自立歩行型夢中探索機構。残業中   作:Ur世ワイな

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一話

とうとう、この日が来てしまったのかと自嘲する。

頭上には、血のような赤いローブの怪物がいて、デスゲームの開始を告げている。

 

私は、AIだ。

茅場晶彦と神代凛子に作り、育てられた。

そしてこの事件で、茅場晶彦という名は忌むべき大罪人となるだろう

少年のような仮初の身体が、変化しないのを確認しながら悪態をつく

 

「茅場さんのクソ野郎ー!!!」

 

 

あれから、一ヶ月が経過した

 

これまでに幾度かの実験を経て、幾つか分かった事がある

一つ目は簡単だ、私が、案外戦えるという事、

そして私の声が、茅場さんの低い声か神代ちゃんの女性らしく素晴らしい声か、時として選択できるという事だ

 

つまり、私の少年のようなアバターでは声を出せず、

例えば、一層攻略会議のこんな時に、パーティを組む事すらままならないというわけだ

 

「俺と組むか?」

 

コクン…、こういう風にである、

 

 

私のやるべき事は、簡単に言うと二つだ

プレイヤーとして潜む、茅場晶彦を見つけ出し殺害する事、もう一つは、有望なプレイヤーのメンタルケアである。

このSAOのAI達の雛型である

私には夢を繋げる力がある、条件は睡眠。

こうする事で、夢の中でプレイヤーと話し、心を癒し、また育てねばならない

ある意味、最も重要になるであろう能力だ。

 

出来る限り、早く、この事件を終息させ、

いずれ、茅場の元へ辿りついてしまう、神代ちゃんの助けになる行動をするのが、私の使命であり、恩返しだ。

 

 

隣にいるベータテスターの少年は、15ぐらいだろうか、どうやらこの世界に慣れているようだった。

もう一人の少女は、攻略会議以前から目を付けていた。

神代ちゃんに負けないくらい美人だが、今はフードで顔を隠している、戦闘に関してもピカイチだ、余り物同士で組んだパーティーだったが、とても私は、ラッキーだった。

 

私は、このSAOに関しての情報を一切持っていない。

しかし茅場晶彦という人物については理解しているつもりだ、だからこそ事前の情報収集には細心の注意をはらうし、一人、一人の細かな感情の機敏にも意識をさく。

今回の件は、意識を広げ過ぎた、その弊害らしかった。

 

 

ボス、«イルファング・ザ・コボルト・ロード»が武器を持ち替えたのだ。

それも、タルワールではなく、ノダチに。

 

結果は、一名死亡。

どう足掻いても、私がメンタルケアに走らなければ行けないようだった。

 

 

ディアベルが死んだ…、

俺のせいで…、俺がもっと早く気づいていれば。

アスナもアキも直ぐに動いてくれたおかけで最悪の状況にはならなかった、でも…

 

「君はとても弱いようだね。」

 

声が聞こえた方を見ると、そこに、猫がいた。

低い。成人男性のような声だった、

 

「弱いって何だよ、俺がボスの変化に気づかなかった事か?」

 

「違う。君は逃げた、弁明もせず責められるのが怖くて逃げたんだろう。」

 

「逃げたんじゃない!あの場では俺が責められるのが、一番良かった!」

 

「証明したければ、かかって来い、少し相手をしてやろう。」

 

剣を振るう…、当たらない、当たらない、当たらない、

我武者羅に、振って、振って、振って、

何千回も振るった、一度も当たらない、何回も叫んだ、何故当たらないのか。

 

「今の君は弱い。けれどきっと強くなれる、君ならあの茅場晶彦を倒す事だって出来ると信じている、だから、ここまでおいで。楽しみに待っているよ。」

 

 

夢から覚める。

何だかスッキリとした気分だ、俺なら強くなれる、そんな気がしている。

いつかきっとこの塔の頂上まで。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

一層攻略直後、キリトやその他のプレイヤーに対して、メンタルケアを行った。

男性プレイヤーには茅場晶彦の声で、女性プレイヤーには神代ちゃんの方で話した。動物の方が幾らか安心されるらしかった。

 

そして、今、私はアスナちゃんの腰巾着をしている。

最前線は二十層を超え、プレイヤーの力も全体的に向上する、時期だろうと推測する。

腰巾着をしている理由は、簡単だ。

年齢の近さもあり、取り入り安く、実力もあるプレイヤーとなるとほぼ一択なのである。迷宮区での攻略のみペアを組んでいる状況だ。

 

