―冷泉為和視点―
「―さん。冷泉さん。」
誰か、僕を呼んでいる?肩を揺すられ、瞼が開く。
「ここは…?」
僕を心配そうに覗き込む顔が見える。この人は確か…、遠山キンジくん。その隣には、遠山キンイチくん…。そうだ、遠山さんの弟たち…。そこで脳が、機能を回復し、思い出す。
「わあっ、すみません。」
跳ね起きた僕に、
「うちの馬鹿姉が申し訳ありません。大丈夫ですか?」
キンイチくんがそう言う。倒れる直前の記憶、脳裏に焼き付けた光景―遠山さんの下着姿―がフラッシュバックされる。
「だ、大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません。」
そう、僕は武装検事になったんだ。この程度で動揺していてはいけない。
「あの、鼻血出てますけど…。」
キンジくんがそう言って、箱テッシュを差し出す。えっ?鼻の下を触る。べったりと手に血が着く。
「うわっ、なんで?すみません、畳には…、よかった落ちてない。」
差し出されたテッシュを取ろうとした時、
「起きたか?」
遠山さんが居間に入ってきた。そして、
「む?何処かで会った様な…、鼻血…。」
突然、遠山さんが僕の目の前に現れ、鼻と鼻がくっつく程に近づき、僕の顔を見る。遠山さんが、僕のことを覚えてない事へのショックも感じない程に、彼女の瞳に釘付けになる。そして、脳裏に浮かぶ下着姿…、危ない、また意識が飛びそうになった。何を考えているんだ僕は‼
遠山さんが、鼻血顔…、と呟きながら僕を見つめ続けていると、
「中学校。」
キンジくんがボソッと言う。その声が聞こえたのか、遠山さんは、
「鼻血、中学校…。」
と何度か呟き、
「おお、思い出した‼冷泉だ。お前、相変わらず鼻血を出しているのだな。」
彼女が、僕のことを記憶の片隅ではあるが、覚えていてくれた。その事実の前に、鼻血で覚えられていることなど、些細なことだ。
「覚えていてくれたんですね。」
あれ、何故だろう、涙が止まらない。
「おい、大丈夫か?どこか痛むのか?」
彼女が、僕の涙を見て、キンジくんの持つテッシュを数枚取り、それで、僕の顔を拭いてくれる。鼻血を拭きながら、涙を拭ってくれるせいで、顔は、ぐしゃぐしゃになっているだろう。でも、
「ありがとう…ございます…。」
嬉しくて、嬉しすぎて、涙が止まらない。何故か、礼を言う僕に、遠山さんは、首をかしげながらも、それを拭い続けてくれる。
「冷泉、本当に大丈夫か?何か悪い病気なのでは?」
遠山さんが、そう言って、周りの弟・妹たちを見る。
「えーっと、多分大丈夫だと思うよ。」
かなめちゃんが、そう答える。
「はい、もう、大丈夫です。ご心配をおかけしました。嬉しくて、思わず…。」
まだ止まらない涙が流れる顔で、遠山さんにそう伝える。
「そうか、私も、久々に会えて嬉しいぞ。」
「忘れてたくせに。」
キンジくんがボソッと言う。ゴン、とキンジくんに拳骨が落とされる。
「忘れてなどいない、ただ、記憶の片隅に閉ざされていただけだ。」
「それを忘れてるって言うんだよ…、ごめんなさい、殴らないでっ‼」
遠山さんが、拳を握った瞬間、キンジくんが土下座する。遠山さんは、呆れた様にため息をつき、
「しかし、本当に久しぶりだな。中学校以来だから…、何年ぶりだ?」
遠山さんが、僕の方を向き、指を折って数えようとしたが、すぐにやめた。
「8年です。」
「そうか、そんな経ったか…、少しは強くなったようでなにより。」
僕の答えに、彼女が、小さく微笑み答える。春の陽射しの様に、眩しくも優しい、その笑みに、雪が溶かされる様に、僕の積みあがった思いが、現れだす。
「遠山さん、僕、中学卒業後、東京武偵高に行って、武装検事になったんです。」
「おお、凄いぞ。頑張ったのだな。」
遠山さんが僕を褒めてくれる。
「はい、貴女に会うために、頑張りました…。」
その空気が伝わったのか、妹さんたちが、キャー、っと黄色い悲鳴を上げる。さあ、言うんだ、僕…、
「なんだ、私に会う為に?なにか用事でもあったか?」
「はい、伝えたいことがありまして。遠山さんがどこにいるのか分かるのに、8年掛かりました。」
さあ、あと一息、言うんだっ‼
「そうか、それは悪かったな。なにぶん結婚の為に、旅をしていたからな。」
…結婚?えっ?どういうこと?どうやら、戸惑っているのは、僕だけではないらしく、キンジくんを除く全員が、言葉の失っていた。キンジくんだけが、頭を抱えている。
「姉さん、どういうことだ‼結婚って、俺たちに黙っていたのか!?というより、あの旅はそんな目的だったのか…。」
キンイチくんが、遠山さんに詰め寄る。
「何を勘違いしている。結婚はまだしていないぞ。相手を探しているのだ。」
遠山さんとキンジくん以外の全員が、僕を見る。これは、チャンスなのだろうか?何故か、キンジくんは、胃まで痛くなっている様だ。大丈夫かな?
