緋弾のアリアif~遠山家最強の姉~   作:トリプルツレー

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虎、世界の舞台に立つ(メジャーデビュー)

―遠山金虎視点―

 

 

 ミラと共に日本帰国後、適当に観光をしていた最中、

「姐さん、俺、日本を拠点にする。」

 ミラがそう言ってくる。日本を気に入ってくれた様だ。家を買う為、不動産屋に赴くらしく、連絡先を交換し、別れた。

 ひとりになった私は、手に持っている土産の入った紙袋を思い出した。

「まずは、金一からだろうか?」

 金一が留守でもパトラがいるだろうし、土産を渡し、その後は金次、その後妹たちに渡しに行こう。金三は連絡しておくか。そう計画を練る。

 計画が決まり、行動を開始する。

 

 ピンポーンというインターホンの音を鳴らすと、中から足音が聞こえてくる。金一だな。いいタイミングだった様だ。

 ガチャッ、と玄関の扉が開く。

「金一、土産だ。」

「姉さん、何処行ってたんだ‼大変なことになってるんだぞっ‼」

 

 

 

==============================

―遠山金一視点―

 

 

 姉さんがいなくなり、数日、官邸は予想外の行動を取った。

 姉さんを私兵として一旦引き渡し、諦めさせる。そういう計画で、姉さんの力とポンコツ脳を見せ、諦めもらう予定だった。しかし、官邸は資料だけに目を通し、とんでもない決定を下した。

「国連に出席する総理の護衛をしてもらう。」

 最も回避すべき選択、姉さんを公の場に出す。そんな決定だった。当然、関係者は一斉にその決定の取り止めを申し出たが、

「旧政権にて、人権侵害に等しい扱いを受けた有能な人材を救済する。」

 と全く聞き入れなかった。これは、武偵庁、武検、公安各所の上層の新政権の短絡的な思考を読み切れなかった、読みの甘さ故に引き起こされたことである。早速姉さんの身柄を抑えようと乗り出した内閣府だったが、姉さんはおらず、俺たち遠山家の人間だけでなく、関係者にまで事情聴取が行われた。その際に全員が口をそろえて言った言葉、

「姉さん(遠山金虎)だから仕方ない。」

 それが真実だと信じずに、躍起になって姉さんを探していた。そして国連開催が明後日に迫る今日、

 

「これはパトラと生まれてくる子の分だ。」

 そんな渦中の人であるはずの姉は、吞気に土産を手に帰国して、俺の家にいる。

「姉さん、俺の話を聞いてるのかっ!?」

「義姉上、土産は有難いが、とりあえず、キンイチの話を聞いてはくれんかの?」

 そう、このバカ姉は俺の話を無視し、土産を並べている。

「聞いている。こくれん?とやらに行き、他国の強者と手合せすればよいのだろう?」

「聞いてないじゃないかっ‼それは最悪の手だ。」

 そんなことをすれば、姉さんは世界中でブラックリスト入りする。まだなってないのが驚きではあるけど…

「では、かんてい?とやらを殴ればいいのか?」

「やめろっ‼なんで殴る以外の選択肢がないんだよっ!?」

 このバカは、本当にそれをしてしまう可能性があるから油断ならない。

「どうしろというのだ?」

「頼むから大人しくしていてくれ。」

「私は常日頃から大人しいぞ。」

「「どこが(じゃ)?」」

 ダメだこのバカ姉、なんとかしないと…

「分かった。絶対に自分から仕掛けないでくれ。正当防衛だけは認めるから…」

「弟の頼みだ、仕方ないが了承しよう。」

 なんで俺が我儘言ってるみたいになるのだろうか?

 

「では、私は金次たちに土産を渡しに行くとしよう。」

 と立ち上がる姉さんに、

「そういえば、なんでスコットランドに行ってたんだ?」

 純粋な疑問をぶつける。

「…何故私がス…スッコ…そこに行っていたと分かる?」

「スコットランドな。土産で分かるよ。」

 タータンチェック柄で埋め尽くされた土産を見てそう答える。

「旅順要塞を落としてきた。」

「スコットランドで旅順?」

 何を言ってるんだこの人?

