―冷泉為和視点―
遠山さんとの組み手の日程が決まり、連絡を取るべく、電話を掛ける。プルルルル、というコール音が耳に響く。4コール目、出ないかな?コール音が長くも短く感じる。彼女の声が聞きたくて、早く出てほしいのに、心の準備を整える為に、もう少し出ないで欲しい自分がいる。
「冷泉、何用だ?」
5コール目で彼女の声が聞こえる。スマホ越しに聞こえる彼女の声に、何とも言えない高揚感に、舞い上がりそうな声を必死に抑え、
「突然の連絡で申し訳ありません。遠山さん、先日お話しして頂いた組み手の件ですが、日程が決まりましたので、ご連絡です。」
なんとも事務的な応対になってしまう。
「おお、そうか。それで、何時だ?」
楽しそうに日程を尋ねる遠山さん。彼女が喜んでいる。その声が僕の耳に届く。頑張ってよかった。そう心から思う。
「日程ですが―」
連絡事項を伝達する。
「成程、了解した。」
「あの、それで当日なんですが、お迎えに伺ってもよろしいでしょうか?」
意を決して、そう尋ねてみる。送迎は職務外だが、僕の裁量に任せて貰っている。当然、ただの送迎なのだが、車の中でふたりきりになれる。もし、彼女が送迎車に乗ってくれるなら、まるでドライブデートの様ではないか。
「ん?送迎まで付くのか。至れり尽くせりだな。よろしく頼む。」
「かしこまりました!それではよろしくお願いいたします!」
「うむ。」
通話が切れる。ああ、なんということだろう。天にも昇らん気分だ。こうしてはいられない。今すぐ公用車の予約と清掃をしなければ。遠山さんが乗るのだ、砂の一粒も残っていてはいけない。そうだ、車用の芳香剤も買わなければ、むさいオッサンが乗りまわいている公用車、そんな汚らわしい匂いで、彼女の鼻腔を汚すわけにはいかない。
頭に、清掃と公用車のカスタムプランを描きながら、公用車利用表に名前と時間を書く。さあ、まずは芳香剤を買いに百貨店に行こう。最高級の物を買わなければ。
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―武偵庁長官視点―
仕入れた情報の中に、ひとつ気掛かりなものがあった。
『武検、公安合同強化訓練』
東京地検特捜部にて行われる予定の訓練。本来部外秘であるその紙を、あるつてで入手した。もっとも、武偵庁も地検も双方情報の奪い合いをしており、あちらの情報は、ある程度、定期的に入手出来ている。もっともこちらも同じであるだろうが。
しかし、気掛かりなのは情報が入ってきたことではない。その訓練の講師の名前、それが原因だ。
『特別講師 遠山金虎』
7年前、武偵高の合格を取り消す為に、圧力を掛けた者の名。もっとも圧力など―頭がポンコツ過ぎて不合格だった為―不要だったが。しかし、その知能に反して、戦闘能力はべらぼうに高い。武偵高受験当時の実力でも突出していたが、時折入ってくる情報や噂を精査すれば、強いとかそういう次元ではない。我々が木の枝や石を投げて戦えっているレベルだとすれば、彼女は大気圏外から、レーザーやミサイルを撃っているレベルだ。一方的に虐殺できる力を持っている。当時、彼女の存在を秘匿する為に動いた私の判断は、間違っていなかったと確信できた。
しかし、その一方で口惜しくも思う。政権交代が起き、国際的な立場が不安定になり、更に各国から超能力者たちまで日本に入ってきている。武偵や武検たちでは数が足りない。こんな状況の中で、もし、彼女が武偵ないし武検になっており、事に当たっていた場合、強烈な抑止力と成りえただろう。
終わったことを考えても仕方ないのだが、胃が痛くなるような状況に、思わずないものねだりをしてしまった。