「かなこお姉ちゃん、その、まだ、見つかってないの?」
かなめちゃんが、そう尋ねると、
「うむ、まだだ、何処を探してもおらぬのだ。」
「どんな人がすきなんですか?」
今度は、かなでちゃんが、質問する。
「条件は、ひとつだけだ。」
遠山さんの次の言葉を待つ。
「私よりも強い男なら、それでいい。」
そんな人、この世にいないと思う。
「姉さん、無理を言ったらダメだ。」
「無理だろ。」
「無理だな。」
「かなこお姉ちゃん、別の人を探そうよぉ。」
「私もそう思います。」
みんな、思ったことは同じようだ。
「何故、そう決めつける。何処かにいる筈なのだ。」
「頼む、姉さん、それ以上、見つからないものを、探す旅はやめてくれ。姉さんの旅は、色々な国と人に、迷惑を掛けて過ぎてるんだ。」
「迷惑など掛けておらんぞ。様々な場所へ行き、強者と呼ばれる者たちと、相対しているだけだ。」
「それが、一番の問題なんだよ。頼むから、妥協してくれ。」
「無理だ。私は自分よりも強い者にしか魅せられぬ。」
告白する前に振られた。元SDAランク総合13位のフレディ・ジェイソンを、手加減しながら、簡単に倒せる彼女よりも、僕の方が強いなど有り得ない。
「それで、用件とはなんだ?」
「こちらのお渡しを…。」
スマホとパスポート、そして、札束を差し出し、説明する。こいつ逃げたな、という視線を感じる。告白?振られるのが分かってるのに、するわけないでしょ。それに、これで、遠山さんと連絡出来る様になった、一歩前進だ。そう、一歩ずつ進めばいいんだ。
「―必ず、連絡してください。」
一通り説明を終えると、
「使い方が分からぬ。」
と支給したスマホを指す。
「それでは、教えますね。隣りに座ってもいいですか?」
「頼む。」
遠山さんの隣に移動し、座る。なんだかいい匂いがして、くらっとするが、なんとか理性で持ちこたえ、
「まず、―」
使い方を教える、ふたりで並んで、ひとつのスマホを触りながら、言葉を交わす。なんだろう、まるで、恋人同士みたいではないか。
遠山さんへのスマホ講座を終え、帰ることとなった。
「すみません、お邪魔しました。遠山さん、それに、ご家族の皆様も、これからよろしくお願いします。」
遠山兄弟から見送りを受けながら、玄関をくぐり、歩き出す。歩きながら、遠山さんの連絡先の入った、自分のスマホを見つめると、思わず顔がにやける。…、誰かがつけている?尾行だろうか?警戒しながら、歩みを進めると、
「冷泉さん、待って下さい。」
キンジくんが追いかけて来ていた。
「キンジさん、なにか?あ、もしかして忘れ物してましたか、僕。」
カバンを見ようとすると、
「いや、そうじゃなくってですね。その、俺、大変金に困ってまして。その…」
なんだろう、やっぱり謝礼欲しいとかかな?
