ー狐崎みすず視点ー
「イ・ウーとはなんですか?」
同級生であり、竜宮アイラの従者である瀬木から呼び出され、依頼金を受け取った後、そう質問される。
「なにか、と聞かれたら、無法者集団という表現になるのかしら。」
彼女から受けた依頼は、彼女の主人である竜宮アイラの元に届いた手紙、それの解析だ。
結果、送り主は内容通り、イ・ウーという組織。実態は掴んでいるし、かなこにとって、いい暇潰しの相手としてリストアップしていたけど、組織自体に興味はなかった。
「まあ、イ・ウーとしたら、竜宮アイラを勧誘するのは当然でしょうね。」
彼らは組織のメンバー同士での指導等を行っている。特異中の特異とも言える彼女の力は、喉から手が出る程欲しいのだろう。
「アイラ様…」
心底心配だという表情になる瀬木。
「選ぶのは彼女。如何に貴女が心配しようと、その決定権は彼女にあるわ。」
私としては、竜宮がイ・ウーに入ろうと、拒否し、襲撃されようと、どちらでもいい。関係のないことだから。
「ねえ先輩。竜宮アイラにくっついてたら、キューちゃんも危険な目に遭うの?」
「まあ、場合によってはそうなるのかしら。いいじゃない、窮地に駆けつけてあげれば評価が上がるわよ。」
隠れて話を聞いていた戦妹の多目理玖の質問に、そう答える。
「先輩って、人を好きになったことないでしょ〜。」
「そうね、無いわ。私にはかなこがいればそれでいいもの。」
「先輩も大概歪んでるねぇ〜。」
そうね…自覚は嫌という程している。
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―伊勢久美視点―
竜宮先輩の戦妹となってから思ったこと、それは、大変面倒見が良い先輩だということだ。
空いた時間があれば稽古の時間を作ってくれるし、それを強制することもない。任務に呼んでくれるし、理玖の同行も許してくれる。
そんな竜宮先輩との共同任務で、今回だけは違っていることがあった。
「狐崎先輩…」
理玖の戦姉であり、探偵科Sランクの狐崎みすず先輩。憧れのかなこ先輩が唯一共に行動する特別な人。彼女が動く場合、絶対にかなこ先輩も動く筈だ。その期待の眼差しは、狐崎先輩にすぐさま否定される。
「ご期待のところ申し訳ないけど、かなこは一緒じゃないわよ。…呼んだら来るけど。」
僕の考えを見透かした様に言いながら、鬱陶しそうにしがみつく理玖を押し退けようとしていた。
「狐崎さん、お願いします…」
何故か瀬木先輩が狐崎先輩に頭を下げている。
「ねぇ〜リク危ないの嫌だよぉ〜。」
狐崎先輩にしがみつきながらそう言う理玖。
「離れなさい、鬱陶しい。…私がかなこを連れずに来るってことは、そこのトカゲモドキで十分ということよ。」
グイグイと理玖を押しながら狐崎先輩がそう言う。トカゲモドキって…竜宮先輩のことだよね…
「誰がトカゲモドキですって!!この女狐!!」
狐崎先輩に詰め寄る竜宮先輩。
「リ、理玖。こっちにおいで。ほ、ほら、狐崎先輩も迷惑そうだし…」
間に挟まれた理玖に声をかける。
「キューちゃん。」
僕の声に反応し、がっしりとしがみついてくる。
狐崎先輩と竜宮先輩の口論が繰り広げられる(一方的に竜宮先輩がやられ、涙目になっていた)。
「あ、貴女と共同任務なんて、本来ならお断りですわ!!」
涙声でそう言う竜宮先輩。
「そう?私は楽しいわよ。」
そんな竜宮先輩を見てそう返す狐崎先輩は、邪悪な笑みを浮かべている。
あれぇ?なんか思っていたのと違うぞ。あのかなこ先輩の唯一認めた相棒がこんな邪神とか大魔王という表現がピッタリな人だなんて…
大丈夫なのかな?
