「久しぶりね。お互いなかなか会えなかったし」
「そうだな」
和麻の目の前に座った流無はまずそう切り出した。
二人はいまソファーに座って向かい合っている。シャーリーは和麻のそばに佇んで、和麻から預かったボイスレコーダーを聞いていた。
「さしあたってはお互いの近況報告から始めようかしら?」
「そうだな。あの日以来あまり顔を合わせていなかったからな」
和麻はそう口にしながらあの日のことを思い出す。
和麻の人生が大きく変わってしまった、二月半ばのことを――
そして、和麻は夢を見た。初めて、シャーリーを身に纏った時の夢を……。
和麻が初めてISを動かしたのは、受験生がラストスパートをかけている二月半ばの事だった。
「おにーちゃん!勉強を教えてください」
「お前に勉強なんていらないだろうが」
和麻のそっけない態度にむくれる中学生の妹、八神遥香を横目に見ながら、流れた織斑一夏がISを動かしたというニュースを見る。
別段それを見てもどうでもいいことだと切り捨てた和麻は、また勉強を教えてくれとせがんでくる妹を適当にあしらながら、カフェオレを飲んだ。
だが、次の日に学校に行くと男子生徒だけが体育館に集められ、IS適性検査を受けさせられることになった。
急遽全国で行われることになったこの検査。和麻の通う高校は日本のIS研究施設に近いこともあり、翌日から行われることになったのだ。
そのあまりにも早すぎる展開に、日本の政治は大丈夫なのかと内心呆れた。こんなことよりも、行き過ぎていると問題になっている女性優遇制度を何とかしろよ。なんで女全員を優遇するんだ。IS操縦者だけでいいだろ。などと考えているうちに和麻の番が回ってきた。
周りにはISに乗って美少女だらけのIS学園に行くという夢が脆くも崩れた男子生徒が死屍累々の有様で転がっている。
あほな同級生や先輩たちを横目に、和麻はめんどくさそうに目の前に用意された日本の第二世代量産型IS『打鉄』に触れた。
これが人生の転換期だった。
別にIS学園に行きたいやら、ISに乗って空を飛びたいなんて願望はなかった。なのに幸か不幸か、打鉄は反応を示した。
「うそ、動いてる!?」
「本当にほかにもいたの!?」
「八神が動かしたぞ!」
「ということは、あいつはこれから
「許さねえぞ、八神和麻ぁっ!」
周りが騒いでいる中、和麻は小さく「勘弁してくれ」と呟き、次の瞬間には黒い服を着た政府の人間に周りを囲まれてしまった。
そのまま和麻は強制的に市役所に連れて行かれ、そのまま一泊。
翌日には研究施設へ送られることとなったのだ。
制服のまま連れてこられたのは、なぜか近くにある研究所ではなく、郊外の山奥に建てられたどこからどう見ても胡散臭い建物だった。
中に入ってみれば、バリウム液のような真っ白な廊下が続いていた。
迷路のような通路を通り、左右前後を黒服の男たちに囲まれながら歩いていた和麻が、ふと自分の頭にズキリとした痛みを感じて、顔をしかめた。
黒服たちはそんな和麻の様子に気が付かず、痛みもすぐに治まった。
気のせいだと和麻が断じたところで、目の前に扉が現れた。
自動ドアが開き、中に入らされた和麻は多くの研究員にいろいろな計器に繋がれ検査をさせられた。
その結果和麻のIS適正値が判明した。
IS適性――D以下
考えうる限りかなり低い適正値。国家代表どころか、候補生にすらなることは不可能な数値だった。
それを見た研究員たちは口々に議論を交わし始める。
やれ、薬物を投与しろ、電気ショックを流せだの、物騒な言葉が飛び交う。それを見て和麻は理解した。
目の前の研究者や、部屋の中にたたずむ黒服たちが、自分をモルモットのような実験動物としか見ていないことを。
