「納得できません」
第二グラウンドに一組と二組の生徒たちが整列する中、一夏たちよりも一足早く到着した和麻の後ろに立っていた遥香が不機嫌そうな声で呟く。
その身に纏っているのは他のクラスメイトと違い、和麻たち専用機持ちと同じ特注のISスーツだ。
「約束は守っただろ?何が不満なんだ?」
「ええ。確かに約束通り、好きな部分を撫でてもらいました」
自己紹介を渋った遥香に和麻が言った「好きなところを撫でる」という約束を和麻は履行した。もっとも撫でたのは――シャーリーの頭だった。
「俺は遥香の好きな部分とは言っていない。だから別に約束は破っていない」
と涼しい顔でのたまう和麻に、遥香は頬を膨らませてむくれる。
もっとも二人の間に険悪な空気は流れていない。二人にとってこの程度の事は兄妹同士のコミュニケーションの一つ。甘えてくる妹を嘘と舌先三寸であしらう兄という、お約束のような物なのだ。
ちなみに頭を撫でられたシャーリーは、朝のお仕置きでダウンしていたのが嘘のようにご機嫌な様子で和麻の隣で鼻歌を歌いながら立っている。
「そういえば、お久しぶりですね。シャーリーさん」
「ええ♪お久しぶりね、遥香さん」
「……しばらく見ないうちに雰囲気変わりましたね」
「いろいろあったのですよ。いろいろ。ふふっ」
「いろいろ、ですか」
口に手を当ててコロコロ笑うシャーリーに遥香は探るような目を向けるが、やがてあきらめて目を前に向ける。
いつの間にか遅れていた一夏とシャルルがやってきていて、授業が始まろうとしていた。
「では、本日からISを用いた格闘及び射撃の実戦訓練を始める!危険の伴う訓練のため気を引き締めるように!」
「「はい!」」
千冬の声に一組と二組の生徒全員が返事を返す。
「ではまず戦闘の実演を見てもらおう。オルコット、凰!専用機持ちならばすぐに始められるだろう?前に出ろ」
「こういうのは見世物のようであまり気が進みませんわね……」
「めんどくさいなあ」
千冬に呼ばれた二人は前に出るが、不満だという本音がありありと出ていた。
「お前ら少しはやる気を出さんか……あいつにいいところを見せられるぞ?」
後半の言葉は二人にしか聞こえておらず、それを聞いた二人からはさっきまでの態度がうそのように消える。
「やはりここは栄えあるイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!みなさんが見惚れるような華麗な戦いぶりをとくとご覧あそばせ!」
「まあ、実力の違いを見せつけるいい機会よね!私たち専用機もちの実力ってやつをしっかり焼き付けなさい!」
「何で二人はやる気になったの?」
「さあ?」
やる気MAXで宣言する二人。それがある一人に向けられているのだが、その本人である一夏は気づかず隣にいたシャルルと小声で話をしていた。
「それでわたくしのお相手はどちらに?まあ鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「ふふん。私もいいわよ?返り討ちだけどね」
「慌てるな小娘ども。対戦相手は――」
千冬が言いかけた時、キィィィン……という空気を斬り裂くような甲高い音が響く。
「あああああぁぁぁっっ!!どいてくださあ~い!」
そんな情けない悲鳴交じりの声が空から聞こえ、生徒たちがそちらを向くと、なんとISを身に纏った真耶が涙目になりながらこちらに落下してきていた。
纏っているのは学園に配備されている第二世代型IS『ラファール・リヴァイブ』。
豊富な
それを纏った人間がまるで以前の授業での一夏の地面大激突並みの速さでこちらに向かって落ちてきているのだ。
生徒たちは我先にと逃げ出すが、運悪く咄嗟に動けなかった一夏は逃げ遅れてしまった。
ドカーン!
