狩人が武器を選ぶ理由は多くある。
『身近な先輩がそれを扱っていたから』
『一目見てビビッと来たから』
『自分の能力に合っているから』
結局のところ、武器を選んだ理由などどうでも良い事だ。上手く扱えれば生き残り、怠れば死に、よしんば上手く扱っていても死ぬときは死ぬ。ハンターとはそういう職業であると誰もが知っているし、多くの人間はそれに納得している。して不合理と理不尽の集合体とも言える『自然』を相手にする仕事だ、個人の理由が言い訳にも、人を責める口実にもならない事は、当たり前と言ってしまえばその通りだろう。
それでも、自分は未だにこう思うのだ。『彼女を殺した原因は、きっと自分
そんな後悔が何の役にも立たない事は百も承知、だがしかし、そうでなければ耐えられない。彼女を殺したのは自分であるのに、許されてしまった事を到底認める事は出来ない。何が悪運、何が不幸、自然が不合理と理不尽の塊であるならば、それを跳ね除けてこその狩人ではなかったのか!
許さない、許されてはいけない。一生涯十字架を背負い潰れるか、それこそスリか夜盗に何もかも奪われて破滅して仕舞えば良い。報いを受けろ、報いを受けなければ。
などと、そんな事を考える余裕のある内は、きっと俺にはまだ生きる余裕がある。俺が報いを受けるとすれば、それはきっとこんな事を考える余裕も無く、全てを失い失意のまま、ボロボロになって命尽きるその瞬間だ。
そうであって欲しい。否、そうであると……今も赫星に願う。
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快晴の遺跡平原は今日も騒がしい。かなり前から山岳部に居座っている『若武者』……今は『
奴はここ数ヶ月で目覚ましい成長を遂げていた。ティガレックス討伐直後から山頂付近に寝床を確保して一帯を支配、今のところ遺跡平原の生態系の頂点に君臨し続けている。リアの言った通りに彼が黒炎王と紫毒姫の倅なのかどうかは知らないが、ギルドはその存在を特異なものとして認めたようで、1ヶ月ほど前からバルバレで初の『二つ名』を彼に与え、不用意な、正確に言えば特殊な許可を得ない上での接触を厳禁とした。
若いリオレイアが観測された時には番いになるかと噂が立ったが、あろう事か寝床に降り立ったその個体に攻撃を加えて追い払ったというのだから面白い。野生生物としては不都合な程のプライド、通常個体よりも遥かに強い毒性の爪、高い飛行能力に強力な火炎、これだけの要素が並べば確かに異質だ。
尤も当の本人は滅多に姿を現さない上に、普段の捕食行動を除けば縄張りに侵入した中〜大型モンスターにしか攻撃しない、即ち環境を乱すような真似はしないが為に狩猟対象には指定されていない、精々が定期的に観察の依頼が出る程度か。
「……二つ名、か」
「どうしたノイル、考え事か?」
「何でもない」
どうしてこんな事を考えたのかと言えば、焔叉迦と同じように『二つ名』を持つ狩人から届いた手紙を開いたからだ。キャンプの前に設置した焚き火にスープを入れた小鍋を置き、丁寧に蝋で閉じられた封筒を鞄から取り出す。
「手紙?」
「あぁ、手紙だ。本当は家で読むつもりだったんだけどな」
「良いんじゃないか? どうせバルバレに帰るのは明日だ」
「なーに話してんの!……って、手紙?」
同行者の茶々を適当に受け流しつつ、三つ折りになっていた手紙を開いた。
『ノイル・ウッドベルへ
変わりは無いだろうか? こちらは最近よく冷え込むようになった、バルバレは年中温暖な方だから少し恋しいと思う。 無事に等級の更新は完了したよ、新しい等級は11。12は古龍撃退・討伐級のハンターに勲章と一緒に授与されるそうだ、気の遠い話だな。
本題に入ろう。
君には申し訳ないが、少しバルバレに戻るのが遅くなりそうだ。本当ならこの手紙が届く頃には龍歴院を出立するつもりだったのだが、どうしても装備に調整したい部分が出来てしまってな、あと一月こちらに残る事にするよ。 情けない話だが妥協するのも趣味ではない、折角戻ったのだから突き詰められるだけやってみようと思った次第だ。
そこでなんだが、一つ頼みがある。私の剣を君は何度も見ていると思うが、あれの銘を考えてみて欲しい。加工屋の爺様は『お前さんが考えろ』と言うんだが、いかんせん私はその手のセンスに自信が無くてな。一度考えるだけで良いから、何か案を出してくれないだろうか。この前君に本を渡したと思うが、その後ろに薄い辞書のようなものが挟んであると思う、是非参考にしてくれ。
