隻腕の赫王とお人好し   作:疾風怒号

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遺跡平原の女王
1:遺跡平原の女王


 

 

『隻腕の赫王』と呼ばれる一人のハンターがいた。その名の通り隻腕で、赤い鎧に、世界に一振りしかないギルドとは違う規格の太刀を背負っているのだという。

 

 

曰く、飛翔する飛竜の翼を斬り落とした。

 

曰く、潜水した海竜を掴んで引き摺り出した。

 

曰く、古龍を一人で相手取り見事撃退した。

 

 

彼にまつわる噂は枚挙にいとまが無く、それも十分にあり得るものからどう考えても尾鰭が付いているものまで様々だ。しかし一つだけ、数多のハンター達の間で『これだけは確か』と言われる共通認識がある。

 

 

曰く彼は、『黒炎王』を討伐した狩人であり、その番『紫毒姫』に片腕と仲間を奪われた。故に彼は姿を消した紫毒姫を探し求め、各地のギルドを渡り歩いているのだという。

 

 

 

 

 

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「なぁ頼む、俺も人数に入れてくれよ! このままだと家賃が払えねぇんだ!」

「入れてやりたいのは山々なんだが……、もう受付嬢に通しちまったからな、そんな事したら俺達が規約違反になっちまうよ」

 

 

多くのハンター達で賑わう、早朝の大市場バルバレのギルド、その食堂の一角に話し込んでいる集団の姿があった。テーブルを挟んで四人のハンターの向かいに座り、机を叩いて訴えの声を上げる若者の顔が歪む。この若者、名をノイル・ウッドベルといい、現在家無しの危機に直面している最中であった。

 

ガーグァのもも肉を齧りながら、一番大柄なギザミ装備の男が彼に向かって指を指して尋ねる。

 

 

「というかお前、金欠って訳じゃなかっただろ、何があったんだ」

「…………スられた」

「は?」

 

 

青く光る鎌蟹素材で作られた、兜の奥の目が丸くなる。

 

 

「財布を盗まれたんだよ! 昨日! おかげでほぼ一文無し! 俺が何をしたってんだ畜生!」

「……どうせお前の事だ、『道に迷った』なんて言われてホイホイ騙されたんだろ」

「正解だよ!」

「お前は超の付くお人好しだからな」

 

 

事の顛末は彼が話した通りだ。勢い良く立ち上がったノイルだったが、やがて元の椅子にヘナヘナと座り込む。彼の訴えを受けていた男も、心底同情したような、『またか』とでも言うような、微妙な表情で肩を叩く。

 

 

「取り敢えず今日受けられる依頼を探せ、他のハンターに頼み込むよりマシだ」

「おう……」

「最悪借してやるから」

「マジか!?」

「本当に最悪の場合、な」

 

 

「まぁ出来るだけ頑張れや」などと口々に言い残して出発口の方向に四人は去っていった。ノイルはその背中を見送りながら、持つべきは友かと呑気に呟く。

 

先程ギザミ装備の男が言ったように、このノイル・ウッドベルというハンターを一言で表すならば『お人好し』という表現がぴったりだろう。その甲斐あって顔はそれなりに広く、まだ若手ながら単独・複数人問わず多くの依頼(クエスト)(こな)してきた。 が、その分面倒ごとやトラブルに巻き込まれる事も日常茶飯事だ。

 

今回の盗難被害はその最たるものだろう、だが彼はその生き方を変えようとはしなかった。

 

 

テーブルに置いていた雌火竜のヘルムと、『レッドウイング』と名付けられた赤い大剣を抱え上げて依頼受付(クエストカウンター)に向かう。顔馴染みの受付嬢に声を掛けると、彼は事情を説明した。

 

 

「ええと、ちなみにおいくら必要なんです…………?」

「聞いて驚け、20万ゼニーだ」

「……支給品、使いますよね?」

「使うだろうな」

 

 

受付嬢は手にした帳簿をぱらぱらと捲り、しばらく考え込んでから紐で纏められた紙束を机に広げる。

 

 

「今用意出来そうなクエストはこの辺りなんですけど……、同行者って…………」

「いない」

「はぁ〜……、どうして今日に限っていないんですか」

「俺が聞きたい所なんだよな……」

「……リオレイアとか、ナルガクルガの単独狩猟とか…………」

「同期三人で行ってギリギリだった相手を俺一人で狩れって?」

「ですよね……」

 

 

二人揃って紙面と睨めっこを続けるが、時間が経つにつれて二人の表情は苦々しいものに変わっていく。彼自身決して弱い訳ではないが、一定以上の危険度を持つモンスターを相手取るのには、数人で依頼を受けるのが基本だ。

 

勿論、規約で許されている以上単独での狩猟に挑む者も一定数いるが、それは自然の恐ろしさを知らぬ愚か者か、自らの力量を過信した愚か者か、余程の実力者だけだ。少なくとも彼はこのどれにも当てはまらないだろう。

 

 

「うーん……、やっぱり、簡単な依頼だけ受けて、残りは借りた方が良いんじゃないですか?」

「いや話聞いてたのかよ」

「そりゃあ、あれだけ大きな声を出していたら嫌でも聞こえます」

「むぅ……やっぱそれしか無いのか…………?」

 

 

彼が諦めて簡単な採集の依頼を請け負おうとした時、にわかに辺りが騒めいた。ノイルよりも先に出入りが見えていた受付嬢が、忘れていたものを思い出すように「あっ」と声を漏らす。

 

潮が引くように割れていく人混みの中から現れたのは、刺々しいシルエットの鎧だった。 燃え立つような赤いそれは睨めつけるような威圧感を絶え間無く発し、だがその左腕が存在するべき空間にはがらんとした虚空だけがある。

 

 

「『隻腕の赫王』…………」と誰かが呟いた。それが皮切りになって、虫のさざめきのような声が集会所に満ちる。

 

 

