緋弾のアリアif~遠山家最強の姉~   作:トリプルツレー

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疑念と真実

―GⅢ視点―

 

 

「なんだ?随分楽しそうだな。」

 俺の背後からから聞こえる声に、部下たちが一斉に発砲する。誰もが未知の敵の侵入を許したことによる軽度のパニック状態だったのだろう。俺もすぐさま身体を回し、流星(メテオ)を放つ。

「元気そうで何より。して、なんの催しだ?」

 全ての弾丸を払落し、俺の流星を掌で受け止めながら、余裕綽々なその声の主。こんな事を息をするよりも簡単にこなす人間はひとりしかいねぇ…いや、他にもいたらそれはそれで困るんだがな。

「姉貴か…」

 侵入者の姿を見る。…なにか違和感がある。

「違う、今は兄貴だ。」

 その言葉で、疑念は綺麗さっぱり無くなる。こんな頓珍漢なことを抜かす辺り、間違いねぇ。姉貴だ。

「いきなり来やがって、驚いたじゃねぇか。だがよぉ…」

 驚いたし、とんでもない危機感も感じた。しかし、姉貴が現れたことで現状の全てがひっくり返る気がする。いや間違いなくひっくり返る。そんな確信を持てる程、戦力としての安心感がある。その為か、自然と笑みが浮かぶ。だが、ひとつ引っ掛かる部分がある。

「なんで男装してんだ?」

 それが全く分からない。何故俺の居場所が分かったのかとか、何故セキュリティシステムを作動させずにここまで侵入出来たのかなんてことは、この姉貴なら出来て当然で、気にすることではない。しかし、何故男装してやって来たのか、それだけはさっぱりだ。

「少しでも弟たちの気持ちを知ろうと思ってな。どうだ、似合ってるか?」

 恐ろしく似合っているが、逆に、突然男装して現れた姉に対する弟の気持ち、というものも考えて欲しい。しかし、それを指摘してところで、何ひとつ改善せず、更に突拍子もないことをしてくる気がする為、ここは適当に流しておく。

「ああ、よく似ているぜ。ところで、姉貴はいつこっちに来たんだ?」

 ほとんど有り得ない話だが、仮に俺たちが姉にの訪問(襲撃)を謎の敵勢力による攻撃と錯覚し、逃げ回っていたという可能もゼロではない。

「今し方来たばかりだ。金三の気を探って来たが、何故ここは夜なのだ?私が出発した時は昼だったぞ。そんなに時間は掛かっていない筈だが?…うむ、数分だな。もしや時計が壊れてしまっているのか!?」

 腕時計を見て、慌てている姉貴。まさか、時差を知らないのか…どこか来たのかは知らねぇが、数分でここに辿り着くって、やっぱ兄貴の数千倍人間やめてるな。

「安心しろ。時計は壊れてねぇ。」

 壊れていているのは姉貴の頭だな。

「では何故突然夜になるのだ!?」

「それは今度教えてやる。それよりもひとつ頼みてぇことがある。」

 姉貴に時差の勉強をさせている暇はない。

「頼み事か…なんだ、何でも言ってみろ。」

 頼もしい限りだ。

「今俺たちは正体不明の敵勢力に攻撃を受けてんだ。手伝ってくれるか?」

「そんなことか、任せておけ。…もしやあの時周辺に居た者たちか?金三の友人だと思っていたが、違うのか?」

 基地の外に部下を置いてはいない。間違い、そいつらだな。

「ああ、そいつらだ。何人いた?」

「姿を確認したのは2人。それ以外にひとり潜んでいたな。私には気づいていなかった様だった。」

 3人か…どう打って出る?いや、姉貴が来た以上、作戦なんか必要ねぇな。

「よし、おめぇら、最強の助っ人(姉貴)が来た。だったらここで無駄な時間をこれ以上過ごす必要はねぇ‼正面突破だ‼」

「正面突破か。いい言葉だ。私が全員相手してもよいが…お前はどうしたい?」

「売られた喧嘩を全部姉貴に丸投げする気はねぇさ。」

 随分と男心が分かってるな。兄貴が言ってたな、『姉貴は遠山家で一番‶漢”らしい』って。違いねぇな。

「ではふたりは私が相手する。後はお前たち…遠山の者に喧嘩を売ったことを後悔させてやれ。」

「言われなくともそうするつもりだ。」

 

