緋弾のアリアif~遠山家最強の姉~   作:トリプルツレー

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外伝:緋弾のアリアif.if―開幕編Ⅲー

―峰理子視点―

 

 

 

「やはり欠陥品だったな、4世。」

 ゲラゲラと笑うブラド。4世と呼ばれ、湧き上がる怒りさえ抑え込まれる恐怖、刷り込まれた力関係に涙が零れる。

「これは不要だな。」

 奪われる十字架。

「返して!」

 母の形見を奪われて尚、その目に制されるだけで萎縮する体。

「欠陥品のお前はイ・ウーも退学だとよ。」

 更に高笑いするブラド。支配からの解放、その唯一の手段だと信じていた組織からの無慈悲な通達。普通なら泣き叫び、心が砕けていたのだろう。 

 しかし、そうならなかった。己をここまで追い詰めたキンジ。あいつと組めばブラドを倒せるかもしれない。それに、あの約束が本当に有効なら…

「遠山かなこ…」

「遠山かなこ!」

 私の呟きに、信じられないほど過剰に反応するブラド。優越感に浸った笑みは消え、焦りと恐怖が彼を支配する。

 そんな彼の姿など見た事がなかった。圧倒的な強者であるブラド。彼が狼狽える姿を見れたお陰で、力で支配され、今だに震える身体に鞭が撃てた。

 

 支配からの解放。その願いの為に、あらゆる能力を駆使し、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―キンジ視点―

 

 

 

 アリアと共に、『武偵殺し』だと判明した理子を追い詰め、あと一歩のところで取り逃がした後。一時の感情に流され、アリアとのパートナー契約を延長してしまった俺は、デュランダルことジャンヌとの戦いを終えた。

 今振り返れば後悔しかない。あれ程警戒していたみすずの思い描くストーリーに乗っかってしまっているのではないかと、毎晩うなされている。

 そんな憂鬱な日々が数日続いていた俺の携帯に、一通のメールが届いた。

 

「で、なんでお前たちがいるんだよ。」

 呼び出しの場所は、やはりみすずの事務所。それはもう仕方ない。応じなければ、姉さんにボコボコにされた後にどうせ連行されるのだから。

 問題は、アリアがいること。そして…

「ヤッホー、キーくん!」

 『武偵殺し』こと理子がいること。

「キンジ、その物騒な物を仕舞いなさい。」

 みすずの冷淡な声。理子に向けたベレッタを下ろせという言葉。

「司法取引、知ってるよね?」

 理子の小悪魔的な笑みで、全ての察する。しかし、よくもまあ、堂々と現れたものだな。その肝の座りようには感嘆するぜ。

「そういうこと。さて、全員揃ったことだし、呼び出した本題に入りましょう。」

 悪い笑みを浮かべたみすずの言葉。何故か背筋がゾクリと震えた。

 

「神崎さん、喜んでいいわよ。貴女の依頼は受けられないけど。盗品返却の依頼なら、私たちは受けれるのよ。」

 突如訳の分からんことを言い出すみすず。

「意味が分からないわ。」

 俺と同じ感想をアリアも抱いたようだ。

「ふふー、今回の依頼人は理子なんだー。」

 何かを含んだ笑みの理子。

「そういうこと。今回、私たちは彼女の依頼を受けることにしたわ。彼女の大切なものを取り戻す。『無限罪のブラド』からね。」

 誰だそりゃ?

「ブラドですって!」

 アリアが過剰に反応する。

「おい、誰だよそいつ。」

「『無限罪のブラド』、イ・ウーのNo.2よ…」

 俺の疑問にアリアが答える。No.2…マジかよ…ヤベェ奴じゃん…

「そういうわけで、私とかなこはこれから動くわ。それで、貴女たちには、ひとつお願いしたいことがあるわ。お願いの条件として、ブラドの身柄をあげる。…どうかしら?」

 動く前から、その辺の砂利を一粒持ってくる程度の難易度、成功が約束された依頼という言い方をしながら言い放つみすず。

「それでいいわ。それで、お願いってなによ…」

「おい、勝手に了承するなよ!俺はこいつのお願いなんか聞きたくないんだ!」

 勝手に話を進めるアリアとみすずに対し抗議をする。

「安心しなさい、別に難しいことじゃないわ。峰理子、依頼と一緒に行動しなさい。そして、彼女の奪われたロザリオを取り戻しなさい。」

 いや、それって本題じゃねえのか?

