―狐崎みすず視点―
「まず、聞きたいことがあるのだけど…」
「なんだ?」
眉間を指でトントンと叩きながら、目の前に座るバカに対して言葉を紡ぐ。
「なんでここに来るのよ。」
突然職場(私のデスク)にアポも、予兆すらなく現れたバカに頭を抱えたている。持ち前の異常に高い身体能力で受付もセキュリティも突破してきたらしい。当然、大騒ぎになったが、そんなことはどこ吹く風、平然と私を連れ去ろうとしたので、全力で止め、オフィスの端にある応接スペースに押し込んだのだった。
「相談と頼みたいことがあってな。」
悪びれる様子もなく、腕を組んだままそう言う。
「それが人に頼みごとをする態度かしら…まあ、かなこだからそこは大目に見てあげるわ。それ以上に言いたいのだけど、あなた、なんで携帯使わないで突然来るのよ。それもわざわざ職場に。職場にくる意味が分からないし、仮に来たとしても受付で待ちなさいよ。なんで強行突破してくるのよ。」
「そうした方が早いからな。」
せっかちにしても程度というものがある。というよりただ、面倒くさかっただけでしょ。
「あなたが滅茶苦茶なのは今に始まったことじゃないけど、流石に社会人として、最低限の常識は持ち合わせていると思っていた私の考えが甘かったみたいね。」
苛立ちとかを通り越して、呆れや諦めといった感情が先にくる。
「名古屋から全力で走って来たのだ。そんなに言わずともいいだろう。」
「かなこの事情なんて知らないわよ。…待って、なんで名古屋…」
なんだか嫌な予感しかしない。
「名古屋の武偵高に呼ばれてな。少し指導してきた。」
かなこの回答に、頭を押さえる。また謎の信者が増えるわね。学生時代(中学生まで)もそうだったけど、この子が暴れると、基本的にドン引きか恐怖の二択なのだが、偶に異常なまでの信者が現れる。それがあの特殊な教育方針のナゴジョなら尚更だ。
「それで、わざわざお越し頂いたということは、何か急ぎの要件かしら?」
通じるとは思わないが、皮肉を織り交ぜて言う。
「うむ、男装をしてみようと思うのだが、どう思う?」
かなこが真剣な表情でそう言った。
「バカなの?…ごめんなさいバカだったわね。」
「人が真剣に考えて、それでも答えが出ぬから相談しているというのに、なんだその言い草は‼」
真剣に考えているなら尚更バカよ。溜息しか出てこない。
「かなこ、よく聞きなさい。」
「おお、流石みすずだ。もう答えがでたか。やはり相談して正解だった。」
前のめりになって話を聞こうとするバカに対する答えはひとつしかない。
「仕事中なのよ、私。そんなバカな相談、聞いてる暇なんかあるわけないでしょ‼帰れ‼」
むしろ、ここまでバカに付き合ったことを褒めて欲しいくらいだ。私も大人になったわね。以前だったら来た時点で追い返してたわ。
「おい、なんで怒ってるんだ!?待て、私の話は終わってないぞ‼」
「黙りなさい。なんで怒ってるかですって?普通、それが分かってない時点で怒るわよ‼」
げしっ、と足蹴りし、追い出す。こんな下らないことで、貴重な時間を無駄に浪費したわ。
かなこを追い出し、自分のデスクに戻る。
「狐崎さん、今のは…」
仕事を再開しようとした私に話しかけてくる男性社員。
「あら、セクハラですか?弁護士なのにモラルの欠片もないんですね。」
PCのモニターから目を離さずにそう言うと、そそくさと逃げていく。これでいい、私に必要なものは、この手に戻ってきた。別の学校に進学し、ああやって相談に来ていた中学生の頃を思い出す。そう、あの頃の様に、私だけを頼っていればそれでいい。突き放してもあの子は私の元に戻って来るし、私を待っている。
そう信じている。だから、一秒でも早く仕事を終わらせなければならない。8年という空白期間で私は変わったが、あの子は何ひとつ変わっていない。
「全く、世話が焼けるわね。」
無意識に小さな笑みが零れた。
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―遠山金虎視点―
追い出されてしまったな。何故怒らせてしまったのだろう?…そうか、名古屋土産を持って来ていなかったな。
そうと決まれば、一度名古屋駅に戻るとしよう。そういえば、名古屋武偵女子校の教員方に土産を持っていってなかったな。先に東京駅で土産を買って向かうとしよう。
「斑鳩殿ではないか。まだ名古屋駅におったのだな。」
名古屋駅の土産売り場に斑鳩殿の姿を見つけ、声を掛ける。
「と、遠山さん…貴女こそまだおられたのですね。走って帰ると言われて戸惑いましたが、やはり、冗談だったのですね。」
「いや、帰ったぞ。名古屋の教員方に土産を忘れていたので、東京駅で買ってきた。」
そう言って東京バ〇ナの入った袋を見せる。斑鳩殿が少し硬直し、
「すみませんが、購入した際のレシートはお持ちですか?」
「ああ、これか?」
ポケットにお釣りと一緒に突っ込んでいたレシートを渡す。
「…ありがとうございます。では、お気を付けて。」
レシートを返し、そう言う斑鳩殿。顔色が少し悪くなったが、大丈夫だろうか?
