―狐崎みすず視点―
とりあえず、ミラ半泣きになるまで言葉で責め続けた。物理的ダメージを殆ど無効化する彼女でも、心の守りは突破することは可能だから。
「みすず、もう勘弁してやれ。」
ミラが目を赤くして、鼻を啜り始めたあたりでかなこが止めに入る。正直カッとなってやり過ぎたとは思っている。だけど後悔も反省もないし、むしろまだ足りない。ただ、ミラとは良い関係でいる方がメリットが多い。
「仕方ないわね。」
溜息を吐いて、スマホを弄る。直ぐにミラのスマホが音を鳴らす。
「あげるわ。」
かなこの男装写真を一枚送ってみたが…さっきまで泣きべそかいていたミラが、一瞬でパァッと笑顔に変わる。完全に恋する乙女の顔ね。
「とりあえず、今回はそれで手打ち、と言いたいところだけど…正直まだ腹の虫は収まらないのよね。食事くらい奢りなさい。それで許してあげるわ。」
「分かった。」
こちらの声が本当に聞こえてるのか分からない程、スマホの画面に食いつく様に見入っているミラの返事を聞き、とりあえず、自腹では行けない様な所へ行こうと決めた。
「もう一軒!」
案の定酔いの回ったミラが騒ぐ。折角滅多に食べられない懐石料理を前にして、それらを酒の肴程度にしか考えず、ガバガバと日本酒を空けていく2人に呆れていたが、まだ飲み足りないのかしら。
かなことミラ、この2人の共通点は、食べれればそれでいい、飲めればそれでいい、という感じで、食に対する執着が薄い。もっとも、かなこは肉に対するこだわりは強いみたいだけど。
「飲み過ぎよ。逆になんでかなこは平気なのかしら。」
相変わらず、酔った素振りさえない親友は、ミラの倍近い量の酒を空けても、顔色一つ変わらずに普段と全く変わらない。
「さあな、どうやら私は酒に強いらしい。なんにせよ、強いことはいいことだ。」
いや、やっぱり酔ってるのかしら?いえ、アホなのはいつものことね。
「お、バーがある。ここでいいぜ。」
薄いネオンの光、中の様子も見えないバー。高級店の並ぶ場所にあるから、怪しい店ではないとは思うけど、あんまりセンスが良くない店ね。あんなところをカッコいいと思って好んで使う男たちが店の中にいるとすれば、出来れば入店したくないわね。
「あんまり気が進まないわね。」
「まあ、よいではないか。ああいった店は経験がない。みすずもだろう?」
好奇心旺盛なかなこは行くつもりらしい。
「当然よ。そもそもお酒飲めないんだから、バーなんて無縁なものよ。」
「じゃあ、行くぞ。折角の機会だ、何事も経験した方がいい。なに、心配するな。何かあったら、私が守る。」
「店、壊さないでよ。」
最強のボディーガードが暴れてしまえば、あの店は一瞬で更地になる。不安定な立場であるかなこには、あまり騒動は起こして欲しくはないわね。
ミラが店の扉を開ける。その後ろに立っていた私は、店内に2人組の男がいるのが見えた。
「あら、やっぱりこの店はやめておきましょう。」
オフに商売敵とは顔を会わせたくはない。彼の奢りになるのなら、それでもいいけど。
「えーなんでだよ。面倒くせぇからここでいいよ。」
私の反対は聞かずに、ズカズカと店内に進むミラを、扉のところから見送る。そんな私の後ろから顔をだしたかなこも、
「ん?冷泉ではないか。」
面倒臭い男を見つけた。
===========================
―冷泉為和視点―
「飲めないんじゃなかったんですか?ここ、バーですよ。お帰りになった方がいいですよ。」
「何処で何をしようと私の勝手よ。別に犯罪行為をしているわけじゃないんだから、貴方にとやかく言う権利は無いわ。」
店内に入ってきた悪魔を退散させたいが、口で言い合ったって勝ち目がないのは、これまでの経験でも分かっている。