 行動を開始する前に姉貴にインカムを渡す。

「一応渡しておくぜ。離れて行動する以上万が一もあり得る。使い方は―」

 インカムの使い方を説明する。説明と言っても、簡易なインカムなので、ボタンを押しながら話すだけだ。

「簡単だろ。」

「そうだな、力加減を間違わねばな。」

 何故握りつぶすのが前提なんだ?まあいい、姉貴に万が一が起こる相手なら、俺たちは全滅必至。ここで尽きる命運だったってことだ。だた一応の保険ってだけだからな。

「そんじゃあ、行動開始だ‼」

 俺のその声で姉貴の姿が消える。相変わらずの出鱈目な移動速度。負ける気がしねぇな。

 

「どこのどいつかは知らねぇが、いるんだろ?」

 基地を出る前にヒステリアモードになっておいたお陰か、基地から地上に出て、確かな気配を感じた俺は、そう言う。

「ふ、諦めたか…こうして顔を合わせるのは初めましてかな?GⅢ。」

 最新型の光屈折迷彩を身に付けた俺よりも少し背の高い男が現れる。纏う空気からしても、かなりのやり手。そりゃあそうか、俺やIQ407のマッシュの警戒網を潜り抜け、何度も奇襲出来る奴だ。並大抵の奴ではない。

「俺を狙う理由はなんだ?…いや、いい。ぶっ飛ばしてからゆっくり聞くとするか。」

「口だけは達者なようだな。上も何故この程度の奴に俺たち3人を送ったことやら。俺一人でも十分だな。」

 上…こいつらを送り込んだ奴らがいるってことか。

「言うじゃねぇか。後で泣いても知らねぇぜ。」

 兄貴のスタイルをマネた、二丁の拳銃を構える。

「強がりがいつまで持つか、見物だな。」

 グロック18Cを構える。戦闘のスタイルも手段も何ひとつ分かってるいない未知の敵。

「GⅢよ。お前はトウヤマ・キンジとその部下のニンジャと組んでベイツ姉妹を撃退したそうだが、あの程度に苦戦しているようでは俺の相手ではない。」

 それに対して俺のことは調査済みってわけか。

「そのデータがいつまで信じられるか、見物だぜ。」

 両手に持った拳銃から放たれる2発の弾丸。狙い通り、奴の胴を目掛けて軌道を描く。

 ダン、ダン、と俺の発砲に続いて銃声が2回響き、俺の放った弾丸の軌道を変えた。銃弾撃ち(ビリヤード)、やってくれるじゃねぇか。

 それを皮切りに、お互いに銃弾を放ちながら接近していき、アル=カタ(拳銃格闘戦)となる。

「へっ、こそこそ奇襲を繰り返してやがったから、どんな臆病モンかと思っていたが、乗ってくるとはな。」

 近接戦闘、俺たち遠山の血が最も得意とする間合い。そんなことは俺のことを調べている以上承知の筈だ。それでも距離を詰めてきたってことは、よっぽど自信があるってことだ。

「怖がらせてしまったな。俺も本当はさっさと楽にしてやりたかったのだが、上からの指示で回りくどい方法になってしまったのだ。許せ。」

 挑発に挑発を返しながら、弾丸と拳が飛び交う。一瞬の隙、お互いにそれを狙い続ける、緊迫した戦い。しかし、突然、奴が距離を取る。右耳に手を当て、後方へ飛び退いた。

「お前たち、何をした…」

 明らかに男に動揺が見える。インカム越しに何が聞こえたのかは知らねぇが、おめぇのお仲間は最強のベビーシッター(姉貴)によって今頃おねんねの時間だろうな。チャンスだ、奴が動揺し、冷静ではない今なら一気に畳み掛けれる。

