年下少女漫画家とドキドキ!? 共同生活! 作:チャンドラ=グプタ
次の日、俺は千尋さんの約束通り十時にいつものファミレスに訪れていた。
「お待たせしました」
「お疲れ様。健二くん。よく約束通り来てくれたわ」
「締切を守る。漫画の勤めですから」
もうすでに答えは出ている。いや、これから俺がすることは自分の思いを瞳にぶつけるだけではない。千尋さんにも関係する話だ。
「さすが健二くんね。他の先生にも聞かせて上げたいくらいだわ。お昼ご飯は食べた?」
「いえ、まだです」
「なら、岩泉先生のところに行く前に食べておきましょう。何食べる?」
「それじゃ、オムライスで」
昼食を食べ終えると、支払いを済ませ車で瞳が住んでいるマンションへと向かった。
都内の一等地に構える高級マンション。まだ数日しか経ってないのにとても久しぶりな気がした。
エレベーターで上の階へと上がり、瞳の部屋の扉の前に立つ。千尋さんがインターホンを押す。
「お疲れ様。岩泉先生、千尋です」
「はーい、今出る」
瞳の声が耳に届く。心臓がドクンと激しく振動する。ガチャっと扉が開くと、瞳の顔が見えた。
「千尋さん……それと健二くん」
瞳の髪はボサボサでスッピンであった。瞳は逃げるように扉を閉めようとした。しかし、それを千尋さんは防いだ。
「どうして閉めるの? 岩泉先生」
「どうしても何も……なんで健二くんがいるの!?」
「私が付いてくるように行ったからよ。いきなり解雇するなんてひどいと思わないの? 労働基準法違反って奴よそれ」
「そ、それは……だって」
瞳は扉から手を離し、項垂れた。瞳が泣いているのが分かった。
「私、健二くんに対してどう接したらいいか……分からなくなって」
「とりあえず、ここだと何だから私たちを家の中に入れてくれるかしら?」
瞳は頷くと、俺たちを家の中に招き入れた。仕事場は控えめに言って偉い有様であった。
「うわ……」
千尋さんが素でドン引きしている。床には何やら殴り書きされた原稿とカップラーメンの殻が散乱しており、とても女性が住んでいる家とは思えない。
「健二くん! まずは掃除よ!」
「は、はい!」
「わ、私も手伝う……」
まだ傷心状態である瞳は責任を感じているのか掃除を手伝おうとした。
「岩泉先生はとりあえず自分の部屋で休んでて! 掃除終わったらお知らせるから!」
千尋さんがそう告げると、瞳は指示通り自分の部屋へと向かった。三十分ほど時間を掛けると、何とか部屋を綺麗にすることができた。
「こんなもんかしらね。それじゃ、健二くん。今、岩泉先生を呼びに行ってくるから」
「はい、お願いします」
千尋さん達が戻ってくるのを待っていると、瞳が使っている机の上にある原稿に目がいった。
「これは……」
一目で分かるほどに原稿が荒れていた。集中線は乱れており、キャラの書き分けもうまくできていない。
それに背景が全く描かれていない。こんなの読者が読んだら何事かと思うだろう。
「精神的ショックを受けると描けなくのは瞳も同じなのか」
扉が開く音が聞こえた。振り向くと、瞳と千尋さんが部屋に戻ってきている。
瞳は相変わらず髪がボサボサであるが、化粧を施しているのが分かった。
「それじゃ、二人とも座ってちょうだい」
俺と瞳はテーブルを挟んで向かい合うように座る。距離的には僅かしか離れていないはずだが、心理的にはとても遠くにいるように感じる。
「それじゃ、私は外で待ってるから。健二くん、終わったら連絡ちょうだいね!」
「え?」
千尋さんは躊躇うことなく、部屋の扉へと向かった。
「ちょ……ちょっと、千尋さん!」
俺が呼び止めるも、千尋さんはそそくさと部屋を後にした。部屋には俺と瞳の二人きりになった。
「……」「……」
気まずい沈黙が続く。何か……何か話さなければ。動き出さなければ何も変わらない。
「ねぇ、健二くん」
「な、なんだ?」
俺が話そうとした瞬間、先に瞳が話を始めた。
「遊園地で私が言った意味……分かる?」
「ああ、今なら分かるよ」
「そっか。良かった」
瞳が微笑んだ。瞳の笑顔をとても久しぶりに見たような気がする。
「それじゃ、答えを聞かせてくれる?」
「ああ。瞳……俺は瞳のことが好きだ。俺も瞳と同じ気持ちだよ。俺も瞳と一緒にいたい」
躊躇うことなく自分の思いを伝えた。緊張のあまり、口の中がとても乾いている。
「そ、そっか……健二くん、すごく嬉しいよ……」
「瞳はどうなんだ?」
「どうって?」
「俺のこと……好きなのか? 男として」
そこがどうしても気になっていた。連載もしていない。漫画家として天地として差がある俺のどこを気に入ってくれたのか分からないのである。
「うん、好きだよ。当然じゃん。優しいところも、漫画に一生懸命なところも……全部好きだよ」
全身から何とも言えないような気持ちが湧き上がってくる。俺と瞳は確認し合うようにお互いの表情を見つめあった。
「だからさ、連載してアシスタントを辞めることになっても一緒にいてよ。確かにこれまで通り一緒に暮らすのは厳しいかもしれないけど、たまにあってくれるだけで私は……」
「すまない瞳。俺の性格上、もしお互い離れて暮らしてしまったら、漫画のことを優先して付き合っても別れてしまうような気がするんだ。そう思わないか?」
「そ、それは……」
