緋弾のアリアif~遠山家最強の姉~   作:トリプルツレー

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虎と狐

―キンジ視点―

 

 

 みすずが帰った後、暫くしてまた来客があった。

「つまり、あんたもつい先程知ったって訳ね。」

「そうだって言ってるだろ。」

 姉さんのことに関して報告を怠ったとカンザキ春のパァン祭り(通称風穴祭り)を開催したアリアに俺の無実を訴えていた。

「ランクがRなのはまあ、納得出来るわ。だからっていきなり目立ちすぎよ。」

「仕方ないだろ。姉さんは考えなしなんだから。」

 実際なにも考えてないと思う。

「とりあえず事情は分かったわ。バスカービルのメンバーには私から伝えておくからあんたからは連絡しないこと。いいわねっ‼」

「そりゃあ、構わないけど。」

 俺としても説明する手間が省けるのは有難いしいいんだけど、なんでだ?

「ところであんた玄関にあんなもの貼ってるけど、正気なの?」

「はぁ?なんのことだ?」

「あんたが貼ったんじゃないの?」

「いや、俺は何もしてないぞ。」

 …まさか!玄関へ駆け出し外側の扉を見る。

『中卒武偵事務所』の張り紙…

「みすず!てめぇーっ!」

 バリッと張り紙を剥がしながら叫ぶ。あの性悪女、ふざけやがって。

「ちょっと、みすずって誰よっ‼あんたまたやったわねっ‼」

 何故かアリアさんが拳銃を抜き、構えている。

「待て、意味が分からん。とりあえず俺の話を聞けぇーっ‼」

「問答無用っ‼風穴っ‼」

 あの性悪女、絶対に許さんぞっ‼

 

 

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ー狐崎みすず視点ー

 

 

 性格が悪い、性根が腐っている。私へのそんな評価は知っているし自覚している。

 普通の人ならそれを。隠したり、表立って分かる様なことはしないのだろう。せいぜい影で工作したり、貶めたり…

 だけれど私はそれを隠さない。いや、隠せない。面と向かって相手を貶めるし、罵詈雑言も言う。他人が苦悶している様や絶望している様を見るのが楽しいし、その様を見る為に工作する。それに対してちっとも良心が痛むことも無い。

 その上、俗物的で金と権力、それに社会的地位が大好き。

 自分自身を客観的に見てみるとこれ以上無い最低の人間なのでしょうけど、そういう風に生まれてしまったのだから仕方がないわ。

 そんな性格と性分なので、普通だったなら社会に出る前に叩きのめされていたでしょうね。

 しかし、私にとっては幸い、周囲にとっては最悪なことに勉強やこの性格を活かす才能は豊富に持っていた。学生時代における勉学の成績というのは、自身の安全を確保するのにはもってこいで、有名大学や進学校へ容易に合格出来る生徒は、学校の実績の為に重宝され、教師という盾を持つこととなる。更に、人を貶めることに抵抗の無い性格と能力の高さであらゆる情報を収集し、周囲を貶め、脅すことも可能だった。それに加えあるプラスαにより、恨みや妬みを排除出来、有意義な学生生活を送ることが可能となった。

 そんな性格と考えなので、当然だが、小学校に上がるまで友達などは出来る筈も無かったし、必要も無いと思っていた。ただひとりを除いて。

 

 出会いは小学校。初めての学校生活に浮かれる同級生たちを遠目に見ながら、私は名簿と顔を覚えていた。

 帰宅したら情報を集めるとしましょう。利用出来そうな人間をピックアップして弱みを握り、害になりそうな人間は排除しましょう。そんなことを考えていた。

 話かけてくる同級生たちには適当に受け答えしながら、その一挙手一投足を観察し、癖や本性を探っていた。

 そろそろ時間かしら。教室の前方に掛けられた時計をチラリと見る。入学式の予定を思い返し、この喧騒から解放されるのを待っていた。

「はーい、静かにしてね。ほら、自分の席に着いて。」

 前方の扉からまだ若い女教師が入って来る。彼女がこのクラスの担任ね、気が弱そうで御し易そう、ラッキーだわ。

「あなたの席は…そこね。」

 担任の後ろからブロンド髪の子がついて来ていた。担任はその子に座席表を見て席を教えている。

 入学式で迷子になったのかしら?それにしては落ち着いてるわね。取り乱した様子も無いみたいだし…

 その子が妙に気になり、特に注意して観察しようと思ったのは、その容姿も原因のひとつだろう。

 髪の色もそうだが、それ以上に目を引く顔立ち。今はまだ子どもらしい愛らしさがあるが将来的にとんでもない美人になるのを確約されている。

 あそこまでずば抜けた容姿は、良い意味でも悪い意味でも人を惹き付ける。彼女は学生生活において、上に立つか標的となるか、その2択しかないだろう。

 

