隻腕の赫王とお人好し   作:疾風怒号

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黒炎の嫡嗣と絶対強者
2:黒炎の嫡嗣と絶対強者


 

 

 

暖かな風が吹き渡る遺跡平原。その地の大部分は名前の通り金色の草原で占められているが、ギルドが定めた狩猟区を含む一部の土地は、険しい山岳と古代の遺跡が折り重なり、起伏の激しい地形を形作っている。その頂点近くに位置する、少し開けた場所。そこに一体の牙獣が寝転がっていた。

 

橙と黄色の鮮やかな毛皮に、発達した前脚から伸びる爪。普段は蔦や崖に引っ掛ける道具として使われるそれで腹を掻きながら、大きないびきを立てるその牙獣の名は『奇猿狐』ケチャワチャ。遺跡平原に生息する中型種だ。

 

そんなケチャワチャの大きな耳が、何かの足音を捉えた。 どすどすどすどす、という振動が伝わり、仰向けの身体を素早く起こして辺りを見渡す。音が止む気配は無く、寧ろ徐々に接近してくる。 振動が激しい鳴動に変わり、地面を伝って身体をも揺らすほどになった時、足音の主が崖下から飛び出した。

 

ケチャワチャよりも遥かに大きく逞しい身体、小麦色に美しい水縹のラインが走る体表。翼を備えた前脚を地面に突き立て、全身にはち切れんばかりの力を漲らせて立つ竜の姿がそこにはあった。 爛々と光る眼に睨め付けられ、鋭い牙の生え揃った幅広い顎門をガチガチと鳴らすその姿を見て、その場に止まる程奇猿狐は豪胆ではない。すぐさま踵を返し、坂になった反対方向に逃げ出そうとする。

 

 

______ゴアアァァァァァアアアッッッ!!!!!!!!

 

 

 

次の瞬間、辺り一帯に凄まじい轟音が響き渡った。その正体は、一杯に息を吸い込んだ竜の咆哮。発達した聴覚を持つケチャワチャは鼓膜を思い切り殴り付けられる様な衝撃に襲われ動きが止まる。それを見るが早いか、竜は全身の筋肉を総動員して跳び掛かった。

 

単純な体長だけでも二倍近い相手に避ける間も無くのし掛かられ、牙獣の身体から嫌な音が鳴る。どうにか逃れようともがくケチャワチャが竜の顔面に粘液を吐き掛けるが、まるで意に介さない。それどころか大きく持ち上げた前脚を叩き付け、自慢の鉤爪をへし折ってみせた。

 

それからの結末は語るまでも無いだろう。哀れ奇猿狐は殴殺され、竜の胃袋に収まった。満足げに勝利の咆哮を上げるその竜が見下ろしていたのは『狩猟区』と呼ばれる辺りだったが、それを知る者は、今はまだいない…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『若武者』?」

「そう、『若武者』のリオレウス。 なんでも、恐ろしく強い未成熟個体らしい」

「んで、その若武者が何なんだ?」

「ギルドから直々に調査依頼が出ていてな、その内一枚を確保したんだが……受注条件が『二人以上』なんだ」

「あぁ、なるほどな……、すいませーん、焼飯おかわり!」

 

 

眩しい太陽が照りつける昼下がり、バルバレの一角にある飯店にノイルとリアの姿があった。ノイルはラフな服装で昼食を頬張り、対照的にリアは黒炎王の鎧で全身を包んでいる。客席テーブルの群れの向こう側に設置されたキッチンでは、背中に大きな鍋を背負ったアイルーが辣腕を振るい、辺りは多くの客で賑わっていた。

 

 

「別に良いけど、そっちこそ俺で良いのか?」

「……察してくれ、バルバレには君しか知り合いがいないんだ」

「お、おう…………」

 

 

どんよりと頭を抱えて首を振るリアは、大層な異名からイメージされる姿とは似ても似つかない。思わず同情の視線を向けていたノイルだったが、すぐに悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべた。

 

 

「じゃ、他に知り合いがいたら俺を誘ってないって事だな」

「な!?」

「あーあ、悲しいなぁ……」

「ちょ、ちょっと待てノイル! それは違う、私は」

「冗談だよ、いつ行くんだ?」

「……………………君が良いなら明日にでも」

 

 

不貞腐れてそっぽを向くリアに苦笑しながら、彼は「分かった、じゃあ明日の朝一にギルドだな」と応える。リアもリアで本気で拗ねた訳ではないらしく、それにひらひらと手を振って返す。二人の初対面、そしてリオレイア討伐からはや二ヶ月。彼らの間柄は、『友人』と呼んで差し支えないものに変わっていた。

 

 

 

 

 

 

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話は大きく変わるが、この世界には『飛竜種』と呼ばれる生物が存在する。彼らは名前の通り翼を以って大空を飛び廻り、それ故に多くの地域で多種多様な姿に分化し生息している。

 

例えばリオレウスとリオレイア。雌雄で体色が大きく変わる特徴があり、赤い甲殻のリオレウスは空を、緑の甲殻を持つリオレイアは地を支配すると言われる、有名にして強力な『火竜』

例えばナルガクルガ、闇に紛れる体色と刃のように鋭く進化した翼、伸縮する尻尾が特長で、素早い身のこなしと鋭敏な感覚を駆使して獲物を狩る、まるで暗殺者のような『迅竜』

例えばディアブロス、強固な甲殻と猛々しい双角、ハンマー状になった尾を持ち、飛行能力と引き換えに得た地中に潜航する能力と超スピードの突進で外敵を圧倒する『角竜』

 

彼らは概して強大な力を持ち、いずれの環境に於いても生態系の頂点に近い捕食者と言える。では、飛竜種の中で最も恐ろしいのはどれか?『黒き神、白き神』とまで称される双璧は一旦置いておくとして、数ある飛竜のその中で『奴』の名を挙げる者は多い。