「体調が悪いのか?顔色が悪いぞ。」
「いえ、大丈夫ですので、お気遣いなく。」
本人が言うのなら、大丈夫だろう。では、私も行くとしよう。
「では、失礼する。」
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―斑鳩視点―
遠山特別顧問が走って帰ると宣言し、別れた後、乗る予定だった新幹線が、新大阪―名古屋の間で武装集団によるジャックに遭い、ダイヤが乱れた。事件自体は問題なく解決されたが、車両の安全確認と点検で遅れてしまった。
仕方がないので、名古屋駅構内を散策しながら土産物店を眺めていた。
「斑鳩殿ではないか。まだ名古屋駅におったのだな。」
背後から掛けられる声、
「と、遠山さん…貴女こそまだおられたのですね。走って帰ると言われて戸惑いましたが、やはり、冗談だったのですね。」
走って帰るとか言っていたが、この人も新幹線の遅延でここで時間を潰していたのか。
「いや、帰ったぞ。名古屋の教員方に土産を忘れていたので、東京駅で買ってきた。」
掲げられる東京バナ〇の紙袋。思考が一瞬止まる。いや、有り得ない。有り得てはいけない。そう、これは彼女なりのジョークなのだろう。
「すみませんが、購入した際のレシートはお持ちですか?」
しかし、一応の確認として聞いてみる。
「ああ、これか?」
ポケットから出されたしわくちゃのレシート、それを目を皿にして見る。日付…間違いなく今日だ。時間は…おかしい、何故3分前の時間が…
「…ありがとうございます。では、お気を付けて。」
公安0課の獅堂や大門坊が彼女に怯え、関わるなと忠告していた理由の一端が見えた。それで十分理解出来る。彼女は人が踏み入れてはいけない領域にいる。理解しようとか、その力の源を探ろうなど、やるだけ無駄、世界の理、それから外れ、高みにいる存在。これ以上の関わり合いは身を滅ぼす。
「体調が悪いのか?顔色が悪いぞ。」
「いえ、大丈夫ですので、お気遣いなく。」
彼女への無意識の恐怖が顔に出てしまっていたのか、しかし、これ以上関わりたくない私は、そう答えた。
「では、失礼する。」
そう言って、姿が一瞬で消える。超能力の反応や気配は無い。
直後、新幹線の運行再開のアナウンスが流れ、安堵の溜息と共に改札へと向かった。
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―遠山金虎視点―
尾張守殿に土産を渡し、今ある用事は片付いた。
「しかし、暇になってしまったな。」
ようやく正午を回ったところ、みすずの仕事が終わるまでかなり時間が空いている。なにか時間を潰す必要がある。東海道新幹線の線路に沿ってを走ってみるか。とりあえず、新大阪まで行って、少し観光してから東京に戻るってみるか。線路に沿って走れば、迷うこともないから安心だ。
新大阪、初めて来た私には、駅周辺は企業やホテルがひしめき、勤め人を中心とした街となっている様に感じる。
「大阪か…有名なものと言えばたこ焼きなどの粉ものだろうか?」
如何せん初めて来た場所、持ちうる知識はステレオタイプのものしかない。
「まあ、食い倒れの街と言うし、適当に食べ歩いてみるか。」
迷っても空から見ればいいし、もう少し飲食店が集まっている場所に行ってみるか。
心斎橋商店街と道頓堀、観光客で溢れる道を歩く。たこ焼きを食い、お好み焼きを食べ、串カツやイカ焼きというものも食べてみた。尽く酒に合う食べ物が多い。しかし、観光客が多いな。東京でも浅草や築地なんかは日本人よりも観光客の方が多いのではないか思う程、外国語が飛び交っているが、ここも同じくらい観光客と地元の人間の両者による活気に溢れている。
それだけではない、あれだけ食べ歩きして尚、食欲を刺激する食べ物の香りや、食べ歩く人々の表情。どれもが旨そうなに見えてしまい、際限なく食べてしまいそうになってしまう。
「この街は誘惑が多過ぎる…」
建ち並ぶ飲食店、その全てに独特な個性があり、好奇心を刺激する。楽しい、楽しいが、これ以上はよろしくないと本能が訴えてくる。
時間は16時を過ぎたばかり。今から東京に戻っても後2、3時間程時間が余っている。どうしたものか…