本人がいるのにそんな話をしていいのか? 人権侵害だろ?」
和麻が確認のために言った一言に応えたのは、研究者の中で一番多くの発言をしていた中年の男だった。
「人権侵害? ははは、おかしなことを言うね。君は織斑一夏と違って後ろ盾も無い。本当のところを言うと、彼も色々と実験したかったんだが……ブリュンヒルデに喧嘩を売るほど馬鹿じゃない。だから諦めたが……今こうして実験に使っても問題の無い素体が来た。これはきっと天の思し召しだよ」
どんな思し召しだと内心あきれ果てる。
こういう人種は厄介だ。
自分を神かなんかと勘違いしている。
「元のIS適正値は薬物で変化するのか? それとも電気ショック等の肉体への刺激で変わるのか? 女性では試せないが、君なら試せる。篠ノ之束や織斑千冬などの後ろ盾のある織斑一夏には手を出すことができないが、一般人の君なら問題はない。ああ、安心したまえ。君の体でISを動かすことの秘密がわかれば、しっかりと男の権利を蘇らせてあげよう。だから、我々に協力しなさい、八神和麻君」
まさか、目の前で堂々と言われるとは。和麻はこみあげてきた笑いを隠すことなく、嗤った。
それからの行動は早かった。
気が付いた黒服が取り押さえるよりも早く、手近にあった注射器を二本投擲する。
一本は目の前の中年研究者、もう一本はドアのほうに向かい、寸分たがわず中年とドアの前に立っていた黒服の目に突き刺さる。
突然の事態に騒然とする周りを無視して悶える黒服の腕を掴み、合気道の要領で放り投げる。投げられた黒服に巻き込まれて他の黒服も転倒する。
ドアを開け、研究所の中を走る。
「追え!逃がすな!」
中年とは違う研究者の声をバックに、覚えている限りの来た道を戻るために走る和麻だが、警報が鳴り響く。
「ちっ。ま、そううまくいかないよな」
出口へ向かう通路に現れた黒服たちを見て、方向転換する和麻。
後ろをちらりと見てみれば、四人の黒服がその手に警棒型のスタンガンを手に追いかけてきている。
どうするか、考えながら和麻は相変わらず真っ白な廊下を駆け抜けた。
プロの庭師に整えられた美しい日本庭園。その庭園にふさわしい古式ゆかしい武家屋敷のような家の廊下を二人の着物を着た少女が歩いていた。
二人の顔は切羽詰っており、よほど重要なことを話しているのだろう。
「虚ちゃん。その情報は本当なの?」
「はい。マークしていた諜報部隊からのものですので。ほぼ間違いないかと」
水色のショートヘアに真紅の瞳をした少女の確認の言葉を、後ろを歩いていたポニーテールにメガネをかけ少女が肯定する。
彼女たちの名前は更識刀奈と布仏虚。
日本に古より存在する闇に対抗する闇――対暗部用暗部の仕事を生業とする更識家の次代を担う少女たちである。
刀奈は更識家の次期党首候補で、虚は代々更識家に仕えてきた布仏家の出にして刀奈と彼女の双子の妹、流無の使用人だ。
二人は今、さっきもたらされたある事件の対応に追われていた。
「仕方ないわね。ことは一刻を争うわ。今すぐ私がISで向かいます。虚はそのための根回しを」
「はっ。流無お嬢様にはどのように?」
「……万が一ってことがあるかもしれないから、あの子も呼んで」
「わかりました」
虚は前を向いたまま小さく、加えて不満げに呟かれた言葉に、素直に従った。
「報告は本当なんですか?二人目の男性操縦者が拉致されたって?」
『報告ではそのようです。どうやら反IS派の国家議員が独断で進めたようです』
流無は携帯端末から聞こえる、従者である虚の言葉に耳を傾ける。
まさに青天の霹靂だった。
一昨日に見つかった織斑一夏のIS学園入学の準備に生徒会長として駆り出され、奔走していた時に、本家で姉と共に暗部の仕事戻っていた虚から届いたその知らせ。