 周囲の注目を集めながらも、それを気にする様子もなく、指示された席に向かう彼女。

 あの子は使えそうね。彼女との友好的関係を築けば、あの容姿を利用出来る。彼女が孤立したならば、唯一の友達と思い込ませ、信頼を勝ち取る。上に立ったなら、周囲を蹴落とし、No.2の座に就く。そんな計画を練っていた。

 

「遠山かなこ。」

 彼女は自身の自己紹介をそれだけで済ませた。

 そして、まるで興味が無いと言わんばかりに席に座り、他の生徒の自己紹介をうわの空で聞いている。

 私と似たタイプなのかしら?少し親近感が湧いてくる。

 全員の自己紹介が終わり、初日は終了となった。式に来ていた保護者と共に生徒たちが帰宅して行く。

 家に帰り、ひとり考える。どの様に彼女に接触するか、どの様に友好関係を築くか、様々なシュミレーションを行い、最善の策を練る。

「周囲の動きも考慮しないと…」

 相手は小学生、まあ、私もだけれども。予想外の行動や理性の弱さ故に信じられないことも平気で行う。そこを考慮して動くのは中々に骨が折れるわね。

「少し様子を見ようかしら?」

 正直、人との関わりを極力避けてきた私に、いきなり小学1年生の行動予測をたてるのは困難だった。

 それに情報が少な過ぎる。今の状況で下手を打ち、敵に回すのが1番の悪手だ。だから暫く様子を見る。そうすることにした。

 

 様子を見る、その選択は間違っていなかった。そう確信するまでに、全くの時間を要さなかった。

 初日の授業、その一限目から爆睡し、起きない。それこそ、他人の不幸を最大の楽しみとしている私でさえ気の毒になる程に、気の弱い担任は頑張って起こそうと頑張っていたが、全てが無意味だった。その一方で、体育での体力測定では、なにか不満そうにしながらも、大人を遥かに上回る成績を残していた。

 そこで大方察する、彼女は俗に言う脳筋という人種だろう。私と対極に位置する者だ。

 その後も、彼女は様々な信じられないこと行い、私はひとつの決断を下す。友好関係を築くのは難しそうね。精々敵対しない様に心がけましょう。

 

 

 

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―遠山金虎視点―

 

 

 

 台場で、姑息な男を武偵高の教師に引き渡した後、適当に散策していたが、日も落ち始めている。学園島も近いので、ついでに金次のところにでも行こう。そう思い立ち、同行するミラに伝える。

「もう一人の弟に、お前を紹介したい。構わぬか?」

「弟…家族に紹介…既成事実…勿論構わないぜ。よし、行こう。」

「そうか、お前も乗り気で良かった。」

 妹分となったミラが、嫌々私に付き合っているのではないかと心配したが、大丈夫そうだな。

 

「金次、妹分のミラだ。」

「もっと言うことがあるんじゃないか、姉さん。」

 火薬の匂いと弾痕の残る部屋で、ボロボロになった金次がそう言う。

「なんでお前そんなボロ雑巾になってんだ?」

 隣に座るミラが、金次の様子を見て、質問する。

「いろいろあったんだよ…というより、妹分って?」

 なにか疲れた様子で金次がため息をつくように言う。

「いろいろとあって妹分となった。」

「いろいろあって姐さんについて行くことにした。」

 私とミラが答えると、

「深くは詮索しない、というよりしたくないから、その話は置いておく。それよりも姉さん。みすずが来たぞ。」

 黒いセミロングで小柄な少女の姿が脳裏に浮かぶ。そういえば、暫く会っていない気がするし、最近会った様な気もする。

「みすずは今、なにをしている?」

「武装弁護士、若手のくせに、随分と有名だぞ。悪徳弁護士ってな。」

 弁護士という仕事はよく分からないが、悪徳と枕詞がつくあたり、みすずらしいな。 

「姐さん、みすずって?」

 ミラが少しムッとした表情で尋ねてくる。

「私の友人…いや、親友というべきか。」

「親友っていうなら、会ってやれよ。8年もほったらかしにして。お陰でこっちにしわ寄せがきてるんだぞ。」

 金次が抗議してくる。相変わらずみすずが苦手な様だ。しかし、8年も会っていなかったのか…先月会った気がしていたのだが…

「親友ねぇ…」

 ミラの呟きが聞こえた。

 

