年下少女漫画家とドキドキ!? 共同生活! 作:チャンドラ=グプタ
瞳と遊園地に行ってから三日明け、俺は打ち合わせ場所であるファミレスに訪れていた。
ファミレスで、すでに千尋さんが座っているのが見えたため、千尋さんが座っている席へと向かった。
瞳から解雇宣言されてから、俺は実家に戻ることにした。一度、瞳が住んでいるマンションに訪れるも瞳は出てきてくれず、LINEや電話でコンタクトを試みるも、全く駄目であった。
「お疲れ様。それじゃ、打ち合わせ始めましょうか」
「そうですね」
俺は椅子に座り、昨日でやっと完成させた一話目のネームを取り出そうとした。
「どうかしたの? 健二くん。なんか元気なさそうだけど」
「いえ、なんでもありません。これが一話目のネームです」
一話目のネームを鞄から取り出し、千尋さんに差し出す。千尋さんはネームを受け取ると、ものすごく真剣な表情でネームを読む。
ものすごい速さで読み会えると、『こほん』と咳払いし俺の方に視線を向ける。
「読み終えたわ」
「ど、どうですか?」
「はっきり言うわね。全然ダメ」
千尋さんはバッサリと切り捨てた。嫌な予感はあった。だが、ここまで面白くないと千尋さんに言われるのは久々である。
「そ、そうですか……」
「最初の方は引き込まれたけど、段々となんか単調になっていくというか……っていうか最初の方と途中の方で別の人が作ったみたいな感じなんだけどやっぱり何かあったの?」
多分、最初の方というのは俺が瞳から解雇宣言される前に描いたところであろう。
それ以降は瞳に解雇宣言された後に描いたものだ。
あの時以来、俺は全く漫画……いや、何もかもが手につかなくなった。
「千尋さん、実は……」
俺は覚悟を決め、遊園地での出来事を話すことにした。
瞳が俺とずっと一緒にいたいと言ってきたこと。
それに対し、俺はずっと一緒にはいられないと否定したこと。
そして、解雇宣言を受けたこと。
それらを隠すことなく、千尋さんに伝えた。すると、千尋さんは呆れたように大きなため息を吐く。
「健二くん、あなた本当に鈍いわね……」
「に、鈍い……?」
「そんなの好きって言ったようなものじゃない」
「瞳が、俺をですか?」
俺を……どうして俺なんかを。
「そうよ。好きじゃない相手と一緒に水族館とか遊園地に行くわけないでしょ。健二くんは岩泉先生のこと、どう思ってるの?」
「どうって……立派な漫画家だと思ってますよ。漫画に関していつも真剣で尊敬する先生だと……」
「そうことじゃない。異性としてってことよ……」
「異性としてですか……?」
異性としてか……考えたこともなかった。いや、考えないようにしていたのか?
普通に可愛らしい容姿をしているとは思う。だが、一緒に仕事をしていたせいか、恋人になるとかそういう視点で見たことはなかったような気がする。
「わ、分かりません……」
「そう。けどね、健二くん。ちゃんと答えてあげなさい。そうじゃないと……お互いに不幸になるだけよ」
「そう……ですね」
「そういえば、あの子の家族のことは知ってる?」
「いえ、詳しくは。今はいないとしか」
「あの子の両親はね、小さい頃事故で亡くなったのよ」
事故か。瞳からは死因を聞いていなかったが大方予想通りである。
「えっと、交通事故ですか?」
「そうね。あの子の両親が車で買い物に行った時、トラックに衝突されて亡くなったみたい」
「それは、不幸というか……」
「あの子、両親との思い出があまり無いけど、絵のことで両親に褒められたことが強く記憶に残っているみたいなの。だから、漫画家を目指したんですって」
「そ、そうなんですね」
瞳が漫画を描き始めたのは家族との思い出がキッカケか。だからあれほど熱量のある漫画が描けるのかもしれない。
「あの子はああ見えてね。割と寂しがり屋なのよ。ちょっと分かりづらいと思うけど。ちゃんとあの子の気持ちに向き合ってあげてね。というわけで明日までに答えを出しなさい」