これから始まる共同任務に、Sランクがふたりもいるのに、恐ろしく不安になった。
そんな不安以上の脅威が迫っているなど、僕はその時知る由もなかった。
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―竜宮アイラ視点―
嵌めましたわね!!
狐崎みすず。あの遠山かなこと唯一共に行動することを許された異例中の異例。
武偵高に入学してから、私の評価はこれまでと変わらずナンバーワンではある。しかし、それは総合評価。
純粋な戦闘能力という分野ではどんなに努力し、足掻こうと、遠山かなこには遠く及ばない。頭脳や諜報という分野では、狐崎みすずは別の世界にいる。
彼女たちふたりは、その能力に偏りがあり過ぎるせいで、総合評価は私に劣る。というより、得意分野以外全て壊滅的で、それを改善しようとする努力さえ放棄したふたりに問題があるとは思う。
しかし、全てにおいてナンバーワンであった私にとって、それは屈辱以外の何ものでもなかった反面、己よりも優れた能力というものに惹かれたのも事実だ。
しかし…
「竜の血、それが加わりゃ、俺は教授を超え、紛うことなく最強となる。」
「お父様、独り占めなんてケチなことは仰るらないでしょうね?」
目の前に立つ吸血鬼、無限罪のブラドとその娘、ヒルダ。そして、
「妾の援護あってのものぢゃぞ!!」
古代エジプトを彷彿させる露出多めの衣装を纏った褐色肌少女パトラ。
イ・ウーの中でも上位戦力三人を相手取らねばならない状況に追い込まれたのは、間違いなく、あの性悪女、狐崎みすずの謀に違いないと確信した。
「貴女!!探偵科の主席でしょう!!さっさとやりなさいよ!!」
モタモタとセキュリティ操作をする狐崎に怒鳴る。
「五月蝿いわね…ほら、空いたわよ。さっさと行きなさい。ああ、後輩たちと、瀬木さんは残った方がいいわ。」
ゲートが開き、そう言う狐崎。
「私は、アイラ様と共に…」
そんな狐崎に対し、流苗が私の横につく。
「キューちゃん。リクと一緒にいよ〜。」
多目が伊勢をそう誘う。
「理玖は狐崎先輩とここに居て。僕はアイラ先輩と一緒に行くよ。大丈夫!!アイラ先輩は僕よりもずっと強いんだから!!」
純粋な眼をそう言って私に向けてくる。
「でもぉ~、キューちゃん…」
異常なまでに心配する多目に、少し違和感を感じる。しかし、続く狐崎の言葉で、その違和感さえ吹き飛ぶ。
「安心しなさい。私の身に少しでも危険が迫れば、かなこを呼ぶわ。」
狐崎にとっての最強の切り札である人物が控えているということを宣言する。
「私を信用していないということですわね?」
「かなこに比べたらね。かなこを呼ばなくてもいいことを願っているわ。」
嘲笑う様な顔と言い方に怒髪天を衝く。
「ええ、そう。分かりました…貴女の期待以上の働きを見せてあげますわ!!ノウル!!クミ!!ついて来なさい!!」
怒りに駆られ、突っ走ってしまった。今思えば、これも狐崎の思惑通りだったのだろう。
「なんですか、アレ?ピラミッド?」
突入した先、犯罪組織の武器庫の筈の場所には、それらしき物は何も無く、暗闇の中に異様なピラミッドがそびえていた。
「嫌な予感がしますわね。」
この時、直感的に狐崎に嵌められた可能性を疑った。しかし、なんの為に?
