二人の生徒会長 氷霧の姫たちは叢雲と共に   作:竜羽

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お待たせしました。さあ、どうなるかな?


俺達と違って……

IS学園校舎の屋上には広場がある。

綺麗に配置された花壇には季節ごとの花々が咲き誇り、欧州風に設置された石畳が風情を醸し出す。晴れた日の昼休みになると少なくない生徒たちがこの広場で持参した昼食を持ち寄り、賑やかな声を醸し出す。

 

「はずなのに今日はがらーんとしちゃっているわね」

 

サンドイッチをパクリと齧りながらベンチに座った流無が言う。今週は刀奈が会長職を行う周のため、生徒会室で昼食は取らない。というか取ろうものなら、あの憎らしい双子の姉と顔を合わせることになるのでご免だ。なので、同級生のフォルテ・サファイアと黛薫子を誘って屋上で手作りしたサンドイッチを食べているのだ。ちなみに彼女たちの反対側では、一夏たちが噂のシャルルと共に昼食を食べていたりする。

 

「それは仕方ないッス。みんな噂の貴公子君を見に行っているんスから」

 

「貴公子君ねえ……」

 

 フォルテの言葉に薫子が食べていたお握りを頬張りながら、何か含むことがあるように返す。

 

「どうしたんッスか?薫子」

 

「いやね。あの貴公子君なんだけどさ、どうにも変なのよ」

 

「変ッスか?」

 

 薫子の言葉に首をかしげるフォルテ。その一方、流無は薫子の発言に「へぇ」と感心したような声を出す。

 

「流石は新聞部の裏の支配者と言われている薫子ちゃん。真実を見抜く目を持っているってことね」

 

「ふふん。まあね。これでも代々報道に携わってきた家系ですから」

 

「むぅ~。なんか二人だけ通じ合っているッス。除け者はズルいッスよ!」

 

 何やら仲間外れにされたように感じたフォルテがぶーぶー不満を言う。その様子を見て、流無と薫子の心は一つになった。

 

――ああ、やっぱりフォルテちゃんは弄りがいがあるわ。

 

フォルテ・サファイア。カナダの代表候補生である彼女は周囲から「弄られキャラ」として親しまれている。

 

 

 

 

 

 屋上でそんなきゃきゃっとした空気が流れている頃。生徒会室では真逆の重苦しい空気が室内を支配していた。

 例えるならば、超巨大企業の会長がとんでもないミスを演じた部下を役員たちの前でさらし者にし、「弁解があるなら言ってみたまえよ君」と言う時のような。そんな空気だ。   

その大本である刀奈は、「刀奈さんは妹の流無さんのことをどう思っているのですか?」と聞いたシャーリーに向かって物凄い威圧感を放っている。

 

「今なんて言ったのかしら?シャーリーちゃん」

 

「ですから、刀奈さんは妹の流無さんのことをどう思っているのですか?」

 

 シャーリーにとっては純粋な疑問だった。彼女のマスターである和麻の妹の遥香は兄である和麻のことをかなり好いている。和麻はそんな遥香をなんだかんだ言いつつも嫌ってはいない。

 一方、刀奈と流無は二人と違って顔を合わせれば罵り合い、ひどいときは殴り合いまで繰り広げる。

 なぜ八神兄妹と更識姉妹にこんな違いがあるのか、シャーリーにはよくわからないのだ。

 

「私が、あの流無(アホ)のことをどう思っているか?ですって……」

 

 刀奈はどこからか取り出した扇子で口元を隠し、冷ややかに言う。もっとも怒気がにじみ出ているが。

 

「ええ。私はこのように一人で動けてしゃべることができますし、先ほども言いましたが物も食べることができます。でも結局はIS……機械なんです」

 

 物憂げに語るシャーリー。今度はさっきとは別の意味で重い空気がシャーリーを中心に広がる。

 

「あ、別に人間になりたいとかそう言うことじゃないんですよ?まあ人への憧れが無くもないですが」

 

 その空気を払しょくするようにシャーリーは朗らかに笑う。

 

「そういうことで、私は疑問なんです。性別の違いはあっても同じ血の繋がった親類なのに、全然違うのが。そしてその理由が気になるんですよ」

 