「そ、そんな無茶な! 一週間は考えたいと思ったのに!」
「そんな時間はないわ。漫画家は時間との戦いなのよ! 今のままじゃ、岩泉先生にも悪影響が起こるわ。いい? 明日の十二時にまたこのファミレスに来て。一緒に岩泉先生のところに行きましょ」
「千尋さんも付いてくるんですか!?」
それはつまり、告白の答えを千尋さんの前で答えるということだ。なんだその罰ゲームみたいな展開は。
「逆よ。健二くんが私に付いてくるのよ。岩泉先生、健二くんと会ってくれないんでしょ?」
「た、確かにそうなのですが……」
「というわけだから、また明日ね。ネームの直しはこれが解決してからにしましょ」
「は、はい……」
千尋さんと別れた後は家に帰ろうと思ったが、なんだか帰る気にはなれず、漫画喫茶にでも寄ろうと思い、近くの漫画喫茶へと向かうことにした。
「おい」
店の中から入ろうと思ったら不意に背後から誰かに話しかけられた。
振り向くと、そこには銀髪の青年――郡山一志先生が立っていた。
「こ、郡山先生……」
まさかこんなところで出くわすとは。
「『まさかこんなところで出くわすとは』とでも思ってそうな表情だな」
「え、エスパーですか!?」
「伊達にギャンブル漫画描いてるわけじゃねぇよ。ある程度、相手の思考はある程度は読める。どうだ? ちょっと喫茶店で話でもしないか?」
郡山先生に誘われ、俺たちは漫画喫茶の隣にある喫茶店の中に入ることにした。
喫茶店の中には数名の客がおり、ノートパソコンを広げて何やら作業している者や、本を読んでいる者がいた。
「いつもここで話を考えてるんだ。なかなか良い場所だろ?」
「確かに良い場所ですね」
店内はゆったりとしたBGMが流れており、洒落たアンティークが置かれている店内は隠れ家的な雰囲気があってインスピレーションが湧いてきそうである。
「何か注文するか? 俺のオススメはエスプレッソとショートケーキだ。俺はこれを注文する」
「じゃあ、俺も同じものを注文します」
店員を呼び、エスプレッソとショートケーキを二つずつ注文した。
「なぁ、その敬語やめないか? 健二……だったよな? あんた、俺より年上だろ?」
「ま、まぁ……」
「なら敬語はなしにしてくれ。俺も普通に話すから。俺のことも普通に一志と名前で呼んでくれ」
「わ、分かったよ……」
「それじゃ、早速本題に入りたい。前の勝負のことだが」
「うん。結局引き分けになってしまったわけだけど……」
読み切りの順位で勝敗を決めるという勝負。俺が勝てば一志が瞳と関わるのをやめ、俺が負ければ瞳のアシスタントを辞めるという話だった。
「そうだ。だからこそ、今度は別の形で勝負を決めたい」
「別の形?」
「ああ。次の連載会議でどっちが連載になるかで勝負しないか?」
連載会議で勝負か……少なくとも今の状態では勝ち目なない。それに――
「それは……もうあまり意味のない勝負かもしれないな」
「どういうことだ?」
「実は俺、岩泉先生のアシスタント、クビになったんだ」
「なんだと? それは本当か」
一志は俺が首を言い渡されたことを聞き、かなり驚いているようである。アシスタントをクビになるなんて普通はないからな。
「ああ」
「一体、何があったんだよ? 何か瞳に変なこととかしてないだろうな?」
一志の口調が強くなる。返答次第では許さないといった感じだ。
「何もしていないよ。それに、さっき一志が言った勝負だが、俺が勝っても意味ないだろ? 連載するとしたらどうせアシスタントを辞めることになるんだから」
「確かにそうだな。だが、何もしてないなんてことはないだろう。現にクビになってるんだから」
「はは、そうだな。一志は瞳のこと、まだ諦めきれないのか?」
「ああ。そうだ。諦めきれない」
一志が力強く肯定する。瞳の話を聞いていた時は単に独りよがりな束縛者というイメージがあったが、少しばかり一志のイメージが変わった。
