドル、落ち込んでいた羽黒が軽くとは言えくすりと笑みをこぼす。那珂が能代にウインクしてみせた。こういうところ敵わないなぁ、と能代が嘆息した。微動だにしていないのは司令官くらいなものである。

 

 

 「……司令官さん? どうされたんですか?」

 

 

 司令官の異常に気付いた羽黒が呼びかける。が、それでも身じろぎ一つ無い。流石に怪訝そうな顔になった羽黒がもう一度呼びかけようとし、未遂に終わった。

 

 

 「――そうか、その手があったか」

 

 

 見れば、そんなことを呟いた司令官、先程まで諦観と絶望に満ちていた顔つきがもとに戻っている。三人が顔を見合わせた。

 

 

 「ちょ、ちょっと司令? 那珂ちゃん、幾ら明石さんでもそんなとんでも機能付けるのは無理だと思うなー?」

 

 

 那珂が慌てて窘めた。幾らなんでも、そんな無茶苦茶な要求を自分発案扱いでされては敵わない。

 

 

 「違う。幾ら俺でも流石にそこまで馬鹿じゃない。その後の方だよ」

 

 

 だが司令官はと言えば、至って平然と那珂の発言を訂正してみせた。那珂が口ごもる。どうも、自暴自棄になったわけではないらしい。

 

 

 「……飛んで探してきてもらう、ですか?」能代が首を傾げた。「いやいや、そもそもその飛んで行く燃料がここには無いって話で」

 

 「違う違う。探すまでは要らん。飛んできてもらえばいい」

 

 

 司令官が言葉を続けた。「こっちから今から大急ぎで標的機を持っていって、どこか標的機用の燃料があるところで給油。その後ひとっ飛びしてもらえば、何も燃料をここまで持ってくる必要はなくなる。能代、明石のデータに、標的機の速度って載ってたか?」

 

 「え、えぇと――確かに、1時間もあれば東北のどこからでもここまで飛来できますが……」

 

 「い、いや、司令? それでも案として無茶苦茶じゃない? 飛び立つって言っても、大湊に併設の滑走路なんて無いよ? 三沢の国連軍基地か、八戸飛行場じゃなきゃ」

 

 

 那珂が痛いところを突っ込んだ。司令官が口ごもる。大湊の立地上、鎮守府が基地航空機を展開する場合は八戸飛行場を活用する形になっており、とてもじゃないが昨日の深夜に荷揚げして、しかも一時保管用タンクに入れてしまった燃料を演習開始までに運べる距離ではなかった。やはり駄目か、と大佐が落ち込みかけた。

 

 

 「……いえ、もしかしてですけど、大丈夫かもしれないです」

 

 

 司令官のメンタルを救ったのは、彼の幕僚長であった。能代から標的機のスペックが記された書類を奪うように貰うと、そこに記された数値を使って何かを暗算する。その後、皆に見つめられる中ゆっくりと頷いた。

 

 

 「司令官さん、いけます。飛ばせます」羽黒が断言した。

 

 「は、はぐはぐ? でも、滑走路なんか」

 

 「あります。偶然あるんです。ガンビアさんって言う滑走路が」

 

 「あっ」

 

 

 司令官と能代が声を上げた。多数決的にアウェーになった那珂が首をひねる。

 

 

 「えっ、でも、対潜哨戒機ならガソリンでしょ? 航空燃料タンク空いてるの?」

 

 「ガンビアさん、今回の主任務は単なる航空機輸送でしたから、万が一用の燃料以外帰りは積んでないんです。もちろん、護衛空母で相談して、航空機半々に分けて対潜哨戒してるかもですが、どのみち大鷹ちゃん一隻が積んでった機数ですからいざとなれば戻すだけですし、最悪八戸に降りて貰えば」

 

 「露天駐機も一切無いから、航空甲板を斜め滑走してもらって……カタパルト積んでないが、飛べるのか?」

 

 「計算したんですが、理論上は可能です。短距離走をしてもらうことになりますけど」

 

 

 今度は那珂が顔面を引きつらせる番だった。司令室の空気が急速に提督案へと傾いていくのを感じたのである。正直よく言っても荒削りというか、発想がダイナミックすぎて、これが失敗したら『よっぽどなポカ』――すなわち、自分まで書類仕事に駆り出されろうな事態に陥りそうな悪寒でいっぱいだった。

 

 