「誰かと思ったら、この間の財布じゃねぇか。また奢ってくれんのか?」
そして、この失礼極まりない女が、世界最強とも謳われる『要塞』であるとは、今だに信じられない。
なんだか胃と頭が痛くなってきた。
「おい、なんだよあの美人。あの人がお前の…」
横から、アキラがボソボソと耳打ちしてくる。そう、誰もが見惚れる、この世の宝であり、天使で女神な遠山さんがいるのだ。
それだけで、胃の痛みからも、頭の痛みからも解放される。
「そうだよ。凄い人なんだ。」
僕もボソボソとアキラへ耳打ちする。遠山さんに見惚れている彼が、これであの悪魔の呪縛から開放されるのは、親友として嬉しい限りだが、もし、彼が遠山さんに手を出そうものなら、親友を失うこととなってしまう。
「冷泉と…お前の友人か?」
そんな僕たちの前に、遠山さんが現れる。彼女とアキラは初対面だし、一応紹介しておいた方がいいのだろう。
「遠山さん、彼は僕の武偵高時代からの友人でして。」
「
アキラが立ち上がり、名乗る。
「武偵高の…ならばみすずとも知り合いか。」
「…誰かしら?知らないわね。」
さらっと知らない人にされたアキラを不憫に思う。
「そ、そんな!」
案の定、ショックを受けている。
「冗談よ、真中央、強襲科Bランクで、今はしがない武偵事務所で働いているみたいね。私にとって、何の魅力も無いから、武偵高卒業前に、告白されてなければ、忘れてたわ。」
辛辣な評価だなぁ…ん?告白?
「アキラ!聞いてないよ!」
「当たり前だ!言ってないからな!」
なんてことだ、そんな人生を棒に振る様なことを…
「私も初耳だ。それで、どうなったのだ?」
遠山さんも、少し驚いた様に狐崎さんへ質問する。
「どうもならないわよ。彼と交際しても、私には何の利益もないじゃない。」
この悪魔は、恋愛さえも損得勘定でしか測れないのか。
「利益って、例えばどんな…」
アキラ、こんな悪魔は諦めて、普通の恋愛をしよう。
「そうね、大金持ちか、かなこくらい強いなら、考えてあげるわ。」
可能性があるとすれば、前者か。遠山さんよりも強くなるのは、諦めるしかない。
失念していたことがあった。アキラは、遠山さんの強さを知らない。彼にとっては、ただの美人な僕の思い人としか見えないのだ。
「案外、簡単そうだ。」
ニヤリと小さく笑みを浮かべるアキラ。
「やめるんだ!それは本当にヤバいから。」
武装検事や公安職員が束になっても、手加減した彼女に傷ひとつつけることが出来ないのに、たかがBランクの武偵に、何ができるというのだ。
「別に、私は構わんぞ。」
特に気にもせず、そんなことを言う遠山さんは、胸元の大きく開いた真紅のタイトドレス、そんな刺激的な格好だというのに、腕を組んでいることで、その大きな双丘が更に強調され、恐ろしいことになっている。
「相手になんねぇだろ。そいつじゃ。」
ウィスキーの入ったグラスを片手に、要塞がアキラを見てそう言う。彼女の言う通りだ。
「いや、能ある鷹は爪を隠すと言うし、この男から何の力も感じぬが、この自信、恐ろしく強いのだろう。」
マズい、遠山さんが勘違いしている。このままだと、アキラは、骨どころか、塵ひとつ残らない。
「アキラ、遠山さん、彼女はRランク武偵だ。君じゃあ、いや、僕と君が手を組んで、二対一で戦っても、一秒持てば御の字だ。」
流石に親友を失いたくはないから、そう耳打ちする。
「ア、Rランク…」
アキラから驚愕の声が漏れる。彼女のランクを聞いただけで、戦意喪失したようだ。
「Rランク?なんだそれは?」
当の本人は、自分の事なのに頭に疑問符を浮かべている。あれ?金一くんから話聞いてないんですか?
