隻腕の赫王とお人好し   作:疾風怒号

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6:斬り裂け、原生林の蜘蛛糸

 

 

 

あれから何どれ程の時間が経過しただろうか、一時間?数十分?まさかまだ数分?

 

 

「……ッち、ぃ…………!」

 

 

赤い眼のネルスキュラが攻撃を繰り出す度に鎧が削れ、同時に体力の減少を感じる。一撃をレッドウイングでいなす度に、ガリガリと集中力が擦り減っていく。概ね囮としての役割は果たせていた、今のところ目立った被弾も無い。だが、それでも…………。

 

身体が、重い。

 

腕を、脚を、首を動かす度に発生する粘つくような抵抗に持久力(スタミナ)がごっそりと持っていかれる、腹の毒針から噴出した睡眠毒の残滓に飛び込めば、幾ら呼吸を制限しようが少しずつ意識に靄が掛かるように蝕まれていく。 『常に間合いの内側にいる必要性』が、状態異常の蓄積という形でノイルを苛み始めていた。

 

本来ならとっくに閃光玉でも何でも使って撤退している状況。かつて地底洞窟で相手取ったネルスキュラでも、四人がかりで対峙してなお3回の撤退を余儀無くされた事を考えれば、この状態は異様とも言える。泣き言の一つや二つ零したって文句は言われないだろう。寧ろ単独狩猟において、その重量故に待ち伏せや高所からの奇襲を主な攻撃手段にする大剣使いが怒った影蜘蛛相手に三度のクリーンヒットを決めただけ表彰ものだ。

 

真上から振り下ろされた朱色の鎌を斜め七十五度に突き立てた大剣で受け、地面に激突したその横腹を蹴って続く第二撃から逃げる。起き上がろうとした身体のすぐ横を糸玉がかすめ、一瞬体勢が揺らいだ所に毒針が突き立てられた。ネルスキュラの毒針に雌火竜の鎧を貫通する程の強度は無い、だが、被弾の瞬間に噴き出す毒液は別。

 

 

「う、ぁ……」

 

 

大きくノックバックした事で吸い込みはしなかったが、意識に掛かる靄が一気に重さを増し、眼球が泳いで目蓋が一瞬落ちる。その隙に自らの遥か後方に伸びた糸に、彼が気付く筈も無い。

 

 

「危ねぇぞ兄ちゃんッ!!!!」

「……!…………」

 

 

剣を杖になんとか立ち上がったノイルの視界に、凄まじいスピードで地面スレスレを滑走する影が映る。それが何か認知する間も無く、彼は石ころのように弾き飛ばされた。

 

 

 

「          」

 

 

 

ぶつり、と意識が途絶え、次に感じたのは湿った地面をバウンドし勢いのまま岩肌に叩きつけられる衝撃。全身が砕け散ったかと錯覚する程のそれを受けて意識を保っていられたのは奇跡だ。………尤も、その代償は大きい。

 

一つ、得物が遠く離れた壁面に突き刺さっている。再び手に収めるには時間が必要だろう。

 

二つ、右肩(利き腕)の脱臼と左足(軸足)の骨折、怪我ならそれ以外もあるだろうがこの二つは致命的だ。

 

三つ、回復薬などの各種道具を詰めたアイテムポーチの破損。これもハンターとしては致命的。

 

もっと言えば防具各部も破損している上に、内臓が傷ついたのか口の中が血塗れで息苦しい。その上で冷静さを保っていられる原因は、きっと身体に残留している睡眠毒のお陰で、感じる痛みが何処か遠くの事のように感じているせいだ。麻酔薬に近い作用を持っていると聞いた事はあるが、ここまでとは。

 

それでも尚ずきずきと痛む身体を起こそうとして身体が満足に動かない事に気付く。纏わり付いた粘着糸の所為で手脚が異常に重い、油を注し忘れたブリキの玩具みたいに、錆び付いた関節を無理矢理動かすような感覚。

 

 

「は、ははは、……く、そ…………」

 

 