手紙を出しておいて頼むだけというのも忍びないので、今のうちに土産の話でもしておく。龍歴院近くの村があるんだが、そこはムーファという家畜の乳で作ったチーズが特産品なんだ。これをとろかして蒸した野菜やキノコに掛けると絶品でな、一つ買って帰るので楽しみにしていてくれ。
短い手紙になってしまったが伝えたい事はこれだけだ。一ヶ月後に会おう、また君と狩りに出られる事を楽しみにしている。
リア・ロクショウより』
内容はこの通りだった。気安い癖に妙に律儀というか、リアらしい手紙だと思う。頼み事は追々考えるとして、重要なのはバルバレに戻って来るのが一ヶ月遅れるという部分。
「帰って来ると思って新調したんだがな……、まぁ、いいか」
手紙から目線を逸らして下を見ると、腰から下を深い蒼の鎧が覆っている。もう一つの空の王者と名高い蒼火竜、リオレウス亜種の素材だ。少し前に狩猟区に入り込み、当時リオレイアを追い払ったばかりで気が立っていた焔叉迦と鎬を削り、そして敗れた個体から造られた防具。
偶然居合わせた"G級"ハンター二人と狩りに出たのが記憶に新しく、ヘビィボウガンと操虫棍の鮮やかなコンビネーションに見惚れてしまったのを思い出した。
「……お前、随分赫王サマと仲良いんだな」
「『乗り掛かった船』って奴だよ、別に入れ込んでる訳じゃ……」
「最近ずっとあの人と狩りに出てたもんね」
迅竜の装備を着込んだ男の言葉に、入れ込んでいる訳じゃない、とは言い切れなかった。事実目標にしている部分はある上に、依頼を別にしても行動を共にする事も多い。今は家に置いてある一虎刀も、彼に言われた通りほぼ毎日振っている。太刀は二度と握らないと決めていた筈の俺が、だ。
「それに、アイツの顔すら見た事無いぞ、俺」
「マジか」
「大マジ」
「それはそれでどうなんだろう……」
言い訳のような言葉に反応して、俺と同じように上半身の防具だけを外した女がライトボウガンを弄りながらそう言った。俺もそう思わなくはない、だが彼の事情を考えるとそうも言っていられないだろう。理由を話してくれただけ重畳だ。
「隠される物には、隠されるだけの理由がある。……詮索するのも良くない」
「それは勿論だけど、どんな人かも分からないんでしょ?」
「ギルドのお偉いさんは知ってるんじゃないか? 教えては貰えないだろうけどな」
「詮索は良くないと言ったろ」と喉元まで出かかった声を噛み殺して目頭を揉む。変だ、友人の事とは言え、少し前ならこの程度気にしなかった筈だ。何故にこんなにも気分が悪い。
「私はちょっと嫌だなぁ、顔も見せて貰えないのって、冷たい感じがする」
「ま、距離を置かれてるって言うか、信用されてないイメージはするよな。なぁノイル。 ……ノイル?」
今、俺は酷い顔をしている。きっとテツカブラのような怒り顔だ。口を引き結んだ不機嫌な表情をしてしまっている。「お前達がリアの何を知っているんだ」なんて臭い台詞をまた噛み殺して顔を掌で覆い、いつも通りの『ノイル・ウッドベル』に戻ろうとする。
「…………悪い、欠伸が出そうだった」
「オイオイ大丈夫かよ、もう寝るか?」
「馬鹿言え、スープがまだだ」
「またモスジャーキーのスープでしょ、塩分高いんだからやめなって」
一秒だけ待って両手を下ろした。上手く笑えた気がしないが、少なくとも眼前の顔馴染み二人は誤魔化せたらしい。もしかしたら暫く離れていたお陰かもしれない。『人混みに入ればすぐに紛れて誰も分からない』とまで言われた平凡で印象の薄い顔立ちに今だけは感謝する。 リアと接している時間が長過ぎたんだ、と自分に言い聞かせて小鍋をかき混ぜると、胡椒辛い匂いが鼻を刺す。嗅ぎ慣れた匂いだ、新人の頃に教えて貰ったこれを飲むと、狩りの後で昂った心が不思議と落ち着いたものだ。
だが今回は、騒ついた感情がいつまでも蟠って消えない、いつまでも不快な感覚を抱いたまま、テントに備え付けられたベッドに身体を投げ出し、無理矢理目を瞑る。……しかしそれでも、ヤスリを押し当てられるような感覚は消える事は無かった。
おめでとう! 若武者は焔叉迦に進化した!(
冗談はさておき皆様こんにちは、疾風怒号です。焔叉迦のネーミングは八大竜王の『徳叉迦(タクシャカ)』から取っています。視線で人を殺すとされ、原典を辿るとあのアルジュナの孫を噛み殺したとか言われてるアレですね。
次回からはお茶濁しせずにしっかり続編を書きますので、楽しみにお待ち下さい。それではまた次回!