鎮守府海上護衛総隊異状なし!   作:うみねこ06

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改二は遠いと思って護衛隊に入れた軽巡組が軒並み改二実装された今日この頃ですが皆様いかがお過ごしでしょうか


第5話 航空機輸送異状なし(後編)

 国海指第125号

【検閲】月【検閲】日

 

国連軍第二艦隊 司令長官

 

国連軍アンダーセン海軍基地 司令官

 

国連軍スービック海軍基地 司令官   に指示す

 

国連軍ジャカルタ海軍基地 司令官

 

国連軍ブリズベーン海軍基地 司令官

 

 

国連海軍総司令 【検閲】 海軍元帥

     (公印省略)      

 

 国海令第19号に基づき左の通り指示す

 

                   

 

 先に国連軍第三艦隊より通報のあった本月初頭よりの深海棲艦活発化事案に関して、各部隊はその侵攻が人類領域へ齎す影響を最小限度にとどめることを目的に行動せよ。なお、積極的な迎撃行動は国連軍第三艦隊が突破阻止に失敗した場合に限定して実施すべし。

 

 1、活動活性中の深海棲艦の行動を掌握するため、各部隊は威力偵察を伴わない程度の偵察行動を徹底すること

 

 2、国連軍アンダーセン海軍基地は保有する無人偵察機による偵察行動を実施すること。ただし、損耗を極小にすることを心がけること

 

 3、国連軍第二艦隊ベトナム支隊は直ちに国連軍カムラン海軍基地を出港し、バシー海峡へ展開。深海棲艦との接敵を回避しつつ、国連第三艦隊が後退した場合は深海棲艦侵攻阻止に動くこと

 

 4、深海棲艦阻止には国連軍第三艦隊があたるから、各部隊は戦力維持を第一に考えた作戦指導を行うこと

 

 

 

(末尾に記されたフィリピン語の殴り書き)総司令部の腐れインポ野郎どもめ

 

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府司令部隊舎。その一角を占める海上護衛総隊は、主に司令室をメインとして活動しているが、当然部隊としてふさわしいだけの部屋が割り当てられている。それらを使用頻度が高い順に並べていくとすれば、司令室、仮眠室、資料室、資材倉庫その1、資材倉庫その2、会議室、作戦室、それから司令官執務室の順になる。ちなみに司令官執務室がまるで使われていないのは、決裁する書類が山のようにある為に、いちいち部屋の間を移動する手間を嫌った為であった。最近は掃除もさぼられ気味で、この前羽黒が入った時は部屋の隅に蜘蛛の巣が出来ていたほどである。

 

 その意味で言えば、海上護衛総隊作戦室は司令官執務室に比べればよほど優遇されている部屋だった。少なくとも塵が落ちていることは無い。が、条件を『艦娘が使わない部屋』という風に変更すれば、順位としては執務室とどっこいどっこいになってしまう。理由は単純。海上護衛総隊が執り行う作戦とは基本的に輸送作戦であり、そこで必要なのは作戦盤ではなく運行管理盤だからだ。

 

 もちろん、作戦室付の妖精さんたちに毎日お願いして、作戦盤には輸送船団の現在位置から鎮守府の作戦状況、果ては国連軍他部隊の状況までが半自動で更新されている。だが、先述の通り日々の輸送作戦であれば、わざわざ作戦盤を使うほどではない。基本的に、羽黒が日々のルーチンワークとして短時間妖精さんと打合せする以外は放置で、後は清掃が隔週であるだけ。それが海上護衛総隊作戦室の普段の姿である。

 

 尤も、何事にも例外はある。というか、本当に使わない部屋を維持しておく余裕は海上護衛総隊にはない。そうでなくとも、書類で資材置き場まで潰しているような現状なのだ。

 

 例外その1、大規模攻勢(イベント)時。ルーチンワーク的な普段の輸送作戦と異なり補給先は日々変化するし、何なら地上攻撃部隊の輸送そのものが焦点になることだってある。当然、鎮守府他部隊との緊密な連携が必要で、そうなってしまうと流石に運行管理盤では荷が勝ちすぎる。

 

 例外その2。輸送船団が、敵通商破壊部隊と遭遇した時――。

 

 

 「状況を報告してくれ」

 

 

 作戦室の扉を開け放った司令官が敬礼もそこそこにそう宣ったのは、そうした例外的現象のなせる業であった。すなわち、何の変哲もない定期輸送便だったYT-01船団が、敵水上部隊に補足されたとの報告を受けて駆けつけたのだ。

 

 

 「軍一般情報によれば、現時点で確認できた敵戦力は重巡2、軽巡2、駆逐艦2です。会敵予想時刻は1326(約一時間後)。位置は――」

 

 

 司令官へ即座に応えたのは、第一報を受けてから作戦室に駆けつけていた能代であった。ほんの一瞬ながら見事な答礼をして見せた後、作戦盤を指揮棒で指し示す。

 

 

 「狙いすましたかのように大海原のど真ん中だな」大佐が憮然とした。「詳細な艦型は一切不明か?」

 

 「残念ながら」能代が肯定した。「アンダーセンを発った国連海軍の13改――13式改無人海洋偵察機は敵の位置を報告した直後に通信途絶。現在、種子島の即応偵察衛星が打ち上げ準備に入りました」

