大市場バルバレ、その一角にある豪奢な宿の一室が剣呑な空気に包まれていた。床に跪かされた恰幅のいい男を囲むように深紅の制服に身を包んだ者達が並び、先頭に立った一人が羽飾りの付いたハットに隠れた眼を眇め、
彼らは『ギルドナイト』と呼ばれる集団だ。ギルドからの命令を受けて様々な任務や調査をこなす、ギルド以外の如何なる介入も受け付けない独立機関にして規約違反者の取り締まりも行う憲兵のような一面も持ち、場合によっては違反者の暗殺も辞さないという噂がまことしやかに囁かれる者達。
そんなものに囲まれてしまえば、商人生活の長いファルサは大人しく従うしかない訳で。
「ファルサ・ランポで間違い無いな?」
「はぁ……」
「……宜しい。貴様には現在、禁輸品密輸及び密造加担の疑いが掛かっている、ギルドまで同行願おうか」
何の事やらという顔をしていたファルサだが、先頭の男が一枚の書状を取り出した瞬間に弛んだ頬を引き攣らせて青褪める。
「ま、待ってください! こんな物は何かの間違いだ!私めがそのような事をする筈が」
「お前の依頼を受けたハンターから『麻酔薬の匂いがする』と報告があったのでな、悪いが今朝がたギルドマスターと共に確認させて貰ったよ、鉱石類の底に隠していたな? キャラバン隊は何も知らないようだったが拘束済みだ。……観念しろ」
既に逃げ場が無いと知ってか、ファルサが顔を歪めて歯軋りする。それを涼しい顔で受け止めて男は顎をしゃくった。それを受けて数人のギルドナイトが彼を取り押さえ、後ろ手に縄で縛る。暫く大人しく縛られていたファルサだったが、ギルドナイト達の後方にいる隻腕の人影を見つけると、歯を剥き出して叫んだ。
「リア・ロクショウッ!! 裏切ったな!折角私が『紫毒姫』の情報と甲殻を持ってきてやったというのにぃ!!!!」
「貴方の提案を受けた覚えは無い。私は昨日貴方を訪ねて言った筈だ、『今白状しなければ、此方も相応の対応をする』と」
「はッ! その下らんプライドで、金と!仇敵の素材と!相棒の仇を討つチャンスを棒に振るというのか!馬鹿らしい、野蛮な狩人め!貴様など、その残った片腕も食われるがいいわ!」
「…………貴様の所為で私の大切な友人は重傷を負い、キャラバン隊にも負傷者が出ていた。同じ目に遭わないだけ幸運だと思え」
赤い兜の奥から、リアは冷ややかな目で彼を見ていた。つかつかと歩み寄ってファルサの胸ぐらを掴むと、ぐっと引き寄せて眼を射抜く。
「私は貴様のような者と取引を行う事は決して無い、どんな物をちらつかされようが私は貴様のような卑怯者には堕ちない、
吐き捨てたリアがぱっと襟から手を離して、横目でギルドナイトを見た。少し照れたような、気恥ずかしいような雰囲気で俯き、ひらひらと手を振って後ろに下がる。
「……すまないアミクス、少し取り乱した」
「お前の気持ちは分かる、何も言わねぇよ」
そう言った男____アミクスが再度顎をしゃくると、怒鳴られ茫然としていたファルサが連行されていく。彼はまだ何事か言い募っていたが耳を貸す人間がこの場にいる訳もなく、あえなくギルドナイト用の竜車に連れられていった。
「……しかし驚いた。君がバルバレに居たとはな、ユクモで別れて以来か?」
「それを言うなら、俺もお前がハンターを続けているとは知らなかったよ」
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「…………それじゃあ、やっぱりアイツ密輸業者だったのか?」
「業者と言うのは少し違う、初犯だそうだ。やり口が杜撰な訳だな」
「ハンターの鼻を嘗めてんだよ、ああいう輩は」
不機嫌に呆れたようなノイルの声に、「同感だ」とリアが応じた。中天の太陽が差し込む彼の部屋は、ハンターが依頼から帰還した直後特有のがらんとした雰囲気に包まれている。原生林に向かう前に不要な物は全て捨て、必要な物は全て鍵の付いたボックスにしまったのだから当然だ。
