―キンジ視点―
姉さんが獅堂たちに連れられて行った2日後、俺の家に武装検事が乗り込んできた。平穏は続いてくれないらしい。
現れた武装検事は、父さんの同僚だった人で、何度か会ったこともある人だった。その人から漂う硝煙の香りは、今し方、弾丸を放ってきたと分かる。
「えーっと、お久しぶりです…?」
「悪いが、話は後だ。一緒に来てもらうぞ。」
有無も言わせぬ物言いに、間違いなく、なにか良くない事が起きていると察する。ここで反抗した場合、それこそ実力行使で連行されるのだろう。武装検事、しかもベテランの相手にヒステリアモードでもない俺が勝てるなど、流石にそこまで自惚れることはない。
「勉強道具は持って行っていいですか?」
素直に従うしかない。
「構わない。とにかく急いでくれ。」
この様子だと、俺を害する気はないようだ。どちらかというと、俺を守ろうとしている?
準備を終えると、素早く車に乗せられ、すぐに発進する。
「突然で申し訳ない。お前の姉さんが帰国するまで、保護させてもらう。」
姉さんがなんかやらかしたな。
「なんかすみません。」
「いや、お前が謝る必要はない。今回やらかしたのは、政府だからな。」
「えっ!?」
姉さんが何も問題を起こさないなんて…信じられない。
「本当に姉さんは何もやらかしてないんですか?」
「やらかしてはいるが、原因は政府だ。お前たち兄弟を人質にして脅そうとしやがった。」
あ、ヤバいパターンのやつだ。
「そういう訳でその実行犯の確保とお前たちの保護が必要になった。」
「姉さんは大丈夫なんですか。」
洒落にならないレベルで暴れてないだろうか?
「正直、状況は最悪だ。護衛として、各国の最強クラスが集まってる中で暴れられたら、取り返しがつかない。」
それこそ、世界中を敵に回す危険性も大いにあるということらしい。…なにやってんの?姉さんが絡むと碌なことにならないな。
「だが、これで飼いならすことは不可能だと、上の連中も分かっただろう。」
「そりゃあ、父さんでさえ全く手に負えない破天荒な姉ですから。」
「違いねぇ。」
姉さんに振り回される父さんを思い出したのか、懐かしむ様に小さく笑ってそう言う。
「キンジ、無事か?」
「ああ、問題ないよ。ふたりも問題なさそうだな。」
検事局に連れて来られると、兄さんとパトラの姿があった。二人とも問題なく保護されたらしい。最も、政府が兄さんの手に負えないレベルの強敵を、そう簡単に動かせるとは思わないけど。
「しかし、大袈裟ぢゃな。わらわとキンイチだけでも十分余裕な相手であったのぢゃが。」
こちらは襲撃犯と戦闘を行ったらしいが、予想通り大した相手ではなかったらしい。
「いくら正当防衛とはいえ、後からいちゃもんつけられるより、武検に任せる方がいいだろう。それに万が一あっては困るからな。」
そう言って、パトラを見る兄さん。恐らく、姉さんの心配もそこだろう。
「そうぢゃな…」
優しく自身の大きくなったお腹を撫でるパトラ。姉さんは俺たち兄弟に危険が迫ろうと、取り乱すことはない。遠山の男なら、天と地がひっくり返ろうと生き残ると信じてる人だからな。ただ、パトラとそのお腹の子は別だ。そこに手を出そうとしたから、姉さんの怒りを買ってしまったのだろう。
「姉さんは明日帰国予定だ。何もない事は有り得ないが、少しでもましになるよう願って待つとしよう。」
「そうぢゃな、これ以上大事にならぬよう祈るしか出来ぬのぢゃ…」
根本的な原因は政府にあっても、必要以上に騒動を起こしてしまえば、姉さんにも責任が発生してしまうだろう。そうなった際、今以上に厄介なことになることは間違いない。しかし、今俺たちに出来ることは、そうならないように祈ることしかない。姉さんはそこら辺は全く考えてないだろうし、考える頭があるとは思えない。
「キンイチ君、少しいいかい。」
昔、父さんの上司として何度か会ったことのある検事部長が兄さんに声をかける。
「なんでしょう?」
「かなこちゃんの今後について話しておきたい。」
「分かりました。パトラ、少し待っていてくれ。」
そう言って、ふたりが席を外す。パトラとふたりっきりになった俺は…うん、話すことがないな。というよりどうすればいいんだ?