 

 

 司令官が特に感慨もなく頷いた。深海棲艦の恐るべきところは、その制海力だけではない。正確無比な対空射撃もまた、人類がここまで領域を減らした原因だった。少なくとも有機生命体が耐えうるGでは対空射撃の回避は不可能なのだ。おまけにこの射撃とやらは宇宙空間にまで届くのだから、本当に質が悪い。それこそが、即応偵察衛星――要するに、推進剤と姿勢制御スラスタ用燃料を満載した短期間使い捨て衛星が用いられている理由だった。

 

 

 「航空偵察があてにならないのは了解した。付近に存在する敵戦力の総数が不明ということもな。で、反対にこちらの展開可能兵力は?」大佐が努めて落ち着き払って尋ねた。

 

 「ありません」

 

 

 大佐が思わず頭を抑えた。あまりにも簡潔かつ明瞭な回答に過ぎたのだった。

 

 

 「正確には、どこもまともな援軍を送れません。在トラック艦隊は、活発な敵艦隊群への阻止行動で釘付け状態です。現地に照会したところ、一応軽巡1、駆逐5からなる小艦隊なら出せるとのことでしたが……」

 

 「確かに無理だな。今の焦点はむしろトラック方面だ。一連の動きから推測するに、うちが接敵しそうな艦隊の方が陽動だったろ、これ」

 

 「鎮守府執務室も同見解のようです。提督からは不可能なものと見なせ、と言付かっています」能代が肩を落とした。「一応、前線泊地の二種甲態勢は維持されてましたから、在リンガ部隊に出動命令を出せるそうですが……」

 

 

 大佐が作戦盤へ視線を落とした。そこでは、彼我戦力や重要拠点、主要航路に移動中の船団といった情報がリアルタイムで更新され続けていた。司令官が何かを確信したようにため息を吐いた。

 

 

 「羽黒は何と言っている?」大佐の口から、問いかけとは到底思えない声が出た。

 

 「船団に再接敵への対応と輸送船曳航に必要な最小限の艦艇を残し、自身は敵艦隊の迎撃にあたると連絡がありました。以降は深海棲艦の通信妨害圏に入ったらしく、現在通信途絶中です」

 

 

 司令官は何も言わなかった。強く目を瞑る。それから、深々と息を吐いた。

 

 

 「部隊を出して船団護衛を引き継いで貰うしかないな」大佐が言った。「せめてリンガにうちの船団が居ればよかったんだが」

 

 「ちょうど帰ってきていたタイミングですからね。了解しました、大淀さんに要請しておきます」

 

 「頼んだ」

 

 

 大佐がそう言うや否や、能代が電話機にとりついた。リンガ泊地近辺に、味方小艦隊を表すシンボルが出たのは、能代が電話を置く前だった。

 

 

 「リンガ泊地から緊急派遣部隊出撃しました。以後、第4.1任務部隊と呼称。船団との予想邂逅時間は17時間後。現在地での戦闘参加を見込むのであればETA25時間後です」

 

 

 作戦盤に、第4.1任務部隊の予定航路とYT-01船団の退避予定線、及び敵艦隊の予想進出範囲が示される。その横に示された時刻を見るに、能代の要約は完璧だった。

 

 

 「間に合う可能性がある、というだけでも贅沢なはずなんだが」大佐が頭を掻いた。「どうも、人間の欲望は際限がないな。もっと早く到着できればと思ってしまう」

 

 「その」能代が何かを案じるかのように言い淀み、おっかなびっくりと続けた。「羽黒さんなら、大丈夫だと思います」

 

 「わかっている」司令官が少しだけ、それこそ羽黒か提督でもないとわからない程度に語気を荒げた。「前線輸送は水上戦闘艦による襲撃も警戒した編成だったのが幸いしたな。巡洋艦戦力比で言えば、迎撃可能な護衛戦力では2対1。だが、羽黒ならば殲滅は難しくとも撃退は簡単だろう。敵通商破壊部隊がさらに複数浸透している、なんてことさえ回避できれば――」

 

 「いえ、そうではなく」能代が大佐の早口をさえぎった。それから、予想が当たったということを隠しもしない顔で、続けた。「羽黒さんなら、無茶もしませんし、沈みもしません」

 

 

 表面上、大佐の表情は一切動かなかった。これも、羽黒さんなら何か気づけたのだろうか、と能代が心配そうに司令官の顔を覗き込んだ。

 

 

 「わかっている」

 

 

 先ほどの威勢のよさはどこへやら。大佐がそれっきり沈黙した。何か声を掛けるべきか。能代が考えぐね、何か話しかける切欠が無いかと作戦盤を見つめる。都合がよいのか悪いのか、首尾よく目的は果たされた。

 

 

 「種子島の即応偵察衛星、打ちあがりました。予定軌道、出ます」

 

 

 能代の声と同時に、作戦盤に新たな線が書き加えられた。偵察衛星がこのまま迎撃を受けなければ確認可能な地表の範囲を示している。それによれば、偵察衛星の進路は日本列島本土の東方からハワイにかけて――国連軍第一・第二艦隊が設定する最終防衛線のあたりだ。能代の瞳に暗い炎が宿った。わかってはいたが、これは。

 

 