「さて、なんのことやら。何があったか知らねぇが、お仲間がおねんねしてんのか?だとしたら優秀なベビーシッターだな。」

 奴の動揺は更に大きくなる。未知の敵として俺を奇襲していた奴らが、今未知の敵に襲われているのだ。その隠し玉が俺の作戦だと思い込み、精神的にも状況的にも追い込まれている。

 さぁて、こっちもさっさと終わらせるか、聞かなきゃならねえこともあるしな。

 踏み込もうとしたその時、インカムに音が入る。

「マズいことになった。」

 かなり動揺した姉貴の声が聞こえる。

「お、おい‼どうした!?何があった!?」

 姉貴の声からして、かなりマズい、状況ということか?だとすれば、目の前に立つ敵の仲間はそれ程の実力を持っているということか?仮にそうだとすれば、目の前に立つ男も同レベルの実力者の可能性がある。だとすればこちらに勝ち目はない。

「ダメだ‼耐えきれんっ‼」

 姉貴の切羽詰まった声の後、バキッという音が響き、通信が途絶える。

 噓だろ…最強だと思っていた姉貴が…いや、姉貴に限ってそれは有り得ない、有り得ちゃいけねぇんだ。

 なんとかそう自分に言い聞かせるが、正常な判断を下せる心理状態では無くなってしまっている。当然、その動揺は奴に感ずかれる。

「俺としたことが…さっさと終わらせるとしよう。」

 俺の方へと一歩踏み出そうとしたが、

「どうした、戦う気力さえ無くなったか?」

 そう言いながら、その一歩がが止まる。まだ奴の中で育った疑念は払拭出来ていないようだ。

「なんだ、口だけ達者だな。踏み込む勇気がねぇのはお前だろ。」

 そんな奴の動きを煽り、挑発してみるが、俺の中に蔓延る不安や懸念も払拭されていない。

「ふ、強がりを…」

「へ、そりゃあお前だろ。」

 間抜けな睨み合いが続く。お互いにの懸念材料が払拭出来ず、攻め込めない。覚悟を決めた方が勝ち。そう思うが、実力が俺よりも遥かに上という可能性を捨てきれない俺。奴は恐らく、正体不明の伏兵に警戒している。まるでどちらかがハッタリで作り出した状況の様だが、その実情はただのお互いの疑心暗鬼、グダグダだ。そんな睨み合いの最中、何度か大地から振動を感じる。こんな時に地震か?ここはアメリカだっていうのに珍しいこともあるもんだ。

 そんな均衡を破る様に、発砲音と共に、一発弾丸が俺の真横を通過していく。完全に油断していた。よく見ると奴の足が一歩分横にずれている。それを見て、ひとつの思惑を察し、予定調和の様に奴の真横に銃弾を放つ。

 それを受け、奴は更に真横に動く。間違わねぇ。仲間の確認に行く気だ。このままグダグダと殺り合っても時間の無駄だ。いいぜ、乗ってやる。俺の懸念も晴れるかもしれねぇからな。

 お互いに当てる気のない弾丸を走りながら放ち合う。

 

 そんなことをしながら、ふと思う。こんな風に少しの懸念や疑念で進むことをやめる奴と同格の奴らに、姉貴が負けるなんてことがあるのか…奴が踏み込めないのは、援軍があった場合、俺に対して勝てる100%の確証がないからだ。つまり、その程度の実力ということだ。

 姉貴は負けてねぇ。いや負ける筈がない。何故こんな簡単なことを分からなかったのか。あの絶好の機会を逃した自身が腹立たしくなる。

 遊びは終わりだ。油断しきったアホに、一泡吹かせてやる。

 

 

 

 

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―イーサン・ムーア視点―

 

 

 ムーア三兄弟、俺たち三つ子の通り名だ。米国防総省(ペンタゴン)直属の実働部隊に所属し、三つ子ならではの連携と、兄弟それぞれの特化した戦闘スタイルで入れ替わりながら戦闘を行い、敵を攪乱・混乱させながら殲滅するのが俺たち兄弟の戦い方で、その不規則で予測不可能な戦闘スタイルで、格上と思われてきた敵にも勝利を重ねてきた。

