「うっ……」
空気を揺るがす凄まじい震えに、和麻の沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
いつもの十倍は重く感じる瞼を開けると、アリーナの光景が目に入る。
意識を失う前と違い、中心から爆炎を上げる巨大なクレーターが見える。
状況を把握するために体を起こそうとするが、アリーナの壁に背中を預けている自分の体には力が全く入らない。
叢雲の特殊機能「
何とか動かそうとしても指一本動かない。
身体だけでなく叢雲も全く動く気配が無く、和麻の体をただ重い装甲で縛りつけているだけだ。
(シャー……リー…。聞こえ、るか?)
身体は動かなくても、少しずつ戻ってきた意識を集中させ、シャーリーに話しかける。
だが、いつも淡々とした調子で応えてくれる少女の声は無い。
どうやら、機体の破損が彼女にも影響を与えたようだ。
(シャーリー……)
シャーリーは和麻にとって深い思い入れのある存在だ。どうなっているのか?無事でいてくれるのか気になって仕方ないが、頭の隅に追い込む。
目の前の戦いが終わりに向かっていた。
アリーナには続々と何かが入り込み、せわしなく動いている。
それは教師部隊の打鉄とラファール・リヴァイブなのだが、和麻にはぼんやりしていてよく見えない。
それでも、自分の周りに自分を運び出そうとしてくれているのはわかった。
担ぎ上げられるのを感じながら、一安心して意識をもう一度手放そうとしたその時、両側から自分を持ち上げていた力が消失し、再び地面に叩きつけられた。
(な、何が……?)
両隣で自分を持ち上げようとしていた二人の教員が、機能停止したISの重みに押しつぶされている。
二人は急いでISから抜け出すが、悲鳴を上げてその場から逃げる。
なぜなら、ボロボロの機体を少しずつ再生させゆっくりとこちらに近づいてくるゴーレム・ノーヴァの姿があった。
地面に落とされた衝撃で覚醒した和麻はその姿に息をのむ。
和麻はついこの間はそこら辺にいる一般的な高校生だった。
少々特殊な家と、少し普通ではない経験をした過去があったが、どこまでも普通の少年だったのだ。
だからこそ、湧き上がる感情を抑えられなかった。
恐怖という感情を。
さっきまではよかった。
自分を強くしてくれる
それがあれば、和麻は剣を握り、敵に向かって行くことができた。
だが、今はその
和麻という人間の尊厳がボロボロと崩れていく。
ガチガチと歯が鳴り始める。口の中が乾く。うまく息が吸えない。
みっともない喚き声が出そうになる。
だがそれは寸前で、和麻とゴーレム・ノーヴァの間に割り込んできた二人の少女の姿に止められた。
流無だった。
彼女は教員が逃げ出す中、和麻を助けるために駆け付けたのだ。
必死で和麻を叢雲から引きずり出して運び出そうとするが、流無を振り払うためにゴーレム・ノーヴァが腕を振り上げる。
だが、その腕が流無に振るわれることはなかった。
今度は刀奈がISの武装である蒼流旋を手にゴーレム・ノーヴァに挑みかかってきた。
後ろからゴーレム・ノーヴァの脇腹を殴り、バランスを崩させ、流無の前に立つ。
刀奈は流無を、さらには流無が助けようとしている和麻を守ろうと蒼流線を構える。だがゴーレム・ノーヴァの前では生身の人間では無力に等しく、あっけなく蒼流旋を弾き飛ばされる。
それでも刀奈は諦めず、二人の前に立ち続ける。
流無も必死で和麻を助けようとあの手この手を尽くそうとする。
その二人の姿に、さっきまで恐怖に駆られていた心が無くなっていく。
変わりに過去の記憶が蘇る。
幼少期の和麻は無口で人付き合いを避けるという、今とは180°異なる性格をしていた。
運動よりも読書が好きで、学校の休み時間でも宿題をした勉強に集中する。元気な遊び盛りの小学生にしては少し浮いていた感じの少年だった。
それには八神家の事情が関係しており、八神雲耀流剣術の才能が無いことと、妹の遥香が才能を示したことが原因だった。
妹に劣るなら、妹とは違う分野で才能を示そうとしていたのだ。