 「矢面はこちらに全て任せて、自分たちは真打がこちらに来ていないか入念に確認する。合理性だな」

 

 

 司令官が吐き捨てた。欠片もそんなことを信じていないような口調だった。

 

 

 「国連第一艦隊、第二艦隊の根拠地も第二種甲が出ています。三種への引き上げを具申しては?」能代が小声で尋ねた。

 

 「無駄だ。どうせ動かんよ。どちらの艦隊司令も艦娘派だ。既存艦など使う気も無いだろうさ」

 

 

 司令官が努めて自然の摂理を説くように言い聞かせた。だが、内心はその正反対と言える。

 

 艦隊派(どいつ)艦娘派(こいつ)も、鎮守府にすべてを任せて戦争よりも政争にかまけやがって。何が、艦娘を使って時間稼ぎしつつ鎮守府に吸い取られた資源を没収して人類艦隊を再構築だ。何が、艦娘に出来得る限りの資源を全て与える代わりに人類軍としての再構築だ。どちらも責任放棄の迂遠な言い回しなだけじゃねぇか。恥を知れ、恥を。

 

 いや、と大佐が暗い感情の奔流を抑え込んだ。それを言い出せば、このご時世に政治を正道に戻すと称して徒に戦略を混乱させる後方と――それを支持する全人類市民もご同類か。そしてくそったれなことに、その『全人類』の中に漏れなく俺も含まれてやがる。なにせ。

 

 なにせ、艦娘に――羽黒に全て押し付けてのうのうとしているのは俺も御同様だ、ど畜生め。

 

 

 「いずれにせよ、最悪の場合に備えつつ――羽黒がよくやってくれることを祈るしかあるまい」

 

 

 大佐が何もかもを振り払うように言い切り、そのまま沈黙した。最悪の場合、と口に出したときに思い浮かんだ情景が、果たして船団へ攻撃が加わることか、それとも別の何かだったのか。それは彼にしかわからないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 『船団、13分後に面舵25度』

 

 「Y, yes mam!」

 

 

 今しがた取舵15度を終えたガンビーが、怒鳴るように応答した。船団は乃字運動を継続実施中。5度刻み、分単位スケージュールで変針という高度に訓練されない限りは実施困難な技法を、艦娘で曳航することの副次効果として実現している船団だったが、当然それは輸送船を引っ張る艦娘にも多大な負担を強いているわけで。自然、ガンビーの顔は険しく、歯を食いしばるような表情になっていく。

 

 

 「<しょうない丸>、次の変針まで13分デス! 船体多少斜行してマスが大丈夫ですか?」

 

 『少シ舵ノ効キガ悪イダケデス。航行ニ異常ナシ』

 

 

 無線で自身が曳航している食糧輸送船へと頻りに確認をするのも、焦りの一つの表れに違いなかった。輸送船<しょうない丸>。最新建造船のように、<戦標A-118>といった大量建造・大量消費を前提とした命名になっていない事からわかる通り、この戦争が始まる前から現役のロートルだ。新鋭船と熟練した船乗りは武器弾薬と言ったいわゆる甲種戦略輸送に充てられてしまうから、安全な航路を進む船にはどうしても老朽船と経験未熟な船員が割り当てられてしまう傾向にある。

 

 

 「Thank you! 次も頼みマス!」

 

 

 無線応対も兼ねている<しょうない丸>の一等航海士にそう声を掛けると、ハイ、と金剛やガンビーの10倍は片言の日本語が返ってきた。いや、生まれも育ちも日本でなかったと考えれば十分に流ちょうな日本語ともいえる。スサなんとか、とガンビーが名前をうろ覚えしている女性は、技能実習生――母国復興の為の特殊技能実習制度に関する法律で指定され、戦争で荒廃したインドネシアから遥々日本まで来て国家の基盤となる技術を学んでいる集団の一人であった。むろん、その実態は戦争で不足している人的資源を効率的に吸い上げることを目的としたものだったが、事実としてこの制度をとっかかりにフィリピンやインドシナ半島が復興を遂げている以上、無視できない魅力を醸し出しているのもまた事実だった。実際、船舶の操縦という、島嶼国家に不可欠な技術を学びに来た彼女も、鎮守府への短距離輸送で訓練を積みがてら艦娘に教えを乞う事も多く、すっかり鎮守府の顔なじみであった。

 

 

 『ガンビアさん、大丈夫?』

 

 

 苦労して船団針路に合わせて操船するガンビーに、気遣わし気な声が掛けられた。船団臨時指揮官、神風であった。駆逐艦としては一等小さな船体で巨大なタンカーを曳いているのは、ある意味すこぶる曳船らしい情景ではあったが、鎮守府での輸送という面でも歴戦である彼女の手にかかれば、安定感のある航海に様変わりである。

 

 

 「な、なんとか」

 

 『ごめんね。ただでさえも航空機満載なのに船まで曳かせちゃって』

 

 「だ、大丈夫デス! このくらい、へっちゃらです!」

 

 

 ガンビーが額の汗をぬぐいながら答えたが、緊張の面持ちは消えはしない。神風が心配し謝罪してきた事項が完全な事実だからだ。

 