 

 

___隻腕の赫王っつったら…………

 

 

 

______黒炎王を狩ったっていう……

 

 

 

____見ろ、本当に片腕だぞ

 

 

 

__________本物の気狂いだって噂だ

 

 

 

___毒で精神をやられたらしいが…………

 

 

 

 

様々な憶測が入り混じった騒めきは決して快いものではない。だがそれを気にした様子も無く、彼はしっかりとした足取りで受付に向かって直進してくる。

 

 

 

「……もしかしなくてもこっちに来てますよね」

「来てるな」

「私殺されるんでしょうか」

「そんな訳無いだろ、普通にしろ普通に」

「ノイルさんだって震えてるじゃないですか」

「そりゃ緊張ぐらいするさ」

 

 

二人が小声で話し合う間にも赫王はずんずんと距離を詰める。多くのハンターやギルド職員が見守る中、ついに受付嬢のすぐ前に辿り着いた。

 

 

「一つ依頼を受けたいのだが」

 

 

見た目のイメージよりも高い、アルトとテノールの中間の声が静寂を破った。彼女はしばらく固まっていたが、そこは流石現役の受付嬢、すぐに我に帰り対応する。

 

 

「は、はい! こちらで依頼を受けるのは初めてでし……ッ、でしょうか?」

「そうだ。 ……あぁ、ギルドカードだな」

 

 

そう言って彼は片腕で器用にポーチを漁ると、一枚の薄い板を差し出した。『ギルドカード』と呼ばれるそれは、各地のギルドで統一された手順で発行される一種の免許証のようなもので、1から7までの等級がある。その数字が大きい程位が高く、それによって受注出来る依頼も変わってくる仕組みだ。

 

 

等級(ハンターランク)7、リア・ロクショウ、龍歴院所属……、はい、確かに確認しました」

 

 

カードを返却した受付嬢が「本当にいたんだ」と口中で呟く。横からその様子を見ていたノイルや、その他近くにいたハンターも同じ気持ちだろう。

 

等級を上げるには、ギルドにその功績や実力を認められる事が必要になる。だが、4以上、一般に『上位』とされる位を得るのはそう簡単ではない。理由は幾つか挙げられるが、等級4以上で受け付けられる依頼の対象となるのがギルドによって『他の個体より群を抜いて強力である』と指定された個体である事や、それ以前に強力な個体を日頃相手にするが故に、ギルド側も等級の基準を正確に決めあぐねている事が主だろう。

 

最上位の7ともなれば、皇海龍を討伐した事で有名な『タンジアの狩人』や、近年の天彗龍調査の立役者とされる『龍歴船のハンター』など、各地に数えられる程しか存在しない。

 

ちなみにノイルの等級は4、丁度その環境に身を置き始めた所だ。

 

 

「大抵の依頼は受注出来ると思いますが、何かお決まりですか」

 

 

幾らか震えの収まった声で彼女が訪ねると、赤黒い籠手が机の上で彷徨う。手近にあった、丁度先程までノイルと受付嬢が見ていた紙束を捲ると、その内の一つで指が止まった。

 

 

「これを」

 

 

赫王が指したのは、『リオレイアの狩猟』と記された依頼だった。狩猟地は『遺跡平原』、バルバレから最も近い為依頼も多い土地だ。

 

 

「リオレイアの狩猟、ですか。 同行者は…………」

「必要か?」

「い、いえ、絶対必要というわけでは……」

 

 

おずおずとした受付嬢の問いに、あっけらかんとして彼は尋ね返す。余りに簡単に言い返されるものだから、彼女は完全に萎縮してしまっていた。

 

 

「なぁ、アンタ」

 

 

と、そこにノイルが声を掛ける。

応対に困った受付嬢から見れば渡りに船、火やられに水場だが、次の瞬間彼女は再度混乱の真っ只中に突き落とされる事になった。

 

 

「その依頼、俺が受ける所だったんだ」

「ノイルさん!?」

「シッ。 等級7でも、流石に横入りってのは道理が通らないよな?」

「あぁ、そうだったのか、それはすまない事をした」

 

 

辺りの全員が疑問と驚愕の眼でノイルを見るが、あくまで軽い調子で彼は続ける。

 

 

「いやいや、別に責めたい訳じゃないんだ。アンタ、ここに来るのは初めてなんだろ? なら俺を同行させてくれないかと思ってね」

「それは有難いが……、良いのか? 君が一人で行っても……」

「冗談、等級7ハンターの狩りを間近で見るまたと無い機会だ、逃す手は無い。 アンタはここいらの土地勘を俺から借りられる、俺はアンタの狩りを見てみたい、利害は一致していると思うんだが、どうだ?」

 

 

ノイルの言っている事は嘘ではなかった。格上のハンターの狩りに同行して立ち回りを学び、新たな知識を得る事も、新たな土地に赴いたハンターが、元からいたハンターにその土地の事を教わる事も珍しいことではない。そして彼は口には出さなかったが、この依頼の報酬金が有れば、彼の家賃程度なら賄う事は容易いだろう。

 

赫王はしばらく黙考していたが、やがて頷くと右手を差し出した。

 

 

「分かった。 狩りに同行してくれ」

「話の分かる人で良かったよ。 俺はノイル・ウッドベル、宜しく」

「リア・ロクショウだ、宜しく頼む」

 

 

受付嬢の困惑を他所に、二人は硬く握手を交わす。

遠巻きに眺めていたハンター達も正気を疑うような目線をノイルに向けていたが、そのうち一部は「まぁノイルの事だからな」と笑い飛ばしてそれぞれの用事に戻ってしまった。

 

彼らは知っている、ノイルの考えの半分は自らの利益を求めているが、残り半分は全くの善意で出来ているという事を、そしてその善意は、例え赫王が相手でも等しく向けられるという事も。

 

 

 

 

 

 

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その後、出立はその日の三日後に決まった。

 