「当日、様子を見に行ってみるか?」
実際、どれ程強いのか、伝聞と映像でしか知らないそれを、自身の目で見てみたいという純粋な好奇心と、彼女の真意を知る為にそう思う。
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―冷泉為和視点―
その日が来た。隅々まで磨き上げ、黒く輝く公用車。車内は砂一粒残さず清掃し、買ってきた高級な芳香剤の香りが広がっている。遠山さんを迎えるには、まだ物足りないが、やれるだけのことはやった。
巣鴨にある、彼女の家。その前に車をつける。エンジンを止め、車を降りる。玄関に向かおうとして時、玄関の扉が開く。ぴっちりとしたスーツを身に着けた遠山さんが、出てくる。
「おはようございます!」
彼女に声を掛ける。扉を閉めた彼女が、
「ああ、おはよう。冷泉。時間通りだな。」
そう返してくれる。朝から彼女と挨拶を交わすなんて、僕の人生は今が最高潮なのかもしれない。彼女がこちらへ歩いてくる。僕は急いで助手席側に向かい、
「どうぞ。」
その扉を開ける。
「ありがとう。」
遠山さんが席に座るのを見届けて、扉を閉める。そして、急いで運転席側に向かい、乗り込む。
「では、発進します。」
「頼む。」
エンジンを掛け、アクセルを踏み、車が発進し、道を進んでいく。車内にエンジン音が響く中、沈黙が流れる。どうしよう、緊張してなにも言葉が出ない。なにか会話のきっかけを…
そんなことを考えるながら、左折の為にウィンカーを上げる。歩道を確認する際に、助手席に座る遠山さんが見える。相変わらず美しい容貌に見惚れそうになる。いかん、運転中だぞ、しっかりしろ僕。強い意思で視線を彼女の顔から逸らす。助手席のシートベルトに目が行く。そして、その線を視線がつたっていく。その先にあったのは、豊かな双丘、その谷間に食い込むようにシートベルトがのっかっている。大きく開いた胸元のボタンからは、その深入り谷間が見える。
ガスッ‼自らの右の拳を、己の顔面に叩き込む。運転しているんだ、遠山さんが乗っているのに、事故なんて起こせない。しっかりするんだ、僕。
「突然どうした?」
遠山さんが、自分の顔を殴った僕を、不可解そうに尋ねる。
「いや、ちょっと気合いを入れようと…今日の訓練は頑張りたいので。」
貴女の谷間に見惚れて事故りそうでした。なんて言える筈もなく、そう答える。それに、今日の訓練を頑張る、これも本心なので嘘ではない。成長した姿を彼女に見せたいし、目標とする彼女の強さを知る為にも大事な日だ。
「そうか、私も楽しみにしていた。武装検事との組み手はいつ以来だろうか。」
ふふ、と笑う遠山さん。
「それに、父上の同僚や、上司の方に会うのも久しぶりだ。幼き頃、遊んでもらったな。」
懐かしむように言葉を紡ぐ。
「今日は、楽しんで下さい。」
そう伝えると、遠山さんは、ニコリと笑い、窓の外を眺めていた。
駐車場に車を停め、ふたりで会場となる鍛錬場へと向かう。鍛錬場の入口の扉を押し、中に遠山さんを誘導し、自身も後に続き入る。
「遠山金虎さん、到着しました。」
ズラリと並ぶ武装検事たちに、公安の面子、部長の姿もある。…隣には武偵庁の長官まで来ている。どこで嗅ぎつけたのだろうか?部長が、こちらへにこやかな笑顔を浮かべて歩いてくる。
「やあ、かなこちゃん。久しぶりだね。」
「お久しぶりです。」
遠山さんが部長に一礼する。
「中学校の入学以来だね。今日はよろしく頼むよ。」
「お任せ下さい。」
ふたりが会話する中、立ち並ぶ面々は、異様な空気に包まれる。遠山さんの力は、ここにいる面々には未知数であり、今見える姿からは、噂の様な強さは窺えない。殺気どころか、強者の雰囲気さえない。スーツ姿もあり、ただの美人OLにしか見えない。ただ一人、公安0課の獅堂さんだけが、油汗を流し、
苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「それじゃあ、主役も到着したことだし、始めようか。」
話を終えた部長が、手を叩きながら立ち並ぶ面々にそう発する。その言葉が終わると同時に、殺気が満ちは始める。武装検事、公安たちが戦闘態勢に入っている。
「そうだ、かなこちゃん。今は人員不足なんだ、怪我はさせないようにお願いするよ。」
「分かりました。大丈夫です。力加減は以前より上手くなりました。」
そう答え、ぐーっと伸びをする遠山さん。普通の武偵程度なら、気絶してしまうような殺気を一身に受けながら、
「これで本気ではないでしょう?実力を知る為に、最初の10分くらいは、守りだけ…攻撃も反撃も無しでどうですか?」
部長にそう言う。その言葉に、プライドが高い武装検事たちが、舐められていると思い、殺気が増していく。
「そうだね、かなこちゃんに任せるよ。時間は私が測っておくとしよう。ああ、それと、奥にいる数人…そうそう、そこにいる人たちは見学だから。私を含めてね。」
「了解です。では、始めましょう。」
遠山さんは、奥に立つ前政権のお偉いさんたちを見て、そう答える。
部長が見学席に着き、
「さあ、みんな、遠山かなこさんから、お情けの10分を頂いたよ。全員、全力…殺す気で挑みなさい。では、始め。」
全員を煽り、開始の合図をする。更にプライドを刺激された面々が一斉に襲い掛かる。
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―獅堂虎巌視点―
「遠山金虎さん、到着しました。」
その時がやってきた。眼鏡をかけた若い武装検事…確か冷泉だったか?が奴を連れて鍛錬場に現れる。この時まで戦ってきた胃痛はピークを迎える。
武検の部長が遠山金虎と話している。その様子を見て、周りの面々、奴の恐ろしさを知らない連中は、噂に聞く遠山金虎の、あまりにも一般人然とした雰囲気に戸惑っている。分かってねぇな、あの異常な強さを察知させない時点で、超一流以上の実力者なのだ。
これから、こいつと…考えると、胃の痛みが増し、油汗が流れ出し、歯を食いしばる。
「それじゃあ、主役も到着したことだし、始めようか。」
検事部長が手を叩きながら、そう言う。武検連中に俺以外の公安の面子も戦闘態勢に入り、殺気が放たれる。流石、武装検事様たちだねぇ。とんでもない重圧だ。それを一身に受けながら、平然としている遠山金虎は、怪我をさせないように、と注意する検事部長に、
「大丈夫です。力加減は以前より上手くなりました。」
と、伸びをしながら答える。更に、
「これで本気ではないでしょう?実力を知る為に、最初の10分くらいは、守りだけ…攻撃も反撃も無しでどうですか?」
と続ける。奴の実力を知らなければ、挑発だと思うだろうな。現に、その言葉を聞いた武検共は殺気を強める。そんな中、奴は、検事部長とまたふたりでなにかを話していた。
検事部長が見学席に着き、振り向く。
「さあ、みんな、遠山かなこさんから、お情けの10分を頂いたよ。全員、全力…殺す気で挑みなさい。では、始め。」
更に武検共を煽る。プライドの高い奴らだ、容赦なくいくだろう。
銃声が響き渡る。予想通り、早速おっぱじめやがった。
「獅堂さんどうします?」
可鵡韋が俺に聞いてくる。
「どうする?決まってんだろ、巻き添え食らわねえ様にしとけ。それとも、洗礼を受けてくるか?俺は、ごめんだね。」
