ソード・オラトリア・オルフェンズ   作:鉄血

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第二十二話

「職員の指示に従って避難してください!この近辺にはモンスターはいないので、どうか冷静に!」

 

「娘がっ、娘がいないんです!?この騒ぎではぐれてしまって・・・!」

 

「落ちついてください。ご息女の特徴を教えてもらえますか?」

 

混乱を来たす市民をギルド職員達が必死に誘導している。絡み合う怒号と悲鳴を受け止め、他の冒険者の手を借りながら、彼等は避難活動に努めていた。

ハーフエルフの女性職員と獣人の母親が会話をする様子を見下ろしていたロキは、再び上がったモンスターの断末魔に顔を上げる。

 

「ティオナ達には悪いけど、アイズ一人で片が付きそうやな・・・」

 

闘技場から移動し高くそびえる鐘楼に上った彼女は、視界奥の光景を眺めながら呟いた。

視界の先では金髪の少女が広大な街の区画を絶え間なく動き回っている。

今もまた補足したモンスターを一匹切り伏せた。

 

「でも、問題は三日月やな。あれ、結構ヤバいやつやで」

 

ロキはそう呟き、少しだけ目を開ける。

三日月が相手をしている謎の敵。実力を見てから言えばあの青い奴が上。三日月は押されている。

 

「ちょっとマズイで・・・アイズが間に合うとええけど」

 

ロキはそう呟き、周りの様子を見る。

 

「にしても・・・うっさん臭いなぁ、この騒ぎ」

 

ギルド職員や【ガネーシャ・ファミリア】の行動の賜物で周辺地域の住民は全て無事。眼下にいる彼等の声に聞き耳を立てれば、今のところ避難を終えた者達には掠り傷一つないらしい。

市民の安全に尽力した彼等を誉めるべきなのだろうが、ロキにしてみれば拍子抜けもいいところだ。

 

(死んだもんはおろか、怪我人もナシってのは話が上手すぎやろう・・・。人類を襲わんモンスターがどこにおんねん)

 

「まぁ、この先、何が起こるかわからんけどな」

 

視線の先のモンスターがまたアイズに仕留められる。

こんな芸当ができる、あるいはしでかす輩は────とそこまで考えて脳裏に過ぎったのは、フードに隠れた蠱惑的な微笑みと、きらめきをこぼす銀の髪だった。

 

「───あン?」

 

唐突にロキは足元を見た。

ぐらり、と感じた震動。

よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬揺らめかした。身を乗り出し、街の周囲を見回す。

 

「地震、か・・・・?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「うわー、本当に出番なさそー」

 

家屋の屋根伝いに移動していたティオナ達は足を止めた。

討ち漏らすどころかアイズは的確にモンスターを屠り、ティオナ達の援護を無用のものとしている。

ふわりと、ここまで伝わってくる風の余波に髪を撫でられた。

 

「餌を用意されておいて、そのままお預け食らった気分ね」

 

「あ、わかるかも」

 

「・・・お、お二人とも、武器もないのによくそんなこと言えますね」

 

今日のティオナ達はもともと武器を携行していない。各自の得物である大型武器や杖は怪物祭観戦の邪魔になるだろうという判断からだ。防具は言わずもがなである。

手持ち無沙汰になりかけている中、体があればこと足りるとばかりのアマゾネス姉妹の会話に、レフィーヤは空笑いをする。

 

「・・・・・?」

 

「ティオナ?」

 

「どうかしたんですか?」

 

眉を訝しげに曲げ、過敏な野良猫のように周囲を見回し始めるティオナ。

表情を張り詰めさせる彼女は口を開いた。

 

「地面、揺れてない?」

 

「・・・本当、ね」

 

「地震・・・じゃないですよね」

 

地震というにはあまりにもお粗末な揺れは、ティオナ達に不穏なものを覚えさせる。

ダンジョンで培われた感覚が、どんな些末な出来事にも、いかなる前触れに対して彼女達を敏感にさせていた。

そして。

自然に身構えていた彼女達のもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

「!?」

 

引き寄せられるように視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。

 

『き───きゃあああああああああああっ!?』

 

次いで響き渡る女性の金切り声。

揺らめきを作り煙の奥からあらわになるのは、石畳を押し退けて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

ぞっっ、と首筋に走る嫌な寒気。

ティオナ達は顔色を変えた。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

 

「行くわよ」

 

叫ぶと同時に走り出す。

一足遅れてレフィーヤも駆け出し、屋根の上を飛んで一直線に突き進んだ。悲鳴を上げ市民が一斉に逃げ惑う最中、ティオナ達は通りの真ん中へ、だんっ、と勢いよく着地を決める。

 

「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ・・・」

 

「新種、これ・・・」

 

煙が完全に晴れ渡り、モンスターはうぞっと頭部をもたげる。

細長い胴体に滑らかな皮膚組織。頭部───体の先端部分には眼を始めとした器官は何も備わっておらず、若干膨らみを帯びたその形状はひまわりの種を彷彿させた。

全身の色は淡い黄緑色で、ティオナ達に嫌な既視感を覚えさせる。

顔のない蛇、と形容するのが最も相応しいだろう。

 

「ティオナ、叩くわよ」

 

「わかった」

 

「レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい」

 

「は、はいっ」

 

目付きを鋭くするティオネの指示に、ティオナ達と、そしてモンスターも反応した。

地面から生える体を動かし、対峙する双子の姉妹に意識の矛を向ける。

次の瞬間、全身を鞭のようにして襲いかかった。

 

「!」

 