 「み、皆一回ちょっと落ち着いてみようか!」皆、と言いつつ、唯一籠絡できそうな能代に向けて那珂が呼びかけた。せめて球磨ちゃんとのしろんの担当時間が逆ならまだ楽だったのだが。「そもそも、肝心なところが解決してないよね!? はぐはぐ案で行くにしても、標的機なんかどうやって船団のところまで運んでいくのさ!?」

 

 

 那珂の叫ぶような声に、司令官と羽黒が固まった。どうやらすっかり忘れていたらしい。何とかブレーキ役を果たせたようで、那珂がほっとため息を吐いた。

 

 

 「ぶ、無難に護衛空母の誰かを」

 

 「神鷹ちゃん遠征中で今日のお昼ころまで帰ってこないし、場所も南方だよ」那珂がぴしゃりと司令官の悪あがきを遮った。「ついでに付け加えておけば、船団と合流したあとタンカーからどうやって燃料汲み上げるかも解消しないと駄目なんだから、護衛空母連れてくだけじゃ実現不可能だよ」

 

 

 司令官が言葉に詰まった。那珂の正論を覆すだけの案が見つからなかったのだった。那珂が、空虚な勝利感に浸りつつ、一同を見渡す。

 

 

 「ともかく、この案を採用したいなら、分解せずに飛行機が積めて、他艦に航空燃料を移送出来るシステムを備えて、かつうちが動かせる専属艦を連れてきてからの話です! はい、諦めた諦めた!」

 

 「そ、そんな艦娘……」

 

 

 居るわけがない。羽黒がそう続けようとし、那珂がそんな羽黒の様子に満足した、そのときだった。

 

 

 「おはようございまーす! ちょっと早いですけど、今日の演習艦向けに念の為の給油役で呼ばれたので燃料貰いに来ましたー!」

 

 

 扉が元気よく開け放たれ、同じく元気の良い声がした。ピカピカに洗濯されたジャージがいろいろな意味で眩しい。給油艦速吸の姿がそこにあった。鎮守府に二人しかいない給油艦ということで、前線での補給作戦などで海上護衛総隊とも縁が深い艦娘だ。すなわち。

 

 

 「い、居たぁ!!」

 

 

 声を張り上げる司令官、羽黒、能代と、頭を抱えた那珂の姿に、速吸が目を白黒させた。

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 『大鷹より、護衛隊旗艦。今から直掩機入れ替えます。配分は先程までと同じく戦闘機のみでよろしいでしょうか?』

 

 『旗艦より大鷹。機種配分は現状を維持にゃ。なお、現在不明水中音響なし。対空電探、逆探とも感なし』

 

 『大鷹了解』

 

 

 ヘッドフォンから流れてきた無線の内容を、ガンビア・ベイがムズムズと聞いた。体が小刻みに揺れ、手が所在なさげに動いている。怖いわけではない。かと言って、武者震いでもなかった。強いて言うならば罪悪感だ。

 

 

 「タ、大鷹さん、やっぱり、私も飛行機少しもらった方が……」

 

 『駄目ですよ。ガンビアさんの飛行甲板はすっからかんにしておくことって、司令室からの厳命なんですから』

 

 「そ、そうですけどぉ」

 

 

 ガンビーがブツブツと応じた。が、そんな文句でさえも、だだっ広い艦橋の空気と、外から流れ込んでくる波頭が砕ける音にかき消されて消えていく。それをじっと聞くだけなのもまた、ガンビーの罪悪感を煽っていた。すなわち、することが何も無いのだ。

 

 

 『正直、多摩もこの状況は想定外だったけど、ま、今日のところは大人しくお客さんに徹するにゃ』

 

 

 護衛隊旗艦、多摩が慎重かつ大胆に舵と速度を変更しながら笑った。というのも、船尾から伸びた明石特製の巨大な綱で、タンカーをえっちらおっちら引っ張っているからである。鎮守府脅威の輸送能力、その面白くも何とも無い種がこれであった。ただでさえ、艦娘や深海棲艦の謎技術を吸収して経済速力30ノットを達成しつつあるタンカーだったが、艦娘が曳けば最大100ノットという化け物じみた速度で進めるのだ。しかも、MAXが100ノットなのもタンカーや艦娘の能力不足ではなく、綱の強度が保たないからというところに凄みがある。

 

 かくして、旗艦多摩以下計14隻の護衛部隊が計12隻のタンカーを曳くとかいう、壮観というかどこか喜劇的な情景は生まれているわけなのだが、その貴重な例外二隻のうち一隻がガンビーであった。もともと航空機輸送が任務だったのに加え、初めてということで曳船業務は割り振られなかったのである。