盛大な激突音と砂埃を起こし、誰もが一夏がどうなったのかと見つめる中、徐々に砂埃が晴れていき、
「あらまあ?」
「……こいつは本当によくやるぜ」
白式を緊急展開した一夏と真耶がくんずほぐれつの体勢になっている様子が顕わになった。
一夏の右手は真耶の特注サイズを注文しなければいけないほどの乳房を鷲掴みにしており、真耶は顔を真っ赤にしながらも、まんざらでもないという顔をしている。
一夏のラッキースケベを始めて見た遥香は、珍しいものを見たと目を丸くし、和麻は呆れてしまう。
「ん?」
和麻はふと自分の右手が誰かに捕まれるのに気が付く。
「何をしている遥香?」
掴んでいたのは案の定遥香だった。
「いえ、山田先生が気持ちよさそうだったので。少し試してみようかと」
そう言って和麻の手を徐々に自分の胸に近づけようとする。
遥香のそれは真耶ほどではないが、日本人の同年代の少女としては平均的な大きさだ。
それを手で揉めばそれは良い感触だろうが、和麻は妹に手を出すような異常性癖は持っていないため掴まれた手を振り払う。
「馬鹿なことを言うな。この馬鹿妹」
「まあ、二回も馬鹿と言いましたねお兄様!いくらなんでも私でも怒りますよ?」
「はいはい」
不満げな遥香を適当にあしらっていると、いつの間にかセシリア・鈴VS真耶の実技演習が始まろうとしていた。
空に浮かび上がる三つのISの動きを和麻は目に焼き付けることにした。
模擬戦はあまり時間をかけることなく終わった。
訓練機である真耶の操るラファールよりも、専用機として本人に合わせた調整が施された最新鋭の第三世代ISであるセシリアと鈴のISの方が性能は遥かに上だった。
しかし、二人のコンビネーションの無さを巧みに突く真耶の技量によって、終止二人は翻弄されてしまった。
最後は誘導されてぶつかり合ってしまった二人に向けて、投擲されたグレネードの爆発に巻き込まれて落とされてしまった。
結果的に実演は真耶の教員としての実力を知らしめる結果に終わった。
訓練機であっても専用機を技量で打倒することができる。
生徒たちはこれから始まる訓練に向けてのモチベーションを最高潮にして意気込み始める。
そんな生徒たちの様子に、千冬は狙い通りに事が運んだことに満足しながら、教員の仕事をする。
「諸君にも教員の実力が理解できたことだろう。これからは敬意をもって接するように。ではこれから実習を行う。織斑、オルコット、八神、デュノア、凰の専用機もちをリーダーに八人のグループを作れ」
「八神君手取り足取り教えてねっ!」
「織斑君!一緒にやりましょう!」
「デュノア君の操縦技術見てみたいな~」
生徒たちはすぐに全員和麻たち三人の男子生徒たちのところに集まり始める。
その光景に千冬は頭を痛そうに抑える。
「馬鹿者どもが。出席番号順にさっさと並べ!出遅れた者はパワーアシストを切ったISを着たままグラウンド100周だ!」
千冬の言葉に騒いでいた生徒たちは言われたとおりに整列する。
そうしてようやく訓練が始まった。
途中で一夏たちのグループが、打鉄をしゃがませずに装着を解除してしまい次の人が乗れなくなってしまったので一夏がお姫様抱っこをして次の子を運んであげたり、それを見たほかのグループが騒いで千冬に制裁を受けたり等々、騒がしい授業は続いたのだった。
時間は進み、昼休みになった。
和麻とシャーリーの二人は生徒会室に向かっていた。和麻の手には購買で買ったパンやお弁当がある。
いつもなら食堂で昼食をとっているのだが、今日は転入してきた『三人目の男子生徒』であるシャルル目当ての生徒たちで込んでいると考えたのだ。
なお遥香も誘ったのだが、
『私はクラスの皆さんとご一緒します。人付き合いというものは最初が肝心です。お兄様にも教えたでしょう?お兄様がお世話になったという二人の生徒会長さんには後ほど。ふふふ……』
何やら計り知れない凄みを感じる笑みを浮かべながら、遥香はそう言ってクラスのみんなと食堂に行ったのだった。
生徒会室に着いた二人は、役員が持つ鍵でドアを開けて中に入る。
会長の椅子には今日は刀奈が座っており、書記の虚と会計のサラもいた。
どうやら三人も食堂の混雑から逃れてきたようだ。流無がいないのは今週は刀奈が会長職をする週だからだろう。
「やっぱり二人とも来たわね」
「流石にあそこまで混んでいるのは勘弁だ」
刀奈の質問に応えつつ、和麻は自分の副会長席に座って買ってきた弁当を食べ始める。
「そういえばシャーリーちゃんってISなのに食事するんですね」
サラがサンドイッチを頬張るシャーリーを見ながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。
確かにシャーリーは見た目は小柄な女の子だが、中身はISというこの世界の超最先端機械技術の塊である。
そんなシャーリーが食べ物を食べても大丈夫なのだろうか?