「義姉上、もしかしてそれは人かのぉ?」

「そうだぞ。ミラだ。」

 要塞、ミラ、パズルのピースが嵌る。ミラ・ミハイロヴィチ、『要塞』の異名を持つ最強の傭兵。そいつと戦ってきたのか…

「堅牢な要塞であったぞ。私も、奥義を出さねば破れぬ防御であった。」

 姉さんの攻撃をも凌ぐって、化物かよ。それ以上の化物が目の前にいるが…

「妹分になったので、今日本にいるぞ、今度お前たちにも会わせるとしよう。」

 最強で最悪のタッグが誕生してしまった。

「では、失礼する。」

 姉さんはそう言い残し、いつも通り姿を消す。

 

 太田胃散飲んどこう。

 

 

 

==============================

―キンジ視点―

 

 

「しかし、狭めぇな。」

「南向きなのに日当たりも悪いですね。」

「海側近ぇから湿気がウゼェな。」

「家賃が安いんだ、仕方ないだろうがっ‼文句あるなら出てけっ‼」

 俺の新居をディスられ、怒り心頭に叫ぶ。

 現在、俺の部屋には元公安0課三式班の連中が屯している。今回、妖刕がいないが、灘や可鵡韋だけでなく、獅堂や大門坊の様な大男までいるせいで、部屋はすし詰め状態だ。

「まあ、悪く思わないでくれや。俺たちだって上の命令で仕方なくいるんだからよ。」

 何をトチ狂のか、新政権の政治家たちは、国連に出席する総理の護衛を姉さんにさせようと画策しているらしく、獅堂たちは、姉さんの捕獲の命令を受け、ここにいる。が、

「仮に姉さんがここに現れたとして、お前たちで対処出来るのか?」

 獅堂を筆頭に、この面子は確かに強い。それは分かっているが、どうしてもここにいる全員でも姉さんを捕まえることは不可能だと思ってしまう。

「無茶言うんじゃねぇよ。あいつの出鱈目っぷりは身に染みて分かってる。一秒でも釘付けに出来れば上出来って相手だぜ。」

 俺の問いに獅堂が首を振る。

「じゃあなんでまだ居んだよ。帰れよ。」

 ここに居ても時間の無駄じゃないですかねぇ。お願いだから帰って下さい。いや、帰れ。

「俺たちだって、好きでこんな狭い部屋にいるんじゃねぇよ。出来れば帰りたいが、仕事なんだ、仕方ねぇんだよ。」

 大人って大変だなぁ。だからといって、俺の家を不法占拠するのはどうなんですかね?

「上からの命令だと、遠山先輩を人質に取る筈だったんですけどね。」

 可鵡韋がそんなことを言う。

「筈だった、ってことは、その計画は白紙になったのか、正解だと思うぞ。」

 姉さんはそういう姑息な真似が大っ嫌いだから、人質の俺諸共殴り飛ばされていただろう。

「たりめぇーだ、んなことしたら俺たちまとめて月まで吹っ飛ぶぞ。」

 どうやら獅堂がその辺は分かっていたらしい。獅堂の例えに誰も疑問を抱かないあたり、こいつらも姉さんから何かしらのトラウマを与えられてると見た。

「とりあえず、接触して後は知らん。仕事しました感出すだけだ。」

 それでいいのかよ、公務員…

 

 こいつらに早く帰って欲しいので、姉さんに早く来て欲しい反面、来たら必ずややこしいことになりそうなので来て欲しくない。そんな相反する思いが渦巻く中、玄関の扉を叩く音がする。

 ピリッ、と連中の空気が重くなる。仕事してます感が出てるなぁ。もうどうにでもなれ。そう思い扉を開ける。

「金次、帰ってきたぞ。土産だ。…随分と客人が多いな。」

 紙袋を俺に渡しながら、そう言う姉さん。

「姉さん、実は…」

 事情を説明しようとする俺に、

「金一から話は聞いた。とりあえず、上がって話すぞ。」

 と部屋の中に進んで行く。果たしてあの姉さんが、兄さんの説明を正しく理解出来ているのだろうか?

