鎮守府海上護衛総隊異状なし!   作:うみねこ06

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このただでさえ年度末で忙しい二か月に数年に一度あれば良い方の業務を立て続けに3件引き起こしたやつはどこのどいつだ!!!(憤怒)


第5話 航空機輸送異状なし(前編)

 『発:KW環礁沖戦闘任務部隊旗艦<Nelson> 宛:鎮守府執務室

  本文:1,先刻報告セル第二次攻勢デノ敵環礁機動部隊トノ戦闘ハ終結セリ。

       轟沈確実:空母棲姫1、旗ヲ級2、旗ヘ級1、旗リ級2、能力向上型ツ級1、後期型ハ級3、後期型イ級2

       当方ノ損害、艦艇は<Nelson>及び<伊勢>小破相当ノミモ、航空機喪失多数。最終集計後別途報告ス。

     2,基地航空隊ニ関シテ陸攻隊ヲ中心ニ中程度ノ損害ヲ受ク。

     3,航空偵察ノ結果、敵勢力ハ依然活動的ト確認セリ。第三次攻勢ノ必要ヲ認ム。

                             以上、戦況報告ス』

 

 

 ――――――――――

 

 

 ちょうどそこまで打電し終わった時、ダメコン任務を仰せつかっていた妖精さんから艦上火災鎮火の報告が入った。それを聞きながら、ネルソンが思案げに上空を見上げる。そこでは、旧軍機――日本海軍機が、本来彼らが取り入れることは無いはずだった2機編隊で哨戒飛行を行っていた。先程までほぼ完璧に艦隊防空をこなしてくれていた烈風隊だ。

 

 だが、ネルソンの視線はその中でも数機の烈風に合わされたまま動かない。理由は、その烈風をひと目見ればすぐに分かった。黒煙が上がっている。正確に言えばオイル漏れか本当の発煙かの二択のはずだったが、航空畑、とりわけ細かい技術的な所にはさほど詳しくないネルソンにはよくわからない。

 

 ネルソンが見つめる中、緩やかな左旋回を続けていた烈風がバンク角を0と為した。徐々に高度が下がっていく。ギアが降ろされた。もちろん、その先には母艦が――その烈風が飛び立った、戦闘航空母艦<伊勢>の飛行甲板が存在している。

 

 スロットルで速度を調整しているせいで、何の動作もなくするすると降りていく錯覚を周囲へと見せつけながら、烈風が高度を更に下げていった。着艦寸前、怖いくらい速度を落とした烈風が機首を上げる。そのまま、エンジン音が更に小さくなり――すとん、という擬音が適切に思える落ち方で、最後の数メートルを降下し、3つの車輪全てで甲板へと降り立った。俗に言う三点着陸だ。と同時に、機体後方下部に取り付けられたフックが制動索を――アスレチングワイヤーを捉えた。機体に急制動がかかり、停止する。ネルソンの視界に、妖精さんがわらわらと烈風に取り付いていくのが見えた。すぐに機体が前へと押し出されていく。理由は単純。次の機体が最終降下に入っていたからだ。

 

 2機目の黒煙は1機目よりも大きかったが、着艦自体は恙無く終わった。強いて言うならば、三点着陸のタイミングで少しふらついた程度である。だが、ネルソンの顔から緊張感が失われることはない。妖精さんが取り付いたのを確認すると、最後の1機へと視線を移す。

 

 事故が起きたのは、予想通り3機目であった。

 

 黒煙に加え、そもそも最終降下すらふらついていた烈風の降下速度が最後の最後で大きくなる。どうやら、低出力時の出力調整が上手く行かないらしい。リカバリーの為に出力を増加させたようだが、今度は出力が大きすぎる。危険だ、とネルソンが思ったのと同時に、烈風妖精もそう判断したらしい。離床出力になる。復航(ゴーアラウンド)を行うらしい。ネルソンが突風を感じたのはその瞬間だった。

 

 自機に対し追い風だったその風は、着艦直前だった機体翼面から急速に揚力を失わせた。それでも烈風妖精さんは冷静に機体を動作させたが、ここに来て操縦系の不具合が牙を向いた。機首上げしきれずに、ギアが甲板を強く叩き、バウンドする。烈風妖精さんはどこまでも冷静だった。多重事故回避のため、機体を目一杯右へとバンクさせる。もちろん、結果は――。