 そんな俺たちに与えられた任務はふたつ、最近敵対行動の多いGⅢへの制裁と、突如現れたGの血族、トウヤマ・カナコの調査。GⅢに関しては、十分なデータがあり、その戦闘力は分かっている。ベイツ姉妹に3人掛かりで辛勝する程度であれば、俺たちの敵ではないし、兄弟の一人だけでも十分に勝ちを収めることが出来ると踏んでいた。

 もうひとつの任務、トウヤマ・カナコの調査、これに関しては上層部だけでなく、俺たちにも多くの懸念事項がある。そもそも彼女に対する対応は米国政府によって決められている。友好的中立。国連の会議終了後、すぐさま英国の誇る最強のエージェント、007ことサイオン・ボンドが恐怖に怯え、英国政府へ彼女との敵対行動を全力で避ける様に提言したことが始まりだ。真っ先に世界最強クラスともいえるサイオンが恐怖し怯える相手、それにその会議に警護で行っていた米国のエージェントたちも、一様に敵対は自殺行為と提言し、敵対しないに越したことはないと判断した政府により、英国と同じ歩調を取ることに決まった。

 だが、如何せん、彼女に関する情報が少なすぎるだけでなく、彼女の思想や行動原理も不明で、いつ敵となるか分からない。分かっているのは名前と顔だけだ。しかし、それだけなら、政府から日本政府へと圧力を掛ければ多少の情報は取れただろう。だが、米国にはひとつ懸念の材料がある。トウヤマ・コンザだ。彼女の父親に当たる人物の身柄は現在、米国にある。それに対しての彼女の反応と対応が予測出来ない。

 それだけでなく、国防総省上層部の一部には、彼女の実力に対して疑問を抱く者たちが多数いる。突如現れ、サイオンの提言で危険人物として世界に認知されたが、それは本当のことなのか?日本政府と英国政府が連携して謀をしているのではないか?そんな疑念があるようだ。

 それに関しては俺たちも同意見だった。現状分かっていることはサイオンがヤバいと言っただけ。それで信じれる人間もいるだろうが、その逆もいる。なにかの間違いではないのか?そんな思いがあった。そういうわけで、今回の任務における目標は、最低でもトウヤマ・カナコに関する情報の入手をすることであり、GⅢに関しては彼女を誘き出す為の餌であって絶対的な目標ではない。

 

 そんなGⅢを炙り出し、捕獲ないし殺害することを最初に着手したのが間違いだったのだろうか。今まで感じたことの無い程の不安に駆り立てられていた。

 GⅢとのアル=カタの最中に右耳のインカムから聞こえてきた切断音。それ以降弟たちからの連絡は一切ない。

 先ず思い浮かぶのは機材の故障、しかし、その可能性は低い。そもそも任務開始前に入念な確認をしているし、そう容易く壊れる様なチャチなものではない。次に考えられる可能性はGⅢとその部下たちによる意図的な通信障害。この可能性が一番有り得ると考えていた。突然の通信障害で俺の気を逸らす。そうだとすれば、まんまと策に嵌ったということになる。

 しかし、その可能性にも疑問が生まれた。その後のGⅢの様子だ。明らかに好機と見て攻勢に出ようとしていたが、突然動揺し、動きを止めた。

 そのせいで、俺の中に疑念が残る。もしや伏兵がおり、弟ふたりをヤったのか…?仮にそうだとすれば、その伏兵との連絡が途絶え動揺したとも考えられる。では何故弟たちとの通信が出来ないのか?まさか相打ちか…いや、それさえも奴の罠の可能性がある。

 考えれば考える程、疑心暗鬼に陥る。あと一歩が踏み出せない。

 

 硬直した睨み合いの中で、ひとつの単純な考えに至る。

 疑念の元を絶つ。弟たちが潜んでいた場所に行けばいいのだ。情報が不足した状態で思考し、疑心暗鬼になるくらいならそっちの方がましだ。そんな時に大地が何度か震えた。地震か?珍しいな。しかし、これで踏ん切りがついた。