 機械ゆえに分からない人と人の関係。分からないからこそ、シャーリーは知りたいのだ。

 なにせシャーリーが明確な自我を持ったのはここ数カ月の事。つまり彼女はまだこの世界に生まれたばかりの、赤子のようなものなのだ。人間なら様々なものに触れて、自分という存在を形作る段階なのだ。

 

「刀奈さん。教えてもらえませんか?流無さんのことをどう思っているのですか?」

 

 再三問いかけるシャーリーを見て、それを察した刀奈は怒気を収める。そして、いつしか生徒会室にいる全員が注目する中、自分の中で慎重に言葉を選び、シャーリーの疑問に答えることにする。

 

「更識流無は私の双子の妹。一卵性の双生児で物心つく前から一緒にいたわ。物心ついた時からはもっと一緒にいた。自分で言うのもなんだけど姉妹仲もいい方だったと思うわ」

 

 刀奈の独白に二人の過去を知らないサラは少し意外に思う。サラが初めて会った時から、刀奈と流無は顔を合わせば喧嘩ばかりしていたから、てっきり昔からなのだと思っていた。

 

「でもあの日から変わった。あの子への思いが、愛情から憎しみに。ただただあの子のことが憎くなった。私はあの子が間違いに気が付くまで――絶対に許さない」

 

 

 

 

 

「絶対に許さない……か」

 

 放課後。今日はアリーナが使用できない日だったので、和麻は図書館での勉強を終わらせ寮への帰路についていた。その途中でふと昼間の刀奈の言葉を思い出して呟く。

 あの後、刀奈は口を固く閉じて沈黙。シャーリーが深く聞こうとしたが和麻が釘をさすことで止めた。

 

(姉妹と付き合いの長い虚先輩は何かを知っている感じだったが、何も言わないということはそれほどの事だ。それに多分だが……虚は刀奈の肩を持っているだろうな)

 

 和麻が聞いた話では、虚は姉妹二人の従者の立ち位置らしいのだが、どちらかというと流無よりも刀奈と一緒にいることが多い。少なくとも和麻にはそう見える。

 

(あと紗夜も刀奈の味方だろうな。紗夜の造った武装はレイディにばかり搭載されているし)

 

 沙々宮式荷電粒子砲『ヴァルデンホルト』を始め、刀奈のミステリアス・レイディには紗夜の造った武装がたまに搭載されることがある。大抵の武装は試作品だが、出来のいいものはそのまま専用装備になる。

 

(この二人が刀奈の味方になっているってことは、流無の方に非があるってことだ。なんだ?一体あの二人の間に何があった?情報が少ない……って)

 

「何あの二人の事情に踏み込もうとしているんだよ」

 

 そこまで考えて和麻は自分が知らず知らずのうちに、更識姉妹の問題に首を突っ込もうとしているのに気が付いた。

 

(こういう問題は当事者本人じゃないとどうにもならない。他人が首を突っ込んでもたいていの場合は碌なことにならない)

 

 和麻の脳裏に過去の記憶が蘇る。

 生まれた時から天才的な頭脳と能力を発揮していた遥香に対し、出来損ないの兄の烙印を周りから押された和麻は、遥香と会うたびに遥香を避けた。

 もしも長い間顔を合わせていれば、そして話をしていれば、遥香への憎しみが湧き上がるかもしれない。

遥香がその身に宿した才能と能力は本人の誇るべき素晴らしい財産だ。それを穢したくないという思いから、周囲からの侮蔑に耐え、遥香の才能を憎まないようにしていた。そのために過剰ともいえる勉学と鍛錬に臨み、遥香と接することを拒絶した。

そんな和麻の姿に、遥香も何もできず、ただ冷え切った兄妹関係が続いていた。

 

(あのころの俺は、他人の言葉なんて信用していなかった。クラスメイト、学校の先生、隣の家の人はもちろん親父にお袋の言葉も……)

 

 一種の人間不信。誰もが自分と遥香を比べ、遥香への憎しみを募らせる言葉をささやく悪魔に思えた。

 たまに自分をほめる言葉を言う人間がいても、とても信用できなかった。それくらい和麻は追いつめられていた。

 今思えば極端だったと、我ながら思う。喧嘩できるだけ更識姉妹のほうはまだましだ。

 