 

 

 『着艦事故発生。綾波ちゃんごめん、お願い』

 

 『了解です』

 

 

 <伊勢>右舷側側面でささやかな水柱が上がった。とんぼ釣りの為に控えていた綾波が急行する。ネルソンがほっと胸をなでおろした。彼女の考える最悪――前方の機体へ突っ込んで爆発炎上というのは回避できそうだった。

 

 

 『伊勢より旗艦。直掩隊収容完了したよー。ご覧の通り、ちょっと締まらない終わり方しちゃったけど』

 

 

 たははー、と伊勢が言う。ネルソンがわかった、と頷いた。

 

 

 「これで、喪失機は16機か」

 

 『平均よりちょっと少なめだね』

 

 「で、あるな」

 

 

 ネルソンがため息を吐いた。伊勢の気遣わしげな吐息が無線越しに聞こえる。伊勢は面倒見が良い、とは提督の言だったが、まさしくそのとおりだった。

 

 

 「心配せずとも良い。航空撃滅戦の経験で諸君に遅れをとるつもりはない」

 

 

 ネルソンが冗談めかしていった。伊勢が苦笑いを浮かべるのが見ずともわかった。英国艦が航空機損耗の話をする時に自分たちの経験(バトル・オブ・ブリテン)を持ち出されて何かを付け加えられる者は少ない。

 

 

 「落ちていく機体、維持できるか怪しい航空優勢。唯一の救いはパイロットだけは――いや、妖精さんはリスポーンできるからな。やはりあの時とそう変わらん。ただ」

 

 『ただ?』

 

 「ただ、少し君達の国の言葉に、現状にうまい具合に適合する言葉があったのを思い出しただけだ。何と言ったかな」

 

 『……塵も積もれば山となる?』

 

 「それも良いな。だが違う」ネルソンが頭を振った。「まぁ、余が思い出せないのだからその程度の言葉なのだろう。それに、言われてみればそちらの方が現状に適合している気がする」

 

 『たかが16機、されど16機』

 

 「少しずつでも喪失数が増えれば兵站に負担がかかる。まぁ、Admiralは現場がそこまで気にするなとは言ってくれたが、余は英国海軍(ロイヤルネイヴィー)出身だから、な。それこそ、余の名の元になった御仁は、海上連絡線の寸断で皇帝(ボナパルト)を苦しめたのだ」

 

 『……それ、リシュリューとコマちゃんの前で言わないでね?』

 

 「歴史的事実だ」

 

 

 ネルソンがドヤ顔になり、伊勢がため息を吐いた。基本的に仲が良い鎮守府海外艦勢なのだが、稀にこういう地雷が埋まっているのが面倒くさくてこの上ないのだった。なお、日本勢についてはノーカウント、というか地雷を持ってることに無自覚な模様。

 

 

 「ともかく、泊地に帰投したならば航空機輸送の算段をとらねばな」ネルソンが表情を真面目なものに戻した。「このままでは偵察飛行にも影響が出かねん。先日伊勢にやってもらったばかりだが、背に腹は変えられんな」

 

 『まぁ、いい経験だったよ。護衛隊のみんなも良い子だったしね』

 

 「羨ましい。海軍の本懐とは海上護衛。あらゆる作戦行動は――たとえ艦隊決戦でもその枝葉に過ぎない」ネルソンがあまりにも英国的に海軍を評した。「余も一度護衛部隊として参加したいものだ」

 

 『あー、ごめん。この前私が消費した燃料量であの大佐ひっくり返っちゃったらしくて、たぶん暫くお呼ばれすることは無いと思う』

 

 「……まぁ、楽しみに待っていよう。無駄な燃料消費もまた、塵も積もれば山となる、だ」ネルソンが得意げに繰り返してみせた。

 

 『んー』

 

 

 伊勢がちょっと違うかな、と異議を挟んだ。ネルソンがむっとする。なら何なのか、と訊ねようとして、何か支えの取れた表情になる。そのまま、得意げに口を開いた。

 

 

 「いや、皆まで言うな。思い出した。これも諸君の国の言葉だな。確か――」

 

 

 

 

 

 

 

第5話 航空機輸送異状なし

 

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ、MOTTAINAI……」

 

 