「結局帰ってからはアンタに任せっきりだったな、悪い」
「怪我人を働かせる訳にもいかないさ、二人で動けば良いという訳でもなし」
「にしてもなぁ……」
「申し訳無く思うなら、大人しく怪我を治すんだな。 あ、これはお見舞いの品だ」
リアが背後に置いていたズタ袋を差し出す。受け取ったノイルが中身を覗くと、彼は眼を瞬かせた。
「……ドラグライト鉱石、こんなに沢山……良いのか?」
「私が買った訳じゃない、フギオーから君によろしくと言われてね。私のはこっちだ」
鉱石が詰まった袋を置いて、今度はリアが差し出したものを受け取る。薄い器を大きい竹の葉で幾重にも包んだそれは、まだ湯気の立つ炒飯だった。油っぽい香ばしい匂いが部屋に漂い、腹の虫が咆哮を上げる。
「アンタ、これ」
「『鍋を背負ったアイルーの店』だろう? 行きしに見つけてね」
「悪いなぁ、貰ってばっかりだ」
申し訳なさそうな口調だが、対照的にノイルの声音は弾んでいる。続いてレンゲを受け取ると、手を合わせるのももどかしく口に運んだ。
「別に焦らなくても、いつか返せばいいさ。……にしても、美味しそうに食べるじゃないか」
「実際美味いからな、んぐ、アンタはもう食ったのか?」
「あぁ、家で済ませてきた」
「そっか、所でさ」
水筒の水を一口呷ったノイルが、レンゲを置いてリアの後ろを指差す。
「何で俺の部屋にギルドナイトが?」
「お前にギルドから連絡があるからだよ」
「アミクス、いたのか」
「え、アンタら知り合いか?」
困惑する彼を他所に、アミクスと呼ばれた男は炒飯を頬張ったままのノイルに一枚の書状を手渡す。そこには長々と前振りの文章が記されていたが、伝えたい内容は概ね
『上位ハンター、ノイル・ウッドベルを
じ上位ハンターの飛び級昇進なんて聞いた事がない。流石にこれには落ち着いて食事していられないと、彼は本調子ではない左脚を庇いながら立ち上がり、書状を指差して口を開く。
「いやいやいやおかしいだろ! 等級5になったのだって先月だぞ!?」
「落ち着け、こっちのを二人とも読むんだ」
「私もか?」
アミクスは赤い制服の懐からもう一つ別の紙を取り出した。一番上には等級制改訂の赤文字、これまでは上位個体の中から例外的に認定されていた『G級』を正式に『上位よりさらに強力な個体群』として設定し、それに伴って等級の上限も従来の7から12に変更されるとの事だった。 そしてリアはと言えば、バルバレギルドではなく龍暦院所属になる為、一旦バルバレから離れなければならないという。
「これはまた大胆な……、龍歴院も含めて、ハンターを擁する組織全てで決めたのか」
「そういう事だ、俺も驚いたよ」
「こんな事ならバルバレギルドに移籍すれば良かった……、依頼自体は受注出来るから油断していたよ」
つまりこれは、ノイルの働きが元々の等級7に相当すると評価されたという事でもある、二人の会話を気にも留めず書状を握り締めた彼の背が震え、困惑が極まっていた先程とは打って変わって血液が炭酸に置き換わったような興奮が全身を貫く。それが歓喜か衝撃かも分からないまま、彼はベッドから立ち上がる。
「リア」
「何だ?」
「俺、絶対アンタに追い付くよ」
「…………それは楽しみだ」
「先に怪我を治したらどうだ?」と呟いたアミクスの頭にチョップを叩き込みながら、リアは兜の奥で破顔した。等級制の改訂、『G級』の正式認定、これまでのシステムとは大きく異なる変革を前に、二人はまた新たな世界の足を踏み出す…………のかも知れない。
何とか5話構成に収める事が出来ました、疾風怒号です。これにて『原生林の蜘蛛糸』編は完結になります。狩猟描写よりも世界観の補完としての色が濃かったかも知れない…………。
次回、『凍霞に騎士の舞う』 お楽しみに!