「あー、この街に来るのも久々のような気がするなー」
ティオナの言葉が向かう真正面、大陸の片隅を切り取ったかのような高く巨大な島の頂上付近に、その『街』は築かれていた。
木の柱と旗で作られたアーチ門が記す名は『リヴィラの街』。
中層域に到達可能な限られた上級冒険者達が経営する、ダンジョンの宿場街である。
この街の起こりは、もとを辿れば、より能率的に未到達階層を開拓するためダンジョンに大規模な中継拠点を設けようとした、過去のギルドの計画によるものだ。他階層から進出してくる断続的なモンスターの侵攻に加え、多くの人員や防衛費───雇った第三級以上の冒険者への報酬───など莫大な費用という点から蹉跌を来たしその計画を、冒険者達は勝手に引き継ぎ、この『リヴィラの街』を築き上げたのである。
「あの、前々から気になっていたんですけど・・・ここに書かれてある三百三十四っていう数字って、もしかして・・・」
「ああ、『リヴィラの街』が再築されてきた数だ。今は三百三十四の代・・・つまり過去に三百三十三回壊滅してきたことになる」
「さ、三百三十三回・・・」
「凄いね、それ」
リヴェリアの返答に、アーチ門を見上げるレフィーヤは呆然とし、三日月はありきたりな感想を口にする。
モンスターが産まれない安全階層とはいえ、ここはダンジョンだ。突発的なイレギュラーがいつ何時起こるとも知れない───事実イレギュラーが発生する度に『リヴィラの街』は崩壊してきた。
そんな中、冒険者達は危機を悟ればこの街をあっさりと放棄し、地上へと帰還する。
そして全てが打ち壊された後、再びこの階層に舞い戻り、街を作り直すのだ。
多大な投資をした補給基地を死守・維持をしなければならなかったギルドとの違いはそこにあった。意地汚い冒険者のしぶとさを象徴するような街を、侮蔑と呆れ混じりの賞賛をこめて、『世界で最も美しいならず者達の街』と呼ぶ者もいる。
「突っ立ってないで、早く入りましょう?一休みもしたいし」
ティオネの呼びかけからアイズ達は街へと足を踏み入れる。
湖に面した島の東部、そして高さ二〇〇Mはある断崖の上に存在する街は、水晶と石の地形も利用して造られた街壁によって取り囲まれている。少々無造作に置かれた岩々の塊はモンスターの襲撃にも耐えられるほどの厚みと高さを持っていた。
アーチ門をくぐった矢先、アイズ達の目に飛び込んでくるのは、天幕や木の小屋、あるいは出店風の多くの商店だ。断崖の斜面に折り重なるように設けられた店々は街の再築が容易な低費用のものばかりで、建物と呼べるほどの建築物は殆どない。
天然の洞窟を活用した酒場の前を通り過ぎる傍ら、レフィーヤが今後の予定を確認するように口を開く。
「買取り所で魔石やドロップアイテムを引き取ってもらって、それから・・・・」
「宿はどうするの?またいつもみたいに、森の方でキャンプ?」
「ンー、今回くらいは街の宿を使おうか。野営の装備も持ってきていないしね」
「でも、団長・・・一週間も寝泊まりすれば結構な金額になると思いますよ?ここはリヴィラなんですから・・・」
ティオネの言葉にティオナが文句を言う。
「ティオネ、けち臭ーい。いーじゃん、たまにはさー」
「ケチ臭い言うな!!あんたはずぼら過ぎんのよ!」
ティオナとティオネのやり取りに、笑みを漏らしたフィンが提案する。
「いいよ、宿代は僕が全部出そう。アイズ達はお金を貯めなきゃいけないみたいだしね」
「・・・ごめん、フィン」
と、隣で三日月も言った。
「俺も出すよ。どうせ金なんてほとんど使ってないし」
「良いのかい?僕が払ってもいいけど?」
フィンの言葉に三日月は言葉を返す。
「別にいいよ。俺だってアンタ達には世話になってるんだ。ハッシュも世話になってるからそれの返し」
三日月とフィンの言葉を聞いて非常に申し訳なく思うアイズに、フィンと三日月は「大丈夫」と返事をする。
「・・・・・・」
「リヴェリア・・・?」
フィンと三日月に礼を告げたアイズは、ふと、一人黙っているリヴェリアの様子に気付く。
彼女は水晶の白と青が美しい街並みを見回しながら、その唇を開いた。
「街の雰囲気が、少々おかしいな」
