―キンジ視点―
「なんでここに集まるんだよ…」
例の如く我が家へと集結しているバスカービルの面々。家主である俺の意向など完全に無視されている。
しかし、やいのやいの騒ぐ女共はまだいい。いや、良くないんだけど、まだマシだと言うことだ。
バスカービルの面々に遅れること数分、いつもの様に何の前触れもなく姉さんが現れた。それはもういい、仕方がない。だって姉さんだから。
「それで、なんでお前までいるんだよ!!」
「別に好きでこんな所に来てるわけじゃないわよ。かなこが勝手に連れて来たのよ。」
不機嫌そうに答えるみすずは、仕事の途中だったのか、弁護士バッジの付いたスーツ姿だ。
「みすずが理子に用があると言っていたのでな、気を探って来た。」
姉さんの言葉に呆れた様に溜息を吐くみすず。理子に?一体何事だ?面倒くさいことじゃないといいなぁ…でも、絶対面倒くさいことになるんだろうなぁ…
「え?私?」
流石の理子も予想外だったのか、少し驚いた様子で振り向きた。
「用、って程じゃないわ。ただひとつ聴きたいだけよ。正直に答えなさい、それが貴女の為にもなるわ。」
理子に向き合うみすず、仕事モードなのか、有無を言わせない目になっている。
「峰理子…いえ、リュパン4世、ICPOから追われてはいないわよね?」
みすずがあえて理子の嫌う4世という呼び方をしたのは、理子の先祖に関することだからなのか…しかし、ICPOか…警察相手は面倒どころじゃねぇな。殴って終わりってわけじゃないし。
「ICPOが?」
心当りがあるのか、それともスイッチが入ったのか、裏理子となり目付きも変わった理子が答える。
「そう、ICPO。貴女のお父上と因縁のあるあのICPO。正確に言うのなら、貴女のお父上、リュパン3世と因縁のあるICPOの警部、その娘から連絡があったわ。協力して欲しいとね。」
みすずが淡々とそう言う。理子の父、リュパン3世はこっちの界隈では知らない者などいない程の有名人だ。彼とその一味は、世界中からお宝を盗んだ大怪盗団であり、化物共と何度も対峙し、勝ち続けた人間辞めてる怪物だ。
そして、そんな怪物を追い続けた警部も有名人だ。そう、あの銭形平次の子孫である。
成程、そんな人物の娘から連絡があったら、真っ先に疑うのは理子になってしまうのも無理はない。
「悪いが、心当たりがない。あんな化物に喧嘩売るなんて、自殺願望がなけりゃしないさ。」
裏理子の荒っぽい口調でそう答える。だが、俺は理子の言葉に疑問が生まれた。
「化物?確かにリュパン3世を追い続けれるだけでも十分凄いが、そんなに恐れる相手なのか?」
俺たちが知るあの警部は、リュパン3世を追うが逃げられ続けた男ということだ。捕まえられなかったって時点で、リュパンの方が強いのではないのか?
そんな俺の疑問は、みすずに鼻で笑われる。
「馬鹿ね、リュパン3世は何度も捕まっているわ。ただ、彼を閉じ込められる牢が無かっただけよ。」
呆れた様に言うみすずに腹が立つが、
「パパが言ってた、とっつぁんが本気なら、逮捕ではなく、殺す気で来ていたら、絶対に勝てない。俺たちは逃げるしかないんだって。」
裏理子から戻った理子が、懐かしむ様に言う。
「待て、俺たちって…まさか一味全員か!?」
だとしたら、化物なんてレベルじゃない。あのシャーロックよりも遥かに強いぞ!!
「そうだよ、一味全員を一斉に相手取って、数秒で逮捕したこともあるらしいよ。」
嘘だろ…なんでそんな化物が警部なんかやってんだよ…
「関係ないならいいわ。娘の方も父親に勝るとも劣らずらしいから、声をかけておきたかっただけよ。」
みすずらしくもない、こいつなら他人がどうなろうが関係ないって思う筈なのに…
「かなこの将来の義妹らしいし、少し恩を売っただけよ、出世払いでいいわ。」
俺を見てニヤリと笑うみすず。義妹?なんのことだ?
「ちょっと!!どういうことよキンジ!!」
「かなこ様の義妹、キンちゃんお嫁さんは私です!!」
突然ヒートアップする女共、おいレキ、無言でドラグノフを構えるな。
「遠山理子でぇーすっ!!」
理子が悪い笑みで俺に抱きつく。おい、やめろよ。
「風穴ぁっーーー!!」
「天誅ぅぅーーーっ!!」
襲い掛かるアリアと白雪、そしてレキ。畜生、みすずめ、最初からこうする気だったな。
みすずの思惑通りに、我が家がパーティ会場となりかけた瞬間、
「遠山かなこーーーっ!!此処かーーーっ!!」
我が家の玄関が蹴り破られると同時に、そんな怒声と共にスタイル抜群の美女が手錠片手に飛び込んで来た。
「ちょっと、何よアンタ!!」
突然の来訪者に、アリアが警戒心剥き出しに、銃口を俺から美女向ける。
「神崎・H・アリアだな、妹が世話になった様だな。だがそんなことはどうでもいい!!遠山かなこ!!ようやく見つけたぞ!!」
妹…あの銭形の姉か!?嘘だろ、全然似てないじゃん!!
