GHOSTRIDER:Dog Eat Dog   作:雁野 命

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※今回は後編のため、読み飛ばす方はそのまま†まで読み飛ばしてください。


Dog Eat Dog #03

夢を、夢を見ていたんです。

とても激しく、荒々しく、悲しい夢を、わたしは見続けていたのです。

地面から延びる光の柱に飲まれて消えていく街や人、自分であることを掴むために切り捨てたこれまでを。

ああ、全ては前に歩くために。全ては前に進むために。内なる思いを秘めたあの人の夢を。

 


 

「?気のせい、か」

 

深夜、丑三つ時とも呼ばれるこの時間帯、本来、文明の匂いの遠い南米のバルベルデであれば天上に輝く天然のプラネタリウムを楽しむことも可能だが、HOLYのジープの車列が走っているこの日、この場所においてはそんな風情は感じられなかった。

 

「隊長!カズマ()()、そろそろ着きますよ!」

 

車列の二番目で何かの気配を感じて空を眺めていたカズマと呼ばれた青年は声の主である副長を務める男の方へ顔を向ける。

 

「うっせーな、聞こえてるっての!それより、今回のヤツは強いんだろうなぁ?」

 

明らかに呼びかけを上回る声量で発せられた言葉に副長は一瞬、顔をしかめるが、一応は上司であるため文句を飲み込む。

 

「……そりゃ、そうですよ。なんせ、補給線がないはずなのに大量に銃を持ってるような連中ですからねぇ」

 

錬金術師が関わってる、なんて噂もありますがね、と付け加える副長に対してカズマは獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる。

 

「へっ……嬉しいねぇ。最近は結社の生き残りも減っちまったからなぁ……」

 

そんだけの奴ならさぞ楽しめそうだ、とどこか遠くを見ながら嬉々として戦いに備えるカズマに副長は辟易する。

 

「まぁ、楽しそうなのはいいですけど、俺たちまで巻き込まんでくださいよ。この間なんか三人も医務室送りになってますからね」

 

上からもいろいろ言われてるんですよ、と呆れたように愚痴を言う副長だが、そんな文句もどこ吹く風なカズマは空を見上げる。

 

「あーあ、早くフィーネとかシェム・ハみたいに全力でやれるような奴は来ねぇかなぁ」

 

「……頼むからそんな物騒なことを部下の前で言わんでください」

 

また胃薬もらわないとなぁ、などと考える憂鬱な副長の心情など露知らず、まだ見ぬ強者との戦いを夢見るカズマだった。

 


 

「買い出し……ですか?」

 

昼食を終えた一騎が自室として宛がわれた空き部屋に向かおうとしていると待ち構えていた響と未来に買い出しへと誘われた。

 

「はい、だって一騎さんの荷物って何にもないんですよね?」

 

「それで、響と二人で買い出しに誘ってみよう、ってことになったんです」

 

「あぁ、それで……でも、僕の個人的な用事に付き合わせていいんですか?」

 

「(連れ立って動いては目立つからな)」

 

(……まぁ、どうせ言っても聞かんだろうが)

 

一応、納得は示しつつもやんわりと拒否する一騎だったが、彼女たちにとっては否定の内に入らないのか、悩むそぶりもなく首を横に振る。

 

「だって一騎さん、この辺りのこと知らないじゃないですか」

 

「それに、さっき助けてもらったお礼も出来てませんしね」

 

「そうですか……それじゃ、街を案内してもらってもいいかな?」

 

(ほが)らかに笑う二人に案の定、従わざるを得ないと感じた一騎は内心では不承不承(ふしょうぶしょう)ながらも受け入れることにした。

 

「それじゃ、出発──」

 

「おや、外狩さん、お出かけですか?」

 

いざ出発、と言うタイミングで横合いからかけられた声に三人が目を向けると緒川ともう一人、特徴的な長髪と左で結わえたサイドポニーの少女──風鳴翼(かざなりつばさ)が立っていた。

 

「はい、そうですけど……そちらの方は?」

 

「えっ!?翼さんを知らないんですか……って、そういえば、記憶がないんですよね」

 

翼さん?、と頭に疑問符を浮かべる一騎に声を上げた響を筆頭にその場の全員が驚きを隠せない。それもそのはず、国民的アイドルと言っても過言ではない翼を知らない、それだけでも彼らにとっては衝撃だったからである。

 

「そうですか、では、自己紹介を。私は風鳴翼、今は休業中ですが、アイドルをやっています。そして、そこにいる立花と同じシンフォギア装者です」

 

よろしくお願いします、と丁寧に挨拶する翼に対し、反射的に一騎も、こちらこそ、よろしくお願います、と頭を下げる。そんな一騎の様子をじっと見ていた翼の視線に気づいた一騎は頭に疑問符を浮かべる

 

「あの、僕の顔に何か……?」

 

一騎の言葉で無意識の行動に気づいた翼は慌ててかぶりを振る。

 

「失礼、いえ、その、知り合いに似ていたもので」

 

「あ、それ、私も思ってました」

 

「え!?未来だけじゃなくて翼さんもそうなんですか?」

 

翼の言葉に未来が反応したことで驚く響。どうやら三人とも同じ人物を──おそらく、シェルブリットのカズマを思い浮かべているようだった。

 

「そんなに似てますか?」

 

「いえ、あの男とは似ても似つきませんが……」

 

「確かに、顔とかしゃべり方は違うんですけど……うーん」

 

「何と言うか、雰囲気、とかが何だか近い感じがしませんか」

 

(雰囲気?──まさか、外の世界の理を感じ取ったのか?)

