三日月ぽくなかったらごめんなさい。
どことなくキャラ崩壊?
楔のごとくモンスターの群れに突撃したアイズと三日月によって、戦闘の動きは一変していた。
恐ろしい勢いで同胞を殺していく女剣士と悪魔に、一枚岩を目指していたモンスター達は反転し、数で押し潰そうとこぞって襲いかかろうとする。
そこへすかさずベート達が参戦し、更にレフィーヤの魔法が後方から撃ち込まれれば、モンスターの統制はあっけなく失われた。
近づく敵へ手当たり次第反応するモンスターに、攪乱するように動き回る冒険者達。
敵味方が入り乱れ、あっという間に混戦模様を呈するようになる。
「ねぇ、まだ武器あるー!?」
モンスターの攻撃をかいくぐりながら一枚岩に向かうティオナは声を張り上げた。
その声にティオナの上空からソードメイスが勢いよく飛んできて、ティオナの前に突き刺さる。
「え?」
ティオナは武器が飛んできた方向を見ると、そこにはバルバトスを纏った三日月が見下ろすようにこちらを見て言った。
「それ使えば?」
三日月はそう言って、背中にマウントされていたツインメイスを手に取ると、射撃をしながらモンスターの元へと飛翔していく。
「んじゃ、ありがたく使わせてもらうね!」
ティオナは投擲されたソードメイスを手にし、持ち上げる。
「重っ!?」
ソードメイスのあまりの重量にティオナは驚愕するが、それでも持てない事はない。
約二Mもの巨大なメイスを両手に、ティオナは仕切り直しとばかりにモンスター達のもとへ赴く。
「やーいっ、こっちだー!」
跳び跳ねるようにモンスターとモンスターの間を縫って、挑発する。
ちょろちょろと動き回る少女に、芋虫のモンスター達は腐食液を撃つ。
「よっと!」
『──────────ッ!?」
あっさりと腐食液を往なすと、たちまち上がるのはモンスター同士の悲鳴だった。
周りはモンスターばかりだ、あえて群れの真ん中に飛び込んで腐食液を撃たせれば容易く同士討ちが誘発される。
目論見通りに周りの敵を減らしたティオナは、獰猛に口端を裂き、残った個体へとソードメイスを叩きつける。
「いっっくよおおおぉ─────ッ!」
渾身の一撃にモンスターの巨体が地面に叩きつけられる。
その一撃でモンスターの体液が飛び散る前に、体内にある魔石が砕かれ、すぐにモンスターの巨体が灰へと還る。
「次ぃー!」
溶けることなく形を残すソードメイスを両手に、ティオナは別の標的に狙いを定めにいった。
◇◇◇◇
既に二十のモンスターを斬り倒した頃だろうか。
死骸や腐食液が散乱する一角で、足を休め束の間一息つくアイズのもとに、ざっと着地する音が響く。
振り向くと、その尾と灰髪を揺らし、ベートが歩み寄ってくる所だった。
「おい、アイズ。半分も要らねぇ、風を寄越せ」
「・・・・・」
言わんとしていることを察したアイズは、彼の足に視線を下げる。
膝頭まで覆ったメタルブーツ。防具としてではなく武器としての方向性を持たせた白銀の長靴は鋭い曲線美を誇り、一定の堅固さを備えつつも細身な印象が強い。
脛の中心には黄玉が取り付けられている。
アイズはそっとブーツに手を伸ばした。
「風よ」
アイズの意思を受けて揺らいだ風の流れが、瞬く間に黄玉へと吸い込まれる。黄玉は光輝きブーツ全体へと風のうねりを伝播させた。
ベートの両脚が、アイズと同じように気流を纏う。
【ヘファイトス・ファミリア】製、第二等級特殊武装〈フロスヴィルト〉。
外部からの魔法効果を吸収し、一時的に特性攻撃力を宿す特殊武装。メタルブーツそのものの打撃力と合わさり、威力は大きくはね上がる。
武器素材は魔力伝導率の優れたインゴット『ミスリル』。
白銀のメタルブーツはアイズの魔法を吸収し、風の力を手に入れていた。
「ありがとよ」
美形と言える顔立ちが、ティオナに負けず劣らずの狂暴な笑みに歪む。
だんっ、と地面を風圧で蹴り飛ばし、ベートは発走した。
「────蹴り殺してやるぜぇぇぇぇぇぇぇ!!」
疾駆し、無造作に飛び蹴りを叩き付ける。
頭上から振り下ろされた風の蹴撃はモンスターの顔を砕き、アイズの剣がそうであったように体液も寄せ付けず吹き飛ばす。
敵の厄介な性質にはもう悩まされない。
蓄積された鬱憤を晴らすように、強烈な足刀をモンスター達に片っ端から見舞っていく。
ベートは遥か前線で戦っている三日月に視線を向け、軽く舌打ちすると、ベートは雄叫びを上げながら突撃した。