 全面がガラス張りになった一室で、ガンビア・ベイが痛々しそうに呻いた。隣でそれを聞いていた葛城が苦笑いを浮かべる。自分が抱いた羨望を自嘲したのだった。流石に当事者がそこまで直截な物言いを公言することは出来ない。

 

 

 「ごめんね。変な所見せちゃったわね」

 

 「N, No! そ、そんなこと無いです! 勉強になります!」

 

 

 ガンビーは即座に否定した――何しろ先日の羽黒の様子に比べれば本当にそうだったのだ――が、葛城の顔は晴れなかった。出来れば良いところを見せたかった、というのももちろんだったが、現実的な問題もある。

 

 

 「ごめん羽黒さん。たぶん事後処理に時間掛かっちゃうから、離陸する所見せられないかも」

 

 「い、いえ、こればっかりは仕方ないですよ!」水を向けられた羽黒が懸命にフォローした。「着陸事故が一定程度発生しちゃうのはわかってますから!」

 

 

 一室――管制塔、という事に一応なっている部屋から、ちらりと羽黒が滑走路を見た。正式な呼称としては滑走路22Lとかいうらしい(と葛城に聞いた)ところで、96式陸攻が擱座していた。羽黒の言う通り、着陸事故の結果であった。接地が激しすぎてギアを損傷してしまい、プロペラを滑走路に叩きつけながら停止。そのまま身動きが取れなくなってしまったのである。応急妖精さんたちが機材を用いて必死でどかそうと試みているが、即座には無理そうであった。なお悪いことに上空には着陸待ちの機体がそれなりに滞空中であり――その後には、ガンビア・ベイが護衛総隊以外の業務研修、その一環として見学予定だった、前線へ展開予定の陸攻隊の離陸も控えている。

 

 

 「ちなみに、どのくらい遅れそうですか……?」

 

 「最低でも一時間くらい見てほしいかな」葛城が申し訳無さそうに答えた。「多分、着陸機体捌くので精いっぱいになりそう。あの子たち、新米だから」

 

 

 葛城がそんな風に見積もるのも無理はない。いずれ一式陸攻などに機種転換されていく陸攻妖精さんと言えども今は新米。青い縦線もオレンジの>マークもついて居ないのだから、事故が発生してイレギュラーになった飛行場への着陸でもたつかないと考える方がおかしな話だった。下手をすれば自機の燃料残把握を誤り、待機中に緊急事態を宣言される可能性すらある。もちろん、訓練中であれば良い経験には違いないし、それを大事故にさせないためにわざわざ空母艦娘が管制までやっているのだが、ことを短期的に、それも羽黒とガンビーの視野まで落とすと話は全く別になる。

 

 

 「出港までには間に合いませんね」

 

 

 羽黒が諦めたようにつぶやいた。葛城がぱん、と手を合わせて謝意を示す。羽黒が慌てて別に謝られるようなことじゃ、と否定した。ガンビーが居心地悪そうに滑走路を凝視する。そのどこにも、事態が好転しそうな要素は見つけられ無かった。

 

 要するにこの二人、今から船団護衛任務で出発予定が入っているのであった。出港予定は3時間後、と言えば案外と余裕があるようにも思われるが、いくら鎮守府驚異の技術力とはいえ、ガンビーへの航空機積み込みはせめて一時間を見たかった。飛行甲板の滑走区画まで駐機スペースに転用しての航空機輸送だったからどうしてもそうなってしまう。その上、付随する航空燃料輸送の手配などで、羽黒は羽黒でさらに時間を食う予定である。何しろ、今日の護衛部隊旗艦は羽黒なのだ。

 

 

 「今回は縁が無かったと諦めます……」羽黒が日本重巡娘らしい思い切りの良さで決断した。

 

 「ほんっとごめんね……」

 

 「で、ですから、葛城さんが謝るようなことでは」

 

 「そう言われちゃうとそうなんだけどさ」葛城が頭を掻いた。「でも、私としても、航空機輸送って――特に最前線への航空機輸送ってこんな感じなんだよって見てほしかったっていうのがあるから」

 

 

 葛城の言葉に、羽黒がそれはそうですが、と応じて慰めにかかる。だが、総論として葛城の言葉も最もだった。最前線である東西南北及び中方海域正面への輸送――とりわけ、西方への玄関口であるリンガ泊地と、南方及び中方の最重要拠点トラック泊地への輸送は、鎮守府海上護衛隊の最重要課題と言えるからだ。