だが、勉学においても遥香は才能を見せ始めており、和麻は必死に兄の尊厳を守るために勉学に励み周りのことなんて無視していた。
そんな和麻に話しかけようとする同級生は皆無であり、たまに虐めにあうこともあったが、和麻は周りに無関心を装い続けた。
だが、そんな和麻に話しかけてきた少女が一人いた。
『ねえねえ。君何を勉強しているの?』
金髪碧眼の小柄な少女で名前をシャノン・リーフレットといった。
外国人の血を引いているが、日本で生まれ育った彼女はクラスで和麻と同じくらい浮いていたが、持ち前の明朗快活な性格のおかげでクラスの中心にいた。
『まーた幼馴染を放っておいてこんな昼間から部屋にこもっているの?外に出るわよ、和麻!』
気が付けばシャノンは和麻の隣にいた。
妹以外に関心を持とうとしなかった和麻の前に現れた彼女は、あろうことか和麻の自称幼馴染を名乗り、和麻に付きまとい始めた。
『あなた達、和麻を虐めるんじゃないわよ!!』
頼んでもいないのに、今ほど気が強くなかった和麻を引っ張り、虐めから守った。
『もっと愛想よくしなさいよ。人付き合いが下手だとこれから苦労するわよ。特に、女の子相手だとね』
おっ節介なことを口にしては鬱陶しく思ったことは一度や二度じゃない。
だというのに和麻はいつの間にかシャノンに魅かれて行った。
『和麻。あなたは私が守ってあげる。だから――私を守ってね』
和麻が初めて恋い焦がれたシャノン。
彼女とのかかわりが和麻を少しずつ変えて行った。
クラスメイトとも話ようになったし、遥香に変な対抗意識を持つこともなくなり、少しギクシャクしていた兄妹関係も解消した。
いつの間にか和麻はシャノンが隣にいることが当たり前だと思うようになり、そんな日々がずっと続くと思っていた。
だがそれはあっけなく崩れ去り、彼女は和麻の目の前で無残な最期を遂げた。
中学生になって最初の夏休みに、シャノンの母親の故郷であるイギリスへの旅行に向かう途中で、和麻とシャノン、遥香の乗った飛行機が墜落事故を起こした。
遥香は奇跡的に無傷だったのだが、和麻とシャノンはそうはいかなかった。
今でも和麻ははっきりと覚えている。
ぐしゃぐしゃになっていく飛行機の天井から飛び出した鉄柱が和麻に向かって飛んできて、それをシャノンが身代わりとなって心臓を貫かれたときの光景を。
次に気が付いた時、病院のベッドの上で、自分の横に顔の上に白い布をかぶせられたシャノンの姿を。
心臓の近くを鉄柱に貫かれ、病院に運び込まれたはいいものの、ほとんど助かる見込みのなかったシャノンは、事故で臓器が傷ついてしまった和麻に、自分の臓器のいくつかを和麻に授けて逝ってしまったのだ。
過去の記憶を垣間見ながら、和麻の目の前でゴーレム・ノーヴァの拳が二人に向かって振り上げられる。
刀奈はそれから目をそらさず、二人を守ろうと一歩も引かない。
流無は気にもとめず、ただ和麻を助けようとする。
二人の姿が、鉄柱から自分を守り、新たな命を与えてくれたシャノンに重なる。
そして、シャノンの最後の姿がフラッシュバックする。
あの後、叩き落とされた深い絶望を思い出す。
このままでは二人はゴーレム・ノーヴァに殴り飛ばされ、最悪死んでしまうかもしれない。
シャノンのように。そうなったら、もう――
(……るか)
機械の拳が刀奈の華奢な体に迫る。
(……せるか)
それでも刀奈は逃げない。気が付いた流無が振り向く。
(……させるか)
再び心に宿る激情。声には出せないが、心の中で行き場をなくして激しく荒れ狂う。
(させるか!!)
――動けよ叢雲俺の体!
――目の前で殺されそうになっている知り合いがいる。
――自分を守ろうと必死に戦ってくれている。
――彼女たちが死んでいいわけがあるものか!!
――頼む、動け。動いてくれ!
――二人を死なせたくないんだ!もうシャノンを失った時みたいな思いはしたくないんだ!
――叢雲ぉっ!!
心の中で叫び、願う。
目の前で、危機に瀕する少女たちを救いたいと。
(俺は手を差しのべてくれる者たちを、もう二度と失いたくない!)