 

「よう、遠山の姉さん、この間ぶりだな。」

「公務ご苦労、獅堂殿。」

 姉さんと獅堂が相対する。

「早速本題に移らせてもらうが、一緒に来てもらう。いいな。」

「構わん、金一から聞いている。なんとやらの会議に同行し、大人しく殴ればいいのだろう?」

 うん、一ミリも分かってないな。

「あんた、戦争でもおっぱじめる気か?」

「そんな気は毛頭ない。故に大人しく殴ると言っているであろう。」

 大人しくと殴る、矛盾してませんか?

「あー、分かった。とりあえず、その辺は武検に任せるとして、俺たちと来てくれるんだな。」

「そう言っているであろう。それで丸く収まるなら、私は構わん。」

 丸く収める気あるんですかね?

「よし、んじゃ一緒に来てもらうぜ。」

 そう言って、大きく息を吐く獅堂、平然を保とうとしているが、かなり気を張り詰めていた様だ。

「金次、そういう訳で金女と金天に直接渡せなくなった。お前から渡しておいてくれ。」

 そう言って、チェック柄の衣装と帽子を纏った色違いのテディベアを2体、テーブルに並べる。

「あ、ああ、分かった。」

「そうだった、白雪にもこれを。占いの礼だと言っておいてくれ。」

 そう言って、俺にくれた土産と似た紙袋を渡してくる。

「それはいいんだけど…姉さん本当にいいのか?」

 今まで自由気ままに生きてきた姉さんが、こんな仕事を引き受けるなんて、考えられない。俺の質問に姉さんではなく、獅堂が

「まあ、武検や武偵庁のエリートも同行する。上手いこと補佐してくれる、心配いらねぇさ。…いや、無理だな。」

 と答える。やっぱダメじゃん。

「ダメじゃないか‼なんでそんな無謀なことすんだよ。」

「うるせぇ‼政治家共に聞けっ‼俺だって嫌だよっ‼」

 そんな俺と獅堂の口論に、割って入る姉さん。

「全く、私が同行するのだ、問題など起きる訳がないだろう。集う強者たちを全てこの拳で打ち砕いてみせよう。」

 はっはっは、と豪快に笑う姉さん。うん、もうダメみたいだ。

「では行くぞ、獅堂殿。」

 と獅堂を引っ張る姉さん。

「分かった、分かったから引っ張るな。肩が外れそうなんだが。」

 ズルズルと引きずられる獅堂が振り向き、

「おめぇらいくぜ、それで任務完了だ。遠山、邪魔したな。」

「本当にな。」

 ようやく暑苦しい男どもが去っていく。平穏が戻り、ひと息つく、

「絶対、碌なことにならないだろうなぁ。」

 

 

 

==============================

―冷泉為和視点―

 

 

 

 遠山さんが検事局にいる。しかも僕の隣の席に。それ自体は凄く嬉しいし、幸せな時間ではあるのだけど、それ以上に胃が痛くなる状況だった。

「遠山さん、それで、何処に行ってたんですか?」

「スコ…スッ…すっとこどっこい?だったかな?」

「スコットランドだと思うぞ。土産がタータンチェック柄で埋め尽くされてた。」

 遠山さんを連れて来た獅堂さんが遠山さんをフォローする。

「なにしに行ってたんです?借りを返しに行くって言ってましたけど。」

「言葉の通りだ。」

 ダメだ、さっぱり分からない。

「まあ、今回は大目に見ますが、次回以降は、しっかりと事前に連絡と説明をお願いしますよ。」

「分かった。」

 素直に頷く遠山さんを見て、

「まあ、いいじゃねぇか。お陰で慌てふためく政治家どもが見れたんだからよ。」

 そう言って笑う獅堂さん。

「でも、結局しわ寄せが来てるじゃないですか。」

「確かにな。でも俺の仕事は終わったんだ。後は任せるぜ。」

 そう言って、帰っていく。彼の言う通り、ここからは僕の仕事だ。なんたって、僕は遠山さんの担当者なんだから。

「遠山さん、明日から移動を開始します。僕と別に2人武装検事、それと武偵庁からも3人で今回の護衛任務に当たります。」

「それで?」

「今回、僕は遠山さんの通訳として同行しますが、向こうでは僕の指示に従って貰います。」

 本来ならば、彼女に命令するなど恐れ多くて出来なかっただろう。だけど、今回の結果次第では、彼女の処遇が悪化する可能性がある。心を鬼にして任務に当たる所存だ。

「分かった、可能な限り従おう。」

 大丈夫だろうか?最大の問題点は、彼女を止める手段を持たないということだ。同行する全員が束になっても絶対に勝てない相手、それが遠山さんだ。だからこそ、今回の任務において重要な役割となるのが僕であり、そのプレッシャーが胃痛の原因でもある。

