数え切れない冒険者が行き交う北西のメインストリート、『冒険者通り』。
青い青空からそそぐ陽光が種々様々な鎧の上で照り輝く中、亜人達は慌ただしく迷宮探索の準備に追われている。鎧戸と重い扉を一杯に開放する大通りの商店はさあさあと彼等を手招いているかのようだった。薄暗い路地裏にひそむ露天商は怪しい薬を片手に笑みを張り付け、駆け出しの少女を呼び止める。
急ぐ者達の肩と肩がぶつかり合い、怒声や罵声もまた絶えない。
今日もダンジョンへ潜ろうとする冒険者達を前に、通りは賑わいに満ちていた。
「アミッド、高等回復薬ちょうだい!一番効き目のいいやつ、沢山!」
「私もティオナと同じものを・・・五つ。あと、精神力回復薬も」
「かしこまりました」
光玉と薬草のエンブレムが飾られた清潔な白一色の建物内。
周囲に存在するカウンターの一つでティオナとアイズの注文に応えるのは、白銀の長髪を揺らす少女、アミッドだ。彼女は背後の棚にずらりと並べられた色とりどりの瓶を集め、カウンターの上に置いていく。群青色、柑橘色に染まった数々の回復薬が、アイズとティオナの顔を溶液の中に反射させた。
「本日からダンジョンへ長期の探索に行かれる予定ですか?」
「うん、ティオネとレフィーヤと三日月と・・・あと、フィンとリヴェリアも一緒」
「三日月?・・・最近噂の悪魔と呼ばれている人ですか?」
「あれ?知ってるの?」
アミッドの言葉にティオナはそう言って聞き返す。
「ええ、最近街では噂になってますから。街中で現れたモンスターを一撃で屠った悪魔と」
「・・・そうなんだ。ねぇアミッド、何か欲しいものある?30階層までは絶対行くだろうし、教えてくれればあたし達、取ってくるよ!」
「よろしいのですか?それでは・・・白樹の葉を数枚、採取頂けますか?」
【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院で、ティオナとアイズは道具を調達する。ティオネ探索にもお使いを頼まれている彼女達は、羊皮紙のメモに目を通しながら、回復薬の他にも多くの品物を注文していく。
補給が困難であるダンジョンに長期滞在するというのなら、武器や道具、物資は必要以上に揃えておかなくてはならない。多少荷物はかさばろうとも、予想外の事態を見越しておくことが冒険者の心構えというものだ。
懇意にしているアミッドの頼みも快諾しながら、アイズとティオナは道具を山程買い込んでいった。
◇◇◇◇◇
「レノア、邪魔するぞ」
「ああ、リヴェリア、来たか。・・・おや、小娘も一緒かい」
「ご、ご無沙汰しています」
北西のメインストリートを曲がった路地裏の奥深く。地下への階段を下り、傷んだ木の扉を開けたその先にその怪しげな店はあった。
室内は広く、薄暗い。天井にぶら下がったまるで火の玉のような魔石灯が、造り付けの棚に置かれた蛇や蜥蜴、蠍などといった不気味な生き物のビン詰めを照らし出している。店の奥では何かを煮詰めているのか、大きな黒い鍋から赤い湯気が立ち上っていた。レフィーヤが未だに慣れないとばかりにきょろきょろと落ち着きなく店内を見渡す中、カウンターの奥にいる老婆はリヴェリアに杖を差し出す。
「魔宝石の交換は終わったか?」
「不備はないよ、要望通り特製のやつを取り付けた。全く、『遠征』だかなんだか知らないが、四つの魔宝石も駄目にして・・・」
黒いローブに長い白髪、そして鉤鼻の店主は、小言を並べながらもその皺だらけの口に笑みを浮かべている。彼女から整備に出していた白銀の長杖を受け取るリヴェリアは、両手で持ちながらじっくりと見下ろした。女神も嫉妬する美貌を、杖に九つ備わった宝石が輝きを放ちながら見上げ返す。
打撃用の種類ならいざ知らず、魔道士専用の杖は、一般的に武器屋では取り扱っていない。
『魔力』を高め『魔法』の威力を変動させる魔道士の杖は、刀剣を始めとした白兵戦の武装とは勝手が異なり、作成側も魔法に精通していなければならず作り手が非常に少ないのである。
魔法関係の品を扱う者達は魔術師と呼ばれており、言うなれば杖の鍛冶師だ。
魔術師が手掛ける杖は、エルフの森に多くが存在する聖木や、特殊な金属・鉱石を材料にすることで魔道士の能力を上昇させる。中でも自然界には存在せず、彼等しか作り出すことのできない色彩様々な魔宝石は魔法効果を大幅に向上させる事ができる。この宝石がある杖とない杖では性能が雲泥の差だ。レフィーヤが今持っている己の杖も、先端中心には青白く光る魔宝石が据えられている。
奇怪な品物が置かれている店内には、魔道士の琴線に触れる短杖や木の杖が多数並べられていた。他に何かめぼしい道具はないかと見て回る中、レフィーヤはカウンターの奥に置かれた本の存在に気付く。