「そうだ、会いに行くとしよう。」

 8年も会っていないことに気づくと、無性にあの無愛想な顔が見たくなった。

「会いに行くって、姉さん。何処に住んでるのか知ってるのか?」

「知らん。気を探る。あいつのどす黒い気は意識すればすぐに探れる。」

 懐かしい。かつて同じ様に、あの黒い気を探ぐり、あいつの居場所を見つけたことがあったな。

「姐さん…」

「どうした、ミラも来るか?」

 少し寂しそうにするミラに声をかける。

「当たり前だ。姐さんについて行くって言っただろ。」

「では行くか。」

 目を閉じ、意識を集中する。…そこか。みすずの奴、見つけろと言わんばかりに、分かり易くどす黒い気を存分に放っているな。その距離なら、あっという間だな。

「ミラ。」

「あいよ。」

 私の傍に来たミラを抱きかかえ、駆け出した。

 

 

 

 

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―狐崎みすず視点―

 

 

 諜報科と探偵科で培い、Sランクの評価を受けた変装技術、それを存分に発揮し別人になりすます。

「みすず。久しぶりだな。」

 ビルの屋上に立つ私の背後から聞こえる声。姿形を変えても無駄みたいね。しかし、ようやく来たようだけど、相変わらず前触れもなく現れるわね。

「久しぶり、と言いたいところだけれど、8年も何していたのかしら?そもそも、久しぶりの前に言うことがあるんじゃないかしら?」

 そういって振り向いた。…いろいろと言いたいことがあるが、

「かなこ、あなた何しているの?」

「?…何もしていないが?」

 首を傾げてそう言う。

「聞き方が悪かったかしら、その手に抱えているのはなに?」

 何故このバカは8年ぶりの再会の場に、機関銃を背負った西洋美女をお姫様抱っこしてやって来るのだろう。しかもその女は薄っすらと頬を染めているし。

「おお、そうだった。軽いのですっかり忘れていた。」 

 機関銃一丁と人ひとりを軽いと言ってのける異常なかなこに呆れつつ、

「説明が済んでいないわよ。それに、それ以上に言いたいことが沢山あるのだけれど。」

「こいつはミラ、妹分だ。」

「ミラ・ミハイロビッチだ。」

 少し敵意の籠った目で名乗る女。聞き覚えのあるその名を記憶と照らし合わせる。

「あなた、まさか『要塞』かしら?」

「さっきの雑魚共もそうだったが、日本でも俺は割と有名みてぇだな。」

 『要塞』で間違いないようね…しかし、随分と大物を妹分にしたわね。

「まあいいわ。それよりかなこ、あなた私に言うことがあるでしょう。」

「おい、待てよ。俺にだけ名乗らせるのか?」

 ミラが私とかなこの間を遮る。

「はぁ…面倒くさいわね。狐崎みすずよ。詳しくは、かなこから聞きなさい。それよりもかなこ。」

「うむ、元気そうで何より。」

 このバカは他に言うことがあるでしょうに。

「バかなこ、8年間何処に行っていたのかしら、それに連絡のひとつも寄越さないどころか連絡もつかなかったのよ…あなたが言うべきことは謝罪ではないのかしら。それに、この姿への言及もないのかしら?もしかしたら別人の可能性もあるわよ。」

 変装に一切の言及もなく話す彼女は、

「バかなこと言うな。…8年会わなかった程度で壊れてしまうのか、私たちの仲は?それに、例え姿形が変わり、雑踏の森に紛れ込んでも、私ならば間違えることはない。」

 そう言って真っ直ぐな瞳を向けてくる。その程度で壊れる程脆い関係ではない、本気でそう信じている目だ。性根の腐りきった私が、あなたを切り捨てたり、見捨てることがないと信じている。私を信頼してくれている。