 

 尤も、それでは帰りがあまりにも暇。というわけで、本来であれば大鷹の飛行機を一部引き受けて交代で直掩機上げようねー、なんて護衛空母同士楽しく段取りしてたのも今は昔。臨時で大湊に寄り初めたあたりからケチが付き始めた今回の輸送作戦は、焦った様子の幕僚長(はぐろ)が『なるべく急ぎでお願いしますっ!』と言い始めたあたりで完全に雲行きが怪しくなり、ガンビーに個別で『いつでも航空機を搭載し、発艦させられるように準備しておくべし』という命令が来た時点で多摩が何かを察したのか遠い目になっていた。もちろん、ガンビーの仕事はただ船団についていくだけ。何もすることがない。

 

 ガンビーがため息を吐いた。タンカーを引っ張り、あるいは飛行機を飛ばし、と周りがあくせく働いている中、駆け足気味の速力とは言えただ航行するだけというのは、あまりにも居心地が悪い。もちろん、周りはガンビーの状況を知っているから同情の視線を向けてくるだけで陰口や嫌味など一切無いのだが、だからって居心地悪いものは悪い。何かお仕事降って湧かないかなぁ、とガンビーがぼんやりと思考を弄んだ。正直、何か罪悪感を紛らわせられることが欲しくてたまらなかったのだ。

 

 そしてもちろん、ガンビーはそんなこと一瞬でも考えたことを後悔することになるのだが。

 

 

 『っ! 電探に感にゃ! 方位――』

 

 

 多摩が先程までのぼんやりとした声から打って変わって、鋭い声を上げた。一瞬で船団全体に緊張が走る。ガンビーも、居眠りしそうなくらいぼんやりとしていた頭を無理やり覚醒させた。妖精さんを呼び、自身に搭載されている電子戦装備の確認をさせようとする。が、ガンビーの反応速度より、多摩の情報処理速度のほうが一枚上手であった。

 

 

 『敵味方識別(IFF)――青、青、青。友軍? というか、え、なんではぐはぐと那珂がこんなところに居るにゃ?』

 

 

 緊張に満ちた声が、みるみるうちに困惑に取って代わられる。が、それで多摩を責める艦娘は誰も居ない。何しろ全員が全員、多摩と同じ感想を抱いていたのだから。

 

 

 『通信で呼びかけて確認してみましょうか?』大鷹がおずおずと訊ねた。

 

 『――いや、やめとくにゃ』多摩が少し考えてから答えた。『逆探に感なしってことは電波封鎖中みたいだし。それに、こっちの予定航路は熟知してるはずなんだから、何の反応も寄越さないのはなにか考えがあるはずにゃ。取り敢えず、直掩機一機で良いから向かわせといて欲しいにゃ』

 

 『了解です』

 

 

 大鷹が応じ、ガンビーの対空電探上で輝点が目標へと移動していくのが見えた。ガンビーが羨望が混じった目でそれを見守った。結局、自分にやれることはなにもないのだ。

 

 尤も、今回に関しては、ガンビーは精神的に少しは救われたかもしれない。何しろ、やれることが何もないのは船団全員が同じことだったのだから。結局、困惑だけを残したまま、船団が用事が一切不明な羽黒以下二隻の小部隊と邂逅を果たしたのは、多摩が困惑の声を上げてから40分ほど後、すなわち0950の出来事であった。

 

 

 『艦影視認しました。羽黒さん以下、那珂ちゃんさん、及び速吸さんと確認』大鷹が首を傾げながら報告した。

 

 『りょーかい。何か言ってきたにゃ?』

 

 『今のところは何も――』

 

 

 大鷹が返答しようとした瞬間、黒点の様な軍艦の遠影に光が明滅した。ガンビーが慌てて目を凝らした。恐らく船団全員がこうしているんだろうな、と当たりをつける。

 

 

 『発光信号、読み上げます』大鷹が咳払いした。『我無線封止中。無電発信ハ厳ニ慎ミ、速力針路ソノママ進ムコト、鎮守府護衛総隊司令室――以上です』

 

 『やっぱり無電封止中――って、司令室名義って、もしかして司令官も来てるにゃ?』

 

 

 多摩がいよいよ困惑を通り越して混乱したような声を出した。普通、艦娘に人間は載らない。タンカーを曳いて100ノット出せる時点でお察しだが、仮に戦闘速度を出す場合、加減速で冗談抜きに命が危ないのだ。それが、最大限警戒はしているだろうとは言え、わざわざ艦橋に乗り合わせて来るのだからただ事でないのだけは確かである。