「義姉上の今後のぉ…」
暫くの沈黙の後、パトラが呟く。確かに、姉さんの存在が知れ渡った以上、日本政府だけでなく、世界各国が何かしらのアクションを起こすだろう。
「どう思う?」
「わらわならば、何かしらの役職を与えて、戦力として抱え込みつつ、流出を防ぐかのぉ。最もそんなもので縛れるとは思えぬのぢゃがな。」
「行き当たりばったりの人だからなぁ。」
しかし、姉さんが戦力として最強なのは言わずもがなであるし、それを自前の戦力として保持すれば、牽制にもなるだろう。
「更に欲を言えば、傭兵か武偵として、他の勢力に一時的に貸し、恩を売りつつ、脅威として見せつけて牽制するかのぉ。」
姉さんの実力を知れば、喧嘩を売る勇気は削がれるし、友好的に活用することを考える勢力の方が多くなるだろう。だだ、
「どれも上手くいく気がしないなぁ。」
「同感ぢゃ。」
こっちの考えなどお構いなしに我が道を突っ走る姉さんが、思惑通りに動く筈がない。それでもひとつ思うのは、
「武偵になるのもいいかもな…」
武偵高に落ち、武偵になる夢を捨てた姉さん。以前話した時には、向いていないと未練はないように言っていたが、過去の夢を叶え、なにか変わるかもしれない。それに、武偵になったって、今までみたいに旅は出来るだろう。
兄さんが戻って来ると軽く説明を受けた。政府の出方にもよるが、姉さんは特例で武偵となり、それと同時に、武偵庁と検事局にも籍だけを置き、特別顧問という名前だけの肩書を得る予定らしい。全ては、姉さんが帰国してから決められるが、一応そういう方向で話を進めることとなったようだ。
中卒無職の姉さんがようやく職に就いてくれるのだから遠山家としては、別に異論はない。強いて言えば、それ以外の扱いが気になるだけだが、そこら辺はまだ分からないらしい。武偵としてのランクなどもどうするのか協議中らしい。戦闘能力だけならRランクを軽く凌駕する姉さんだが、頭が残念過ぎてEランク以下だからなぁ。
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―冷泉為和視点―
成田空港に政府専用機が着陸する。実際よりも何十倍もの時間が経過したように感じてしまう。遠山さんと一緒だというのに、全く心躍らない旅路を終え、遠山さんの兄弟が保護されている検事局に向かう。
「パトラ、異常はないか?」
遠山さんは、ふたりの弟には目もくれず、キンイチ君のお嫁さんに声をかけている。
「義姉上、わらわもお腹の子も問題ないのぢゃ。」
その言葉を聞き、遠山さんから放たれる緊張感は無くなり、僕の肩の荷も下りた。
「冷泉君、よくかなこちゃんを止めてくれた。今回の最大の功労者だよ。」
部長が僕に声をかける。
「いいえ、何も出来ませんでした。」
そう、彼女がお父さんに憧れていたと知っていたからその言葉が出ただけで、僅かな違いで、大惨事を招いていた可能性は大いにある。彼女を止めるだけの力を僕は持っていない。己の無力さを痛感させられた。
「君はまだ若い。向上心があれば目標に近づける筈だよ。」
悔しい思いが表情に出ていたのだろうか、部長がそう声を掛けてくれる。
「それに、今後、かなこちゃんの扱いが変わろうと、君が彼女の担当なのは変わらないし、変えるつもりもない。君が一番彼女の担当に向いていると思っているからね。」
「そう見えますか!?」
「そうだね、歴代の担当者の中で、君が一番彼女に対応出来ているよ。相性がいいのかな?」
僕と遠山さんの相性がいい…そう見えるのだろうか。萎みかけていた心が再び沸き立った。
弟たちを連れ、帰路につく遠山さんを眺めながら、決意を固める。
貴女の為に生きていきます。
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―遠山金一視点―
あれから数日後、武偵庁への呼び出しがあった。姉さんの今後の扱いが決まったらしい。
結局、予定通りに、特別顧問という名ばかりの役職を与えられ、武偵として生きていくこととなったが、問題がひとつおきたらしい。日本政府としての方針が決まる前から、英国が姉さんへの接触を希望し、連絡を寄越しているらしい。姉さんが007をボコったのがバレ、怒り心頭かと思ったが、どうやら姉さんとの友好を希望しているらしい。それに倣ってか、米国を筆頭に、複数の国からも同様の要請があり、姉さんの武偵ランクにまで口出しをされていたらしい。
当初武偵ランクは適当にAあたりにしようとしていたらしいが、英国からは自国最強のエージェントたるRランク武偵の007を容易に倒せる人間のランクが低く、比較的容易に依頼が可能なランクの武偵となると脅威とみなすと言われ、必然的に世界で8人目のRランク武偵となり、手続きに時間を要したそうだ。
それらの連絡を受け、姉さんに伝える為に巣鴨の実家に向かう。どうせ説明したところで姉さんは気にもしないし、覚えもしないだろうが、伝える義務はある。
「姉さん、大切な話なんだが…その前に聞きたいことがあるんだが?」