 

 

『げに恐ろしきは絶対強者』と。

 

 

 

 

 

 

翌日の遺跡平原、狩猟区の北西に位置する森林で、二人と一頭が命懸けの鬼ごっこに汗を流していた。

 

 

「聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない!!!! 聞いてないぞリアァァァア!!!!」

「私だって聞いていない!!!! だが話は後だ! ここでコイツと戦うのは不味い!!!!」

 

 

逃げているのは二人のハンター、追いかけているのは……小麦色の飛竜、『轟竜』ティガレックス。しかも大きい、一般的なティガレックスの体長は19メートル前後とされているが、この個体はそれよりも一回り大きく、20メートルは悠に超えているだろう。そのティガレックスが、木々や遺跡をぶち壊しながら顎門を開いて突っ込んでくるのだ。お世辞にも広いとは言えない辺りの環境や木の根やレンガでごたごたした足場も相まって、逃走以外に選択肢がある筈もない。

 

 

「前方に崖! と蔦!!」

「俺に任せろッ!!」

 

 

小高い段差を飛び越え、蔓草をナイフで斬り裂いて遺跡の隙間を走り抜けていくリアとノイル。彼らが目指すのはまっすぐ南、第3エリアに程近い南東部程ではないが、比較的平坦で開けた土地の多い方面だ。

 

とにかく有り余るパワーで障害物など存在しないかのように走り回り、相手を轢き潰しては殴打する荒々しい戦闘スタイルが特徴のティガレックスは、リオレイアなどの他の大型種よりも更に『狭い場所で相手取ってはいけない』モンスターとされる。脚を止めれば轢殺され、障害物に阻まれても轢殺されるのだから、こういう風に遭遇してしまえば真っ先にそうする必要があった。

 

 

「リオレイアの比じゃない……!」

 

 

背中に見えない圧力を感じながらノイルが呟いた。あの陸の女王ですら余りに大きな障害物やレンガの構造物などは避けていたが、このティガレックスは違う。元から『避ける』という概念など持ち合わせていないとでも言うかのように、真っ直ぐ、常に最短距離で追いかけてくる。

 

唯一の救いは、そのティガレックスが時々不安定な足場で体勢を崩してくれる事だ。そのお陰で、何とか二人はリードを維持出来ている。 そして遂に、前方数十メートル先に、木立を切り裂く光が見えた。

 

 

「見えた! 平原に出たら散開、コイツを追い払う!!!!」

「合点承知だァッ!!!!」

 

 

恐怖と緊張とその他諸々の感情が混ざり合い、妙なテンションになった二人が狙い通り平原に飛び出す。転がって受け身を取りつつ言葉通り左右に散開、丁度その間に巨大な体躯が滑り込み、勢い十分なまま向かいの壁に激突した。タル爆弾もかくやという爆音が響き、赤いレンガの壁がガラガラと崩れ落ちる。

 

うず高く積み上がったその残骸を吹き飛ばして、『絶対強者(ティガレックス)』が咆哮を上げた。

 

ティガレックスが『轟竜』と呼ばれる所以は、ひとえにこの咆哮にある。他の飛竜と比較して原始的な骨格を持つこの竜はブレスを吐く事は出来ないが、ただ一つ肺活量だけは他の種の追随を許さない。その肺活量をフルに活用して放つ咆哮は『音』の範疇を超え、物理的な破壊力を伴って天地に轟く。 故に、その名は『轟かせる竜』とされた。

 

 

「ぐ……ッ、う…………!」

「…………ッ!!!!」

 

 

十分に離れていたにも関わらず、頭を殴り付けられるような感覚に耳を塞ぐ。当のティガレックスはすぐに襲い掛かるような事はなく、悠々と身体を揺らすと、どちらを狙うか決めあぐねたように唸った。

 

薄暗い森林から平原に出た事で、逞しいその身体がよく見える。甲殻を持たない代わりに全身を包む鱗、地面を深く抉る爪、興奮しているのか小刻みに震える体表には、幾つもの傷痕が刻まれているのが見て取れた。爪の痕、牙の痕、焦げたような痕まで、それだけでこの個体が相当の死地を潜り抜けてきた猛者だと理解できる。 少なくとも下位に分類される個体ではない、上位か、それ以上として例外的に『G級』と認定され得る個体だろう。

 

 

「追い払えばいいんだよな!」

「逃げてもいいぞ?」

「冗談!」

 

 

足元の石を拾い上げ、轟竜の鼻先に向かって全力投球。一直線に飛んだそれがばしッと直撃した瞬間、鎖から解き放たれたように奴が走り出した。狙いは勿論ノイル、一歩ごとに地面を揺らしながら這うように突進する。ほぼ直角に開いた大口が目前に迫り、あと一歩で接触するという瞬間に浮き上がった右前脚に向かって身体を投げ出し、前転で衝撃を殺してから素早く起き上がって距離を取った。

 

獲物を見失ったティガレックスだったが、今度は壁に激突する事なく地面を荒く削りながらその場でUターン、暴走する竜車じみた動きでノイルを追う。

 

 

「リア!」

「……成る程、了解した」

 

 

自らに背を向けて走る狩人をティガレックスが猛追する。そしてその姿がもう一人の狩人に近付いている事に気付くと、彼はこれ幸いと四肢に力を込めて撓ませた。岩壁をも粉砕する怪力を活かした跳躍によって巨躯が空を舞い、二人まとめて挽肉にせんと前脚を一杯に開いて押し潰す姿勢をとる。

 

 

「行けるか」

「無論だ、君は避けると良い」

 

 

