―遠山かなこ視点―
武偵高、本来であれば、武偵小、中学校と通うつもりだったが、父上の意向で武偵高からの進学となった。
まあ、そのお陰で、みすずと知り合い、友人となったのだから良かったとも言える。
しかし、そんな念願叶って入学した東京武偵高だが…
「つまらんな…」
私に最も相応しいと思い入った強襲科、しかし、上級生だろうと、教官だろうと、皆私の寸止めの拳の気に当てられただけで倒れてしまう。
『武偵高は猛者と野獣が集う場所、か弱く可愛いかなこが行く様な場所じゃない。』
何度も入学反対した父上は、そう私を諭していたが…
「か弱い私よりも弱いとは…」
なんだか心配になってくる。幼き頃より、何度も私の拳骨に、気絶しつつ立ち上がり、文句を垂れながらも元気に逃げ回っていた弟たちの方がよっぽど頑丈ではないか!!
「入学早々やることじゃないわよ。」
遠くで見学していたみすずがそう言いながら私の側にやって来る。
「父上が言っていたのだ。武偵高は猛者揃い、か弱き私など、あっという間に食われると。故に将来の夫がおるやもしれぬと少し張り切ったが…相応しき者はおらぬな。」
そう、強き者こそ理想の恋人であり、理想の旦那だ。しかし、私をときめかせる者がいないのだな。
「本気で自分がか弱いと思っていることが、最大の問題なのよね…」
何故かみすずが溜息を吐く。私はか弱き乙女だぞ、父上がそう言っていたのだから間違いない。
「それで、どうするのよ。明日から、誰も組み手も模擬戦もしてくれないわよ。」
「なんだと!!では私は、何しに武偵高に来たというのだ!!」
猛者たちと毎日戦えると思い、武偵高に入学したというのに…しかし、確かにみすずの言う通りだな。なんせ、強襲科の全員と教官を纏めて倒したのだ、ここに私よりも強い者はいない。
それは実感する。
「つまらぬ…やめて世界を旅する。」
「バカなの?ああ、ごめんなさい、バカだったわね。せっかく壮大な親子喧嘩までして入学した武偵高なのに、もうやめるの?」
「バカと言うな!!私はバカではないぞ!!」
みすずの奴、事ある毎に私をバカ呼ばわりしおって!!
「そう、バカじゃないなら、武偵高に残るわよね?」
「当たり前だ!!私はバカではないからな!!」
私はバカではないから、やめたりせん!!…なんだかみすずの掌で上手く転がされた気がするが、気の所為だろう。
こうして、私の武偵高生としての日々が始まった。
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―狐崎みすず視点―
「バかなこ、やり過ぎよ…」
東京武偵高の受験日。専科は違えど、一般中からの受験生ということで一緒に受験に向かった私たち。かなこにとっては夢に見た受験日だというのに、何故その張本人が寝坊するのかしら…
まあ、緊張感が無いのはいつものことね。
筆記試験始まると同時に爆睡するかなこの姿を見て、溜息を吐きながら問題を解いていく。
流石都内最底辺の偏差値を誇る武偵高。簡単過ぎるわね。
「終わったのか?」
筆記試験が終わったというのに、目覚めないかなこを起こすと、伸びをしながらそんなことを言う。
「ええ、終わったわよ。寝坊してきた癖に、試験で爆睡なんて出来るのはバかなこだけよ。」
本当に受かる気があるのかしら?かなことの約束だから受験した武偵高だけど、私だけ受かっても意味無いのよ。
「バかなこと言うな。しかし、武偵高とは武人を目指す場であろう?難しい勉強など不要だ。」
自信満々に言い切るかなこ。いろいろと不安しかないわね。
「なら精々頑張りなさい。如何に武偵高とはいえ、筆記試験オール0点じゃ、余程のことが無い限り落ちるわよ。」
そう発破をかけた。それがいけなかった。
かなこの異常なまでの強さは、ここにいる全員で掛かっても傷一つ負わせることなど出来ないと、私は知っているのだから。
私の言葉に奮起したかなこは凄かった、というより、全ての受験生が気の毒になるほどの力を見せた。
格闘術試験では、早々にリタイアした私を尻目に、振るう拳から放たれる衝撃波で体育館を半壊させ、模擬戦闘では、数秒で試験場となるビルから気絶した受験生と教官たちを放り出し、ビルを指先ひとつで瓦礫の山に変えた。