「邪魔者が二匹ついてるが、まあ、いいだろう。」
暗闇から聞こえてくる地の底から響く様な声。その声の主の、異様な姿が現れた。熊?毛むくじゃらな巨体はそう見えた。
「竜の血…どの様な味か、楽しみですわね。」
横に立つのは蝙蝠の翼が生えた少女。
「全く、ヌシらに付き合わされる身にもなって欲しいものぢゃ。」
古代エジプトの王族、そんな洋装の少女。
今まで相対した事の無い、異様さを感じる。そんな彼らを見て、ひとつの可能性を思う。
「イ・ウーの方々かしら?私に何の用でして?」
あの手紙、その答えを聞きにきたのだと想像した。その想像は概ね的中したらしい。
「そうだ。まあ、俺はお前を勧誘するというより、個人的な用だがな。」
小馬鹿にした様に笑いながら、毛むくじゃらが答える。
「イ・ウーに入るのかしら?それとも…」
蝙蝠の翼の少女がこれまた小馬鹿にした様に笑う。
「アイラ様…」
心配そうに私を見つめるノウル。
「ノウル、安心なさい。答えは端から決まってますわ…」
そう、決まっている。
「お断り致しますわ。そんな訳のわからない組織よりも、私には超えねばならない宿敵がいますもの!!」
そう、そんな組織に時間を割いている暇などないのだ。私には、あの遠山かなこを完膚なきまでに打ちのめすという最優先事項があるのだから!!
私の答えを聞き、毛むくじゃらは大声をあげて笑う。
「そう答えると思っていたぜ。俺にとってはそっちの方が好都合だ。下手にイ・ウーに入られると、教授の奴が面倒だからな…」
教授?それがイ・ウーなる組織の頭ということかしら。
しかし、そんなことを考える暇などなかった。
言い切ると同時に、毛むくじゃらが襲い掛かって来たからだ。
「遅い!!ですわ!!」
遠山かなこの攻撃に比べれば、止まって見える。
躱して竜化した右手、その爪で薙ぎ、吹き飛ばす。かなりの一撃だ、余程の相手でなければ起き上がれないだろう。
壁に激突した毛むくじゃら、爪を当てた箇所に大きな傷が入る。やり過ぎたかしら…
しかし、仲間がやられたというのに、余裕の笑み、嫌、面白そうに私を見る少女ふたり。違和感、でも、手応えは間違いなくあった。
「おいおい、予想以上だぜ。ますますその血が欲しくなった。」
全く堪えた様子のない毛むくじゃらの声に驚いてそちらを見る。
「どういうことですの…?」
深々と引き裂いた傷が塞がっていく。竜の血を引く私の再生能力を超えた超再生能力。見た目通りの化物ということですわね。
「想像以上。このままだと千日手だな。」
毛むくじゃらが姿形を変えていく。
「そういうことでしたのね…」
その変わりきった姿を見て、悟る。
「ドラキュラ!?」
クミが驚愕の声を上げる。そう、彼女の言う通り、その姿は、あのドラキュラ伯爵を彷彿させるものだった。
「参りましたわね…生憎、銀もニンニクも、十字架も持ち合わせておりませんわ。」
皮肉交じりに竜化を進める。こんなことなら、遠山かなことの初戦以来身に着けていない、完全武装で来るべきだったと悔やむ。
「安心しな。そんなもの、俺様には効かねぇよ。」
邪悪に笑う吸血鬼。彼があの無限罪のブラドということね…
格段に速度と威力を上げたブラド。しかし、それでも、日頃からあの女の攻撃を見続けた私には遅く、そして軽く感じる。
再生能力さえなければ、とっくに決着は着いているというのに…
「うっ!!」
正面のブラドに意識を向け過ぎて、影から現れた少女の電撃に気付けなかった。
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―伊勢久美視点―
異様な三人組。
吸血鬼が実在したことへの驚愕、それを相手取り、優位に戦う竜宮先輩にそれ以上に驚愕する。
いや、そもそもかなこ先輩と拳を撃ち合える時点で、彼女が滅茶苦茶強いというのは分かっていたけど、想像を超えていた。
僕に稽古を付けてくれてる時は、凄く手加減してくれてたんだなぁ…
