年下少女漫画家とドキドキ!? 共同生活!   作:チャンドラ

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岩木瞳

 次の日の朝、スマホのアラーム音で目を覚ました俺はカーテンを開けた。

 目を突き刺すようなのような白く眩い光が窓から差し込む。

 顔を水で洗い、昨日冷蔵庫に入れておいた焼き鳥の缶詰を食べることにした。

 

「あー、うめえ」

 

 焼き鳥からソースの甘みと旨みが感じられる。欲を言えば、ご飯とともに食べたいところであるが、あいにく米は切らしている。

 朝食を食べ終えた後は普段着に着替え、軽く絵の練習がてらGペンで『ロボット・プラネット』の主人公を模写した。

 十分ほどの時間を掛けてさらっと描いたものであるが、なかなかいい出来である。別のキャラクターも模写する。

 

 絵の練習をしていると、丁度良い時間になったため、集用社へと向かうことにした。

 俺が住んでいるアパートは御成門駅が最寄駅であり、御成門駅から十分ほど電車に揺すられ、神保町駅に降りる。

 集用社は神保町駅から徒歩一分で到着することができる。すでに入り口付近に千尋さんが立っているのが確認できた。

 

「おはようございます。千尋さん」

「おはよう健二くん。昨日はちゃんと眠れた」

「ええもう、ぐっすりです」

 昨日、ジョークを読んで心がスカッとしたため、熟睡することができた。

「そう。良かった。車を取って来るからちょっとここで待ってて」

 

 千尋さんを待っている間、スマホを弄って待つことにした。ツイッターで『#ジョーク』と検索する。

 こうすることで、今週発売のジョークの感想を見ることができるのである。

 ツイッターを見た限り、カギリリス先生の『ロボット・プラネット』よりも、岩泉龍泉先生の『桃仁少年』の方が人気のようである。

 

「お待たせ、健二くん」

 いつの間にか千尋さんが戻ってきていた。俺は千尋さんが持ってきた黒い車に乗り込む。

「それじゃ、行くわね」

 千尋さんは車を発進させた。車が軽く振動し、ゆっくりと全身を始める。

 車に乗ってから気づいた。アシスタントする先生が誰なのか千尋さんから知らされていない。

「そういえばまだ聞いていませんでしたね。俺がアシスタントする先生は誰なんでしょうか?」

「岩泉龍泉先生よ」

 

 千尋さんは視線を真っ直ぐにしたまま答えた。

 まじか……あの大人気漫画『桃仁少年』を担当している岩泉龍泉先生のところでアシスタントをすることになるのか。これはかなり勉強になるな。

 

「岩泉龍泉先生って俺より年下だったんですか……初めて知りましたよ。一体何歳なんですか?」

「十七歳よ。その歳であの画力……本当すごいわよね」

 岩泉龍泉先生は画力が高いことで知られている。一枚の絵の書き込みは他の漫画とは一線を画する程であるが、作画に時間を掛けすぎているのか、たまに休載になることがある。

「俺、ちゃんとアシスタントできるでしょうか……ちょっと不安になってきました」

 

 何度かアシスタントを経験してきた俺であるが、担当したどの先生も画力に関しては、俺の方が上であったと自負している。

 自慢ではないがこと画力に関してはかなりの自信を持っていた。

 デビューのきっかけとなる月例賞という賞に応募した時、画力の高さを評価してもらえ、なんとか賞を獲得することができた。

 一方でストーリーを作る力についてはまだまだ未熟であると自負している。

 

「大丈夫だと思うわ。健二くんの絵は素晴らしいもの。今回のアシスタントは健二くんにピッタリだと思うわ」

「他に働いているアシスタントの方もいるんですよね?」

「いえ、いないわ」

「ええ!?」

 衝撃の事実を聞き、思わず驚きの声を上げてしまった。月刊連載ならともかく、週刊連載でアシスタントがいないなんて普通はあり得ない。

「何人かアシスタントとして働いていたんだけど、誰もあの子の画力に付いていける人がいなくてね……それに拘りが強い子だし」

 やばい。益々不安になってきた。こんなことならちゃんと担当する先生の情報を聞いておくんだった。

 千尋さんはとある高級マンションの駐車場に入り、車を停めた。

「それじゃ、行くわよ」

「はい……」

 

 気が乗らないがしょうがない。これも一種の試練だと思って頑張るしかないか。

 今までだって厳しい先生と仕事をしたことがあるが、その度に成長することができたと自負している。

 それにしてもさすが超人気作家。良いところに住んでるな。家賃、一体いくらなんだろうか。

 高級マンションのエスカレーターを使って、七階に上がり、703号室の前に立ち止まった。

 千尋さんはインターホンのボタンを鳴らすが、誰も出てくる様子がなかった。

 

「留守ですかね?」

 すると千尋さんは無言のままドアノブに手を掛け、回した。『ガチャッ』という扉という音と共に扉が開く。

「空いてる……多分、また部屋で寝ちゃってるみたいね」

「鍵も掛けずに……随分と不用心ですね」

「いつものことよ。それじゃ入りましょう」

 

 いつものことなのか……

 俺と千尋さんは靴を脱いで、部屋の中へと上がり込んだ。中は高級マンションだけあって、リビングに続く廊下もとても広く、豪華そうな洗濯機や冷蔵庫などが目に留まる。

 

「失礼するわ!」

 千尋さんはリビングの扉を開けた。しかし、リビングの中には人がいない。

「やっぱり、留守ですかね?」

「いや」

 ツカツカと歩く千尋さんの後に付いていくとものすごい光景が目に入った。

「ちょっと、岩泉先生起きて!」

 