何者かが新たに見つかった男性IS操縦者の少年を無断で連れ出し、研究施設に連れて行ったというのだ。
そこは以前より違法研究が疑われていた場所で、ISがなぜ女性にしか動かせないのかを解明するために、人体実験まがいのことをしているらしい。
『すでに本家から刀奈お嬢様が出撃なされました。流無お嬢様も至急急行してください』
「分かったわ」
流無は現在IS学園にいるが、関係者には虚のほうから手を回してもらいISを展開する許可をすぐにもらう。
屋外に出た流無の体をまばゆい光が包み込み、瞬時に水色の装甲が装着されていく。
透き通る水色の面積の小さい軽装。背中にはまるで天使の翼のような巨大なウィングスラスターに、そのスラスターの表面を流れ、翼のように開く水のヴェール。
更識流無の駆る美しきロシア連邦の第三世代IS『
羽をはばたかせるようにスラスターを起動させ、その場から飛翔する流無。
ほどなくしてIS学園全体を見渡すことのできる高度まで達した流無は、送られてきた研究所の場所に向かって進路を取った。
走っていた和麻は着実に追い詰められていた。
追いかけてくる黒服の人数が、まるで増殖する黒光りするGのようにワラワラ増えてきたからだ。
さっきから曲がり角を曲がるたびに後ろを振り向くが、そのたびに増えていた。
通りすぎた部屋から飛び出してきているのだろうかという考えが浮かんできたがどうでもいいことだと、再度逃走のために思考を集中させる。
だが、その瞬間和麻の頭を研究所に入った時と同様の頭痛が走った。
思わず、歩く速度を緩めてしまった和麻はその隙を突かれて、黒服たちに大きく距離を詰められてしまう。
それでもなんとか足を動かす和麻。だが、流石に走りすぎたせいか疲労で足がふらついてしまった。
そして、ついに黒服たちに捕まってしまった。
「捕まえたぞこの餓鬼が!」
そのまま地面に叩きつけられ、両手に手錠をされる。
「手間かけさせやがって」
そのまま髪を掴まれ無理やり立たされる。
「ぐ、ああっ!?」
だが、髪を引っ張られる痛みよりも和麻はさっきから頭を痛めつける頭痛に苦悶の声を上げる。
ドンドンひどくなっていくそれはまるで、頭の中で何かが叫んでいるような感じがする。目の前がぐらぐらして、今にも吐きそうだ。
謎の頭痛に苦しむ和麻だが、黒服たちはそんなもの関係ないと和麻を無理やり立たせようとする。
そのまま元の研究施設に行かされ、今度は逃げられないように厳重に拘束されるだろう。
その時だった。
研究所に衝撃が走った。
「なんだ!?」
黒服の男が喚くのを和麻は朦朧とする意識の中で聞いた。
後で知ったのだが、このときにISを身に纏った更識姉妹が研究所に到着し、入り口を強行突破したのだ。
その時の戦闘の余波で施設全体が揺れたのだ。
黒服たちが慌てている雰囲気を感じた和麻は、残された力を振り絞り、抑えている黒服を弾き飛ばすように起き上がる。
「ぐあっ!?」
その時だった。偶然にも和麻が黒服を弾き飛ばしたのと、施設が振動したタイミングが重なり黒服は近くの扉に強くぶつかり、その扉が開いてしまった。
ふらついていた和麻は部屋の中に転がり込んでしまう。
そこで、頭痛は変わった。
さっきまで頭の中でガンガン喚いていただけだった音が、一つの声になった。
――待っていた
その部屋の中に、黒と蒼のISは鎮座していた。
――待っていた
基本は黒。だが、そこに何本もの蒼いラインが走っている。
――待っていた!
さながら、暗雲を引き裂く蒼雷のようなカラーリングのISだ。だが、装甲だけであとはロクな装備が無い。
――待っていた!!
