―狐崎みすず視点―
「それで、就職先ではどんな感じかしら?」
東京武偵高を卒業後、大学に進学した私は都内のマンションを借り、かなこと半同棲状態となった。
かなこは住居にこだわりが全くない。屋根と壁、あと水が出ればどこでもいいという、凡そ年頃の乙女には有り得ない価値観で生きている。
そもそも、彼女の戦闘力があればセキュリティは無しでいいし、あの脚力があれば地球の裏側に居ようとあっという間に通勤出来るから、駅近とかそういう条件を必要としないのもある。
しかし、かなこがそれで良くても、私には耐えられない。通勤通学に15分以上掛かるなんて許せないし、満員電車なんて死んでも乗りたくない。目的地に徒歩15分圏内でなければ許容出来ないし、オートロックは必須だし、風呂トイレ別で、洗濯機は室内置きでないと嫌だ。
よって、私が選び抜いた部屋にかなこと家賃を折半して暮らすことになったが、かなこは自分の気分次第で帰る場所を実家、この部屋、と変える為、完全な同棲というわけではなく、半同棲ということになっている。
「よく分からん。とりあえず書類は獅堂殿に渡せばいいと言われたのでそうしている。あとは出動が掛かるまで寝ている。」
公安0課、三式、獅堂虎巌。中々のビックネームに書類を押しつけて寝ているのね…まあ、正しい判断だと思うわ。この子に戦闘以外の仕事は出来ないし、かといってなにもさせずにフラフラさせてると、国境を越えて暴れ始めるし、用がある時以外は寝かせておくのが一番。これは私の経験からも正解に限りなく近いかなこの運用方法だろう。もっとも、その答えに辿り着く迄に公安0課の何人の胃に穴が開いたのかは勿論調べているが、同情したくなる程度には被害を受けたようだ。
「そう、上手くやれているようでなによりだわ。」
それだけ被害をもたらしておきながらも厚遇されているのは、やはり戦力としてのかなこを手放したくないということ。勿論、かなこを渡す気など微塵もない。4年間預けているだけ、キッチリと利子をつけて返してもらう。
「みすずはどうなのだ?大学とは楽しいのか?」
「楽しいとは思わないけど、役に立つ場所だとは思うわよ。」
東大とは、後の出世や地位を約束されたエリートが集まる場所だ。一方で大学生という特別なマージナルマンである彼らは、羽目を外し過ぎてしまうことも多い。コネクションだけでなく、弱みやスキャンダルを握り、後に役立てるには絶好の場でもある。
「ああ、そう言えば、冷泉君も同じ大学に入学してるわよ。同じ学部で学科まで同じだから、見たくもない顔を定期的に見るのは不愉快だわ…あと、面倒な奴がひとりいるくらいかしら。」
鈴木桃子、又の名を夾竹桃。別に戦力としてみればかなこがいるこちらにとって、なんの脅威にもならないが…
「みすずは相変わらず冷泉が嫌いだな。別に悪い奴ではないと思うぞ?…しかし、面倒な奴とは?」
さて、どこまで話しておくものか…かなこに説明したところで、彼女の趣向や趣味は理解出来ないだろうし、あっさりと受け入れてしまう可能性の方が高い。そうなってしまえば、かなこ公認の元、あの女がこの部屋に居座る未来が見える。それは避けたい。
その一方で、彼女は間違いなく仕掛けてくると確信している。今この瞬間でさえ時期を見計らっているに違いない。勿論、今現在侵入されることは有り得ない。彼女の様に潜り込むやり方はかなこがいる限り気配で見破られるし、私も徹底的にセキュリティを強化し、物理的な強行突破以外での侵入は出来ない様になっている。
「いろいろな事情があってひとりの同級生と友好関係を結ぶことになったの、でも、彼女と私は考え方が似ている様で全く違うのよ。そのくせに、彼女はグイグイとこっちに寄ってくるの。厄介だわ。」
なのでこういう表現で濁しておく。要するに少し愚痴りたかっただけだ。
「それは友人になりたいのではないのか?」
首を傾げるかなこ。そんな彼女に言い切る。