「えっ・・・あ、あれって、魔導書ですか!?」
「ああ、気付いたかぁ。その通りだよ」
驚愕するレフィーヤに店主は頷いた。表紙には複雑な文様が刻み込まれた分厚い一冊の本は、『魔法』を強制的に発現させる『奇跡』の詰まっだ貴重書だ。この本を作り出す事が出来る者は、もはや世界に数えるほどしかいない。
「まさかレノア、お前が作ったのか?」
「いひひっ、まさかぁ。あたしはそんな大それた魔術師じゃあない。魔法大国に知人がいてね、よしみで一冊分けてもらったのさ」
リヴェリアの問いに、店の主は胡散臭い口調で答えを返す。
位の高い魔導書になるとら単純に『魔法』を発現させるだけでなく、一定確率でスロット数を拡張することができる。上限である三つの魔法スロットを超える事はできないが、スロットが一つの者は二つ、二つの者は三つと、素質として個人が定められた使用魔法の数を増やす事が可能なのだ。魔導書が一級品装備以上の価値で取り引きされる理由である。
「まぁ、魔法を四つ以上扱っちまう“お前達“には、無用の長物だろうけどねぇ」
己の出自も、所属派閥も決して明かさない魔女を彷彿させる店の主は、レフィーヤと、そしてリヴェリアを見て、大きな皺と一緒に口を吊り上げる。
「お前達、魔法大国の連中に目の敵にされているよ」
「わ、私もですか!?リヴェリア様だけではなくて!?」
「小娘の方が千だとか何とかよっぽど大層な二つ名をつけられているじゃないか。いひひっ、夜道には気をつけな」
「余計な脅し文句は止せ、レノア。レフィーヤも真に受け取るな。もう行くぞ」
「釣れないねぇ、リヴェリア・・・あ、そうそう。最近面白い話を耳にしたんだが聞くかい?」
「・・・なんだ?」
彼女からの話にリヴェリアは顔を向けて言う。
老婆は口をにぃと、歪め言った。
「最近、別の大陸で“巨大な人工物“が発見されてねぇ。今、それの発掘作業が行われているって話だ」
「人工物?」
旧時代のものが発掘されるのは珍しくない今の時代、何故彼女はそんな事を言うのだろうか?
「なんでも、ソイツは今まで発掘されたものよりもずっとデカくて見たことない素材で出来ているんだとさ。ソイツの周りにも変なモノがいくつか採掘されているらしいね」
「そうか、覚えておく」
「・・・また何かあれば来な」
ゴクリと喉を転がして聞きはいっていたレフィーヤを引き連れ、怪しげに笑う店主に見送られながら、リヴェリアは店を後にした。
◇◇◇◇◇
「ねぇ、アイズ。この後アイズはどうするの?」
「えっ?」
ティオナの言葉に私はそう呟く。
「だから、この後予定あるかなってさ」
「・・・別に特にないよ?」
「そう?じゃあ、アイズは三日月迎えに行く?私、まだ時間あるからちょっと見ておきたいのもあるし」
「わかった」
私はそう答えてホームへと歩き出す。
と、後ろからティオナが大声で叫ぶ。
「後で合流ねー!」
「・・・うん」
私はそう答えて再び歩き出した。
しばらく歩いてホームに到着した私は三日月を探す。だが、どこにも見当たらない彼に、私はキョロキョロと首を動かしながら歩いていると、曲がり角でハッシュを見つけた。
「あっ、ハッシュ」
「あれ?どうしました?アイズさん?」
首を傾げて私を見る彼に、私は三日月の居場所を聞く。
「三日月を探してるんだけど、知らない?」
「三日月さんっすか?三日月さんなら風呂入る前に野菜のプラントを移動させていましたよ?俺も手伝いましたからね。今、残ったヤツに水やるって言ってましたし」
「・・・そっか。ありがとう、ハッシュ」
「別にいいっすよ」
私はハッシュに礼を言って彼と別れる。
「畑の所かな」
私はそう呟きに、三日月がいるであろう畑の場所へ向かう。
少し歩くと、三日月はそこにいた。
「三日月」
「・・・あれ?どうしたの、アイズ」
「ちょっと早いけど、迎えに来た」
「・・・ああ、もうそんな時間か」
三日月はそう言って頭をかく。
「風呂入ってないけどもう行くか」
そう言って歩き出す三日月に、私は慌てて声をかけた。
「急がなくてもいいよ。まだ時間あるから」
時間までまだ余裕はあるのだ。急ごうとする彼を呼び止めると、三日月は振り返りって言った。
「そう?じゃあ入ってくるね」
三日月は再度歩き出そうとした時、思い出したかのように唐突に振り返り私に言った。
「そうだアイズ。手伝ってくれない?」
「・・・何を?」
三日月の言葉に私は首を傾げ、答える。
「風呂」
「・・・・・・・・・・・えっ?」
三日月の予想外過ぎる言葉に私はそう返してしまった。
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