「ん?おお、あの時の警官か。久しぶりだな。」
ははは、と笑う姉さん。そういう状況じゃなさそうなんですが…
「遠山かなこ、私から逃げたのはお前だけだ!!この屈辱、忘れぬぞ!!」
プルプルと手錠を握る右手を震わせる。しかし、それよりも気になることがあるんだが…
「その左手で引き摺っているのは…?」
彼女の左手で引き摺る大男に思わず目が行く。
「遠山キンジ、貴様も知っているだろう!!獅堂虎巌だ、サボっていたので気合いを入れておいた。」
あの獅堂をボコボコに出来る怪物、みすずが言っていたのは、マジなのか…
「逃げてはおらぬ、売られた喧嘩を買っただけだ。」
姉さんが逃げたと言われ、ムッとして答える。
「その後姿を眩ませた、疚しいことがあって逃げたのだろう!!」
銭形は顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。姉さんに喧嘩売って、殴られて、尚も追い掛けれるって…間違いない、こいつは化物だ。普通なら絶対に戦意喪失する。
「お前が起き上がらぬから帰っただけだ。」
姉さんの答えに、
「あのシンガポールでの夜は忘れん!!遠山かなこ、貴様は私の追っていた犯罪組織を壊滅させるだけでは飽き足らず、身元確認しようとした私と一戦交え、姿を消した。あの時は遅れをとったが、今回はそうもいかんぞ!!」
チャキッ、と手錠を構える銭形。獅堂は無残にも床に叩きつけられた。
「別に構わぬぞ。お前との一戦は中々に面白かったからな。」
強い相手と戦えるのが嬉しいという様に、楽しそうに言う姉さん。
…頼む、外でやってくれ。
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―峰理子視点―
ヤバい、こいつはヤバい。
パパが逃げるしかなかった伝説の警部、その娘も同様、人間を辞めた化物だ。
キンジの姉、世界で最も強い怪物である遠山かなこを相手に渡り合っている、
「本気で来い!!遠山かなこ!!」
投げ縄の付いた手錠と銃撃、徒手格闘で攻撃を繰り出す銭形。
「以前よりも強くなっているな。」
全ての攻撃をあしらいながらも、有効打を打たない遠山かなこ。どっちも怪物、少なからず、今の私たちが手に及ぶ相手ではないと実感させられる。パパは、こんな化物相手に逃げることに成功し続けたのか…
越えるべき壁の高さに戦々恐々とする。
「逮捕だ!!」
手錠が遠山かなこの右手に掛かる。
「私は逮捕される謂われはないぞ。」
そう言って、手錠を容易く左手で握り潰す。
「誤魔化しても無駄だ!!貴様、何度も密入国を繰り返し、各国のエージェントや軍人に被害を出しているのは分かっている。被害届は出ていないが、赦されることではない!!」
…うん、ガッツリ犯罪だ。被害届が出ていないのは、表に出したくないからだろう。
「何を言っているのか知らぬが、私は強者を求めただけだ。」
そう言って、砕け散った手錠を繋いでいたロープを引っ張る。
「お前が途方もない馬鹿なのも知っている!!この場で理解させようとは思わん!!留置所でゆっくり聞いてやる!!」
引き寄せられた銭形の右の拳が遠山かなこの左の掌に収まる。
「馬鹿だと!!私は馬鹿ではない!!」
強烈な右の拳が、銭形の腹部に叩き込まれた。…死ぬんじゃないのか?そんな信じられない威力なだけは分かる。
「ぐふッ…」
目を見開いた銭形が苦しそうに息を漏らす。死ななくても、落ちたな。
ぐらり、と崩れ落ちる銭形。
「なんのこれしき!!」
一瞬で復活する銭形。
化物だ…私だけではない、キンジも、あの狐崎みすずさえも目を見開き、驚愕している。
「逮捕だ!!逮捕!!遠山かなこ、逮捕するーーッ!!」
そう叫び、遠山かなこの最も得意とする徒手空拳で向かっていく。
ヒスキンでさえ圧倒的される様な近接格闘術、それを軽くあしらえるのは、遠山かなこだからなのだろう。銭形は紛うことなき怪物。しかし、相手が悪過ぎる。遠山かなこは、この世の理から逸した怪物だ。
叩き込まれる拳、意識が飛ぶ銭形。しかし一瞬で復活し、何度でも戦い続ける。
化物同士の対決、格の違いは有れど、理解可能な範疇を超えた戦いが続く。
「逮捕だ…」
銭形の腹部に突き刺さった遠山かなこの右の拳、弱々しくも漸く届いた銭形の右の拳は、遠山かなこの左頬に当たっている。
「参った、これ程の執念、参ったとしか言えぬ。」
遠山かなこが、倒れ行く銭形を抱え、そう言う。その表情は、尊敬と充足感に満たされていた。
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―狐崎みすず視点―