 その考えに従い、GⅢの真横に銃弾を放ち、弟たちの潜む場所へ一歩動く、奴の様子からして、俺と同じ心理状況の可能性が高い。この一発でそれが演技なのかどうかも見抜ける。

 俺の思惑通りに、奴は俺の真横に銃弾を放つ。乗ってきた、そこで重大なミスに気付く。奴も状況が分かっていなかった。俺と同じ方向に奴が動くのを見て、直感がそう告げる。先程、疑念を振り払い、一歩踏み込めていれば、容易に奴を始末出来ていた…

 後悔は先に立たない。こうなった以上、万全な精神状態で奴を殲滅する。ここまでコケにされたことへの報復として絶対にだ。そんなことを思いながら、足は加速していく。

 

 

 

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―GⅢ視点―

 

 

 

 走りながら弾丸を放ち続けていた。そうしながらも、徐々に奴との距離を縮めていく。まだだ、奴はまだ俺への警戒がある。つくづく疑心暗鬼になっていやがるな。

 まだだ、まだだ、そう心の中で呟きながら、走り続ける。走る方向を一瞬見た奴に明らかな動揺が現れる。俺はその方向を見ない。それではさっきの二の舞だ。もう覚悟も確信もある。こいつは俺が仕留めるし、姉貴は負けない。

 一気に奴との距離を詰める。

「―流星(メテオ)。」

 兄貴風に言うならば『桜花』。必殺の拳を奴に放つ。

「くっ―」

 動揺していたせいか、反応が鈍く、ガードが一瞬遅れてくれる。ガードした腕ごと拳を振りぬくと、奴の腕の骨が折れる感触が拳に伝わってくる。ギリギリで衝撃の方向を変えたのか、走っていた方向に吹っ飛んでいく。

 その方向に目をやり、追撃を仕掛けようとした。

「ダニー、グレッグ、生きてるか!?」

 奴の叫び声、砂埃の先に折れた腕を庇いながら、奴とよく似た倒れた男たちへと近づいていく。

「一発ずつ殴っただけだ。十分手加減していたので、死んではおらん。」

「ト、トウヤマ・カナコ…」

 突如目の前に現れた人物を見て、奴が絶望した様子で呟く。

「姉貴。」

 やはり、遠山家で最強の存在が負ける筈などなかったのだ。こちらからは奴の姿で姉貴の姿は見えないが、恐らく、余裕の表情で立っているのだろう。疑心暗鬼に陥っていた自身を恥じる様に苦笑いしながら、姉貴の方へと向かう。

「金三、随分と時間が掛かったな。」

「あの通信は何だったんだ?」

 あの通信がなければ、ここまで時間も掛からなかった筈だ。それに何故よりにもよって、追い詰められた様な雰囲気を出したのか?疑問は沢山ある。

「ああ、あれか。」

 姉貴が口を開くと同時に、奴が膝を付く。心が折れたのだろうか。それによって姉貴の姿が見える様になると同時にそれまでの疑問が吹っ飛んだ。

「あれは―」

「前を隠せーっ‼」

 姉貴の言葉を遮り、叫ぶ。シャツの胸元が弾け飛び、際どい、本当にギリギリのラインまで胸が露になった姉貴の姿があった。

 

 

 

===========================

―遠山金虎視点―

 

 

「そんじゃあ、行動開始だ‼」

 金三のその言葉を合図に、駆け出す。とりあえず、最も近くにいる敵を金三に残し、後のふたりを片付けておいてやるとしよう。手っ取り早く済ませ、後は金三の様子でも見ておくか。あれは金次と張り合う程度の実力はあるが、ふたりとも私からすれば、まだまだ未熟な段階だ。弟の喧嘩に手を出したくはないが、状況によっては手助けも必要だろう。

 上手いことやれば、姉としての威厳も取り戻し、もう少し慕ってくれる様になるかもしれんな。

 そんな打算的なことを一瞬考えたことによる天罰だったのだろうか…

 

