今回より、投稿ペースを上げる代わりに1話ごとの文字数を短く形にする事になりました。2話までの形式が気に入られていた方にはご迷惑をお掛けします、ご了承下さい。
3:面倒事の影在り
雷に弱い身体を保護する為に獲物である毒怪鳥の皮を被るほか、強度の高い粘着糸、伸縮・展開する牙と背中の棘からは猛毒が滲み、外敵の意識を素早く奪う睡眠毒まで備えるなど、厭らしく奇異な生態を数多く持つ文字通りの怪物。多数の状態異常を駆使し、狡猾にして冷酷に獲物を追い詰めるその姿から、『影に潜む蜘蛛』という意味でその異名が付けられるに至っている。
そしてその生態ゆえ、時折行商隊などに被害を齎すのが影蜘蛛というモンスターだ。
###
「私を名指しで……か」
「はい、何処から聞き付けたのか、『赫王を出せ』とのお達しです」
「……まぁ、良いだろう、依頼内容は?」
「原生林で足止めを喰らった行商隊の救出、及び障害の排除ですね、口振りから察するにかなり大口の取引なんでしょう」
大市場バルバレの中心地、多くのハンターで賑わう集会所のカウンターで、受付嬢とリアが話し込んでいた。二人はここ暫くの内に彼の相方を通じて打ち解けたようで、顔を近付けて突き合わせている。差し出された依頼書を一瞥して名指しされた当の本人は、厳しい兜の奥で顔を顰めた。
「影蜘蛛の影有り…………」
「どうかしましたか?」
「いや、……この依頼を断る理由が出来てしまっただけだ。
というか、何故人数指定が入っているんだ、依頼人……この商人は馬鹿なのか?」
「それ、私も言おうと思ってました。竜車が四台もあるのに……、明らかに不自然ですよ」
猜疑心を隠そうともしないリアに、受付嬢が同調する。
「一応マスターにも聞いて貰ったんですけど、規約違反では無いから、断りたいなら規約通りに断れば問題無いって」
「そうだな……、依頼人本人に話を通す事は出来るか?」
「分かりました、至急至急って言ってましたから、すぐに飛び付くと思いますよ」
「悪いな、助かる」
「……というのが昨日の話なんだが」
「分かったまず一つ言わせろ、どうして俺を呼んだ?」
「私一人では不安だからな、こういう擦り合わせは初めての経験なんだ」
「…………相手が明らかにおかしい事を言い出したら口を出すけど、それ以外はアンタに全部任せる」
「それで十二分だ、ありがとう」
翌日集会所とは別の棟、こういった依頼人とハンターとの対談に使われる部屋に通された二人。片方は依頼を受ける側のリア、もう一人は巻き込まれたノイルだ。 ノイルにしてみれば、手伝って欲しい事があると呼び出された三十分後にこの状況、表情に困惑がありありと浮かんでいる。先程の不機嫌そうな声音を一旦収めながら、リアの脇を小突いた。
「俺の経験則だが、ハンターを名指しで指定する依頼人はやめとけ。アンタ一人を名指ししてきたなら間違いなく『アンタ個人』が狙いだ、断った方が良い」
「それを決めるのは私だ。 だが……君の言う通りだな、私が出す条件が一つも通らなければ、その時点でこの依頼を断ろう」
今この瞬間、向かいのドア前にいるかも知れない依頼人に間違っても聞かれないよう、抑えた声量で二人が話す。凡そ彼らの見解は一致しているようで、軽く拳を打ち合わせて視線を前に戻した。その瞬間がちゃりと音が鳴ってドアノブが周り、のっそりと恰幅の良い男が部屋に入ってくる。
何の事はない肥満体の中年、それがノイルの抱いた正直な感想だった。身体を締め付けないゆとりのある緑の長着に、ギラついた装飾品の数々、火の点いていないキセルを咥えたその姿は、ステレオタイプな大商人の姿そのもの。その姿通りに低い声で、男が話し出した。
「お待たせしてすいません、
「リア・ロクショウだ。宜しく、ファルサ殿」
「……隣の方は?」
「彼は私の信頼する友です。
