では、どうぞ!!
あの後、色々なことがあった。
怪物祭の事件は【ガネーシャ・ファミリア】と冒険者の手によって犠牲者はゼロ、被害も最小限に押さえられた。だが、その中で私達が心配したのは三日月の件だった。
なぜなら、三日月の右耳が聞こえなくなるという障害を負ったからだ。あれから三日月に聞いてみても、殆ど話そうとしてくれない。話しても、俺のやったことだからと言って済ませるばかり。
バルバトスの姿が変わった時から三日月の様子が変になった。私は三日月の障害の原因がアレにあるのだと予想するが、決定的になる情報がなかった。
辛いときは私達を頼ってほしいのに、三日月はハッシュにだけ頼り、私達には頼ってくれない。
三日月・・・貴方は一体何を隠しているの?
私の疑問に誰も答える人は誰もいない。
だから、私は"私一人で何とかする"。
三日月は、私が何とかしてみせる。だからもう少し待ってて。
◇◇◇◇◇◇
抜けるような蒼穹が広がっていた。
澄みきった空はどこまでも続き、どこまでも高い。
うろこ状の白い雲が浮かぶ中、穏やかな日の光を浴びながら、今日もアイズはダンジョンに向かう。
いつもと変わらず賑わう街の大通り。
売り子の声、客の喧騒、石畳を蹴る多くの靴の音。
往来する馬車は車輪を回し、嘶きを周囲へと響かせていく。大通りは沢山の笑顔と活気に溢れていた。
アイズと三日月は人込みに紛れながら、様々な亜人とすれ違っていく。
歩みを進めるにつれ、武装した冒険者達の視線が自然と彼女のもとに集まっていった。ひそめられた話し声が耳に届いてくる。
曰く、最強の女性冒険者。
曰く、不死身の剣士。
曰く、できないことはない。
過剰な評価。
畏怖が畏怖を呼び、名声だけが独り歩きをしている。
そして時折、三日月のことも耳に入る。
悪魔。
彼の戦いぶりやバルバトスの見た目から、彼は悪魔と呼ばれている。彼は悪魔なんかじゃない。私はそう言い返したいけど、言えなかった。
好き勝手に述べられる内容に対し、アイズは頓着しないようにしていると、ふと、視界に過った光景があった。
目尻に涙を溜める、幼いヒューマンの少女。
雑踏から弾き出され、一人路傍にいる彼女に近寄ろうとする者は誰もいない。
歩みを止めたアイズはしばらく悩んだ末、少女ともとに足を運んだ。
「どうしたの・・・?」
「・・・うぇぇぇっ」
静かに声をかけると、途端、少女はじわっと目を潤ませ、堰を切ったように泣き出した。
これに驚いたアイズは何とか泣き止めさせようとするが、ろくな言葉もかけられない。
悲しげな嗚咽だけを浴びせられ、彼女自身困り果て、立ち尽くしてしまう。
ともすれば、滑稽だった。
独り歩きしている名声にせせら笑われる。
そこに凛然とした【剣姫】の面影は欠片もなく。蓋を開ければ、アイズ・ヴァレンシュタインは、このような些末なことにもうろたえる。
最強だろうがモンスターをいくら倒そうが、何もかもできるわけではない。
むしろ、できないことの方が有り余る。
「・・・少し、待ってて?」
響き渡っていく泣き声からややもすると逃げ出すように、アイズは一旦その場から離れる。
と、三日月は泣き続ける彼女にポケットからチョコレートを取り出して言う。
「食べる?」
三日月の声に彼女は顔を上げる。
そして彼女は言った。
「・・・食べる」
「・・・ん」
三日月はそう言ってチョコレートを少女に渡すと、少女はチョコレートを食べ始める。
そして泣き止む彼女に、三日月は顔を近づけて匂いを嗅いだ。
そして──────。
三日月は顔をあげると、彼女を連れて表通りに出る。
「あっ、三日月・・・」
私はそう言って三日月についていく。
「あれか」
三日月がそう言うと、少女が笑顔になって走り出す。
「お母さん!!」
人混みに紛れる少女に私は顔を上げると、あの少女の母親らしき人と少女が一緒にいる所が見られた。
そんな二人の様子を見て、三日月は言った。
「行くよ」
「えっ?うん・・・」
身を翻して歩き始める三日月に私は彼の後ろについていく。私が出来なかった事を三日月はすぐに解決してみせた。彼が見せた優しさを見て、彼は悪魔なんて呼ばれる人じゃないと私は再度思う。
「なに?」
見つめる私に気づいたのか、三日月はそう言って私を見る。
「・・・なんでもない」
私はそう言って目をそらす。
「ふーん」
立ち止まるアイズを置いて三日月は再び歩きだす。
何も知らない、すれ違った一つの足音が、彼女から遠ざかっていく。
澄んだ風に白い雲はなびく。
見上げたオラリオの空は、今日も青かった。
■■■■
遥か地中の底、その■■は眠っていた。
かの厄災は未だに目を覚まさない。
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あと、アークナイツ、『片翼の彼と嘘つき堕天使』も投稿していますので、お楽しみください!