 

 一同の困惑をよそに、ゴマ粒はいつの間にか軍艦の形になるまでに近づいてきた。そのまま、妙高型の優美だがどこか余裕のない艦体を筆頭に、三隻の単縦陣が船団とすれ違う直前に回頭をかける。綺麗に最小半径で180度回頭したところで艦を定針させ、するするとガンビーの脇へと寄ってきた。羽黒がガンビーの真横を追い抜いていく。

 

 

 『が、ガンビアさん、お疲れさまです』わけも分からずその様子を眺めていたガンビーが、いきなり名前を呼ばれて飛び上がった。『あ、初航空機輸送任務成功おめでとうございます』

 

 「あ、ありがとうございます……?」ガンビーが窺うように応じた。いや、実際この状況で褒められて素直に喜べる人間は居ないし、艦娘もまた然りだ。

 

 『そ、それで、なんですが』羽黒が本題に入った。『ちょ、ちょっと人員移送したいな、なんて』

 

 「……あ、あの。もしかしてそれ、Captainのことデスカ?」

 

 『は、はい』

 

 

 ガンビーの顔が引きつった。ほんとに大佐連れてきたんだ、というか。

 

 

 「あの、今100ノット出てるんですけど、ほんとにあれやるんですか?」

 

 

 ガンビーが恐る恐る訊ねた。並走する軍艦同士で人員移動、それもヘリなんて便利なものは積んでいないのだからやり方は一つ――ロープを艦同士に掛けて、絶叫マシンに仕立て上げたら人気が出そうな一人乗りゴンドラで移送する手法を取るしか無い。

 

 

 『はい、お願いします』

 

 

 だが、羽黒は即答であった。速吸さんが横付けしますね、と言うが早いか、単縦陣の二番目に陣取っていた速吸がガンビーの脇に接近する。合図すら無くロープが投げ渡され、ガンビーが自分の妖精さんに慌てて固定を指示した。先程までの暇とは打って変わった目まぐるしさである。妖精さんの固定完了報告より前に、速吸から大佐がそっちに行きますという報告が来るくらいなのだ。

 

 

 「ご苦労さん、それから初任務成功おめでとう、ガンビー」

 

 

 100ノットが生み出す暴風で髪型を悲惨な形に変えた司令官が艦橋へと現れたのはそういう帰結であった。慌てて敬礼しようとするガンビーに、要らない要らないと手を顔の前で振るう。そのまま、焦燥感のある顔つきで口を開いた。

 

 

 「早速だが仕事がある。説明するからそのまま聞いてくれ」

 

 「は、はぁ」

 

 

 ガンビーが気の抜けた返事をした。時速180kmほどのアトラクション体験をしたはずなのに、恐怖とか安堵とかそういった顔色がどこにもないので、無意識下で探してしまったのだ。思ったよりよほど神経が図太いのだろうし――そんな図太い神経の持ち主がこんなに慌てている時点で、嫌な予感もする。

 

 

 「今から速吸が演習用の標的機をお前さんに積み込むから、同じく速吸から渡された燃料を給油しながら全機飛び立たせて欲しい」

 

「………はい?」

 

 

 ガンビーが目を瞬かせた。命令の意味と意図がよくわからなかったのである。

 

 

 「あー、速吸。ガンビアに話は付けたから、洋上補給キット使って航空燃料補給と、それから標的機の積み込みを始めてくれ」

 

 『りょ、了解です』

 

 「W,wait! 待って! 待ってください!」

 

 

 自分が状況を飲み込めずに居るのを尻目に矢継ぎ早に展開されていく段取りを見て、置いていかれそうになった護衛空母が慌てて声を上げた。不思議そうに自分を見つめる大佐に、わたわたと身振り手振りで自己主張した。

 

 

 「い、一体何がどうなってるんですか!?」

 

 「いやー、ちょっとしたミスがあってさ。その埋め合わせ?」

 

 「い、意味がわからないです!」

 

 

 ガンビーが叫んだ。船団があっちへふらふらこっちへふらふらしているんだから何かあったのは察していたが、だからって何が何やらである。

 

 

 「いやーそれがな」

 

 

 と、司令官が速吸に指示を送りながら手早く状況を説明する。大佐の説明は単純かつ明快で要点がわかりやすかったので、1機目の標的機が積み込まれ、多摩が曳いてきたタンカーから速吸経由で燃料供給ラインが形成されるころには、ガンビーの顔が思い切り引きつっていた。