あの後ギルドから飛ぶように家に帰り、大家に依頼書を突き付けて何とか家無しの危機を回避すると、残っていたなけなしの持ち金で準備を整えて、約束通りまだ日の登らない早朝にギルドに向かう。久し振りに自分より等級の高い、それもバルバレに名高い『我らの団の狩人』と同等の等級7のハンターに同行するとなれば、心臓が痛いほどに高鳴るのを抑えられなかった。

 

 

「や、三日振りかな」

「待たせたか、悪い」

 

 

食堂には既に、先日と同じ赤黒い鎧に加えて、同じような素材で拵えられた太刀と皮の荷物入れを背負ったリアの姿があった。表情はヘルムに隠れて読めないが、心なしか声は楽しげだ。

 

 

「構わないさ。 何と言っても、新しい土地で狩りをするのが楽しみでね、思っていたよりも早く起きてしまった」

「……アンタ、案外普通の人間なんだな」

「私は普通の人間だ、少なくとも心はね」

 

 

「片腕は無いがな、あははははは!」と付け加えて笑い飛ばす『隻腕の赫王』、恐らくかの黒炎王の素材で作られたのであろう鎧を揺らして笑う姿は、どうやってもその名に付いて回る恐ろしげな噂とは結び付かなかった。

 

受付嬢に依頼書を通して内容を相互に確認し、判を押したそれを預ければ遂に出発の準備が整う。荷物を積み込んだ竜車に乗り込めば、御者のアイルーが威勢の良い掛け声と共に、繋がれたアプトノスに鞭を振った。

 

 

 

 

 

 

「もし、良ければでいいんだが」

「何かな」

「『黒炎王』について、教えてくれないか?」

 

 

遺跡平原までの、正確に言えばギルドに定められた狩猟区までの道のりはそれなりに時間が掛かる。大剣を磨くのに飽きて仕舞えば、彼に対して話題を振るのは当然の流れだ。太刀を抱えて項垂れていたリアが、その頭を俺に向ける。

 

 

「構わないが、余り語れる事は少ないよ。 彼はただのリオレウスだったからな」

「ただの?」

「あぁ。……確かに、彼は比類無く強い個体だった、けどそれだけ、毒は強力で、炎は辺り一面を焼き、閃光玉に目を潰されても当たり前のように飛び続ける、ただのリオレウスさ」

「それは…………『ただのリオレウス』とは言えないだろ」

 

 

そういうと、彼はくつくつと喉の奥で笑った。

 

 

「噂みたく、不死身だったり首だけで動いたりはしないという意味さ」

「それは……」

「噂というのは恐ろしいものだよ」

 

 

車の外に顔を向けながら発された何処か諦めたような声音に、思わず言葉に詰まる。先日、彼がギルドに来た直後の騒めきを思い出して顔を顰めた。それを知ってか知らずか、彼は明るい声を上げて向き直る。

 

 

「じゃあ、こちらも一つ聞こうか。 君はどうしてハンターになろうと思ったんだ?」

「俺か、俺は…………」

 

 

すかさず過去の記憶に思考を飛ばす、何だったか、最初はかなり簡単な思い付きだった筈だ。

 

 

「……よく覚えてないけど、俺の村には一人ハンターがいた。多分それだ、よく遊んで貰ってた…………気がする」

「憧れ、か」

「有り体に言えばそうだな」

「私も同じだ。 身近にハンターがいると、どうしてもな」

 

 

得物を懸架する為のベルトを締め直して、リアはそう言った。バイザーの奥に一瞬だけ見えた炎色の瞳が細まっていた気がする。だがそれを確かめる間もなく、御者が「到着しましたニャ!」と声を上げ車体が停止した。

 

 

「続きは後だな、御者と俺でキャンプまで案内するから、付いて来てくれ」

「相分かった、頼む」

 

 

案内と言ってもキャンプまではそう掛からない。荷物を積み下ろしてから竜車を所定の位置に停め、ここまで自分達を牽引してくれたアプトノスを連れて野道を進めば、ほんの30分程で特徴的な黄色いテントが見える。そのすぐそばを赤いレンガの遺跡を貫く形で小川が流れ、その他諸々最低限の設備が並んでいた。

 

 

「此処が?」

「あぁ、今使われてるベースキャンプだ。 此処から北東一帯が狩猟区になるから、出来る限り狩猟対象はその範囲内で仕留める」

「その辺りは他とも変わらないか、地図は?」

「御者から受け取ってくれ、準備が終わったら狩猟区内を一回りしよう」

 

 

そう言って、大剣を背負い直したノイルが見上げる空は雲一つなく晴れ渡り、木立の隙間を縫うように風がそよぐ。『始まりの風芽吹く地』と呼ばれるフィールドに、二人は高揚するままその心を向けていた。

 

 

 

 

 

 

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遺跡平原・狩猟区4番エリア、複雑に絡み合った起伏の激しい地形に隠れるようにして、二人の姿があった。彼らが目線を向ける先には、全身を美しい若葉色の甲殻と鱗で包んだ影。人間達が『雌火竜(リオレイア)』と呼ぶ飛竜の姿がある。

 

一対の翼と強靭な脚、先端から出血毒を垂らす尻尾を携えた姿は、多くの狩人が恐れ敬ってやまない『陸の女王』そのものだ。 だがその様子は二人が知るそれとは、いささか以上に違っていた。

 

まず最初に身体の損傷。力強さは失っていないが翼膜は所々破れ、甲殻や鱗で堅牢に守られている筈の体表には傷が目立つ。次にその振る舞い、リオレイアは縄張りに侵入するものにこそ容赦しないが、飛竜の中では比較的温厚な部類とされる。では二人の前に陣取る個体はと言えば尾で辺りの瓦礫に当たり散らし、脚は忙しなく地を掻き、口端からは雌火竜の所以たる炎がちら付いていた。

 

 

