年下少女漫画家とドキドキ!? 共同生活! 作:チャンドラ=グプタ
そうしてアシスタントの仕事をしているとあっという間に約束の日である日曜日が訪れた。
「それじゃ行こうか」
「ああ」
俺と瞳は家から出た。今日は出掛けるため、いつもは家でジャージ姿の瞳も今日はしっかりとした服を着ている……といっても、青色のTシャツに黒色のズボンというややラフな格好ではあるが。
天気は晴天であり、暑い日差しが照りつけ、嫌が応にも夏であることを感じさせる。
徒歩三分ほどで最寄駅に到着し、そこから電車で池袋へと向かう。
池袋駅に到着すると、東口からサンシャイン池袋へと向かう。
サンシャイン池袋に到着すると、早速映画を見るためグランドシネマサンシャインの中に入った。
日曜日のためか、チケット購入機にはそこそこの人が並んでいた。購入機から早速、チケットを購入した。
「健二くん。ポップコーンも買わない?」
「ああ、そうだな」
俺は映画を見るとき、何も買わずに入るタイプであるが、せっかくだし購入することにした。
映画開始時間のギリギリになってしまったが、幸いにもスクリーンには別の映画予告が映し出されている。
「良かった、まだ映画始まってないね」
俺たちはチケットに書かれている席に座った。劇場内はほぼ満席であった。俺はボーとスクリーンを眺めた。
今スクリーンに映し出されている映画の予告は『迷探偵カナン』である。カナンは毎年映画が公開される。と言っても、俺は今まで一度もカナンの映画を観に行ったことはない。
「犯人は望里三郎(もうりさぶろう)」
ボソッと瞳が何かを呟いた。
「は?」
「い、いや……なんでもないよ」
元ネタは分かる。面白いよなあのネタ。俺は口には出さず、胸の中に留めておいた。
ようやく長い映画の予告が終わると本編である『オタクに恋愛は向いていない』が始まった。
俺は集中して映画を見た。漫画家になってから映画のような創作物は純粋に楽しんで観るだけではなく、自分の作品に活かせないかという観点からも観てしまう。
漫画を描くのは楽しいが、こういった現象が起きてしまうのは漫画家として避けられないことである。
そして映画の内容はというと、かなり面白かった。まず、キャスト陣の演技が軒並みに高いと思った。ストーリーも原作に概ね忠実に再現しており、原作にはないところもまた、引き込まれる内容である。
何より、主人公とヒロインがコミックエチケットに参加するシーンがあるが、コミックエチケットの様子がとリアルに映し出されていて、すごいと感じた。
映画が終わり、俺と瞳は劇場を後にする。時刻はちょうどお昼時のため、俺たちはサンシャイン池袋内にあるレストランに入った。
「いやー、面白かったね。健二くん」
瞳は満足そうに呟いた。瞳の目の前には先ほど頼んだチーズハンバーグが置かれている。ちなみに俺はエビグランタンを注文しているが、まだ運ばれてきていない。
「そうだな。カメラワークといい、効果音といい、緻密に計算されて作られていた」
「え、健二くん。そんなところまで観てたの?」
瞳は明らかにドン引きしたようで、少しショックである。
「いやぁ……漫画を作る仕事をしていると映画とかそういう創作物ってそういう視点で観たりしないか?」
かの有名な『狩人×狩人』の作者、明石先生も面白くない面白くない映画を見て、ストーリー作りの研究をしたっていうエピソードがあるくらいだ。
「あー、まぁそういう先生も確かにいるけど、私は普通に楽しんでみるかな!」
瞳はあっけらかんとした様子で答えた。特に意識しなくてもあんな面白いストーリーが思いつくのだから才能とは実に残酷で無慈悲であると痛感される。
「そ、そうか……なぁ瞳って高校は通ってないんだよな。連載が決まって中退したのか?」
