ソード・オラトリア・オルフェンズ   作:鉄血

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三日月の出番は今回少ないですが、どうぞ!


第二十話

ピチャッ、と水滴が落ち、小さく弾ける。

天井から滴り落ちたか細い音は空気を震わし、辺りへ静かに響き渡っていく。

"それは"ゆっくりと目を覚ました。

緩慢な動きで全身を震わせ、狭い檻の中で身じろぎをする。

どこか重苦しい静けさに包まれた空間。

四方には闇が続いており薄暗い。皮膚の上をなぞるのはひやりとした冷気だった。

迷い込んだのか、どこからともなく一匹の鼠がかすかな鳴き声とともに現れ、しかしそれを仰いだ瞬間、一目散に逃げ出していく。

それはすぐに活動を始めようとはしなかった。

覚醒した直後で意思に空白が生まれているように、あるいは状況の認識のため周囲を窺うように、沈黙を連ねる。薄闇の静寂にそれはしばし身を委ねていた。

ふと、それは気づいた。

その身を閉じ込めていた黒檻が解放されていることに。更にもう一つ。

己の同胞がすぐ近く、同じように暗がりの奥で息をひそめていることも知覚する。

それは開け放たれた扉からゆっくりと抜け出す。

ずるずると床を這いずる音を撒き散らしながら、狭苦しかった檻を後にする。それに呼応するように、周囲からも檻を抜け出す気配が続いた。

外へ。

外に出ようと。

それは闇の中を蠢く。

知性は介在しない与えられた本能が熱を灯し、自分の存在意義を思い出す。

移動していく。

この暗闇から抜け出し、音が聞こえる方向へと。

多くの生物の気配がする、自身の直上へと。

地上へ────

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「あー、いかん、もう始まっとる!」

 

闘技場から響いてくる歓声に、ロキは慌てたように叫んだ。

 

「この道で、大丈夫なんですか?」

 

「おう、ばっちしや!大通り経由するより断然近道やで!」

 

つい時間を忘れ、屋台めぐりや三日月の事で考え過ぎて、のめり込み過ぎたのが失敗だった。

肝心な怪物祭の開演時間を大きく逃してしまったアイズ達は、今は駆け足で先を急ぐ羽目になっている。

ロキの土地勘頼りに進む路地裏は細く狭く人気が全くない。周囲を建物に囲まれ日が届かない裏道には、今は発光せず眠っている魔石灯が壁のあちこちに設けられていた。

視界の奥で徐々に頭を覗かせる闘技場施設を、アイズとロキは目指していく。

 

「・・・・・?」

 

途中、アイズは怪訝そうな顔をした。

耳が一瞬捉えた獣の遠吠えらしき響き。

闘技場で調教師と戦うモンスターの雄叫びが風に乗ってきたのか、と納得しようとするとも、腑に落ちない表情を浮かべてしまう。

そうこう違和感を覚えている内に、アイズ達は細い道を抜け、闘技場がそびえ立つ広場に辿り着いた。

 

「あかん、走り疲れた・・・うん?なんや、この空気」

 

ロキが息を切らす中、闘技場周辺の雰囲気は張り詰めていた。

祭りの環境整備のため配置されているギルド職員の動きは不安をかき立てるほどに騒がしく、慌ただしい。今も歓声が絶えず打ち上がっている闘技場とは真逆に動揺と混乱が伝播していた。

そして何より【ガネーシャ・ファミリア】の団員達が武器を携え広場から散っていく光景は、もはや異変が起きたと判断するに十分過ぎる材料だった。

アイズはロキを見て頷きをもらうと、闘技場の南側、正門付近に足を運んだ。輪になっている少人数のギルド職員達を見つけ、アイズは彼等に情報を聞き出した。

 

「・・・すみません。何かあったんですか?」

 

弾かれるように振り返ったギルド職員達は、こちらを見るなり目を見開いた。

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン・・・」

 

彼等は呆然とした後、飛び付くように男性職員の一人がアイズに近寄り、早口で現在の状況を説明してくる。

聞くに、祭りの為に捕獲されていた一部のモンスターが闘技場地下の檻から脱走し、この東部周辺へ散らばったらしい。

恐らくは外部犯の仕業か、一部のギルド職員や檻を見張っていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は、魂を抜き取られたかのように放心し、再起不能に陥らされたとの事だった。

 

「モンスターを鎮圧するには人手が足りません、どうかお力を・・・・・!」

 

その懇願を断る理由などありはしなかった。

後ろを振り返り、己の主神に視線を飛ばす。

 

