隻腕の赫王とお人好し   作:疾風怒号

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9:悔恨清算如何せん?

 

 

 

 

 

「もう三年だな、ミセル」

 

 

ユクモ村の外れ、ガーグアに車を牽かせて一時ほどの墓地にノイルの姿があった。腰から下だけを防具に覆った装いで苔生した墓石の前にどかりと座り込み、布に包まれた太刀を静かに置く。

 

 

「預かってたものを返しに来た。俺の太刀は打ち直したんだ、良いだろ」

 

 

墓石からの返答は無い。ただ、気心の知れた友人にそうするように、彼一人が滔々と言葉に悔恨を乗せて、しかし割り切った声音で語る。

 

 

「まぁ、今は大剣を使ってるんだけどな。……遅いなんて言わないでくれよ、言いたくなるのは、分かるけど、お前を見殺しにしたくて、太刀を選んだわけじゃないんだ」

「俺だって思う、あの時……大剣ランスでもなんでも担いでいたら、お前は死ななくて良かったんじゃないかって」

「大丈夫、約束はちゃんと守る。最近相方が出来たんだぞ、等級も上がって上位になった、お前がいなくても上手くやってるよ」

「墓参りか」

 

 

唐突に背後から降りかかったのは、低い男の声だった。眼の覚めるような赤い制服。目元を隠す羽飾りのハットから見覚えのある髭面が覗いている。視線を宙に彷徨わせたノイルが名前を忘れていたことは見通されていたらしく、彼はばつが悪そうに頭を書いた。

 

 

「アミクス・アウディオだ」

「ああ、そうアミクス。……のぞき見か?趣味悪いぞ」

「馬鹿言え、俺も同じだ」

 

 

『同じ』というのは、墓地を訪れた理由を指すのだろう。アミクスは帽子を脱いでノイルの隣に腰を下ろすと、一息ついて視線をやった。

 

 

「ハンターか?」

「昔のな。俺を庇って死んだ」

 

 

重い口振りだったが、彼の表情は変わらない。

 

 

「その調子じゃ、とっくに踏ん切りはついてるみたいだな」

「そうじゃなきゃ、やっていけない」

「……リアとは上手くやってるか」

「ああ」

「そうか。今は別行動か?」

「先月からずっとそうだよ。一月遅れるって手紙が届いたから、ここに来たんだ」

 

 

沈黙が流れる。次の話題を切り出したのはノイルだった。

 

 

「リアの相方って、どんなハンターだったんだ」

「気になるか」

「とても」

 

 

アミクスはそれ以上応えずに立ち上がると、座ったままのノイルを見下ろして黙考し、ややあって「付いて来い」とだけ呟いて墓所の奥へ歩きだした。それに従って歩く内に、辺りの景色はみるみる内に深緑に覆われていく。このまま進めば奥まった外れに出るだろう。

 

 

「ノイル、お前はリアから何処まで聞いてる?」

「全く何も」

「だろうな、お前から訪ねても無いんだろう」

「……本人に聞くべきだって、そう思うか」

「いいや?俺に聞こうがアイツに聞こうが同じだ、お前になら……ああまでリアと打ち解けた男になら話せる。アイツだってお前が聞けば話すさ」

 

 

迷いの無い声音と歩調のまま、アミクスは長虫の這う柵扉を押し開けた。落ち窪んだ小さなスペースに、錆びついた銃槍と盾が突き刺さっている。墓標の代わりなのだろうそれは所々が歪み、痛々しい爪痕が深く刻まれていた。

 

 

「インペリアルガーダー、アイツの得物だ」

 

 

手に持っていた花を墓前に置いて、アミクスが振り返る。

 

 

「ガンランスか、珍しいな」

「普段から使い込んでいるのは、俺はアイツ一人しか見たことが無い」

 

 