 

「(然り。恐らく、直感で見抜いたのであろう──やはり、人間は侮れんな)」

 

未来が口にした雰囲気と言う言葉に、確かに、と頷く翼と、わかるかも、と同意を示す響、そうですか?、とよくわからない顔をしているのは緒川と内心で納得している当事者の一騎であった。

 

「ところで、立花さんもシンフォギア装者だったんですか?」

 

「はい、そうなんですよ!あ、でも、他の人には秘密ですからね?」

 

絶対ですよー、と念を押す響の言葉に頷きながら不思議と一騎も微笑んでしまう。

 

「そういえば、シンフォギア装者って他にいないんですか?」

 

当然と言えば当然の一騎の質問に他の四人の表情が曇る。

 

「ええと、実は他にも二人いたんですけど……クリスちゃんは書置きを残して旅に出ちゃってて……」

 

「残ったもう一人のマリアは三ヶ月前HOLYに出向……そんな状況ではアイドルを続けられませんから」

 

「そんなことが……すいません、事情も知らずにこんな質問をしてしまって」

 

「大丈夫ですよ、わたしもいますから。へいき、へっちゃら、です!」

 

申し訳なさそうな表情の一騎に対して空元気にも見える笑顔を見せる響。そんな二人の様子にふと思い出したように翼は顔を上げる。

 

「そういえば、立花、また無茶をしたそうだな」

 

声のトーンを一段低くした翼の言葉にビクッと反応した響は目に見えて動揺する。

 

「あ、あの~これには深~い訳がありまして……」

 

「すいません、私が響に連絡したばっかりに……」

 

急に申し訳なさそうな顔でしどろもどろになる響と彼女を庇う未来。そんな二人の姿に翼は小さくため息をつく。

 

「……立花、いくら浸食を抑えられる処置があるとは言ってもその効果は絶対ではない」

 

頼むから無茶はしてくれるな、と力強くもどこか労わる声の翼の言葉に、響は静かに、しかしはっきりと頷く。

 

「そういえば、外狩さんたちはどこかにお出かけですか?」

 

「あ、そうでした。これから一騎さんの部屋に置くものを買い出しに行くんですよ」

 

「それで、私たちは助けてもらったお礼代わりに道案内をするんです」

 

なるほど、と納得した様子の翼。その隣で緒川は手帳を開いて何事かを確認する。

 

「それじゃ、私も同行してよろしいですか?」

 

(監視兼、護衛役、と言ったところか)

 

「(然り。だが、恐らくは護衛の意味合いが強かろう)」

 

「緒川さん、でしたよね?何かあるんですか?」

 

「ええ、最近は物騒ですし、足があった方が何かと便利ですからね」

 

「そうしてもらえると助かりますけど……風鳴さんも何か用事があったんじゃないですか?」

 

突然の緒川の提案に疑われている訳ではないと理解しつつ、信用のためには受け入れざるを得ない一騎だが、とりあえずの抵抗として翼に話題を振る。

 

「いえ、私は見舞いを終えて戻ってきたところで……後はここで待機するだけです」

 

「と言うことみたいですけど、どうしますか、一騎さん?」

 

「……分かりました、それなら、お願いしてもいいですか?」

 

翼の返答を受けて一騎の方をうかがう未来。予想以上のやりにくさに内心で辟易する一騎だが、ひとまず緒川の提案を受け入れることにする。

 

「もちろんです。では、行きましょうか」

 

「(さしもの狩人も善意に勝てんか)」

 

(……復讐の精霊の言葉とは思えんな)

 

翼に別れを告げて四人になった一行はエレベーターで地上へ出ると、緒川の運転で市外へと向かうのだった。

 


 

「──と言う訳で、最後にここでいろいろ買ってから帰りましょうか」

 

市外を車で回ってひとまずの案内を終えた四人は、そのまま買い出しのためにショッピングモールに来ていた。休日の午後ともなればそれなりの人がいる中で、はしゃぐ響と揃って楽しそうな表情の未来、それに続く形で戸惑いつつもほほ笑む一騎とその後ろ姿を見守る緒川、その姿は守るべき日常を存分に楽しもうとしているようだった。

 

「それにしても、この通信機ってとても便利ですよね」

 

なんとなく手にした通信機を手の中で(いじ)りつつしみじみと呟く一騎。それもそのはず、この通信機は本来の用途以外にも限度額内なら公共交通機関が利用でき、自販機で買い物もできるとあれば、この反応も納得である。

 

「そうですよね。協力者の私たちも持たせてもらってますけど……これが私と響を、みんなを繋いでいると思うと何だか感慨深いです」

 

「未来……」

 

温かい雰囲気に包まれる四人だったが、街頭のモニターから速報を伝える音が聞こえてくる。

 

『臨時ニュースです。南米バルベルデで活動中のアルター能力者を擁する武装集団をHOLYが鎮圧しました。繰り返します──』

 

四人の見上げた画面には速報の文字とともにHOLYの活動を伝えるニュースとその詳細な情報が読み上げられていた。

 

「HOLYの活動ってどこでもやってるんですね……」

 

「はい、一般人ではアルター使いは止められませんからね。世界中で必要とされているんですよ」

 

まぁ、司令や外狩さんのような例外もいますけどね、と付け加える緒川だが、彼自身も忍者の出であることを知っている響と未来は苦笑いになる。

 

「そういえば、今日の現場にHOLYの人たちは来ていなかった気がするんですけど……」

 

「それなら簡単ですよ……ちょうど今、ニュースでやるみたいですね」

 