 

 敵潜と熾烈な戦闘になるとはいえ策源地が本土である本土近海、航海距離自体は長いが策源地は究極の母港ともいえる横須賀である東方、遠方泊地に片足を突っ込んでいるとはいえ横須賀との補給線維持がいろんな意味で容易い単冠湾が策源地の北方。これらの三方面と異なり、リンガとトラックはそもそも維持自体にかなりの労力を有する泊地であった。むろん、その原因は本土との距離にある。輸送効率は距離に比して極端に落ち込むからだ。

 

 例えば、過日誤配をやらかした単冠湾泊地。あの事件が何やかんやで有耶無耶に出来かけたのは、ひとえに距離が短かったからに他ならない。本土近海を通るため途中に経由できる拠点が存在していたこと、航空機の航続距離が間に合ったこと、さらに言えば速吸という急遽動員できる艦艇が居たこと――これら全ての条件が揃ったのは、一言で言えば距離が短いおかげで無理やり融通を効かせる余地が存在していたからだ。

 

 だが、逆を言えば遠方への輸送でこれらの要素を満たすことは難しい。数千kmの旅程は、途中泊地への寄港で容易に数百kmの誤差を生むし、リンガならともかくトラック行きはそもそも途中寄港できそうな泊地が存在しない。航空機は、大型の陸攻・重爆連中ならばともかく、単発の空母艦載機や防空用の局地戦では飛行しての展開は困難。おまけに、距離が長いということは艦娘や輸送船がそれだけ長い時間拘束されるということであり、高度に計画を立てて人員計画を作成しないと近距離輸送用の人員が払底しかねない。つまり、極めつけに面倒くさいのが長距離輸送なのである。

 

 にもかかわらず、リンガとトラックでは、月に一度は蠢動を始める敵侵攻勢力を撃退するため、定期的な攻勢が欠かせないでいる。EOとはExtra Operation(拡張作戦)ではなくEndless Obligation(終わりなき債務)の略である、という鎮守府執務室の自嘲はあながち間違いでもなかった。

 

 そして執務室が言うところの負債。その最たるものが、トラック泊地で消耗する航空機であった。

 

 泊地の位置的に南方海域と中部方面海域という二つの激戦区の総司令部となっているトラック泊地は、必然的に航空機の消耗が激しい。単純な空戦や作戦行動における被撃墜もさることながら、空襲における撃破や――単純に空を飛ぶ、ということに起因する消耗も大きい。

 

 例として、中部方面へ飛行する基地航空隊を挙げよう。戦闘機1部隊、陸攻3部隊、計64機からなる敵艦隊攻撃隊である。というからには、当然定数64機が配置されている――というわけではない。

 

 どういうことかと言えば、飛行機は機械であり、機械は放っておいても壊れるからである。ましてやトラック泊地飛行場――通称春島飛行場は海が近く、塩害による劣化も本土に比して大きい。如何な鎮守府驚異の技術力でも、稼働率は8割5分が限界、というかこれ以上向上させてしまうと有事のローテーションに支障をきたしてしまう。

 

 さて、というわけでこの時点で余裕分を見越した充足率を確保しなければならないのだが、今度はこの部隊が実際に何らかの作戦行動――偵察・訓練・出撃を行ったと仮定する。すると、何が起きるかと言えば、機械は使えば壊れるという現象である。離着陸の失敗ならばともかく、飛んでいる最中に故障し引き返すという事象だって、数は極端に少ないがあるにはある。ゆえに、基地航空隊はこれを考慮した定数として一個基地空隊総計100機を定数とし、だいたい9割程度の充足率を維持することを目標としていた。

 

 つまり、逆を言えば、航空機を最低限これだけ充足させることが後方の使命というわけで。

 

 

 「第二次攻勢はともかく、第一次はそれなりに損耗が出ちゃってたからね」葛城が残念そうにため息を吐いた。「今日の発進、結構壮観だったはずなんだけど」

 

 

 葛城の言う通り、今日の駐機場は満員御礼。中部海域に進出予定の陸攻隊が機器点検、物資積載、暖機運転で喧しい。よく言えば活気があり、悪く言えば何とも言えぬ圧力を醸し出していた。後の聞き取り調査によれば、事故を起こした陸攻妖精さんもこの圧に気圧され、機体を早く下ろそうとするあまり降下率への配慮が疎かになっていたらしい。