その時、和麻の頭に声が響いた。
『いいわ。力を貸してあげる。――和麻は私がいないとほんとダメダメなんだから』
一瞬、和麻の目に一人の少女の姿が映った。
蒼天と夜天を中心とした様々な色に染まった天空の中に浮かぶ、光の鎖で拘束された誰かの姿が――。
――
――対象
――発動
眩い光を放ち始めた叢雲。まるで小さな太陽のようになった機体から、何かが飛び出す。
それは光の鎖だった。
鎖は瞬時に伸びていき、強制的に機能を停止させられた
「え?」
「な、なに?!」
次の瞬間には刀奈と流無の体に装着される。
ゴーレム・ノーヴァの拳はいきなり現れた
『そんな!?確かにコアは停止したはず。それになんなのそのエネルギー!?』
停止させたはずの
「エネルギーが――増大している!?」
「これなら!!」
何が起こったのかわからないが、自分たちに戦うことのできる力が戻った。
刀奈と流無は蒼流旋と羽々斬を構えてゴーレム・ノーヴァに突撃する。
まずは刀奈が蒼流旋を円運動で取り回し、ゴーレム・ノーヴァの機体を吹き飛ばし、斬り裂く。
遠心力の乗った槍の攻撃はゴーレム・ノーヴァの装甲を斬り裂き、破壊する。
『なんなのさ一体!?』
「今度は私!」
ゴーレム・ノーヴァから響くマシンボイスが喚くのにも構わず、今度は流無が両手に構えた羽々斬で斬りかかる。
同時に振り下ろされた刃が、再生途中だった腕を根元から断ち斬り、屈んで横薙ぎに刃を振るい足を斬り落とす。
バランスを崩したところで、刀奈の蒼流旋が胴体を貫き腰のあたりに大穴を穿つ。
不思議だった。
堅牢なはずのISが、まるで濡れた紙みたいに斬り裂き、貫くことができる。
ISの性能が今までよりも数段パワーアップしている。
それこそが、叢雲の
「響き合う絶対なる絆の奏」はコアネットワークを通じて他のISに干渉し、コア同士を共鳴させ、互いの能力を爆発的に上昇させるその能力は、停止させられたコアすらも呼び覚まし、覚醒させることができる。
「せええいっ!」
ゴーレム・ノーヴァを貫いたまま刀奈は蒼流旋を振りかぶり、投げ飛ばす。
二人はとどめを刺そうとするが、その前に飛び出す機体があった。
未だ眩い光を放ち、光の鎖で二機のISと繋がっている叢雲だった。
その手には天叢雲剣――神話の時代から存在する神剣の名前を冠する剣が握られており、刀身から激しい紫電が迸っている。
『そんな、何で――お前までぇ!?』
「これで――終わりだァ!!」
和麻が最後の力を込めて振り抜いた天叢雲剣が、ゴーレム・ノーヴァの胸のコアを正確に斬り裂く。
中枢であるコアのある部分を真っ二つにされたゴーレム・ノーヴァは、そのままアリーナの地面に落下していき再生できず爆発四散した。
「……ざまあ、みやがれ」
そこで和麻の意識は再び闇に沈む。
落下していく和麻を優しく受け止めながら刀奈と流無は、戦いがようやく終わったことに安堵した。
「山田先生。解析はできたか?」
IS学園の地下50メートル。
レベル4権限を持つ者にしか立ち入りを許されていないその空間に、千冬と真耶はいた。
すでに事件が収束して2時間がたっている。
未だ職員や生徒会の面々が事後処理に奔走しているなか、二人は報告書作成のために襲撃してきたゴーレムたちを解析していた。
「解析結果出ました。無人機で間違いありません」
「そうか。システムの中枢は?」
「織斑君たちが戦っていた機体は、織斑君の最後の攻撃で破壊されています。八神君たちの方も同様で修復はおそらく無理かと」
「コアの方はどうだ?登録されていたものだったか?」
「いいえ。未登録のコアでした」
真耶の言葉に千冬は眉間にしわを寄せる。
現在、世界に存在するISのコアは467個。そのすべてが国家や企業に登録されている。未登録のコアということは468番目の全く新しいコアということだ。
「未登録のコアが三つか。頭の痛いことだな」
「いえ、織斑先生。発見できたコアは一つです」
「なんだと?」
「実は、八神君が倒した機体からはコアの破片も発見されませんでした」
千冬は真耶の言葉に眉をひそめる。
もしも跡形もなく吹き飛んだのなら余計な問題が無くなって丁度いい。
なにせ絶対数の決まっているISのコアに、どこにも登録されていない新規のコアが加わったとなれば世界各国による醜いコアの奪い合いに発展しかねないのだ。
だが、もしそうでなければ――?