ふと思い出した一騎の疑問に対する緒川の回答で四人がモニターの方を向くと、速報を読み終えたアナウンサーが次のニュースを読み始める所だった。

 

『──次のニュースです。本日、午後1時、完成したHOLY日本支部がマスコミに公開されました。今回、支部が完成したことで日本におけるHOLYの活動が全面的に支持される形に──』

 

「──と言う具合で、今後はS.O.N.G.の活動も人命救助が専門になるかもしれませんね……これで、翼さんもアイドルに戻れるといいんですけど」

 

あ、今のは聞かなかったことにしてください、と慌てて否定する緒川と思うところがあってか複雑な表情になる三人。会話の途切れたままの四人の脇を通る親子連れ、その娘が無邪気に歌うアイドル、風鳴翼の歌。常ならば微笑ましさを覚える歌が今は四人の表情に影を落としていた。

 

(転生者の無法がここまで世界を歪めたか……)

 

本来なら解決している問題。理不尽に歪められた世界の傷を感じた一騎は心の底で元凶である転生者に対する怒りを(たぎ)らせる。そんな中、よし、と言う響の小さな気合が一騎を含めた四人の沈黙を破る。

 

「……あの、一騎さん!雑貨だけじゃなくて服とか見てみませんか?」

 

わたしと未来でコーディネイトしちゃいますよ、と努めて明るく振舞い先導する響、その思いに気づき、緒川さんも試してみたらどうですか?、と乗り気になる未来。そんな二人の姿に呆気に取られるがほほ笑む一騎と緒川。楽しそうに見える四人だったが、彼らの胸中には一抹の寂しさが渦巻いているようだった。

 


 

夕方、S.O.N.G.の本部のあるビルの前で緒川の運転する車が止まる。まず降りてきたのは楽しそうな顔で雑貨屋のレジ袋を持つ響。

 

「いや~楽しかったですね」

 

「もう、響が楽しんでどうするの?」

 

続いて車を降りながらたしなめる未来も同じ袋を持っていることから楽しんだことがうかがえる。後に続く一騎も着替えや日用品の入った買い物袋を持ったまま、穏やかな微笑を浮かべている。

 

「では、僕は一度車を置いてきますので」

 

先に行っててください、と言い残して車を走らせる緒川。軽く伸びをした一騎の前に荷物を後ろ手に持った響と未来が並び立つ。

 

「どうかしましたか?」

 

「えっと、今日の記念にこれ、どうぞ!」

 

「これは……」

 

「私と響から、歓迎の証です」

 

響が差し出したのは赤と青の紐と飛んでいる鳥のモチーフの付いたストラップだった。サプライズに驚く一騎だが、すぐに笑顔を見せる。

 

「ありがとう、大事にするよ。そうだな……これで、どうかな?」

 

受け取った一騎は取り出したストラップを少し弄って通信機に付けると二人に見せる。夕日に照らされるストラップを見て喜ぶ二人、穏やかな空気に包まれるこの状況は一日の終わりとしては最高の光景──のはずだった。

 

「(来たぞ、一騎)」

 

「!?」

 

「あれは……」

 

突如、周囲に鳴り響くヘリのローター音に周囲を見回す三人。ゴーストの警告でいち早くヘリを見つける一騎、ついで、響と未来もその姿を捉えるが、目に映った三機のヘリとそのマークに驚愕する。

 

「HOLY……何でここに?」

 

(ホーリーアイ、いや、絶対知覚との併用か)

 

困惑する二人と内心で気づきつつも表向き困惑を装う一騎。そんな三人の前に先頭のヘリが降り立ちドアが開く。中から部下を引き連れて現れたのは黒いマントと槍を持ち、ガングニールを纏った女──マリア・カデンツァヴナ・イヴその人であった。

 

「マリア、さん?どうしてここに?」

 

「久しぶりね、響、未来」

 

「この人も……シンフォギア装者……」

 

毅然とした、しかし、どことなく様子のおかしいマリアに三人は困惑を深める。そんな三人の様子を見て取ったマリアは真っ直ぐに一騎へと向き直る。

 

「そう、私はシンフォギア、ガングニールの装者。そして──」

 

一度、言葉を切ったマリアは手に持った槍──アームドギアを一騎に向ける。それと同時に背後に控えていた部下がサブマシンガンを構えて一騎に向ける。

 

「──あなたを拘束しに来た、HOLY日本支部の支部長、マリア・カデンツァヴナ・イヴだ!」

 

「マリアさん!?どうして……ッ!?」

 

(戦闘を見られたか……)

 

「(相手が悪かった、と言うところであろう)」

 

衝撃的な言葉に動揺を隠せない響と未来。同様に困惑を示す一騎だが、その理由には大凡の見当がついていた。

 

「あの、どう言うことでしょうか?」

 

「決まっている。アルター使いを倒したその異能……個人が持つには危険すぎるその力は、我々HOLYで管理させてもらう!」

 

力強く宣言するマリア、誰が見ても模範的なHOLYとして振舞うその姿は、どことなく無理をしているようにも見えた。

 

「そんな!?一騎さんは何も悪いことはしていないんですよ!」

 

「抵抗するなら、この場で処分させてもらう」

 

「……ッ!?」

 

一騎を庇おうとする未来だったが、冷たく言い放つマリアに肩を落とす。処分と言う言葉に反応して反射的に前に出そうになる響だったが、それを片手で制する一騎。

 

「……一騎さん?」

 

「駄目だ、下手に動くと君たちも危ない」

 