四方から放たれる大量の銃弾を、片手でいとも容易く払い落とし、刃物を持ち襲い掛かる奴らを見切って躱している遠山を見ながら答える。反撃も攻撃もしていない。お情けの10分ってのはこれか。
「どうやら、お情けタイムなら、ぶっ飛ばされないようだぜ。行かねぇのか?」
灘がそれに気付いた様子だな。
「しゃあねぇ、行くか。」
三式班の面子にそう言うと、全員が頷き、戦闘態勢に入る。
「行くぞっ‼」
俺たちも乱戦の輪に入る。
さて、一撃くらいは入れたいもんだぜ。
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―冷泉為和視点―
訓練開始と同時に、遠山さんへ弾丸が大量に飛来する。やり過ぎだっ‼思わず言葉が出そうになる。殺す気で挑め、部長がそう言ったとはいえ、これは流石に…、既に刃物を装備した同僚たちも攻撃を仕掛けている。
そんな心配は杞憂に終わる。遠山さんは飛来する弾丸を片手で全て払い落とし、近接攻撃を仕掛ける連中の攻撃は見切った様子で躱している。それも、最初の立ち位置から、ほとんど動かずに。
2分程経過したが、遠山さんを取り囲み、幾度も攻撃が仕掛けられるが、未だに一撃すら入れられていない。そこに獅堂さん率いる公安0課の3式班も加わる。
「獅堂殿、遅かったな。」
獅堂さんからの攻撃を躱しつつ、遠山さんがそう言う。その言葉を聞き、嫉妬の炎が燃え上がる。彼には負けたくない。気安く彼女と言葉を交わすなんて、許される行為ではない。なんならどさくさに紛れて、絶対許さないリストのランクが上がった獅堂さんを狙って攻撃しようか…そんな悪い考えは、
「どうした冷泉、遠慮はいらんぞ。」
遠山さんの言葉でかき消される。この乱戦の中で、僕を見ていてくれていた。
「では、いきますよ。」
そうだ、助けられたあの時よりも、強くなった姿を見せるんだ。僕が素早く踏み込み、拳を突き出す。それに合わせる様に、取り囲む面々も一斉に仕掛ける。これなら躱せない。
彼女は、そんな僕たちの期待を一瞬で打ち砕く。攻撃を見切り、垂直に跳ぶ、そのまま宙を蹴り、浮かぶ。
「おい、あいつ超能力者か?」
その姿を見て、誰かがそう言う。遠山さんは、宙に浮きながらトントンと、空中を歩き、包囲の輪、その外に着地する。
「良い連携だな。…ん?」
着地した彼女がそう評価している時、地面から生えた鎖が彼女を縛る。超能力者の武装検事、宍戸梅。彼女の能力だ。
「動きは封じました。」
宍戸さんがそう言うと、遠山さんに鎌が襲い掛かる。全員がそれに続き、攻撃を放つ。超能力に弾丸、その他飛び道具が、縛られた遠山さんに襲い掛かる。
「成程、そういう類の攻撃もあるか。」
その言葉と同時に、彼女を縛る鎖が千切れ飛び、瞬時に飛来するそれらを払い落とす。
「少し力を込める程度で千切れたか。面白い技だが、脆いな。」
「そんな…」
宍戸さんが愕然とする。破られたことの無い技が、一瞬で砕かれる。そのショックは計り知れない。
目の前に立つ、強者、その実力差に、武装検事も公安も恐れを抱く。噂通り、いや、それ以上に強い。それを倒すには…
お互いの立場、その垣根を越え、武装検事と公安が連携して行動を開始する。超能力者たちがそれぞれの能力を発揮し、近・中・遠、全ての距離、方向から何度も、繰り返し攻撃を加える。
「まあ、そうなるだろうな。」
全ての攻撃を打ち消し、平然と立っている遠山さんを見て、撃ち尽くした弾倉を交換しながら、獅堂さんが呟く。力を使い果たした超能力者たちは息を切らし、汗をかいている。どうやったって勝てない。そんな感情が蔓延する。自分たちの持てる全てをぶつけ、有効な一撃すら入れられていない。全員に諦めが生まれる。