 

 

 「む、無茶苦茶な……」

 

 「というわけでこれ決定事項だからあとで埋め合わせするんで協力お願い!」

 

 

 毛ほどもお願いではないお願いを言い張って、司令官が着衣を整えた。どうも、飛行甲板に降りて陣頭指揮を執るつもりらしい。見れば、2機目の標的機がクレーンに吊るされていた。ガンビーが慌てたように呼び止めた。既成事実にされては敵わない。

 

 

 「え、演習用の標的機って、艦載機じゃないですよね!? そ、そんなの飛ばせるわけが――」

 

 「理論上、お前さんでも飛ばせるという結果が出た。着陸は撃ち落とされるから必要ないし。故に問題ない」

 

 

 が、必死の抵抗にも司令官はにべもない。続けて滔々と発艦手順について語り終えられてしまうと、ガンビーとしては言葉もなかった。そりゃ、大佐と羽黒とが面突き合わせて細部まで詰めた計画なんだから、如何に突貫工事の産物とは言え、ガンビーに敵うわけがない。

 

 

 「諦めろガンビア。事故報告書と再発防止対策書の回避は何よりも重い」

 

 

 大佐が未だに乱れが治らない髪をぐしゃぐしゃと整えながら言った。駄目だこの人達、とガンビーが乾いた笑い声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 『ガンビア! 標的1号燃料積載完了した! エレベーター上げてくれ!』

 

 「R, Roger!」

 

 

 半ばやけくそでガンビア・ベイが叫んだのは、大佐が降り立ってから20分後のことである。時刻は1020時。演習開始1100には少し心もとないが、実際に標的機が登場すべきなのは1130くらいで、実戦形式演習ということでむしろ時間にブレがある方がありがたい、とはガンビーの預かり知らぬところで大佐とお話し合いをしていた神通の言である。神通的には演習さえ恙無く実行できれば多少の変更は許容範囲内なのである。その辺の処理をしてくれたり、羽黒と共に夜間当直司令だった妙高へ変更申請を手渡すのに加担してくれた理由がそれだった。なお、本人は怒らないとは言ったが、提督に報告しないとは一言も言っていなかった模様。

 

 ともかく、のちの破局は置いておくとして、現在の状況は決して間に合わないわけではないが急がないと不味い、というものであった。だもんで。

 

 

 『ガンビア! 加速! 加速が弱い! 両舷全速一杯急げ!』

 

 「や、やってますってばぁ!」

 

 

 ガンビーが大声で無線に叫びながら細かく操艦を続ける。機関は既に過負荷状態、帰港すれば降って湧いたオーバーホールの危機に明石と夕張が発狂しそうな有様である。だが、ガンビーとしてはそんなことに気を回す余裕はない。那珂と羽黒が哨戒してくれた海域の中で、少しでも発艦に適した角度に合わせようと必死である。

 

 ガンビーが艦の先端を凝視した。そこでは、蒸気ボイラーから一部を拝借した白い煙がたなびいていた。ガンビーの今の関心事は、その蒸気が飛行甲板上を微妙に斜めへと流れるように操艦する、ただそれだけである。

 

 一般に、離陸というのは速度が必要なものだし、であれば向かい風に向かっていくというのは何とも肌感覚から離れたやり口であるが、ここで言う速度とやらが対気速度である点を考えれば当然といえば当然であった。対気速度、すなわち空気に対する自機の速度が大きければ大きいほど揚力を生んでくれるのが航空機の翼である。向かい風に突っ込んでいけば、その風速分対気速度が増すというわけだった。

 

 ガンビーが司令官にどやされながら全力疾走しているのも似た理由だった。

 

 単純な話として、軍艦が数十ノットで洋上を疾走する以上、無風であろうと甲板上では数十ノットの風が常時吹いているのと同じことになる。原理としては、自転車で全力疾走すると感じる風圧が強いのと同じだ。かてて加えて、地球上でも洋上とは基本的に風が強い場所である。この洋上の自然な風と軍艦の速力が合わさって甲板上を荒れ狂う空気の流れを合成風力とも言うが、これに対気速度の話を合わせれば、空母が風上に全力疾走する理由は明らかだった。

 

 尤も、今回に関しては、話はそう単純なものでも無いのだが。

 

 

 『ガンビア! こちらは準備完了した! そっちの合図で発艦始める!』

 

 