自らを見下ろす影蜘蛛の姿を前に、血塗れの口から掠れた笑いが溢れた。酷使され続けた膝が震え、嘔吐感と悪寒に歯を喰い縛って立ち上がる。その原動力は狩人の矜恃か、生への渇望か、はたまた両方か。

 

そんな彼を確実に仕留める為、暗殺者は自らの武器を展開する。口腔内に収納された伸縮自在の牙、致死性の高い猛毒に塗れた牙が、生卵を叩き割るような音を立てて伸び上がり、今にも崩れ落ちそうな獲物に狙いを定めた。このまま一撃を与えれば、毒による出血多量や血圧低下を待つまでも無く、彼は肉片と化すだろう。

 

 

「……いい、やってみろ、ゲホッ……っはは、やってみろ!

 俺を殺してみろ!怖くなんてねぇぞ!やってみろよ蜘蛛野郎ッ!!!!」

 

 

得物が何事か囀っているが今更気にする事も無い。もしくはそんな思考すら無かったのか、あくまで冷徹にネルスキュラは動き始めた。毒牙が大きく開き、丁度その中程にノイルを捉える。誰もが一秒後に訪れる惨状を幻視した、その場にいる誰もが。

 

たった一人、全身を体液に濡らし、その場に降り立った赤い狩人を除いて。

 

 

 

「後は、私に任せろ」

 

 

 

ノイルにとっては聴き慣れたアルトとテノールの中間の声。既に両の牙が動き出した中、リアが太刀の柄に手を添えて両者の間に滑り込んだ。

 

 

ネルスキュラの毒牙は普段は蛇腹状の構造を折りた畳んで収納されているが、使用時には体内から一気に体液を送り込む事で紙風船のように膨らみ、展開される仕組みになっている。その過程で毒が充填され、構造の隙間から滲み出す事で外敵や獲物に致命傷を与えるという訳だ。

 

そのような仕組みなのだから、当然強度はそこまで高くない。牙として打ち付けられる内側にこそ硬い甲殻とノコギリのような突起が備わっているが、それ以外の場所は展開・収納の妨げにならないように柔軟な体組織でのみ構成されている。故に…………

 

 

リアが火焔と共に振り抜いた、竜の首すら落とす刃によってその牙が両断されたのは、ある意味必然であった。

 

 

スローモーションの世界の中で『それ』を見たのは、ノイル・ウッドベルただ一人。 いつものように、すっかり見慣れた構えから動き出した刀身が向かって右の牙を斬ると同時に、踏み込んだ右脚を軸に反転し左脚で杭を打つが如き二度目の踏み込み。失ったエネルギーを軸足を入れ替えた事によって発生した『捻り』で補い、空間に炎で斜めの軌道を描いた刃がもう片方の牙を斬り飛ばす。そんな光景。

 

刹那の内に連撃を行う技量、文字通りの電光石火、時間をコマ送りにしたかのような埒外のスピード、この二つを両立させる根本的な膂力。三つの要素が精緻に組み合わさった妙技は、毒の飛沫と烈火の花弁が舞う中にあって、恐ろしく映えて見えた。

 

 

 

____ギッ、ギシャシャシャシャシャシャッ!!!!

 

 

 

自慢の武器を真っ二つにされたネルスキュラが、毒の混じった体液を振り撒きながら引き下がる。暫くの間、赤く無機質な眼で二人を睨め付けていたが、流石に毒牙を損傷させられたのには堪えたのか、蔓草に糸を飛ばして何処かへ行ってしまった。

 

 

「……すまない、『すぐに追いつく』と言ったのに」

 

 

その姿が木立に隠れてすっかり見えなくなるまで見送ってから、リアが膝を突いていたノイルに肩を貸す。彼は何事か言おうとしていたが、そこにフギオーを含めた行商隊が駆け寄って来た。

 

 

「ハンターさんよ、話は後にして兄ちゃんを運ぶぞ! あンの蜘蛛野郎、兄ちゃんを轢き飛ばしやがった!」

「…………分かった。 荷台は開けられるか?彼を寝かしてやりたい」

「よく積めりゃ、あと一人くらい入る筈だ。オイお前ら、ボーッとしてる暇があったら担架持って来やがれ!