「ロキ」

 

「ん、聞いとった。もうデートどころじゃないみたいやし、ええよ、この際ガネーシャに借し作っとこうか」

 

にわかに沸き立つギルド職員達とロキが言葉を交わし、モンスターの数、種類、動かせる人員状況を私は確認する。

何故モンスターの脱走を許したのか考えるのは後回しだ。

都市の東部一帯を揺るがす事態に、私はレイピアの柄を掴み、そして引き抜いた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

大観衆の拍手と喝采が万雷のように鳴り響く。

闘技場内のアリーナでは、今まさに【ガネーシャ・ファミリア】の調教師がモンスターを手懐けたところだった。

都市東端に築き上げられた円形闘技場。周囲の建物より抜き出て高く広い巨大施設は蒼穹にも届こうかという興奮の渦に包み込まれている。

 

「やっぱりガネーシャのとこ、すごいなー。調教を簡単に成功させちゃって。あんなの真似できないや」

 

ティオナはそう言って、闘技場の舞台を見続けている。

そんなティオナにレフィーヤも自身の感想を言った。

 

「そうですね。ただえさえ成功率は低いのに、こんな大舞台で・・・・」

 

「華もあるわよね、一々。ただ、調教するんじゃなくて、観客を魅せる動きをしてる。お金も取れるわ、これなら」

 

怪物祭の観戦に来ている三人は口々に感想を言う。朝早くから入場していた彼女達は他派閥の精鋭による数々の妙技に、素直に舌を巻いていた。

そんな彼女達の隣で、三日月とハッシュはじっと見ていた。と、ハッシュが三日月に言う。

 

「凄いっすね、冒険者ってのは。あんなことも出来るようになるんすね」

 

ハッシュの言葉に三日月も言った。

 

「そういうのが得意ってことだろ」

 

三日月はそう言ってポケットからデーツを取り出し、口にする。

華美な衣装を纏う調教師の麗人は一頻り拍手に応えると、すっかり大人しくなった虎のモンスターを連れて退場していく。入れ替わるように東西のゲートから現れたのは、屈強な男性の調教師と、尾を合わせれば体長七Mにも及ぼうかという大型の竜だ。

観客の間にどよめきが走る中、凶悪な牙を覗かせるモンスターが唸り声を上げる。

 

「デカいな」

 

「あんなのもいるんすね!」

 

三日月とハッシュ二人はそう反応しるのに対してティオナ達もそれぞれの感想を言う。

 

「あんな大きいのもダンジョンから引っ張ってきたの?」

 

「そんなわけないでしょ、都市外から連れてきたのよ。竜種のモンスターなら、ダンジョンの産まれじゃなくても力はそこまで見劣りしないだろうし」

 

フィールドを取り囲む観客席、その中段付近にティオナ達はいる。

戦いの火蓋が切って落とされ瞬く間に巻き起こる歓声の大津波。うひゃー、と首を縮めて片目を瞑るティオナの隣で、耳を押さえたレフィーヤは声を張る。

 

「でもっ、ちょっとおかしくないですかっ?あのモンスター、きっとトリだと思うんですけどっ」

 

周囲の声援にかき消されないよう声を出すレフィーヤの疑問に、言われてみればとティオナは格闘する調教師とモンスターを眺める。

あの大きさと迫力なら今日一番の目玉であることは間違いないだろう。他のモンスターの出番を奪うような真似をしてまで、この時期に駆り出される理由はないように思える。

それとも、あるいは、演目の順番がずれ込まなければいけない何か───順番が控えていたモンスターを出せなくなった何か───が起こったのか。

 

「それに・・・さっきから【ガネーシャ・ファミリア】の連中が慌ただしいわね」

 

「あ、やっぱりそう思う?」

 

フィールドから顔を上げるティオネとティオナの視線の先、主神であるガネーシャがいるのであろう闘技場最上部の席に、代わる代わる足を運ぶ団員達の姿がある。

更に彼等は観客席へ下りては手当たり次第に神や冒険者へ耳打ちを行っており、何かを要請しているようにも見えた。

どこか余裕のない彼等の動きに、ティオナ達は何かしらの事態が起きている事に薄々と感付き始めた。

 

「どうしますか?」

 

「・・・少し、様子を見てきましょうか」

レフィーヤの問いにティオネは答え、観客席から立ち上がる。

 

「三日月、ハッシュ、ちょっと気になる事があるから此処で待ってて・・・ってあれ?」

 

ティオナはそう言いながら三日月とハッシュがいる席へ顔を向けると、そこに二人の姿は見えなかった。




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