遠山さんとの距離をとり、睨み合う形にはなっているが、誰も動かないし、仕掛けない。静寂の中、時間だけがゆっくりと過ぎていく。その静寂を破る様に、部長の声が聞こえる。
「さあ、10分経過したよ。」
その声を聞いた遠山さんは、部長を見て、頷く。
「安心しろ、怪我はせぬよう加減はする。」
その言葉と同時に、尋常ではない殺気が放たれる。息をするのも苦しい程の圧迫感。疲労の強い超能力者たちの中には、その殺気だけで膝をつく者もいる。
なんとか気を強く持ち、踏ん張る僕たちの視界から、彼女が消える。そして、ひとり、またひとり、と倒れていく。目の前で起こる現象に、戸惑いと恐怖が宿る。しかし、僕は立ち向かう覚悟を決める。遠山さんに実力を示す。僕に少しでも彼女の視線が向くように、その為に今まで頑張ってきたのだ。ここは最高の舞台なのだ。そう自分に言い聞かせ、構えをとった。
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―武偵庁長官視点―
今後、彼女は、どのように扱っていくべきなのだろうか?飛び入りで無理矢理見学している『武検、公安合同強化訓練』、その様子を見て考えていた。与えた10分間のハンデ、それを眺めながら周りを見る。予想はしていたが、実際に目の当たりにすると、やはり驚きがある。見学中のお偉いさんや政治家たちも、その力量差に驚愕している。ただひとり、検事部長だけが、さも当然の様に、眺めている。
「さて、時間ですね。」
その彼が腕の時計を見て、そう言って、立ち上がる。
「さあ、10分経過したよ。」
大きくはないが響く声で、睨み合い状態となった彼らに告げる。その声に遠山かなこが頷くのが見えた。その後、
「うっ!?」
隣りに座るお偉いさんが圧に屈する。当然だろう、彼女の放つ殺気がこちらまで届いている。この距離でこれだけ圧だ、それを近距離で当てられる彼らが気の毒になる。
「始まります。しっかりと見ていないと見逃してますよ。」
私に、検事部長がそう告げる。一瞬だった。言われなければ見逃しただろう。彼女は、とんでもない速さで移動し、彼らを一撃で沈めていく。彼らのほとんどが、その速度を捉えることが出来ておらず、見えない敵に倒されている恐怖を感じていることだろう。
「凄いな。」
そんな感想しか出て来ない。倒した者に怪我も負わせていないようだ。あれだけの動きをしながらも、しっかりと手加減している。強者故の余裕だろう。
「ええ、凄いですよ。これだけ手加減出来る様になったんですから。金叉くんも、これを見たら喜ぶでしょう。」
「…ん?」
検事部長は、私とは違う感想を抱いたようだ。
「昔は、怪我をさせないように加減しても、威力が高すぎて、相手を吹っ飛ばしてしまっていましたが、今はその場に倒れる程度まで抑えられている。随分と努力したでしょうね。」
「つくづく化け物だな。」
素直な感想を口にする。
「加減が上手くなったということは、力のコントロールが上手くなったということです。以前よりも格段に強くなっているでしょうね。」
「私と君で、彼女とやり合ったら、どうなる?」
「彼女が本気なら、数秒耐えたら上出来でしょうね。それこそ、一瞬でこの世から跡形もなく消えている方が、可能性としては高いでしょうね。」
この化け物は、世に解き放ってよいのだろうか?私の考える二択、そのうちのひとつが、候補から消えかけていく。
「残ったのは、獅堂くんだけですか…」
検事部長がそう呟く。鍛錬場には、死屍累々と化し、立っているのは、遠山かなこと公安0課の獅堂だけだ。もっとも、彼が強かったから立っているのではない、ただ単に最後の標的になっただけだ。