 車輪も交換しろ! さっさとズラかるぞォ!!!!」

 

「「「アイサー!!!!」」」

 

 

フギオーの号令で男達が素早く行動を始める。遽に騒がしく、慌ただしくなる辺りをぼんやりと眺めながら、ノイルの意識はゆっくりと暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

三日後、原生林狩猟区とバルバレを繋ぐ交易路、鬱蒼と繁っていた木々が疎らになり始めた地域を二台の竜車がゆっくりと進んでいく。二台の竜車の先頭、その中に寝かされていたノイルが緩慢な動作で首を動かした。

 

 

「……眼が覚めたか」

「…………リア、ここは……?」

「竜車の中、原生林から出発して二日経つ」

「……俺、ずっと寝てたのか」

 

 

「無理もない」とリアがノイルの額に手を当てる。二、三度撫でてから、ぱっと手を離した。

 

 

「よし、熱は下がっている。吐き気はあるか?」

「無い、いや、無いけど……」

「無いけど?」

 

「…………何で俺、目隠しされてるんだ」

「目隠しではない。毒の飛沫に眼をやられて、失明する所だったんだぞ」

 

 

ノイルが顔に巻かれた布に触れると、引き剥がそうとするその手を塞ぐように握り込んでリアが応える。失明と聞いてはノイルも笑っていられないようで、両手をそっと下ろした。

 

 

「肩は嵌め直して、左脚は当て木。一応だが解毒薬も飲ませた。

 あくまでこれは応急処置だから、後でしっかり医者に掛かって貰う」

「そっか。 ……なぁ、リア」

 

「何だ」

「ありがとう、助かった」

「……どうしたしまして。 とは言うが、私一人では行商隊は無事では済まなかった、礼を言わせてくれ」

「依頼を受けたハンターなら当然だ、お互い様だろ?」

 

 

ノイルはリアと比べて等級こそ低けれど上位に位置するハンターだ。それなりの数の修羅場も潜り抜け、幾度と無く死線を乗り越えてきた。それを踏まえた上で彼はこう溢した、「怖かった」と。

 

 

「蜘蛛嫌いになりそうだろう? あの糸の感触は一度食らうと忘れられるものじゃない」

「……知ってるなら教えてくれたら良かったのに、滅茶苦茶怖かったんだぞ」

「君、自分で『怖くない』って言ってたじゃないか」

「アレはアレだ! 鼓舞だ、自己暗示だ!」

 

 

「聞いてたのかよ」と顔を朱色に染めたノイルの胸を何時ぞやのように小突いて、リアが彼に凭れるように肩を組んだ。暫く機嫌良くくつくつと笑う声が聞こえていたが、不意にそれを収めて耳打ちする。

 

 

「臭いに気付いたか?」

「……やっぱりアンタも分かったか」

「当然だ、伝書は昨日御者に頼んで飛ばしてある」

 

 

依頼は無事に完遂したが、その依頼理由が非合法ならば話は別。特に決して軽くない怪我を負った以上、互いの無事も素直に祝っていられない。「勿論、行商隊には気付かれないように」と付け加え、健在を確かめるようにノイルの肩を強く抱いたリアの声は、吹雪のように冷たかった。

 

バルバレまで残り二週間。その間気を張りっぱなしというのは、二人にとって些か以上に酷な話だ。

 

 

「…………それはそうと、アンタ何で兜外してるんだ」

「暑いからだ、今は……別にいいだろう?」

「アンタが良いなら構わない」

 

 

 

 








戦闘シーン描き終えの舞、楽しいけど費やすカロリーががが…………。

前回に引き続き、お気に入り登録や読了報告などありがとうございます。やはり反応を頂けるとモチベがムンムン湧いてきますね!

『斬り裂け、原生林の蜘蛛糸』は次回で完結する予定です。ご期待下さい。それでは次回で会いましょう、疾風怒号でした。




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