近くを滞空するヘリから注がれる視線と目の前のマリア、さらにその後ろに控えるサブマシンガンに響は圧倒的な不利を悟る。

 

「そうよ……響、アナタたちのやり方では何も守れないのよ」

 

「……くッ!?」

 

悔しそうに歯噛みする響とどこか自分に言い聞かせるような言葉のマリア。そんなやり取りの中、周囲を見渡した一騎は既に決めた答えに向けて行動を開始する。

 

「マリアさん、でしたね?」

 

「ええ、そうよ。それで、こちらに来てもらえるかしら?」

 

返答によっては、と鋭い視線で槍を向けるマリアに対して一騎は真っ直ぐと視線を合わせる。

 

「はい──ですが、一つ条件があります」

 

「……言ってみなさい」

 

「僕が大人しく捕まる代わりにS.O.N.G.(ここ)の人たちを見逃してもらえませんか?」

 

「(上手く言ったものだな)」

 

(こうでもしないと状況が悪化しかねんからな)

 

「「一騎さん!?」」

 

「ッ!?」

 

お願いします、と深く頭を下げる一騎。その言葉に衝撃を受ける響と未来。そして、槍を向けたままだったマリアも一瞬、息を詰まらせる。

 

「師匠なら何とかしてくれます!だから……」

 

「いいんです、響さん。この人たちに着いて行けば会える気がするんです、シェルブリットのカズマに」

 

「一騎さん……」

 

二人のやり取りを見ていたマリアは少し考えると槍を下ろして構えを解く。

 

「……わかったわ。全員、銃を下ろしなさい」

 

「支部長!?」

 

「命令よ。それと、彼らはただの民間人だと思って保護していた──上にはそう報告します。」

 

「……了解、致しました」

 

驚く部下を命令で黙らせるマリアに、ありがとうございます、と一騎は丁寧に礼を言う。

 

「それで、こちらは約束を守ったわ」

 

「はい、今からそちらに行きます。ただ、その前に──」

 

一騎は一度言葉を切ると、振り返ってほほ笑みながら響と未来を交互に見る。

 

「小日向さん、立花さん、昼間も言いましたけど、僕は二人と──S.O.N.G.の皆さんと会えて本当に良かったと思っています」

 

司令と緒川さんにもそう伝えてください、と頭を下げた一騎は、それじゃ、さようなら、と穏やかな笑顔を向けると、泣きそうな顔の二人に背を向けて無抵抗である事を示すために両手を上げたままマリアの方へと歩き出す。

 

「……挨拶は済んだかしら?」

 

「はい、もう大丈夫です……ありがとうございました」

 

「ッ……彼を連行しなさい」

 

「了解」

 

マリアは部下に指示を出して一騎に手錠をかけさせると、そのまま部下たちととも離陸準備の済んだヘリに乗り込んでいくが、その途中、通信機と買い物袋を奪われた一騎は窓から離されて真ん中の席に押し込まれた。

 

「一騎さんッ!必ず、迎えに行きますから!」

 

「帰ってきたら、みんなでふらわーのお好み焼き、食べましょうね!」

 

「(流石に心が痛むか?)」

 

(そんな繊細さはとうに捨てた……だが、彼女は違ったようだな)

 

「……私がやらねば……ッ」

 

(……少し眠る、後は任せた)

 

離陸したヘリの中でドアが閉まる寸前に聞こえた二人の言葉に一騎は内心で自嘲(じちょう)するが、正面に座るマリアがチームの長として毅然に振舞おうと無理をしている姿に憐れみを感じつつ到着まで目を閉じるのであった。

 


 

「これは、どう言うことだ?」

 

白衣を着たメガネの男──ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス、ウェル博士とも呼ばれるこの人物は数時間前に本部のあるフロンティアへと連行されて来た外狩一騎と言う異能を持つ男の検査結果に困惑していた。だが、HOLY技術部のトップであり、天才的な頭脳の持ち主でもある彼の胸中には自らの理解を超えた現象に少々の苛立ちと強い知的好奇心の疼きが渦巻いていることを感じていた。

 

「ふむ、生物学的には完全に人間ですが……融合症例でもなければアルター使いでもない。この男、外狩一騎とは、一体……?」

 

F.I.S.時代からのデータや過去に壊滅させた結社の持っていた錬金術に関する資料と照らし合わせるが、当然ながら関連性は見られなかった。

 

「少なくとも異端技術の類ではなさそうですし、むしろ、私の専門分野なのですが……もし、これが人間を超人へと進化させるものならば、あるいは……ククク」

 

嬉々としてデータをまとめるウェル博士。ともすればマッドサイエンティストにも見えかねないその姿は、他に人のいない彼の研究室においては誰にはばかる必要もないのだった。だが、そんな彼の城にも訪れる者はあるのか軽いノックの音とともにドアが開く。

 

「失礼します。ドクター、本部長が報告をお待ちですが……」

 

「……少し、待っていてもらえますかねぇ」

 

「っ、申し訳ありません!……ですが、何分、今回は上層部にとっても異例の事態でして、一刻も早く判断材料が必要なのです」

 

部屋に入った職員は、自身の研究を邪魔されたウェル博士の怒気を含んだ言葉に萎縮するが、自身の仕事を果たすために一応の弁解を試みる。

 

「……すみません、少々、気になる点があったもので。では、こちらをどうぞ。ああ、詳細なデータはメインサーバーに移してますから、何かあればそちらで確認してください」

 

「あ、ありがとうございます。では、失礼しました」

 

一転して穏やかな表情になったウェル博士から印刷してあった資料を受け取った職員が退出すると、ため息をついたウェル博士はモニターに目を向ける。

 