周りにはよくわからない培養ケースやら、計測機器だけ。
だが、その中でそのISは、
――待っていたよ!和麻!!
ただずっと、待っていた。八神和麻を。
閃光が走り、和麻を冷から引きずり出そうとしていた黒服たちは悲鳴を上げて目を抑える。
そこまでが和麻の覚えていることだった。
次に気が付いたとき、和麻はそのISを身に纏って瓦礫となった研究所跡に立っていた。
目の前に、水色のIS身に纏った更識姉妹が降り立った瞬間、和麻は再び意識を失った。
次に目を覚ました時、和麻は白い部屋にいた。
消毒液のにおいが鼻に付く。
自分が白いベッドの上に寝ていることを自覚し、何があったのか思い起こしていく。
だが、鮮明に思い出せたのは頭痛の所為で黒服に捕まった時まで。
その後のことは頭痛の所為なのかうまく思い出すことができない。
ただ、転がり込んだ部屋にあったISの姿だけは目に焼き付いていた。
あのISはなんだったのだろうかと思い、頭を押さえようと右腕を上げようとするが、
「ん……?腕が上がらない?」
何かが右腕の上に乗っている。いや、抱き着いている?そんな感覚がある。
もしかしたら、妹の遥香が抱き着いているのかと思い、右腕に目を向けると、
「すぅすぅ……」
「……はっ?」
蒼髪の女の子が横で眠っていた。
その後、病室で狼狽えていた和麻のもとに二人の少女がやって来た。
それが、今さっき和麻をからかおうとした流無と彼女の姉、刀奈の双子姉妹だったのだ。
彼女たちの話によると、和麻の拉致を企てたのは反IS派閥の国家議員で運び込まれた研究所もその議員が運営を援助していたらしい。
その議員は今回の一件で逮捕され、研究所も閉鎖された。
そして、何が起こったのかも説明された。
和麻がISを纏って研究所を破壊したのだ。
あの時、部屋の中に放置されていたのは日本の第三世代ISの試作機だった。
表向きの研究のために持ち込まれていたものだが、開発予定だった第三世代兵器を完成させることができず、お蔵入りになっていた。
そのまま初期化せず、違法研究のために使われていたらしい。二人は研究内容を話してくれなかったが、二人が口を濁したんだ。碌なものじゃないことだけは確かだった。
もはや物置同然となっていたそのISを、和麻が起動させたらしい。
そのままISを身に纏い和麻は暴走した。
暴れて暴れて、更識姉妹が呆然としている前で研究所を蹂躙したのだ。
しばらくして暴れるのをやめた和麻は、姉妹が見ている前でISを解除して倒れ込んだのだった。
事の顛末を教えられた後、彼女たちのことも教えられた。
日本を暗部からの攻撃から守る
そして、和麻の身柄を更識が守ることを。
「あの後は大変だったわね~。ご家族の人たちが次々やってきて妹さんなんかタックルして♪」
「ああ、あれはヤバかったな。どれくらいヤバいかっていうと川の向こうのご先祖様が見えたぜ」
「頭ぶつけたもんね~。その後もまたいろいろ大変だったし」
兄が無事だったことに、妹の八神遥香は涙を流しながら抱き着き、その拍子にベッドに頭をぶつけて三途の川を幻視してしまった。
そのことに動揺した遥香が和麻の首を、ガックンガックン揺さぶって顔色が真っ青になってしまった。
周りが止めなかったら絶対に戻していた。
「ま、思い出話はここまでにして」
流無はそう言うと和麻に右手を差し出す。
「ようこそ八神和麻君。IS学園へ」
そう、笑顔で笑いかけた。
一切の穢れ無いその笑顔に和麻はしばらく放心してしまう。
笑顔にはその人の心が現れると和麻は思う。
下心があれば見ているだけで嫌な気分の笑顔になるし、何か企んでいれば怖い笑顔に。