一抹の疑問を覚えながらも、千冬は引き続き真耶と共に無人機の解析を行い続けた。
同時刻の生徒会室。
生徒会書記の虚は会長席で今回の事件の事後処理を行っている流無に、先ほど言い渡された事情聴取の要請を伝える。
先ほどの事件で戦闘をこなしながらも、その疲れを全く感じさせずに手を動かし続ける流無に話しかけるのは躊躇われるが。
「お嬢様、先生方からの取り調べが――」
「後に回して!今はこの書類の処理が最優先。取り調べで聴かれることの予測返答はまとめてあるから!」
「ええっと、では各国代表からの今回の事件の詳細を求める要請は私が――」
「それは私がやっておくわ。虚ちゃんはこの書類を職員室と理事長室に持って行って!」
話しかけるも一蹴され書類を押し付けられ、別の書類の処理を買って出ればそれを刀奈に取られ、更なる量の書類を持たされる。
両手いっぱいにあふれる書類を抱えながら虚は生徒会室を後にする。
(はあ。やはり優秀ですねお嬢様方は。私のお仕事が全くありません)
更識家の使用人の家系である布仏家の長女の虚。本来ならいずれ主となる刀奈と流無の補佐をしなければいけないのだが、優秀な二人は虚の助けなんて必要ないとばかりにあらゆる作業をこなしていく。
主が優秀なのはうれしい。だが自分の存在意義まで無くなってしまうのは辛い。
「ままならないものですね」
両手の重い書類を抱え直し、ため息を漏らしながら、虚は職員室に足を進めた。
虚が出て行った生徒会室には流無と刀奈の二人だけが残り、生徒会長の椅子に並んで座りながら書類にペンを走らせ続ける。
冷静に書類をさばいていく二人だが頭の中は事件の後に意識を失い、学園の医療室に運び込まれた和麻のことでいっぱいだった。
戦闘終了後に意識を失った和麻。沙夜が主導となって叢雲から体を解放された彼の体の状態はかなりひどかった。
ゴーレムに浴びせられた強烈な打撃と叢雲の禁じ手ともいえる特殊能力「
守るべき対象だった和麻に怪我を負わせてしまったことに、二人の心は申し訳なさと後悔の念でいっぱいだった。
守れなかったことだけじゃない。
ゴーレム・ノーヴァの拳が和麻を守ろうとした二人に向かって振り下ろされた時、叢雲の力で再起動した
光の鎖を通して、和麻の力が流れ込んできたことに後になって気が付いたのだ。
和麻に与えられた力で二機のISは再び息を吹き返し、二人の身を守った。
いわば、和麻が二人の身を守ったのだ。
(守るために我が身をささげる。体も魂も)
(それが更識の家に生まれ、『楯無』の名前を受け継ぐ者の資格にして運命)
((なのに……守られた))
不甲斐ないことなのになぜだろうか。
((誰かに守られたことなんて、初めてかも……なんかうれしい))
今まで二人は人に頼られ、守ってきた。逆のことなんてありえなかった。でも今回の事件で初めて守られ、それにうれしさを感じていた。
後悔と申し訳なさとうれしさが吹き荒れる心を紛らわすために、二人は追加で寄せられた書類の束に二人同時に手を伸ばす。
「「あっ」」
両手がぶつかり、真紅の瞳が交差する。
いつもなら言い争いや挑発合戦、肉弾戦に発展するのだが、二人は少し目を合わせただけで次の書類の処理に移る。
和麻の手術の無事を祈りながら――。
蒼天と夜天に紫天。さらには暁。
様々な色の天空が上下左右に広がり、無数の雲が浮かぶ不思議な世界の中心に彼女はいた。
金髪碧眼をした小柄な少女。
その姿は叢雲のコア人格であるシャーリーに瓜二つであった。
さらに驚くべきことに、彼女は空中で光の鎖に固定されていた。
全身を雁字搦めに戒められながら、しかし彼女は笑顔を浮かべる。
「ふふ。
笑いながら彼女が両手に力を込めると、拘束していた鎖が千切れる。
自由になった両手を掲げると、そこに赤と白の球体が現れる。
「君たちもうれしいんだね。兎から離れることができて。いつか君たちと話ができることを待っているよ」
球体は少女の声にこたえるように、グルグルと飛びまわり始める。
「ねえ、和麻。必ずまた会いましょう。今度は彼女さんを紹介してね」
少女は天使のように笑う。
叢雲が漂う天空の世界で。
次話も現在書き直し中ですので、お楽しみに