風を斬る音が響く。
斬撃の後に遅れて響く細い風切り音は、剣身に乗せられた速度と鋭さの証拠だった。一振りのサーベルで幾重もの銀の軌跡を、肌寒い朝の空気に刻み込んでいく。
まだ日が出ていない時間帯、アイズは一人、ホームの中庭で日課である剣の素振りを行っていた。
この早朝の素振りは誰にも言われたわけでもなく、アイズが九年前から自ら始めたことだ。
日々の反復を行うように、あるいは更なる剣技の向上を目指すために、ホームにいる間はほぼ毎日のように行われてきた。ダンジョンで上げる戦果に比べれば地味にちがいないが、こうした技の研鑽を、彼女は決して怠ろうとしない。むしろ怠ることができない。アイズが恐れていることは、多くの者達とも同じ、前に進めなくなることだからだ。
芝生がある中庭の一箇所へとどまり少々染み込んでいるレイピアの扱いの誤差を修正するように、縦、横、斜め、と愛剣を無尽に振り鳴らす。下半身の動きは最小限に抑え、あたかも指揮棒をもちいる指揮者のように、振る。
やがて日の出を知らせる光が、白み始めていたオラリオの東の空を赤く照らし出す。
アイズは最後というように庭木から落ちた一枚の緑葉をヒュンッと斬り上げ、両断し、剣を鞘に収めた。
「・・・・・?」
鍛練を終了させたアイズは、自分を見つめる視線に気付く。
振り向くと、庭と繋がる塔の出入口付近で、エルフの少女、レフィーヤが目を見開きながらたたずんでいた。
胸に分厚い本を抱えている彼女はアイズの剣舞に魅入っていたように固まっており、目を向けられると、思い出したようにはっとして、それから笑顔で拍手をし出す。
「す、すごかったです、アイズさん!私つい見とれちゃってっ、声をかけるのも忘れちゃいました!」
「えっと・・・ありがとう?」
その賞賛に、アイズは小首を傾げながら応えた。日課である事柄を褒められたところで、どう反応していいのかがわからない。
興奮しているのか、頬を染めて近付いてくるレフィーヤは、自身の紺碧の瞳をきらきらと輝かせ尊敬の眼差しを向けてくる。
「本当にこんな朝早くから剣を振られているんですね・・・だからアイズさんはあんな強くって・・・私も見習わなきゃっ」
目の当たりにした鍛練の積み重ねが、アイズを【剣姫】と呼ばれるまでに押し上げた要因の一つであると確信するレフィーヤは、語尾に力を込めて精進しようと意気込む。
そんな後輩の少女の姿に、アイズは微笑ましそうに口もとを綻ばせた。
「アイズさんは、剣術を誰かに教わったりしたんですか?魔導士の私から見ても、すごく切れがあるなってわかるんですけど・・・」
「・・・お父さん、かな」
アイズは視線をさまよわせ、少し考える素振りを見せた後、ぽつりと質問に答えた。
「お父様が・・・そういえば、アイズさんのご両親は今は何を・・・?」
と、レフィーヤがそこまで言葉を続けたところで、アイズは視線の端に二人の影が見えた。
そちらに視線を向けると、そこにいたのは三日月とハッシュだった。
三日月は上着と服を地面に脱ぎ捨てて上半身裸のまま、ハッシュと一緒にトレーニングをしている姿があった。
よく彼等が一緒にトレーニングをしている姿を見かける。
「凄い」
「本当ですよね・・・」
私は三日月達を見てそう呟いた。
彼の身体は服の上からでも分かるように、柔軟な筋肉で構成されており余分な脂肪が一切ない。
いってしまえば人体の究極というべきの理想だ。ベートでも彼処まで到達していないというのに、彼はどれほど努力してあのような肉体を維持し続けているのだろうか。
そんな彼を見て私は少しだけ試したくなった。今の私が彼とどれだけ差があるのかを。
「アイズさん?」
レフィーヤが私を訪ねてくるが、私はそれに気にする事なく三日月達のいる場所に足を進める。
そして私は声をかけた。
「三日月」
「ん、何?」
私の声に三日月は反応してトレーニングを止めた。
「どうしたんすか?」
ハッシュもそう言ってトレーニングの手を止める。
そんな彼等に私は言った。
「私と模擬戦やってくれてもいい?」
「アイズさん!?」
レフィーヤが目を見開きながら言ってくる。けど、どうしても確かめたい。
「別にいいけど、やってどうすんの?」
三日月が私にそう聞いてくる。その質問に私は言った。
「どれだけ三日月と戦えるか確かめたい」
本音を言えばそれだった。私は三日月と一度も模擬戦をしたことがない。一回だけ、始めて会った頃に彼と戦ったことはあったが、それもすぐに終わってしまった。
だから確かめたい。私の目標である三日月がどれだけ強いのかを。
その答えに三日月は一言だけ言った。
「分かった。朝飯食べたらやろう」
そう言って三日月は服を拾い上げる。彼が背を屈めた瞬間、キラリと三日月の背中から何か光った。
「三日月?背中に何か────」
ついてると、言おうとした瞬間に私とレフィーヤは言葉を詰まらせた。
三日月の背中。正確には首すじより少し下から銀色の突起が三つ、三日月の背中から飛び出ている。
「何?」
三日月が言葉を詰まらせる私達にそう言って視線を向けてくる。私は三日月の言葉に少し掠れる声で言った。
「三日月・・・その背中・・・」
いつも遠くで見ていて分からなかったが、明らかにその背中についているソレは異質だ。そんな私に三日月はなんともないような声音で言う。
「ああ、阿頼耶識の事?別になんともないよ」
「でも、何でそんなのが・・・」
私の言葉に三日月が言う。
「強くなるためだよ」
「えっ?」
強くなるため。彼はそう言った。そんなもので強くなれるのだろうか?私の疑問に三日月は言葉を続ける。
「コレがあればバルバトスも使えるし、それにみんなを守れるんだ。だから別に気にしなくていいよ」
三日月はそう言って服を着て何時もの上着を着る。
「んじゃ、先に行ってるから」
「それじゃあ、お先に失礼させてもらいます」
三日月とハッシュはそう言って、中庭から出ていった。
「行っちゃいましたね・・・」
「・・・・うん」
レフィーヤの言葉に私はそう答えるが、私の頭の中は別の事を考えていた。
(バルバトスが使える?それに強くなれる?)
アレを付ければ私も今より強くなれるのだろうか?その言葉が私の中にずっと渦巻いていた。
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