「よろしくね、キーくん!」

 

 こうして俺たちの愉快な泥棒作戦が開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―峰理子視点―

 

 

 

 全部噓だったの…

 ロザリオを取り戻し、紅鳴館を出た後、計画通りにキンジとアリアに強襲を掛けようとしたのに、奴が現れた。

 小夜鳴徹という人間の姿に擬態したブラド。

 ブラドは始末してくれるという約束の筈…絶望感と恐怖の中、キンジによってブラドによる拘束から解放された。

 キンジの言葉、初めて触れた本当の優しさ…溶かされる心。

 立ち向かう勇気が生まれた時だった。

 

「久しぶりだな。えーっと…サンドバッグ?」

「ブラドよ。『無限罪のブラド』。まあ、かなこにとってはサンドバッグでも間違ってないけど。」

 現れたふたりの会話。緊張感など微塵もない。

「と、遠山かなこ…」

 あれ程優位を誇り、余裕の笑いを漏らしていたブラドが、まるで虎に追い詰められた小動物の様に怯え、恐怖に震えている。

 無様な悲鳴をあげながら、必死に逃げ出そうとするブラド。その頭の天辺に瞬間移動した遠山かなこの拳が突き刺さる。

 ブラドの巨体が轟音を鳴らして地面にめり込む。響き渡る絶叫。圧倒的な再生能力を誇るブラドが痛みに悶える。再生能力が追いつかない威力の拳が何発も叩き込まれる。

「再生能力なんて持つものじゃないね。気絶出来ずに、永遠にあの痛みから解放されることがない。理子を苦しめたブラドを憎いと思っていたのに、なんだか同情してしまいそうだよ。」

 青ざめた顔で苦笑いしながらそう言うHSS状態のキンジ。彼の言う通り、その圧倒的な力の差に、恐怖の対象であった筈のブラドが憐れに思えてくる。 

「うむ、やはり殴り甲斐があるな。どれ、もう少し力を込めてみるか。」

「や、やめてくれ!」

 ブラドの絶望と恐怖以外の感情が消え去った叫び。しかし、無情にも叩き込まる拳。今までも有り得ない音が響いていたのに、それ以上の音が響き渡る。

 再生能力のせいで、それでも死ぬことが出来ないブラド。そして更に叩き込まれる拳。今までとは違い、淡い光を纏っている。

「ぎゃぁーーーーっ!」

 ブラドの絶叫と共に、右肩が吹っ飛ぶ。

「すまん、加減を間違えた。」

 返り血が顔に掛かった遠山かなこは、少し焦った様に言う。吹き飛んだ右肩は再生せず、ブラドの絶叫は延々と響く。

「4箇所同時に攻撃すれば再生出来ないって聞いてたけど、そうでもないのね…かなこ、壊したら駄目よ。」

 ようやく制止に入る狐崎。そして、泣き喚くブラドに、

「ねえ、このまま一生かなこのサンドバッグと、司法取引に応じた後、血を吸えずに、ゆっくりと死んでいくの、どっちが良いかしら?」

 究極の2択を迫る狐崎。

「殺してくれ…」

 弱々しく呻くブラド。

「そ、決まりね。かなこ、あの屋敷が不快だわ。消してくれる?」

「まあ、構わんが…」

 そう言って正拳突きを放つ。100m程離れた紅鳴館に、光を放つ金色の虎が襲い掛かる。ドン!という大きな音が1回だけ響き、紅鳴館が綺麗さっぱり、跡形もなく消え去った。

 

