夏バテにならないギリギリのラインで頑張っています!
破鐘の啼き声が街の中から消える。
食人花のモンスターが全滅する一方で、アイズと赤髪の女は都市の西に戦場を移していた。
東へ向かっていく斜面を駆け上がり、西端の街壁に迫る場所へ出る。街の最も高所である西部は平地が続いているが、今やモンスターの侵攻に遭ったため、岩も、店舗も、水晶も全て押し潰され更地のような様相になっている。
火片が舞う紅の空から離れ、場は再び蒼い薄闇に包まれた。視界の奥の街壁にはモンスターが破壊した跡が刻まれている中、こちらも荒れ果てた街並みを進み、アイズ達は高速で行き交わっていく。
「・・・っ!」
「便利な風だな」
剣の切れ味、速度ともに上昇させる【エアリアル】に赤髪の女は表情を変えず呟く。
「・・・・・っ」
だが、アイズはそれどころではない。
風の付与魔法をかけたレイピアが彼女の化け物じみた強撃を弾き返す。
だが、アイズは身体の負担もそして精神的にもかなり限界が来ていた。まず、【エアリアル】が通常の倍以上の出力にしないと風を全身に纏わせる事が出来ない事がアイズにとってかなりの負担になっていた。
そしてもう一つが────
「『アリア』────その名前をどこで!?」
滅多にない感情の発露をするアイズ。
相手を見据えるその顔には鬼気迫るものが浮かび上がっている。
剣撃が飛び交う中、ティオナ達でさえ、耳にしたことがない大きな声音に、横並びに走る赤髪の女は口を開いた。
「さぁな」
「っ・・・・・!!」
アイズは柳眉を立て再び斬りかかった。
目にも止まらない速さで鈍色の斬撃や突きが放たれる。瞬きする間に十をも超える攻撃が、両者の間で乱舞し、刀身と刀身があまりの衝撃に軋んだ。
アイズの藍色の手甲が浅く傷が付き、赤髪の女の髪を数本断ち切り、互いの肌に細い血の一線を刻んでいく。
恐らくは『深層』のモンスターの長牙をそのまま武器にしたのか、柄と鉛色の刀身のみの長剣はまるで野太刀のようでもあった。薄闇に鈍い残光を何度も描きながら、アイズの手にあるレイピアと互角に打ち合う。
────いや、敵はアイズの倍以上にした『風』を圧倒している。
付与された風は使うにつれてどんどんと小さく、そして精度が落ちていく。
自身の疲弊が一気に襲ってくる中でも、アイズはその眦を吊り上げた。
相手は何かを────『アリア』という名前を────知っている。
早瀬のごとく胸の奥の心が逸る。柄を握りしめる手の力が増し、一段と剣速が上がった。
『戦姫』という渾名で呼ばれるに相応しい仮面を被り、アイズは視界から全てのものを取り除き、目の前の敵に剣を振るう。
「────人形のような顔をしていると思ったが」
そして。
激しい心の動きにより、常時より前のめりになったアイズの剣筋を赤髪の女は見逃さなかった。
大振りになったアイズの剣を躱し、風を引き千切る一撃を見舞った。
すくい上げるような拳砲。
籠手を失った左手が気流の鎧ごと腹部を強打し、アイズの細身の体を後方へ殴り飛ばされた。
「うっっ!?」
吹き飛ばされたアイズは轟音と共に背中から瓦礫に叩きつけられた。
肺から空気を引きずりだされたアイズの体は、神経が断線したかのように一瞬言うことを聞かなくなる。
カランッ、と手から《バーストサーベル》が音を鳴らしながら、地面へと転がった。
「全力で放ったつもりだったが・・・鎧は少し歪んだだけか。だが、やっと終わりだ」
先程の一撃で刀身が爆発し粉々に砕け散った長剣を捨て、赤髪の女はアイズめがけて疾駆する。
地面に膝をつくアイズに向かって突撃し、その右腕を背に溜める。
対応できない。
顔を歪めるアイズ目がけ、篭手に包まれた掌底が撃ち出された────次の瞬間。
「なにっ?」
攻撃を防ぐ、激しい金属音が響き渡った。
瞠目するアイズの目と鼻の先、交差くる長槍と杖が、敵の掌底を寸前で止めている。
槍と杖の先端を地面に埋め、視界の左右に控えるのは、小人族の少年とエルフの麗人だった。
まるで姫を守護する騎士のように、フィンとリヴェリアが、アイズの目の前に現れた敵の攻撃を受け止めている。
「フィン、リヴェリア・・・」
アイズが掠れた呟きを落とすと同時、二人は交差した槍と杖を力任せに切り払った。
右腕を押され後退する赤髪の女を二人は見据えている。
「アイズさん!」
「レフィーヤ・・・・?」