「どう考えても冷静じゃない、あれじゃ街道に被害が出る訳だ」

「背中を見ろ、爪の痕がある。……別の個体と争っていたのだろうな」

 

 

二人の見解はおおよそ一致していた。同種同士の争いが起こった結果勝った個体が安息を手にし、負けた個体は命こそあれ住処を追われざるを得なくなった。そうして新しい住処を探す内に活動範囲が広がり、街道を利用してバルバレに向かう行商人などに被害が出る。ハンターにとっては見慣れたパターンだ。

 

 

「……どうする、今日仕掛けても構わないが」

「止めた方がいい、この辺りの地形は崩れ易いんだ。 やるなら3番エリアの辺りに来るのを待つか、上手く誘導したい。それに……」

「もう一体が気掛かり、か」

「あぁ、狩猟区内にいるかどうかは五分五分だろうけど、このまま一回りして確認するべきだ」

「確かに、それが先決だな。行こう」

 

 

怒り散らすリオレイアを横目に、二人はこそこそとその背後を通り8番エリアに向かう。そのまま当初の予定通り狩猟区を一通り見て回ったが、結局勝者であるもう一頭は影も形も見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

既に日が沈み、月が中天に浮かぶ頃。焚き火と油ランタンだけが静かに照らすキャンプの一角に設けられた簡素なテーブルの上で、大地図を広げた二人______ノイルとリアが顔を突き合わせていた。

 

 

「じゃあ、もう一度確認するぞ。 今日一日狩猟区を探し回って、『リオレイアが二頭以上存在する』事を示す痕跡は見当たらなかった。踏み消されたマーキングや争った痕も含めて、な。 つまりあのリオレイアが争ったのは狩猟区の外で、この狩猟区にはあの個体しか存在しない。少なくとも、日中の時点では」

 

 

ノイルの言葉にリアが頷く。 無論、態々説明されるまでもなく理解しているが、これはあくまでも『確認』 共通認識を作る事で咄嗟のミスを防ぐ事前準備の一つだ。

 

 

「手負いの個体が寝床にしているのは6番エリアの東、あの翼じゃあ飛ぶのには苦労するだろうから、高低差の大きい5・7・9番エリアには近付けない筈」

「それを踏まえて明日は行動範囲の特定か、狩場にしているエリアが狩猟区内に有ればいいが……」

「なければ誘導、それも無理なら仕方がない。……その場で狩る」

 

 

マップ上をなぞっていたノイルの指先が、たんとその中心を叩いた。

 

 

「誘導するルートは」

「場所にもよるけど、やりようは幾らでもある」

「任せても?」

「勿論だ」

 

 

互いを確かめ合うような目線がかち合う。僅か半秒ほど静止してから、ふっと空気が緩む感覚。 「じゃあ、決まりだな」と装備を外したノイルが投げ出すように椅子に腰掛ると、それにリアも倣う。

 

炎が薄く照らす『黒炎王』の鎧を眺めながら、ノイルはふと気付いた。 そういえば、自分は一度も彼が鎧を外すところを見ていない、兜ですら外していないのではないか。それに思い返してみれば、何かを口にしている所も見ていない。今日一日何も口にしていないのでは?

 

 

「なぁ」

「ん?」

「アンタ、装備は外さないのか」

 

 

率直に疑問をぶつけると、彼は一瞬きょとんと___顔は見えないが___して、その後すぐにまた笑った。

 

 

「あまり顔、というより肌を見せたくなくてな。 ほら、火傷と毒の痕があるから」

「あー……、悪い」

「気にしないでくれ、傷を負ったのも元々は私の未熟さが原因だ。 ちゃんと飯は食べるし、寝る時は外すから、大丈夫」

 

 

顔や身体に傷痕が残る事はハンターならよくある。実際、俺も訓練生時代にケチャワチャという牙獣に斬り裂かれた背中の傷が未だに残っているし、同じような傷痕を良く思わず普段から隠している奴も身近にいた。顔に原型を失いかける程の裂傷を負った事を気に病んで、そのままハンターを辞めてしまった同期の女の事もよく覚えている。 余りに思慮が足りなかったと、己の浅慮が恨めしいばかりだ。

 

 

「そうか……、じゃあ、先に休むかな。 起きてられたら、食うものも食えないだろ」

「良いのか?」

「問題無い」

「なら、お言葉に甘えさせて貰おうか」

 

 

また薄く笑った彼に背を向けて、ランプを枕元に掛けると質素なベッドに潜り込む。拙いことをしてしまった自覚はあるが、覆水盆に返らず、今となってはどうする事も出来ない。気まずい気持ちを抑え付けるように目を固く瞑ったが、その日は中々寝付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

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二日後の早朝、大剣の刃に砥石を滑らせる音が辺りに響く。まだ日の昇らない平原は風もあって肌寒く、ノイルは既に兜を除く装備を身につけていた。

 

その後ろで、しゃっとテントが開く音がする。振り返ればいつも通り鎧に身を包んだリアが出てくる所だった。

 

 

「おはよう、随分早いな」

「これでも緊張してるんだよ、大型を狩るのは半年振りだ」

「そこは任せてくれ、昼までに終わらせよう」

「……本気か?」

「狩りに関してはいつでも本気だ」

 

 

二日間狩猟対象に定めたリオレイアを追い回して誘導の必要性は無いと判断したものの、『半日で終わらせる』とは相当な馬鹿だと普段なら笑っていただろうが、眼前の狩人はあくまで大真面目に発言しているようだった。 事実、彼の身体能力には眼を瞠るものがある事は嫌というほど知らしめられたせいで、それを行き過ぎた冗談と判断する事も出来ない。襲ってきたジャギィを全て徒手で気絶させた時などは流石に言葉を失った。

 

 

「準備は?」

「終わらせた」

「分かった、研ぎ終わったらすぐに出よう」

「了解した。私も最後に狩りに出て久しい、腕が鳴るよ」

 