「漫画家としてのあいつも純粋に好きだし尊敬しているが、俺は女性としてあいつのことが好きだ」
「なら、ちゃんとそのことを伝えた方がいいだろ」
「伝えたよ! 伝えたけどダメなんだ。どうしても拒絶される。もちろん俺が束縛しすぎたりしてしまったっていうのもある……正直、どうしたらいいのか分からない」
一志は過去の行いを悔いているようだ。好きという気持ちが空回りしすぎたのだろう。
しかし、俺にはそんな経験一度もないから共感することも、アドバイスしてやることもできない。
「勝負した相手にこんなことを聞くのは本当に屈辱的なんだが……俺は一体どうしたらいいと思う?」
藁にもすがる思いで訊いたのだろう。だが、俺には答えることができない。答えなど分からない。
「すまない。俺には分からない」
「そう……だよな……」
「お待たせしました。エスプレッソとショートケーキになります」
店員がエスプレッソとショートケーキをテーブルに置いた。一志がコーヒーを一口、飲む、ショートケーキをナイフで一口サイズに切ると口に運んだ。
「ギャンブル漫画を描いてるおかげで相手の心理をある程度分かるのに、あいつの考えや何をしたら喜んでくれるのかさっぱり分からなねぇ。ま、そういうミステリアスなところが好きだったわけだが」
懐かしむような口調で一志は呟く。そんな彼を見て、俺が瞳から告白を受けたこと、やはり話しておかなければならない気がした。
「なぁ、一志聞いてほしいことがある」
「なんだ?」
「俺……岩泉先生……いや、瞳から告白されたかもしれない」
「なんだと!?」
一志に遊園地での出来事を告げた。余すことなく全て話し終えると怒っているのかプルプルと身体を震わせている。
「なるほどな……やはり、瞳はお前を選んだのか」
「だ、だがまだ好きだと言ったわけじゃ……」
「お前も本当に鈍いな。今時、はやんねぇタイプの主人公だぞ。それは」
「俺は漫画の主人公じゃないよ」
「主人公になりきって漫画を描く。それが漫画の基本だろ?」
「い、いや……確かにそうなんだが」
「ずっと一緒にいたいか……あいつらしい答えだな。それで、健二はどうなんだ?」
「ど、どうって……」
「瞳のこと、好きなのか?」
どうなんだ俺は。瞳のことが好きなのだろうか。仕事の時はともかくとして、それ以外は妹と接するような感覚であった。
「わ、分からない……」
「ふん、そうか分からないか。俺なら即答で好きって言うんだがな。考えても答えが出ないっていうならじっくり考えるんだな」
「あまり、考えている時間もないんだけどな……」
「どういうことだ?」
千尋さんから明日までに答えを出すよう言われいてることを一志に伝えた。
「お前らの担当、色々とぶっ飛んでやがるな」
「ま、まぁ……確かに」
否定はできない。アシスタントする時も心底驚かされた。編集者は千尋さんほどぶっ飛んでいなければやっていけないものなのかもしれないが。
「しかし、明日までに答えが出せないってんならちょっとばかし俺も手伝ってやるとするかな!」
「そ、それは一体どういう……」
「今から俺が出す質問にイエスかノーで答えろ。もし、分からない場合は分からないと答えてくれ。その結果を元に健二が瞳を好きなのかどうか判断する」
「なんだよ、その判断基準……」
そんなフローチャートのようなやり方で俺が瞳を好きかどうか判断するというのか。
「俺は理論派だからな。自分のことはともかく、他人の行為は客観的材料で判断するしかない。まずは一つ目の質問だ。瞳の漫画は好きか?」
「ああ。好きだ」
はっきりと肯定する。元々俺は『桃仁少年』のファンであった。そして、アシスタントをすることでより『桃仁少』年の魅力が分かったと言えるだろう。
「聞くまでもなかったか。二つ目の質問だ。瞳と一緒にいるのは楽しいか?」
「ああ、すごく楽しいよ」