 

 

 「まぁ、今日は仕方なかったってことにしといてください! 壮観と言えば、船団も結構大規模になるみたいだし、そっちでカバーってことで」

 

 

 葛城の言葉に、そうですそうです!と羽黒が慰めるように頷いた。実際、葛城の言うとおりだった。航空機に加え、それが必要とする航空燃料に武器弾薬、そのほか食料からちり紙にいたるまでの生活物資までを満載したYT-01船団は、輸送船舶だけでもタンカーと貨物船を合わせて二桁の数に上るうえ、これを曳航する艦娘たちもその気になれば敵小艦隊と渡り合える程度の戦力である。前線泊地への輸送は、それだけ警戒が必要なのだ。

 

 

 「あ、あははー。代わりになれるかはワカラナイんですけどね」

 

 

 だが、話を横で聞いてきたガンビーが困ったような笑みを浮かべたので、葛城がきょとんとしてみせる。羽黒が苦笑いを浮かべながら補足した。

 

 

 「ガンビアさん、今回は、というか今回もですね。航空機満載ですから」

 

 「なるほど。どっちかと言えば船団の一部ってわけね……ご愁傷様」

 

 

 葛城に苦笑いがうつったので、ガンビーの困り顔がさらに酷くなった。重要な職務なのはわかっているのだが、何とも居心地の悪い心境なのだ。

 

 陸攻隊が超長距離を諸島の飛行場伝いになんとか飛んでいけるのに対して、基地航空隊所属の局地戦闘機や空母艦上機――水上機部隊の隆盛に伴い、今や米軍艦もこの表記に倣っている――のうち航続距離が比較的短い手合いは、自力飛行での長距離移動は困難であった。これは、1990年代初頭に深海棲艦と『開戦』してから明らかに退化したことの一つに他ならない。もはや国連軍のジェット戦闘機は、深海棲艦載機に太刀打ちできないからである。

 

 結果、飛行機を船に積まなければならないという本末転倒にも思える状況が生起するのだが、そうなると新たな問題が発生する。どの船に載っけて持っていくか、という問題である。

 

 貨物船なら何でも――と言いたいところだが、そうは問屋が卸さないのは航空機が高度な技術製品だからである。確かに展開先に航空機を組み立て整備できる大規模拠点でもあれば、貨物船に目いっぱい搭載できるようにバラした航空機を輸送することも出来よう。実際、第二次世界大戦期のアメリカはそうやって中国へ戦闘機を輸送していたりするのだが、残念ながら彼女らの目的地は1940年代初頭のビルマではなく2020年初頭のトラックであった。一応、分解された航空機の再整備くらい、妖精さんたちにはお茶の子さいさいなのだが、何事にもマンパワーと人時の問題がある。それに、妖精さんたちの本来の仕事は来た航空機を組み立てることではなく、今ある機体を整備して戦闘状態に仕上げることであった。

 

 というわけで、飛行機は完全な状態で運ばれるべきであり、そうすると貨物船ではあまりにもスペースが不足だった。一応タンカーやコンテナ船を改修して簡易甲板を作り、そこに空母のように航空機を積載させる実験はなされていたが、汎用性が無さすぎるし、何より商船がぼか沈を食らった現在において、タンカーやコンテナ船が運ぶべきはまずもって石油やコンテナであり、飛行機ではありえない。

 

 そうすると、残された方法はただ1つ。鎮守府所属の航空母艦が、発艦スペースを全て潰して所狭しと航空機を並べるほかにない。むろん、国連海軍の空母があれば恥を忍んで借り上げていたのだろうが、国連海軍発足前夜、太平洋で米軍が惨敗を喫したあの日以降、ついに空母を再建出来るだけの余裕は人類から失われて久しい。

 

 と、いうわけで、ガンビーが船団の一員として航空機を輸送するのは当然の帰結とさえいえる。というか、大佐が血眼になって護衛総隊で使える空母を探していたのだってそのせいである。むろん、ガンビーだってそれはわかっていたし、輸送任務に誇らしさだって抱いていた。だが。

 

 

 「そのぉ。航空機を輸送するのは良いんですけど、護衛されるのは慣れなくて……」

 

 