 鎮守府の超高速輸送船団、そのタネが艦娘による曳航だという話は既にした。これは、平常であれば最高効率になるのだが、護衛船団が接敵――とりわけ、敵水上部隊と接敵した際は問題となる。敵艦隊の迎撃に戦力を割けば曳航要員が足りず、かといって逃げの一手では敵と接敵した際、輸送船が良い的になるだけだ。

 

 というわけで、散々戦力配分に苦慮した船団が取った一手が、今回はほぼ輸送船の扱いされていたガンビーにも急遽曳航要員になってもらう、という選択だった。なるほど、確かに航空機を満載しているからと言って、最高速力を減じているわけではないのだから机上では何も問題ない。あるとすれば、理論上可能だからと言って、航空機でいっぱいの船体を気にしつつ輸送船を曳航するのはとても気を遣う、ということだけで――お察しの通り、それがガンビーが汗をかきながら曳いている理由だった。

 

 

 「それに」なおも何かを言いたそうな神風に対し、ガンビーが先んじてつづけた。「それに、もう羽黒さんに散々謝られましたから!」

 

 

 ガンビーの言う通りだった。これが現場を知らない最高司令部ならばまだしも、ガンビーにそれを指示したのはその辺の事情をいやでも頭に叩き込まれている船団の本来の指揮官――羽黒であった。であるからこそ、顔なじみの航海士が操舵する、それもさほど大きくはないロートル船を割り当てたのだ。それになにより、食糧輸送船では、どのように展開したとしてもその爆発にガンビーが巻き込まれる事態だけはあり得ない。

 

 

 『ならいいわ』神風が笑った。『羽黒さんもそろそろ戦闘に突入するころ。こっちがみっともない真似なんかできないもの』

 

 

 はい、とガンビーが身を引き締めて答えた。と、同時に背筋に冷たい汗が流れた。まかり間違っても、労働の結果垂れ行くような快い汗ではなかった。羽黒と戦闘。二つの単語が思い起こすものがあったのだった。

 

 

 『それじゃ、ガンビアさん』

 

 

 耳にこびりついたのは、やけに落ち着いた声だった。少なくとも、つい今しがたまで曳航要員と迎撃要員の割り振りと最先任輸送船乗組員への説明を忙しくこなしていたとは思えない声だった。

 

 

 『行ってきます。もし敵の伏撃があったら、まずは輸送船の回避、次に自分の回避を徹底してください。積み荷の安全は二の次です。航空機、5割も損傷せずに届けられれば御の字、くらいの心持で良いですから』

 

 『Y, yes mam』

 

 

 ガンビーがつっかえながら何とか返答したのも無理はない。有体に言えば、羽黒の言葉はお使いを頼むような口調で発せられていたのだった。少なくとも、戦闘前の――それも、巡洋艦戦力でこちらを倍する敵と戦う高揚からは程遠い。

 

 

 『あ、あの、羽黒サン。もし、私にも何か出来ることがあれば――』

 

 

 罪悪感から放たれたはずの言葉の中に、ちょっとした気味の悪さから抜け出したいという邪念が入り込んだのはそういう理由だった。けれども、そんな感情に気づくわけもない羽黒は、ただただ微笑みを絶やさないままである。

 

 

 『それじゃあ、一つだけお願いが』

 

 『? 何ですか?』

 

 『こちらは私たちが食い止めますから、無事にトラックまで辿り着いてください。絶対ですよ?』

 

 

 羽黒が力強く、そう念を押した。羽黒たちが迎撃する敵だけが存在しているのならば良いが、もし複数個艦隊に侵入されていたとすれば、当然ガンビーたちも危うくなる。船団としては警戒して当然のケースであった。

 

 

 『ハイ! 必ず!』

 

 

 少し元気を取り戻したガンビーがはっきりと返事をした。やっぱり、羽黒さん、私を心配させないためにやってくれてるんだな、といつしか邪念も消え失せていた。だから、思うままの感情を、言葉に出す。

 

 

 『ソノ、羽黒さんも気を付けてください! 追いついて来られるの、待ってマス!』

 

 

 当然の心配であった。羽黒たちだって、別に戦力で圧倒的なわけではない。むしろ、単純な艦種として見れば劣ってさえいる。そこに何の助力も出来ないのだから、自然とガンビーの言葉に力が入るのも無理はない。

 

 けれども、ガンビーの言葉に、羽黒が一瞬きょとんと瞳を大きくした。ある意味不気味としか言えないほど、当惑した様子を見せる。よっぽど自信があるのだろうか、とガンビーが首を傾げそうになった。

 

 

 『大丈夫ですよ、ガンビアさん』

 

 

 ガンビーが何か言葉を続ける前に、羽黒がそう優しく微笑んだ。もしかして、自分のことを安心させようとしているのかな、とガンビーが考え、次の言葉で霧消した。

 

 

 『たとえ五倍の相手だって、支えて見せますから』

 

 『ガンビアさん! 変針遅れてます! どうしましたか!?』

 

 「うえ、うひゃぁ!? ス、スミマセンッ!」

 

 

 ガンビーの意識が今の船団に戻った。神風の気配りのお陰で、致命的になる前に帰ってこれたことが幸いして、船団が陣形を崩す結果にはなっていない。問題があるとすれば、神風からのお叱りの言葉と、後方<しょうない丸>――もっと言えば、割と馬が合いそうな一等航海士から送られてくる大丈夫か確認する発光信号だけであった。