なにぶん私はこのような場に不慣れなもので、何か不手際があってはいけないと思い、勝手ながら呼ばせて頂きました」
ファルサと名乗った男は怪訝そうな眼でノイルを見ていたが、すぐにリアに視線を戻す。
「そういう事でしたか! いやはや失礼したしました」
「いや、此方こそ申し訳ない」
ノイルは黙って頭を下げるだけに留めている。明らかにおかしな点がない限り口を出さないと言ったのは自分であるし、此方に見向きもしなくなったファルサの様子から見て、『リア・ロクショウに勝手にくっ付いてきたハンター』に興味が無いのは明白だからだ。そもそもの話、商人が名のあるハンターを名指しで指定する理由などコネ作りか、個人との取引を望むかのどちらかでしか無い。
明確に禁止されている訳ではないが、上質な素材の寡占などに繋がるとして褒められた事ではないとされている。ルールには守るがマナーは守らない、これはそういった類の行動だ。
「ではファルサ殿、本題に入るとしよう。私は何も貴方と親睦を深めに来た訳ではない」
挨拶と社交辞令も程々に、リアが幾らか冷ややかな声で切り出した。
「本題、と言いますと?」
「私はこの依頼を受けようと思っている、キャラバン隊の捜索・救出、そして障害の排除、どちらも急務だろう」
「おお! それでは……」
「だが貴方がそうしたように、此方も条件がある」ファルサの声を遮って、リアが隻腕の指を二本立てた。
「条件とは?」
「一つ、人数指定を解除すること。二つ、キャラバン隊の人数・構成・積荷を依頼書に明記する事。 この二つさえ守って頂ければ、私"達"は依頼を完遂してみせる」
リアが横目で押し黙ったままのノイルを見た。『私達』というのに既に含まれているのを察して溜息が出そうになる。それを堪えて、ノイルはせめてもの抵抗として眼を逸らした。
「そうですか、ですが此方としては……」
「貴方が何を思って人数指定を設けたのかは聞かない。だが此方も命と生活が懸かっている、これ以上は譲歩する気は無い」
「……分かりました。すぐに手配しましょう」
承諾の返答は、何処か忌々しげな雰囲気を纏って室内に溶けた。その意味を探る間もなく、その場はお開きになる。退出するファルサの背中を見送って、リアはどっかりと椅子に座り込んだ。弛緩し切った身体を無防備に投げ出し、首だけをノイルに向ける。
「……どうだった?」
「どうだったも何も、コレ、俺要らなかったんじゃないか?」
「何を言う、これでも怖かったんだぞ。何度も言うがこういう事は初めてなんだ。だから君の評価を聞きたい」
「あの手の商人は下手に出たら負けだ、その点譲歩出来ない点をはっきり示したのは…………」
「つまり?」
ずい、と椅子越しに身体を乗り出してリアが迫る。それに気圧されながらも、ノイルは目を逸さなかった。
「あー……つまり、百点満点だよ、最高だ」
「よし!」
リアがぐっとガッツポーズを決めて、子供のように喜びを表現した。……そんなに嬉しい事なのだろうかとノイルは少し妙に思う。尾鰭のついた噂と引き換えに名声と地位、多額の報酬金を得たリアが、それこそ子供のように誰かに、この場合は自分の評価を求める事に、不思議という程では無いが違和感を覚えた。特段それがどうという訳でも無いが……。
「アンタ、本当に変わってるな」
「ん、そうか?」
「あぁ、変わってるよ」
「褒めてるのか?」
「褒めてねぇ」
じとりとした目線をむけて、ノイルはきょとんとしたリアの額にデコピンを一つ飛ばす。
「人を勝手に計算に入れる奴は、変な奴って言われても文句は言えないぞ」
「……でも君は来てくれるだろう?」
「そういう所だって」
少しずれた兜を被り直す音が聞こえる。慣れた様子で肩に隻腕が置かれると、細まった赤い目がノイルを見つめていた。
「じゃあ、来てくれないのか?」
「前みたく素直に頼めたら行ってや「私は君に同行して欲しいが」……分かった行くよ、行くから手を離せって痛てててて!!!!」