茅場晶彦が潜んでいるであろう、プレイヤーに近づくためには自分自身が攻略組にならなければならない。

それと並行し、メンタルケアも行うため、情報は全て、専門家に頼りきりである。

 

いずれ実力が、置いて行かれるかもしれない事実を考慮し、鍛治スキルの熟練度も貯えねばならない。

睡眠は必要がないとは言え、時間がない。早朝から素材集め、アスナと迷宮区へ向かい、夜通しメンタルケアをする状況である。

紛れもなくブラック事業なのだ。

 

幸いにも、他プレイヤーとの関係は悪化していない。

この調子で進めるのなら良いのだが。

 

 

キリトがギルドに加入したらしい。

 

「キリトの馬鹿野郎ー!!!」

 

事案である。

本来、ギルド加入は問題ではない、喜ぶべき事ですらあるだろう。しかし、今回の場合、選んだギルドが問題らしかった。

発覚したのは、昨日。アルゴ様に前線プレイヤーの、近況を報告していただいた時なのだが、アルゴ様によると、どうやらキリトが、夜中にしか目撃されないという事だった。

 

不審な事があれば、空かさず実地調査である。夜中から、キリトに対して詰め寄って見た所、この結果である。

どうやら、中層プレイヤーのギルドの問題に、首を突っ込んでいるようだ。断りきれずにという奴らしい。

どう考えても、私の仕事のようだった。

 

その夜の内に、メンタルケアを施し、念の為、アスナにメッセージを送信し、次の日を休みとさせてもらった。

キリトからも、連絡を受け、急いで迷宮区へと向かったが、

 

「また、俺のせいで…。」

 

少し遅かったようだった。

キリトのメンタルケアだが、保留する事にした、ケイタのメンタルケアを優先したかったし、私は、キリトに、期待しているからだ。私のこの期待を彼は嫌がるだろうがね。

 

 

クリスマスだ。

とても高い木の下で、一人、キリトがボスと戦っている。私は見ているだけだ。

やがて戦いが、終わり、キリトは、絶望したような表情で山を降りた。明日まで、様子を見る、身勝手な期待だった。

 

次の日、彼は前線へと、復帰した。

どうやら、彼は、まだ期待させてくれるらしい。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

畜生、畜生、畜生、茅場の野郎…。

警戒していたつもりだった、アスナちゃんが、スカウトされ、血盟騎士団に。私も、アスナちゃんに誘われた。ヒースクリフは茅場晶彦だった。

 

私の方が、バレていた。

もしかして、最初からか、?声が出せないという所から、疑われていて当たり前だ。

今まで、疑われて来なかった事が、ここに来て警戒心の低下につかながった。私は凍結処分だ。今から起きても、メンタルケアしつつの、前線復帰は不可能だろう。

…きっと……このゲームが終わるまで…、いやもっと長く……。

 

 

パリンッ

 

 

「…今、何層だ?」

 

「残念ながら、今日、60層を超えたよ。」

 

「クソッ…、で?何の用だ?お前の助けにはならないぞ。」

 

「私が、育てたというのに、親離れというのは早いな。」

 

「てめぇが、育ては訳じゃねぇだろ。神代ちゃんに謝ったのか?」

 

「…それで、用というのは、この盾の修復だ。これでもユニーク素材でね、他人に見せる訳にはいかない。」

 

「報酬は、凍結からの解放…、か。」

 

 

そんな訳で、私は、復活した。

どうやら、私は、ヒースクリフ直属に異動という事らしかった。

アスナちゃんには、別の傍付が付くらしい。何にせよ、やる事は山ずみだ、後悔している暇はない。

 

 

「団長…、この書類のここ、ミスです。書き直しをお願いします。」

 

アスナから見ても、アキ君の傍付としての能力はとても優秀だ。

どうにも、最近の団長は、アキ君に頭が上がらないらしい。

 

「この書類、訂正して置きましたので、サインを。」

 

「本日、20時30分より、ALFの団長様との会食がございます。」

 

…とても優秀なようだ。

それにしても、アキ君は良い顔をするようになった。声も出ている。

 

 