「武偵ランクのことよ、バかなこ。貴方の武偵ランクはRで、SDAランクは総合1位。自分の事なんだから、覚えておきなさいよ。」
狐崎さんが、遠山さんの後ろからそう言う。
「おい、バかなこと言うな。」
ムッとした表情で、遠山さんが狐崎さんの方を向く。
「SDAランク総合1位って…人間辞めた連中を超えた化物じゃねぇか!」
目の前の麗しく女神の様な女性が、そんな人物だと想像することは難しいから、アキラが取り乱すのも無理はない。しかし、僕の天使を化物呼ばわりとは…アキラ、君には失望したよ。
アキラの無礼な言葉に、遠山さんは、先程以上にムッとした表情でアキラの方を見る。
「失礼な奴だ。か弱き乙女に向かって、化物呼ばわりとは。」
「「「「か弱き乙女?」」」」
化物呼ばわりは確かに無礼なだし、失礼だ。だけど、少なからずRランク武偵でSDAランク総合1位の人物がか弱き乙女?
「かなこ、貴女がか弱いのなら、それ以下のこの男共はどうなるのかしら?」
しれっと自分のことは棚に上げる狐崎さん。
「姐さん、俺でも自分をか弱いと思ったことはねぇぞ…」
世界最強クラスの傭兵は、己の力に自覚があるらしい。
「いや、私はか弱き乙女だと父上に言われた。だからか弱き乙女なのだ。それに、私の戦い方も、非力故に、速度重視で威力は軽微だからな。もっと強くならねばならぬ。」
彼女は何処を目指しているのだろう…少なからず、金剛力士の末裔であり、筋肉お化けな獅堂さんに力で圧勝できる人が非力ではないと思う。
「大型トラックを片手で軽々と持ち上げて、海を割ったり、大地を抉って地震を起こすかなこが非力?貴女遂に頭が完全に壊れたのね。もう手遅れでしょうけど、一緒に病院へ行きましょう。馬鹿に付ける薬はないけど、現代医学の進歩具合なら、100年後には開発されてるかもしれないわよ。」
「姐さん、悪いことは言わねぇ。病院行こう。絶対頭おかしいぜ。」
遠山さんは、女性陣にガシッと両腕を抱えられ、引っ張られている。
「おい、離せ!嫌だ!私は病院など行かぬぞ!」
頭がおかしいと言われたことよりも、病院が嫌いらしい。なんだか可愛い。
騒々しくバーを後にした女性陣。取り残された僕たちはポカンとしていた。
「あ、お金払ってない。」
あんな短時間なのに、彼女たちの伝票は、僕らの倍近い数字が刻まれていた。
財布が氷河期を迎えた僕らは、コンビニで買った缶ビールを片手に、公園のベンチに並んで座っていた。
「なぁ、どうやったらみすずちゃんが振り向いてくれると思う?」
「お金持ちになるしかないんじゃないかな。」
缶ビールをチビチビ飲みながら下らない会話をする。お酒がなければ、なんだか学生時代に戻ったみたいだ。もっとも、素面ではあの頃の様に、戻れないのかもしれないけど。大人になって、お互いに仕事や人間関係、学生の頃みたいに、心の中をなんでもさらけ出すことは出来なくなってしまった。
「金持ちって、どうやったらなれるんだ?」
「知ってたら、とっくにお金持ちになって、公園で缶ビールなんか飲んでないよ。」
「違いねぇ。」
笑い合って、お互いの缶ビールをぶつける。
「しかし、あのRランクさん、遠山さんだっけ?凄かったなぁ。」
「だろう。」
何故か僕が自慢気にドヤ顔する。
「いやぁ、スゲェよ。あんなデカいとは…」
そう言って、自分の胸の前を両手で持ち上げる様な動作をする。
「貴様ぁ!僕の天使を汚れた目で見るなぁ!」
高2の秋以来、実に7年ぶりに大喧嘩をしたのだった。