「この写真、買いませんか?2千円でいいんですけど…。」
気まずそうな笑顔で、スマホの画面を僕に見せるキンジくん。これはっ‼
先程、遠山さんにスマホ講座をしていた時の写真だ‼まさか、撮られてることに気づかなかったとは、いや、あの時は、遠山さんが隣りに座っていたから、崩壊寸前の理性を保つのに精一杯だった。しかし、まさか、キンジくんが、こんなことを言うなんて…
「遠山キンジさん…、この写真を2千円…、なにを言ってるんですか?」
怒りと殺気が混ざった言葉が出る。それを受け、彼は、しまったという顔をする。
「あ、これは、その、冗談でして…」
はは、と冷や汗を流しながら笑うキンジくん。
「そうですよね、冗談ですよね。遠山さんの写っている写真が、2千円なんて。」
そう言いながら、財布を出す。
「そんなに安い訳がないでしょう‼これで、どうですか。足りないなら、下してきます。」
とりあえず、入っていた全額を差し出す。キンジくんは、僕の勢いに引いた様子で、
「あの、そんなに…。その、姉さんがお世話になるので、それじゃあ、これで…」
一万円札を一枚取り、
「その…、画像、送りますね。」
「ありがとう。」
僕のスマホに、僕と遠山さんが隣り合った画像が届く。画像だけ見ると、恋人のようだ。
「それじゃあ、失礼します。」
キンジくんが、軽く一礼し、帰って行く。
「本当に、ありがとう。」
僕は、お礼を言って彼を見送る。こんな素晴らしいものを一万円でくれるなんて、キンジくんはなんていい子なんだろう。僕のボーナス、全てを差し出すつもりだったのに。
画像を見つめると、顔がにやける。おっと、いかん。道端で、こんなにやけ面していたら、不審者みたいだ。さあ、急いで職場に戻って、仕事を終わらせよう。家に帰ったら、とりあえず、30枚くらい現像して、バックアップも必要だな、ひとつでは不安だ。帰りに電気屋に寄って帰ろう。
ああ、なんて最高の日なんだろう。空でも飛んでしまいそうな心地で、道を歩いていく。
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―キンジ視点―
冷泉と別れた後、実家に戻る道中、思わず声が漏れる。
「ヤバい、あいつはヤバい。」
冷泉の姉さんへの愛。拗らせ過ぎて、変な方向に行っている。あいつ、本当に武装検事なんだろうか?さっきの言動みると、どっちかというと、捕まえられる側に見えてしまう。
「また、変な知り合いが増えてしまった…。」
何故、俺の周りには、変わり者が寄ってくるのだろう。余計な欲を出さなければよかった。ポケットに突っ込んだ一万円札に後悔が宿る。
「ただいま。」
玄関をくぐる。
「キンジ、何処に行っていた?」
兄さんが尋ねてくる。正直に言ったら、ぶっ飛ばされるのは分かっているので、
「いや、冷泉に話を聞きに行ってたんだ。武装検事の勉強とか。」
予め用意していた言い訳を伝える。
「そうか、それよりも、緊急の家族会議だ。来い。」
「家族会議?」
「議題は、姉さんの結婚だ。」
ああ、このままだと、一生出来そうにないもんね。
遠山兄弟全員が、机を囲み、座る。
「まず、姉さん。本当に結婚したいと思っているのか?」
兄さんが、姉さんに質問する。
「無論だ。」
「分かった、別にそれはいい。問題は…」
そう、実現不可能な条件。
「姉さん、結婚したいなら、その条件では無理だ。」
姉さんよりも強いなんて、もう核兵器と結婚とかになり兼ねない。…流石に負けるでしょ?
「無理ではない。必ず何処かにいる筈だ。」
「姉貴は、まず自分の強さを、理解する方がいいと思うぜ。」
GⅢが言う。全くもってその通りだ。
「自分の力なら分かっている。私は、まだ弱い。更に強くならなければ。」
なに言ってんだこの人は。あと、これ以上強くなってどうするの?世界と、戦争でも始めるつもりなのだろうか?あんたのどこが弱いと言うんだ?ああ、弱かったですね、頭が。
「金次、お前なにか失礼なことを考えてないか?」
姉さんが、俺を睨む。
「いえ、そのようなことは決してございません。姉さんが、どうやったら結婚出来るか、必死に考えてました。」
勘だけは、異様にいいんだよなぁ。頭は弱いのに。
「それで、なにか思いついたのか?」
「いや、それはまだ…。」
頭が弱い…、弱い…、そうだっ‼
「そうだっ‼姉さんが、弱くなればいいんだ。」
そう、姉さんが弱いなら、万事解決する。
「キンジ、虎が何故強いか分かるか?元から強いんだよ。」