 司令官が無線に怒鳴った。艦橋からではよく見れないが、遮風柵やら何やらを用いて荒れ狂う暴風に対処しているはずであった。いっそ哀れではあるのだが、事情が事情なので自業自得である。

 

 

 『滑走角度は伝えたとおりだ! 頼んだぞ!』

 

 

 風切り音で聞き辛かったが、司令官の言葉は嫌なくらいすっとガンビーの頭の中に入っていった。ガンビーが生唾を飲み込んだ。正直、緊張して仕方がなかった。原因は、標的機が陸上仕様だったので、滑走距離の短いガンビア・ベイでは特殊な――ぶっちゃけて言ってしまえば、甲板上を斜めに滑走するしか無いことにあった。

 

 はっきり言って普通はまずやらない行為に加え、今回は上手いこと標的機の滑走針路と風向きが噛み合わないと、140ノットほどで爆進中のガンビーからでさえ離陸困難な恐れがあったのだ。無論、落っことしたら司令官と羽黒は始末書地獄である。……やらなきゃ良いじゃんとしか言いようが無かったが、もはやここまで来た以上、司令室コンビに引き下がる余地は無かった。

 

 ガンビーが深呼吸した。既に針路は固定している。大鷹が定期的に齎してくれる気象データによれば、風向きが妙な方向へ変わる可能性も少なかった。後は、ガンビーの度胸だけである。

 

 

 『ガンビアさん』羽黒の声が無線から聞こえた。『大丈夫です。ガンビアさんなら、きっとやり遂げられます』

 

 『そうだ、ガンビア!』大佐の怒鳴り声がノイズ混じりに聞こえた。『お前さん、自分で思っているよりよっぽど出来るんだ! 今だけでいい! 自分を信じるんだ、ガンビア!』

 

 

 ガンビーの緊張が少し和らいだ。小声で、Thank youとつぶやく。励ます側が誤配の有耶無耶化を意図していることさえ思い出さなければ感動的なシーンだった。

 

 

 「Captain!」ガンビーが正面を見据えた。「Cleared for take off! 行ってください!」

 

 『よしきた! 離陸! 離陸!』

 

 

 標的機のジェットエンジンが一気に高音を奏でた。そのまま前のめりになると、エンジン音が最大になったところでブレーキがリリースされ、前方へ進み始める。ガンビーの戦速と風が生み出す合成風力を真正面から翼に浴び、徐々に揚力を増していくが――。

 

 

 「っ! お、重いっ」

 

 

 なかなか飛び立たない。というよりも、ガンビーの甲板では明らかに距離が足らなかった。ガンビーが悲鳴を上げた。

 

 

 『行け! 大丈夫大丈夫、理論的にはいけるんだ! 臆せず行け!』

 

 

 だが、大佐の方も負けていない。ガンビーの悲鳴に負けず劣らずの大声で、励ますような声援を無線越しに送る。ガンビーが少し気を取り戻したように司令官の声に耳を澄まし――。

 

 

『ここで落としちゃったら俺と羽黒は始末書まみれになるんだ! だから飛ばすんだ! ガンビア・ベイ!』

 

 

 ガンビーがずっこけかけた。あんまりにも酷い本音である。

 

 

 『ガ、ガンビアさん! 前! 前!!』

 

 

 だが、それがいけなかった。一瞬緊張が解けたせいで、艦の針路がふらついたのだ。お陰様で、ただでさえも危なっかしい滑走を続けていた機体がふらついた。一瞬で、ガンビーの脳裏を飛行甲板の先端部に上がる大きな水柱のイメージが駆け抜けていった。

 

 

 『あ、諦めるな、ガンビア!』大佐が大慌てで怒鳴った。『飛ばせ! 飛ばすんだ! 根性で飛ばせ! お前にも大和魂があるはずだ! ガンビア・ベイ!』

 

 「私アメリカ艦ですけど!」

 

 『じゃあヤンキースピリッツで良いから』

 

 「どっちかと言えば西海岸出身ですよ!」

 

 『じゃあ保安官……ガンマン? アウトロー? 何スピリッツだ?』

 

 「言ってる場合ですかぁ!?」

 

 

 と、大佐とガンビーが馬鹿な掛け合いを続けている間にも標的機は見る見るうちに甲板の端まで到達しそうだった。ガンビーが最も有り得そうな未来に思わず目をつむる。ほぼ開き直って機関出力さらに増した。祈るように暴風と無線機に耳を傾ける。一瞬の沈黙の後、流れるのは歓喜の声か、それとも――。

 

 

 『と、飛んだ!』

 

 