「かもしれないわね。でもお断りだわ。私はそもそも友人とかそういうのは要らないのよ。かなこ以外はね。私の友人はかなこひとりいれば十分だし、それ以上は必要ないのよ。友人なんて大勢いても、結局比重が変わるわ。それだったら、本当に必要なひとりに全ての比重を与える方が効率的でしょ?」
そもそも、かなこに出会わなければ、友人というものは生涯出来なかったし、必要と思うことさえなく一生を終えていたでしょうね。
「みすずの考え方は難しくて分からぬ…」
瞼を擦るかなこ。少しでも考えてしまったから、案の定眠くなったみたいね。
「貴女は分からなくても大丈夫よ。ただ、一緒にいてくれたらそれでいいの。」
「そうか…それならそうしよう。」
そう言って大きな欠伸をひとつして、そのままゴロンと床に転がるとすぐさま寝息が聞こえてくる。
「全く…優しすぎるのよ、このバカ…」
このバカが風邪をひくことは有り得ないとは思うけど、タオルケットを掛ける。
こんな私に寄り添って、一緒にいてくれる。
だから、『ふたりの事務所を持つ』彼女がそんな夢を語った時に、同じ将来を描いてしまったのだろう。私の理想や思いを全て捨ててでも、かなこと同じ夢を追いかけたい。いつでもそばにいたいから。
どんなに悪名を得ようと、敵を作ろうと、汚れ仕事は全部やる。彼女にはそういうことを知る必要はないし、やる必要もない。純真で、綺麗なままでいて欲しい。
「かなこ…そのままでいて…」
規則正しい寝息をたてるかなこの髪を撫でた。
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―獅堂虎巌視点―
とんでもない奴を引き入れてしまったのではないか?
そんな違和感は直ぐに確信へと変わった。
その結論に至る以前から、おかしいとは思っていた。
東京武偵高にとんでもない奴がいる。そんな噂はその件の人物が入学した時点から知れ渡っていた。一般中からの進学組でありながら、武偵小、中と武偵の世界にどっぷりと浸かった連中を圧倒し、挙句、あの武偵高の教諭たちでさえ手も足も出ないという、史上稀に見る逸材。
そんな逸材なら、いち早く引き込まなければ。それが公安0課の総意だった。それと同時に、噂が本当であるならば、0課の全力を持って臨まなければならない。
そうして、俺を含む三式から一式までもが動く異例の勧誘を行うことになった。
俺たちの中にも驕りがあったのは否定しない。相手は所詮高校生。潜って来た修羅場の数が違うし、実力差を見せつけ、強制的にでも仲間に出来るという思いがあった。そしてその姿を見た時、見た目だけなら、テレビや雑誌で見る芸能人なんかよりも目を引く容姿、とても噂通りの人物ではないと感じていた。
しかし、結果は惨敗。誰一人として奴に有効打を与えるどころか、何もすることもなく地に伏した。
その美しい少女は、公安の総力さえ蠅を払う様に、いとも簡単に無力化する規格外の化物だった。
その力に魅入られ、思わず勧誘してしまった俺は、激しい後悔をすることとなった。
遠山かなこの初仕事は、予想外のタイミングで訪れた。
俺の率いる三式班は、あるターゲットに対し、行動を開始しする算段をとっていた。奴らは政府に対するテロ行為を計画する連中とそいつらに雇われた傭兵や武偵崩れ。特に警戒すべきは傭兵たち。国内外問わずに雇入れされた傭兵たちは、中々に名うての者が揃っており、俺でも手こずる様な名前も複数上がっている。
入念な作戦と計画を建て、可能な限り最小限の被害で殲滅ないし、無力化する為に頭をひねる。手持ちの戦力とターゲットの戦力を鑑み、任務成功は可能だが、ある程度の被害は免れないという結論に達する。公安0課、殉職があり得る仕事であり、何人も殉職者を見てきた。誰も死なせたくない。そんな思いもある一方で、仕方ない部分という風に割り切り始めた自分がいるのが悔しいやら悲しいやら…
そんな複雑な葛藤を押し殺し、部下たちへ作戦を説明を終え、目標へと向かおうかという時だった。
「あそこにいる奴らを殴ればいいのか?」
気配さえ感じさせずに背後からそんな声が聞こえた。
「なんでここにいるんだよ…」