「さて、依頼完了ね。神崎さん、一緒に警視庁に行く?」

 完全に心が壊れ、廃人と化したブラドを、突き刺さっていた地面から片手で引きずり出し、軽々と持ち上げた遠山かなこの横で、狐崎がそう言う。

「そ、そうね。そうさせて貰うわ…」

「じゃあ行きましょう。」

 アリアを連れ、歩き出す狐崎。彼女たちの姿が見えなくなるまで、私とキンジは、呆然とそれを見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―狐崎みすず視点―

 

 

 

「イ・ウーには関わらない約束では?」

「あら、イ・ウーには関わっていないわよ。今回は『無限罪のブラド』に大切な形見を奪われた、可哀想な少女からの依頼に応じただけよ。」

 警視庁で同級生の武装検事に絡まれた。

「あまり勝手なことをされては困るんですけど。」

「貴方が困るなら、それ以上に嬉しいことはないわ。もっとやりましょう?ねえ、かなこ。」

「強き者と戦えるならなんでもいいぞ。」

 顔を洗ってきたかなこに振ると、そう返してくる。

「そう、なら彼なんかお勧めよ。さっきのブラドよりは強いらしいわよ。」

「ほう…そうなのか、冷泉?」

 キラリ、と獲物を狙う目になるかなこ。

「と、遠山さん。僕はそんなに強くないです!それより、その根性の捻じ曲がった悪魔を祓って下さい!」

 そう言って私を指す冷泉君。

「あら、天下の武装検事が情けないわね。久々にかなこを送り込むわよ。」

「すみません、やめて下さい。あ、いえ、遠山さんは何も悪くないですよ!」

 恋心と身の安全、その狭間で葛藤する姿は中々に愉快ね。まあ、誰にも渡す気はないけれど。

「そうだ、冷泉君。なんか最初は面白くなりそうと思っていたんだけど、飽きてきたのよ。」

「いや、意味が分からないんですが…」

「イ・ウーの…いえ、緋々色金に関する一連のことよ。正直、飽きたわ。さっさとかなこにぶん殴らせて、全部終わらせてみるのも面白いと思うのよ。」

 やはり誰かの描いたシナリオに従うのはどうも性に合わないわね。何処かで歪ませ、ぐちゃぐちゃにしてやりたいという衝動が生まれてしまうわ。

「貴女って、本当に世界にとっての悪ですね。本当なら今すぐにでもしょっ引きたいですよ。」

「あら、出来るのかしら?」

「出来ないから頭が痛いんですよ…お願いですから、余計なことをしないで下さい。」

 眉間に皺を寄せ、冷泉君が言う。

「それがかなこを喜ばせるのに?」

「程々でお願いします。」

 弱いわね。

「それじゃ行くわ。出来れば二度と会いたくはないけど…」

「それは僕も同じです。」

 睨み合いそう口にしあう。

「冷泉、またな。」

「はい!遠山さん!」

 反してかなこにはデレデレとする彼、ここまで露骨にしても、かなこには彼の恋心は1ミクロンも届かないのだから愉快だわ。さっさと告白して、玉砕するのも面白そうね…今度吹っ掛けてみようかしら?いえ、ダメね、こういうのは、そのままの方が面白いわ。

 

「ねえ、どういう風の吹き回しなのよ。」

「どうもこうもないわ、面白くなりそうな方に動いた。それだけよ。」

 ブラドの身柄引き渡しを終えた神崎と共に並んで歩く。かなこは先に帰ってしまっている。

「面白くなりそう?本当に、キンジの言う通り、性根が腐ってるのね。」

「あら、あの子そんなこと言ってたの?お仕置きが必要ね…まあ、それは今はどうでもいいわ。」

 そう、本当にどうでもいい。

「足るを知る。これが人生において大切なことよ。でも、永遠に足りない、満ちることのない者もいるのよ。」

 欲は果てしない。目的、目標を達成しても、満足せずに更にそれ以上を求めてしまうものだ。だから、満ち足りずとも、足りているのならそれでいい。そう思えるようにならない限り、欲望は止まらない。それに私は気付いている。だから以前の様に無茶なことはしない。

 だけど、あの子は今だに飢えたまま。あの子、かなこが求めるもの、彼女の欲は、ただひとつ。強き者。彼女は私では満たせない。彼女を満たしてあげたい。彼女の幸福、喜び、そういったものが今の私の目的。その為なら、この身を滅ぼしても構わない。

 …なんでこんな思いを抱く様になってしまったのかしら?唯一心を許せる友人であるかなこが、これ程自分の中で大きな存在になってしまっている。彼女と出会う以前には有り得ない感情だ。利己的で、他者の不幸にしか興味なんてなかったのにね…

 良くも悪くも、あの子に影響されてるのかしら?