すれ違いざまに一言交わしてノイルが横に跳躍すると同時にリアが身体を屈め、太刀の柄に手を添えた。

 

ティガレックスの身体が彼に届くその一瞬、狩人の身体が前傾しながら大きく捻られる。ほぼ地面と並行にまで倒され、仰向けに近い姿勢となった身体が鱗に覆われた巨躯と交錯し、轢かれる事なく背中から着地。少し不格好に転がって受け身を取りティガレックスを見ると、下顎から胸元に掛けて出血した奴が転げている所だった。

 

何か特別な事をした訳ではない、太刀を振り抜かず、半ばほどまで抜いた刀身を『滑らせた』だけの事。大きく斬り傷をつけた分流血量は派手だが、決して傷は深くないだろう。その証拠に奴は既に起き上がり、また突進の体勢に入っている。

 

その眼が睨み付けているのは真後ろにいるリアではなく、横に回避したノイルだ。

 

唸り声を上げながらティガレックスが走り出す、自らの流血に危機感を覚えたのかスピードは先程よりも数段上だ。。アレで本気ではなかったという事実を突き付けられ冷や汗が流れるが、こちらも伊達にハンターを続けている訳ではない。一度目と同じように斜めに身体を投げ出し、受け身から間髪入れずに体勢を____________

 

 

「屈め!!!!」

 

 

リアの声が聞こえると同時に、視界の端に土色の影が映る。それを何かも確認せずに足を滑らせて身体を地面に倒した。背中のすぐ上を太い何かが通り過ぎる気配。恐らくは奴の尻尾。

 

単純な突進では避けられる事を学習し、ノイルが回避行動を取ると同時にその場で回転したのだ。そして身体が回ったのなら、当然頭が反対方向を向く事になる。咄嗟に地面を蹴って転がったノイルが一瞬前にいた地面が、丸ごと奴の口に収まった。

 

 

「…………!」

 

 

土砂の塊を噛み砕き、やがて吐き出した姿に震え上がるような怖気を催す。震え掛けた足に鞭打って立ち上がり、顎門に獲物を捉えられなかった事に気付いた轟竜が次々に振るう爪を避け回っていく。右の爪を捻って躱し、左の爪を転がって躱し、同時に振り下ろされる両爪を身体を逸らせて躱し、そうして出来た僅かな隙にさっと身体を反転させ、()()()()()()()()()()()()()()()()駆け出す。

 

 

「そっちは壁だ!」

「分かってる!」

 

 

焦ったように叫んだリアに叫び返している内に、壁はすぐ目前に迫ってきた。背後には追い回すティガレックス、一見して左右以外に逃げ場は無いが、そうすれば先程のように追撃を受ける事は必至。 ではどうするか。前後左右どこにも逃げ場が無いのなら、『上』に逃げるしかない。

 

 

「おおぉぉッ!!!!」

 

 

遺跡平原のレンガ壁は、実はそこまで精緻に積み上げられている訳ではない。元はどうであったのかは知らないが、蔓草が蔓延った壁面は陥没と隆起、隙間が目立つ。そして蔦が絡み付いた構造物というものは、見た目以上に頑丈だ。 つまりどういう事かと言えば、『少し頑張れば簡単に登れる』という事である。

 

 

右手を突き出したレンガに掛けた、ティガレックスが迫る。

 

左手を窪みに突っ込んで身体を持ち上げる、ティガレックスが迫る。

 

右足で蔦を踏み付けて跳び上がった、ティガレックスの鼻先が靴底に擦れる。

 

 

残った左脚が壁を蹴り、完全に宙に浮いたところで奴が壁に激突。デジャブを感じる光景を横目に背負った大剣に手を掛ける。 何時ぞやのように身体を捻り、落下の勢いと遠心力を伴った刃を奴の背中、一対の突起物の丁度中間に叩き込んだ。

 

そのまま腕を畳んで大剣の背に体重を乗せると、血を焦がす音を立てて火竜の骨髄が仕込まれた刀身から炎が噴き出し、しっかりと奴の鱗を喰い破った刃が筋肉を焼く。背の痛みに瓦礫の山を弾き飛ばしながら暴れる轟竜の背から飛び降りて、大剣を背負い直そうとした瞬間に奴の四肢が撓んでいる事に気付き咄嗟に大剣を盾にするが、それは遅く、なにより竜にとっては余りに些細な抵抗だった。

 

ゴッと鈍い音が頭に響いたかと思えば、既に自らが空中に舞っている事を知覚した。尻尾を振り上げた姿勢の奴の姿が急速に遠ざかっていく。構えた得物が軋む音、耳元で風が蟠る音を聞き、横方向一直線になった景色に意識を向ける間もなく、不時着じみた形で地面に叩き付けられる。

 

一拍遅れて奔る、全身の神経を滅茶苦茶に掻き回すような痛みと痺れ。脳を揺さぶられたのか歪む視界に、大口を開けたティガレックスが見える。一撃喰らわせて、注意を怠った結果がこれだ。もしくは、『絶対強者』たるタフネスを嘗めていたツケか。どちらにせよすぐには動けない、どうにか衝撃を最小限に…………

 

 

「ノイルッ!!!!」

 

 

…………視界の端に、こちらに向かって走ってくる姿が見えた。転げそうな程の前傾姿勢で隻腕を伸ばしている。

 

もしかしたら届くかもしれない。そんな曖昧な思考で、彼に倣って手を伸ばす。だが、明らかに奴の方が速い。自分がどれくらい吹き飛んだのかは分からないし、歪む視界では目測も定かではないが、そんな確信があった。

 

そして、その確信を挫くがごとく咆哮と、燃え盛る火焔がぶち撒けられる。見上げた視界に映ったのは、翼を広げた飛竜の影だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………リオ……レウス……?」

