ソード・オラトリア・オルフェンズ   作:鉄血

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マキオンでヘビアやってると稀に起きる事故。
それは・・・相方もヘビアだと言う事。



第ニ十四話

風のような人だった。

子供のように純粋で、まだ幼かった自分よりも無邪気で。

人の悪意というものを知らず、知らされず。

白い雲と一緒にたゆたう、あの青い空の流れのように。

誰よりも自由な、風のような人だった。

 

そして自分は。

そんな風のように振る舞い、温かく、優しかった彼女が好きだった。

屈託のない笑みを浮かべる母親のことが、大好きだった。

頭を撫でる手付きを覚えている。

頬に添えられる指の温もりを覚えている。

耳朶をくすぐってくる綺麗な声音を覚えている。

彼女が何度も語る、優しくて幸福な物語を、覚えている。

 

彼女の胸の中、物語を聞き終えた自分が、抱きしめられながら振り返ると、無邪気な微笑みがあった。

頬を染め、自分の顔にも笑みが浮かぶ。

彼女は魔法使いだと、信じて疑わなかった。

彼女の前では誰でも笑顔になれる。誰もを笑顔にすることができる。

慈愛の眼差しで見下ろしてくる彼女に、貴方のようになりたいと、幼い声音が口にする。

風のような貴方に、私もなりたいと。

 

『あなたはあなただから、私にはなれないよ?』

 

首を傾げながら、自分とそっくりな声音で、彼女はそう言った。

そういうことじゃないよ、と丸い頬が膨らむと、彼女は何がおかしいのかころころと笑った。

頬を膨らませていた自分も、その笑みに引き寄せられるように相好を崩す。

優しく抱きしめ、抱きしめられ、顔に笑みを浮かべ合い、二人で笑い声を溶かしていく。

やがて、彼女は振り返った。

肩から顔を出すと、そこには青年が現れていた。

黒い襟巻きに薄手の防具、そして鞘に収められた銀の長剣。

彼の顔を見て、彼女は抱くのを止め、自分を胸の中から降ろす。最後に頭を撫で、ゆっくりと立ち上がった。

自分に向けるものとはまた違う笑みを浮かべ、青年に微笑みかける。彼もぎこちなく笑って、何かを告げるように頷いた。

自分の寂しげな視線に気づくと、青年はもう一度不器用に笑う。

すまない、と父親は謝った。

そして踵を返し、母親を呼ぶ。

 

『行くぞ────アリア』

 

自分を置き、二人は寄り添って、白い光の先へ行ってしまった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「・・・・・」

 

夢の靄が、薄れていく。

意識が白い森の中を抜けると、辿り着いたのは瞼の裏に溜まる暗闇だった。狭間を越えて、過去から現在へと時間が舞い戻ってくる。

小さく肩が揺らされていた。ひやりとした冷たい空気も頬に感じ、意識がはっきりとした輪郭を象っていく。

アイズは、ゆっくりと瞼を開けた。

 

「平気、アイズ?」

 

「・・・うん」

 

ティオナの声に、間を置いて頷く。

視線を上げると、彼女が横からこちらを覗き込んでいた。

 

「休憩の時間、終わるらしいよ。もうそろそろ出発するって」

 

「ん・・・・・」

 

夢の残滓が残り、少々夢現のような状態で返事をするその姿に、ティオナは苦笑する。頭を軽く振ることで、僅かに残っている眠気を飛ばし、アイズは今度こそ視線をはっきりと巡らせた。

最初に飛び込んでくるのは揺れ動く魔石灯の光だ。携帯用の照明の周りで円を作っでいるのは、フィン、リヴェリア、ティオネ、レフィーヤ、そしてアイズとティオナ。みな一様にして腰を下ろし、今では武器の整備や道具の確認を行っている。どうやら今の今まで眠りこけていたのは自分だけだったらしい。

薄闇と、そして白濁色の壁面に囲まれている現在地は小規模の広間。アイズ達のもとを離れた場所では三日月と昭弘が見張りを行っており、彼らの他にも同派閥であるもう一人の団員が立っている。

アイズ達は、広大な迷宮の一角で休息を取っていた。

 

『リヴィラの街』で勃発した事件から、既に六日が経とうとしている。

あの騒ぎの後、アイズ達は一度地上へ帰還した。同時に、事件の中心にいた彼女達は様々な後始末に追われる羽目にもなっていた。

負傷者の救護や地上撤収に際しての護衛は勿論のこと、事件の顛末をギルドや主神であるロキに報告した。街を襲った赤髪の女────調教師の情報も回そうとしたが、ロキの「まだ待って」という指示によって一時保留となっている。一方で女はハシャーナ殺害の犯人として、【ガネーシャ・ファミリア】の強い要望もあって指名手配────ブラックリストに記載されることとなった。

 

そして、アイズが手に入れた“悪魔“の力の事も。

 

ロキからの指示はただ一つ。

 

どういうものか分からない以上、この力の使用を禁止される事となった。

最初、アイズは反発しようとしたが、ロキの他にもフィン達が使う事を反対した為、しばらくは三日月と昭弘がツーマンセルで、アイズに指導をしている。

もっとも、二人は感覚で動かしているらしいのであまり参考になっていないのが現状だった。

事件についてはもみ消されるがごとく、事件のほとぼりは急速に冷めつつある。

 

「『リヴィラの街』、もう直され始めてたね。ほんと早いなー」

 

「あそこまで金根性が突き抜けていると、感心するわね・・・まあ、助かるって言えば助かるんだけど」

 