 

 私の言葉に首を傾げている神崎を見て、自虐的な笑いが出てくる。純真ね。世の中には、白と黒以外も、いえ、それ以外の方が多いというのに、はっきりしないことに対する整理が追いつかない、そんな目だ。

「私の言っていることは、社会人になれば、嫌でも分かるわよ。分かりたくないのなら、強くなりなさい。かなこ以上に。じゃあ、私は帰るわ。」

「あ!ちょっと!待ちなさいよ!」

 引き留める神崎を無視し、車に乗り込む。

「次は、いよいよ本丸ね。最後の舞台、どんな風に台無しにしてあげようかしら。」

 ブラドが倒れ、シャーロックは最後の舞台を用意する筈。そうなればキンイチも動く。

「少しは面白くなりそうよ。かなこ。」

 ここにはいない、最も愛しい人へそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―キンジ視点―

 

 

 

 単位不足にカナの言葉、頭が痛くなる事ばかりだ。 

 単位確保の為に臨んだカジノでの警備任務。そこで巻き起こるパトラの襲撃。俺の日常はどこに吹っ飛んでいってしまったのだろう…

 

 そして始まる兄さんとの対決。

「眠れキンジ。兄より優れた弟など、いない—―」

 来るぞ—―『不可視の銃弾』が!

 しかし、実際に『不可視の銃弾』が来ることは無かった。実際に来たのは、『不可視の銃弾』なんかよりも遥かに恐ろしい存在だった。

「なら、私がお前たちの頂点というわけだ。」

「「姉さん…」」

 この人が出てきた以上、俺たち兄弟は喧嘩なんかしている場合ではない。

「キンジ、逃げるぞ!」

「ああ、当然だ!兄さん!」

 俺たち姉弟のカーストの圧倒的頂点に立つ姉さんに、俺たちは本能的に逆らえない(逆らっても酷い目に合うのでどっちみち無駄なのだが…)。なら選択肢は逃げるしかないのだ。

「ちっとも成長しておらぬな…その程度で私から逃げれると思っているのか?」

 

 —―兄さん。

 そう呟いて、俺は目を覚ました。

「キンちゃんキンちゃん!桟橋に倒れているのを見た時は、本当に心配したんだよー!」

 恐ろしい姉から逃げようとして、それから先は覚えていない。

「…そうだ!アリアは!」

 恐怖のあまり、大切なことを忘れてしまっていた。

「アリアはパトラに攫われた、理子がアリアにつけてたGPSが示してるよ。キーくん。」

 理子とジャンヌの姿、ふたりはカナとなった兄さんから連絡を受け来たらしい。

 俺よりも数時間早く意識を取り戻し、行動を開始出来るとは、やはり兄さんは強い。…例外な姉さんを除けば最強だ。しかし、その例外は何処へ行ったのだろう?本当に自由気ままで嵐のような人だ。

 

 パトラとの決戦、白雪がパトラとの激戦を繰り広げるも、ピラミッドによって無限に力を行使できるパトラに俺と白雪は無力化され始めたが、カナが援軍として参戦し、アリアを目覚めさせることに成功する。

