是非、原作をお読みになってくださいね。
「開門!」
団長のキース・シャーディスが声を張り上げる。
「うぉー!!!」
兵士たちは彼に続き、声を張り上げる。
右手に握ったブレードを高く掲げて。
「滾るねぇ!今日はどんな子と会えるかなぁ…」
私の横でニヤニヤと眼鏡を光らせているのは、変態。
ハンジ・ゾエだ。
「なぁに無神経なこと言ってんの、ちょっとは空気読みなさいよ」
私の声など聞こえていないのだろう。
彼女の瞳には既に、門外の広大な大地だけが写っている。
私の目の前に位置するのは、兵団に配属されたばかりの新兵。
ブレードを握り、ふりあげた拳を震わせている。
丸まった背中からは、後悔しか感じられない。
今日死ぬかもしれない恐怖に、直に触れてしまったのだろう。
事実、大半の兵団員にとって、壁外が死に場所となる。
シビアな世界だ。
「じゃあ、またね!ミサト!」
爽やかに遠ざかっていくハンジ。
きっと、壁外を国立公園か何かと勘違いしているのだろう。
またね、と軽々しく言ってしまうのがハンジなのだ。
ランゴーン、ランゴーンと、なぜか身震いしてしまう鐘の音。
さあ、また始まる。
兵站拠点の設置と、巨人研究のための、地獄が。
手網を握り直す。
手のひらに爪が食い込むほど、強く。
窓から顔を出した子供がキラキラした目を向けている。
彼らはまだ、知らない。
緑のマントが赤黒く染まる瞬間なんて、見たことがない。
壁門をくぐる度、私は同じことを考えるようにしている。
私だって、調査兵団に所属している限り、命を失わぬ保証はない。
ならば私をここまで駆り立てるのは何だ、と_____
「ミサト分隊長、右翼前方より赤の煙弾です!」
「そうみたいね」
パァアン!と耳をつんざく、信煙弾の音。
破裂音が耳から脳天を走り抜け、目の前にチカチカ電気が走る。
危うく馬から落ちそうになった。
「分隊長!煙弾を打つときは耳を塞いでください!」
「うん…分かってるわよ」
_____結局、私は復讐心だけで生きている。
私を駆り立てたのは、父の死だ。
父を殺した巨人を、私は殲滅しようと誓った。
そうすることで、この不可解な世界への懐疑心を殺している。
とは言っても、実際のところ、私はこの手を汚したことがない。
巨人を一体も殺したことがない第六分隊長、ミサト・シュロス。
そんな、私が分隊長をやっている意味不明な事実も、
エルヴィン・スミスの胸勘定によれば、妥当らしい。
人に見えないものが見えている、本当に恐ろしいヤツ。
「…エルヴィンの野郎、私がなんて呼ばれてるか知ってんのかしら」
向かい風の中、馬の雑踏の中。
広い壁外では、私が発した小さな愚痴など、誰にも届かず消えていく。
「兵団の"お荷物分隊長"、よ?…カッコつかないじゃない。」
ここは、長距離索敵陣営の、中央後方。
少しくらい嫌味を言ったところで、前線の金髪に聞こえたわけがない。
「エルヴィン分隊長、右翼前方より赤の信煙弾です!」
「ああ。」
「左翼側へ迂回する。いいな、エルヴィン。」
「はい。構いません。」
キース・シャーディスに続き、緑の煙弾を左翼側へ放つ。
パァアン。
耳を切り裂くようなこの音にさえ、慣れてしまった。
なんとなく中央後方を見やる。
彼女の姿など、肉眼で見えるはずがないのだが。
振り返った私の小さな仕草に気づき、リヴァイが馬を近づけてくる。
「オイ、エルヴィン。
まさか、またあの女を後ろに置いてるなんてことはねぇよな。」
リヴァイの華奢な人差し指が、中央後方を指す。
その鋭いグレーの瞳は、私への懐疑心をはっきり移している。
「その通り、ミサトは中央後方だ。
警護のため、ナナバ班を前後につけている。」
中央後方は、長距離索敵陣営において最も安全な配置だ。
ミサト・シュロス。
彼女は兵団の宝だ。宝物は、守らなくてはならないのだ。
「…エルヴィンてめぇ、何考えてやがる。」
「作戦に集中しろ、無意味に陣形を崩すな。リヴァイ。」
ミサト。君はただ、前を向いて走ればいい。
その中で君は兵団を見、世界を見る。そして考えるだろう。
ミサトは天才だ。
兵団の中枢には、彼女のような人間が必要不可欠なのだ。
「ミサト分隊長、やや東へ進路を変更するようです」
「りょーかいっ」
_____「ミサト班はミサト・シュロスを死守せよ」
エルヴィンからの指示だ。
私が参加した壁外調査は過去六回。