◇◇◇◇
最後のククリナイフが溶ける。
「・・・・・っ」
放たれる腐食液をかわし、着地。咄嗟に腰へ手を回すが掴むものは何もない。
投げナイフの残弾も零。武器がつきた。
(こいつ等っ・・・)
思った以上に手間のかかる芋虫型のモンスターに、ティオネは眉間に皺を刻む。
武器の損失をもったいぶり、いざ致命傷を与えようと一撃を放っても、敵の耐久力は中々どうして高く行動不能に至れるまでにいかない。
負わせた裂傷から耳障りな音とともに体液を迸らせるモンスターは執拗にティオネを追い回し、それが一段と彼女の苛立ちに拍車をかける。
ティオナの行動を真似て、敵を誘導させるためチマチマ動き回っている自分に吐き気がする。
アイズはともかく、人の気も知らないで暴れまわるあの糞狼にも腹が立つ。そしてなにより───。
「何で、アイツばっかり・・・」
ティオネは周りを遊撃している三日月を見て呟く。
団長に頼ってもらうばかりか、私達の中で一番モンスターを始末している彼を見て余計に腹が立つ。
ともかく今は武器の補充だ。いや、レフィーヤの援護に回った方がいいか、あまり得意ではないがこうなったら詠唱をして魔法を───。
そこまで理性的であろうとしたティオネは、盛大に、ちッ、と舌打ちを打った。
「───面倒くせぇ」
仮面が剥がれ落ちる。
本性の一端を覗かせながら、ティオネは一気に駆け出し、モンスターの真正面から突っ込んで───すくい上げるように力任せの右拳を放つ。
ドゴンっとあられもない衝撃音。拳打が敵の体を貫通した。
モンスターの体内に埋まった腕が溶け出す。傷口からどばっと溢れ出た腐食液がティオネの全身にかかり、褐色の肌を焼く。その豊満な上半身を隠す僅かな衣装も溶け落ちる。
それら全てお構い無しに、ティオネは両目をつり上げたまま右手を更に押し込み、モンスターの絶叫が散る中で、掴み取った魔石をぶちぶちと一挙に引き抜く。
悶え苦しむように震え、灰に変わるモンスター。
黒い煙を上げ異臭を放つ自分自身に唾を吐きながら、ティオネはそこから同じ行動を二度三度と繰り返していく。
自分の体を顧みず、モンスターを殴り蹴り殺す姿はまるで狂戦士のようだった。
「ティ、ティオネさん・・・」
「・・・レフィーヤ、万能薬はある?」
レフィーヤと合流した時には、ティオネは半分ヘドロにまみれたかのような有り様だった。
頭から腐食液を被り、濡れ羽色の美しい髪は焼け爛れている。小麦色の肌も今はどす黒い紫と黒に変色しており、こうしている間にも音を上げ溶け出していた。
右目はきつく閉じられ、かろうじて無事な左目が視線を投げる。顔面蒼白になるレフィーヤは慌てながら小型ボトルに詰まった万能薬を取り出し、もはやぶつけるように彼女の全身へ浴びせかけた。
「ティオネ!」
「団長・・・」
フィンが彼女達のもとに駆けつける。
手掴みで腐食液を払い落とし、何本もの万能薬を使ってようやく体の原型を取り戻しかけていたティオネは、ばつが悪そうに身じろぎする。
この時ばかりは眉を逆立て怒りをあらわにしていたフィンは、しかし堪えるかのように、大きくため息を吐き出した。
「無茶をするな」
「あ・・・・・」
フィンは身に付けていた腰巻きをほどき、押し付けるように手渡す。
隠せ、とその何も纏っていない上半身を示して言外に告げた。
受け取った腰巻きを胸に抱いたティオネは、その頬を紅潮させる。
「団長ぉ・・・!」
「話はここを切り抜けてからだ。覚悟しておけ」
「はぁいっ・・・!」
感激した乙女の眼差しをそそぎ続けてくるティオネに、背を向けたフィンはため息を耐えて目もとをげんなりさせる。ティオネの隣でレフィーヤもたじろぐように距離を取った。
「何でティオネさん、あれ食らって平気なんすか・・・」
「お主の気合が足りんだけじゃ」
「す、すんません」
「むっ、来おったか」
ティオネ達を見やった後、ガレスの返答に思わず謝るラウル。彼を庇いつつ戦っていたガレスは、爆音とともに地面にめり込んだ獲物を、軽々と引き抜いた。
一枚岩の上から投げられた予備の戦斧。超重量の武器を肩に構え、纏う重装に取り付けられたマントを翻しながら、次には地面を削り取るようにその斧を振り抜く。
「ぬんっ!」
戦斧で地盤を掘り起こす角度でぶつけ、巻き上げられる岩片の散弾。