 それと同時に、『緋弾のアリア』をも目覚めさせてしまった。しかし、それも直ぐに眠りにつく。

 ひと段落ついたと息をついたとき。

「—―キンジ…逃げなさいッ!」

 カナが叫んだ。そして現れる原子力潜水艦、ボストーク号。

「『教授』…やめて下さい!この子たちと—―戦わないで!」

 俺たちを護るように、舳先のさらに前方に立ちはだかったカナに向け、弾丸が放たれた。いや、放たれた筈だった。

「やっぱり退屈だわ。結末の分かっている劇なんて。」

「みすず…」

 俺の横に突如現れたみすず。となれば、当然、カナの前には姉さんがいる。

「わざと受ける気だったな、カナ。」

 カナへと向かう筈だった狙撃銃の弾丸を掴んだ姉さんは、それを親指で弾く。

 ガチャン!という銃が破壊される音、カナを狙った男が手にしていた狙撃銃に姉さんの弾いた弾丸が命中したらしい。

「曾お爺さま…」

 そして、その男を見たアリアの呟き。思考が追いつかない。しかし、それは俺だけではない。アリアも、そして、シャーロック・ホームズ1世でさえだった。

「参ったね…全く予想していなかったわけではないけど、君たちの考えが読めない。狐崎さん…いや狐崎女史。君の目的は、君は何を考えているんだい?」

 世界最高の探偵でさえ分からないみすずの思考。

「何も考えてない。が正解かしら。貴方の思い描く『緋弾のアリア』があの程度だと知って、自分でもどうしたいのか分からないのよ。なら、かなこみたいに生きるのもいいんじゃないかと思ったのよ。」

「あの程度?」

 シャーロックの顔が曇る。まるで最高の計画書に×を付けられた様に。

「ええ、あの程度ではかなこの足元にも及ばないわ。それじゃあかなこは満たされない。ねえ、もっと強い、かなこを満足させれる相手はいないの?」

「今の君は、正常ではない…冷静な君らしくもなく、取り乱している。落ち着くんだ。」

 シャーロックが警戒しつつも、不安定なみすずを諭す。

 俺も、こんなみすずを見るのは初めてだ。

「そうね、貴方の最高傑作となる『緋弾のアリア』、それが目覚めた段階で、かなこと戦わせて台無しにする予定だったわ。でも、あんな色金程度ではダメだったのよ。もう地上には、いえ、この世界にはかなこを相手に出来る存在が無いの。世界最高の頭脳を持つ貴方ならどうするのかしら…」

 疲れ切った様子でシャーロックへと投げかけるみすず。

「狐崎女史…君はもう分かっている筈だ。今の僕と君の頭脳では、君に軍配が上がる。僕が君に教えれることなんか無いんだ。なら、聞くべき相手はひとりしかいないんじゃないだろうか?」

 若干の悔しさを滲ませたシャーロックの言葉。

 その視線の先にいるのは姉さんだ。

 

「そう…やはりそうなるのね…」

 感情の消え去った瞳から、一筋の涙が頬を伝う。みすずが泣いている…

「ねえ、かなこ。もうここには用がないわ。帰りましょう。」

「いいのか?」

 みすずの前に一瞬で移動し、そう言う姉さん。

「ええ、構わないわ。…ああ、でもなんだか気に食わないから、とりあえず一発ずつ殴っておいてくれないかしら。」

「おい!なんて恐ろしいことを言うんだ!そういうのを八つ当たりっていうんだぞ!」

 本当に何考えているんだみすずは!

「あら、人のことを性根が腐ってるなんて言い回ってるのに随分な言い様ね。」

 アリアの奴、話しやがったな!

「かなこ、お願い。」

「ああ…」

 姉さんの姿が見えなくなり—―

 世界が暗転した。

 

「ここは…」

 大きな聖堂。我を失いそうになるほど美しい空間。ここは天国か?

 複雑な、高く聳えるステンドグラスの下にいるのは…

「アリア!」

 ダメだ、目覚めない…しかし、呼吸はしている。気を失っているだけのようだ。そしてそこで気付く。倒れているのはアリアだけじゃない。

「シャーロック…」

 本当に殴っていったのか姉さん…

 しかし、カナの姿は見えない。上手いこと逃げているのないいが、姉さんが本気ならその可能性は有り得ない。

「死ぬなよ、兄さん…」

 どんな目に遭わされているのか、想像するのも恐ろしい。いや、案外俺よりも早く目覚めて何処かに行ってしまったのかもしれない。兄さんも兄さんで神出鬼没だからな。

 だが、これはチャンスなのではないだろうか…

 全く目覚める様子のないシャーロック。そろりそろりと近づき。

「逮捕!」

 ガチャン!とその手首に手錠を掛ける。

 逮捕出来ちゃったよ、世界最高の名探偵…

「流石にそれは卑怯じゃないかい?」

「ちぃ、目覚めやがったか。」

「本当に、君たち姉弟は推理出来ない。しかし、今の君はまだ僕には勝てない。でも、そのタフさだけは認めるよ。僕よりも遥かにタフだよ。キンジ君。僕よりも3発多く殴られているのに、僕よりも早く目覚めるのだから。」