(そうあの二人はまだましだ。シャノンが間に入らないとまともに喧嘩できなかった俺達と違って…)

 

 ふと空を見上げる。もう太陽はすっかり水平線に隠れ、空に星が輝いている。

 

「喧嘩の後には仲直りってのが相場が決まっているんだぜ。刀奈、流無」

 

 

 

 

 

 IS学園一年生寮の寮長室。そこは千冬の自室であり、学園内で千冬が自分の本性をさらけ出せる場所だ。

 世間一般では世界最強のIS操縦者として凛々しく、美しく、厳格で完璧な女性のイメージを持たれており、それは学園でも変わらない。生徒たちは世間のイメージ通りの千冬を見ることで、千冬の授業に真面目に取り組んでいる。

そのことをわかっているからこそ、千冬もおいそれと気を抜くことができない。

 

「ッ~~くぅ~!!」

 

 だからこそ、自室では思いっきり自分らしく振る舞うと千冬は決めている。

 缶ビールの中身を一気に飲み干し、喉を流れる酒ののどごしを存分に堪能する千冬。上唇には少しビールの泡が付いてしまっている。

 この姿だけでも、世間一般の千冬像を信望している物が見たら呆然物だ。加えて、今の千冬の恰好がまたすごい。

 普段着ているビシッとしたスーツは部屋の片隅にぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられている。代わりに今着ているのは、そこら辺のコンビニで売っていそうな無地のTシャツに黒のホットパンツ。片手には缶ビールを握り、もう片方の手は机の上に置かれているつまみのあたりめを掴もうとしている。

 そこに、凛々しく、美しく、厳格で完璧な世界最強のIS操縦者の面影は欠片もなかった。これが本来の千冬なのだ。

 

「今日はなかなか考えさせられる日だったな……」

 

 千冬は今日の朝のSHRを思い出す。あの八神和麻の妹、八神遥香のことを。

 実の兄と、衆人観衆の中にも関わらず口づけを交わし、平然としていた。その行為を咎めようとした箒に対し、超然とした態度で反論を展開した。

 

「まさかこの私があんな小娘を羨むとはな……」

 

 感慨深げに缶ビールを揺らす。あそこまで兄への好意を示すことは千冬にはできない。

周りに世間通りのイメージを示さなければいけない千冬は、弟である一夏へ家族のように接することがなかなか出来ない。

だからこそ遥香がうらやましい。

本当なら自分も一夏ともっと触れ合いたい。堂々と姉弟の時間を過ごしたい。

世界最強のIS操縦者になどならず、IS学園の教師にもならず、一夏がISを動かしていなければ、もっとそんな時間を過ごすことができたのだろうか?

缶ビールを煽りながら、そんなことを取り留めもなく考えていた時だった。寮長室のドアがノックされた。

 

「誰だ?こんな時間に……」

 

 気だる気味に零す千冬。時刻は既に22時を過ぎている。生徒はまずないだろう。だとすると同僚の教師。一組の副担任の真耶あたりが連絡忘れでも知らせに来たのだろか?

 ビールのせいで少しぼうっとしている頭でそう考えていると、ドアから声がかかった。

 

「夜分遅くにすみません、織斑先生。……更識です」

 

「はっ?」

 

 訪ねてきたのは真耶ではなかった。そのことを理解した千冬は慌てて自分の恰好を整え始める。脱ぎ捨ててあったスーツ…・・だめだ。皺だらけになっている。せっかく一夏にアイロンかけてもらったのに。

 代わりに部屋の隅にハンガーにかけてあった白いジャージを掴み、パパッと身に着ける。そしてドアを開ける。

 

「何の用だ?更識。もうとっくに消灯時間は過ぎているぞ。生徒会長と言えど、規則違反は見逃さんぞ」

 

 部屋を出た先には思った通りの生徒会長の姿。去年からかなり手を煩わされた双子の片割れだった。

 

「分かっています。それでもどうしても織斑先生に用件があってきました」

 

 そう言うと更識は千冬に向かって頭を深々と下げた。

 

「お願いします、織斑先生。私と――戦ってください」

 




短いなあ。やっぱスランプなのかな?

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