 

 

その姿を最初に見とめたのは、ティガレックスとノイルから少し離れていたリアだった。はためく翼に長い尻尾と毒爪、遙か高みから一方的に火球を吐いて轟竜(外敵)をうちのめす姿は、確かに『空の王者』と名高いリオレウスのそれ。 にも関わらず彼が『アレはリオレウスだ』と確証が持てなかったのは、その所々の差異が原因だった。

 

翼膜には通常個体とは違う金に近い山吹色の紋様が走り、槍のような突起を備えた尻尾先端には、その突起を囲うように4、5本の棘が生えている。全身の甲殻が丸みを帯びているのは未成熟個体の特徴だが、反比例するように翼を縁取る翼爪だけは成体以上に発達していた。 何より目立つのはその体色、通常赤と黒で構成される筈の身体は、僅かに紫色のグラデーションを描いている。

 

その飛竜の眼にはティガレックスしか映っていないらしく、自らの真下で倒れているノイルには見向きもせずに火球を撃ち続ける。本当なら今すぐに助け出したいところだが、当のティガレックスが炎に包まれながら暴れまわっているせいでそれも出来ない。それどころか、巻き上がる炎の渦に煽られて近付くことすら難しい始末。今のリアには、二頭の争いを眺めることしか許されないようだった。

 

そうこうしている内に炎に耐えかねたのか、ティガレックスが前脚に備わった翼を撃って飛び上がった。飛行というよりも跳躍に近い動きだが、その身体は赤い飛竜に届く高度にまで届いている。

 

それに対してリオレウスと思しき飛竜は身体を捻りながら上昇。噛み付きを躱して一声吼えると轟竜の首を掴んで急降下し、地面を削りながらその巨体を叩き付けた。苦悶の悲鳴を上げるティガレックスに追撃のブレスを放ち、仰け反った所に翼を畳んだタックルで大きく突き放し、さらにブレスを叩き込む。 それは未成熟な個体でありながら、狩人ですら見惚れる程の鮮やかな連撃だった。 体格のハンデを一切感じさせない豪快さと、まるで歴戦の古強者のような巧妙さが食い違う事なく同居するその戦い振りは見事という他無かった。

 

本当なら観察を続けておきたいが、今はそうはいかない。奴らが睨み合っている内にノイルに駆け寄り、肩を貸して助け起こす。

 

 

「大丈夫か!」

「……」

 

 

返事は無かったが、代わりに弱々しいサムズアップが返ってきた。僅かに苦笑しながら平原を急ぐ。握った手を固く握り返してくる感触からして、意識はあるようだった。

 

 

「…………悪い」

「何を言う、君は良くやったとも。

 特に防御と受け身は見事だった、私が君なら死んでいたかも知れない」

「……はは、なら光栄だ」

 

 

背中越しに振り返った先で、二頭の飛竜が激しい争いを繰り広げている。かなりの距離をとった今、吹き上がる土煙で詳しくは分からないが、相当に苛烈な応酬が繰り広げられている事は確かだ。

 

 

「兎に角、全くの予想外だが当初の目的は達成出来た、このまま帰還しよう」

「……アイツが?」

「あぁ、正直眉唾物だと思っていたが、依頼書にあった特徴と合致する。

 アレが『若武者』と見てほぼ間違いないだろうな」

 

 

いつも通りの、だが少し上擦った声でリアは言った。何故だかそれが、()()()()()()()に感じて思わず視線を持ち上げたが、未だに歪む視界では、あの炎色の眼を覗き見る事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

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ごり、ごり、ごり、と薬草をすり潰す音が静かな自室に木霊する。胡座をかいた脚で小さな石鉢を押さえるその向いには、烈火のような造形の鎧が、正確にはそれを身に付けた友人の姿があった。

 

 

「リア、そこのアオキノコ取ってくれ」

「あぁ」

 

 

手渡された鮮やかな青色のキノコをナイフで刻み、布に包んで搾る。空を溶かしたような液体がじわりと滲み、石鉢に注がれていく。

 

それを粉々になった薬草と混ぜ合わせ、さらに馴染むまですり潰し、粉砕し、攪拌した。それを布を掛けた鍋に流し入れ、固形物を濾し取ってからこじんまりとしたかまどに火を点ける。一煮立ちするまでには暫く掛かるだろう。 鍋に蓋をして、火の中に燃石炭のかけらを放り込んで、座ったままのリアに向き直る。

 

 

「悪いな」

「いや、押し掛けたのは私だ、気にしないでくれ」

 

 

申し訳なさそうな感情が滲み出した声音、少し距離が空いているのでいつにも増して表情が読めないが、纏う雰囲気は硬い。率直に言って、『嫌な予感』がする。 そんな考えをおくびにも出さないノイルが座椅子を引っ張り出して腰掛けるのを待ってから、彼はポツポツと話し出した。

 

 

「……この前、ティガレックスに遭遇したのは覚えているな?」

「勿論」

「その個体と下位ハンター4人が遭遇、交戦。 犠牲者が2人出た」

 

 

あぁ、なるほど、大体読めた。読めてしまった。

 

 

「それで奴と一戦交えてるアンタに、ギルドから依頼が届いたと」

「君は話が早くて助かるよ」

 

 

一枚の紙を差し出しながら、リアは兜の奥で薄く笑った。 受け取った紙には『轟竜の狩猟』と大きく赤いインクで記されている。依頼条件は等級(ハンターランク)4以上、その下には『狩猟環境不安定』と『緊急依頼指定:リア・ロクショウ』の文字が躍っていた。

 

 

「正確にあの個体にやられたと確定しているのがその4人というだけで、ここ数日で『体格の大きい刃傷のあるティガレックス』に遭遇、又は襲われた報告が相次いでいるらしくてな、これ以上事が大きくなる前に討伐しようという運びになったらしい。