そういえば、みすずへの土産をまだ買っていなかったな。またもう一度名古屋駅まで戻ってみるか。ついでに大阪土産も買って行こう。
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―狐崎みすず視点―
しかし、突然何を思いついてしまったのか…仕事がキリのいいところまで終わり、一息つく為にコーヒーを啜りながら、あのバカの謎の行動の要因を推測してみる。
突然の襲来、これは別に考え無しのあのバカなら、思い立ったからという理由でするだろう。むしろ、あの程度で済んだ辺り、マシと言える。あのバカの行動はいつだって常識から外れているから。
引っ掛かりがあるのは、男装、その脈絡の無い言葉。何故その結論に至ったのか、かなこの思考を読もうとすれば、頭が痛くなるし、最悪発狂しそうになる程度には理解出来る範疇を超えている(悪い意味で)。
「しかし、男装ねぇ…」
変装として男装することは私もあるが、それは仕事であり、趣味ではない。そもそも変装を必要とする場合というのは、自身を偽る必要がある場合だ。潜入捜査や尾行、はたまた追跡の手から逃れる場合、様々な状況で使用出来る便利な技術ではあるが、かなこにそれが必要だとは思えない。
潜入、これはあのバカにはそもそも不可能だろう。尾行だって変装の必要が無い程気配を消して追跡出来る謎のスペックを誇るし、追手から逃げることもない。アレが何かに追われていたとしても、追手をぶん殴って終了だ。そうなると、なにかをきっかけに唐突に思いついたということだろう。
なんとなくだが分かってしまった。あのバカの弟はふたり揃って女装する。キンイチの方はあの子たちの母親が亡くなってから始めている、女装のベテラン。キンジの方も、最近何か脅迫の材料はないか調べていたら、クロメーテルという名で女装しているのを知り、キンジ脅迫リスト入りをしていたわね。
弟たちが女装しているから、自分もやろうと思った。恐らく、こんな下らない理由だろう。多分これが正解だと思う。
「適当に男物の服着せて終わりでいい気がするわね。」
溜息をついて、仕事を再開した。
「先程は土産を忘れて悪かったな。」
仕事を終え、高千穂弁護士法人、その巨大なビルを出ると見計らった様に、かなこが姿を現し、そんなことを言う。怒った理由はそんなことではないが、今となってはどうでもいいわね。
「これ、大阪土産まであるじゃない。」
「暇だったのでな。ついでに大阪まで行ってきた。」
「ところで、少しお土産の袋多過ぎない?」
私に渡した袋以外に、両手に5、6個ずつ袋を下げているかなこ。
「名古屋駅で名古屋女子武偵校の生徒たちに会ってな。よく分からんが、くれたのだ。昔、みすずの通っていた中学校に行った時も、よく物を貰ったが、あれも、何故私にくれるのか分からないままで終わったってしまったな。」
かなこは昔から性別問わずモテる。勿論、かなこの残念な頭やハチャメチャっぷりを知ると、大抵の人間は離れていくのだが、如何せん、その見た目と天然のタラシの才能で被害者を多数世に送り出してきた。
なので、このバカを私の全力をもって男装させた場合、絶対に碌なことにならないだろう。別にかなこの被害者が増えようと、どうでもいいのだけれど、とばっちりを受けるのは御免蒙りたい。
「まあいいわ。家に帰る前に夕食を取って行くけど、構わないわよね。」
「肉がいいな。」
「何を食べたいかは聞いてないわよ。下らないことに付き合わされるんだから、今日はかなこの奢りでいいわよね。」
近場にある少しお高い焼肉店に入った。
「それで、出来るのか?」
焼肉を食べながら、かなこの男装について話していた。男装しようと思った経緯は私の推測で凡そ合っていたので、改めてそんなアホな理由で思い立ったのかと呆れた。
「一応これでも探偵科Sランクよ。変装くらい朝飯前よ。ただ、かなこのサイズに合う服がスーツしか無いわ。それに、私は明日も普通に仕事なんだけど。」
私が男に変装する際に使う服はスーツのみ。仕事柄、スーツ以外の格好をしても余り意味がないからだ。
「私はそれで構わぬが、そんなに時間が掛かるのか?」
やはり、何も考えてないみたいね。
「それじゃあ聞くけど、今から帰って男装したとして、寝るだけよ。まさかそのままの格好で数日過ごすわけにもいかないでしょう?」
