年下少女漫画家とドキドキ!? 共同生活! 作:チャンドラ=グプタ
料理を食べ終え、食器を洗った後、瞳から部屋の掃除を手伝って欲しいと言われ、掃除をすることにした。
掃除するのは物置部屋である。物置部屋の中にはいくつもの本棚があり、たくさんの漫画や資料集などが置かれていた。
俺はコロコロで、本棚の隙間にある埃を取り除いていった。しかし、掃除中カサカサカサと動く黒い生き物を目の当たりにした。
「ひ……!」
俺は思わず悲鳴を上げそうになった。何を隠そう、俺は虫が苦手なのである。特にGは。
「ひ、瞳! へる……ヘルヘルミー!」
俺が大声を出して、瞳に助けを求めた。しかし、奴はカサカサカサと更に俺に近づいてきた。
「きゃーーーー!」
怖くなった俺は思わず情けのない声を出してしまった。
「ヘルプミーね。どうしたの健二君」
「Gが……Gが出たんだよ!」
「G? 全くそれくらいで情けないなぁ。東京で暮らすっていうのはGと同じ部活に入ることと同じなんだよ」
瞳はびっくりするような戯言を呟きながらリビングに戻り、ティッシュ箱を持ってきた。まさか、そんな貧弱な装備品で対抗する気か? 俺がGと出会ったなら、殺虫剤を用意し、軍手並びにマスク、そして作業着を着用する。
瞳は『シュ、シュ、シュ』と三枚のティッシュを取り出し、Gの上にあっさりと被せた。
しかも軍手も付けず、素手で! 素手で!(大事なことなので二回言いました)
そして、ぎゅっとGが入ったティッシュを掴み上げると、ギュッと握りしめた。
「これで奴は死んだ……」
「す、すごぇや……」
瞳の勇ましい姿を目の当たりにし、パチパチパチと拍手した。瞳は気を良くしたのかドヤ顔を見せる。
「健二君もGの一匹や二匹、自分で駆除できるようになってね。仕事してれば普通に出てくるから」
「きゃーーーーーーー!」
その後、俺は全力で部屋を隈なく掃除した。Gが出てくるたび、瞳に対処してもらった。この部屋は俺が清潔に保ってみせる。全てはGから家を守るために!
掃除を終えた後、瞳から寝室へと案内された。その部屋は六畳ほどある部屋で布団や机、椅子が置かれていた。
「ここが健二くんの寝室だよ。仕事の時以外はここを好きに使ってもらって構わないから」
「分かった。明日は何時から仕事すればいい?」
「それじゃ、十時くらいからでもいい? 後、朝ごはんとかお願いしたいんだけど」
「ああ、構わない。けど、明日は深夜にコンビニのバイト入ってるから十時くらいは上がらせてもらいたい」
コンビニのバイトのことを伝えると瞳はキョトンとした表情を見せた。
「え? 健二くん、バイトしてるの?」
なんだ、千尋さん言ってなかったのか。特段、アシスタントと他のバイトの掛け持ちは珍しいことではない。連載していない漫画家志望者などはアシスタントだけで生活していくのは厳しいからだ。
「うん、そうだけど……もしかして千尋さんから何も聞いてない?」
「聞いてない。ねぇ、良かったらコンビニのバイト辞めない? 出来るだけ給料出すし、ネーム描く時間も増えると思うからどうかな?」
確かに悪い条件ではない。漫画に係る時間を増やすことができるのは願ったり叶ったりである。
しかし、今のバイト先も結構気に入っていたりする。どうするか少し悩んだ。
「分かった。考えてみるよ」
「うん、よろしくね!」
その日はシャワーを浴びた後、少しネームを描いて眠りに落ちた。
「おはようございます」
「おはよう、健二くん」
明梨さんに挨拶すると、彼女は眩しい笑顔を見せながら挨拶を返してくれた。
「今日が最後のシフトだけど、頑張ろうね!」
「はい!」
瞳のところでアシスタントを始めてから早二ヶ月あまりが経過した。明梨さんと相談し、バイトを辞めることを決意した。
長く働いていただけに寂しいという思いも勿論あるが、明梨さんは俺がバイトを辞めることを快く承諾してくれた。
俺は感慨に耽りながらここでの最後のバイトをこなしていった。今日は月曜日であり、週刊少年ジョークの発売日でもある。
お客さんであるサラリーマンや学生が次々とジョークを買っていく。今週号の巻頭カラーは瞳……いや、岩泉先生の『桃仁少年』であった。
俺も再び連載を勝ち取り、他の連載作家と競いたい。その為にはこれまで以上に漫画と向き合う必要がある。
作業が終わった俺はバイトの制服から私服に着替える。今の時間は比較的空いており、明梨さんは陳列の作業をしていた。
「明梨さん……」
明梨さんに話しかけると、彼女は少し悲しげな表情をしながらも優しく微笑んでくれた。
「これで最後ね。健二くん、私期待してるから。健二くんが超売れっ子作家になることを」
超売れっ子作家か……期待されてとても嬉しい。だが、俺が目指すのはもっと上だ。
「はい。俺、絶対に日本一の漫画家になって見せますから!」
明梨さんに親指を突き立てた。我ながら高飛車な発言だと思っている。
だが、漫画家を志した時、そう心に誓ったのだ。結果が出ず、諦めようとも思ったがもう迷わない。
「うん、頑張ってね!」
こうしてバイトを辞めた俺はそのまままっすぐ瞳の家……ではなんく、ファミレスへと向かった。