なんとか逃げようともがく獅堂に、容赦なく一撃が加えられる。ドサッと獅堂が倒れる。終わったな。さて、帰るか。そう思った時、
「冷泉くん…!?」
検事部長が呟く。その言葉には驚きが含まれている。私も、鍛錬場に再び目を向ける。倒れている武装検事、その中のからひとり立ち上がる者がいた。
「タフだな。」
「いえ、彼はどちらかというと頭脳派で、戦闘能力は新人の中でも下の方です。」
「なんだと!?」
だからこそ、検事部長は驚いたのだろう。ふらふらと立ち上がり、戦闘態勢をとる彼に、遠山かなこも少し驚いた様子だ。そんな彼は、果敢にも遠山かなこへと攻撃すべく、踏み出していく。そして、当然の如く打ちのめされる。今度こそ終わったか。そう思う我々の考えを否定する様に、再び立ち上がる。もう意識もほとんどないだろうに。
それから、何度も何度も、打ちのめされては起き上がり続ける。無謀だが、素晴らしい根性だな。仮に私が同じ立場であったなら、最初の一撃で諦めていただろう。勝てるわけがない相手に、必要以上に挑むことはしない、足元にも及ばないと悔しくは思うだろう。だからといって、この場でそれを越えようと、立ち上がることはしない。私なら、再度挑む時までに、対策を考える。そう言い訳し逃げるだろう。
何度も起き上がる彼に、思うところがあったのだろう。彼女も、一撃で倒すのをやめ、彼に攻撃の時間を与えている。全ての攻撃をあしらわれて尚、彼は攻撃をやめず、進み続けているが、限界なのは、誰の目で見ても明らかだった。
それは、彼女も感じていたのだろう。彼の攻撃を避け、一瞬で彼の首、そこに足を絡め、床に仰向けに倒す。そのまま、動脈を絞め上げ、落としにかかる。彼は必死にもがいているが、意識が遠のいているのだろう。そして、落ちる瞬間、
「ありがとうございます。」
彼の声が聞こえた。大した奴だ。
もう起き上がる者はいない。彼女だけが立っている。その光景を見ながら、
「彼の名は?」
「冷泉為和です。」
「そうか、覚えておこう。彼は強くなるな。」
そう言って、席を立つ。
======================================
―冷泉為和視点―
姿が見えなくなった遠山さんの攻撃は続いている。次々と倒れていく仲間たち。どこだ、今、どこにいるんだ。目を凝らし、彼女の姿を追う。またひとり倒れる。ダメだ、見えない。その時、鋭い痛みと共に、意識がかき消される。速すぎる。なにも出来なかった。
「さて、獅堂殿は頑丈だからな。一発では足りないだろう?」
「待て、なんでそうなる。」
「なに、遠慮はいらん。存分に受け止めよ。」
「だからなんで―」
遠山さんの声が聞こえる。その声で意識が戻り始める。もうひとりの声は…獅堂さんか。
「さあ、いくぞ。」
「ごふっ。」
うつ伏せに倒れた体から、頭だけを上げて、朧気な意識でその様子を見る。獅堂さんに遠山さんの拳が放たれたのだろう。
「なんで俺だけ6発も…」
獅堂さんがそう言い残し、倒れていく。その言葉で意識が覚醒する。『俺だけ』…獅堂さんの言葉に奮い立つ。彼だけが特別扱いなんて許せない。痛む体を起こし、立ち上がろうとする。痛みはあるが、彼女の宣言通り、怪我はない。あれだけの威力の拳で怪我をさせないのは、どういう原理なのだろうか?違う、それは今考えることではない。
フラフラと立ち上がった僕に、彼女も気付いたようだ。
「起きれたか…、私はお前を見くびっていたようだ。」
遠山さんが、少し驚いた様に言う。
「僕も、少しは強くなりましたから。」
そう、今立ち上がったのは、彼女が知る、ひ弱な中学生だった僕ではない。貴女に認められる為に、努力してきたのだ、たった一発の攻撃で倒れるわけにはいかない。