「バかなこ、やり過ぎよ…」
その光景を見ながら、眉間を指で押さえて溜息を吐く。
あのバカに加減させなきゃこうなるなんて、とうの昔から分かっていたのに…
流石に落ちたわね。本来の第一志望校の受験に専念しましょう。…かなこは…中卒ね、しょうがないけど、あの子ならなんとか生きていくでしょう。
そう思っていた。
「武偵高っていうのは、私の予想を超える異常な場所の様ね。」
合格通知書を嬉しそうに持って我が家にやって来たかなこに、そう感想を伝えた。
「ん?そうだな。武偵高には猛者が集うらしいからな、今から楽しみだ。」
その猛者たちを虫を払うよりも容易く一瞬で戦闘不能にしたというのにことに、何故気付いていないのかしら…
まあ、かなこが楽しそうだし、どうでもいいわね。
「なら、同じ学校に通えるわね。」
私の下にも届いた合格通知書を見せると、私に抱きついて喜ぶかなこ。
「離しなさいよ。」
「照れずともよいではないか。みすずは小さくて抱きやすい。」
「小さくはないわ、かなこが大きいのよ。それに、照れてるんじゃないわよ。不快な感触が顔に当たってるのが気に入らないだけ。」
大きく育った柔らかい双丘が押し当てられ、不愉快になる。なんで私のは大きくならないのかしら?お母さんはそこそこあるというのに…
何がいけないのかしら?日頃の行い?だとしたら諦めるしかないわね。
探偵科の私とは違い、かなこは『明日無き学科』とも評される強襲科を選択している。
そして迎えた入学初日、入学試験で大暴れしたかなこは、当然の如く注目株となっているのだが、またしてもかなこはやらかした。
それは最早、注目株などという表現から、頂点という表現に変わる程…
物騒で血の気が多い強襲科、そんな学科の三年ともなれば、纏う空気さえ普通のそれとはかけ離れてくる。そんな連中を抑え付け、従わせる教諭たちは、その道の第一線級以上の実力者ばかり。
そんな普通じゃ有り得ない集団相手に、たったひとり、素手のみで、それも圧倒的力量差を見せつけての圧勝という伝説で始まったかなこの武偵高生活は、初日で終了を迎えようとしていた。
「つまらぬ…やめて世界を旅する。」
己よりも強い者がいないのだと理解したかなこは、そんな事を言い出す。
同じ学校に通う為に入学したというのに、そんな理由で終了?巫山戯るんじゃないわよ!!
「バカなの?ああ、ごめんなさい、バカだったわね。せっかく壮大な親子喧嘩までして入学した武偵高なのに、もうやめるの?」
かなこは、父親の反対を押し切って入学している。武偵高生となれば、一人暮らしとなるし、何より物騒な世界だ。正直、ドン引きする程娘であるかなこを溺愛している彼からすれば、身を割かれる思いだっただろう。だって、今だにかなこの携帯が鳴り止まないのだから。
まあ、散々反対しておきながら、武偵高のセーラー服を着たかなこの記念写真をメモリーがいっぱいになるほど撮っていたんだけど。
「バカと言うな!!私はバカではないぞ!!」
単純なかなこは、あっさりと前言を撤回する。
そう、それでいいのよ。かなこ、貴女の才能を最大限に活かせるのは、武偵や傭兵、そういった力の世界。貴女と私、お互いを補い合うふたりなら、なんだって出来る気がするの。そうでしょう?かなこ。
武偵高での生活、私には水が合っていたらしい。一年目から、相手を見抜く力を養う探偵科、その逆、相手を欺く諜報科、分析力を磨く鑑識科、それらを兼科し、全てを最大限学び、私本来の才能を伸ばしていく。
そんな片手間で、私とかなこのたったふたりのチームは、数々の依頼をこなしていく。それも、ハイランクの依頼ばかり。
「狐崎、留学の話が来ているぞ。」
教務部からそんな通達が来た。
「かなこと私は唯一無二のチームメイトです。彼女が一緒で無ければ、お断りします。」
「アイツを海外に出せるか!!国際問題じゃ済まんぞ!!」
そりゃそうでしょうね。でもその言葉に偽りは無い。かなこと一緒じゃなきゃ嫌なのよ。
「それじゃあ、この話は無かったってことでお願いします。」
「狐崎、これは教務部からの通達だぞ?」