 千尋さんは床で寝そべっている『少女』を揺すった。少女は不機嫌そうな表情で目を擦るながらこちらを一瞥した。

 水色の髪に青いジャージに下は下着のみというとんでもない姿――この人が岩泉龍泉先生のようである。

 白い肌に端正な顔立ちをしているその少女は俺が想像している人とかけ離れていた。というか、作風的に男が描いているものだと思っていた。

 

「千尋、誰この人?」

「今日から仕事するアシスタントの人よ。昨日、電話で言ったでしょ!」

「あー、そういえばそうだった……」

 岩泉先生は大きく腕を伸ばすと、あくびをしながら立ち上がった。反射的に岩泉先生から目を逸らしてしまう。なにせ、下は穿いてないのだ。

「ちょっと岩泉先生! 下、穿いてないじゃない。仮にも男の人の前なのよ!」

「だって、千尋が男だけど大丈夫だっていうから」

「確かに言ったけど最低限節操ある服装をしないと!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 千尋さんいいですか?」

「え? ちょっと何、健二くん?」

 俺は千尋さんの腕を掴み、リビングから出た。

「どういうわけですか! 俺が担当する先生って女性の方だったんですか?」

「いやーねー。女性って言っても健二くんよりも年下じゃない。全然大丈夫でしょう?」

 何が大丈夫だと言うのだろうか。まるで意味が分からんぞ!

「男の先生じゃないって知っていたら、少なくとも住み込みでアシスタントしようとなんて思いませんでしたよ……」

「けど、健二くん。妹さんがいるんでしょう?」

「そうですけど……」

 

 妹がいたからなんだと言うのだろうか。

 

「あの子も妹みたいに接すれば大丈夫じゃないかしら」

「ちっとも大丈夫じゃありませんよ!」

 その理屈で言えば、妹がいる男は年下の女性に全く手を出さないということになるだろう。

 すると扉が開き、岩泉先生がムスッとした表情で俺たちを見つめていた。そして、相変わらず履いていない。頼む、履いてくれ。後生だ。

「ねぇ、二人とも。隠れてコソコソと何してるの?」

「すみません岩泉先生。とりあえず、下履いてもらえますか?」

「えー、めんどくさいんだけど」

 俺が必死に頼み込むも、『めんどくさい』の一言で拒否された。この少女は……恥じらいというか、男に対して警戒心みたいなものを持っていないのだろうか。

「お願いします! なんでもしますから!」

「……ったく、分かったよ」

 岩泉先生は渋々と承諾し、別の部屋に入っていった。俺と千尋さんはリビングにある椅子に座って、岩泉先生が着替え終わるのを待っていることにした。

「お待たせ」

 

 岩泉先生はジャージ姿でリビングに戻ってきた。

 色々と言いたいことはあるものの、椅子から立ち上がり挨拶することにした。

 

「初めまして。白河健二と言います。よろしくお願いします」

「健二くんは二年前に連載していたこともあってね。絵がとても上手だから岩泉先生の役に立つと思うわ」

「初めまして。岩木瞳です」

「岩木瞳?」

「私の本名。これから住み込みで働いてくれるって千尋から聞いてるんだけど、家事とか得意なんだよね?」

「ま、まぁ……得意ですけど……けど、住み込みで働くなんてできません!」

 俺は断固たる決意で拒否しようとした。しかし、当の岩泉先生は不思議そうに首を傾げている。

「なんで?」

「なんでって……俺は男で先生は女性じゃないですか!」

「そんなの見れば知ってるよ。千尋からも聞いてたし」

「し、知ってて承諾したんですか!?」

 

 驚愕の事実であった。普通は断るだろう。

 

「うん。腕のいい家事もしてくれる有能なアシスタントがいるって聞いて。部屋一つ余ってるし、好きに使ってもいいよ」

「い、いやぁ……でも」

 困り果てた俺は千尋さんに目を向けるも、千尋さんはニコニコと微笑んでいた。

「ほら! 岩泉先生もそう言ってることだし、健二くんもご好意に甘えたら? 岩泉先生と一緒に暮らしていたらきっと漫画のノウハウも身につくよ!」

 

 かなり強引な理論だと思ったが確かに一理あるかもしれない。

 岩泉先生の生活を見れば、面白い話を作るコツ的なものが思い浮かぶかも可能性はある。

 だが、同棲までする必要があるのだろうか。

 

「それにさっき『なんでもする』って言ってたよね? 千尋も聞いたでしょう?」

「うん、バッチリ聞いた」

 く……この二人。しょうがない。大家さんにも今月中に家を出ると言っているのだ。いずれ、もう後には引けない状態ではある。

「分かりましたよ。住み込みで働かせていただきます」

「よく言ったわ健二くん!」

 千尋さんは『パチパチパチ』と拍手した。もうこうなりゃやけくそだ。やってやる!

「それじゃ、健二くんだっけ? 早速で悪いけど仕事してもらってもいい?」

「は、はい!」

「それじゃ、私は会社に戻るから。何かあったら連絡してね!」

 そう言い残し、千尋さんはアパートを後にした。

「それじゃ、はい。これ原稿」

 岩泉先生から原稿を渡された。原稿にはベタ、トーン番号、背景について薄い鉛筆で書かれいていた。

「あの……トーンと背景の資料は?」

「この机に置いてるからここで作業お願い。他に分からないことあったら聞いて」

「分かりました」

 俺はペンやインク、スクリーントーン、背景の資料等が煩雑に置かれている机の椅子に座った。

 早速、今日から仕事を開始するわけか……とても緊張するが、やるしかないな。


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