「全く、相変わらずズルいわね。どこでそんな口説き文句を覚えたのかしら?だからといって許しはしないわよ。突然いなくなって、無駄な時間を使ってしまったのよ。」

 あなたがいなくなって、どれだけ探していたと思っているのかしら。

「心配させてしまったな。すまなかった。」

「別に心配なんてしてないわ。あなたが死ぬ姿が想像出来ないもの。だけど、あなたがいない時間は、中々に退屈だったわ。」

 いいえ、かなこと過ごした時間が刺激的過ぎたのね。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 遠山かなこと私は会話するどころか、視線を合わせることもなく、学校生活を送っていた。しかし、ずっと寝ている彼女と徐々に化けの皮が剝がれてきた私は、クラスで浮いた存在になっていく。だからといって私は周囲に媚びることもなければ、むしろ群れる者たちを見下していた。

 ある昼休み、クラスの全員でグラウンドでドッチボールをすることが決まったが、私はひとり、教室で本を読んでいた。運動は得意ではないし、好きでもない。だからこうして本を読んでいた。

 誰もいない教室。いつも寝ている遠山かなこの姿もない。あの子も参加しているのかしら?わいわいと騒がしいグラウンド、あの喧騒の輪に彼女も加わっている?まあ、体育の成績だけはずば抜けていたし、不思議ではないのかしら。

 そんなことを考えていたいたが、さして興味もなく、また目の前の本に集中し直そうとした時、教室の扉が開き、遠山かなこが入ってくる。参加してなかったのね。それとも輪に入れなかったのかしら?せっかくひとりで集中出来るのに、邪魔ね。

「遠山さん、グラウンドでドッチボールをしているわよ。」

 グラウンドに行けと遠回しに伝えてみた。それが彼女との初めての会話だった。

「知っている。私は見学しろと言われたので教室に戻った。」

 輪に入れないどころか、弾かれたのね。

「あら、残念だったわね。」

「私がボールを投げると破裂するからダメだと言うのだ。たった3個割っただけではないか。」

 輪から弾かれたことをご立腹のようだが、弾いた生徒たちが正解じゃないかしら?そもそも、ボールが破裂するって、どういうことなの?

「お前は何でも参加しないのだ?」

 ひとり本を読んでいた私に彼女が問う。

「私は本を読んでいる方が好きなの。」

 簡潔な私の答えに、

「そうか、ならいい。」

 そう言う。

「なにがいいのかしら?」

 彼女の発言の真意が分からずに問う。

「好きでしているのなら別にいい。」

 その言葉で分かった。彼女は私がいじめられていて仲間はずれにされていると思ったのだろう。随分と正義感が強いのね。私とは正反対だわ。

 彼女との初めての会話はそれで終わった。相容れない存在、それが彼女への感想だった。

 

 それ以降、会話もなく一年が過ぎ、学年が上がり、2年生になった。その頃にはすっかり私の性根が腐ってることは知れ渡り、同級生だけでなく、上級生からも嫌われていた。だからといって、それを直そうとか、媚びようという考えはちっともなく、なにかやられたら、数百倍にして返してやろうと、収集した情報を活用する日がくるのを楽しみにしていた。

 しかし、また同じクラスなのね。

 同じ教室に座る遠山かなこの姿を見る。問題児をひとつのクラスに纏めるのは如何なものなのかしら?と、クラス編成に疑問を抱く。自分で言うのもなんだが、協調性というものが欠落した私と彼女は別のクラスにした方が学級崩壊のリスクを軽減出来ると思う。

 彼女は相変わらず毎日爆睡、私も栄誉ある孤立を保ち、それによって、ひとりぼっちがふたりいる教室では、更なる孤立は生まれなかった。

 新たな孤立が生まれないということは、必然的に既に孤立した者を弱者として扱い、標的とする。ではどちらの弱者を狙うのか、ということになる。いつも眠っているが、その身体能力は大人以上の超絶美少女。方や運動は苦手で、勉強は得意だが、それを鼻にかけている性格破綻者。標的となるのは当然の流れだった。勿論その予兆は去年からあり、それを見逃す程私は間抜けではない。幾重にも予防線を張りつつ、迎撃の準備を完了させている。寧ろ、そうなることを望んでいた。

 先手必勝で仕掛けないのは、正当防衛としての理由付けと的の絞り込みの為だ。全員を脅すことも出来ない訳ではないが、効率が悪い。効率の優先と正当性を主張する為に仕掛けられるのを待っていた。

「狐崎ちゃんって感じ悪いよねぇー。」

 クラスの中心人物の女子が数人の仲間と共に、聞こえる様に私を貶す。それは彼女による号令、私を標的に定めたという命令だ。

 