 

 それら全てに平謝りで対応しながら、ガンビーが今度は控えめに過去へと思いをはせた。あの羽黒さんはいったい何だったんだろうか、と。

 

 気を付けて、と言った時の不思議そうな顔。それに対して、五倍の相手だって支えて見せる、というある意味の大言壮語。なのに、そこに気負った物は一切なく、淡々と、ただ事実を伝えるだけのようで――何か、深刻な違和感があった。だが、ガンビーには、日本語でも英語でも、その違和感を表す単語が思いつかない。

 

 今度こそ変針をしながら考え込むという器用な行為を成功させたガンビーは、そのまま船団が小部隊に合流するまで、あの時の羽黒のことを思案し続けた。その意味で、ガンビーは羽黒の指揮官としての人心掌握術に――そんなものがあればだが――嵌り切っていたのかもしれない。考え込みすぎて、想定されていた接敵時間になっていたことは、ついに気づかずじまいであったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海第12任務部隊、そのピケット艦(偵察役)レーダーに敵影が映った時、旗艦リ級の胸に去来したのは驚きではなく納得であった。彼女は自身が幸運だったことを――敵に一切察知されず人類側海域奥深くまで浸透できたことを無邪気に受け止めていたが、幸運だけでは長続きしないこともまたよく理解していた。何より、内心の忌々しさが疼くのだ。

 

 第12任務部隊が単縦陣を取った。艦船が地球上に発生したその黎明期から存在し、大砲の登場でその重要性を多いに増し、航空機の発達で水底に沈まされた陣形だった。だが、リ級に何一つ恐れるものなど存在しない。何となれば彼女たちは水上打撃部隊であり、レーダーに映った敵部隊もそうであることは、対空電探が反応していないことから明らかだった。それに、水底に沈んだものほど、深海棲艦に相応しいものもあるまい。

 

 リ級が艦隊に増速を指示した。艦隊速度が人類側の単位で言う100ktを超える。水と空気を切り裂くように、その境界線上を深海の艨艟たちが進んで行く。その悪意の塊は、ある種の美しささえ兼ね備えていた。むろん、当人たちはそんなものに価値など置かなかったのだが。

 

 彼我の距離が見る見るうちに近づいていく。海戦にしては早く、空戦にしては遅く、彼我の距離は5万メートルを切った。と、同時に、巡洋艦から水上機が射出される。弾着観測機であった。砲戦距離2万メートル――鎮守府と深海が一致している重巡洋艦部隊の砲戦距離では、目視観測が不可能だからだ。電磁波と違い、光波――すなわち可視光線では水平線までしか見通せない。

 

 が、リ級は観測機にあまり期待していなかった。

 

 理由はすぐに対空電探に現れた。鎮守府艦隊から二機、航空機が離陸したと示している。つまり、鎮守府の観測機であった。そして厄介なことに、観測機にも対空武装は存在する。

 

 彼我の艦隊の前に、彼我の観測機が激突した。レーダーではそこまでわからないが、経験によれば典型的な巴戦になっているはずだった。観測機の武装は貧弱であり、反面耐久性は高く、航続距離も長い。つまり、どっちつかずの空戦が延々と続き――その間観測どころではない、ということだ。

 

 リ級が観測機のことをすっぱりと諦めた。レーダー上の鎮守府艦隊に注目する。主砲の火器管制を起動し、レーダーの情報を流し込むと、主砲に最適な砲撃角度と仰角が伝えられた。

 

 破壊と殺戮しか目的としていない巨大な鉄塊が、不気味な金属音響を奏でながら旋回する。そうして、何も知らぬ者にはどうしてそんなところを向くのだろう、という位置で固定された。

 

 水上レーダーが距離2万3000mを示した。リ級が針路を右へと曲げた。単縦に続く深海棲艦が整然とそれに続く。距離2万mになるころには、深海棲艦隊の脇腹が――水上砲戦艦最大の、それこそ戦列艦の時代からそうであるキルゾーンが鎮守府部隊を向いた。ブザー音が流れたのはその時だった。間髪入れず、爆炎と轟音がリ級を包み込む。当然である。全ての深海8in砲が文字通り火を噴いたのだった。

 

 リ級の自動装填装置が間髪入れずに次発を砲門へと放り込む。先の全門斉発(サルヴォー)で加熱した砲身が必要程度冷めるのを待ってから、艦隊第二斉発。リ級の意図は明白だった。優勢な巡洋艦戦力を最大限活用し、敵をアウトレンジで早期に撃破。敵が態勢を立て直そうとするタイミングを見計らって躱し突破、そのまま敵船団に肉薄する。深海棲艦にとって、憎悪とは理性を曇らせるものではない。

 

 だから、リ級が強く舌打ちした。確かに、鎮守府艦隊は沈黙したまま一切の反撃を行ってきてはいない。だが、それはある意味で下手な攻撃よりもよほど自らの意思を雄弁に示していた。すなわち、肉薄攻撃――。

 

 確かに選択肢としては十分にありだった。何しろ巡洋艦戦力比は鎮守府側が深海側の半分である。下手な中長距離砲戦では鎮守府側が不利になるのだから、その選択はむしろ当然とさえいえる。そして、どうせ力負けするのであれば、反撃は考えず回避に専念したほうが良いという判断も、なるほど理にかなってはいた。かなってはいたが、だからと言って、優勢な敵艦隊に砲撃されながらそれを遂行しきる胆力は、素直に評価してしかるべきだった。