「本当に、お願いしますよ…」

 

 アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市、マンハッタン。そこにそびえ立つ国際連合本部ビル、その中に僕たちはいる。

 今更にはなってしまうが、そもそもが武偵でも武検でも、警察でも自衛官でもなく、そういった訓練も教育も受けていなければ、経験もない遠山さんに、護衛任務をいきなりやらせるって、なに考えているんだろう。

 立ち並ぶ各国の護衛たちが尋常ではない雰囲気を醸し出す。全員が超一流の武偵や軍人だ。少しでも怪しい動きを取れば命はないだろう。そんな中に通訳という名目ではあるが、新人のペーペーたる僕がいるのは異様だろう。ここにいる誰が相手でも勝てるビジョンが浮かばない。

 でもそれ以上に異様な存在が、護衛任務だというのに、飛行機の中で爆睡していた遠山さんだ、今はスーツでバッチリと決めた凛々しい姿で腕組みし立っている。立ち振る舞いだけだと、首相よりも遠山さんの方が偉そうな感じがする。

 そんな彼女を見た他国の護衛たちの一部が、驚愕と絶望の表情を浮かべている。そんな彼らを見て遠山さんが、

「なんだ、強者が集うと思っていたが、倒してきた者たちが多いではないか。」

 …は?

「と、遠山さん、それはどういうことです…?」

「どういうこともなにも、旅をいていた時に手合せし、勝利した。それだけだ。」

 あれとあれと…と立ち並ぶ他国の護衛たちを指していく。指された者たちは、ビクッと小さく震え、大量の汗が噴き出ている。遠山さん、あなた何やってるんですか…

 そんな中、彼女に指されなかったひとりが、殺気を放ちこちらに向かおうとした。恐らく侮辱と受け取ったのだろう。そんな彼の肩をがっしりと大男の手が掴み、何かを言っている。彼と同じ国の護衛だ。声が小さく、なんと言っているのか分からなかったが、青ざめた表情の大男の表情と、それを見てこちらに向かっていた男も元の位置に戻る。

「遠山さん、刺激しないで下さい。」

「私はなにもしてないぞ。」

「人を指さすのは失礼ですよ。」

「そうか、悪いことをしたな。以後気を付ける。」

 彼女に挑発する意図はなかったらしい。純粋に僕に誰と戦ったのか教えようとしてたのだろう。

「しかし、退屈だな。やることがないぞ。」

 何もないに越したことはないんですよ、遠山さん…

 

「いやぁ、噂にたがわぬ武勇みたいですねぇ。ただ居るだけで他国の優秀な護衛たちを牽制するとは。」

 そう言って、遠山さんに話しかける男。確か、総理の第一秘書だったっけ?

「なにかご用でしょうか。」

 遠山さんの代わりに僕が尋ねる。なんだか、この男からは嫌な感じがする。

「遠山かなこさん、貴女に大切な話があるんです。」

 僕を無視し、彼女に話しかける。

「大切な話?」

「そうです。この短時間で十分に分かりました。貴女は大変優れた能力を持たれている。前政権が貴女の存在を隠蔽していましたが、全くもって愚かなことです。貴女に相応しい地位を用意します。これからは我々の為に働いて貰います。よろしいですね。」

 こいつは何を言っているんだ。遠山さんをお前たちの犬にするなんて許されない。思わず拳を握る。そんな僕を見て、

「これは総理の意思でもあります。…分かりますよね。」

 ニヤァ、といやらしい笑みを浮かべるそいつをぶん殴ってやりたくなる。しかし、職務上それは許されない。悔しさに握った拳が震える。

「断る。こんなつまらぬこと、二度とやるか。冷泉、あとどれ位で終わるんだ?」

「遠山さん…まだ始まったばかりですよ。」

 あっさりとNoを突きつける遠山さんに、思わず笑いそうになりながら答える。でも同時にこれで引き下がる連中ではない筈だ。明らかに不機嫌になった秘書が、

「貴女に拒否権はないんですがね…」

 怒りを抑えた笑みで彼女に詰め寄る。

 