ガンランス。文字通りランスに砲撃機構を組み込むという突飛な、或いは狂気的な発想を実現させた重量級武装。ノイルにとっては近接武器でありながら味方を巻き込みかねない砲撃を扱う都合上、使い手も使う場面も選ぶ曲者という認識のそれは、同時に奇妙に思い出深いものでもあった。

 

 

「そんな変人、俺だって一人しか知らないな」

「例の相方か」

「いいや、兄貴だよ」

「……初耳だな」

 

 

意外そうに眉を上げたアミクスに、ノイルが苦笑する。

 

 

「リアにだって言ってないからな。知り合ったばかりの相手に、『死んだ兄の墓を探す為にハンターになりました』なんて言われたら、困るだろ?」

「ハンターが何処で死んだかなんて、調べようがない」

「ああ、うん、それはそうだけど。……それは、分かってる。だから何と言うか、俺は明確な理由があってハンターを続けてるわけじゃない。兄さんに花の一本でも供えてやりたいのも、俺の代わりに死んだ奴の分もハンターを続けるのも、ただこの仕事を続けたいから続けているだけなのも、全部本当で」

 

「今の相方といたいからってのも、ある」

「……お前、思ってたより良い奴だな」

 

 

照れて頬を掻くノイルを見て、無表情だったギルドナイトは初めて頬を緩めた。

 

 

「お前みたいな奴がリアの傍にいるなら、アンゼルムの奴も安心出来るだろうよ」

「…………なぁ、」

「ん?」

「そのアンゼルムって奴、『アンゼルム・リッター』って名乗ってなかったか?」

 

 

 

※※※

 

 

 

白昼の渓流に、電撃を纏う刃が舞う。一息の内に三度振るわれたそれは迅竜の鱗を鋭く削ぎ、血が焦げる臭気を立てる。痛みと這いまわる電流に身を侵されて悲鳴を上げて苦し紛れに振るった尾は、もう一人が掲げた盾に難なく逸らされ、その隙に体勢を整えた狩人がその巨躯を踏みつけて跳び上がり向かいに着地、振り返りざまに閃いた白刃は竜の後脚を正確に引き裂いた。

 

狩人の攻め手は途切れない。銃槍の砲口が爆炎を噴き太刀の狩人を追わんとした竜の頬を焼く。火炎を振り払って開かれた顎からは盾を掲げて逃れる。

 

 

「シィ……ッ」

()ァ!」

 

 

連携に言語は不要、首が伸びきった迅竜の横面に銃槍が叩き付けられたのとほぼ同時、またも三度振るわれた太刀が左後脚の筋を断って動きを止める。食肉を解体するように容易く行われたそれが、常軌を逸した技量の上に成立するものである事は、茂みの中からその光景を観測するギルドナイトの眼からしても明らかだった。

 

 

「砲!」

 

 

声を張り上げて合図を出したのは白鎧、太刀の狩人。銃槍の切っ先が竜の頭の直下に突き立てられ、青白い炎が噴き出す。甲高い機構の呻き、滾る熱量を盾で遮って銃爪(ひきがね)を引き、きっかり一秒後。通常の砲撃を大きく上回る量の装薬を一度に爆ぜさせる狂気的一撃、竜撃砲が迅竜の頭部を下顎から滅多打ちにし、大きく跳ね上げた。

 

炭化した組織片がはらはら落ちる。

 

 

 

「なぜ、」

「ああ、やっぱり、()()なんだな」

 

 

しばしの夢想から引き戻され瞠目するアミクスとは対照的に、ノイルは平常心を保っているように見えた。

 

 

「右耳が欠けてただろう」

「……」

「キノコが苦手で、辛い物が好きだったか」

「……何故、お前がアイツを知ってる?」

「俺の兄貴だからだよ」

 

 

平然と、或いは淡々とした無感動な声音。

 

 

「アンゼルム・R(リッター)・ウッドベルは、俺の兄だ」

 

 

 