「外狩一騎、私が英雄になるためにアナタの命を有効活用させて頂きますよ」

 

強い狂気を宿した笑みを浮かべながら画面に映る一騎の写真とHOLYの衛星監視システム──通称、HOLYアイが一瞬だけ捉えた燃え盛る髑髏──ゴーストライダーのぼやけた写真を強く見続けていた。

 


 

「いい加減、何か言ったらどうだ!」

 

肉を打つ鈍い音が尋問室に響く。陰が出来ないように照明で照らされた中心で殴られて倒れこむのは手錠で後ろ手に縛られた一騎であり、傍らに立つHOLYの制服を着た尋問官の男は殴った拳をさすっていた。

 

「ったく、あれからもう何時間になると思ってんだよ……?もうすぐバルベルデだぞ?」

 

「おいおい、あんまりやりすぎんなよ」

 

あまりにも動じない一騎の姿に気味の悪さを覚える尋問官に対して後ろから(いさ)めるような同僚の言葉が飛んでくる。

 

「わかってるっての。あのウェル博士からのお達しとあっちゃ俺らは従うしかないからなぁ」

 

下っ端は辛いぜ、と笑いあう二人の耳に身動(みじろ)ぎした一騎の手錠がコンクリートと擦れる音が響く。

 

「おい!勝手に動くな!」

 

「どうせ何も出来ないんだから大人しくしてろよ」

 

口々に文句を言いながら一騎に近づく二人。倒れている一騎を両脇から引き起こしているところで一騎が小さく口を開く。

 

「……何時だ?」

 

「あぁ?」

 

「今は何時だ、と聞いている」

 

コイツ……!、と怒りを滲ませる右側に立つ尋問官だったが、まぁまぁ、と宥める左側の尋問官は腕時計を確認する。

 

「え~っと、お、もう19時か。日本で捕まえた訳だから……ええっと、バルベルデと日本の時差って何時間だ?」

 

「12時間だ。つーか、本部支給の腕時計なら自動で現地時刻になってるっつの」

 

それもそうか、と納得する相方に呆れる右の尋問官。気が抜けたのは一瞬だったが、一騎の前でその一瞬は致命的だった。

 

「そうか、なら──」

 

一騎の体の表面が炎に包まれる。一騎を支えていた尋問官たちは突如現れた熱を感じない炎に呆気に取られる。その間に一騎の体はゴーストライダーへと変身を遂げた。

 

「──俺の時間だ」

 

地獄の底から響くような声で告げたゴーストライダーは手錠を引きちぎると、両脇の尋問官を殴りつけて昏倒させる。手錠の破片を投げて監視カメラを壊したゴーストライダーはコンクリートに倒れ伏す尋問官を置いてドアを蹴破り外へと出た。

 

(まずは、動力炉だ。フロンティア(コイツ)を落とす)

 

「(職員は如何する気だ?)」

 

(猶予を作る。俺たちなら出来るだろ?)

 

「(然り、だ)」

 

手早く相談を終えたゴーストライダーは迷いのない足取りで通路を進んでいくとその先から複数の呻き声が響く扉があった。その上部には丁寧に動力室と表記されており、周囲の扉には動力棟と書かれており、AとBに分けられていたその先からも呻き声が聞こえていた。

 

(この声は……?)

 

「(罪人も居る。如何やらアルターを無理に引き出されているようだ)」

 

(……なるほど。こちらで正解だったようだな)

 

ゴーストライダーが静かな怒りを湛えてドアを蹴破ると部屋の中央にはコンクリートで舗装された台座とエネルギーを発する大きな球体が目に入った。周囲にはガラス張りの一人部屋が幾つも作られており、その中では老若男女問わず苦しんでいるアルター使いと思われる姿が見受けられた。

 

「あれが動力炉。いや──」

 

中央の球体へ進むゴーストライダーだったが、ただならぬ気配を感じて立ち止まると球体からにじみ出るように黒い怪物が現れる。

 

「──ネフィリムか」

 

轟音。そう呼ぶのが適切としか思えない咆哮を上げるその姿は怪獣と言われても違和感の無い威圧感を(かも)し出していた。2m近い身長を持つゴーストライダーも6mのネフィリムと相対してしまうと小さく見える。

 

「来るか。落とし子よ」

 

警戒しているネフィリムは棒立ちのまま問いかけるゴーストライダーの言葉に反応して咆哮とともに跳びかかる。

 

「怪獣とは──」

 

巨体から繰り出される体重が乗った右手の爪による攻撃。成人男性を優に超える大きさの腕から振るわれた()()は並みのアルターでは打ち砕かれてしまう程の一撃だが、その一撃はゴーストライダーの左腕のブロックで防がれる。そして、ゴーストライダーはブロックした腕のまま体を滑らせて前進。そのまま突き出した右腕はネフィリムの胸へと吸い込まれ、心臓を持ったままの右腕は背中へと貫通した。

 

「──(すべか)らく打倒されるものだ」

 

ゴーストライダーはそのまま心臓を握りつぶすとネフィリムの全身を炎で包む。断末魔の悲鳴を上げる間もなくネフィリムを焼失させた炎は中央にある球体を包みそのまま浸食するように周囲の地面や壁にも溶け込まれていく。その炎──ヘルファイアはあらゆる物を燃やし尽くす地獄の業火そのものであり、あらゆる無機物をゴーストライダーの武器として変貌させる超常の炎であった。そして、その炎を受けたフロンティアは今やゴーストライダーの手中にあるといっても過言ではなかった。