要は、お願いではなく命令だと言いたいのでしょうけど…
「かなこ、どう思う?」
強襲科でやることの無いかなこは、いつも私の影にいる。勿論、本当に影の中にいるわけではなく、誰にも気配を察知されずに何処かで見守ってくれている。
「みすずは嫌なのだろう?なら行かなくていいと思うぞ。無理矢理にでも連れて行こうという者がいるのなら、私が強めに殴ってやるから安心しろ。」
教諭言葉の裏など、全く理解してないかなこは、なんでも無いことだと言ってのける。
「わ、分かった!!帰っていいぞ!!この話は無かったことにしておく!!」
顔を青くし、慌ててそう言う教諭。かなこの強めの拳、それは実質死刑執行と変わらないということを理解しているからの焦りだろう。
「なら、失礼します。そういう話は、ふたり一緒の場合であれば、喜んでお受けしますよ。」
かなこにとって、武偵高程度の依頼ではもの足りるわけがない。いっそ、海外に打って出るのもひとつの手ではあるのだけど…
「何処に行けと言われていたのだ?」
「イギリスよ。」
「なるほど、それは何処だ?」
こんな調子のかなこを海外に連れて行って、大事にならないわけが無い。だからまだお預けね。
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―ある武偵高教諭視点―
「みすずは嫌なのだろう?なら行かなくていいと思うぞ。無理矢理にでも連れて行こうという者がいるのなら、私が強めに殴ってやるから安心しろ。」
規格外の一年生、遠山かなこがそう言い放つ。
狐崎みすず、史上稀に見る天才。武偵の始祖とも言われるシャーロック・ホームズ、彼に比肩する程の頭脳と、並外れた情報収集能力、そして、何よりも、その能力を惜しげもなく発揮出来るだけの破綻した性格。
普通の生活を送っていれば、如何に優れた能力を持っていても、相手の心情を慮り、躊躇が生まれる。
それこそ、環境や教育によって、そういったものが欠落させることは可能だ。しかし、この狐崎は、一般的な家庭に生まれ、普通の学生として過ごしてきた。それだというのに、己の才覚を自覚し、人を貶めたり、嵌め殺すことに躊躇が全く無いし、それを行う為に必要な情報等を収集する能力を独自で身に付けていた。
規格外の新入生、遠山かなこにばかり目が行くが、こいつも規格外の怪物だ。
遠山かなこの様な、目に見える圧倒的な怪物ではないが、ある意味一番質の悪い怪物はこの狐崎だろう。
しかし、才能は間違いなくピカイチ。敵は作り過ぎる点はいただけないが、相手が逆らえないようにすることに関しては、指導すべき教官を超えている。
才能を更に伸ばすべきだ。そういう判断もあった。
しかし、何よりも、彼女は現状遠山かなこを唯一コントロール出来る存在だ。
普通ならそれでいいのだが、彼女と遠山かなこがセットで動くと、もう誰の手にも負えない怪物となってしまうのだ。
お互いに足りない能力を十分以上に補い、いや、補い過ぎて、どうやっても止めることの出来ない怪物となってしまっているのだ。
それをなんとかすべく、あまりにも早い、狐崎の留学を通達したと言うのに…
遠山かなこからの死刑宣告、狐崎の口先ひとつで、彼女の拳がこの身に突き刺さるというのだ。
それだけではない、狐崎の言い方次第では、武偵高、いや、学園島ごと跡形も無く消し去る可能性がある。
冗談の様に思えるが、彼女、遠山かなこであれば、その拳の一撃のみで、それくらいなら容易にやりかねないという実感が我々武偵高の教務部全員にはある。
数々の修羅場を生き抜いてきた教務部の面々だから分かる、理解出来ない、しかし、絶対に勝てないと分かる圧倒的な存在。そう結論付けられたのが遠山かなこなのだから。
「わ、分かった!!帰っていいぞ!!この話は無かったことにしておく!!」
我が身可愛さだけではない、学園を、学園島を、ひいては世界を守る為、そう言うしかなかったのだ。
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―竜宮アイラ視点―
「私は竜宮アイラ。竜と虎、貴女と並び立つのは、私よ!!」
なんなの!!こいつ!!気に入らない!!