「遠山家の兄弟。遠山キンイチ…、遠山キンジ…、ああ、長男には妻とお腹に子がいましたねぇ。」

 下衆な笑みを浮かべる。こいつらっ…

「手を回しています。貴女が従わなければ…分かりますよねぇ。」

「お前たちが用があるのは私だろう…」

 遠山さんから、有り得ないレベルの殺気が放たれる。モロに受けた秘書が泡を拭いて倒れてしまった。遠山さんはそれを踏みつけ、ずんずんと歩き出す。

「遠山さん、待って下さい。何処に行くんです。」

 まさか総理を…そんな考えが過る。遠山さんの怒りは最もだが、それはマズい。

「日本。弟だけでなく、義妹とその子にまで手を出そうというのだ。容赦はせん。」

 そっちか…それでもマズい。それは任務放棄になってしまう。僕は、彼女の行く手を遮る様に立ちはだかる。

「至急、検事局に連絡を入れます。弟さんたちは保護させるので、お願いです。踏みとどまって下さい‼」

 別の武装検事がすぐに連絡を入れ始める。それでも、

「どけ、うっかり殺してしまいそうだ…」

 殺しは絶対にしない。それが彼女が自身に科した誓約。それさえ破ってしまえる程、彼女の怒りは大きい。

「お願いです遠山さん、行っては行けません。貴女が動けば―」

 言葉の途中、左手で胸倉を掴まれ、持ち上げられる。襟が締まり、呼吸が出来なくなる。

「どけと言ったぞ…これ以上怒らせるな。」

 先程まで以上の殺気を放ち、遠山さんが静かに僕に告げる。死刑宣告に等しい言葉を受けながら、それでも止めなけれならない。彼女とその家族を守る為に…

「遠山さん…貴女が動けば…遠山家にまでも被害が…出ます…」

 息も絶え絶えにそう言うと、遠山さんの眉が微かに動き、胸倉を掴む力が少し緩む。

「必ず武装検事が、貴女の家族を守ります…だから、任せて下さい…信じて下さい、遠山さんのお父さんと同じ武装検事たちを…」

 手が放された。解放された僕は、床に膝をつき、ゴホゴホと咳をする。そんな僕を一瞥し、遠山さんは元の位置に戻る。この場に留まらせることには成功したが、彼女の怒りは収まっていない。ひと言も喋らなずに、目を閉じて立っているが、漏れ出す殺気は更に増している。今出来ること、それは彼女をこれ以上刺激しない。それだけだった。もし、これ以上彼女の怒り触れる様なことがあれば、ここ、国連本部ビルは無人の荒野と成り果てる、そんな気がした。

 

 もう何日も立ち続けているのではないかと思う程、精神的疲労が蓄積する数分間、ようやく検事局から連絡がきた。

「遠山さん、対象の保護、完了しました。もう大丈夫です。」

 実行犯の確保も完了している。後は依頼人を芋づる式に特定するだけだ。

「そうか。」

 遠山さんは、目を閉じたままそう答え、少しずつ殺気を抑えていく。完全に腹の虫が治まった訳ではない様子で、殺気が漏れている。

「くだらぬ計画をした者に伝えておけ。次は無い。私の家族に指一本でも触れたなら、例え世界中を敵にしてでも容赦はせん。」

 ゆっくり目を開き、僕にそう言う。その瞳に優しさなど欠片もなく、僕に対して向けた瞳でも、言葉でもないのは分かっているのに、それでも心の奥底から恐怖がこみ上げてくる。

「わ、分かりました。必ず黒幕を見つけ、伝えます。」

 僕の返事を聞き、また少し殺気が弱まる。

「冷泉、先程はすまなかった。止めてくれ、感謝する。」

 遠山さんは、さっきとは違う、いつもの優しさのある瞳でそう言った。

 