 護衛空母ガンビア・ベイが何とも言えない表情でぼやく。羽黒と葛城の苦笑が大きくなった。そりゃ、船団護衛のための空母が護衛されていては思うところがあるのも当然である。ましてや、そろそろ護衛される回数も二桁の大台に登ろうというばかりなのだ

 

 

 「うんうん、お客さん扱いは辛いよね。わかるわ」葛城が頻りに頷いて見せた。「私も昔はそうだったからなぁ」

 

 「あの時は、一番若手の空母でしたもんね」羽黒が相槌を打った。「鎮守府に来てからは、それこそそんなこと言う暇もないくらいでしたけど」

 

 「結局は何事も経験、だったからなぁ。だから、ガンビアちゃんもそのうち戦闘に駆り出される機会も出来るって!」

 

 

 葛城が励ますようにガンビアの手を取った。急に距離感が縮まったので、ガンビーが思わずびくりと体を反応させ、羽黒が心配そうにガンビーの様子を伺った。が、ガンビーはと言えば、浮かない表情で何事かを悩んだままである。

 

 

 「あ、イエ、その」羽黒の怪訝そうな視線に気づいたのか、ガンビーが慌てたように口を開いた。「それはそれで、船団が大変なことに巻き込まれちゃうってことですから。それは嫌かなぁ、って思いマシテ……」

 

 

 羽黒と葛城が顔を見合わせた。それから、どちらからともなく笑いだすと、徐にガンビーの頭をわしゃわしゃと撫でまわし始める。

 

 

 「わ、わぁ!? ナンデスカ! 何なんですか!?」

 

 「いやぁ、ガンビアちゃん良い子だなって」

 

 「とりあえず気が済むまで撫でさせてください」

 

 「羽黒さん!?」

 

 

 ガンビーの抗議もなんのその。船団準備の時間が車で、そのままこの可愛らしい妹分を撫で続ける二人なのであった。

 

 ちなみに、訓練中の陸攻隊の着陸なのだが、この後にもう一件着陸事故が発生し、スケジュールは完全に破綻した。一人残された葛城は、今後の訓練スケジュール変更と再発防止策に頭を抱えつつも、早々に諦めて羽黒とガンビーを送り出せたことに胸をなでおろすことになる。なお、この影響で、トラック泊地行きの航空部隊発進スケジュールは6時間ほど遅延し、在トラック部隊は各種作戦行動、特に偵察飛行に関して方針変更を余儀なくされた。

 

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 横須賀の港湾内は凪いでいる。当然と言えば当然だ。荒れ狂う海に港は作らない。先人たちの努力と、当代の各人の努力で、今日も港は平穏無事なのだ。それは、大規模船団が出港していくすったもんだの後でも変わることは無い。

 

 

 「珍しく司令室におらんと思えば、こんなところで油を売っていたのか」

 

 

 戦時だろうと何だろうと、何も変わることなく穏やかな海を複雑な面持ちで眺めていた四十絡みの男――大佐が、凛とした提督の声にゆっくりと振り返った。海は凪いでも、艦名の由来にもなった気象現象(はまかぜ)は強し。整髪料で固めるのではなく、短く切りそろえる方向で強風への対策がとられた金髪を控えめに舞わせながら、提督が大佐の横へと歩み寄った。珍しく、秘書艦(こんごう)作戦参謀(おおよど)も連れていない。

 

 

 「昼に休憩しそびれたんですよ」悪びれることもなく大佐が答えた。「船団の積み込み、羽黒が旗艦業務をやっているとどうにも大変で。馴染みのスサンティ君が曳船も担当してくれただけマシとは言えどうにも。もう少し人手でも増えればうれしいんですがね」

 

 「そうだな。もう少し事務仕事、特に幕僚業務が出来そうなのを付けてやろうか?」

 

 「……軽口ですよ。許してください」

 

 「もとより気にしちゃおらんよ」

 

 

 提督が愉快そうに笑った。口をへの字に曲げる部下を見ながら、胸ポケットを探る。紙巻きたばことライターを取り出すと、大佐に一本すすめた。

 

 

 「申し訳ありませんが」大佐が断った。

 

 「律儀だよな、貴様も」提督が笑った。

 

 「そっちじゃありませんよ。ただ、あんたと違って、体力的に不味いんです」

 

 

 大佐が己の顔を指でなぞった。そろそろ隠しきれない皴が、だらしなく延ばされる。提督が肩をすくめた。

 

 