「特に問題はないですよ。食べたものは私の中で分解されてエネルギー源になりますから」
「有機物を分解して無機物のエネルギーにするって、ほんとISって凄いわねえ」
「凄いの一言で済ませられることではないと思いますよ、お嬢様」
シャーリーの答えに刀奈が感心したかのような反応をするが、虚はまたISの常識が覆ったことに疲れたような顔をする。
「虚ちゃん、ISの事はもういちいち驚いていたらきりが無いわよ?」
「ちなみに私はもう割り切りましたよ、虚先輩」
二年生二人が虚にそう言う。が、三年の整備科主席であり、ISの内部について扱うことを専門にしている虚にはそうそう割り切れることではない。
ちなみに和麻は結構前から知っていたので今更驚かない。三人が話している間に黙々と弁当を咀嚼している。
「あ、和麻君にも聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
和麻に刀奈が質問を投げかけると和麻は箸をいったん置く。
「なんだ?」
「和麻君の妹さん、確か遥香ちゃんだっけ?今日一組に転入してきたんでしょ?どうだった?」
刀奈は和麻が違法研究所から助け出されたときに、八神家とも顔を合わせている。その時に言葉は交わしていないが遥香とも顔を合わせていた。
「驚いたよ。前にスマホで編入するだの言っていたが今日何の連絡も無しに来るなんて……」
その時、和麻は刀奈がニヤニヤしているのを見た。
「お前まさか……知ってたのか?」
「まあね♪」
バッと扇子を開く刀奈。そこには「ドッキリ大成功」の文字。
言われてみれば、生徒会長である刀奈が遥香の編入のことを知らないわけがない。
「編入試験には私も立ち会ったんだけど、遥香ちゃん凄かったわよ?試験は全問ほぼ満点で、実技試験も教官の先生相手に完勝。代表候補生じゃないのがおかしいくらいの逸材よ?なんで普通の学校に進学していたの?」
「遥香は俺と同じ学校に通いたくて、俺と同じところを受験したんだよ。わかりきっている過去問を何度も俺に聞きに来たりして、構ってほしがったけどな」
ちなみに、和麻とのじゃれあい以外に遥香は受験勉強なんて1分たりともしておらず、そのまま入試を受けて全科目満点で主席入学していたりする。
さらに補足すると、和麻の通っていた学校は地元という制限が付くがそれなりに名の知られた進学校であり、倍率は毎年県内トップ。尋常ではない才能だ。
「遥香ちゃんの頭の中は和麻君でいっぱいなのね」
「限度があるだろ、流石に」
疲れたように言いながら和麻は弁当に再び箸を動かし始める。
「あいつは昔からそうだった。俺より頭よくて要領もいい癖に俺の後ろを付いて回ってきやがる」
「いい妹さんじゃないですか。私なんて妹にはいつも心配ばかりさせられますよ」
「虚先輩の妹ってのほほんのことですか。まあ確かにあんなにマイペースだと心配だよな」
和麻はポワポワした笑顔を浮かべる本音を思い浮かべ、虚の気持ちを察する。
「そうなんですよ。あの子のマイペースぶりは見ているこっちがはらはらさせられるばかりで……」
それからしばらくは虚の本音への愚痴が続いた。
もっともたまに本音を褒める言葉が混じるのに、虚は気が付いておらず全員が温かい視線を向けていたが。
「妹と言えば……」
虚が全員の視線に気が付いて、顔を赤くしながら俯いてしまった時、シャーリーが口を開く。
「刀奈さんは妹の流無さんのことをどう思っているのですか?」
その瞬間、生徒会室の空気が変わった。
あとがき
ストック溜めたかった。でも溜められなかった。
この話も短いし。でも区切りがいいから勘弁してください。
今回はちょっと遥香ちゃんのハイパースペックが公開されました。多分IS学園の入試を受けてもセシリアに変わって主席になるでしょうね。
次話では更識姉妹に踏み込んでいこうと思います。おたのしみに。
あと、ちょっと別の作品のリメイクも書いてます。どの作品かは来年あたりにでも。
ヒント
名探偵コナンと怪人二十面相が今のマイブームです。