 女社会において、カーストの順位は軍隊における階級と同意義。司令官が命令すれば逆らえない。但し、実際の軍隊と異なるのは、下剋上も階級の降格も簡単に起こり得ることだ。故に指揮官となる者は、自ら地位を脅かす者に対して容赦しないし、自らの地位が揺らぐ可能性を全力で排除する。その為に、自らの独裁に対する不満の捌け口を用意する必要がある。

 その捌け口は当然反撃のリスクが低く、叩きやすい方がいい。そういう観点から見れば、容姿に優れた遠山かなこを標的とした場合、指揮官たる女子は彼女の容姿に嫉妬したという大義名分を掲げられ、彼女を神輿に反逆の狼煙を上げられる危険性があるし、個人としての身体能力も高く、実力行使に出られると大変な痛手となるのに対し、私の容姿は彼女程優れていないし、性格も悪く、嫌われ者、更に運動が苦手。正しく格好の獲物となりえる。そこは想定していたので動揺もないが、やはり彼女の容姿は利用出来るという思いが再燃する。

 そういう算段で私を標的とした彼女は、私の幾重にも張り巡らせた罠を尽く踏み抜き、晴れて政権交代、カースト最上位から下野することとなる。

 ここで想定外だったのは、彼女は最上位から落ちたが、下位には落ちなかったということだ。通常であれば、転落した彼女が標的となる筈だった。権勢を誇った者が落ちぶれた時、その権力を引き継いだ者たちはかつての権力者を迫害するのが歴史的に見ても常であった。しかし、彼女は権力の多くを失ったが、カーストの上位に君臨している。

 

 随分と嫌われてるわね。

 想定を上回る私へのヘイトは、独裁者をも上回っていた。まあ、多少は私を脅威とみなして動くでしょう。全力で潰しにくるか、それとも休戦か。どちらの道でも備えは充分だ。それに所詮小学生同士の争い、カーストもそれ程強いものではないし、簡単下剋上、いや革命さえもあり得るのだ。これは小学生さらに下級生という幼さ故に起こり得ることだ。この機会にクラスのパワーバランスを崩壊させるのも面白いかもしれない。

 私は、自身の道楽の為にクラスの崩壊を目論んだ。私の撒いた不安や疑惑という毒は、徐々に生徒たちを蝕み、緩やかに崩壊を迎えていく。

 そういう予定だった。そんな崩壊の序章、それを眺める筈だったのに、私は季節外れのインフルエンザにより、公休となっていた。

「折角面白いものが見える筈だったのに…」

 高熱にうなされながら、熱のせいで潤んだ瞳で天井を見ていた。

 それから数日後、熱は下がったが、潜伏期間として公休が続く。

「退屈ね。」

 郵便受けに投げ込まれた宿題のプリントは余りにも簡単過ぎて、数分で片付いてしまった。本を読もうにも、この家にある本は全て読破済みだし、内容もしっかりと頭に入っており、読み返す気にもならない。その上、パソコンは

「寝ないでずっと弄ってるから。」

 という理由で没収されてしまっている。如何に悪知恵が回ろうと、所詮は子ども、親には逆らえなかった。

「眠くもないわね。」

 寝てしまい、退屈な時間を潰そうと考え、ベットに横になってみたが、充分に睡眠をとったこの身体は、睡眠を必要としていない。

 退屈というのがこれ程にも苦痛であると初めて実感した。

 

「みすずー。お友達が来てくれたわよ。」

 退屈にしていた私は、部屋に入って来た母の言葉で頭に疑問符が浮かぶ。

「お母さん、私に友達はいないわよ。」

「悲しいことを平然と言わないでよ。それに折角来てくれたんだから。失礼よ。」

 確かに、退屈なのもあったが、昨日までは、郵便受けに投げ込まれていたプリントをわざわざ手渡そうとする人物に興味が出た。

「どんな子?心当たりが全くないのだけど。」

「本当に友達がいないのね…お母さん悲しくなってきたわ。」

「お母さん、私の質問に答えてないわよ。」

「遠山かなこちゃんって言ってたわ。ハーフなのかしらね?ブロンド髪のすっごく綺麗な子よ。」

 なんであの子が…予想外の母の答えに戸惑う。

「それじゃあ上がって貰うわね。」

「待って―」

 私の制止を無視して部屋を出る母。どうしましょう…彼女がくるなんて想定していなかったわ。

「お邪魔します。」

 母に連れられて、遠山かなこが部屋にやって来る。

「お菓子持ってくるわね。」

 そういって母が退室し、彼女とふたりきりになる。

 