ぎりり、と握られた左肩の異音。思わずノイルが両腕を上げて降参のポーズを取る。
「けど、2人で行くつもりか?!」
「不安なのか?」
「不安というか、
「君が不安なら、他のハンターに呼び掛けても構わないが……、なぁ?」
肩を押さえながら眉を顰める顔を見て、リアは肩を竦めた。彼の言わんとする事はノイルにも分かる、『隻腕の赫王』に同行するような物好きが存在するのか、という話だ。口に出しはしないが、正直な所そういった類の豪胆さを持ったハンターには心当たりが無い。
自分がリアと同行するようになったのも、元はと言えば打算込みのきっかけありきだったのだから当然とも言える。あの時金に困っていなければ、きっとリアに同行を申し出てはいなかった筈だ。
「……はは、すまない、意地悪だったかな」
「そういうつもりじゃ」
「分かっているよ、だからそんな顔をしないでくれ」
ノイル本人が思っているよりも、彼の顔は思い詰めたように強張っていた。その頬を指で柔らかく摘みながらリアが薄く笑う気配を纏う。
「私は気にしていない、分かるな?」
「…………あぁ、分かった」
子供に言いつけするように念押しするリアに、ノイルは思わず苦笑した。まるで母親か何かのようで無性に懐かしくなる。緩まった頬を歪めて隻腕を握ると、その表情はいつものそれに戻っていた。
「出発は?」
「早ければ明日の昼前には、私は準備がほぼ済んでいる」
「一日くれ、装備を受け取りたい」
「相分かった」
短い確認ののち、頷き合って二人は部屋を後にする。その歩みに淀みはなく、背には快活な気勢が溢れていた。
###
同時刻、原生林狩猟区のはずれを一頭の竜が濡れた地面を疾走していた。
黄土と薄い緑の体色、頭部から伸びる大きな一対の鶏冠。細長いマズルの先にはナイフのような牙が覗いている。細身だが筋肉質な身体を駆動させるのは、鳥竜種に分類されるゲネポスの内で群れのリーダーとなる大柄な個体、ドスゲネポスだ。
だがこの個体は群れのリーダーでは無かった。『ドス』としてはまだ若く、群れから独り立ちをして自らと同じく若い雌を探す、言うなれば群れのリーダーと『なり得る』個体だろう。そんなドスゲネポスが、脇目も振らずに何かから
ねじょり
不意にそんな音が鳴り、ドスゲネポスがつんのめって脚を止めた。否、強制的に止めさせられたのだ。彼の足先には白い粘液状の物体が纏わりついており、耳障りな音を立てて動きを阻害している。焦るドスゲネポスが脚を引っ張るが、餅のように伸びるそれは中々剥がれなかった。
結局、粘液から逃れるのにはたっぷり数分を要する事になる。息を酷く荒げながら彼が遁走を継続しようとした時、後方、斜め上より白い物体が迸った。
その正体は大量の糸、ネンチャク草以上の粘性を持つ糸の塊が瞬く間にドスゲネポスを縛り上げ、地に伏せさせる。全身が粘糸に絡め取られてしまえば、自慢の麻痺毒も役立たずだ。それを知っているが故に、鳥竜は死に物狂いでもがく。
かさかさかさ
奇妙な音と共に影が走った、だが糸によって身体と視界を固定されたドスゲネポスは、その姿を捉える事は出来ない。
かさかさかさかさかさかさ
奇妙な音は回り続ける、縦横無尽、自由自在、岩に壁に天井に。
かさかさかさかさかさかさかさかさかさ……、かさり。
そして、その音が丁度
ばきゃばきゃ! と異様な怪音が響くと、ドスゲネポスの両の瞳に、粘液の滴る牙が映る。長く伸びたそれがゆっくりと開き、やがてその角度が直角に近くなった瞬間、湿った空気を切り裂いて毒塗れのギロチンが落とされた。
…………沈み潜む暗殺者の牙が、大量の猛毒と夥しい出血に濡れた肉塊を挟み込んだまま収納されていく。牙獣のような騒々しさも、竜の如き荒々しさも不要、
いっそ無機質な程の進化、それが持つ本質を狩人はまだ知らない。