風呂や睡眠、化粧を落とし、変装を解かなければならない場面が、日常生活を送っていれば必ず訪れる。勿論、すぐに変装し直せばいいのだが、その技術を持ち合わせていないかなこは、変装を解いたらそれで終了となるのだ。
「なんだと…」
絶望したかなこの表情、恐らくこのバカは、変装を半永久的に保てる都合のよいものだと思っていたのだろう。
「そこで質問なのだけれど、かなこがしたいのは男装であって変装ではないのよね?」
「そうだ。」
期待する眼差しをこちらに向けながら、若干身を乗り出してそう答えてくる。
「なら、ひとつ案があるわ。凄く簡単な方法よ。」
焼肉店を出た後、閉店間際の男性向けのアパレル店に入る。客もいなくなった店内で閉店作業を始めていた店員たちが女ふたりで入店した私たちを怪訝な顔で見る。スーツ姿の女性ふたり組、仕事帰りに駆け込みで来たOLに見えなくもないが、そういう問題ではないのだろう。
「あのぉ、お客様、彼氏さんのプレゼントとかでしょうか…?」
店長の名札を付けた男が、探る様に声を掛けてくる。生憎、恋人など生まれてこの方いないわ。
「いえ、この子の服を探してるの。女物より男物の方が似合うし、サイズも丁度いいのよ。」
あたかも普段から男物を買っている様な口振りでそう告げる。店員よりも少し背が高いかなこを見て、納得したような表情で「ああ」と呟く。
「時間は掛かけないわ。」
そう言って店内を素早く見て周り、数着を選び会計をかなこにさせ、店を後にする。
「男物の服を着れば男装よ。簡単でしょう?」
言葉の意味としては間違っていない。
「そうだな。」
「今日はそれで我慢しなさい。明後日は休みだから、その時ちゃんと化粧もしてあげるから。」
一応焼肉を奢らせたからには頼まれたことはやる。休日以外対応出来ないのは勤め人なので、仕方がないのだ。
「明後日か、了解した。ところで着替えてみたいのだが、部屋を借りてもよいか?」
「まあ、そのくらいならいいわよ。着替えたらすぐに帰ってよ。何度も言うけど明日仕事なんだから。」
かなこと並んで家へと歩いて行く。
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―GⅢ視点―
面倒なことになりやがったな。
世界各地で紛争や抗争を解決する為に介入しているせいで、暗殺者を送り込まれることは日常茶飯事と言える程度には慣れたものだが、今回はいつもとは状況が違う。
数日前、アメリカの南部にある秘密基地を爆撃され、拠点を転々とするも、止むことの無い奇襲が続いている。
「マッシュ、敵さんの情報、何か分かったか?」
「恐らく
それだけでなく、敵は正体を掴ませない時点でかなりの実力がある。それに、的確な奇襲から、敵は複数という可能性もある。
「これ以上防戦を続けてもジリ貧だな。」
「君の言い分も分かる。しかし、相手の情報が何一つ無い以上、こちらから攻勢に出るのは余りにも無謀だ。」
どちらの言い分も理がある。この状況で仕掛けても戦果は期待出来ないどころか、甚大な被害を出す可能性が大いにあるが、このまま敵勢力の調査をしながら逃げ回っても、ジリ貧となり圧倒的に不利な状況での決戦を余儀なくされる。進むも地獄、退くも地獄とは正にこのことだ。
「日本に逃げるというのが最善の策じゃないかな。」
「兄貴に加勢を頼むってことか?」
姉貴が表に出たお陰で兄貴のSDAランクが落ちてるし、ここらでひと暴れさせてランクを上げさせるってのも面白れぇが、ここまで俺たちを追い詰める相手だ、間違いなくその道中を狙い撃ちされるだろう。
「まあ、リスクは当然大きいが、敵を撃退ないし戦意喪失させる打開策としては一番だと思う。」
そう言うマッシュの顔は曇っている。成功の見込みは無いに等しい表情が語っている。
「なら決まりだ。おめぇら、兄の所に行け‼敵は俺が引き付ける。」
「サード様、無謀です‼私も一緒に…」
九九藻がそう言ってくるが、
「けっ、舐めんじゃねぇ。兄貴程ではねぇが、俺も葬式とは無縁なんだよ。いいか、これは命令だ‼兄貴を連れて来い‼」
