ソード・オラトリア・オルフェンズ   作:鉄血

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第三話

シャワーを浴びて身を綺麗にしたアイズは、ふらりと手狭であるホームを移動し、大食堂へ向かった。

既に食堂には数名の団員がおり、朝食の料理や皿を配膳している。厨房から漂う香ばしい匂いには朝早くから活動していたアイズのお腹を大いに刺激した。こそっと窺ってみたところ、本日は野菜をふんだんに使ったスープとサラダ、野菜と塩漬けにした肉のサンドイッチ、そして野菜入りのオムレツのようだ。

先日【デメテル・ファミリア】から届けられた大量の野菜が猛威を振るっている。

彼の派閥の野菜はとても甘いので、アイズは好きではあるが。そういえば、三日月も野菜を作っているところを見たと言う話を聞いたことがある。野菜しかあまり食べない三日月は自分で野菜を作ることが好きなのだろうか?そんな事を思いつつ、アイズは他の者達に紛れてさりげなく配膳を手伝った。

長方形の食卓に食器が並べらいく、が。

 

「うおっ、アイズさん、いつの間に!」

 

「ありがとうございます、でも大丈夫ですから!」

 

感謝されると同時に、めっそうもない、と団員達から断られてしまう。まるで王宮に住まう姫君のような扱いでやんわりと遠ざけられた。

派閥の幹部に雑事などやらせては面目がない、というところだろうが・・・ティオナ達ともまた異なった彼等との距離感に、ほんのり寂しさを感じないと言えば嘘になる。

しょぼん、とアイズの肩が心なし、しおれる。

 

『ティ、ティオネさん、朝食は俺達が・・・』

 

『団長の朝ご飯は、わ・た・し・が作るのよ!手出しは無用よ、引っ込んでなさい!』

 

ちらっと見える、厨房にこもり団員を押しのけ朝食作りに勤しむティオネの姿。みなと賑やかに交流している───ようにアイズの目には見える───彼女に、ティオネはすごい、と思いつつ、優しく大食堂から追い出されてしまった。

 

「あ、お疲れ様です。アイズさん」

 

「あっ、うん・・・ハッシュはなに急いでるの?」

 

手持ち無沙汰になったアイズが当てもなく廊下を歩いていると、曲がり角からハッシュと出くわす。駆け足でいる彼に私はそう言うと、彼は足をその場で止めて言った。

 

「今から三日月さんと一緒に畑の水やりをするんすよ。んで、今からその畑に向かってる最中です」

 

どうやら話に聞いていた通り、三日月は畑を作っているらしい。今からハッシュはその場所に向かう途中で、私と出会った所なのだろう。

 

「んじゃ、三日月さん待たせてるんで行きますね」

 

「待って」

 

ハッシュがそう言って、走り出そうとした時に私は彼を呼び止める。

 

「どうしたんすか?」

 

ハッシュは私を見ながらそう言って足を止める。

 

「私も、一緒に行っていい?」

 

手持ち無沙汰でやることが特に無いのだ。それなら身体を動かしていた方がいい。

私の言葉に、ハッシュが言う。

 

「別に構いませんけど、今からだと少し朝飯に遅れますよ?」

 

「構わない」

 

別に朝食が少し遅れたって構わない。それに三日月が野菜を作っているところを少し見てみたかった。

 

「んじゃ、こっちです、ちょっと走るんで着いてきてください」

 

ハッシュはそう言って走り始めた。私も彼に合わせるように駆け足で走る。

 

「ハッシュは毎朝こうやって畑にいくの?」

 

走る彼に私は興味を持って聞いてみる。彼が一番三日月と行動していることが多いのだ。ならハッシュも水やりなどしているのだろうか?

そんな私の質問にハッシュは走りながら答える。

 

「まあ、そうっすね。俺が好きでやってる事っすから別にって感じですけど、基本俺は三日月さんに頼まれたり、三日月さんが行けない時にこうやって行くことぐらいですかね」

 

「・・・そうなんだ。信頼されてるんだね」

 

「三日月さんは、最後に俺を見てくれたんですよね。始めは見向きもされなかったのに、今はこうやって見てくれてるんで。それに俺は三日月さんに言ったんすよ。絶対にアンタを追い抜いてみせるって」

 

それまでは俺は三日月さんと一緒に何処までも着いていきます。

彼の言葉にチクリと胸に痛みが走る。

三日月に信頼されているのも羨ましいけど、彼は自身に目標を持っていた事にだろうか。

私の目標は今のところ、彼の隣に立ちたいからこうやって頑張っている。けど、彼は?彼は何の目的があって三日月を追い抜いてみせると決めたのだろうか?

 

「ハッシュはなんで、三日月を抜かしたいの?強くなるため?」

 

だから聞いてみた。聞いてしまった。

そんな私の質問に彼は少し考える仕草をして、言った。

 

「・・・俺は鉄華団に入る前、スラムに住んでいて親のいないガキ同士で集まって暮らしてたんだ」

 

ハッシュはスラムで産まれそこで暮らしていた。聞いてはいけない事を聞いてしまった私は後悔する。けど、彼の話は最後まで聞かないといけないという、責任感もあった。

 

「・・・それで?」

 

だから私は聞いてみる。彼が三日月を越えたいと決めた理由を。

 

「ビルスはそんな俺らの兄貴分だった。俺達の生活を楽にしてやるって、兵士になるってスラムを出ていった」

 

「なのに戻ってきたビルスは腰から下が動かなくなってたんだ」

 

そんな過去を話すハッシュの声はどこか辛そうだった。

私は黙って聞く。

 

「動かなくなった理由は阿頼耶識の手術が失敗したからだった。動けなくなったビルスは俺に言ったんだ。惨廃になってごめんなって」

 

「・・・その後、その人はどうなったの」

 

「俺が帰った時に首を吊って死んでいた」

 

「そう・・・なんだ」

 

その結末に私はそう呟く。聞かなきゃ良かった。ハッシュもそんな事を思い出したくなかったと思う筈なのに。

私の呟きにハッシュは言葉を続ける。

 

「俺達みんな思ってたんだ。ビルスに着いていきゃなんとかなるって。なのに・・・だから俺が次のビルスにならなきゃなんねぇんだ」

 

ハッシュはそう言って口を閉じる。

そして次には何ともないように私に謝る。

 

「すみません。暗い話になっちまって。もうすぐ着くんで、もうちょっと早く行きます」

 

「・・・うん。こっちもごめんなさい。興味本意で聞いて・・・」

 

私の謝罪にハッシュは気にしてないように言った。

 

「別にいいですよ。好きに話したのは俺なんで」

 

彼はそう言って走るペースを早くする。

彼の話を聞いて、私は三日月のその背中が私が思っていたよりもずっと遠いと感じてしまった。




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