 

そう言ってリアは、背中ではなく腰に佩いた大太刀を揺らした。

 

 

「……それ、本当にギルド規格じゃあ無いんだな」

「鎧も含めて特注品だ。というか、ギルド規格には加工出来なかったらしい」

「というと?」

「加工屋が言うには強靭すぎるんだと、鎧は兎も角、太刀の形にするには苦労したそうだ」

「そのついでに腰にも懸架出来るようにしたって訳か」

「私は何も言っていないがな、『その腕だと背負うのは苦労するだろうから』と言って聞かなかった」

 

 

呆れたように首を振る仕草を見せながら、彼がノイルの隣にどかりと座る。この場にはいない誰かに苛立っているような、そんな雰囲気が厳しい鎧の隙間から漏れ出してくるようだった。

 

 

「私は、腕を失った事を苦に思った事は無い。多少不便な時はあっても、太刀が振り辛かろうと、それはそれで良かった。

 私は失ったのではない、『得た』のだ、隻腕を、新しい境地と目標を。 それをあんな……」

「おい」

「…………すまない、愚痴を言う場では無かったな」

 

 

気付けば、刃を研ぐ手を止めて彼の肩に手を置いていた。 リアの言いたい事は大体解る。要するに、隻腕を憐まれる事も、その事で他人に慮れる事も彼にとっては苦痛でしかなかったのだろう。彼の人となりを把握したと思い上がるつもりは無いが、言い草からしてそうなのだとは推測する事は出来た。

 

 

「それじゃあ、狩場で見せてくれよ。その『新しい境地』って奴を」

「……中々どうして、上手く焚き付けてくれる」

 

 

磨き終わったレッドウィングを提げて立ち上がると、兜の奥で赤い眼を見開いたリアに手を伸ばす。それを受けて同じく立ち上がった彼が、勢いよくバイザーを下ろした。苛立った素振りはなりを潜め、今は狩人らしい溌剌とした気勢が溢れている。

 

 

「ならば期待に添えるよう、最大限努力するよ」

「ここからはアンタが頼りだ、そうでないと困る。 ……行くか」

「ああ、そうしよう」

 

 

頷き合い、数日前と同じように固く握手を交わすと、二人は腰にポーチを括り付けて歩き出す。丁度地平線から太陽が身を乗り出し、平原を黄金色に染め上げ始めたばかりだった。

 

 

 

 

 

 

その二時間後、二人の姿は8番エリア北西の小高い崖上にあった。その眼下には狙い通り、獲物を探して闊歩する狩猟対象(リオレイア)の姿がある。先日に比べて幾らか傷は癒えているが、それでも飛翔せずに歩行してここまできた事を考えると、完治には程遠いのだろう。

 

 

「風は南西から北東へ、天気は晴れ、狩猟区内に対象以外の大型モンスターの痕跡は見られない。

 ……よし、始めるぞ」

 

 

若草色の兜を被りバイザーを下ろしたノイルが呟く。その隣で屈んでいたリアが頷き、太刀の鯉口を僅かに鳴らした。

 

 

「打ち合わせ通りに、な」

「問題無い、行ってくる……ッ!」

 

 

リオレイアが丁度崖下に差し掛かったタイミングで、ノイルが先に地を蹴った。宙に身体が舞い、思わず息を呑む平原の黄金が眼に入ったのも束の間、重力の腕に引かれ地面に向かって落ちていく。奴が頭上を覆った影に気付き、目線を上げるがもう遅い。背に負っていた大剣を片腕で握り、自由落下の勢いと身体を捻って得た遠心力を刀身に乗せて、女王の脳天に叩き込む。

 

ゴッ……!!!! と鈍い音が、未だ待機したままのリアの耳にまで届いた。

 

続いて絶叫、突然頭頂に強烈な一撃を見舞われたリオレイアが、身体を振り乱し暴れ回る。訓練所で習った通りに身体を回転させて着地を決めたノイルが、翼を擦り抜けてその眼前に躍り出た。

 

 

「来いよリオレイア、無礼を働いた下郎は此処に居るぞ……!」

 

 

余りの衝撃に揺らいだままの視界に映る、自らと同じ色の狼藉者。既に頭殻を砕かれたリオレイアが、そんなものをただでおく筈が無い。すぐさま怒りの咆哮を上げると、一直線に彼を追い始めた。 勿論黙って轢き潰されるのが彼の仕事ではない、素早く大剣を背に納めて走り始め、目指すのは比較的近隣に位置する3番エリア。遺跡平原狩猟区に於いて、最も起伏が小さいエリアとされる場所だ。

 

木立を潜り抜け、岩山を乗り越えてそのまま転げ落ちる。そうしている内にも、苦労して通り抜けた障害物を全て撥ね飛ばしてリオレイアが迫っていた。

 

それでもノイルが追い付かれる事は無い、彼にはこの狩場に通って培った土地勘と、ここ数日で出来る限り綿密に取り決めたルートがある。もしこの役目がリアであったなら、幾ら彼が等級7とはいえ此処まで上手くはいかないだろう。

 

岩の隙間を、獣人の寝床を、蔓草の獣道を、その他多くを潜り抜け、遂に3番エリア、黄金色の草原へと転がり込む。その瞬間背後から()()()()音が鳴り、それを聞いたノイルは後ろも振り向かずに身体を斜め横に投げ出した。

 

凡そ半秒後、先程までノイルがいた場所が火炎の奔流に巻き込まれ、爆発した。

 

雌火竜のブレス。可燃性の粉塵を空気と混ぜ込んで発火させ、球状に吐き出すそれが土砂を盛大に巻き上げる。直撃すれば、幾ら耐火性の高い装備を着込んでいても重傷は免れない威力に総身が震える思いだった。爆風に煽られるままに転がり、地面を叩いて起き上がれば、憤怒の炎を滾らせたリオレイアが地を掻いている。

 

ずん、ずん、と鈍重に、だがそれ故に隙の無い動きで距離を詰められる。それに従ってノイルも少しずつ後退していくが、その内に後が無くなるのは誰の眼にも明らかだ。

 

 

「……!」

 

 

そして、遂に彼が立ち止まる。 かと思えば、今度は逆にリオレイアに向かい真っ直ぐ走り出した。これにはリオレイアも僅かに困惑の唸り声を上げると、小さな外敵を確実に屠るためにブレスの体勢をとる。

 

先程は驚かされたが、今更遅れを取る事など有り得ない。そのような矮小な()で、真正面から対抗しようなど片腹痛い!