かなこには及ばない迄も、これ程の怪物だったのね。
銭形平静、父同様、ICPOに出向し、現場第一主義で出世を辞退し続ける警視庁及びICPOの最強戦力。警部を自称しているが、実際の階級は警視正。父と同様出世を拒んでいたらしいが、拒否され昇格させられたらしい。しかし、その力量から指揮官となる筈の階級でありながら、現場で陣頭指揮どころか、最前線で先頭切って闘う現場主義者である。
その圧倒的な能力と執念は各国のエージェントや特殊部隊でさえ凌駕すると称されていたけど、嘘偽り無い評価だったようね。
「みすず、どうすればいい?」
銭形をお姫様抱っこで抱えたかなこが問うてくる。
「そうね…置いていきましょう。かなこ、帰るわよ。」
そうした方が面白い…じゃないわね、そうする方がいい。今後の為に。
床に寝かされた銭形を一目見る。かなこの拳を数十発耐えた怪物は、気絶しながらも「逮捕だ…」と呟いている。
私に用がある様だし、どうせ事務所に来るでしょ。そう思い事務所へと戻る。…かなこは…そうね、近くに控えていて貰いましょう。何やら彼女と一方的な因縁があるようだし、彼女の用件も、かなこ絡みな気がするわ。
「おい!!置いてくな!!連れて帰れよ!!」
叫ぶキンジを無視し、部屋を出る。
「かなこ、貴女と一緒だと退屈しないわね。」
「そうか?…そうだな、確かに、みすずと共にいる時は何かしら起こるな。」
ホント、退屈しないわ。
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―キンジ視点―
紛うこと無き化物。
姉さん相手に一発当てた、それだけで、こいつが父さんと同レベルの実力者なのだと分かる。
理子の父親、リュパン3世はこんなレベルの相手から逃げ続けていたのか…流石、世紀の大怪盗だな。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
「そうね…置いていきましょう。かなこ、帰るわよ。」
みすずの無責任な言葉に従い、姉さんが銭形を床に寝かせる。
「おい!!置いてくな!!連れて帰れよ!!」
俺の当然の主張は、完全に無視され、部屋を出て行くみすずと姉さん。おい、待って。待って下さい。化物を放置するなよ。八つ当たりされたら死んじゃうよ、俺。
間違いなく、今の俺と銭形の実力差はそれくらいある。こいつにとってはじゃれ合い程度でも、俺には致命傷になり得る。姉さんからデコピン食らって三途の川渡りかけた俺には分かるぞ。
だが、あれだけの姉さんの拳を受け、しかも最後の一撃、あれをモロに食らったんだ、数時間は起きないだろうし、今のうちに外で時間を潰そう。
そう決意し、そそくさと勉強道具をまとめサイト図書館にでも行こうかと思案していた。
「キンジ、世界は広いのね…」
アリアが隣にやって来て、呟く様に言う。うん、俺もそう思う。こんな化物が世界にはいるんだからな。まあ、身内が世界最強の化物な俺が言っても説得力が無いんだろうけどさ。
「キーくんもそっち側に片脚突っ込んでると思うけどねぇ。」
「笑えねぇぞ、俺は普通の武装検事を目指す、底辺武偵だ。」
そう、こいつらの領域に入れば、命がいくつあっても足りない。普通が一番、それは揺るがないんだぜ。
何言ってんだこいつ、という目でふたりが見てくるが、それを無視し、荷物を纏める。
怪物と同じ空間にいられるか!!俺は外に行くぞ!!
そんな推理小説の死亡フラグの様な事を思ったのが悪かったのか、それとも、怪物が怪物たる証明なのか、
「遠山かなこーーーーぉっっ!!」
数時間は起きないと思っていた銭形は、姉さんの名前を、近所迷惑なレベルの大声で叫びながら、10分程度で起きてしまった。
「遠山かなこは何処だーーっっ!!」
飛び起きると、俺の胸倉を掴み、そう叫ぶ銭形。マジモンの化物だぞこいつ。
「みすず…狐崎みすずの事務所に行った。俺はそれ以上知らんぞ!!」
怖い、怖すぎる。父さんレベルの化物から胸倉を掴まれ、恫喝されるなんて、寿命が10年くらい縮むぞ。
「おのれぇ…逃さんぞ、遠山かなこぉーーーっっ!!」
俺の言葉を聞き、パッと手を放し、ぷるぷると震える手で手錠を握る。
嘘だろ、あんだけボコられて尚、姉さんを追いかけられるんだよ…メンタル可笑しいだろ…
「遠山かなこぉーーーっ!!今度こそ逮捕だぁーーっ!!」
そう叫びながら部屋を飛び出す銭形。
…おい、待て。よく考えたら、お前が蹴破った玄関、直していけよ!!
みすずが来ると碌なことにならない。その法則は崩れることは無いらしい。