「ぐっぅっ―」

 一人目を殴り飛ばす。無理矢理潰した胸が、拳を振るう際に窮屈で、普段よりも動きも速度も劣るが、相手は倒れ、動かなくなる。

「加減はした、死んではおらんだろう。」

 ここに倒れたままにしておくと金三の邪魔になるな。そう思い、そいつを左腕で抱え、もう一人が潜む場所へと移動しようとした時、背中でバチっと小さく聞こえる。己以外の気配はない。振り返るがやはり、誰もいない。

「気のせいか?」

 若干胸の窮屈さが緩和された気がするが、私の身体が適応してきたのだろう。さっさと終わらせ、金三の様子を観に行くとしよう。

 

 再び移動しようと少し力を込めると、再度バチっと小さな音が聞こえる。気のせいかと思っていたが、誰か他にいるのか…

 そうだとすれば、私が気を探れぬ強者、今まで相対したことの無い強者が潜んでいるということになる。得も言われぬ高揚感と漸く私の飢えを満たす者が現れたのかも知れぬ、という期待に胸が膨らむ。

 …気のせいだろうか?少し胸が膨らんでいる気がする。まあ、そんなことはどうでもいい。今すぐにでもその者を探し出し、死合いたいという思いが勝る。しかし、弟からの頼みもある。優先すべきは…

「私は金三の姉だからな、私利私欲よりもそちらを優先せねばな。」

 それと同時に思う。その者は私と同等かそれ以上の強者。私と同じく、己を超える強者との戦いを渇望している筈だ。邪魔者がいなくなった上で私と正々堂々一対一で死合うことをt望んでいるに違いないと。私だったらそう思う。

 そう思うと、駆け出す脚が普段以上に軽やかに前に出る。再びバチっと小さな音が聞こえてくる。それと同時に、また胸の苦しさから解放される。

 なんという高揚感。血が滾ってくる。名も顔も知らぬその者に相対する時を、今か今かと待ちわびる私がいる。これが恋と言うのだろうか。

 

「げふっ―」

「準備運動にもならんな…」

 もう一人を殴り飛ばし、思わず声が漏れる。確かに準備運動にもなってはいないが、身体は今までにない程滾っている。今なら、全力で何日も戦い続けれる、そんな気がする。

「さあ、死合おうぞ。」

 無意識に口角が上がり、笑みがこぼれる。なんという高揚感と幸福感なのだろう。

「ふ、ふふふ、はぁーっははは。」

 笑いが抑えられない。こんなにも幸せな気持ちになれるのか。乞いに乞い続けた、己よりも強い者。それと死合うことが出来るやも知れぬ。長かった、本当に長かった。思わず、力が入ってしまう。

 バチッィ‼バチッィ‼

 今までと違い、2回音が聞こえる。力を込めたというのに、胸の胸の苦しさは軽くなっていく。しかし、それは一瞬だった。シャツやさらしが引っ張られている感覚に苛まれる。

 違和感に己の胸を見る。…普段よりは小さくなっているが、膨らんできてないか?そういえば、先程見た時も少し膨らんでいた気がするな…

「まさかな…」

 恐る恐る、背中に手を伸ばす。胸を押さえつけていたサポーターの金具が弾け飛んでしまっているな…一番下にある金具が辛うじて残っているが、時間の問題の気がしてしまう。

「ま、マズい‼みすずに られる‼」

 このサポーターはみすずの所有物だ。それを壊してしまったとなると、間違いなく延々と説教を食らうことになる‼

「な、なんとかせねば…」

 それまであった高揚感など、消し飛んでしまっていた。

「そうだ、金三の奴が連絡を取る機械を渡していたな。」

 己の右耳に付けた機械を触る。確かこのボタンを押すのだったな。壊さぬ様に、全身全霊を掛け、力加減に気を使う。

 

 

「マズいことになった。」

 ボタンを押し、近況を伝える。マズいことという以外の表現がないだろう。このままでは、みすずの所有物(Bホルダー)の金具どころかシャツも破れてしまいそうになっている。

「お、おい‼どうした!?何があった!?」

 予想以上に動揺した金三の声が聞こえてくる。ちゃんと聞こえていたのか。凄いなこの機械は。…はっ‼そんなことを考えている場合ではなかった。そうだ、現状を伝えねば、情けないが、弟に助けを請わねば、この状況を打開する策を私では思いつけない。