「おい待て、俺はそんなに殴られたのか…」

 ええ…何してんの姉さん…

「さて、とんでもない横槍が入ったけど、再開だ。」

 

 シャーロックとの死闘、アリアに撃ち込まれた緋弾、全てが終わった様で全ての始まりでしかなかった。

 イ・ウーとの死闘を終えた俺は、その残党や様々な勢力、強敵たちと戦うことになる。しかし、そんな激動と激闘の日々の中で、どうしても腑に落ちないことがある。

 あの日以来、みすずと姉さんがいなくなった。田園調布にあった事務所も、今は別の住人が入居している。

 きっと姉さんのことだから、何処かで暴れ回っているのだろうと思っていたが、そんな騒動も何一つ聞かない。なんの音沙汰も無いまま、俺も忙しい日々に追われ、それどころではなくなっていた。

 

 そんなある日、ふと実家に立ち寄った。

「ただいまー。」

「あら、なんの用かしら?」

 バタバタと玄関を飛び出し、表札を確認する。間違いない『遠山』も文字。

「なんでお前がいるんだよ!みすず!」

「随分な言い草ね。暫くかなこと同棲してたんだけど、家事って面倒くさいのよね。だから一昨日ここに引っ越してきたのよ。」

 こいつ、そんな理由でここに寄生してんのかよ。

「ちゃんと家賃は入れてるわよ。多めにね。」

 暫く実家には寄り付かない様にしよう。しかし、俺には安寧の地はないのだろうか…

「それより、今まで何処でなにしてたんだ?」

「話す義務はないわ。でも、大人の時間、とでも言っておくわ。」

 その日々を思い出したのか、見た事もない柔らかい表情で微笑むみすず。こいつ、こういう風に笑えるんだな。

「さて、私は仕事に行くわ。…そうそう、これ新しい事務所の住所よ。何かあったら、条件と金額次第では助けてあげるわ。」

 差し出された名刺に刻まれた住所、また都内の一等地かよ。弁護士って儲かるんだな…いや、こいつの場合、姉さんで荒稼ぎしている可能性が高いから例外なのか?

「出来れば一生お世話になりたくないな。」

 そう言って名刺を破り捨てる。

「そ、どうでもいいわ。じゃあ行ってくるわ。」

 カツカツとヒールを鳴らして歩いて行くみすず。その背中を少しだけ見送り、実家に上がる。

 

「おかえり、キンジ。」

 婆ちゃんがそう言いながら居間へとお茶を持ってきてくれ、ひと息つく。

 あれ?みすずがここに住んでるってことは、姉さんも帰って来てるってことか…

「婆ちゃん、もしかして姉さんが…」

「かなこなら今お風呂だよ。ついさっき迄山に行ってたらしいわよ。全く、あの子は何を考えているのやら…」

 うん、多分何も考えていないのだろう。

「みすずちゃんが一緒にいてくれるから少しは安心出来るけど、やっぱり心配だわ。」

「俺からしたら、ふたりでいる方が不安なんだけど。」

 俺と婆ちゃんでは認識に齟齬があるらしい。

「まあ、そんなに心配せずとも、あの子らが幸せならよいじゃろ。」

 新聞から目を放して、俺と婆ちゃんにそう言う爺ちゃん。

「ええ、そうですね。それで十分なんでしょうね。」

 

 夾竹桃こと鈴木桃子が、巣鴨の実家周辺をうろつく様になるのは、この数日後だった。

 

 

 





if―開幕編ーが完結となります。
最後グダグダになってしまいました。
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