胸と背中に細い手が当てられる。
横を向くと、駆け付けてきたレフィーヤがアイズの体を支えるように手を添えていた。
「レフィーヤ、アイズを治療しろ!」
「はい!」
リヴェリアが振り返りながらアイズ達に指示を飛ばすと同時、空から一つの影がアイズ達の前に落ちてくる。
土煙を上げながら着地したのは三日月と同じ鎧を着た昭弘だった。右手の巨大なハルバードの先端を地面に叩きつけながら、昭弘は赤髪の女を見据える。
「こいつか。アンタらの、三日月の仲間をやった奴は」
昭弘の問いにリヴェリアが答える。
「ああ、だが油断はするなよ。アイズをここまで追い詰めた奴だ。相当の手練だろう」
「関係ねえ」
昭弘はそう言って赤髪の女に目掛けて最高速度で突進する。
「なんだ、お前は?」
赤髪の女が昭弘を迎撃しようと疾走した。
女は籠手がある右腕に力を入れ、昭弘目掛けてアイズを打ちのめした掌底が襲いかかる。
だが────
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
その掌底を昭弘は腕の分厚い装甲で受け止めながら、女の顔に目掛けて強烈な一撃を入れた。
「くっ、これしき!」
女はそう言って昭弘に蹴りや拳を叩き込む。だが、昭弘は怯む事なく両腕で女の顔や身体に拳を叩きつける。
そして昭弘は三日月が来る前に決着をつけるべく、背中のサブアームを展開した。
「・・・なっ!?」
背中から突如出てきた腕に赤髪の女は驚愕の声を上げる。
「おおおおおおおおおおおお!!」
昭弘はそんな女の反応を気にすることなくサブアームを含め、四本の腕で殴りにかかる。
「ぬう!ふん!ふん!おおおおおお!!」
女の拳を昭弘は二本の腕で受け止めながら、残りの二本の腕が赤髪の女に襲いかかった。
赤髪の女は血を頭から流しながら分が悪いと悟ったのか、昭弘にタックルをかけてバランスを崩した後、距離を取る。
「分が悪いか・・・」
ぽつり、と呟き、女は脇目も振らず速やかに逃走した。
「くそ!待ちやがれ!」
昭弘は叫ぶが、女は足を止めない。
アイズは、身体の痛みを耐えてその場から駆け出した。
「アイズさん!?」
レフィーヤの叫びを後方に置き、フィンとリヴェリア、そして昭弘も抜く。
彼等の追走する気配が続いてくる中、アイズは赤髪の女の後を追った。
「・・・・・!」
女はモンスターが破壊した街壁を抜けて街の外へ出る。
岩と水晶が粉砕された破壊跡を越えてアイズも『リヴェリアの街』の西方、島の中心部へ向かう。背中からリヴェリア達の制止の声が何度も背中を叩いてくるが、止まれない。魔法も発動させてさらに加速し、視界に移る血の色のように赤い髪の後ろを疲弊しながらも猛追する。
街を一歩離れると、そこには荒野と言うべき野原が広がっていた。でこぼことした不安定な地面に大小の岩が転がり、雑草と低木が生えている。月夜のような薄闇が辺りに満ちる中、背の短い青水晶が淡く発光していた。
魔法の力を借りて激しく追いかけるアイズだったが、残りわずかと言える程の距離まで差を縮めたところで、赤髪の女は荒野を駆け抜け、島の西端に到達した。
ちらりとこちらを左眼だけで見やった彼女は、躊躇いなく踏み切り、崖下へ。
眉を歪めるアイズが崖際で急停止し身を乗り出すと、女は壁を走って湖に突き進んだ。フィンとリヴェリアがアイズの隣に駆け付けると、その姿は既に石の粒ほどもなく、少し遅れて昭弘達が到着した頃には、水飛沫が上がった。
「何てやつだ・・・」
崖下を見下ろしながらリヴェリアが呟く。
湖の底を泳いでいるのか、アイズ達がどんなに目を凝らしてもこの崖際からその姿を確認できない。ここで行方をくらませてしまえば追跡は不可能だった。
「・・・・・・っ」
アイズは唇を引き結ぶ。表情は抑えられていたが、その右手がギュッと拳を作った。
眼下に視線を固定しながら、アイズは忘れて久しかったあの感情────悔しさを、胸の中に刻み込まれた。
敗戦の後の無力感にも似た空気が、一人、少女の体を包み込む。
階層の天井、蒼い薄闇を生む水晶の薄明かりが、その金の髪を儚く濡らしていた。
そして────
「もっと強くならなくちゃ・・・」
呪いにも似た彼女の呟きが他の人に聞こえる事なく、闇の中に消えていった。
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