今日は千尋さんと打ち合わせの予定がある。ファミレスに入ると冷房の涼しい風が顔を撫でる。奥にいる千尋さんの姿が確認でき、席へと向かった。
「お待たせしました千尋さん」
「お疲れ様。健二くん」
千尋さんと向かい合わせになるように座る。
「それじゃ、早速だけどネーム見せてくれる?」
「はい」
俺は昨日、完成させたネームを千尋さんに渡した。
ネームというのは漫画を描くための設計図のようなものであり、原稿を描く前に担当の編集にネームを読んでもらうことになっている。
ネームを描かずにいきなり原稿から入る先生もいると聞いたことがあるが、これは例外中の例外だ。
ちなみに俺が今描いているのは読み切り用のネームである。
元々は連載用のネームを描いていたのだが、千尋さんから一度読み切りで試した方がいいと言われたため、読み切り用のネームを描くことになった。
読み切りに向けて俺が描いている漫画のタイトルは『エレメントドラゴン』であり、内容はというと、人を喰らう世界各地に生息するドラゴンを主人公が倒しに行くというもの。
シンプルな内容なだけにどう読者を引き込んでいくかが鍵となる。
さらに読み切りということも意識して、無駄なところは省き、内容を濃くしていかなければならない。
真剣な表情でネームを読んでいた千尋さんであったが、読み終えたのか「ふー」と大きく息を吐き、ネームの三ページ目を俺に見せてきた。
「健二くん、読ませてもらったわ。まず、ここ何だけど主人公がドラゴンに両親を殺されたくだりをもう少し悲壮感が漂うよう、長く描いた方がいいわね」
早速、千尋さんがネームに関して指摘を始めた。俺は忘れないようしっかりとメモを取る。
「俺もそう思ったんですけど、ページ数を超えてしまって。どこを削ったらいいでしょう?」
「そうね……十ページの修行シーン。ここを出来るだけ省きましょう。後、主人公が使う技の『炎帝の斬《エンペラースラッシュ》』っていう名前、私は『焔帝剣《バーニングソード》』がいいと思うんだけど」
「いえ! それはダメです。『炎帝の斬《エンペラースラッシュ》』がいいです。それだけは譲れません!」
「そ、そう……まぁ、そこまで言うならこれはこのままでいいわ」
このようなやり取りを繰り返し、ネームをより良いものに昇華させていった。
「岩泉先生のアシスタントはどう?」
打ち合わせの途中に千尋さんはアシスタントの仕事の様子を訊いてきた。
働き始めこそアシスタントが俺一人しかいないこともあり、作業量が多く大変であったが、最近はある程度余裕を持って仕事をこなすことができるようになってきた。
「そうか。それは良かった。実を言うとね。悪いとは思ってたんだ。岩泉先生の性別を隠していたことをね」
「自覚はあったんですね……」
最初はとても戸惑った。そりゃそうだ。いきなり女性と一緒に暮らすなんて言われたら誰だって狼狽するだろう。
「うん。だけどね。どうしても健二くんには岩泉先生と一緒に暮らして欲しいと思ってたのよ」
「それは……どうしてですか?」
「あの子を間近で見ていけば、話作りが上手くなるんじゃないって思ってね。気づいてないかも知れないけど、健二くん。アシスタントを始めてからこの二ヶ月の間に話作りが急激に上手くなってると思うわ」
「そう……ですかね」
確かに最近、ネーム作りが捗るなとは思っていた。自分では気が付かなかったが瞳と過ごしていく中で知らない内に力が付いているのかもしれない。
「だから、もっと自信を持って良いわよ。とりあえず、読み切りのネームはさっき言った通りに直して、自分なりに改良できるところがあれば改良してみてちょうだい」
「分かりました」
打ち合わせを終えた俺は瞳の家に戻ることにした。瞳から貰った合鍵で扉を開け、仕事場であるリビングに入る。
瞳は自分の部屋で寝ているのかリビングには誰もいなかった。すぐにでもネームの修正に取り掛かりたいところであるが、さっき買ってきた今週のジョークを読むことにした。
「やっぱり面白いな、ロボット・プラネット……」
複雑な設定ながらも読者の頭に入りやすいよう丁寧な描写に迫力溢れる人間と戦闘兵(アーマーズ)との戦いのシーン。
読んでいて心が熱くなる。さらにページを捲り、桃仁少年を読むことにした。
当然だが俺が描いた背景がジョークに載っている。自分の作品ではないとは言え、やっぱりこうして本誌で見ると感動するものだな。
俺も早く連載したいと思った。桃仁少年を読んだ俺は次に『ギャンブル王 匠』という漫画を読んだ。
最近、連載が始まった漫画でジョークでは珍しいギャンブルを取り扱った漫画である。
漫画の内容はというと、親の借金によってヤクザに借金を取り立てられることになった主人公の氷川匠がお金を稼ぐべくギャンブルの世界に身を投じるという話だ。
ギャンブルを取り扱った作品は他の雑誌にもいくつか存在するが、この漫画は他のギャンブル漫画が霞んで見えてしまうほどの手に汗握る頭脳戦が展開され、読者を引き込むのである。
作者はなんと十八歳で、俺よりも年下である。ジョークには瞳といい、若い作家が活躍している。