「そうか…しかし、無理はするな。」
フラフラな僕を見て、彼女がそう言う。
「無理ですか…無理してでも挑みますよ。負けられないんです。」
そう言って、戦闘態勢をとる。そう、負けられないのだ、獅堂さんには。
「…男の覚悟を無碍には出来ぬ。お前の納得いくまで相手してやろう。」
そう言うと、姿が消える。そして、
「ぐはっ。」
鳩尾に衝撃が走り、膝をつく。痛い、しかし、最初に食らった一撃よりも弱い、加減してくれている。
「ぐぅぅっ。」
歯を食いしばって立ち上がる。痛い、痛いが、遠山さんの拳が僕に触れている。そう思うと痛みが快感に変わってくる。少し過激なスキンシップ。そう考えると、なんとも幸せな気分になる。なんだ、最高のご褒美じゃないか。
「大した奴だ。金次よりも根性があるかもしれなんな。」
立ち上がった僕を、遠山さんが褒めてくれる。ご褒美を貰えて、更に褒められる。なんて最高のシチュエーションなのだろう。
「まだまだ…」
そう、まだまだ足りない。獅堂さんは6発、なら僕はそれ以上。何度も攻撃を受け、何度も倒れる。その度に起き上がる。彼女が僕に与える痛みは、快感に変換され、恍惚の表情で起き上がる。
このやり取りが続くこと12回目、獅堂さんの2倍稼いだ僕に、
「あれだな、なんというか、こうも無抵抗だと、やりずらい。」
遠山さんが僕から距離を取り、そう言う。なんと、僕は彼女を困らせていたのか!?気まずそうする彼女を見て、思わず自害してしまいたくなる衝動を抑え、
「では、遠慮なくいきます。」
彼女が求める通りに動く。彼女へ近づき、攻撃を行う。当然の如く全てのあしらわれながら、
「根性はあるが、技量が足りんな。強く、速く、この2点を追求するだけで変わるぞ。」
アドバイスをくれる。
「ありがとうございます。」
僕の拳を、彼女の手が払っていく。彼女と会話し、手と手が触れ合う、その嬉しさで天にも昇りそうだ。
しばらく攻撃を続けていたが、異変が起こる、痛みを快感に変換していた脳内麻薬が切れた。痛みに体がふらつく。
「限界だな。」
遠山さんが、この素敵な時間をやめようとする。
「まだ…やれます。」
終わらせたまるか、おぼつかない足をなんとか踏み出して、拳を、繰り出していく。
「仕方ないか…」
僕の拳を、くぐり抜けながら、彼女が呟く。
彼女の姿を見失う。それと同時に、首に圧力と重みがかかり、仰向けに倒れる。
「もういい、眠れ。」
彼女の声と同時に、首にかかる圧が強まる。苦しみから、なんとか拘束を解こうと、首を絞めるものに触れる。…あれ、これって遠山さんの脚だよな…
脳内麻薬が急激に分泌される。苦しみも、痛みも、全て快感に変換される。頭を動かし、手を動かし、彼女の脚の感触を堪能する。スーツの生地越しに伝わる感触、最高です、遠山さん。
しかし、それも長くは続かない。酸素が不足した脳が意識を閉ざし始める。その前にやらねばならないことがある。こんな最高のご褒美をくれた彼女に伝えなければ。
「ありがとう…ございましたっ!」
その言葉と同時に、意識が飛んだ。
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―遠山金虎視点―
はじめは、起き上がってきた冷泉に、少し驚きを覚えた。私には、中学生の時のひ弱な冷泉のイメージしか持っていなかった。しかし、あれから何年も頑張っていたのだと、素直に感心する。だが、その脚はおぼつかない。
「そうか…しかし、無理はするな。」
怪我などしては意味がない。これは鍛錬であり、実戦ではないのだから。