 

「……さて、これでいいだろう」

 

数秒ほど集中していたゴーストライダーが顔を上げると周囲で響いていた呻き声が止み、全ての部屋の電子ロックが解除される。周囲から戸惑う声が聞こえる中、ゴーストライダーが球体を殴り壊すと、その轟音に人々の視線がその原因であるゴーストライダーへと集まる。

 

「ここは沈む。お前たちは自由だ」

 

聞こえないはずの距離でさえ、いやにはっきりと聞こえた声に歓喜するアルター使いたち。暴威から解放され、立ち上がるその歓声を背にゴーストライダーは次なる標的の元へ向かうのだった。

 


 

「これは……一体!?」

 

驚愕するウェル博士だが、それも当然である。地響きとともに緊急事態を告げるサイレンが響いたと思えば壁を破って現れたゴーストライダーに掴まれる。そんな状態で平静を保てる人間はそういるものではなく、彼もそうではなかった。

 

「地下の動力炉。アルター使いはお前の案か?」

 

「だとしたら、どうします?私を殺しますか?」

 

常人であれば恐怖で卒倒しかねない声のゴーストライダーに対し煽るようなウェル博士の言葉。ピクリ、と反応するゴーストライダーだが、即座に首を絞める手に軽く力を籠めて眼前に引き寄せる。

 

「ッぐ……!?」

 

「お前は殺さん。だが、報いは受けてもらう」

 

「う、うわぁぁぁーーー!!」

 

冷たく言い放つゴーストライダーがウェル博士に贖罪の眼(ペナンスステア)を覗き込ませる。贖罪の眼(ペナンスステア)、本来は罪を付きつけて魂を焼く力があるが、それ単体に命を奪う力は無い。なぜなら、それは人生をやり直させる更生のための力でもあるからだ。そして、罪を付きつけるためには見る必要がある。今、ウェル博士の魂を見たゴーストライダーはその眼によって彼の全てを知るのだった。

 

(……この男、やはり外道だったか)

 

「(だが、其の手で命を奪ってはいない)」

 

ウェル博士の罪に絞り出すようなゴーストライダー──一騎の言葉に諭すような口調のゴースト。だが、怒りをぶつけるべき相手は魂を焼かれ、意識のないままゴーストライダーの手に掴まれていた。

 

(……分かっている。俺も、ゴーストライダーだ)

 

振り切るように言い放つゴーストライダーはウェル博士を左肩に担ぐと部屋にある端末を炎で溶かす。蒸発しつつ燃える端末をそのままに部屋から出たゴーストライダーは適当な通路に博士を捨てると、この建物の地下にあるアルターの精製施設へと向かうのだった。

 


 

燃え盛る建物、吹き飛ばされて気絶している警備員。精製されたアルター使いで構成される戦闘部隊が壊滅している様は正に阿鼻叫喚の地獄絵図であった。地下にある精製施設を破壊してそんな地獄を作り出したゴーストライダーは、地表中央の建物にあるデータセンターへと向かっていた。

 

「止まれ!止まらんと──ぶべっ!?」

 

「ひ、ひいぃぃ……!?」

 

「無駄だ。死にたくなければそいつを連れて逃げろ」

 

直にここは沈む、と冷たく言い放つと気絶する精製されたアルター使い──ダース部隊の一人と近くにいた研究スタッフらしき人物を放置して階段を上る。そして、しばらく通路を進んでデータセンターが目の前になった三叉路で右の通路から、緑色に輝く球体がゴーストライダーの眼前に飛んでくる。が、それを右手で軽く受け止めるとあっさりと握りつぶした。

 

「よくも僕の大事なタマを!」

 

ゴーストライダーが声の方へ顔を向けると、HOLYの制服を着たアルター使いが同じような7つの球体を浮かべながら、3m程離れた所からゴーストライダーを睨みつけていた。

 

「僕の名前は──ぐえっ!?」

 

「うるさい、黙っていろ」

 

「あぁ!?B級アルター使いが一瞬で!?」

 

ゴーストライダーは自己紹介をする間も与えず、巻いていたチェーンでアルター使いを引き寄せて叩き伏せる。一瞬の出来事に驚く事務スタッフらしき人物を置いてデータセンターへと入ったゴーストライダーはコンソールを操作する。やがて、目当ての情報に行きついたのか画面を静かに見つめる。

 

「これは、好都合だな」

 

ウェル博士の部屋と同じようにサルベージ不可能な程に部屋を焼き尽くすと倒れているB級アルター使いから無線機を奪う。

 

「ひっ!?」

 

怯える事務スタッフを放置してゴーストライダーが指笛を吹くと、違和感を感じたスタッフは背後を振り向く。すると、通路の向こう、何も無いはずの空間がぽっかりと開いて中から車輪が炎に包まれたアメリカンバイク──ヘルバイクが現れてゴーストライダーの真横、右の通路に頭を向ける形で滑り込む。

 

「……バイ、ク?」

 

「ここは沈む。そいつを連れて逃げると良い」

 

バイクに跨りながらスタッフに忠告するゴーストライダー。だが、その行動に疑問に感じたスタッフは何とはなしに声をかけてしまう。

 

「あの、あなたはどうするんですか?」

 

「俺は……こちらから出る」

 

ゴーストライダーの言葉にヘルバイクのエンジンが轟音を上げる。地獄(ヘル)の名を関するに相応しいこの世の物とは思えない音にスタッフは身を縮める。

 

「ひっ──え?」

 