お互い漫画に対して熱い情熱を持っているのだ。そうなってしまっても何ら不思議ではない。いや、その可能性の方が高いだろう。
「それじゃ、健二くん。好きだけど付き合うことはできないっていうことなの?」
「いや、そういうわけじゃない。今日は瞳に告白と……提案しにきたんだ」
「て、提案?」
「ああ。俺と一緒に漫画を描いてくれ!」
「えっと、それって……」
瞳は俺が言わんとしていることが理解できていないようである。
「つまり……逆に今度は私が健二くんのアシスタントになってほしいってこと?」
「いや」
俺は首を横に振る。
「さっき言った通りだ。俺と一緒に漫画を描いてほしい。カギリリス先生いるだろ? 千尋さんから訊いたんだ。作画とストーリーを分業している二人組だってな」
アシスタントしている時、たまに考えていたのである。
自分だけじゃなく、瞳と一緒に漫画を描けばすごい作品が出来上がるのではないかと。
「つまり……どっちかがストーリーを考えて、どっちかが作画を担当するみたいな感じ」
「それもいいかもしれないが……絵のレベルは同じくらいだし、カギリリス先生みたく完全に分業しなくてもいいかもしれないな。お互い話し合ってストーリーを考えて、作画も二人でやるみたいな」
俺の考えを訊いた瞳は目の色を輝かせた。
「なるほど……確かに面白そうだね」
「だろ? 『桃仁少年』が終わった後にでも一緒に組まないか?」
「うんいいよ! と言いたいところだけど、まずは千尋さんに説明しておかないとだね」
「だな」
俺はスマホを取り出し、千尋さんを呼んだ。電話を切り、千尋さんがやってくるのを待つ。
「あと、確認なんだけどさ……漫画は一緒に組むとして……付き合ってくれるんだよね?」
「勿論。よろしくな。瞳」
「うん、健二くん!」
瞳は嬉々とした様子で椅子から立ち上がると、顔を近づけてきた。
「それじゃ、付き合った記念に……キスしよ?」
桜色の唇を近づけてくる。瞳。おいおい、付き合った初日にキスとか普通なのか。
「ま、まだ付き合ってから一日も経過してないだろ?」
「したいからするんだよ。健二くんだって、漫画を描きたいから描いてるんでしょ?」
「漫画はそうだけどな!」
全くもって今俺たちがキスをする理由になってない気がするのだが。瞳はなかなか肉食のようである。
「もう、焦れったいな」
瞳はやや強引に俺の唇を奪ってきた。びっくりしてつい目を瞑ってしまった。まさか、ファーストキスがこんな感じとはな。
ロマンチックなのかそうでないのか、よく分からない。ゆっくりと目を開けると、とんでもないものが目に入った。
瞳の背後に千尋さんがおり、口元を抑えて目を大きく見開いている。
「け、健二くん……」
「あ、あの……いや、これはその……」
千尋さんはニッコリと微笑み『パチパチパチ』と拍手してきた。
「おめでとう! 実にめでたいわ!」
「ちょっと待ってください! 訊いてくださいってばーーーーー!」
千尋さんが戻ってきたところで、俺と瞳は二人組の漫画家としてやっていきたいことを説明した。
「なるほどね……二人で漫画を作りたいってことね。カギリリス先生みたいね」
「そうですね……いや、カギリリス先生のスタイルとはまた別になるでしょう。ストーリー作りも作画も二人でやることになるんですから」
「それじゃ、編集者の視点で言わせてもらうけどね、そのやり方はオススメできないわ」
ひどく冷たい口調で言い放った。完全に仕事モードである。
「ど、どうしてですか?」
「カギリリス先生のように、完全分業ならともかく、ストーリー作りを二人でやると揉めることがあるのよ。それに、負担も必ずどっちがか大きくなる。多分……岩泉先生の方に負担が行くわね。少なくとも最初の方は」
これは否定できない。まだまだ話を作る技術は未熟である。
「千尋、私は健二くんが私より劣っているだなんて思わない」
「どうしてそう思うの? 岩泉先生」
「一志くんと肩を並べたから」
「それはあくまで読み切りだったからよ。連載と読み切りは別物よ」
全くもってその通りだ。長期連載になると、毎週のように新たに話を組み立てていかなければならない。矛盾が生じず、かつ読者を引き込む内容で。
「やってみなければ分からない。それが、千尋の口癖だったじゃん」
「まぁ、そうなんだけど……正直に言うとね。私はお互い一人で描いても傑作が生まれると思うのよ」
「千尋さん、なら二人で作れば大傑作が生まれると思いませんか?」
「それこそ……やってみなければ分からないってところだわね」
千尋さんが呆れたように苦笑した。その様子はまるで手の掛かる子供を相手しているようである。
『パン』と千尋さんが手を叩いた。
「うん、分かった! 二人で漫画を作ってみるといいわ。ネームを見てから判断するから。あと、岩泉先生。桃仁少年の方はちゃんと完結させてくださいね」
「うん、ありがとう千尋!」
「ありがとうございます。千尋さん」
「気にしなくていいわ。ただし、二人で作る漫画は完全新作にしてね……エレメントドラゴンを改良してのなんて持ってきたらそっこーシュレッダー行きだからね」
恐ろしく低い声で宣言してきた。これは……ガチだ。
「のぞむところだよ、千尋。新作楽しみにしてて」
「うん。それじゃ、二人とも新作待ってるわね」
こうして、一度はアシスタントを解雇された俺であったがこうして無事に再びアシスタントに戻ることになった。