隻腕の赫王とお人好し   作:疾風怒号

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5:分断戦線異常アリ

 

 

 

先に仕掛けたのはネルスキュラだった。遥か遠方に糸を飛ばし、それを一気に巻き取る事による擬似的な突進。人間一人に対する攻撃としては些か以上に過剰な威力だが、大抵の生物はこれで肉片と化すのだから、早く逃げた獲物を追いたいのであろう彼にとっては間違いとも言えないだろう。

 

"炎を吐く獲物の一匹"はそれを避けたようだったが、初動としてはまずまずだ。と影蜘蛛は判断したのかも知れない。

 

対して浮き上がった巨体の真下をスライディングで潜り抜けたリアは、土煙を切り裂いてその後脚に、正確には後脚に纏わり付いた紫紺の皮に太刀を突き刺した。耐火性のない毒怪鳥(ゲリョス)の皮が刀身を這う炎に焼き焦がされ、瞬く間に燃え広がる。身体から剥ぎ取られて月日の経過したゴム質の皮は、風と日光に連続して曝される事で乾燥し非常に燃え易いのだ。

 

それを知ってか知らずかネルスキュラは慌てて飛び上がり、湿った地面に燃焼した部位を擦り付けて消火してみせた。皮は一部分が焼失してしまっているが、それでも大部分が健在。寧ろ興奮したように朱色の前脚を擦り合わせ、単眼が赤く染まった頭を振り乱して金切り声を上げる。

 

 

「火が点いたのは、皮じゃなくて怒りか」

 

 

太刀を脇構えに直したリアに、鋭い鎌のような前脚が殺到した。滅茶苦茶に振り回しているように見えて、その実常に獲物の逃げ道を塞ぎ続ける冷徹で巧妙な連撃。硬く軽い外骨格の内側に詰め込まれた筋肉と、節足動物特有の神経節による反射神経が産み出すそのスピードは、並の人間では眼に捉える事すら難しい。

 

尤も、今現在ネルスキュラと相対しているのは、並の人間ではないのだが。

 

リアの身体が流動するように蠢き、するすると爪の間を潜り抜けていく。屈み、回り、踏み付け、時に逸らし、追い回されながらも延々と回避を続ける。こうなっては堪らないのはネルスキュラの方だ、彼に感情の類があるのかは分からないが、少なくとも赤く輝く眼を見る限り、リアが前脚の包囲網から抜け出す度に興奮が増していくようだった。

 

それが頂点に達したのか、多脚を踏ん張ったネルスキュラが身体を捻る。前脚の向きを横一文字に揃え、風切音を立てて地面と水平に振り抜かんと振り被ると、それを見たリアの視線が、向きが変わった事によって剥き出しになった関節部に吸い込まれた。

 

ごうッと迫る二つ鎌を前に素早く納刀、地面にしっかりと脚を付けて身体を屈める。衝突まで半秒、目前にまで肉薄した前脚の内、下段に滑り込む右手に全神経が集中し………………

 

 

次の瞬間、鞘に押し込められていた刃が閃いた。灼熱が地表より跳ね上がる軌道を描いて柔らかな関節部を焦がしながら喰い破り、それと同時にリアの身体が大きく反り返る。バイザーすれすれを致死の鎌が通り過ぎ、両者の身体が交錯すると、前脚の片割れを斬り飛ばされたネルスキュラが驚愕の叫びを上げた。

 

リアは身体が大きく仰け反ったその隙を逃さず懐に潜り込むと、中脚の関節に刀身を突き込む。外殻と外殻の僅かな隙間に体内から切っ先を当て、丁度女帝エビのツメをもぎ取るように柄を捻って押し込めば、ぶちぶちと嫌な音を立てて関節が捥げ始めた。

 

 

「恨みは無いが、依頼を優先させて貰う____!」

 

 

悲鳴を上げる蜘蛛を無視して太刀を引き切ると、僅かな筋繊維だけで繋がっていた中脚が千切れ飛ぶ。体液の焦げる嫌な臭いを感じながら太刀を納めて懸架ベルトから取り外し、振り回される鎌を(はす)に構えた鞘で受け流した。 狙いが甘く体重も乗らない苦し紛れの一撃、況して片方を失った前脚なら、彼にとって軌道を逸らす程度訳は無い。続いて向き直った事でガラ空きになった頭に向かい、太刀をくるりと持ち替えて(こじり)を叩き込む。

 

甲殻が軋む音が僅かに鳴り、ネルスキュラが慌てたようにがさがさと引き下がった。

 

 

「……ッは、ぁ…………。 ここいらで逃げてくれたら良いんだが……」

 

 

呟いたリアを他所に、立て続けに脚を二本失った事で極度の興奮状態に陥った影蜘蛛が巨体を起こして揺り動かし、尖った腹の先を2、3度しゃくる。それが毒針による睡眠毒散布の予備動作である事は、多くのハンターが知っている。

 

 

「すまないノイル、追い払うにはもう少し時間が掛かりそうだ!」

 

 

そう言ったリアが火炎を振り回せば、針から噴き出した薄水色の毒液が火炎に巻き込まれて焼失した。

 

 

 

 

 

###

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、狩猟区第二エリア。先行したノイルとフギオー率いる一団は丁度そこに脚を踏み入れた所だった。リアと別れてからそろそろ十五分が経過する。怪我人は勿論、フルスピードで走り続けたアプトノスにすら疲労の色が滲み始めている。