そのうち、最近五回、私の班には同じ指示が下されている。
そして毎度、中央後方に配置される。
ミサト班、そして今回はナナバ班のみんなからも、守られている。
つまり私は、
巨人と戦う前線の兵士でありながら、守られる立場でもある。
私にとって壁外調査とは、ただ走ること。
目の前で仲間が喰われているのを、
陣形を成す人間が減っていくのを、馬に座り見ている。
ただ、エルヴィンに生かされている。
彼の言うがままに、私は生かされている。
理由を問うたとて、まともな答えが返ってきたことはない。
いつも変わらない。
「君は兵団の宝だからだ。その時が来れば分かるさ」と_____
パァアンと、赤い煙弾。
「…左翼前方、ね」
「っひゃっほーう!」
遠くから、音符つきの奇声が聞こえる。
あれは奇行種…否、ハンジだろう。
私にとって、自由とは彼女だ。
壁外もエルヴィンも、何も恐れない彼女は、まさに、自由。
「ミサト分隊長、煙弾は私が。」
さっきの失態を見て、部下に気を遣われている。
煙弾も打てない、さすがはお荷物分隊長だ。
左翼前方、左翼前方。左翼前方には、確か…
「待って…!煙弾、打たなくていい。」
左翼前方。ここからだと米粒大だが、おそらく7~8m級巨人が二体。
そして、飛び上がった小さな人間が一人。
宙を舞い、回転を使い、アンカーを刺すまでの無駄のない動き。
「左翼前方にはリヴァイがいた。信煙弾は、必要ないわ。」
二体が倒れた振動が、地面を伝って届いた。
エルヴィンの指示か、それとも、キース団長の指示か。
リヴァイが戦えと言われるのは、信頼に足る人物だからか。
"人類最強"とはよく言ったものだ。
壁内でも壁外でも、彼はヒーローなのだから。
「すごい…あれがリヴァイ兵士長か。」
ほら、こうやって兵士はみな、口をあんぐり開けている。
いいな、兵団のお荷物とは大違いで。
私より四つも後輩のくせに、ただ単純にうらやましい。
唇をグッと噛み締める。かすかに血の味がする。
「ミサト分隊長!リヴァイ兵士長がいれば、人類は安泰ですよね」
目の前の彼は、歯を出してはにかんでいる。
なんともマヌケな顔。
オルオ・ボザド。
今回初めて私の班に配属された、そこそこ腕の切れる若い兵士。
リヴァイを追う彼の瞳は、キラキラと輝いている。
…おまけに鼻息も荒い。
「そうでもないわよ。この世に"安泰"なんてものはないし」
「え…」
オルオは、きっと、まだ夢を見ているのだろう。
この血みどろで不明瞭な世界で、どうして人類が安泰だと思える?
きっとまだ、目を背けているからだ。このおかしな現実から。
「今ここは、立体機動を使える環境じゃないでしょ?
例えば、三十体。同時に襲ってきたら、戦えもせずにみんな死ぬ。
リヴァイだってたぶん、せいぜい"戦える"くらいのもんよ」
「そう、ですが…」
目の前のオルオは、瞬きしながら目を白黒させている。
ちょっと可哀想なこと言っちゃったかな、なんて、反省反省ッ。
「でもまぁね、みんなで壁の中にいても、いつか世界は終わるのよ。」
オルオに向かって、できるだけ優しく微笑んだ。
安心してほしい。
調査兵団に所属している、君のその意思は間違っていないから。
そう、いつか終わるからだ。
世界は、壁の中だけでは物足りないらしい。
ないものは、どうしても欲しくなる。例えば自由とか。
「だから、私たちの心臓を捧げましょう。安泰を手に入れるために」
「はあ、そうですが…」
彼の不満の滲む返事を聞いた後、もう終わり、と前を向いた。
いつか分かるよ、オルオ。
あなたにも、夢を見ていられなくなる日が来る。悲しいことにね。
私は確信している。
誰が作ったかも分からない壁の中で
コソコソ生きる人類には、明るい未来なんてないよ。
風が髪を撫で、ハラハラと舞った。
そう遠くない未来、何かが分かる予感がした。
◇現在公開可能な情報
ミサト・シュロス。
彼女の真価を認めるのは、兵団のほんの一部の人間のみ。
討伐数 0体。討伐補佐 0体。
にも関わらず、キースの一任で第六分隊長となった。
その裏に、エルヴィン・スミスの働きかけがあったのではと噂されている。
彼女のつかみ所のない雰囲気のせいか。
エルヴィンを筆頭とする上官たちから、えこひいきを受けているせいか。
周りの兵士からは、“近寄りがたいお荷物分隊長”と揶揄されている。