 会議が終了し、護衛たちも帰国の準備の為に動き始める。しかし、誰もが動きはぎこちなく、遠山さんを警戒しながらも、刺激しない様、細心の注意を払って動いている。

 恐らく、ここに集う超人たちは、遠山さんの名前と容姿、そして秘めた力を本国に報告するだろう。今まで隠されてきた彼女は、世界で知られる存在となってしまった。今回の任務は、彼女にとって何一つメリットのない、最悪のものだった。

 

 

 

 

==============================

―サイオン・ボンド視点―

 

 

 怪我が完治した後、最初の復帰任務として、国連会議に出席する首相の護衛を任された。本会議場付近に待機していると、各国の護衛として選出された者たちも集まっている。武偵や警官、軍人など職業は違えど、誰もが超人と称される実力者ばかりだ。

「なんだ、強者が集うと思っていたが、倒してきた者たちが多いではないか。」

 そう言って、何人かの日本人と共に現れた女を見て、完治した筈の左腕が痛む。何故、奴がいるんだ!?

 あの女に驚いているのは俺だけではないようで、この場の半数近くが、奴を見て、驚き、青ざめる。そんな奴が、ひとり、またひとりと指差していく。指差された者たちは、びくりと小さく肩を震わせる。成程、あいつらも俺と同じ被害者か。

 そんな奴の態度に腹を立てたひとりが、詰め寄ろうと踏み出した瞬間、同僚の大男に肩を掴まれていた。その表情は必死だ。微かに聞こえた会話の内容は、

「絶対に刺激するな。死ぬぞ。」

 大男の気迫に負けたのか、納得していない様子で男が戻っていく。間違っていない警告だと思う。止めてもらってなければ、あいつも俺たちの仲間入りを果たしていただろう。

 

 しばらくして、ひとりの男が奴と話していた。男の感じからして、政治家、もしくはその秘書。立ち振る舞いからして、戦闘に関しては素人なのが分かる。断片的だが、会話が聞き取れる。奴の名はトウヤマ・カナコと言うらしい。トウヤマ・キンジの関係者だとは思っていたが、もしかして、姉なのだろうか?

「遠山家の兄弟。遠山キンイチ…、遠山キンジ…、ああ、長男には妻とお腹に子がいましたねぇ。」

 男の言葉が微かに聞こえた。俺は以前、『トウヤマ・キンジ』の名を出したことがきっかけで奴と戦闘になった。嫌な予感がした。

 その後、少し会話をしていたが、なにか、奴の逆鱗に触れたのだろう。今まで感じたことのない程強大な殺気が放たれた。…あいつ、手加減していたな。以前戦った時とは全く違う殺気、己の全力は、奴の足元にも及ばないと悟らされる。他の連中も同じ様だ、奴の殺気を受け、格付けが済んだ。どう足掻こうと、奴には勝てない。この場の全員、それを思い知らされる。

 奴が進む先に、その先にあるのは本会議場。そこに行くつもりなのかは分からないが、職務上、止めなければならない。しかし、足がすくみ、踏み出せない。ただひとりを除き、全員がその場に留まった。

 

「至急、検事局に連絡を入れます。弟さんたちは保護させるので、お願いです。踏みとどまって下さい‼」

 俺よりも弱い男が、奴の前に立ちふさがり、そう叫ぶ。なんと無謀な…

 その男が胸倉を掴まれ、片手で持ち上げられる。それと同時に、更に強い殺気が放たれる。しばらくして、その手を離した後、元いた場所に戻っていくが、更に殺気を強め、目を閉じていた。

 家族を人質に取られたことが、逆鱗に触れたようだが、愚か奴らもいたものだ。お陰で寿命が縮む思いをさせられた。

 

 その後、奴の殺気も落ち着き、会議も終了した。帰国の準備を進めながら、考える。

 トウヤマ・カナコ、奴について報告する必要がある。しかし、同時に必ず伝えるべき事がある。

 

 奴と絶対に敵対してはならない。奴との友好関係は必須条件だ。敵対すれば、英国に甚大な被害を与えるのは必至だ。

 

 

 




 年末年始の更新は難しくなりそうです。
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