 

 それに、奴を含めた大型モンスターと交戦すると、高い確率で『若武者』が乱入してくるらしい、彼はあくまでもモンスターを標的にしているようだが、観察対象である事は確か、その為にも…………」

「それは結構なんだが……、まぁ、此処にわざわざ来たって事は、そういう事だよな」

 

 

苦笑するノイルに対し、リアは別の紙面を手渡す。これは依頼を受けたハンターが同行者に渡す半券のようなものだ。 普通、同行者の参加も依頼受付でそのまま受理されるので見る事は無いが、今回は集会所の外で話をしているから、別途俺がこれを持って行かなければならない。そんなものを手渡したリアは、つまり「狩りに同行してくれ」と言っているのと同じだ。

 

 

「御名答と言っておくよ。 無論、これは私の依頼だ、だから君は受けなくても」

「いや、受けるよ」

「……本当に?」

「こんな時に嘘を吐いてどうする」

 

 

今度こそ屈託の無い様子で破顔すると、彼は背後に立て掛けてある大剣を指差した。前までは赤地に黒だった刀身の所々を若草色のパーツが彩っている。恐らくは雌火竜の素材で補強したのだろう。

 

 

「こんな事もあろうかと剣も強化した、やらないと損だろ」

「集会所で見ないと思ったら、そういう事だったのか……。 分かった、来てくれるんだな?」

「おう、リベンジマッチだ!」

 

 

勢いよく腕を組み合わせたのも束の間、火にかけ続けられていた鍋からぼこんと間抜けな音が鳴る。

 

 

「げ、やばい」

「あー……! 噴きこぼれてる…………」

 

 

引き締められた筈の空気は、そんな不注意で瞬く間に綻んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「条件?」

「あぁ、タダで同行して貰うのも何だかと思って」

「つってもな、報酬は美味いし、ティガレックスの素材なんて売っても高いし、ギルドから直接出た依頼だから契約金も安いし、これ以上何か載せたら俺にバチが当たりそうだよ」

「好条件なのは私もそう思うが、ここのところ君には助けられっぱなしだ、何か返したくてな」

「俺、助けてるか……?」

 

 

無事に鍋の中に残っていた内容物を蜂蜜と一緒に二等分して壺に入れ、揃って混ぜ込みながら二人は話し込んでいた。内容は上記の通りだが、善意五割感謝五割で話を進めるリアと、困惑気味に応対するノイルのテンションは対照的だ。

 

 

「何を言う、この前も言ったが私には友人がいない、近寄ってくる人もいない、話しかけても避けられる」

「胸張って言う事じゃないな」

「……だが君は違う、私に同行を申し出て地理まで教えてくれた」

「うん、まぁ……、アンタ、あのままだと困ってただろ」

 

「そこだ」 リアはびしりと指を突きつける。 「君は私が『困っていたから』助けてくれたのだろう?」

 

「そ、そうだな」

「その上、君は幾度も狩りに付き合ってくれた、それで私がどれだけ助かったか!」

「おう…………」

 

 

すっかりヒートアップしたリアに、ノイルは気圧されていた。「最初に話しかけたのは割と打算が入っていた」とか、「アンタが受ける依頼は大概報酬金の払いが良いから」とか、そんな事を言っても彼は止まらないだろう。この調子だと「純粋な好意より打算が入っていた方がかえって信用できる」などと滅茶苦茶な事を言いかねない。そう思える程の力説っぷりだった。

 

 

「アンタの言いたい事は分かった、だから一旦落ち着け」

「ふぅ……、はぁ、すまない、熱くなった」

 

 

冷静さを取り戻したのか、リアはかぶりを振って居住まいを正す。

 

 

「じゃあ、何だ、俺がアンタに何か頼めばいいのか?」

「平たく言えばそうなるな」

「頼み事、かぁ……」

「何でもいいんだ」

「言ったな?」

「待ってすまない常識の範囲内にしてくれ」

 

 

慌てて言い募るリアを横目に、ノイルは大真面目に悩んでる。いつもなら飯でも奢れと言う所なのだが、この様子だとそれで満足するかが怪しいし、何より人前で兜を外さない彼にそんな事を頼むのは余りにも忍びない。 しかしだからと言って妙案がすぐに思い浮かぶ訳でもなく、彼は納得のいく答えを導き出すのにたっぷり十分を要した。

 

 

「……決めた」

「よし、何でも……、ごほん、常識の範囲内で来い」

「例の依頼が終わったら、俺に太刀の扱いを教えてくれ」

 

 

隻腕の赫王はぽかんとしていた、バイザー越しの眼が丸くなる。

 

 

「そんな事でいいのか?」

「俺からすればかなり大きな決断だ。 それに……」

「それに?」

「……これはアンタのお陰だよ、太刀なんて二度と使わないと思っていたのに」

 

 

ノイルは黒い短髪を掻きながら、細まった目を逸らしてこう言った。

 

 

「アンタに、リア・ロクショウに焚き付けられたんだ、俺は」

 

 

 

 

 

 

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_____前回の事で理解していると思うが、ティガレックスとの戦闘で追い掛けっこを行うのは最大の悪手であり最後の手段だ。

 

_____だから今回は、『そうなる前に』奴を狩る必要がある。

 

_____する事は分かるな? 君と私だからこそ出来る戦法だ、寧ろ本題はその後と言っても良い。

 

_____轟竜を可及的速やかに狩猟し、その後飛来するであろう『若武者』に備える。

 

_____速やかに撤退し、安全かつ確実に帰還すること、これが今回の最終的目標(メインターゲット)だ。

 

 

 

 