力自慢のドワーフならではの飛び道具にモンスター達の体は破け、砕かれていった。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」
アイズ達が奮戦する光景を眼下に、いくつもの詠唱が折り重なる。
広大な一枚岩、モンスターの襲撃に晒され傷ついた野営地。その中で戦場を一望できる岩場に集まり、エルフの団員を中心とした魔導師達が、一斉砲撃の準備を開始する。
「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!」
先頭に立つリヴェリアの詠唱完成を皮切りに、魔導師達が続々と魔法の行使過程を終える。
複数の魔法円が展開される中、魔力の連なりが「いますぐ退避しろ」とばかりに下で戦うアイズ達へ警鐘を鳴らした。
アイズは近くにいたモンスターを切り伏せると、その近くで二本のメイスでモンスターを叩き潰した三日月に言った。
「もうすぐ、魔法の準備が出来る。だから退避して」
「・・・分かった」
三日月はそう言ってアイズを担ぎ上げた。
「三日月?」
「舌噛みたくなかったたら黙ってて」
三日月はそう言って、背中と腰のスラスターを全開にして凄まじい勢いで戦闘域をアイズと共に離脱する。
その勢いにアイズは目を閉じる。その瞬間───。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】」
壮絶な援護射撃が戦場を覆った。
氷、炎、雷。多数の攻撃魔法が雨のように着弾する。
体液を撒き散らしながらモンスター達が粉々に砕け散り、あるいは燃えて感電する。
無数の爆発が連鎖しながら、モンスター達をやきつくしていった。
興奮に包まれる彼女達を一瞥しながら、リヴェリアはそっと息をついた。
数時間前に強襲された野営地の被害は大きい。物資の損失、消耗もそうだが、何より団員の多くが初見の際、あの防御不可能な腐食液の餌食にされた。防衛に徹しようとしたのが、かえって仇となった格好だ。
瞬く間に広がった混乱も手伝いリヴェリアは指揮に専念する他なく、自分が先陣を切り魔法を行使することも───かなわなかった。
留守を任された自分の立つ瀬がない、とリヴェリアは静かに嘆いていた。
◇◇◇◇◇
アイズと三日月は戦闘域から高速で離脱した後、三日月はアイズを肩からゆっくりと降ろす。
「大丈夫?」
「・・・うん」
三日月の素っ気ない言葉にアイズはそう言うと、三日月は「そう」とだけ言った。
「やっと飯が食える」
三日月はそう言ってバルバトスを解除する。バルバトスを解除しないと飯が食えないのが、モビルスーツとの違いで欠点だったが、それよりも戦いやすくなるのはとても楽が出来た。
三日月はジャケットの中に入れてあったエナジーバーの包み紙を片手で器用に剥いて口に入れる。
ボソボソした味だが、今は戦闘中だ。あまり飯をちゃんと食ってはいられない。
すると何処からか視線が飛んでくるのを三日月は感じた。その視線が飛んでくる先を見ると、アイズが此方をじっと見ている。
「・・・なに?」
三日月はアイズにそう言うが、当の本人はすぐに我にかわり、「何でもない」と言って視線をそらしてくる。
「・・・・・まぁ、いっか」
三日月はそれに気にすることなく、食事を続けた。
◇◇◇◇◇
三日月の素顔、始めて見た。
アイズはそう思いながら三日月を見る。
あの悪魔のような強さと裏腹に見た目もそれ相応なのかと思ったがそうではなかった。
身長は私と同じくらいで年も自分と同じか、年下。
それでいて、体は完成された肉体だった。
だけど、右腕はだらんと垂れていて、恐らくは右目も見えていないのだろう。
それでも、彼は戦場の最前線で戦い続ける姿を見て、なぜこんなにも戦えるのだろうと思った。
そして、一体どんな環境であればこんなに強くなれるのだろうと思ってしまった。
「・・・なに?」
三日月が此方に顔を向けてくる。
何処かへ目指そうとしている彼の目を見てまるで吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「ぁ─────」
でもどうしてだろう。その瞳を見て私は────
"彼に魅入られてしまった"
三日月の隣に立ちたい。彼に追い付きたい。
それに────ああ、欲しいなあ。
感想、誤字報告、評価よろしくです。