俺の声に、部下たちはなかなか首を縦に振らない。それによって忠誠心を疑ったりはしない。敵が未知である以上、俺が必ず生存出来る保証は無い。俺の身を案じてのことだと分かる。だからこそ、尚更こいつらを死なせるわけにはいかない。
「俺が負けると―」
俺が負けると思ってるのか。そう言おうとした時だった。警報音が鳴り響く。
「マズい、侵入者だ。…どういうことだ‼映像にも映っらない‼」
マッシュの絶叫。高性能の監視カメラのどれにも姿形さえない。分かることは何かが基地に侵入したという事実だけ。
どうする…姿が映らない以上、どこから奇襲を受けるか分からない上、迎撃しようにも対抗する術がない。考えろ、考えろ…
「なんだ?随分楽しそうだな。」
背後から聞こえてくる声、なんの策も思いつかないまま、本丸への侵入を許してしまった。
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―狐崎みすず視点―
神様って残酷ね。
目の前に立つ、衣服を脱ぎ捨てたかなこを見て、つくづく実感させられる。
「ホント、なんで女を捨てたバかなこにこれを与えるのかしら。」
目の前にそびえる双丘を憎たらしく鷲掴みにし、そう言う。
「待て、私は女を捨てた覚えは無いぞ。」
「生まれてこの方、化粧ひとつせずに生きてきたあなたが言っても説得力が皆無だわ。」
その癖に身体だけは私の数十倍は女らしい。…腹筋を割ってるのはどっちになるのかしら?まあ、それを置いておいても憎たらしい程に育った
「こんな感じでどうかしら?」
胸を潰し、男性らしく見える様に手を加えた姿がを鏡に写し、そう尋ねる。顔は少し男性的にする程度でほとんど化粧を施していない。素で男前なかなこには下手な男装メイクは必要が無い。最大の難点は腹立たしい程に育った巨大な胸を如何に無くすかであり、それを上手くやれば後はどうということはない。
「胸がキツイ…」
Bホルダーという胸を潰す為のインナーを用いて尚足りず、その上から更にさらしで潰した胸だ。キツくて当然だろう。しかし、その成果もあり、どこからどう見ても長髪の男前にしか見えない。…また被害者が増えるわね。
「問題なければ、それで完了よ。」
鏡の前で、クルクルと己の姿を写しながらそれを眺めるかなこ。
「…胸を潰しただけではないか?」
そう、胸を潰した以外、驚くほど変わっていない。しかし、男装と言うならばこれで十分だ。
「あなたはそれで十分よ。疑問に思うなら街を少し歩いてみたら?」
きっと、黄色い視線を集めることになるわよ。
「みすずが言うのなら、間違いないのだろう…」
謎の納得をし、軽く体を動かしている。
「胸がキツイ以外は問題ないな。それでは行って来る。」
どこへ?そんな質問をする間もなく、かなこの姿が消える。
…はしゃぎすぎて、いつも以上に問題を起こさなければいいのだけれど…
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―遠山
「えーっと、かなこお姉ちゃんだよね…?」
武偵高の寮の自室に突然現れた人物にそう尋ねる。
「そうだ。ん?男装しているから今はお兄ちゃんか?名前も変えた方がいいのだろうか?」
素っ頓狂なことを抜かす我らが遠山家の長女が言葉の通り男装して立っている。何故妹の部屋に無断で気配を消して侵入し、心臓が止まるかと思う程突然目の前に立つのかとか、いろいろと指摘したいが何よりも、
「なんで男装?」
一番指摘すべきことはそれだと思う。元々背が高く、顔立ちも美人だけど男前なかなこお姉ちゃんに恐ろしく似合っているけど、全く意味が分からない。
「弟たちが全員女装しているだろう、ならば姉として弟たちの心情を理解する必要があると思ってな。この姿の時は
ダメだ、益々分からない。
「うん、似合ってると思うよ…」
どうしよう、とんでもなく疲れてきた。
「そうか、なら良かった。金女もしてみるか?」
「今は気分じゃないかなぁ。」
とりあえず、今は頭を整理したいかな。
「次は金三の所にでも行ってみるか。邪魔をしたな。」
嵐の様に現れ、嵐の様に去っていく。
早くこれにも慣れないとなぁ…遠山家の一員と認められている。それは嬉しい。だけど、あの姉の破天荒っぷりに慣れるのは、私には遠山家としての経験がまだ足りていなかった。