魔石灯を囲み迷宮探索の準備を進める傍ら、ティオナとティオネが思い出したように世間話をする。

そんな中で、フィンとリヴェリアの話も耳に入ってきた。

 

「食人花のモンスター・・・あの調教師も目立った動きは見せていないな」

 

「ンー、流石に動きが派手だったからね。主神が手綱を握っているなら、自重するように言い含められているだろう。それに、あれだけの数のモンスターを新しく調教することは短時間じゃ不可能に近い。今回みたいなことはまず起きないと思うよ。三日月がほぼ全滅させたしね」

 

まだ調教済みの尖兵が残されているとは思いたくないけどね、とフィンはリヴェリアの言葉に返す。

食人花のモンスターの襲撃は以後なく、赤髪の調教師は鳴りをひそめているようだった。

依頼書の情報を調査するためハシャーナの向かったとされる30階層にアイズ達は足を運び、ざっと調べるも、得られるものはなかった。ハシャーナがどこであの宝玉を発見し持ち帰ったのか、結局わからずじまいである。無事生存しているルルネもまた、例の依頼人とは連絡が取れなくなったらしい。

 

「さて、そろそろ出発しようか。三日月、昭弘、ラクタ、大丈夫かい?」

 

「ん?問題ないよ」

 

三日月は昭弘と何か話をしていたのか、反応に少し遅れて返事を返す。

現在、アイズ達は本来の目的であった資金稼ぎ、迷宮探索を再開させている。

一度地上に戻った際、レフィーヤの他にもサポーターを一人加え、別のファミリアに所属しているらしい昭弘も含めた計、九人のパーティだ。

現在地は37階層。

『下層』を越えた『深層域』だ。

そんな中、ティオナはアイズの顔を見て心配そうに言った。

 

「アイズ、何も食べないでぐっすりだったけど、いいの?あたし、食べ物まだちょこっと残ってるよ?」

 

「ありがとう、ティオナ・・・大丈夫だから」

 

立ち上がり武器を装備し始める中、ティオナの心づかいをアイズはやんわりと断る。

そして魔石灯や寝袋などの野営道具をレフィーヤ達のバックパックにしまい、アイズ達は休息を行った『ルーム』から出発した。

 

「でもアダマンタイトがあの『ルーム』から出てきた時は、びっくりしたなー。壁を壊してたらぽろって出てきてすごいラッキーだったよねー」

 

「あのアダマンタイトだけでも、結構なお金になりそうですよね」

 

「うん、ちょっと大双刃の代金の足しになるかも!」

 

ティオナとレフィーヤの会話が隣で交わされているその一方で、アイズは、一人押し黙って内面に意識を落としていた。

 

『アリア』、という名前と。

あの赤髪の調教師の姿が。

音を立ててぐるぐると頭の中で回っている。

 

(強かった・・・)

 

強い、強かった。

あの赤髪の調教師の実力を、激しく襲いかかってくるその苛烈な姿を思い出しながら、アイズは何度もそう呟く。

もし彼女を倒すことができていたら、何か聞き出せたかもしれない。

何故『アリア』のことを知っているのか、分かったかもしれない。

 

(もっと、力があったら・・・)

 

弱い。

まだ弱い。

アイズ・ヴァレンシュタインは、何て弱い。

呪詛のように、アイズは己のことをそう評し続ける。彼女より強ければ、よりこの手に力があったら、三日月達と同じ“悪魔”の力を使いこなす事ができたならと思ってしまう。

無意識のうちに、アイズの手は強く握りしめられていた。

と、そんな中で────

ポンッとアイズの頭に三日月が手を置いた。

 

「・・・三日月?」

 

普段はしない三日月の突然の行動にアイズは困惑する。

 

「難しい顔してるけどさ、俺や昭弘だって始めから強かった訳じゃないよ」

 

「・・・?」

 

三日月の言葉にアイズは更に困惑する。そこまで自分を思い詰めていたのだろうか?とアイズは考えようとする一方で三日月の言葉がアイズの耳に入ってくる。

 

「昭弘は俺とは違って元々ヒューマン・デブリなんだ」

 

「・・・ヒューマン・デブリ?」

 

聞いたことのない単語にアイズは三日月に聞き返す。ヒューマン・デブリと一体なんなのだろうか?と、三日月はすぐに答えをくれた。

 

「ゴミみたいな安い金で売られる消耗品扱いされる人間だよ。俺だってそうならなかっただけで、それと似たようなもんだけど」

 

一言で言ってしまえばゴミ同然の奴隷。

三日月は自分達の事をそう言った。

そんな驚愕するような過去に対して、三日月はアイズに言う。

 

「俺や昭弘は、仲間が死ぬのが嫌で今みたいに強くなったんだ。生きる為だけに精一杯で子供の頃からなんだってやった。生きる為に他の奴を殺すことも、盗みも、なんだってさ」

 

「俺はオルガに“此処じゃない何処か“に連れてくれるって言われたから俺は強くなった。俺には戦う事しか出来ないからさ、自分に出来る事をやるだけだって今でも思ってる」

 

三日月はそう言いつつも、口を開いて話していく。

 

「アイズには、“まだ時間はあるから”慌てなくていいよ」

 

強くなる意味をゆっくり考えてね。

アイズは三日月にそう言われてポカンとする。

三日月達には考える時間がなかった。生きるか死ぬかの選択肢だけだったから。だから自分には良く考えろと彼は言う。だから何の道を選べばいいのか────分からなくなってしまった。




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