「無理ですか…無理してでも挑みますよ。負けられないんです。」
負けたくないか…意地だけで向かってくる気力、随分と男らしくなったな。
「…男の覚悟を無碍には出来ぬ。お前の納得いくまで相手してやろう。」
冷泉に向かい、移動する。大した覚悟とはいえ、先程のダメージも残っているだろう。更に威力を落とし、鳩尾を軽く拳で叩く。そのダメージで膝をついた冷泉は、歯を食いしばって再び立ち上がってきた。
「大した奴だ。金次よりも根性があるかもしれなんな。」
そう言うと、冷泉は薄っすら笑みを浮かべて、
「まだまだ…」
と呟くので、仕方なく、再度拳を放つ。それを受け、冷泉が倒れる。そして、起き上がってくる。それの繰り返しが続く。起き上がる度に笑みを浮かべる冷泉に、気味の悪さを感じる。それに、無抵抗の人間を殴るのも気が引ける。逃げるなり反撃なりの気概を見せてくれたら、ここまでやりずらいという気は起きないだろう。
「あれだな、なんというか、こうも無抵抗だと、やりずらい。」
そう、このよく分からない感覚は上手く言葉に出来ない。気味が悪いというべきか、気持ち悪いというのか?とりあえず、この不可解な状況の変化を求めるべく、そう伝える。
「では、遠慮なくいきます。」
私の言葉を聞いた冷泉が、こちらに踏み込み、拳を放ってくる。それを手で受けたり、払ったりしながら、根本的な速度と威力が足りないとアドバイスを送る。それに対し、礼を言ってくる冷泉と、しばらく組み手を続けていると、奴の足がふらついた。
「限界だな。」
これ以上の鍛錬は無意味だ。
「まだ…やれます。」
ふらつく足を踏み出し、更に攻撃を繰り出してくる。これは言っても聞かないのだろう。ならば、
「仕方ないか…」
冷泉の攻撃をくぐり抜け、スルリと奴の首に脚を絡めて体重をかけると、仰向けに倒す。
「もういい、眠れ。」
そう伝え、絞め上げていく。言っても聞かないなら、強制的に休ませてやるしかない。幼き頃、金一や金次が寝れない時に、よくやってやったやり方だ。何故かあいつらは難しいことを考えても寝れないらしく、こうやって寝かしつけていた。他にもチョークスリーパーなどもしていたな。
昔を懐かしみながら、冷泉を絞めていると、苦しいのか抵抗する奴は頭や手を動かし、藻掻くが、抵抗が弱くなってくる。そろそろ落ちるな。そう思った時、
「ありがとう…ございましたっ!」
そう叫び、落ちた。殊勝な奴だ。ここまで痛めつけられ、恨み言ではなく礼とはな。
眠った冷泉を丁寧に寝かせてから立ち上がる。
「終わりました。」
部長殿に向かってそう言う。
「見事だったよ。随分と加減が上手になったね。」
「ええ、父上の教えに従い、今までその鍛錬を行ってきました。おかげで以前よりも拳にキレが出ました。」
シュッ、シュッと正拳突きをしてみせると、拳から衝撃波が放たれた。…しまった、加減を間違えた。
ドガンと音が響き、壁に穴が開く。
「あー、上手くなったけど…まだまだのようだね。」
「すみません、つい。」
申し訳なさと、少し気を抜くと加減を誤る己の未熟さに頭を下げる。
「まあ、今回は気にしないでいいよ。壁はこちらで直しておくから、お茶でも飲んでおいで。」
そう言って、部長殿が鍛錬場の出入口を指す。
「すみませんでした。」
そう言って、鍛錬場を出る。自動販売機でお茶を買い、それを飲みながら自分の拳を見つめる。思いのままに、力を加減出来る様にならねば…ここ数年の鍛錬で上手くなったと過信していた。今日は、己を見つめ直す良い機会となったな。
その後、目覚めた冷泉に送られて、家に着く。食事を食べ、風呂に入る。湯船に浸かりながら、拳を握る。
「まだ私は弱い。」
更に強くならねば。そう決意した。