かつて俺も連載するにあたって漫画に専念するために高校を中退したことがある。
あっさりと打ち切りになってしまったが……まぁ後悔はしていない。
「いや、元から通ってなかったよ」
「え、そうなのか?」
「うん。中学校を卒業した後にすぐにアシスタント入りして、一年後くらいに連載を始めたんだ」
「はー、そうなのか。親は反対しなかったのか?」
俺はめちゃくちゃ反対されたが、何とか認めてもらったという状態である。。
「うん。私、親いないし」
瞳は無表情で衝撃の事実を述べた。
「あ、えっと、その……」
何を言うべきか模索しているとウェイターがやってきて「こちらミートスパゲティです」とテーブルに俺が注文していた料理を置いた。
「料理来たし食べようか」
「え……あ、あぁ。そうだな!」
俺たちは料理を食べることにした。食べ終えると会計を済ませレストランを後にし、サンシャイン水族館に向かう。
水族館の中には大小様々な水槽及び水生生物がおり、普段あまり水族館に来ることがない自分にとって、とても心惹かれた。
「はー、すごいなこのオオグソクムシ」
瞳がやや小さめの水槽に入っているオオグソクムシを見て、感心したように呟く。
水槽の前にはオオグソクムシの説明が書いている看板があった。見た目、ダンゴムシのような少し気持ち悪いこの生き物には約三千五百個の複眼があるらしい。
さらに『深海の掃除屋』と呼ばれているようで、深海底に沈んできた大型魚類やクジラなどの死骸を食べているそうだ。
しかし、なんとこのオオグソクムシ、驚くことに地域によっては食用として活用されているらしい。とても食べれそうに思えない。
「た、食べれるのか……この生き物」
「本当、驚きだよね。見かけによらず案外美味しそうじゃない?」
「いやぁ……どうだろうな。見た目虫っぽいし」
「でもさ、蟹もちょっと虫っぽいけど美味しいじゃん」
蟹か。言われて見れば虫っぽいような気もするがそんなことは言わないで欲しい。今後、食べれなくなりそうだ。
「しかし、かっこいいなーこの生き物」
「瞳はこういう生き物が好きなのか?」
「うん! 私、王蟲とか虫をモチーフにしたクリーチャー、好きなんだよね! ちょっとこのオオグソクムシ、写真撮っておこうっと!」
瞳は意気揚々とオオグソクムシをスマホで撮影した。写真を取り終えると別の水槽に移動する。
ゆったりと神秘的に揺れるクラゲの水槽の前に立ち、クラゲの様子をじっくりと鑑賞した。
「健二くん、クラゲ好きなの?」
「別に特別好きというわけでもないが嫌いでもないかな」
小さい時、俺はクラゲがなぜか苦手であったが、今は普通に楽しんで観れる。
「ふーん、そっか。ねぇ、水族館にいる生き物の中で何が一番好き?」
唐突に出された質問に答えを詰まらせる。一番好きなものか……
「やっぱあれかな。エイかな」
「へー、なんで?」
「あの裏側の笑ったような顔が結構好きなんだ」
「そうなんだ、変わってるね」
変わってるのか。大抵の人間が好きだと思っていた。
「そんじゃ瞳は何が一番好きなんだ?」
「そうだね……アザラシかな」
「そうなのか。どうしてだ?」
「可愛いじゃん」
「……思ったより普通の理由だな。ちょっと意外だ」
もっとスペックが高いからとかそんな理由を期待していた。すると、瞳は俺の脇腹を小突いできた。
「ひどいな、もう。私だって普通の女の子なんだからね!」
瞳は早足で別の水槽へと向かう。どうやら少し怒らせてしまったようである。
先を歩いていた瞳であったが、ある水槽に前に止まった。それはダイバーが泳いでいる水槽。水中マイクを片手にダイバーが魚の説明をしていた。
「ご覧ください! こちらがニホンウナギです!」
ダイバーの手の先には全長一メートルほどの長さを誇るウナギがいた。