昨日未明に発された、自らの相方であり友人でもある狩人の言葉を脳内で反芻しながら、ノイルは連なった蔓草で身体を覆い隠していた。僅かな息遣いだけが空気を揺らし、赤煉瓦の遺跡柱に背中を預け、その柱を挟んだすぐ向こうを闊歩する狩猟対象(ティガレックス)を仔細に観察している。

 

前回のエンカウントから既に一週間以上が経過しており、その身体には多くの刃傷や弾痕、爪痕が刻まれていた。報告通り、ハンター・モンスターを問わず多くの敵対者を退けてきたのだろう。活動範囲もほんの数日で大きく拡大し、今では狩猟区内に大きく踏み込んでいる。

 

現在地は9番エリア、高低差のある地形に植物が絡み合う事で二層構造を創り出した奇妙な土地だ。

 

 

「リアと離れてから……、そろそろ一時間、……やるか」

 

 

言い聞かせるように呟いて、彼は腰のベルトから小さな刃物(投げナイフ)を抜き出す。赤い粘液状の物体を纏ったそれは、ニトロダケとトウガラシの粉末をネンチャク草のペーストに混ぜ込んで塗り付けた特別製だ。刺さればギザついた刃も相まって激しく痛み、粘液が眼に入れば失明は免れない。 竜に対して何処までの効力を発揮するかは未知数だが、少なくとも注意を引くのは十二分だろう。

 

 

「落ち着いて、落ち着いて…………、今……ッ!」

 

 

ティガレックスがふとノイルとは逆の方向を向き、荒い鼻息を吹いたその瞬間に陰から踊り出し、足音に振り返った鼻先目掛けてナイフを三本投擲した。刃が空気を斬る音。続いて、ざくりと鱗を突き破る異音と轟竜の絶叫が響き渡る。

 

物理的圧力を伴う轟音の暴力に身体を打ち据えられながらも、奴が痛みにのたうち回っている内に走り出すノイルの動きに淀みは無かった。崖を這う蔦にさっと手を伸ばし、ひょいひょいと軽妙な動きで登っていく。丁度彼がその崖を登り切り、一度大きな息を吐いたところで漸くティガレックスは冷静さを取り戻す。顔面に突き刺さった『何か』が異常に痛むが、生死に関わるほどの傷ではなく、また毒の類でもないと彼の捕食者たる経験が声高に叫んでいた。

 

奴は鋭い感覚を総動員して一瞬の内に狩人の姿を見つけ出すと、両腕をばたつかせて一直線に走り出す。勢いを全く緩めず崖面に激突したかと思えば、なんと無理矢理に爪を突き立てて崖を登り始めた。

 

 

「それぐらいはやってくるか……!」

 

 

力押しで重力を無視して迫る姿には戦慄を禁じ得ないが、今更驚く程の事でもない。寧ろ予想の範疇ではあった。だからこそ彼は狼狽えず、また走り始める。進行方向は真っ直ぐ南、リアが待機する4番エリア。

 

一度走り始めれば、そこまではほんの数分で辿り着く。起伏の激しい地形の上部、そこに太刀を携えた相方の姿が見えた。彼もティガレックスを引き連れたノイルに気付いたようで、二、三度手を振って移動を始める。ポイントは侵食を受けた岩石によって形成された天然の橋、その下にぽっかりと口を開く穴の前だ。

 

 

「頼んだッ!」

「任せろ」

 

 

交差する二人、その丁度2秒後にティガレックスが穴の前に現れた。ノイルを追おうと前ばかり見ていた奴の視界に、身体を屈め太刀の柄に隻腕を添えた赤い狩人が映る。鯉口から僅かに火がちらつき、奴が直観からか経験からか、驚異を感じ取り巨体を捩ろうとした次の瞬間には、爆発と見紛う火焔と共に眩い刃が振り抜かれていた。

 

正に紫電一閃。 研ぎ澄まされた刃は真っ直ぐに轟竜の首を捉えている。だが……

 

 

「(浅い……!)」

 

 

納刀し跳び退いたリアの眼前に、丸太のような前脚が突き立てられる。 確と届いた筈の斬撃は、強靭極まる筋肉に阻まれ首を落とすには至らなかった。己の未熟を恨む気持ちが湧き上がるが、その隙も与えんとばかりに我武者羅に振り回される爪と尾が、辺りを滅茶苦茶に打ち砕いていく。

 

 

「斬り損ねた!!!!」

「早くこっちに!!」

 

 

衝撃に耐えられず石橋が崩れ落ちる。その瓦礫の隙間を縫って抜け出したリアをノイルが受け止めて素早く立たせると、腕を引いて斜面を登っていき、一際大きな起伏の頂点で振り返った。眼下には斬り裂かれた首から夥しい血を垂れ流しつつも、未だ衰えの無い様子で二人を睨み付ける轟竜が立つ。

 

 

「全く、滅茶苦茶な野郎だ」

「……次は逃がさない」

「それは心強い、頼むぞ」

 

 

二人に狼狽は見られない、ただ事前の打ち合わせ通りに行動を起こすのみ。ノイルは残り四本の投げナイフを指に挟んで斜面を下り、リアはティガレックスに対して大きく回り込むように走り始める。リアが奴に刻んだ傷は間違いなく致命傷だ、だがその致命傷を、絶対強者は自身のタフネスだけで耐え抜いた。此処で逃せば必ず奴は生き残ってみせる、そんな確信が狩人の脳裏にはあった。

 

二手に分かれた外敵を前にティガレックスの視線が彷徨う。しかし、突如として己の首に新たに奔った激痛に否応なく意識を引っ張られた。その主は、先程も小賢しい刃物を投げ付けてきた緑色の人間。一瞬にしてティガレックスの怒りは頂点に達し、眼が血走り、激憤によって励起され増大した血流によって前脚が赤く脈打つ。