連載が取れなくて焦りを感じていた。アシスタントを始めてからも連載を取らなければという思いは確かにまだあった。
だが、瞳と出会ってから確かに変わったのだ。とても楽しかった。紛れもなく楽しかった。
「そうか。三つ目の質問だ。瞳といるとドキドキするか?」
「え? す、少しドキドキするかな」
そう答えると、一志の表情が険しくなった。一志は勢いよくコップになったコーヒーを全て飲み干す。
「あれほどの美少女を見て、少ししかしないのか?」
「な、なんというかその……瞳を見ていると落ち着くというか安心感がある」
「な、なんだと……そんなのまるで夫婦じゃないか」
「ふ、夫婦!?」
一志の口から驚くべきキーワードが飛び出し、思わず狼狽した。
「普通、異性と同じ屋根の下で暮らせば緊張するもんなんだよ。それを安心なんて、もう家族レベルだろう」
家族――そうか家族か。一志の言う通り、元々成り行きで瞳と一緒に暮らすことになったのだが、思ったよりあっさりと受け入れ、その生活に適応することができた。
家族並みに相性がいいのかもしれないな。
「四つ目の質問だ。瞳の良いところが十個以上思いつく」
「思いつくよ」
「そうか。なら、とりあえず十個上げてみてくれ」
……この場に本人がいなくて本当に良かった。いたら恥ずかしくて爆死しそうだ。
「まず一つ目は漫画への情熱が深い」
これは言わずもがな。瞳の漫画への情熱には本当に驚かされる。俺以上にいつも漫画のことで頭がいっぱいで驚かされる。
「仕事が早い。プロ意識がある。締切を絶対に間に合わせる」
一気に瞳の良いところを三つ挙げた。瞳と仕事をしていて思ったことを述べる。
クオリティを下げることなく、締切に間に合わせる為に最善を尽くす。
プロとして、当然と言えば当然の行為なのだがこれを守れているものは何気に少ない。
どうしたって厳しい締切に間に合わせるために妥協をすることはある。
しかし、瞳は絶対にそんなことはしない。
「漫画のことばっかりだな。漫画以外のことで挙げてみろよ」
「ああ。気配りが聞く。優しい。ちょっと天然だが見ていて癒される。あと……か、可愛い……」
言っていて思わず顔から火を吹き出しそうになる。とても恥ずかしい。
「ま、俺が惚れた女だし当然だな。それじゃ、最後に三つ挙げてみろよ」
「一緒にいると安心感がある。なのに、いつも少し無理しすぎて危うさがあってなんとかしてあげたくなる。だから……」
そうか。ようやく分かってきた。俺が瞳にしてあげたいこと。俺がやりたいこと。
「一緒にあいつの側と歩いていたいと思わせるんだ」
気がつけば、自分の目から雫がこぼれ落ちていた。自分でも驚きである。
どうして泣いているのか、自分でもよく分からない。
自分の思いを述べると、一志は何かを悟ったように目を瞑り、軽く息を吐いた。
「なるほどな。俺の思った通りだ最初から答えが出てるじゃねぇか。一応、聞くぞ。最後の質問だ。今すぐ瞳に……会いたいか?」
「ああ。会いたい、会いたいよ!」
今すぐにでもこの場から去って瞳と会いたい。
瞳と過ごした日々はとても充実していて楽しいものであった。なのに、自分の気持ちを押し殺し、連載の為だからと気づかない振りをしていたのかもしれない。
本当に愚かものである。例え俺が瞳のアシスタントじゃ無くなったとしても、心の中で俺は瞳と一緒にいたかったのだ。
「お前はやっぱり瞳のことが好きなんだな。最初に会った時から薄々気づいていたけどな。瞳もお前を選んだみたいだ……俺はもう瞳のことは諦めるよ」
一志は立ち上がり、伝票を手に持って立ち去ろうとした。
「か、一志! ありがとう。本当に、ありがとう!」
一志は振り向かずに足を止めた。
「瞳を傷つけた俺が言うのもなんだが……あいつのことよろしく頼む。あと」
顔をこちらに向け、闘志に満ちた表情で、
「漫画じゃお前に……いや、『お前達』に負けないからな」
宣言してきた。勿論、俺だって負ける気など全くない。