 頼む、助けてくれ。そう伝えようと、ボタンを押し、口を開こうとした瞬間。背中から伝わる感覚、

「ダメだ‼耐えきれんっ‼」

 最後の金具の限界、それが如実に分かってしまった。焦りから力が入ってしまう。

 バキッという音聞こえ、恐る恐る手を見る。マズい…弟の機械も壊してしまった…それと同時に胸を締め付けていた金具が弾け飛び、バチッィ‼という音が聞こえた。

「この音だったのか…」

 己が期待に胸を躍らせていた正体、親友と弟の物を壊してしまったという情けなさに思わず膝を付く。

「情けない…」

 己の不甲斐なさに拳を地面に打ち付ける。地面に亀裂が入ると同時にさらしとシャツが避けるのが分かる。まるで私の心の様だ。

 声にならない叫びと共に更に拳を叩きつけた後、こちらに近づいてくる金三ともう一人の気を感じる。

「これ以上情けない姿を見せるわけにはいかぬ。」

 立ち上がり、無惨に千切れたさらしを岩場の陰に隠しに行く。

 

「―流星(メテオ)。」

「くっ―」

 金三が拳を放ち、男を殴り飛ばす。勝負あったな…殴り飛ばされた男の方に目をやる。

「ダニー、グレッグ、生きてるか!?」

 私が殴っておいたふたりに声を掛けている。腕は折れている様だが心はまだ戦う気力があるな。戦いの行方を見るのも一興だが、それ以上に金三に謝らねばならぬし、このまま戦わせても、勝負は見えているな。

「一発ずつ殴っただけだ。十分手加減していたので、死んではおらん。」

 男の前に立ち、そう告げる。

「ト、トウヤマ・カナコ…」

 男が、私の名を呟く。なんだ?私のことを知っていたのか。何処かで会ったことがあっただろうか?まあ、いいか。

「姉貴。」

 金三が私を呼ぶ声。まあ、今やるべきことはこっちだな。

「金三、随分と時間が掛かったな。」

「あの通信は何だったんだ?」

 ああ、それも説明せねばならないな。あの時は取り乱してしまったからな。

「ああ、あれか。」

 男に軽く気を当てると、膝を付く。なんと説明したものか…

「あれは―」

「前を隠せーっ‼」

 私の言葉遮り、金三が叫ぶ。前?己の身体を見下ろす。裂けているし、さらしやサポーターを身に付けていたから下着も身に着けていないが、見せたくないと思う所は隠れているし、大丈夫だな。名古屋で会った尾張守殿に比べたら、肌を隠し過ぎているとも言える程だ。そんな私の姿から必死に顔を背ける金三。

「初心な奴だな。そんなことでは子を持つことは出来ぬぞ。」

 全く、金次といい、どうしてこうなのだ。そういうことを含めて、金一はやはり長男として、弟たちの良い見本となっているな。嫁を持ち、子も成した。

 私の言葉に、ポカンとした金三を見て、金次と金三は大丈夫なのだろうかと心配になってくる。まあ、金次の方は周りに女子(おなご)が多いし、白雪辺りが手解きするだろうから問題はなさそうか。

 

 機械を壊してしまったという罪悪感よりも、弟たちへの心配が勝ってしまうのは、姉心というものなのだろうか。小さく笑い、金三の頭をポンポン、と軽く叩く。

「帰るとするか。そいつらはどうする?」

「あ、ああ、基地に連れて行く。それよりも、姉貴、これ羽織れ。」

 金三が纏っていた派手なコートを渡してくる。要らぬと言うのは無粋だな。それを受け取り、ばさりと羽織る。

「では行くか。」

 男たちを担ぎ、歩き出す。

「だから、前を閉じろ‼貸した意味がねぇだろうが‼」

 金三の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 




元々思い描いていた話では、男装した金虎さんがタラシになる予定だったのに、書いていくうちに、なんか方向が変わって、こんな感じになってしまいました。

男装回はリベンジしたいですが、自分の表現力ではその展開は難しいと分かっているので、辛いです。
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