 

 

 

 

______ゴルアアァァァァァアアアアアアッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

「……追い込まれてから本気を出すんじゃ、世話が無いな」

 

 

地面にヒビを走らせていく咆哮に耳を塞ぎ、おどろおどろしい姿に気圧されながらも目線は狩猟対象から離さない。大振りの爪を後退して躱し、尚且つ突進に踏み切らせない間合いを保って誘導していく。前脚による攻撃は威力を増し、一発一発事に地形を無残にも破壊する、擦りでもすれば体勢を崩され次弾で肉塊に変えられてしまうだろう。

 

それでもノイルの動きは変わらない。寧ろ奴の一撃を受けた経験が、彼の中で活きていた。

 

 

「(攻撃を見てからでは遅い、一挙一動から次の行動を読み取れ、でなければ死ぬ)」

 

 

怒りに狂った竜の行動は大振りで分かりやすく、また誘導もしやすい。特に気性の荒いティガレックスが追い込まれたとなれば、その要素も一際強い。……本来ならそのような竜の眼前に立つなど自殺行為にも等しいが、彼は伊達に一ヶ月間、等級7(リア)の狩りに同行していない。もはや囮役は慣れたものだった。

 

振り下ろされる爪から一際大きく跳び退いて、ノイルはポーチから一つの物体を取り出す。掌よりも少し大きい金属製の円盤。中心にかけて膨らみを持った形状のそれを片手に預け、残っていた二本の投げナイフをティガレックスに投げ付けて走り出した。

 

全力で前脚を伸ばせば、届くか届かないかといった具合の距離が開く。飛び掛かるには近く、一度立ち止まって突進の姿勢をとる冷静さを駄目押しのナイフに奪われた。よって轟竜が選んだ行動は、やはり前脚による叩き付け。その予兆を見てとると、ノイルの口角が兜の奥で吊り上がった。

 

 

「割と高いんだ、しっかり味わえ」

 

 

彼が一瞬だけ出費に思いを馳せ、地面に円盤を叩き付けてその上部を回す。バチン!となった音を聞きながら身体を後方に投げ出し、そうして一瞬前まで彼がいた場所、円盤のちょうど真上にティガレックスの豪腕が叩き込まれた。 その瞬間、轟竜の屈強な肉体が硬直し痙攣を始める。突き込まれた前脚の下から金色の光が這い回り、奴を蝕んで動きを止めた。

 

ノイルが持ち出した円盤を、正しくは『携帯シビレ罠』という。ギルドによって製造された支給品であり、中でも値が張る部類だが効果は強力無比の一言に尽きる。一定以上の衝撃……例えば『モンスターに踏みつけられる』などの強い衝撃を受けると上部から棘が飛び出し、筋肉を硬直させる電撃を放つという効果を持つ簡易トラップ。 効果時間は数秒から十数秒、何度も使えば耐性を身に付けられる、そもそも効かないモンスターが存在するなど欠点も多いが、今回はその内どれの心配も無い。

 

ティガレックスにこれは通用する、これを奴に使うのは一度目、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「頼んだ」

「あぁ」

 

 

ティガレックスとノイルの間に、回り込んできたリアが滑り込んだ。

軽く気負わず、自然に太刀を握り構える。

 

硬直はまだ解ける様子が無い、身体を震わせる轟竜から眼を離さずにじきりと身体を捻ると、鯉口から炎の爪先が覗く。全身の筋肉が捩り、撓み、凝縮された力が解放される瞬間を待ち侘びて震えた。

 

……やがて、その身体が静止する僅かな間隙の後、一気呵成にその身体が駆動する。

 

 

「ゼアァッ!!!!」

 

 

踏み込んだ脚が引き金となって、『捻り』に込められた力を乗せて刃が閃く。鞘口から吐き出された火焔が柱のように噴き上がり、斬撃のスピードを物語っていた。

 

炎の奔流に煽られて、寸断された竜の首が舞う。地表から約十数メートル打ち上げられたそれは、断末魔を叫ぶ事も許されず岩肌に落下した。遅れて首なしの巨躯が崩れ落ち、辺りに濃厚な血臭が漂い始める。 一方のリアは、太刀を取り落として膝を突いていた。

 

 

「リア!」

「…………すまない、張り切り過ぎた。 太刀を納めてくれるか?」

 

 

そう言った彼の隻腕は、それこそ電流でも受けたかのように震えている。成程、これでは得物も満足に握れないだろう。 言われた通りにし、彼を助け起こしてから辺りを見渡す。彼方此方で岩肌が砕け、壁面は抉れ、地面が大きく隆起している場所もある。咆哮の事も考えれば、少なくとも狩猟区全域には音が届いていた事は間違いない。

 

 

「動けるか?」

「……少し休めば問題無い、三分くれ」

「分かった、俺は素材を頂いてくる」

 

 

腰からナイフを抜いて鱗を剥ぎ取り、少し離れた場所に落ちた頭から牙を頂戴した。いつも通り皮袋に包んでリアの元に戻り、僅かな焦りを感じつつも成功を喜び合う。 想像よりもずっと消耗していた彼を再度助け起こしながらキャンプに戻る方向へ眼を向けた時、『それ』は現れた。

 

大きな翼をはためかせて血臭を吹き飛ばし、ティガレックスの死体に着地する赤い飛竜。狩人を前にして咆哮も上げず、まるで撤退する事を知っているように落ち着いた様子で二人を眺めるその姿は、数日前に目撃した『若武者』のそれだった。

 

 

「…………随分早いご到着だ。 ……リア?」

 

 

顔を引き攣らせるノイルとは対照的に、リアはその身体を震わせていた。それは痙攣でも恐れでもなく、紛れもない闘気、だが溌剌とした狩人のそれではない、どろりとして粘ついた明確な殺意。