「なんだ。」
居間のちゃぶ台に向かい会って座る姉は、予想通りさして興味はないが、弟が大切な話というので仕方なく聞いてやろうといった雰囲気で座っている。
「隣にいるのは誰だ。」
そんな姉の横に日本人ではないと一目で分かる金髪で長髪の女が鎮座している。
「以前会わせると言っていたであろう。こいつがミラだ。」
こいつが、あの『要塞』か…最強のコンビが並んでいる。このふたりで小国なら軽く滅ぼす程度の戦力ということになる。
「おめぇが姐さんの弟か。まあ、俺にはどうでもいいけど、さっさと話を済ませてくれよ。この後、姐さんと東京観光するんだからよ。」
心底面倒くさそうに告げるミラ。その言葉に従い、姉さんに要点だけを伝える。
「突然だが、姉さんは武偵になった。ランクはRだ。それと別に武偵庁と検事局の特別顧問ということにもなったが、詳しいことは後で担当の冷泉さんが教えてくれると思うから、しっかりと聞いてあげてくれ。」
そう言って、武偵庁から預かっていた姉さんの武偵手帳を差し出す。
「そうか、昔憧れた武偵になったと言われても、あまり実感がないな…」
そう言って、手帳を受け取り、適当に眺めている。本当に武偵への興味が無くなっていたらしい。
「そういえば、なにやら私に手紙が来ていたのだが、英語で読めぬ。」
そう言って、一通の封筒を差し出す。ミラに見てもらえばいいのに。そう思いながら差出人を見ると、ムーディーズの文字、まさかと思い中を見ると、予想通りSDAランクの通知書が出てくる。
「総合…一位…」
思わず声が漏れる。姉さんの存在が表に出た瞬間にこれか…今まで謎の女として世界の並み居る強敵をワンパンで沈めて回っていたツケがここで支払われたらしい。
「流石姐さんだな。いきなり一位だぜ。」
姉の傍らに座るミラが当然というよう言うが、世界の動きが早すぎる。俺たちの予想を上回る速度で世界が姉さんを認知し始めている。
「なんのランクかは知らぬが、一位というのは良いことだな。」
本人は何も考えていないようだが、きっと、よからぬことが起きるだろう。
「話は終わりみてぇだな。姐さん行こうぜ。」
そう言って立ち上がるミラ。
「そうだな、金一、わざわざすまなかったな。パトラによろしく伝えてくれ。」
そう言って、姉さんも立ち上がる。このふたりにとって、SDAランク総合一位よりも東京観光の方が大切らしい。
「そういや、姐さんの二つ名はなんになるんだろうな。」
「二つ名?」
「俺の『要塞』みてぇなのだよ。」
「それなら、昔『巣鴨の虎』と呼ばれていたぞ。」
そんな会話をしながら家を出ていくふたり。その二つ名は中学生の頃に近隣のヤンキーや暴走族を潰して回った頃についたやつだろ。そんなローカルネームでいいのか?
取り残された俺は、SDAランク通知書を手にちゃぶ台に突っ伏した。
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―遠山金虎視点―
手にした武偵手帳を眺める。昔、あれ程憧れた武偵という夢を叶えたというのに、全く心が湧き上がらない。
「姐さん?」
そんな私に横を歩くミラが声をかけてきた。
「なんかあったのか?」
「いや、武偵になったが、いまいち実感が湧かない。」
「んなもん、適当に依頼こなしていけば、勝手に湧いてくるさ。それよりも今を楽しもうぜ。」
そういうものかもしれんな。それに、先のことを考えるのは性に合わない。ミラの言う通り、今を楽しむことが大事だろう。一瞬に生きる。刹那主義が私らしい。
「そうだな。なにか行きたいところはあるのか?」
「いや、特にねぇが、姐さんと一緒ならどこでも楽しめるよ。俺は。」
「なら適当に散策するか。」
迷った。ここはどこだろうか。まあ、ミラに教わったように、上空から見ればいいのだが、散策しているのにそれでは味気無い気がする。
「お、姐さん、ちっせぇポリがいるぞ。」
ミラの視線の先に、まだ幼さの残る婦警がいる。子どもに見えるが、本物の警官なのだろうか?
「ガキがコスプレしてんのか?日本はコスプレイヤーが多いって聞いてたが、初めて見たぜ。」
聞こえたのだろうか、婦警がこちらに近づいてくる。
「失礼ですが、パスポートの提示をお願いします。」
そうミラに声をかける。
「悪ぃが、おままごとには付き合ってやれねぇぞ。」
「おままごとではありません。」
ムッとした表情で警察手帳を見せてくる。本物だったか。
「ほらよ。しかし、ガキにしか見えねえな。」
パスポートを投げ渡し、そう言うミラ。
「まだ、学生ですから。」
そう答える婦警。学生の身分で警官とは大したものだ。
「貴女もお願いします。」
「私もか?」
「ええ。」
これが噂に聞く職質というやつなのだろうか?しかし、パスポートは家に置いてきているぞ。
「これでいいか?」
手に持っていた武偵手帳を渡してみる。
「武偵でしたか。遠山…これはかなこと読むのでしょうか?」
「そうだ。」
「えっ!?」
婦警が目を丸くして硬直してしまった。なにかまずかったのだろうか?