「渡せと頼まれた。」

 そう言って、プリントを差し出してくる。

「あら、ありがとう。郵便受けに入れてくれたら良かったのに。」

 感謝を述べつつも、私の領域に入って来るなと遠回しに言ってみるが、

「頼まれた以上、本人に渡さねばならん。」

 と無駄に強い責任感を見せてくる。つくづく私と正反対ね。そんな感想を抱きながら、彼女の容姿は利用出来そうとは思っていたし、ここで味方につけておくのもいいかもしれないわね。本当はもう少し後の予定だったけど、今は退屈なわけだし。

「ところで遠山さん。」

 彼女に探りを入れようと話しかける。

「なんだ?…えーっと…」

 私の顔を見ながら何度も首を傾げながら悩んでいる。その様子から察する。この子、私の名前覚えてないのね。

「狐崎、狐崎みすずよ。遠山かなこさん。」

「狐崎みすず…狐崎みすず…」

 何度か私の名前を繰り返し、

「よし、多分覚えた。なんだ狐崎?」

 多分なのね。大丈夫なのかしらこの子。少し不安になってきたわ。

「聞いてみたかったのだけど。何故あなたはいつも寝ているの?」

 純粋な疑問。私の様に夜更かしして眠いとしても、あれ程の爆睡(起こしても全く起きない)するのは異常だ。

「難しいことを考えると熟睡してしまうのだ。」 

 彼女は何を言っているのかしら?仮に、そういう特殊な体質だったとしても…

「小学生の勉強は簡単よ?」

 そう、簡単な内容なのだ。そんな私の言葉に対し、

「簡単…?狐崎は凄いな‼凄く賢いのだな‼」

 キラキラ尊敬の眼差しを向けてくる。あれ、この子、本物のアホの子なの…その容姿と落ち着いた雰囲気から、想像していなかった。

「遠山さん、2+3は?」

「ん?」

 私の問いに少し考えようとしていたが、瞼が落ちてきている。

「ごめんなさい。答えは5よ。お願いだからここで寝ないで。」

「むぅ…」

 ゴシゴシと瞼を擦り、必死に眠気を払っている。想定外だったわ。これ程までにアホとは。しかし、扱いやすそうね。計画通り彼女との友好を…いや、扱いやすいのかしら?そもそも私の意図を汲み取れるのこの子?利用するどころか、身を滅ぼす起爆剤にも成りえるわよ。

 

「お菓子とジュースよ。かなこちゃん遠慮せず食べてね。」

 私が初めて家に招いた(勝手に来た)級友を母は喜んでいるのか、普段よりも豪華なお菓子を持ってきた。

「ありがとうございます。」 

 ペコリと頭を下げる遠山さん。そういうところはしっかりしているのね。

「あら、礼儀正しいのね。とっても綺麗だし、みすず、いいお友達ね。」

「お母さん、用は済んだでしょう?」

「可愛くない子ね…」

 家族に対してですら対人能力×の特性持ちの私に、呆れた様子で部屋を出ていく。

「…友達?狐崎と私は友達なのか?」

「そうね。広義的に捉えれば、同じクラスでこうして家に来て話しているのだから、そういうふうに言えないこともないわね。でも―」

「友達…初めて出来た。」

 私はそうとは思ってないわ。そう言う前に彼女の呟きが耳に入る。

「違っ―」

「初めての友達だっ‼」

 否定するよりも前に彼女が飛びついてくる。信じられないジャンプ力ね。ぎゅうっと抱きしめてくる彼女の喜び様に戸惑う。抱きしめる力が増してくる。

「痛い、痛いわよっ‼離しなさいっ‼」

「おお、すまなかった。」

 パッとしがみつくのをやめる。腕が折れるかと思った…とんだ馬鹿力だわ。

「狐崎は友達だ。」

 そう言って笑う姿に私としたことが見惚れてしまった。それに、その悪意のない純粋な笑顔に柄にもなく絆されたのか、

「ええ、そうね。」

 否定しなかった。

 

 その日、私は初めてにして唯一の友人を得た。

 

 

 




 次話も幼少期の話が続きます。

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