 

 だが、評価したからこそ深海側の攻撃は苛烈になっていく。何としてでも鎮守府艦隊が近距離に接近する前に損傷を与えねばならない。皮肉なことに、深海棲艦のそんな思考を、人類は一言で形容できた。曰く、焦り――。

 

 鎮守府艦隊は最大戦速で驀進しながら、命中精度が次第に散漫になり始めた水柱の林の中をするすると抜けていった。見敵必戦が信条の旧海軍にしては珍しく、必ずしも先制攻撃に重きを置かなかったドクトリンが十全に発揮された瞬間だった。艦体と精神の動揺は、いずれも砲撃精度に重大な影響を与えるのだ。

 

 尤も、当然のことながら、どんな一般的傾向にも例外というものは存在する。

 

 重巡リ級が放った第八斉発がそうだった。戦術上の鉄則の通り、敵旗艦――重巡<羽黒>と推定された艦を狙ったその砲撃は、空気を赤熱させながら<羽黒>へと奇麗な放物線を描きながら接近していき――彼女を包み込むように水柱を作った。いや、赤色も混ざっているから、一発か二発は直撃したらしい。

 

 そのことを電探で悟ったリ級が獰猛な笑みを浮かべた。敵の歩みは留まるところを知らないが、少しは勢いをそげたはず――鎮守府艦隊が水平線上にゴマ粒のようになって現れたのは、その瞬間だった。

 

 鎮守府の艨艟たちは、余人が深海棲艦へ抱く以上の美しさを見せつけることもなく、砲撃回避で乱れていた陣形を一糸乱れぬ単縦陣へと再編すると、同航戦の構えを取った。誰憚ることのない堂々たる艦隊運動であり、それがリ級の精神を逆なでした。今から一斉砲撃をはじめる、という意思表示以外の何物でもないからだ。

 

 鎮守府艦隊は、リ級の理解を裏切らなかった。

 

 鎮守府艦隊の主砲が、奇麗に同調して爆炎を噴き出す。砲戦距離1万メートルは、至近とまで言わないが十分に近距離であったから、どんぐりと言えなくもない形をした鉄塊――もっと言えば合金と炸薬の混合物が飛翔する距離としては短かった。

 

 深海棲艦隊が水柱に包まれる。初弾夾叉 ――すなわち、深海棲艦のいずれもがその散布界、すなわち艦体の動揺等々で砲弾が分布する一定範囲内に収まったことを意味する。あと数回の斉射で、深海棲艦隊は間違いなく被害を被ることになる。リ級が臍をかんだ。それは、敵の突進を阻止砲撃で挫くという戦術が、数分以内に破綻することを意味しているからだ。

 

 結論から言えば、リ級の理解はあまりにも悠長に過ぎた。

 

 後続のイ級が雷跡を報告し、回避運動に入った。リ級がその内容をかみ砕けぬうちに、リ級も複数の雷跡を視認。回避運動に入る。幸いと言うべきか、魚雷の本数は二桁に届いていない。すなわち、如何な鎮守府が誇る酸素魚雷と言えども、何とか回避可能な雷撃ではあった。だが、実際にはそれは幸いどころか災いに近かった。何しろ、これから腰を据えた砲撃戦、というところでこちらの足並みが完全に崩れたのである。その効果は甚大だった。

 

 次の鎮守府艦隊の砲撃で、雷跡を報告してきたイ級と二番艦リ級が命中弾を受けた。イ級は機関部をやられ一発で航行能力と浮力を喪失、沈没判定。リ級は弾薬庫が誘爆し一番二番砲塔が吹き飛び、三番四番五番の弾薬庫を誘爆から守るために間髪入れずに緊急注水を実施。艦隊運動についていけるだけの速力を失った。

 

 むろん、深海棲艦隊も黙ってはいない。むしろ、今まで以上の怨嗟の念で、損傷しているはずの敵一番艦――<羽黒>に砲撃を集中する。足並みが乱れ、二隻が事実上戦闘能力を喪失したために攻撃は組織的とは言い難かったが、それでも一隻に対しては過剰とさえ言える攻撃が<羽黒>へと向かう。

 

 羽黒が水柱の森によって包まれた。爆発も見える。リ級が歓喜の叫び声をあげた。深海棲艦隊の攻撃によらない爆炎が見えたのは、その瞬間だった。

 

 旗艦リ級の船体、その脇腹と言って良い部分を数発の砲弾がぶち破った。十分な防御を提供していたはずの舷側装甲を力任せに食い破ったそれは、リ級の腹の中に無遠慮に突き刺さっていく。リ級が痛みを訴える前に、信管のタイマーが0を指し示した。炸薬が爆裂する。悪いことに、それはリ級の主弾薬庫、その隣接区画で起きた惨事であった。

 

 昼間だというのに目がくらむ閃光が走った。気味の悪さを感じる赤色の光球がリ級から生じ、直後に黒煙に包まれる。爆炎はそのまま、リ級の残骸へと細めの煙を紐のように未練がましく残しながら、天へ天へと昇って行った。仰々しく記述すればこのようになる情景だったが、軍隊とは散文的なもので、こういう現象は次の二語のうちどちらかで表される。曰く、爆沈、曰く、轟沈。