一瞬止まった心臓が激しく鼓動を打ち、冷や汗が噴き出るのを誤魔化す様にそう言う。なんでこいつはここにいるのか、そして何をするつもりなのか…分からない。分からないが、とんでもないことが起こる。そう生物としての直感がビンビンと察する。
「なにやら面白いことをすると聞いて来た。それで、あそこに行けばよいのだな?」
疑問に対する適切な回答など何ひとつない。しかし、ゆっくりと一度だけ頷く。そうしなければならないと本能で頭部が動いたのだ。
「ならば少し行ってくる。」
その声と同時に、一瞬で遠山かなこの姿が消え—―
「終わったぞ…思ったよりも面白くなかった。」
少し不満そうな表情で再び現れる。
呆然としながら部下たちと共にターゲットの滞在する基地へと侵入する。見事に消し飛んだ入口の扉、気絶し横たわるターゲットたち。こいつは、俺でさえ死を覚悟する相手を複数相手に一瞬で制圧して見せた。しかも、こいつはまだ全力を出していない…いや、出せていない。
言葉さえ失った俺たちが恐る恐る彼女の方を見ると、既にその姿は無い。
まるで夢を見ているような感覚の中で身柄を抑え、車輌で帰路につく。その道中、誰ひとりとして言葉を発することはなかった。
そして警視庁へと戻り、公安0課へと入ると、俺のデスクの椅子に座りスヤスヤと眠る遠山かなこの姿。誰ひとりとして起こそうとはしない。
しかし、彼女へと向けられる目は、居眠りを咎めたりするものではなく、起こさない様に細心の注意を払うもので、そこには恐怖と、僅かながら尊敬と憧れがあった。
「おい待て、なんだこの書類の山は…」
翌日出勤し、己のデスクに積まれた書類の山を目にし、思わずその隣に立つ女にそう問う。
「知らぬ。しかし、私は分からぬと言ったら獅堂殿に任せろと言われたので持ってきた。」
言われた通りにやっただけだと首を傾げるそいつは、一度大きく伸びをして歩き出す。その方向に目をやると更に頭が痛くなる。
公安0課に、今までなかったものが出来ている。大きさは2畳程だろうか?小さな小屋が出来ている。その小屋の扉に書かれた文字、『公安0課 遠山かなこ』。
あれがあいつのデスクなのか…
「どうなってんだこりゃ…」
「知らぬが長待からあそこに待機するよう言われたのだ。用があれば連絡があるらしい。」
そう言って扉を開く。中には布団と小型の冷蔵庫が一台。それだけだ。
「おい、これじゃあ仕事が出来ねぇじゃねぇか。」
俺の率直な感想に遠山かなこは首を傾げ、
「出来ると思うぞ?私の仕事は出動要請が掛かったら敵を殴るだけだと言われたのでな。」
と答える。そして、
「そういうことなので、これからよろしく頼むぞ、獅堂殿。」
そう言って小屋に入り、扉が閉まる。数秒も経たずに寝息が聞こえてくる。
どうなってんだ…そう思いながらもデスクに戻り書類を見る。
「全部お前の始末書じゃねぇーかーっ!!」
奴の容赦ない正面突破で破壊された施設や設備、装備品(貸与されたものを握った瞬間壊れた)等に対する始末書が山積みになっているのだと分かり、叫びを上げる。
とんでもない奴を勧誘してしまった。
そんな後悔はもう遅かった。それから書類と遠山かなこへの対処に追われる日々が繰り広げられることになるのだった。
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―夾竹桃視点―
「枯れない花はないわ。でも、花は何度でも返り咲く、私はそう思うわ。」
遠山かなこと狐崎みすず、東京武偵高に入学した直後から、表裏を問わず世界に名を轟かせたそんなふたりを知り、接近を試みていたが、中々上手く行かなかった。
理由は単純で明快、誰も語らないが、私がイ・ウーへ入学する以前に彼女たちはたったふたりでイ・ウーを半壊させたという噂。少し調べたが、恐らく事実だろう。そうなれば、容易に近づいて再起不能な被害を受ける可能性がチラつくからだ。
しかし、狐崎みすずが私と同じ大学に進学することが分かり、一気に好機が訪れた。彼女に接近し、表面上だけだが友好関係を築くことに成功した。