だが、今の流無の笑顔にはただただ自分を歓迎してくれている気持ちが現れており、そのいい笑顔にただただ見惚れた。
(笑顔に惚れたのは、二人目だな)
「あ、ああ。ありがとう」
「ええ」
その後、二人はお互いのことを話し合った。
誕生日、好きな物、嫌いな物、趣味や最近注目のアニメなど。
やがて話は二人の好きなタイプの異性という話題になった。
「俺は一緒に悪巧みに乗ってくれそうなやつだ」
「いたずらすると面白い反応をしてくれる人と一緒に悪戯を考えてくれる人♪」
「お、それじゃあ俺と相性ピッタリじゃん。奇遇だな」
「そうね、奇遇ね」
「くくく……」
「うふふ……」
しばらく二人は良い笑顔で笑い合っていた。が、いつまでも仲良く悪どい笑い声をあげていても仕方ないので流無が話を切りだす。
「で、八神君……よりも和麻君って言ってもいいかしら?あなたとは結構仲良くなれそうだし」
「おいおい。俺はとっくに仲良くなった気だぜ?お前は俺の好みだし、何よりこの学園で一番気が合いそうだ」
「ふふ、なら私のことも流無でいいわよ」
「おう。了解したぜ」
「話を戻すけれど、あなたのルームメイトは私。理由はわかるわね?」
「ああ、俺の監視だろ?」
「正解。一応護衛も兼ねているけれど、政府としてはあなたのことはかなり警戒しているみたい」
どこか他人事のようにさらりと言った和麻に、流無はそれを肯定する。
「だがちょっと語弊があるな。俺だけじゃなく、俺達。つまり俺とシャーリーの監視だろ?」
「まあね。何せ、人になることのできるISに、そのISを唯一制御できる男性IS操縦者。危険視するのはしょうがないわ」
「政治家っていうのは何でそんな臆病な奴ばかりなんだろうな」
「全くよね」
「「……」」
しばらく二人は見つめ合った後、再びさっきのように笑いあう。
「くははははっ、やっぱお前俺と気が合うだろ?」
「うふふふ。ええ、そうね。一か月くらい前に少しあって、10分前に自己紹介し合った仲とは思えないくらい気が合うわ」
二人は奇妙な一体感を感じていた。
まるでどこか、そう前世で恋人だったかのような、説明載せ出来ないつながりが存在しているかのような。
「そういえば、噂で聞いたけど君たちイギリスの代表候補生と模擬戦するそうじゃない?」
「もう二年生まで届いているのか。女子の情報ネットワークはすごいな?」
「そうね。和麻が利用しようとするのも納得だわ」
「……誰から聞いたんだ?」
「本音ちゃん。あの子とは幼馴染なのよ」
「なーる。のほほんがねえ。ホント、人は見かけによらないな」
和麻は素直に感服する。本音がまさか流無に通じていたとは。
そして、その情報から和麻の思惑を読み取った流無にも感心した。
和麻が休み時間に行った女子生徒への質問タイム。その時に和麻は自分に質問に来た生徒のほとんどと携帯のアドレスやら何やらを交換していた。
個人の間での情報のやり取りというのはなかなか馬鹿に出来ない。使い方によっては強力な武器になる。
だから和麻は昔から人脈作りに勤しんでおり、休み時間のあれもIS学園の女子連絡網に取り入るための手段だったのだ。
「それで、大丈夫なの?なんなら私がISの操縦を見てあげるけれど?」
「そうだなあ…………じゃあ頼むわ」
流無の提案を少し吟味した和麻はその提案を受け入れる。まだ和麻はISに完全に慣れているわけではない。
少しでも訓練ができるなら願ったりかなったりだ。
それに、もしかしたらこの事実も武器になるかもしれない。あのセシリア相手なら絶大な効果を発揮する武器に……。
「じゃあ、明日から始めましょうか。放課後に私のアドレスにメール頂戴。使えるアリーナを見ておくから」