 ガンビーが目を見開いた。甲板の先端付近で、自身の機体を重たそうに、けれども思ったよりは余裕を持って持ち上げている標的機の姿がそこにあった。ギアを格納しつつついに景気よく上昇を始めた標的機に、自分でも気づかずに見とれてしまう。

 

 無線が、何やかんやでガンビー艦上に繰り広げられる狂騒曲に見入っていた艦娘たちの歓声で満ちていった。ガンビーが長い、長い息を吐いた。どうやら、前者で何とかなったようだった。

 

 

 『よし、ガンビア! よくやった! よくやってくれた!』

 

 

大佐が掛け値なしの称賛の声を上げた。如何にそれが自己保身を発端とするものであったとしても、今のガンビーにとって嫌悪からは180度違った方向にある言葉だった。

 

 

 『だが、安堵してもらってるところ悪いが、次がある。今度も頼むぞ!』

 

 「は、はい!」

 

 

 ガンビーが元気を取り戻したかのように明るく応じた。正直、これから同じ行動を十数機分行うというのはあまりにも気が滅入る話だったが、先程までとは違い、自分にでも出来るんだという自覚が気分を明るいものに変えていた。なお、ガンビーには経験がなさ過ぎてまだ気づけていないが、人はそれを自信と呼ぶ。

 

 その後も、ガンビーと司令官の奮闘は続いた。司令官が持てる全力を尽くして燃料を補給していき、ガンビーがそれを飛ばしていく。目の回るような忙しさであったが、最初が最初だったのと、ようやく生まれた自信によって、発艦は滞りなく進んでいった。結局、標的機離陸で危なっかしかったのは最初の一機だけである。後は、司令官や羽黒の想定よりも素早く作業に慣れたガンビーによって、燃料補給待ちの方が遅延要素になったくらいだった。

 

 

 『最後の一機、空中で第三分隊と邂逅しました』

 

 

ガンビーが大丈夫そうということで、途中から空中管制役を引き受けてくれた大鷹が我が事のように喜びながら無線を発したのは、1050のことであった。時間的にはデットラインよりも10分早い。完璧だった。『無事終了です。お疲れさまです、ガンビアさん。それから――実任務での初発艦成功、おめでとうございます』

 

 「T, Thank you……」

 

 

 ガンビーが面映そうに応えた。既に羽黒始め、他の艦娘からも称賛はもらっていたが、同じ空母娘に褒められるのはまた別種の嬉しさがある。それを噛み締めていると、こつんこつんと階段を重々しく踏みしめる音が聞こえてきた。大佐だ。

 

 

 「ご苦労さま。それから、妙なことに巻き込んじまって悪かったな、ガンビア」

 

 

 疲労感も顕になった司令官が、知らず顔を綻ばせていたガンビーにそう言うと頭を下げた。ガンビーが苦笑いで応じた。

 

 

 「こ、これで、何とかなりそうなんですか?」

 

 「あぁ。な、羽黒」

 

 『はい』こちらも、仕事の終わった速吸の護衛を那珂に任せて寄ってきた羽黒が応じた。『神通さんにお願いして、うちも急遽演習に参加するっていう名目にしていただきましたから。これで、緊急時に護衛空母から爆装した航空部隊を発進させられると実証されました』

 

 

 羽黒がところどころ棒読みになりながら、暗唱するかのように説明した。ガンビーの苦笑が大きくなる。確かに意義はあろうが、まずあり得ない想定だった。実地で行う羽目になった自分でさえ、演習ですら再度行うことはないと確信していたのだった。

 

 

 「まぁ、名目はともかくとして」司令官が砕けた調子で後を引き受けた。「これで、リカバリーは真の意味で完了だよ。妙な規則増やしたり、妙な規則守ったりする必要がなくなったわけだ」

 

 『本当に、ガンビアさん始め船団の皆さんのお陰です。ありがとうございました』

 

 

 艦橋に弛緩した空気が流れた。司令官は相好を崩していたし、ガンビーはガンビーで心地よい疲労感に満たされているのを感じていた。自分が必要とされ、そして実際にやりきった経験は、それが何であれ達成感を抱かせるに十二分なのだから。

 

 

 まぁ、ことが問題の隠蔽工作じゃなければもっと良かったんだけれども。

 

 

 『……お疲れのとこ悪いんだけど』多摩が無線に割り込んできた。『護衛総隊司令室から無線で大佐の呼び出しにゃ』

 

 「ん、能代か? 何があった?」

 

