人間は弱い。爪も無ければ牙も無く、空を撃つ翼もしなやかな尻尾も、挙句の果てに身を守る毛皮も鱗も無い。鼻が利くわけでも特別すばしこいわけでもなく、暗所を見通すことも無ければ大きな声で驚かすことも無い。あるのは多少の器用さと、精々が手に持つ道具程度。
そんなものが、そんなものがもし、その身一つで竜と相対するのなら。それはきっと、とてもとても悍ましいものだろう。
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灰色の陽光が差し込む古代林狩猟区の最奥、落ち窪んだ地形の底で断続的な轟音が響く。赤光が瞬く度に巨大なシダ植物が叩き割られ、無残にも倒れ伏して地衣類が覆う地表を抉る。嵐かと見紛う破壊の連続、しかしそれを引き起こすのは一頭と一人、ただ相対する竜と人。たった二つの命がぶつかり合う、ただそれだけで、これだけの惨状。一体どこまで竜を怒らせれば、こんなことが起こるというのか。
剣のように鋭く長い尾が、一際太い大樹を圧し折る。赤光と同時に火の粉が舞うのは、その刃が眩く赤熱しているからだ。連続して叩き付けられる剣戟を後退しながら避け回るのは赤い鎧の狩人、追うは燃え立つ焔の具現、赤と青の逆立つ甲殻に身を覆う竜。
怒り狂うままに全身から高熱を噴き上げ、暴虐を撒き散らす二足歩行のそれに狩人は遁走を余儀なくされている。垂直に振り下ろされた尻尾の一撃が倒木を磨り潰し、それからすんでのところで逃れた狩人が開けた場所に転がりこんだ。
好機と見たか脚を撓めてもう一撃と身構えた竜の動きがひたと止まる。狩人の姿を見失ったのではない。むしろその逆、あれだけ逃げ回っていたニンゲンが脚を止め、腰を落とした前傾姿勢で自らに向き合っている姿を見とめたからこそ、竜はその動きを止めた。狩人が腰に佩いた太刀を握り、僅かじきりと金具を鳴らす。その左腕があるべき場所にはがらんと空白が口を開け、バイザーの奥には剣吞な光が灯る。
「どうした、来ないのか」
竜は人よりも優れている、膂力も、治癒力も、洞察や勘の類でさえも。故にその『牙』が、自らのそれと比べればあまりにも矮小なその刃が、自らの命を奪うに足りる代物だということを察知出来た。故に動けない、五体満足ですらない、小さな生物を前に最大限の警戒を強要される。
狩人が竜を怒らせるなど、とんでもない。
狩人は竜を狩るからこそ狩人と呼ばれる。狩人は竜を怒らせるのではなく、まさしくその命を脅かす。挑発に挑発を重ね、逃げ回って誘導し、『全力で刃を振り回しても良い場所』までたどり着いて、ようやくその牙を剥く。
身体を捻って限界ギリギリまで傾ける姿勢は獣に似て、相対する竜は首を巡らせて喉から灼熱の粘液を汲み上げ吐き出す。陽炎立つそれは咽頭の火炎嚢にため込まれた金属、岩盤をも抉る威力の、竜が唯一持つ飛び道具。それが失策だったと気付く瞬間には、既に狩人は駆け出していた。
熔けた金属の塊をそれよりも身を屈めることで通り抜け、地面すれすれを滑空するようなスピードで竜の首を間合いの内側に収める。狙うは高熱で柔くなった喉の中心。一撃で喉を斬り裂けさえすれば、例え古龍でも死から逃れる事は不可能だ。多くの狩人がそれを知ってそうしないのは、竜自身ですら急所だと認識出来ている首の真下に潜り込むその行為が、自殺行為に他ならないと知っているからで。
事実狩人の狙いを知ってか知らずか、竜は大木のようなその脚を踏み潰さんと持ち上げる。縦に長い巨躯を転回させる四股のような姿勢で振り下ろされたストンプは、果たして狩人の身体を捉えること無く空振りに終わった。地面がぐわりと捲れ上がるのは込められた怪力と、力みが生み出す致命的な隙の表れ。脚を竦ませる振動を跳んで躱した狩人が巌のような甲殻に手をかけてその身体を駆け上がる。