「ああ、わかった」
自分の携帯をかざし、赤外線通信の準備をする流無に和麻も自分のスマホをかざす。
ほどなくして、今日だけで100件以上増えた和麻のアドレス帳に更識流無の名前が加わった。
「でも、作戦とかはあるの?いくら訓練しても今からじゃあ代表候補生に勝てるくらい強くなるのは難しいわよ?」
「ああ、そうだろうな。だがな、俺には必勝の策がある」
そう言うと和麻はシャーリーが聞き終わったボイスレコーダーを手に取り、イヤホンを流無につけさせて再生する。
「ふんふん…………へえ。なるほどぉ~。これを有効活用するというわけかあ。具体的にはどんな?」
「ああ、実はな――」
しばらく二人はバトルロイヤルでのセシリアに対する必勝の作戦を話し合った。
それはもう、そっくりな笑顔で、楽しそうに、それはそれは楽しそうに話し合ったのだった。
「そういえば、流無の姉さんは?あの人もてっきり相部屋なのかと思ったんだが」
流無の意見を参考に作戦を練り直したところで、ふと気になった和麻がそう言うと、流無は少し顔を伏せてしまう。が、すぐに顔を上げて元の調子で話し始める。
「ああ、刀奈ね。向かいの部屋、2000室よ。挨拶なら今のうちに行くことをお勧めするわ」
怪訝に和麻は思うが、流無はそのまま立ち上がりクローゼットの中からバスタオルやらパジャマを取り出す。
「だって私は大浴場に行くから、着いてきちゃだめだぞ☆」
お茶目に言うが、和麻はどこかそれが強がりに見えた。
人付き合いにたけていると自負している和麻は、些細な相手の心情の変化の機微に敏感だ。
どうやら、彼女は姉妹館に何かを抱えているようだ。
「…………明日でいいか」
流無のいなくなった部屋で和麻はつぶやき、タオルを取り出してシャワールームに入ろうとする。
が、その和麻の服をシャーリーが掴んでひっぱった。
そして、振り向いた和麻に無表情のまま一言。
「マスター。シャワー、お願いします」
「え?」
和麻の動きがその一言で止まった。
「?シャワー、お願いします」
「いや、大丈夫だ。ちゃんと聞こえている」
聞こえていないのかと再び要求を口にするシャーリーに和麻は大丈夫だと言い、目線を合わせて話しかける。
「あのな、シャーリー。昨日、一人でできるようにちゃんと教えたし、最後だって言っただろ?」
「マスターの髪洗いは気持ちいいです。私ではできません」
「いや、でもさすがに……」
「だめ……ですか?マスター」
「うっ」
上目づかいで見つめられた和麻はその破壊力によろめく。
シャーリーは小柄で何より人間のような見た目だがISだ。だが、容姿は素晴らしい美少女。しかも、和麻にとってその姿はとある少女の影を呼び起こす。
小さいころから和麻と共に育った幼馴染。何よりもかけがえのない存在と、シャーリーはそっくりかぶるのだ。
しばらくの葛藤の末、結局和麻は折れてしまい、シャーリーを伴ってシャワールームに入って行った。
「ふわぁ。ますたぁー。きもちいですぅ」
「いや、変な声を出すなよ。髪を洗うくらいで何でそんな声を出せるんだお前は?」
「だってぇ、ほんとにきもちいですぅ」
「だあああっ!!もたれかかるなあっ!!」
「うぅ、なんですかぁ?この固い……」
「はい、終わりだ!さっさと流すぞ!!」
シャワーを終え、ホクホク顔のシャーリーと対照的に、疲れたような顔をした和麻は出てそうそう、ベッドに倒れ込んだ。
流無が部屋に戻ったころには二人はぐっすり眠っていた。
ただし、和麻のベッドにシャーリーがもぐりこんでいたのはご愛嬌。流無も面白かったので、そのまま就寝した。