 

 

「確信した、……相手を品定めするその癖、翼の紋、()()()にそっくりだ。やはり『彼女』が逃げ去ったのは、孕んでいたからか。 口惜しいな、二度を振るった後でなければ、素ッ首斬り落としてやるのに……!」

 

 

滾るような憤怒を滲ませ、だがそれを無理矢理に抑え込んだ声音で彼が唸る。それに応えて若武者が一声鳴いた。何処か喜んでいるように口端で炎が揺れ、翼が何度も空を撃つ。

 

 

「おい、リア」

「…………大丈夫、大丈夫だ。 このまま撤退しよう」

「馬鹿言え、コイツを追い払って」

「心配無い。今すぐ私達が撤退するなら、この個体は襲ってこない」

 

 

リアの有無を言わせない物言いに、ノイルは言葉に詰まった。まるで、この個体を長年追って来たかの如き勝手知ったる仕草に困惑が深まる。 彼の言葉を肯定するように、若いリオレウスは二人を威嚇せずに翼を動かしているだけだった。それは死合う直前に相手を観察する剣士にも見えて、睨めつけられる身体に怖気が走る。

 

 

「戻ろう、君も満足に動き回れる身体ではないだろう」

 

 

震える手でリアが肩を掴む。表情の読めない顔とリオレウスの間で視線を彷徨わせてから、ノイルは首を縦に振った。

 

油断なくゆっくりと引き下がると、若武者の青い双眸と視線がぶつかった。蒼穹をそのまま閉じ込めたような瞳が暫く彼を見据えていたが、その内に興味を失ったのか、ティガレックスの死体を鷲掴みにして飛び上がる。翼を広げて二人の頭上でぐるりと一回りして、狩猟区の外に向かって飛び去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い竜車の中、樽やら荷物やらで狭苦しくなった車内で身を寄せ合いながら、二人は手を握り合っていた。それは一先ずの生存に対する喜びであり、単純な労いでもある。横倒しになった木箱に足を投げ出しながら、兜を外したノイルが口を開く。

 

 

「……流石に、持ち込み過ぎたなかな」

「いいじゃないか、積み下ろしは私も手伝うよ」

 

 

積み込まれた荷物の正体は、罠や簡易的な爆弾を作り出すための樽、厳重に密封された火薬やその他の道具類だ。それだけ、今回の狩りをどれだけ警戒していたかが分かる。尤も、その殆どが使われること無くキャンプで放置されていたが、それは結果論というもの、備えはあるに越した事は無いのだ。

 

 

「まぁ、それはいい。怪我もなかったし、ティガレックスもしっかり狩猟した。ただな」

 

 

何処となく重い空気がのしかかるのを感じながら、ノイルの眼がじろりと動いた。言いたい事は分かる、大方、先程のリオレウスについて聞きたがっているのだろうとリアはすぐに思い至った。

 

 

「……」

「…………」

「あぁ分かった、分かった話すから、だからそんな目で私を見ないでくれ」

 

 

手を上げて降参のポーズを取りながらリアが苦笑する。僅かに身を乗り出していたノイルが肩の力を抜くと、彼はごくゆっくりと語り出した。

 

 

「あのリオレウスは、黒炎王と紫毒姫の仔だ。それは間違いない。 黒炎王の翼には金色の紋があって、翼爪の形状もよく似ている。未成熟でありながら成体と同じかそれ以上の飛行能力は父親譲りか。体表が紫を帯びているのも、幼い頃から紫毒姫の毒の影響を受けて育った結果と思えば納得できる」

「……理屈は通っているとは思うが、よく断定できるな」

「君が『彼ら』と相対すれば分かる」

「笑えない冗談だ」

 

 

皮袋に詰まった水を一口煽ってノイルが天井を見上げる。乱れたままだった髪を撫で付け、目線だけを隣に向けた。

 

 

「アンタが態々そんな嘘を吐く人間だとは思ってない。 ……だから、まぁ、なんだ、俺は黒炎王と紫毒姫については、何も言えないし、言うつもりも無い。 でも無理だけはしないで欲しい。もしアイツを狩るつもりなら、俺も同行させてくれ」

「珍しいな、君が自分から同行を申し出るなんて、初対面の時以来か?」

「茶化すなよ。 あの時のアンタは……アレだ、かなり危なっかしくて、怖いと思った。 だから…………」

「『無理をするな』と?」

「そう、それ」

 

 

その言葉を最後に、車内に沈黙が降りる。風の音しか聞こえなくなった事が不安を煽ったのか、ノイルが向き直った時、リアの隻腕が伸びて彼の頭を掴む。「何を」と言い掛けたノイルを無視してその手は髪を撫で、些か乱暴な手つきに頭がぐわんと揺れる。

 

 

「私は仲間には恵まれるらしいな」

 

 

散々人の脳を揺さぶって満足したのか、そう呟いてリアは手を下ろした。

 

 

「君を見ていると、昔の相方を思い出す」

「そいつはどうも、 ……あ痛てて……」

「だからという訳では無いが、まぁ、奴を狩る時も君に頼もう」

 

 

そう言ってノイルの胸を小突いたリアの眼は、いつになく柔和に歪んでいる。 それ以上の会話は起こらなかったが、空気が重く滞ったような雰囲気は、風に溶けたようにすっかり消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





MHX時代からの妄想、『黒炎王と紫毒姫の仔』を形にしたいが為にこれを書いたまであります、疾風怒号です。二つ名モンスター、いいですよね、浪漫です。これは余談ですが、作者が一番好きな二つ名モンスターは天眼でした。


次回、『斬り裂け、原生林の蜘蛛糸』 お楽しみに!





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