 

もし奴に人間の思考があれば、こんな事を考えていただろうか。 だがそれは思わぬ形で裏切られる事になる。

 

 

「間に合ったッ!!!!」

 

 

開かれた顎門の前に現れたもう一つの人影が、あろう事かその鼻先を、納刀したままの太刀に有りったけの力を込めて横あいから殴り付けたのだ。当然、そんな事をされれば狙いは逸れる。外敵を消し炭に変える筈だった火球はあらぬ方向に吹き飛び、再び土砂を巻き上げるだけに終わった。 

 

堪らないのはリオレイアだ、ただでさえ少なくないダメージを負っていた頭部に渾身の一撃を受け、大きく仰け反りたたらを踏む。 ふらつきながらも二人目の外敵を睨み付ける視線の先で、赤い鎧の狩人は静かに構えた。 殴打の為に取り外した得物を腰に再度マウントし、柄に隻腕を添えて腰を大きく落とす。

 

 

「君が突っ込んでくれたお陰で殴れたよ、ナイスガッツだ」

「アンタなぁ……、あぁいや、違うな、助かった、ありがとう」

「礼を言うのはまだ早い。 君にはかなり助けられたからな、今度は私が助ける番だ。

 ……『隻腕の赫王』の狩りを、見せてあげよう」

 

 

少し楽しげな声を上げて、リアはゆっくりと身体を捻った。

 

 

「アンタもしかして、その渾名結構気に入ってるのか?」

「うぅむ……、そうかも知れないな! さぁ、無駄話は後だ、打ち合わせ通りに、な?」

 

 

彼の言葉に頷いてノイルはその場から離れ始める。 それを眼で追おうとしたリオレイアに、石ころが投げ付けられた。苛立たしげに唸り見返した先で、赤黒い兜の奥の眼が、鋭い視線を投げかけて止まない。挑戦的に細まったその炎色の輝きは、女王の闘争本能を燃え上がらせるには十分な火種になる。

 

 

「私が相手だ」

 

 

静かに呟かれたその意味を知ってか知らずか、いや、知る由も無いだろうが、兎も角リオレイアは駆け出した。 『この小さな生物を殺せ』と、本能が肉体にそう命じたのだ。 それに対してリアは動かなかった。身体を屈めた状態のまま微動だにしない。それこそ、側からその様子を見守るノイルが叫び出しそうになる程に、全く彼は動かない。そうすれば当然、狩人と女王の距離は詰まっていく。

 

そして、リオレイアが次に選んだ行動はこうだった。翼を目一杯に開き、身体を逸らせて顎を引く。連動して尾が振り下がり、それと同時に地面を蹴って跳び上がる。

 

それは『サマーソルト』とハンター達の間で広く呼称されるものだ。翼で産み出した揚力に遠心力を乗せ、毒液の滴るメイスのような尾で対象を叩き上げるそれは、圧倒的な威力と出血毒の凶悪な相乗効果によって、リオレイアを陸の女王たらしめる要因の一つとなっている。

 

人間などそれを喰らえば菓子のように粉砕され、掠っただけでも御体満足でいられるかどうか怪しい程だ。その予備動作を見とめてなお構えを崩さずにいる目の前の人間に、リオレイアは困惑を抱きこそすれ容赦などしない。

 

岩山をも砕く尻尾が唸りを上げ、擦れた地面を抉りながらリアに迫る。

 

 

「リアッ!!!!」

 

 

我慢の限界を超え、思わずノイルが叫んだ次の瞬間______

 

 

 

 

 

______凄まじい金属音と吹き上がる火焔を伴って、()()()()()()()が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

「……は…………?」

 

 

愕然とするノイルの眼の前に、ずどんっと音を響かせて若草色の肉塊が落下する。振り撒かれた夥しい血の花の先、燃えるように輝く刀身を振り抜いた姿勢で静止するリアと、尻尾を切断された事でバランスを崩し、地面に墜落するリオレイアの姿があった。

 

 

「ノイル!」

 

 

呆気に取られていた彼だったが、他ならぬリアの声で我に返り茂みから駆け出す。冷静とは言い難い精神状態だが、この状況が確かに『打ち合わせ通り』である分、硬直する事なく動き出せていた。

 

 

(『気を引いて動きを止める』って、こんな無茶苦茶な事をするとは思わないだろ普通……!)