竜は生きている、虫けらと同じように。故に逃避も行う、人と同じように。

浮き上がった身体をそのまま反転させて、迅竜はその場から逃れようとした。当然狩人に見逃してやるつもりは無い。迅竜からすれば不可思議極まりなかっただろう。何度も退け、殺し、時に喰らった小さな生物に、自らが完膚なきまでに追い込まれているのだから。

 

地に前脚が着くよりも先に、太刀の狩人が回り込んで構えている。自由落下は止まらない。自ら飛び込んでくる頭に向かい刃が閃き、その眼窩に深々と突き立った。

 

血飛沫、劈くような悲鳴が上がる。

 

 

 

「……、因果なもんだ」

「疑わないんだな」

「アイツに弟がいたのは、俺もリアも知ってる」

 

 

困り果てたふうに、午睡の夢を振り払うようにかぶりを振ってギルドナイトは呟く。故友の弟が目の前に立っている事実を、どうにか飲み下そうとしているようだった。

 

 

「ああ、そう言えばそうか。手紙、送ってたな」

「手紙だけじゃない、口を開けばお前のことばかり話していた」

 

 

ノイルが口を開く度に、記憶の中で風化しかけていたアンゼルムの声と符号する。よくよく見れば藍色の瞳も、はっきりとした目鼻立ちも瓜二つで、何故今まで気が付かなかったのかとアミクスは自嘲気味に笑った。似ても似つかないのは、髪の色ぐらいか。

 

 

「リアは、気付いてるのか?」

「無いな。もしそうなら、お前の目の前で頭を下げている筈だ」

「頭を……?」

「リアはな、アンゼルム・リッターを殺したのは自分だって言って聞かなかった」

 

 

「今でもそうだ」とアミクスは続ける。

 

 

「リアが狩人を続けているのは、何も紫毒姫を追っているってだけの話じゃない。あの女はな、他ならぬお前(アンゼルムの弟)に会う為に各地を渡ってるんだ」

「……いや、何で」

「言っただろう。リアはアンゼルムが死んだのは自分の責任だと考えてる。……()()()()()んだとよ」

 

 

ノイルにしてみれば唐突な物言いだった。無論、友人の死を悔やむ気持ちは痛いほどに分かる。アミクスの言うことが何処までリアの本心なのかも分からない。しかし、それでも、おかしな話であった。

 

 

「リアも兄さんも、ハンターだろ。俺は、何を許せばいいんだ」

 

 

狩人はその半分以上が狩場で命を落とす。五体満足でその一生を終えることが出来る者すら一握りの幸運の持ち主とさえ言われる世界だ。自然を相手にするというのは、そういう事だ。普通、狩人は同業者が狩場で死んだ程度のことを引き摺りはしない。大概がそうだ。

 

『人の死』などという余りにありふれたものを背負い続けて、剰え遺族に許されるがために探し求めるなど、正気の沙汰ではない。許す、許さない、の話ではなく。そもそも、誰もリアを恨んでなどいないというのに。

 

 

「俺だって分からない。リアがどんな言葉を求めているのかも分からない。ただ、アイツがそう言ったのは確かだ」

「……そうか」

 

 

もう動かない迅竜の頭から太刀を引き抜いて、空いた平手を立てて祈った白鎧の狩人が、夢想の中でその兜を脱ぐ。ああそうだ、あの日、初めてあの二人を見た時も、こんな透き通った晴天だったか。ゆきいろの髪を解いたリアが、弾けるように笑いかける。

 

そんな顔が見れなくなってしまったのは、やはり、アンゼルムが死んでからだ。

 

 

「俺は、リアの寄る辺にはなってやれない。お前からすれば唐突で、勝手な頼みかも知れないが」

「ああ」

 

 

遮るような即答、からりと晴れた声音。

 

 

「リアの友達からの頼みなら、断れない。許すことは出来ないけど、どうにかする」

「……お前、本当にお人好しだな」

「よく言われるよ」

 

 

 

 

 

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