困惑するスタッフを他所に轟音を響かせるヘルバイクがその軌跡に炎の(わだち)を残しながら真っ直ぐに通路を疾走して視界から消える。やがて響く大きな破壊音と衝撃にスタッフが通路を覗き込むと、その先には大きく破壊されている壁だったものと、外へと続く炎の轍、そして、文字通り空を走るヘルバイクに乗るゴーストライダーの後ろ姿があった。

 

「……あ、早く逃げないと!?」

 

あまりの衝撃に呆気に取られていたスタッフだったが、先ほどのゴーストライダーの言葉を思い出して脱出のために倒れているアルター使いを引きずっていくのだった。

 


 

 

付近を飛行中の本部が壊滅、その一報を受けたHOLYバルベルデ支部は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。さらに、既に墜落を始めていることもあって支部長会議は紛糾し、他の支部からは救助艇が送られるかすら怪しくなっていた。そんな中、つい数時間前に任務を終えて帰還したカズマは待機要請が出ているにも関わらず、墜落している本部を車庫から眺めていた。

 

「燃える髑髏(どくろ)のアルター使い、か……へっ、ビッグ・マグナム程度じゃ物足りなかったからなぁ」

 

満足させてくれよ、猟犬さんよぉ、と呟くカズマ、その顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。報告にあった燃える髑髏のアルター使い──それが以前に自分を転生させた存在から聞いた転生者を狙う猟犬であると確信しており、楽しそうに見上げる先には雲一つない夜空に月が輝いていた。

 

「つっても、ここからあそこまで飛ぶわけにもいかねーからなぁ」

 

どーすっかなぁ、などとボヤいていると無線機に緊急連絡が入ったことを伝える信号音が鳴り響く。咄嗟に応答すると地獄の底から響くような声が流れてきた。

 

『NP3228、表に出てこい。繰り返す。NP3228──』

 

「来やがったなぁ!」

 

通信の内容を聞いて飛び出したカズマは支部の広場に出て仁王立ちになる。

 

「さぁ!俺はここだぜ、燃える髑髏のアルター使いさんよぉ!!」

 

大声で宣言したカズマの前に急に影が差す。気配に気付いて空を見上げるとヘルバイクに乗ったゴーストライダーが目の前に飛んで来るところであり、そのまま横滑りしてバイクが止まる。顔を上げた異形の魂を見抜くような視線と異質な気配に思わず飛び退いたカズマの全身が総毛立つ。

 

「へ、へへ……見つけた。見つけたぞ!!」

 

「ああ、見つけた」

 

獰猛な笑みを浮かべて楽しそうに叫ぶカズマと対照的に感情を感じさせない声のゴーストライダー。その距離およそ6m程。悠然とバイクを降りるゴーストライダーにカズマは右手を突き出し、人差し指から小指へ握りこんで最後に親指を握って拳を作る。

 

()()()()からつかみ取ったこの力、随分と持て余しちまったが──」

 

拳を作ったカズマの動きに連動して体が発光し、周囲の地面が抉れていくと、右目から右肩、右腕へとアルターが再構成されていく。

 

「──アンタみたいな化け物ともやり合えるんだ──」

 

再構成されたアルター──シェルブリット・第二形態となった右腕の手の甲を相手に見せつけるようにして、拳を上に向けて内側へと肘を曲げる。

 

「──転生者(アルター使い)も悪かねぇ、そう思うだろ?あんたも!!」

 

臨戦態勢を整えたカズマは強くゴーストライダーを睨みつける。対するゴーストライダーはバイクを降りた状態から一歩も動かず、その成り行きを見ていた。

 

「……」

 

「見下してんじゃねぇーー!!」

 

途端に噴出するアルター粒子。その勢いで飛び出したカズマは右腕を振りかぶる。

 

「シェルブリットォ・バーストォォー!!」

 

振りぬいた輝く拳がゴーストライダーに突き刺さる。が、その一歩手前で左腕に拳を受け止められ、カズマの体が空中で止まる。

 

「なッ──」

 

「遅い」

 

驚愕するカズマ。逆にその隙を突いたゴーストライダーの炎を纏った右手が振りぬかれる。しかし。

 

「──なんてなぁ!」

 

「ぬ……!?」

 

一際カズマの右腕が輝くと、左腕にも再構成されたアルターによってゴーストライダーの拳が掴み取られる。力が拮抗しているのか、カズマが地面に降り立つと二人は組み合ったまま動かなくなる。

 

「こんのぉ!!──があっ!?」

 

組み合った状態から同時に頭突きをする二人。だが、身体的な強度のせいか、カズマだけが仰け反ってしまい、バランスを崩す。

 

「しまっ──」

 

「隙だらけだ」

 

「──ぐおぉ!?」

 

一瞬、均衡が崩れたタイミングで力の籠められたゴーストライダーの右の拳が、受け止めていたカズマの左手ごと顔面に叩き込まれた。勢いのまま吹き飛ぶカズマだったが、途中で地面に右の拳を突き立てて回転しながら勢いを殺して着地する。左手で口元を拭ってから獰猛な笑みを浮かべて再度、構えを取るカズマと振りぬいた拳を戻して棒立ちになるゴーストライダー。図らずも仕切り直しになり、向かい合う二人。その構図は先ほどと似ているが、状況はカズマにとって不利になりつつあった。

 

「……一つ問う」

 

「あぁ?……何だよ」

 

一触即発の空気の中、不意にゴーストライダーから出た問いに出鼻をくじかれた形になったカズマは構えたまま不機嫌そうに応じる。

 

「お前は()()で満足か?」

 