 『無線代わってもらえばすぐわかるにゃ』

 

 

 大佐が首を傾げ、ガンビーに無線機を貸すように言った。ガンビーがうなずくと、無線機の前までつかつかと歩いていく。バレたら不味いから、成功報告はこちらから符丁を用いて行うと言ってあったはずなんだがな、と思いながら、マイクを取った。

 

 

 「あー、こちら護衛総隊司令官。船団定時連絡、針路異状なし。繰り返す、針路異状なし、送レ」

 

 

 司令官が言った。普段そんな連絡を送ることはありえないが、送ったとしても特段怪しまれる内容ではなさそう、ということでリカバリー成功時の符丁と定めておいた言葉だった。事前の取り決めでは、司令室了解、という返答が返ってくる手はずである。そして、手はずというものは、時として砂上の楼閣よりも脆い。

 

 

 『ほぅ、それは重畳。だが、こちらが把握している状況とは異なるようだが、大佐?』

 

 「ぶふっ!?」

 

 

 大佐が噴き出した。無線機からしてきた声に聞き覚えがありすぎた。ガンビーの耳に、無線越しに羽黒もまた噴き出している音が聞こえた。ガンビーが顔面を引くつかせた。

 

 

 「A, Admiral……」

 

 「て、提督! なぜ護衛総隊司令室から無線を!?」

 

 

 大佐が背筋をピンと伸ばした。普段から提督に威圧された時はこうなるのだが、今日はことさらに酷い。まぁ、気持ちはわかるが。

 

 

 『なぁに、神通から護衛総隊が本日の演習に並ならぬ熱意で参加するつもりだと聞いて、激励をね。これから演習にもきちんと顔を出して、君等が頑張って飛ばしてくれた標的機を視察させてもらうよ』

 

 

 提督の物言いに司令官が震えだした。明らかにこちらのミスと状況を全て把握している声音だった。

 

 

 「え、えぇと、提督。これはですな。我々護衛総隊としても、いつ何時不測の事態に陥っても問題なく対応できるように訓練を」

 

 『案ずるな。君等、こんな不測の事態にもきちんと対応出来たじゃないか。何とか演習を実施できるよう全力を尽くした点については評価しているよ、うん。YH船団の諸君、よく頑張った』

 

 

 あっはい、と素直に受け取ったガンビーが、一向に震えが収まらない司令官と、無線機の向こうでまだオロオロしているらしい羽黒を見て、あっと気付いた。頑張った対象に司令室が含まれてなかった。

 

 

 『それでは、諸君らの熱意に応えて、私からも一つ演習内容の変更を下達しよう』提督が言った。きっとすごい笑顔なんだろうな、とガンビーが乾いた笑い声を漏らしながら思った。『不測の事態として、タンカー一隻分の燃料誤配が発生したと仮定。速やかにこれの事故原因特定と再発防止策策定に当たれ。想定状況は司令室に置いておいた。なお、策定された再発防止策については実行してもらうからきちんとしたものを提出するように。あ、あと、能代は既に残業しているようだったから寮に帰した。君等の帰還まで提督執務室メンバーで留守を与ろう。復唱は要らないよ。以上、終ワリ』

 

 

 無線が途絶え、司令官と羽黒が固まった。要するに、事情が全てバレている提督のお出迎えを受けなければならなくなったのである。ガンビー含め、船団中から憐憫の視線が注ぎ込まれ――同時に皆が距離をとった。ことこうなった以上、もはや巻き込まれるのだけは勘弁である。

 

 

 『あー、取り敢えず、船団は横須賀まで通常航海で良いにゃ?』

 

 『良いと思うよー』

 

 

 機能不全に陥った司令室を尻目に、多摩と那珂が呆れ声で船団を纏め始めたのは自然な対応だった。司令官の尻をせっついても良かったが、帰ってから頑張ってもらわねばならないから今ばかりはお目溢しだ。なお、帰投予定は1400時。航路後半に速力を上げたお陰で、何やかんやあった割に当初の帰投時刻である。もちろんそれを良いことに、多摩は任務報告書に『異状なし』と記載する気満々であった。何より、いつだって護衛隊の異状は司令官と羽黒が貧乏くじを引いて対処するのだ。ならば、今日のこれだって『異状なし』には他ならない、というのが船団の総意だった。

 




昔の人はこういうのを骨折り損のくたびれ儲けと呼びましたとさ


※リアルが忙しくなってきたので、次話はもしかすると年末年始で書き上げることになるかもしれないです……申し訳ない
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