それ以来、狐崎みすずと遠山かなこのふたりを遠くから見つめる日々を送る。最高の題材だし、創作意欲が湧き上がってくる。それだけで充分だと思っていたし、満たされていた。
しかし、それは直ぐに変わる。人間は欲深い生き物。満たされているのに、満たされた環境に浸かり続けると、それだけでは満足出来ずに更に求めてしまう。
「ねえ、いつまで隠すつもりなの?」
遂に狐崎へと問うてしまっていた。
「何度言わせるのかしら?私とかなこは貴女の思い描く様な関係じゃないわ。」
苛立った様子で六法全書を机に叩きつけながらそう言う狐崎。彼女らしくない感情的な仕草に、しまったと思ってしまう。私は傍観者、過剰な干渉はあるべき友情の姿を変えてしまうのだ、という基本的なことを失念していたのだ。
「ねえ鈴木さん?何度も言ったと思うけど、貴女がどんな妄想をしようと勝手だし、それを制約する権限は私にはないわ。でも、それを押し付けるというのなら、貴女との友好関係は終わりよ。」
不機嫌を通り越して、無感情になった瞳と声がこちらに向けられる。
「そういうつもりじゃないわ。ただ、貴女の真意を知りたくなっただけよ。創作者としてね…」
そう言ってみるが、彼女の目は変わらない。
「そう…なら聞くわ。貴女の創作意欲と好奇心で、貴女の思い描く友情とやらが崩壊するのは構わないのね?仮に私の思いが、貴女の想像するものだとして、その感情のままに動いたら、今まで関係は姿を変えるわ。それが貴女の望みなのかしら?」
変わる、私を虜にしたふたりの関係が形を変える…
違う、変わるのではない、前へと進むのだ…
彼女たちのそれは、もはや友情という枠を超えたものに思える。その思いは遠山かなこよりも、狐崎みすずの方が強いと、長年傍観者を続けてきた私には分かる。それに、遠山かなこの性格なら、彼女の思いを無下には出来ないし、受け入れるだろう。
それに…
「枯れない花はないわ。でも、花は何度でも返り咲く、私はそう思うわ。」
美しき友情は花と同じ、枯れることだってあり得るが、種を蒔き、再び花を咲かせる。勿論、必ずそうなるとは言えないが…
「花ね…面白い例えだとは思うわ。なら、その例えに従って私を表現するのなら、私たちは作り物の花、一度終われば、二度と咲くことはない。」
「作り物?造花と言いたいのかしら?」
彼女の言い回しに回答を求める。
「造花とは少し違うわね。例えるなら…そうね、繊細な硝子細工で作られた、一輪の花、かしら?誰も触れずに、厳重に守っていれば永遠に枯れることはない。だけど、少しの衝撃で、簡単に崩れ去り、二度とその姿を見せることはない…」
硝子細工の花…美しく、永遠の美で魅せるのに、儚さを兼ね備えている。
「私たちは、その茎を、花弁を、長い時間を掛けて作り上げてきた、でもね、ちょっとの間違いで、それは容易に形を変えるし、割れることだってある。」
彼女の言葉が真意なのか、それとも私を煩わしく思っての方便なのか、無感情の瞳からそれを読み取ることは出来ない。でも—―
「面白い表現だわ。次の作品に使わせて貰ってもいいかしら?」
私の作品に新しい風を吹き込ませる。返り咲く友情や、ただ咲き誇る友情とは違う、花は容易に摘み取れる。しかし、彼女の言うそれは違う。摘み取ろうと触れれば、脆く崩れ去る花。何人たりとも触れられぬ、しかし魅了する硝子細工の花…使えるわ!!
「ええ、構わないわよ。だって、ただの仮定の話を例え話で説明しただけだもの。」
そう言って鞄を手に取る、これ以上私と会話する気はないようだ。勿論、私も湧き上がり、今にも溢れ出さんとする創作意欲をハンカチで押さえるので手がいっぱいだし、なにより、これ以上の会話は無粋というものでしょう。
これからも、私は様々な花たちを見守っていくことになる、しかし、この花だけは特別だ。傍観者、見守ることに徹すると心に決めている私が、愛でるだけでなく、思わず触れたくなってしまう。
そんな魅惑の花に出会ってしまったことに、盛大な歓喜と僅かな不安を抱えることになる。