 「ま、そういうことにしといてやるさ。ええかっこしいの大佐殿?」

 

 「国連軍規則によれば、殿は要らないはずですが、提督」

 

 「貴様が規則に通暁しているとは驚いたな」

 

 「どこかの誰かさんに引きずり降ろされるまでは市ヶ谷に居たんで」

 

 

 提督が高笑いしながらたばこを咥えた。火をつけ、息を大きく一回二回とする。かつて嗅ぎなれていた香りに、大佐の鼻腔がひくついた。

 

 

 「で、首尾は?」

 

 「まだ結果も何もでとらんでしょうに」大佐が、先ほど手を振って見送り、今や水平線上の芥子粒となりかけている船団を眺めながら応えた。

 

 「そっちじゃない。いつもの意向確認だよ――羽黒への改造意向のな」

 

 

 大佐が苦虫を百匹はかみつぶした。提督が揶揄うように高笑いを大きくした。

 

 

 「聞くまでもなくわかっているでしょうに」

 

 「その言葉、そっくりそのまま返してやろうか?」

 

 

 大佐が押し黙った。ぐぅの音も出ないらしい。提督がこれ見よがしにため息をついて見せた。

 

 

 「私が言うのも何だという自覚くらいはあるがな。その為に幕僚長を月一で出すのもどうかとは思うぞ」

 

 「これはあくまで練度維持目的の出撃です。司令部要員として確保している面子は全員そうなのですが」

 

 「素が出てるぞ。この秀才め」

 

 「提督ほどではありませんよ、大天才殿」

 

 「おい、さっきの小言はどこに行った」

 

 「大天才、なる階級はありませんのでね」

 

 

 大佐が言った。言葉とは裏腹に強張った声音だった。つまりは図星か、提督が肩をすくめた。大佐との付き合いは長いのだ。

 

 

 「別にするなとは言わん。というか、改二になってくれた方が、私としても用兵の幅が広がるしな」

 

 

 提督が言葉を一区切りした。すぅ、と息を長く吸う。紙巻きたばこの赤熱が根本へと動いていき、燃えカスが気持ち垂れた。

 

 

 「だがな。お互いにその気も無いのに改二の話題を毎回出すのはあまりにも不健康、だと思う」

 

 

 提督がいつの間にか取り出していた携帯灰皿にたばこを押し付けた。そのままポケットへとしまい込む。そろそろ芥子粒ですら無くなった船団へと視線を動かした。

 

 

 「……おっしゃる通りです。馴れ合いは駄目ですね。この歳になってようやくわかりましたよ」大佐が、提督と同じものを見ながらポツリと呟いた。「あまりにも居心地が良すぎます。抜け出せない、いや、抜け出す気が起きない」

 

 「まぁ、羽黒は気立てが良い娘だからな」提督が苦笑した。「せめて軍務じゃなければなぁ」

 

 「いえ、お言葉ですが、どこまで行っても軍務ですよ。悲しいかな」

 

 

 大佐が頭を振った。「だからこそ、せめて月一でも羽黒には出てもらってるんですよ。そこまで馴れ合いになっては、あらゆる意味で不誠実だ」

 

 「その程度で慣れると思ってもらっては困るぞ、その恐怖は」

 

 「であれば猶更ですよ。慣れる努力すらせず、いざというとき思考停止、なんてことにならない為にも」

 

 

 そうか、と提督が頷いた。噴き出すように笑う。むっとする大佐にすまん、と断ってから、やっと笑いを収めた。

 

 

 「生真面目なところだけはいつまで経っても変わらないな、『親切なおじさん』?」

 

 「『おにいさん』と名乗ったはずだぞ、嬢ちゃん」

 

 「歳月は残酷だね」

 

 

 提督の応酬に、大佐が不貞腐れたように敬礼した。話はおしまい、という意思表示らしい。提督の答礼も待たず、そのまま司令室へと戻っていく。

 

 何か声でも掛けてやるべきか。徐々に小さくなっていく大佐の背中を眺めながら、提督がぼんやりと考えた。提督の見るところ、最近の大佐は生真面目に過ぎた。どうせなら軍務の方でそうなれよ、とは思うものの、どうも肩肘が張っている。上官として、気張るなよ、の一言くらい言うべきではないか。いや、言うべきだな。

 

 

 「お――」

 

 「ヘーイ! 提督ゥー!」

 