「そういえば、いつもより人が少ないような・・・」
リヴェリアの言葉にレフィーヤも周囲を見やる。
アイズ達とすれ違う冒険者は片手で数えるほどしかいなかった。入り口付近では気にならなかった人気の少なさも、街の中ほどにある広場に差しかかると、流石に違和感がある。
常に賑やか、とまではいかずとも雑踏とざわめきが絶えないダンジョンの街は、今は閑散と言っていいほど静まっていた。
「えーと・・・どうする?」
「ひとまず、どこかお店に入ろうか。情報収集も兼ねて、街の住人と接触してみよう」
ティオナの言葉にフィンが答えた。街中長槍を携える彼に率いられながら、アイズ達は広場から移動する。
よく見れば商品を放ったらかして空けられている店も少なくない中、天幕でできたとある買取り所に店主の姿を発見し、足を運んだ。
「今は大丈夫かい?」
「ん?おお【ロキ・ファミリア】じゃないか。客かい?」
暇そうにしていたアマゾネスの店主に、ああ、とフィンは答える。小さな天幕はカウンターで内と外に仕切られており、店主のいる内側には冒険者から買い取った品々で溢れていた。
ティオネとレフィーヤが所持していた魔石とドロップアイテムを手渡していくのを脇目に、フィンは世話話をするように尋ねる。
「街の様子がいつもと違うようだけど、何かあったのかい?」
「・・・ああ、あんた達、今街に入ったばかりなのか」
魔石を鑑定しながらちらりとアイズ達を見やった女店主は、辟易したように話した。
「“殺しだよ“。街の中で、冒険者の死体が出てきたらしい」
三日月以外、アイズ達は目を見張り、驚きをあらわにする。
続きを促すまでもなく、彼女は顔をしかめながら語った。
「ちょっと前に見つかったらしくてね。狭い街さ、あっと言う間に話が広まって、ほとんどの奴等が野次馬に行っちまってるよ。この街で殺し沙汰なんて、酔った馬鹿二人が喧嘩でくたばって以来、しばらくなかったんだけどねぇ」
編み込んだ髪をピンと弾きながら、アマゾネスの店主は吐息をつく。そんな彼女に、フィンは質問を重ねた。
「何者かの手によって殺されたのは、確かなのかい?」
「さあね。あたしも他の奴等が騒いでいるのを耳にしただけだから、詳しくは知らないよ」
「その死体はどこで見つかったのか、わかるか?」
「ここから上の方にある、ヴィリーの宿さ。人が溜まっているだろうし、行ってみればすぐにわかるんじゃないかい?」
リヴェリアへの返答を最後に、店主は黙々と鑑定を進め、魔石とドロップアイテムの買値を提示した。
アイズ達は戦利品を全て売り払い、天幕を出る。
「・・・どうしますか、団長?」
「ここで宿を取る以上、無関心でも無関係でもいられないだろう。行ってみよう」
ティオネにそう返しながらフィンは歩みだした。聞いた情報の通り、崖の縁に多くの店がひしめいている現在地から、街の上方へ向かう。
と、三日月がいつもと違う様子で周りを見渡しながら歩いているのを見て、今のアイズは聞いた。
「三日月?どうしたの?」
「殺しがあったんなら、周りを警戒するくらいしないと皆が安心できないでしょ」
「・・・慣れてるんだね」
「慣れてるっていうか、別にいつも通りだよ。“昔からそうだったし“」
三日月の言葉にアイズは少し顔を暗くする。
確かに三日月はそういった事に慣れていると言った。
けど、それは三日月にとって当たり前でアイズ達にとっては当たり前ではない。人を殺したと言っていた三日月にアイズが見ている世界と三日月が見ている世界が、違うというのが実感させられる。
「・・・アイズ?」
喋らなくなった自分に声をかける三日月にアイズは返答した。
「・・・ううん、何でもないよ」
「そう?ならいいけど」
そう言って三日月はまた周りを見渡す。
そんな彼にアイズは言った。
「三日月」
「なに?」
「私も手伝っていい?」
私の問いに三日月はすぐに返答する。
「じゃあ、俺は右側見るから、アイズは左側お願い」
「うん」
アイズはそう返事を返して、左側を見る。
街はとても静かで、そしてとても不気味だった。
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