入学試験、筆記試験で爆睡するブロンドヘアの受験生に対して抱いた感想。
悔しいけど、受験会場に少し遅めに入って来た瞬間、周囲がざわめく程の美少女。それは認めましょう。
だけど、ミス神奈川武偵中で、強襲科主席で卒業した私を差し置いて注目されるのは気に入らない!!
なによ!!見た目だけでしょ!!
それに、見た目だけなら、オーストリア人のママと、日本有数の巨大財閥企業である竜宮グループの総帥たるパパの血をひく私だって負けてません!!一般中だからってだけで注目されてるだけだわ!!
そんな気に入らない女は、筆記試験が始まると同時に、爆睡する。
なによこの女!!何しに来たのよ!!
結局、その女が試験中に目覚めることはなかった。筆記試験終了後、一般中の制服(その女とは制服が違っていた)の少女がその女を起こし、一緒に次の実技試験会場へと向かって行くのを見ていた。
般中の奴ら、武偵のやり方教えてあげるわ!!
そう張り切っていたのに…
なんなのよ!!こいつ!!おかしいでしょ!!
最初の格闘術の試験。得意のCQCで試験相手の受験生を圧倒していた。
あの女じゃなかったのは残念ではありますが、まあ、武偵の世界の片鱗は見せれたでしょう。
そう思っていたのに…
あの女の番、どんなものか見てみましょう。そう思って見ていた格闘試験は、開始二秒で
「退避ーーーっ!!」
試験官の声が響き渡ると同時に、半壊する体育館。
拳、あの女の拳から放たれた衝撃波がそうさせた…違う、違いますわ!!あれはただの建物の老朽化!!そうに決まってます!!パパに言って、修繕費用を寄付するとしましょう。
やはり、私は間違ってなかった。あの女は、射撃はダメダメ(引き金さえ引けてなかった)だし、きっと、偶然、体育館の崩壊と、あの女の正拳突きのタイミングが重なっただけなのよ!!
そう思いこむことが出来たのは、模擬戦闘が行われる迄だった。
偶然あの女と同じグループになった私は、開始のブザー音を待つ。隠れることも思いつかないのか、丸見えの位置に仁王立ちするあの女に銃口を向け、その時を待った。
ブーッ!!という、開始を告げるブザー音、その音と同時に弾丸を放つ。無様に、地に伏しなさい!!
しかし、弾丸が彼女を捉えることは無かった。そもそも、そこに彼女の姿は無かった。
「ひとり目。」
誰に聞かせる訳ではなく、ただカウントする様に呟く女の超えると同時に世界が真っ暗になった。
目覚めた時、試験場だった筈のビルは無く、あるのは瓦礫の山と、死屍累々と倒れる受験生たち。
「遠山かなこ。」
気に入らない女の名を知るのは、悔しさに満ちたまま迎えた、東京武偵高入学式の日だった。
入学時の強襲科主席候補として挙がった名前、そこには、私の名前どころか、たったひとりを除き、他の名前は無かった。
『遠山かなこ』
入学試験で圧倒的な力を見せた一般中からの入学生。筆記も射撃も壊滅状態というのに、ただ純粋な力だけでその地位に座る者。
それがあの女だと、理解するのに、少しの時間も要らなかった。
入学式終了後、容赦無く行われる強襲科オリエンテーション、上下関係を叩き込む上級生と教官による暴力の祭典。そんな、絶対に勝てない筈の催しで、唯一人、愉しそうな笑みを浮かべ、一年生諸共、一瞬で捻じ伏せた武偵高の伝説、遠山かなこ。
彼女と私の因縁の始まりだった。