 

 結論から言えば、提督の決意は果たされなかった。声を掛けようとした瞬間、金剛に呼ばれたからである。中部海域で深海棲艦の活動兆候が見られるという緊急報告であった。

 

 

 「珍しいな、EOも順調に進行中だっていうのに」大淀が起草した報告文書を見ながら提督がぼやいた。

 

 「デスから、よどちゃんも判断に困ってるみたいデース」金剛が頬を掻いた。「逆侵攻を掛けるつもりカ、それとも戦力増強なのカ」

 

 「常識的には戦力増強だろうが、そう言って何度か苦汁を呑まされてきたからな」

 

 

 提督が自然法則を説くように言った。実際、深海棲艦は人類側の想定を遥かに上回る攻撃性を見せることが多い。

 

 

 「偵察を厳に、と言いたいところだが、飛行場はしっちゃかめっちゃかだったな。ネルソンはなんと言ってる?」

 

 「航空偵察が手薄になることは避けられないみたいデース。一応、第三次攻勢を遅らせればとも言ってますケド……」

 

 「駄目だ。それこそ敵に集結されては目も当てられない。第三次攻勢は予定通り行う」提督が断じた。「現時刻を以て前線各部隊に第二種甲警戒態勢を発令。それから、先に執務室に戻って国連軍総司令部に繋げておいてくれ」

 

 「こういう時の為の、国連航空偵察部隊ですカ」金剛が言った。「でも、動いてくれマスかね……?」

 

 「艦娘派も艦隊派もこの時期の作戦行動を嫌がるだろうが、上級司令部は全般の戦略について考えてくれるはずだからな」提督が場末の風俗嬢の宣伝文句を読み上げるように言った。「最悪、ネルソンには他方面の偵察を手薄にしてでも前線を警戒して貰うほかあるまい」

 

 「小艦隊の侵入リスクが高まりマス」金剛が間髪入れずに応じた。

 

 「覚悟の上だ。大艦隊に前線を突破されるよりはな。それに、その為の護衛部隊だよ。狼相手じゃない以上、牧羊犬も気が楽だろうさ」

 

 

 金剛が敬礼して執務室に戻っていった。提督が刹那の間だけ考えを纏めてから、その後を追う。大佐に声を掛けそびれたことを思い出したのは、国連軍総司令部との交渉が不調に終わってからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦第12侵攻任務部隊の目的は明確であった。陽動任務である。

 

 まずは彼女ら(という表現が正確かは未だに議論があるが)が先発し、敵部隊をひきつける。しかる後、先の攻撃からある程度戦力を回復させた本隊が進出。可能であればトラック泊地を襲撃し、中部海域で限定的な制海権を確保する。後に刊行された対深海棲艦戦争公刊戦史によれば、深海棲艦の意図はそのように解説されていたし、この手の戦史にしては珍しく、その理解は現場と同じであった。

 

 となれば、第12任務部隊の作戦は、出港から僅か24時間程度で頓挫したことになる。何故ならば、状況を察知したトラック泊地が行った積極的な偵察で、本隊の集結が頓挫したからだ。主作戦が失敗した以上、この時点でどうあがいても深海棲艦側の戦略的敗北に他ならない。

 

 双方にとって誤算だったのは、本隊ではなく陽動部隊の方が見つからなかったことだった。第12任務部隊は、航空機の損耗で手薄になった哨戒海域を偶然進んでいたのである。未だに双方とも、逆探――レーダー波逆探知装置が行き渡っていなかったがために発生した珍事であった。

 

 本隊の作戦中止を暗号通信で把握した第12任務部隊は、即座にその誤算を最大限に活用することに決めた。もとより沈むことを恐れない彼女らにとっては当然の結論とさえ言えた。その前提に立てば、すごすごと引き下がるよりは、このまま敵性海域に浸透し通商破壊なりなんなりを行った方が、敵に与える打撃という点で優れているのは当然だった。それに、第12任務部隊旗艦の重巡リ級には勝算があった。今、中部海域で鎮守府が積極的な作戦行動を行っている以上、必ず輸送船団が付近に存在しているという勝算が。

 

 であれば、トラック泊地への輸送船団を発見した第12任務部隊がいかなる行動を開始したかなど、もはや説明する必要もない。深海棲艦は、今日も変わらず戦争に飢えていた。




後編に続く!
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