力任せの体当たりをティオナとティオネは回避する。

巻き上がる石畳に、ばらまかれる破砕音。石の塊が周囲の商店に当たり、穴だらけにしていく。幅十Mはある広い通りに再び煙が立ち込めていった。

"ぞるるるっ"と嫌な音を立ててその細い体をくねらせるモンスターに、ティオナとティオネは、すかさず死角から拳と蹴りを叩き込む。

 

「っ!?」

 

「かったぁー!?」

 

皮膚を打撃した瞬間、彼女達は驚愕した。

渾身の一撃が阻まれる。

素手とはいえ、並のモンスターならばそれだけで肉体を破砕できる第一級冒険者の強撃だ。にもかかわらず貫通も擊砕することもかなわなかった。凄まじい硬度を誇る滑らかな体皮は僅かばかり陥没しただけで、逆にティオナ達の手足にダメージを与えてきた。

皮の破けた右手を軽く振るい、ティオナは目を見開く。

 

『──────!!』

 

ティオナ達の攻撃に悶え苦しむ素振りを見せたモンスターは、怒りを表すようにより苛烈に攻め立ててきた。

氾濫した川の激流のような勢いで体を蛇行させ、押し潰すあるいは蹴散らそうとしてくる。

アマゾネスの姉妹は危うげなく往なした後、敵の到る場所に何度も拳撃を見舞う。

 

「打撃じゃあ拉致が明かない!」

 

「あ~、武器用意しておけば良かったー!?」

 

舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型のモンスターとの戦闘は続いた。

攻撃をもらえば一溜まりもない敵の攻撃をことごとく避ける。モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに周囲を跳び回るティオナ達には掠りもしなかった。

お互いの決め手を見出だせないまま、状況が停滞する中。

その外で、レフィーヤはティオナ達の稼ぐ時間を受け取り、詠唱を進めた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

魔法効果を高める杖はなく、片腕を突き出しながら呪文を編む。

速度に重きを置いた短文詠唱。出力は控えめな分、高速戦闘にも十分に対応できる。

更に目標はティオナ達の攻撃にかかりっきりで、レフィーヤを歯牙にもかけていない。これならば余裕をもって狙い撃てる。

山吹色の魔法円を展開しながらレフィーヤは速やかに魔法を構築した。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

そして最後の詠唱を終え、解放を前に魔力が集束した直後───ぐるんっ、と。

それまでの姿勢を覆し、モンスターがレフィーヤに振り向いた。

 

「───ぇ」

 

その異常な反応速度に、レフィーヤの心臓は悪寒とともに打ち震える。

今の今までこちらに無関心だった筈のモンスターが、その顔のない頭部を差し向けた。

ティオナ達が既に退避を始めているのを視界に──『魔力』に反応した、と。

レフィーヤがそのように直感した、次の瞬間。

レフィーヤの目の前から腕ほどもある"触手"が飛び出し、無防備なレフィーヤを貫こうと触手が伸びた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「くっそ、まだ逃げ切れてねぇ奴もいるじゃねぇか!」

 

ハッシュはそう言って剣を腰に下げて街中を走り回る。

三日月に頼まれ、街中に逃げたモンスターを倒さないといけないのに、周りの市民達もまだ、避難仕切れていない。

この状況でモンスターと戦っても被害が大きくなるだけだ。

 

「まだ、モンスターも何処にいるかわかんねぇってのに!」

 

と、前で爆音が聞こえた。

 

「えっ?」

 

ハッシュは顔を爆音が聞こえた方へと顔を向けた。

 

「あそこか!!」

 

ハッシュはそう言って爆音が聞こえた方へと走る。

そしてその状況が見えた。

ティオナとティオネがモンスターを惹き付けようとしており、レフィーヤという奴が何かしようとしていた。

そして詠唱が終わったレフィーヤにモンスターが急に動き始める。

 

「!!」

 

あのまま放って置けば彼女がヤバい。

それを感じたハッシュは走り出す。

そして彼女の前に飛び出した触手にハッシュは───

 

「くっそ・・・!間に合えぇぇぇ!!」

 

手を伸ばした。

 

(俺は三日月さんに頼まれたんだ!!)

 

ハッシュ。アイツらが危なくなったら頼んでいい?

 

俺は決めたんだ。ビルスの代わりになるって。

 

────あの人に追い付くって────

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

"ドン"

 

とレフィーヤは"誰かに突き飛ばされた"。

 

「えっ?」

 

レフィーヤが呆然と声をあげて自分の代わりに貫かれた"ハッシュ"を見る。

貫かれたハッシュはその口から血を吐き出す。

 

「なん・・・で?」

 

「「ハッシュ!?」」

 

貫かれたハッシュにティオナ達が叫ぶ。

ハッシュの身体から触手が引き抜かれ、その身体が背中から地面に倒れ込む。

そんなハッシュを前に蛇型のモンスターにも変化が現れた。まるで空を仰ぐように体の先端部分をもたげたかと思うと、ピッ、ピッ、と幾筋もの線をその頭部に走らせ───"咲いた"。

破鐘の咆哮が轟き渡る。

開かれた何枚もの花弁の中央には牙が並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。

 

「ハッシュ!しっかりして!ハッシュ!」

 

「あー、もうっ、邪魔ぁっ!」

 

駆けつけようとするティオナ達に触手の群れが襲いかかる。黄緑色の突起は拳で何度も打ち払うが、すぐに起き上がり、蠢く林を形成して彼女達の行く手をはばんだ。

ティオナの呼びかけも虚しく、モンスターは倒れ込むハッシュとレフィーヤの眼前に迫った。




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