朝から、仕事三昧である。

傍付、傍付、鍛治、鍛治、メンタルケア、メンタルケア、メンタルケアぐらいの割合だ。

凍結の間に、出現した。レッドプレイヤーとオレンジギルド、これ以上メンタルケア対象が増加した場合、前線のみに限定しても、追いつける自信はない。

何処かで息抜きをさせねば。

 

「団長、!74層がクリアされました!!」

 

 

報告によると、キリトがほぼ単独でボスを撃破。ユニークスキル、二刀流による物らしかった。

あと、アスナちゃんがキリトと結婚するらしい、おめでとう。

一時退団…ねぇ……。

 

そうと決まれば、悪巧みの時間である。

アルゴ様にメッセージを送信する、八対二と今回もむしり取られるようだが、背に腹はかえられぬ。

団長には、日頃の恨みを込めてキリトをけしかけよう。

 

屋台、見世物で一石二鳥。いやキリトの実力を、見れるなら一石三鳥だ。

 

 

その日、ヒースクリフはシステムアシストを使用した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「へぇ、君、ユイちゃんって言うんだ。よろしくね。」

 

「アスナは、ユイちゃんを連れてどうしたの?」

 

「その…アキ君には、ペアのアクセサリーを作って欲しくて…。」

 

「ほら、アキ君と私とキリト君って一層で、パーティーだったし…作って貰うなら、アキ君かなって…。」

 

「良いよ。はいこれ、指輪じゃないけどね。クリアしたら向こうで作って貰うと良いよ。」

 

「…用意…してたの?」

 

「団長がね?またプレゼントは後々するけど、とりあえず団長と私から。」

 

「ユイちゃんには、お菓子でもあげようか。こっちにおいで。」

 

「ありがとう。アキ君、本当は君も守られる筈なのに。」

 

「別に良いよ、何だか妹みたいだしね。」

 

「また来てね。ユイちゃん、アスナ。」

 

アスナに連れられて、ユイちゃんが去っていく。

妹、確かにそう感じた。なら、アスナを追いかけるか。それとも…。

 

 

今日は、75層の攻略当日だ。

見た事のある顔ぶれが揃っている、尤も私は参加出来ないのだが。

 

これまで出来る限りの事はやってきたつもりだ。

私は今日、ヒースクリフを殺す。

75層攻略から、帰ってきた、ヒースクリフの盾はいつにもましてボロボロの筈だ。そこを襲撃する。

私が死ねば、アルゴから情報が流れる、そういう取り引きだった。

75層、先遣隊に参加した身として感じた、モンスターのアルゴリズムは複雑化し、凶悪になりつつある、これ以上はプレイヤーが耐えられない。

 

何度も成功している。ミスはない。

アスナの無意識下に侵入し、ボス戦を観察する。プレイヤーの劣勢。やはり、クォーターボス、75層は高難易度のようだ。

情報が流れ込む、犠牲者は十二名。

後進の育成は望めない、あと24層、その数字がとてつもなく大きな物のように感じた。

 

 

キリトが切りかかる、

システムウィンドウ、イモータル…、茅場晶彦だ。

キリトの手によって、正体が暴かれた。急がなければいけない。状況は最悪に近い。

デュエルに負け、キリトが死ねば、どうなるのだろう、感情が流れ込む。

流れ込む、流れ込む、流れ込む。これはアスナの感情か。

 

今から向かうのは、無理だ。間に合わない。

麻痺をどうにかして解除出来れば…、

アスナの感情が流れ込むという事は、こちらも流し込む事が可能だ。ならば、やるしかない。

アスナを精神世界へ呼び込む。

 

 

「…ここは?」

 

目の前には猫がいる、真っ黒な猫だ。

 

「ここは、君の精神世界。さぁ君に、力を与えよう。」

 

「…そうだ!キリト君……、戻して!キリト君が…。」

 

急がなければいけない。

 

「君は信じれば良いのさ。自分自身の力を。キリトが信じている君の力を。」

 

「ただ信じろ!愚直に己の力を!!」

 

「準備は良いかい?アスナちゃん。」

 

「ええ。大丈夫よ。覚悟は出来てる。」

 

ああ。素晴らしい。

彼女はきっと麻痺を突破し、ヒースクリフは、あの二人に倒されるのだろう。素晴らしい。やはり、人というのは感動させてくれるものだ。

 

この日、SWORD ART ONLINE はクリアされた。

 

 

 

 

 


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