バルバレを中心に多くのハンターが行う『乗り』とも、遠く名も知れぬ里に伝わるという『操竜』とも別。ただ『致命傷を与えるため』だけにモンスターの背に登るという血も凍るような暴挙に、狩人は兜の奥で口の端を裂く。剣山のような竜の背中を駆け抜け、鞘から抜き放ってもいない太刀を逆手に握りしめて脳天に一撃。身体ごと突っ込んだかと見紛う強振、隻腕というハンデを体幹そのものを軸とした円運動によって武器へと昇華したその技量に、さしもの竜も首を振りたくって苦悶の声を上げた。
「流石に、硬いか」
竜の視線の高さから振り下ろされては骨折程度では済まない、狩人は軽快に飛び退いて頭上の木々から垂れる蔦を掴み、懸垂の要領で身体を持ち上げると、一息に脚を振り上げて爪先に蔦を絡め更に半身ほど登って見せる。そうして半ば逆さ吊りの姿勢になった彼(彼女?)は外敵の姿を見失い右往左往する竜を油断無く観察しながら、最初からこうして高所をとれば良かったかとしばし黙考していたが、やがて感触を確かめるように柄を撫でると蔦を蹴り解いて空中に身を躍らせた。
竜がそれに気付き首を擡げた時、とうに狩人は狙いを定めていた。
大きく脚を振って身体を捻り、独楽か何かのように回転しながらの高速落下。時計回りのそれは、即ち抜刀の動きに重ねる為のもの。僅かでも目測を誤れば重傷を免れない行為に一切の迷い無く身を投じる、その、悍ましい狂気と勇壮。
「ゼアァッ!!!!」
気合一閃に鯉口が鳴く金属音。強靭極まる隻腕が、眩く燃える飛竜刀の刀身が、そして鞘内部で爆ぜた灼熱が、一つの奔流となって『斬竜』の片脚を大きく削ぎ落した。勢いそのまま地面を転がって衝撃を殺し、太刀を納めた狩人の眼前には、丁度バランスを崩した斬竜の首がある。
バイザー越しの赤い眼と、未だ何が起こったのか理解していないであろう竜のそれがかち合った。
「恨みは無い、が、斬るぞ」
狩人は呟いた。謝罪ではなく、懺悔でもなく、いっそ淡泊なほどの静謐さで。
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あれだけ暴れまわっていた斬竜は、いまは肉の塊となって虫に群がられている。二日もすれば死骸は菌類に覆われ、豊かな自然環境の糧になるのだろう。痺れて殆ど力の入らない隻腕で納刀した赤い鎧の狩人は僅かばかり思索を巡らせたが、背後に人の気配を感じ取って振り返った。
「ディノバルドをこうも容易く……。噂に違わぬ実力ですね、『隻腕の赫王』殿」
「……止してくれ、子供は?」
「先ほど全員保護されたそうです。全く、大人の目を盗んで深層シメジを採りにいくなんて……」
「その子たちを叱るのは親御に任せよう、私は戻る」
「あっ、待って下さいよ!」
マントで空の左腕を隠した火竜の鎧が、だらりと垂れた右腕を庇いながら歩いていく。後方に続く金属鎧の同業者には目もくれない姿は幽鬼のようで、『毒で精神を壊した』という噂が立つのも頷けてしまう。
「右腕だけでは如何しても二回が限度……、クソ、こんなザマで、紫毒を殺せるものか……ッ!」
忌々し気に吐き捨てる『隻腕の赫王』、その名をリア・ロクショウと言った。この狩人が大市場バルバレに渡るのは、まだまだ先の話____
今回はせと。様主催の『モンハン愛をカタチに2021』に飛び入り枠として参加する為に書き上げた短い過去話となっております。隻腕赫王も11月で一周年を越え、多くの読者様に支えられてノイルとリアの物語はここまで続きました。この作品を通じて、少しでも自分なりの『愛』を伝えられたら良いと今は考えております。
また今回の企画を通じて初めて拙作に触れた皆様も、もしよろしければ1話より閲覧して下されば幸いです。現在大幅なリテイク中ではありますが,キリのいい部分で終わっているので中途半端な気分になることは無いかと……。
それではここまで読んでくださった皆様、隻腕赫王を応援して下さる皆様、何よりもモンハンを愛する皆様、ありがとうございました。