「ハッ、まだだよ、こんなんじゃ全然満足できねぇ。足りねぇなぁ!」

 

不意に構えを解くカズマ。その右手が強く光り、それに合わせて左手も強く光り始める。

 

「だから、もっと、もっと!──」

 

光が強くなっていきやがて全身を包む。明らかに隙だらけの恰好のカズマだが、ゴーストライダーはその変化を眺めているだけだった。

 

「──もっと、かぁがぁやぁけぇぇぇーーー!!」

 

やがて、目の眩むような閃光が収まるとカズマの全身にアルターが再構成される。それこそがかつての強敵を打倒したカズマの最強の姿──シェルブリット・最終形態であった。

 

「お前の行く先は俺が見せてやろう」

 

「へっ、ようやく本気になったかよ!てめぇ、名前は何だ!」

 

「……ゴーストライダー」

 

「ゴーストライダーか、オッケー刻んだ。なら今度は俺を刻め。俺の名前を、カズマと言う名前を!」

 

力強く楽しげに宣言するカズマに対し、微動だにしないまま冷たく返すゴーストライダー。二人の間に再び、一触即発の空気が流れる。

 

「さぁ、見せてやる!これが、これだけが!俺の、自慢の、拳だぁぁぁ!!」

 

勢いよく突き出された一撃はこれまでの戦いで放たれた中でまさしく最高と言っても過言ではない鋭さだった。迎え撃つゴーストライダーは右手を前に出してそれを左手で支える。カズマの拳が狙うのは前に出されたその右手。自らの拳に絶対の自信を持つが故のその選択は彼の性格上、避けられないものであった。そして。

 

「ぐっ!?」

 

止められる拳。宙に浮いたままのカズマ。先ほどの焼き直しにも見えるその構図だが、今回は違う点があった。一つは二人とも既に両手を使っていることこと。そして、もう一つは。

 

「……!?」

 

「まぁだだぁぁぁ!!!」

 

カズマはまだ追撃を残していることであった。勢いよく地面を踏みぬいたカズマはアルター粒子を噴出させ、さらに加速する。過去最高を超えるまさに彼の自慢の拳と呼べる一撃は両手の甲から放たれる光によって見えなくなる。そして、その一撃の終わりには一際大きな閃光が迸った。

 

「ゼェ、ハァ、これで──」

 

「満足したか?」

 

「──なっ!?」

 

光が収まると全身に絡みついた鎖で立ったまま地面に縫い留められながら両の拳を片手で掴まれているカズマと、ほんの少し地面を削った以外は無傷のゴーストライダーの姿があった。

 

「ここからは俺の番だ」

 

「っ!?……ぐっ、がっ、あぁっ!?」

 

そこからは一方的だった。ひとりでに鎖が解けると炎を纏った左の拳が顔面に数度叩き込まれ、その衝撃にふらつくカズマは堪らず退こうとするが、掴まれた両の拳ごと引き寄せられる。

 

「ぐおっ!?……ごあっ!?」

 

ガラ空きのカズマの胴体に左の膝蹴りが打ち込まれると同時にゴーストライダーの右手からカズマの拳が解き放たれる。地面から平行になり浮き上がるカズマは、自らの左拳を右手で包んで踏み込んだゴーストライダーのダブルスレッジハンマーを受けて、そのまま地面に叩きつけられる。

 

「……まだ余裕があったか」

 

「ぐぅ……く、くそっ、たれ……」

 

立ち上がろうとするが、ダメージのせいで動けないでいるカズマ。何とかアルターは維持しているが、それが解けるのも時間の問題であった。

 

「寝ていろ。直ぐに終わる」

 

「まだ、だ……俺、はぁ……があっ!?」

 

ゴーストライダーはダメ押しの一撃として倒れ伏すカズマの背中を踏み抜かんばかりの勢いで炎を纏った右足を打ち付ける。あまりの衝撃にカズマの全身を覆っていたアルターが解除されていく。

 

「……大人しくしていろ」

 

「ちく、しょう……うらぁっ!」

 

首を掴まれて持ち上げられるカズマ。眼を合わせられる前にカズマは最後の力を振り絞って右手でゴーストライダーの顔面を殴りつける。

 

「……」

 

「へ、へへっ……意地があんだよ……男の子にはなぁ……!」

 

ただの拳に大した威力もなく、ゴーストライダーの顔を押す程度でしかない。だが、そこには確かに偽物であってもシェルブリットのカズマを名乗る男の矜持が存在した。

 

「それがお前の全てか?」

 

「あぁ……これが、俺の、自慢の、拳だ……」

 

「……そうか。では、これがお前の行く先だ」

 

満足げに言葉を絞り出すカズマに対して冷たく言い放ったゴーストライダーはゆっくりと贖罪の眼(ペナンスステア)を覗き込ませる。

 

「ぐ……う、あ……あ」

 

カズマが最後に見たのは、自らが生み出した転生前の世界が壊れて行く地獄のような光景だった。そして、その地獄の被害者と彼を切っ掛けに発生したアルター犯罪の被害者、その両方の痛みを一身に受けたカズマはその苦しみを味わいながら、魂ごと体を焼き尽くされるのだった。

 

(……所詮はこいつも転生者、か)

 

「(然り。だが、奴には矜持(きょうじ)が在った)」

 

(……それでも、罪は裁かれなければならない──それが、俺たちの使命だ)

 

燃え尽きた灰の山を憐れむように一瞥したゴーストライダーは遠巻きに周囲を取り囲むHOLYを無視してヘルバイクに跨ると轟音を響かせて夜空の向こうへと飛び去って行くのであった。

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