 

 

内心で吐き捨てながらも、血液を撒き散らして立ち上がったリオレイアの膝目掛けて刃を横薙ぎにぶつける。甲殻を砕く、硬くも小気味良い感触が両手に伝わる。右脚の痛みに奴が振り向こうとした所に、リアの太刀の先、納刀された鞘の鐺が突き込まれ注意が逸れた。その隙にノイルが間合いの外に抜け出し、大剣を背負い直す。

 

これは本来二人では行いようの無い戦法だった。一人一人が互いをカバーし合う形で別々のタイミングと方向から攻撃を加え、狙いを絞らせないように立ち回る。だが普段ならば、人間の力などたかが知れている。一人が攻撃した所で、単純威力の高い大剣やハンマー、ヘビィボウガンのクリーンヒットでもなければ、モンスターは気にも留めず狙った相手を先に片付けようとするだろう。

 

その一人が、『一撃で尻尾を斬り飛ばしでもしない限り』は。 

 

大量の血を浴び全身深紅に染まったリアの一挙一動に、リオレイアの意識は引き付けられている。 そしてリアに引き付けられるという事は、即ちノイルに隙を晒すのと同義だ。

 

翼をはためかせたリオレイアが跳び上がると、体格を活かして頭上より急襲する。それに対してリアは殺到する鋭い爪を身体を捻って交わすと、納刀したままの太刀でノイルが大剣を打ち込んだ場所を寸分違わず打ち据え、痛みに耐えかねて姿勢を崩した所に、今度は逆側に回り込んでいたノイルの大剣が叩き付けられる。

 

リオレイアからすれば堪ったものではない、先程から打ち込まれる刃は着実に傷を増やしていくが、眼の前の赤い相手を無視すれば、今度こそ命を刈り取られる事は分かり切っているのだから。加えて、切断された尻尾からの出血がそれに拍車を掛ける。このままでは討ち取られてしまうのは時間の問題だろう。

 

そこで、リオレイアは賭けに出る事にした。無論、竜がそんな概念を持ち合わせる筈は無いが、危機から抜け出す為に更なる危機に身を投じるその行動は、『賭け』と呼んで相違ない。

 

 

「んなっ!?」

「ちィ……ッ!」

 

 

最初に、彼女は全ての竜たるプライドをかなぐり捨てて走り出した。赤にも緑にも眼を向けず、真っ直ぐに開けたスペースに向かって突き進む。既に多量の出血を強いられ、多くの傷を負った身体では満足なスピードを出す事は出来ない。背後からは二人の人間が、特にあの赤い方が追い掛けて来ている。

 

だが、()()()()()

 

丁度双方の距離が縮まり始めたタイミングで、リオレイアは残った全ての力を掻き集めて踏み止まり、『素早く反転してから』再度走り始めた。先のような走行ではなく、明確な殺意を孕んだ突進。まさに起死回生の一撃とも言うべきそれは、少なくとも赤い人間は確実に捉えている。

 

追撃する側から一転攻撃される側に回った人間は、しかし尾を斬り落とした時とは違い速度を落とさず駆けていた。 その意気や良しとでも言うかのように女王が吼える、両者の距離が急速に狭まり、激突まで最早数秒の余地も無い。

 

永遠に近く引き延ばされた交錯の一瞬、両者の視線が確かにぶつかり合う。 …………その次の瞬間には、狩人の右腕が閃いていた。

 

 

 

 

 

 

夢でも見ているかの様だ。 それが、その光景を唯一観測していたハンター、ノイル・ウッドベルの抱いた正直な感想だった。

 

リアとリオレイアが衝突すると思われたその刹那、あの金属音と火焔が再び巻き起こり、気付けばリオレイアの頭が吹き飛んでいたのだから当然とも言える。前のめりに(くずお)れる巨体をすり抜けて、振り上がった太陽色の刀身を納刀する『隻腕の赫王』の姿は妙に様になっていて、まるで飛竜が翼を畳むような、そんな印象を彼の心に焼き付けた。

 

 

「ふぅ、……疲れた」

「リア!」

「あぁノイル、お疲れ様」

「お疲れ様って言うか……、何と言うか……」

 

隣にある、断面を晒す首無しの死体を横目に言葉を探すが、高揚のような、畏怖のような、奇妙な感情が胸中に渦巻き、上手く形にする事が出来ない。

 

 

「…………何と言うか、凄かったよ、アンタ」

 

 

何とか絞り出したのは笑ってしまう程に陳腐な称賛だったが、当のリアは満足げだった。金属のバイザーを跳ね上げ、その奥の眼を糸のように細めている。

 

 

「私一人ではこうはいかない、君が同行してくれたお陰だ。 ありがとう」

「礼を言うのは俺の方だ。 良い経験になったよ、参考にはならないだろうけどな」

「ははは、違いない」

 

 

そう言ったリアが、蹲み込んで女王の死体に手を添える。まだ僅かに温かいそれには早くも屍肉食の虫が集り始め、遠巻きにジャギィの群れが彼らを眺めていた。視線をずらして切断面を見れば、真下から(はす)に骨ごと両断しているのが見て取れる。 凡そ人間業ではない、きっと『斬る』攻撃が特徴とされるナルガクルガやディノバルドでもこうはならないだろう。

 

隣にいる狩人の、等級7たる実力の証左を目の当たりにして、背中に冷たいものが走った。

 

 

「素材は貰っていかないのか?」

「……いや、幾らか頂戴していく」

 

 

リアの声を受けて腰に括り付けていたナイフを抜き、甲殻の並びに沿うように刃を入れて剥ぎ取った。傷の無いものを見繕って甲殻3つと鱗を少し、抜け落ちた棘も幾らか回収して布に包み、ベルトに引っ掛ける。

 

 

「待たせたな、戻ろう」

 

 

リアに声を掛けてその場から離れると、争うようにしてジャギィ達が死体に群がるのが見えた。明日になれば女王の血肉は余す事なく他の生物の糧となり、残った骨や甲殻も、土に埋もれて大地に還るのだろう。

 

平原の風はいつの間にか落葉を吹き上げる程に強くなっていて、辺りの木立をざぁざぁとさざめかせている。

 

 

「なぁ、リア」

「どうした」

「後でまた、アンタの話を聞かせてくれ」

「……良いとも、私が話せる限りはな」

 

 

何の気無しの頼みだったが、竹を割ったような快諾が返ってくる。どうやら、帰り道でも退屈はしなさそうだ。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

 

「……って事は、アンタは1日に2回しか剣を振れないのか!?」

「少し違う。 それはあくまで、君が見たような全力の一撃に限った話だ。普通に振る分には人並みに触れるとも」

 

 