 

 

「フギオー」

「どうした兄ちゃん、小便か?」

「違う、竜車に一人二人乗れるスペースの余裕はあるか? 怪我人が遅れ気味だ」

「……詰めれば三人乗れる、連れてきてくれい」

「助かる!」

 

 

岩陰に竜車を止め、最後尾にいた怪我人を竜車に乗せる。そのついでに全員に水を配り、ほんの僅かだが休憩を取ってからまた出発し始めた。あと三十分程度歩けば頭上を遮る蔓草もなくなり、比較的平坦な土地に入るので移動も容易な筈だ。そういった旨を行商隊に伝え、何とか進行ペースを維持させる。

 

 

「この調子で行けば……、早く戻って来いよ、リア…………」

 

 

そう呟いた最後尾のノイルの頭上に、影が過ぎる。

 

 

「…………おい、まさか」

 

 

一瞬遅れて見上げた先に黒い多脚の異形、進行方向はキャラバンと同じ……つまりは、先頭側。それを見てバイザーを下ろし走り出すまでの僅かな時間に、多くの思考が浮かんでは消える。

 

 

 

(こんなに早く?)

 

             (リアはどうした?)

(別個体)

 

  (先頭)

                      (番)

        (解毒薬)

 

(怪我人は)

             (進行速度)

 

(俺が相手を?)

 

          (とにかく護衛を)

 

 

 

戦闘から叫び声が上がる。蔓草から飛び降り、突然目の前に現れて両前脚を振りかざす影蜘蛛に気圧され、行商隊がにわかに浮き足立った。フギオーが隊員に呼びかけ隊列を反転させようとするが、それよりも捕食者の行動の方が遥かにスムーズで無駄が無く、速い。

 

このネルスキュラはその神経節細胞で覚えていた、獲物の群れを急襲した時、その場で最も『よく通る声を出す個体』を最初に殺せば全体の統率が崩れる事を。それは黄土色の小さな竜の時も、目の前にいる小さな生物も一緒だ。

 

軽く硬く、何より鋭利な前脚が振り上げられ、後方を向かせたアプトノスに鞭打とうとしたフギオーに狙いが向けられる、天頂に向かって差し出されるような姿勢から、その両刃が振り下ろされ________

 

 

「眼を塞げ!!!!」

 

 

________その直前に、小さな球体が投げつけられた。竜車とネルスキュラの丁度間の空間に飛び出したそれは、一瞬後にガシュ!と音を立てて炸裂した、…………太陽にも迫る閃光を伴って。

 

視界を焼き尽くされた影蜘蛛が、滅茶苦茶に鎌を振り回して仰け反る。その隙に先頭に躍り出た若草色の鎧が左中脚の先に全体重を乗せて赤い大剣を叩き込むと、嫌な音を立てて跗節が千切れ飛んだ。

 

 

「離れて岩陰に!コイツは(ハンター)に任せろ!」

 

 

ノイルが鋭い声を飛ばし、ようやっと冷静さを取り戻した行商隊が動き始めると同時に、ネルスキュラの視界も徐々に戻り始めたようだった。連続して叩き付けられる前脚を走って距離を取る事で回避し、次に撃ち出された粘着糸も油断無く躱す。 

 

ネルスキュラが絶対に後方のキャラバンを狙わぬよう、常に自らを狙うように敢えて離れず、一歩間違えれば即あの世行きの間合いに身を置く、張り詰めた糸を爪弾くような緊張感に精神を焦がしながら、噴出された睡眠毒を浴びないように一歩飛び退いた。その先を読んで繰り出された前脚の一撃を大剣を盾に受け止め、大きく弾き飛ばされながらも踏み止まる

 

 

「(…………軽い。重いが、同サイズの他種よりも攻撃が軽い)」

 

 

受け止めた衝撃で両手に痺れが残るが、武器を握るのに支障を来す程ではない。素早く鋭い攻撃は脅威だが、『しっかりと防いだ時』に限って言えば、リオレイアやティガレックスの方がずっと恐ろしい。

 

 

「寧ろ問題は、それ以外と俺の体力……っ!」

 

 

追撃の二連撃、右左と打ち込まれる鎌を擦りながらも何とか躱し、ノイルはふと自らの身体を見下ろした。陸の女王の緑の色彩に混じって、きらきらと浮かぶ銀の煌めき。一本摘んで指を開けば、粘ついた感触に背中が粟立った。 粘着糸の切れ端が身体に纏わり付いている。今は特に何ともないが、これが幾重にも重なれば……………………。

 

 

「こんな至近距離で戦ってりゃ、当たり前か…………!?」

 

 

脳裏を掠めた不安を振り払うように影蜘蛛に向かって一直線に駆け出す。応えるように金切り声で叫んだネルスキュラの六つの眼が、矮小な外敵に怒るかの如く、赤い光を放った。

 

 

 

 

 

 







戦闘シーンはやはり難産……、圧倒的難産………………ッ!
書くのは楽しいのに文章がくどくなったり薄くなったりと大変でした。

前回感想を下さった方、お気に入り登録して下さった皆様、ありがとうございます。お陰様で今もモチベを保てていますので、感謝してもしきれません。

それでは次回で会いましょう、疾風怒号でした。




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