 

 一番艦轟沈、二番艦大破漂流を見て取った軽巡ト級が慌てて指揮権を発動した。麾下艦隊に我ニ続ケと発光信号を出す。応答はイ級一隻だけだった。理由は単純。他の艦は全て継戦能力を喪失していた。ト級が決断した。面舵一杯。鎮守府艦隊から出来得る限り距離を取りつつ持久戦。敵に弾薬と燃料の消費を強要する。軽巡一隻、駆逐一隻にまで打ち減らされた艦隊ではもはや万が一の船団襲撃すらかなうまい。ト級は冷静に一番効果のある戦略を選択していた。

 

 もっとも、とト級が湧き出る憎悪の奥深くで、同じく冷静に思った。あれを見るに、その可能性は小数点から深く離れたところにありそうだが。

 

 鎮守府艦隊が、勝ち誇るでもなく同じく右舷に転舵していた。全艦一斉回頭して単横陣へと組みなおしている。<羽黒>の砲身が光った。自らも煙突以外のところから黒煙をたなびかせた彼女の砲撃が、漂流していたリ級を砕いた。そのまま、ト級の受像器官に突進してくる<羽黒>が大写しになる。この感情の奔流を、深海棲艦は語るすべがなかったが、人類ならば容易く一語に纏められた。すなわち、絶望、である。

 

 今次深海棲艦の軍事行動、その全ての望みが絶えたのは、それから10分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガンビアさん、凄いじゃないですか!」

 

 

 トラック泊地の司令部施設、その入り口付近でそんな風に羽黒の嬉しそうな声があがったのは、鎮守府執務室により深海棲艦の活性化が終了したと判断されてから二日後のことだった。既に船団の荷揚げ作業はほぼ終了し、道中戦闘の危険から必死に逃れようとした緊迫からも解放され、皆つかの間の自由時間を楽しんでいる。

 

 

 「積んでた飛行機、あの状況で全損一つもなかったなんて!」

 

 「ア、アハハ、Thanks。でも、運が良かっただけですヨー」

 

 

 航空機の荷揚げ作業で掻いた汗をぬぐいながら、ガンビーがむずがゆそうに返した。実際、運がよかったのだと信じ切っているのだった。正直操船はお粗末なところが多かったし、<しょうない丸>とあの気の良い一等航海士にも迷惑かけ通しだったという自覚もある。

 

 

 「そんなことないです! スサンティちゃんもガンビアさんの事褒めてましたし、十分以上の活躍でしたよ!」

 

 

 それでも、羽黒がそう有無を言わさぬ口調で褒めた。もちろん、この少しおどおどしたところのある後輩に成果を誇ってほしい、という感情もある。だが、単純にガンビーは褒められるべき仕事をしたのも客観的な事実であった。航空機満載で曳航、なんて訓練でもまだやったことのないアクロバットなことを大過なく成功させたのだから当然である。

 

 

 「そ、それは、壊しちゃったら、飛行機がMOTTAINAIですし……」

 

 

 ガンビーがもじもじと言葉を濁した。やはり、ガンビーのように臆病が極まっているとべた褒めされる方が少々精神的によろしくないらしい。顔を軽く仰ぎながら、話題を変えようと試みた。

 

 

 「そ、それに! 活躍と言えば、羽黒さんだって大活躍だったじゃないですか!」ガンビーがお返しとばかりに羽黒の功績を褒めたたえた。「重巡二隻を撃沈。軽巡1隻を共同撃沈、駆逐一隻を大破。大戦果(MVP)、流石です!」

 

 

 現実問題、ガンビーが褒められるのであれば、羽黒もまた褒めたたえられてしかるべきではあった。戦力的に優位な敵を撃滅し後顧の憂いを断った上、こちらの目立った損害は自身の小破のみ。完勝、そう言って何ら差し支えない戦果であった。事実、国連軍総司令部は、鎮守府――すなわち国連軍第三艦隊の戦果を讃える形で今回の戦闘を広報していた。

 

 

 「ありがとうございます」

 

 

 羽黒がほほ笑んだ。元が優しい顔をしているから、何とも安心感のある良い笑顔であった。だが何故か、ガンビーの、褒められても起動してしまう臆病な面が、羽黒の声音を敏感に聞き取った。口ではやいのやいのと言いながらも内心では少し嬉しい自分とは異なり、羽黒の声からは何の高揚も感じられなかったのだ。

 

 

 「でも、言った通りです。五倍の敵でも支えて見せるって。だから、このくらい当たり前ですよ」

 

 

 羽黒の口調は、さながら年下の妹を安心させるような慈愛に満ちたものだった。だが、そこには言葉通りの慢心も悲壮感も無い。ただただ、道徳心じみた義務感だけが――人のものを取ってはならない、レベルの常識を説くような調子であった。ガンビーの背中に、再び冷たいものが流れた。なぜ自分は羽黒さんの言葉でこんな風になっているのか、まるで理解できなかった。

 

 

 「そ、そういえば」ガンビーが即座に逃げを選択した。ある意味、その為にガンビーの敏感な部分が働いたのだから当然である。「受けた損傷、大丈夫だったんですか? 小破だったとは聞いてましたけど」