兄さんが、悲しい表情で俺を諭す。そう、この姉は、生まれた時から強い。俺たちの知る一番弱い頃―幼少期―でも、普通に熊を素手で狩ってくる人だ。
「あっ。」
かなめが、なにか思いついたのか、声を上げる。
「ヒステリアモード、ヒステリアモードだよっ‼」
かなめの声に、
「その手あったか‼」
兄さんが、合点がいった様子で、手を叩く。そう、遠山に遺伝する体質、ヒステリアモード。男は、強くなるが、女は、弱くなる。姉さんにもそれは遺伝している。しかし、
「弱い姉さんが、想像出来ないんだけど。」
「確かに。」
俺の言葉に、兄さんが同意する。
「しかも、女のヒステリアモードって、『男が守りたくなるような女になって、男心をくすぐるような仕草をする』んだよな…。」
俺は、そう言いながら、そうなった姉さんを想像する。
「なんか、気持ち悪くなってきた。」
「俺もだ。」
兄さんも、同じことを考えていたのだろう。
「お前たち、いい度胸だな。」
姉さんが、パキパキと拳を鳴らしながら、俺たちに近づいてくる。
「「待ってくれ、姉さん‼」」
「問答無用。」
姉さんの拳が、俺たち兄弟に突き刺さる。
「あと、3発だ。」
姉さんの無情な声が聞こえる。
「「あっ、死んだわこれ。」」
「安心しろ、遠山の男は、この程度で死にはせん。」
遠山キンイチ・キンジ死刑囚の刑が執行された。
「あの威力で、気絶も怪我もさせずに、的確に痛みだけ与えるって、おかしいだろ。三途の川が見えたぞ。」
「この痛みを幼少期に日常的に受けていたから、俺たちは、今まで生きてこれたのかもな。」
痛みに蹲りながら、そんな会話をする俺たち。兄さんの言う通り、銃で撃たれるのよりも、遥かに痛いからな。数々の修羅場を潜ってきたが、姉さんの拳より痛いことはなかった。
「でもよぉ、ヒステリアモードのトリガーって、あれだろ。」
GⅢが蹲る俺たちを無視して、そう言う。ヒステリアモードのトリガー、それは、性的興奮。
「そもそも、かなこお姉ちゃんは、ヒステリアモードになったことあるのぉ?」
そう、俺たちは、姉さんがヒステリアモードになったところを見たことがない。
「あるぞ、一度だけだが。」
「「噓!?」」
俺と兄さんが、驚愕する。いつ?どこで?誰で?全然知らないんだけど。
「私が4歳くらいの時だから、お前たちは、知らないだろうな。」
えっ?4歳?
「あれは、父上にくっついて、武装検事たちの鍛錬場へ行った時だった。若い武装検事たちと組み手して勝っていたのだが、最後のひとりに負けたのだ。」
父さん、4歳の娘に何させてんの。
「負けて、最初は悔しかったのだが、なにやら体の力が抜けて、自分ではない様な感覚になった。そうなってからは、その人に対して、言い表せない感情が生まれたのだ。その時は、分からなかったが、あれが恋なのだと、大人に近づくにつれ理解した。後で、その体の異常を父上に伝えたら、それが『返對』だと教えられたのだ。」
しみじみと語る姉さん。それなら、
「じゃあ、姉さん、その人と結婚すれば?年の差はあるだろうけど。」
そう、それが解決策ではないだろうか。
「いや、その数ヶ月にもう一度挑んだら、普通に勝ってな。それから、その人に対して、そういう感情がきれいさっぱり無くなった。父上にそう伝えたら、異様に喜んでいたがな。」
父さん、姉さんを溺愛してたからな。それはいいとして、
「つまり、姉さんは、自分よりも強い相手がトリガーだと…。」
「そういう事になるな。」
詰んでるじゃん。長い沈黙に包まれる。
「分かった。姉さん、もう好きにしてくれ。解散。」
兄さんが諦めた。
「お兄ーちゃん、将棋しよー。」
かなめが俺にくっついてくる。
「あ、宿題しなきゃ。」
かなでは、ランドセルを取りに居間を出ていく。
「姉貴、キャッチボールしようぜ。この間の速いやつ、取れるようになりてぇ。」
「いいぞ。」
姉さんとGⅢは、庭へ出ていく。
そう、こんな会議、無駄だったんだ。だって、分かってたことじゃないか。姉さんについては、深く考えない。だって、『姉さんだから』。
そうやって、思考を停止させていたんだ。それを、今更動かしたところで、結果は見えていたじゃないか。
一度動き出した思考を、再び止める。そして、誓う、もう二度と動かさないと。
そうして、遠山兄弟は、無駄なので、姉について、考えるのをやめた。
前半は、前回に引き続き、オリキャラ冷泉視点で進めました。なんか、なんでこんな変人になったんだろう。再会したことで、初恋が蘇った青年にする予定だったんですけどね。
ヒステリアモードについては、今後、もう少し掘り下げるかもしれないです。あくまでも予定ですが。