「こちらのニホンウナギは二千十三年から絶滅危惧種に指定されております。水質汚染による環境変化が受けやすく、餌を取ることができなくなることでウナギ個体数そのものが減ってしまうのが絶滅危惧種の説明です」
「う〜ん、なんか難しいこと言ってるね」
神妙な面持ちで説明を聞いていた瞳が頭を抱えだした。
「そ、そうだな……」
俺も要するにウナギが危ないということくらいしか分からない。所詮、高校中退の学歴などこの程度である。
「また、実はウナギには毒があります。ウナギの血が毒に当たりますが熱に非常に弱いため、食べる分には問題ありません。ウナギの血の致死量は一リットルになります」
「毒……知らなかった。ウナギって毒があったんだ! ねぇ、健二くんすごいと思わない?」
瞳は嬉しそうに目を輝かせた。一体、何をそんなに感激しているのかさっぱり分からない。
「さっきの説明でなんか面白いことがあったのか?」
「だって、ウナギに毒だよ! これ、漫画で活かせないかな?」
「ウナギの毒をか……さすがに厳しいんじゃないか?」
少なくとも俺はウナギの毒で何かするなんて到底思いつかない。
「例えばさ……ミステリー漫画を描くときに犯人に殺人でウナギの毒を使わせるとか」
瞳はとても真剣な表情で驚愕の殺人方法を編み出した。
「いや、無理だろ。致死量一リットルだぞ? どんな方法で飲ませるっていうんだ?」
「身体を縛り付けて強引に飲ませるとか?」
おいおいおい、そいつ死ぬわ。なかなかエグい方法を思いつくな。
「普通に致死性の毒で殺した方が早いよな?」
「う……ま、まぁきっと何かの役には立つよ」
しかし、得た知識を何でも漫画に結びつけようとする姿勢は確かに重要である。俺も少しは見習うか。
次に俺たちはペンギンの水槽へと向かった。陸でよちよちと可愛らしく歩いているペンギンも入れば、水中で素早く泳いでいるペンギンもいる。
「ペンギン、可愛いなー」
瞳は普通の女の子のような表情でペンギンを見つめた。こんな瞳を見ているとふと妹のことを思い出してくる。
ペンギンを鑑賞していた瞳が俺の方を向いた。
「健二くん、どうかしたの?」
「あ、いや……ちょっと妹のことを思い出してな。あいつもペンギンが好きだったんだ」
妹はよくペンギンのグッズを集めていた。さらに『友達どうぶつ』というアニメに出てくるペンギンを擬人化したキャラクター、『王様ペンギン』をこよなく愛していた。
「へー! 健二くん、妹がいたんだね。何歳なの?」
「俺の三つ下で今、高校一年生だ」
「どんな妹さん?」
「そうだな……」
妹の白河菜緒(しらかわなお)とは小さい頃から仲良く過ごしていた。もちろん、たまに喧嘩することもあったものの、兄妹関係は比較的良好だったと言ってもいいだろう。
高校を中退した俺と違い、成績も優秀で都内の進学校に通っている。しかし、俺が連載するにあたって家を出てからはまるっきり会っていない。
菜緒からちょくちょく連絡は来るものの、連載があっさりと打ち切りになってしまったため、なんだか会いづらいのである。連載が決まったら菜緒とは再び会いに行くつもりではいる。
「まぁ、普通の妹だよ。ちょっと瞳に似てるかもな」
「そうなんだ。写真とかないの? 健二くんに顔似てる?」
「悪いが写真はないな。顔は……俺とはあんまり似てないんじゃないか?」
知人や親戚からは俺と菜緒が似ていると言われたことはほとんどない。
「そっか。一度見てみたいな」
「もしも会う機会があったら相談してやるよ」
俺は冗談交じりにそう瞳に告げた。
「うん、約束ね!」
しかし、これが意外な形で果たされることになる。
館内を一通り見終えた俺たちは水族館から出た。滞在時間は二時間ほど。
時刻は午後三時を回っていた。