 

 「えぇ、攻撃自体ちょうどよいタイミングでしたからむしろ助かりました。それに、なんてことない損害でしたから、泊地の修理妖精さんがこう、ぱぱっと」

 

 

 会話の前半部はよくわからなかったが、後半に羽黒が力こぶしを作って見せて、ガンビーが目を丸くした。どうやら、テキパキとした修理が良い方へと印象に残ったらしい。が、それにしてもジェスチャーが子供っぽく、羽黒に似合わない。ガンビーがぷ、とこらえきれずに少し噴き出した。

 

 

 「ちょ、ガンビアさん!?」

 

 「す、スミマセン」

 

 

 口に出したほどそう思っていないガンビーが必死に笑いをこらえた。羽黒が頬を染め、少し膨らませて見せる。はぁ、と安心しきったようにガンビーが続けた。「でも、良かったですよ。羽黒さん、酷い怪我でもしたらって心配だったんですから」

 

 「もう、はぐらかさないでくださいっ」羽黒が頬の膨らみを維持したままだったので、ガンビーの笑みがまた大きくなりかける。羽黒が困ったように笑った。そのまま、文句を続ける。

 

 

 「それに、そんなことどうでも良いじゃないですか」

 

 

 ガンビーの笑みが凍った。羽黒の言葉、その意味を解釈し損ねたからだった。内心の動揺が顔面に出ていくことすら出来なかった。

 

 

 「羽黒さん……?」

 

 「いけない!」羽黒がガンビーの動揺にまるで気づかないまま、腕時計を眺めた。「ガンビアさん、そろそろ作戦終了後ブリーフィングの時間です! 皆さん集まってるはずですから、急ぎますよ!」

 

 「へ、ちょ、羽黒サン!? そ、そんなひっぱら、ああ!?」

 

 

 虚を突かれたガンビーが、引っ張られるままに脚を動かす。奇襲を受けた上に重巡パワーでは敵う筈もない。内心のもやもやを処理しきれぬまま、ガンビーが羽黒に引きずられるように、泊地の司令部施設に連れ込まれていった。

 

 

 「何というか、まぁ」

 

 

 南国の温風を感じながら、それを見下ろしていたネルソンがぼやくように呟いた。意図せずに、窓を開けていたせいで聞き及んでしまった海上護衛総隊二人の会話を反芻する。生じた感想は一言に尽きた。

 

 

 「青春?」

 

 「ま、それもあるが」

 

 

 戦闘航空母艦伊勢が書類をネルソンに手渡しながら軽口を叩いた。トラックにいるうちは副官のような役回りを仰せつかっている。司令室に来たのもその一環で――ネルソンに、今回航空機輸送の報告書、その速報版を持ってきていた。

 

 

 「大したものだな」ネルソンが素直に称賛した。「ガンビーの航空機が3機ほど接触を起こして要精密検査だが、損傷はそれだけとは。しかも、その3機だって露天駐機だろう?」

 

 

 伊勢が頷いたのを見て、ネルソンが感嘆のため息をついた。コロラドからは臆病なところがあるなどと聞いていたが、何のことは無い。立派なものだ、と感心している。

 

 

 「で、戦果の方は、敵艦隊を撃滅、か」ネルソンがさらりと報告書の後半部分を読み上げた。

 

 「そんな、何でもないみたいに」伊勢が苦笑した。

 

 「そう、何でもない」ネルソンが咎めるように応じた。「艦隊決戦にしろ何にしろ、あらゆるものは船団護衛の枝葉に過ぎない。言ったはずだ」

 

 

 伊勢が肩をすくめた。むろん、伊勢だって理解はしている。旧日本海軍の軍艦で、1945年の8月15日を曲がりなりにも本土で迎えることが出来たのだから当然だ。たとえ敵海軍を壊滅せしめたとしても、代わりに我の商船団が壊滅しては何の意味もない。暴論だが、一面の真実には違いなかった。とはいえ、それにしたって割り切るのは簡単なことではない。ネルソンのように、イギリス艦娘のように、あるいは、

 

 

 「羽黒ちゃんみたいに割り切るの、大変だからね」

 

 

 伊勢の言葉に、ネルソンの柳眉が上がった。何かを思い詰めたような表情をしてから、深々とため息が吐き出される。提督みたくタバコでも吸ってれば良い雰囲気だったんだろうな、と伊勢がぼんやりと思った。

 

 

 「割り切る。割り切るか。まぁ、確かにそうなのだろうが」

 

 「ネルソン?」

 

 「いや、余の思い過ごしだろうよ。それに、あの大佐、ただのお調子者のようで中々役者だからな。たとえ思い過ごしが事実だったとしても、そう簡単に厄介ごとにはならんだろうさ。だが」

 

 

 ネルソンがガンビーを引きずる羽黒を思い起こした。紫がかった未改造服は、使い込まれたせいかこなれている。

 

 

 「ただただ、もったいない。そう思っただけだ」

 

 

 ネルソンの表情は得意げだったが、伊勢に隠しきれないほど寂寞としていた。




Q,作中で深海棲艦に向けて放たれた謎の魚雷、どのタイミングでぶっ放されていたでしょうか。ヒントは羽黒ちゃんの会話
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