ランタンが柔らかく照らす竜車の中、兜を脱いだノイルと、やはり被ったままのリアが話に花を咲かせていた。

 

 

「じゃあ、アンタは1日2回までなら、竜の首をすっぱり落とせる訳だ」

「まぁ……、上手くいけば、な。 今回はリオレイアが冷静でなかったから行動が読み易かったのと、君がいるお陰でしっかり準備時間を取れたのが大きいから、いつもならこう上手くはいかない」

「って言われても、あんなもの見せられるとなぁ…………」

 

 

「第一、首を骨ごとぶった斬るなんて聞いた事ない」とノイルがぼやくと、リアは膝下に置いていた太刀を少しだけ抜いた。 赤銅色の刀身が、光に照らされて鋭い光沢を放っている。

 

 

「そもそも、この刀が特殊なものだからな。 飛竜刀は分かるか?」

「昔の得物だ」

「なら話が早い。 この刀はそれと同じ様に炎と高熱を発するが、それが強過ぎて、素早く抜くだけで炎が噴き出すじゃじゃ馬だ」

「あぁ、何となく分かった、それを上手く制御出来れば、抜刀速度が上がるって寸法か」

「…………驚いた、分かるのか?」

「尻尾と頭を落とした時、鞘口から炎が出てるのが見えた。 今思えば、そういうカラクリだったんだな。理屈が分かっても再現は出来ないだろうから、アンタ、本当に凄いよ」

 

 

モスジャーキーを齧りながらうんうんと頷くノイルを見て、リアは兜に隠した顔一杯に喜色を浮かべていた。太刀を収めると、彼を眺めてぼんやりと言葉を吐き出す。

 

 

「君は、良い人だな」

「……急にどうした?」

「いやなに、私などに此処まで良くしてくれる人と会える機会は、中々少なくてな」

「良くも何も、俺は普通にしているだけだぞ?」

「その『普通にしてくれる人』と出会えないと言っているんだ」

 

 

くつくつと笑うリアに、ノイルは困惑した様子だった。何故自分が『良い人』と評されているのかが分からないようで、困ったように視線を逸らす。それがまた面白いのか漏れ出すような笑い声が、暫く車内に響いていた。

 

その内に竜車が止まり、行きしなと同じように御者から「着きましたニャ!」と声が掛かる。荷物を下ろして乗り場から集会所に向かえば、既に傾き始めた陽光が差し込む室内で、多くのハンターや職員が二人を注視していた。丁度数日前、リアが此処に来た時のように。

 

 

「……熱烈な歓迎だ」

「君は意外と前向きだな?」

 

 

だが二人がそれを気にする事は無かった、ノイルはそもそも人の眼を気にするタイプでは無い上に、リアに至っては慣れたもの。彼らが真っ先に取った行動はと言えば、狩猟の立ち会い人の役割も兼ねる御者を伴って受付嬢に報告を済ます事だ。

 

 

「…………はい、確かに確認しました。 ノイルさん、リアさん、リオレイアの狩猟、お疲れ様です!」

「ま、殆どリアの手柄だけどな」

「おいおい、そういう言い方は良くないだろう」

「実際そうだろ?」

「私は君に助けられたが?」

「……こほん! 備考欄にあった『同種によるものと推測される損傷』なんですが、こちらは後日お話を伺うかも知れません、そこはご了承下さい」

「おう、了解」

「相分かった」

 

 

受付嬢の言葉に頷いた二人に、「報酬金です」とこんもり膨らんだ革袋が手渡される。

 

今回狩猟したのは大型モンスターに属するリオレイア、危険度も高く設定されているが故にその金額は中型モンスターと比べて大きく跳ね上がり、2で割ってたとしても中々のものだ。具体的に言えば、ノイルの家賃と月の食費、ついでに防具の整備費を賄っても少しお釣りが返ってくる。

 

袋の重みをその手に感じ笑顔を隠しもしないノイルに、同じく革袋を腰に提げたリアが手を伸ばした。それの意味する所を理解したのか、彼がその掌を取る。幾度目かになる握手を、硬く、強く交わし、ついぞ外される事の無かった兜越しに視線がぶつかった。

 

 

「良い狩りだった、また機が有れば同行させてくれ」

「望む所だ。アンタにそう言って貰えるなら、光栄だよ」

 

 

僅かな騒めきをバックに言葉を交わし、パッと身体を離す。

 

 

「それじゃあ、私は先に失礼するよ。 また会おう」

「ああ、今から次が楽しみだ」

 

 

弾むような声音を一言投げかけあって、そのまま二人は別れた。足早に集会所を後にしたリアと、食堂に向かったノイル。片や夕闇に紛れるように、片や多くの狩人に揉まれるように。

 

 

「おいノイル!大丈夫だったのかよ!?」

「早く聞かせろ!どんな奴だったんだ!」

「殴られたりしてない?」

「グラビモスを素手で狩ったってマジなのか!」

「だァーーーーッお前ら!話してやるから座らせろ!!!!」

 

 

赫王がいなくなった途端に、集会所はいつも通りのの喧騒を取り戻す。 

 

 

(アイツが此処に混じっていたら、もっと良いだろうに)

 

 

彼はそれを心地良く思うと同時に、頭の片隅で、あの鮮烈な狩人に想いを馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





初めましての方は初めまして、そうでない方はこんにちは、疾風怒号です。

最初にこの小説ページを開いて頂き、そして後書きまでたどり着いて頂きありがとうございました。
この小説は、MH3gからモンハンを始めた超新参が書く、ノイルとリアという二人のハンターを主軸にした物語です。不定期更新ですが、もし気に入って頂けたのなら次回を気長に待って頂けると幸いです。

余談になりますが、このお話における『お人好し』とは、『大人しくて善良な人』『心優しい』と言うよりは『善意を人に利用される奴』『騙されやすい人』『愚直な人』という意味合いの方が強いです。



次回、『黒炎の嫡嗣と絶対強者』





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