そんな風に楽観的に戦いを見ていられるのも僅かな時間だった。
「うっ!!」
竜宮先輩の影から現れた少女が、電撃を放ち竜宮先輩に当たる。
「アイラ様!!」
瀬木先輩が飛び出した。僕はそれを止めなければならないのに、咄嗟のことに出来なかった。
「ノウル!!下がりなさい!!」
電撃を浴びたせいか、少し動きを緩めた竜宮先輩が叫ぶ。
「お前、邪魔よ。」
瀬木先輩の影から、あの少女が現れ、同様に電撃を浴びせる。
「ノウル!!」
竜宮先輩が、悲痛な叫びを上げ、蝙蝠の翼が生えた少女に襲い掛かるが、直ぐに影に身を潜める。
「瀬木先輩!!」
竜宮先輩の代わりに、僕が駆け寄る。
「…アイラ様は…?」
弱々しく訊ねる瀬木先輩。
「竜宮先輩は無事です。瀬木先輩の方が…」
どう見ても竜宮先輩よりも瀬木先輩の方が重症だというのに、竜宮先輩の心配をする瀬木先輩の忠誠心に涙が出てくる。
「クミ、ノウルを連れて逃げなさい。…いいえ、お願い、ノウルを助けて…」
自信家でいつでも強気な竜宮先輩が初めて見せた弱気。
「竜宮先輩…」
僕は何も言えなかった。小柄な瀬木先輩を抱え、立ち上がった。
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―竜宮アイラ視点―
「八つ裂きにして差し上げますわ…」
口から火炎が漏れる。
クミがノウルを連れ、元の道へと帰るまで身を挺して守り、そう宣言した。
嘗てない怒り、自我も理性も消し飛んだ様に、守りを捨て狂った様に力を振るう。
返り血を浴びる度にタカが外れた様に何度も爪で引き裂く。その度に再生するふたりに火炎を吐く。
「何をしましたの?」
身体が麻痺した様に動かなくなり、ピラミッドに腰掛ける少女に声を掛けた。
「キリがないのぢゃ。妾がケリをつけてやる。」
ニンマリと笑い、そう言う彼女。
「遅ぇぞ。」
醜悪な笑みを浮かべ、ブラドが立ち上がる。
「お返しをしなければね。」
サディステックに笑みを浮かべる少女。
超能力?いや、これは魔術?
動きを封じられた私に、電撃が何度も与えられた。
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―ヒルダ視点―
竜宮アイラ、彼女の持つ竜の力は、私たちの想像を超えていた。
暴走した様に暴れ、浴びせられる攻撃に、不死の身体である吸血鬼、高貴な私が、恐怖を抱いてしまった。
パトラの呪いがなければ…
そんなことを考えてしまう。屈辱でしかない。その鬱憤晴らしの如く、動きを止められた彼女に何度も電撃を放つ。
「ヒルダ、そこまでだ。殺しちゃぁ、意味がねぇ。」
「そうですわね…では、血を頂くとしましょう。」
父の言葉で、物足りなさを感じながらもその手を止めた。
想像を超える竜の力。これを手にすれば、私たちを退屈そうに見ながら大欠伸している、ピラミッドの側では世界最強クラスの魔女であるパトラどころか、教授さえ超える…
父と短く目配せし、小さく頷き合った時だった。
ゾクリと背筋を駆け抜ける悪寒。突然本能が恐怖に支配される。私だけではない。父もそれを感じた様だ。
「遠山かなこ…」
何度も電撃を浴びせたことで、弱った竜宮アイラの口から、そんな名前が漏れた。
「瀬木と伊勢は無事だ。」
瞬きもしていない。それなのに、竜宮アイラをお姫様抱っこし、そう彼女に伝える女の姿が目の前にあった。
言葉を失う私たち。退屈そうに大欠伸をしていたパトラでさえ目を見開いて冷や汗を流している。
「武偵憲…武偵…なんとやらの第何条とやらにあったな。仲間を信じ、仲間を助けよ。…だったな。」
その言葉と同時に、父の身体が吹き飛ぶ。
超再生能力を持つ父の聞いたことも無い様な悲鳴と再生が遅い傷に感じたこともない恐怖を感じる。
「お、お前は…」
父の弱々しい声が聞こえた時。
「アァァッ!!」
私のこめかみに激痛が走る。その謎の女は、目にも留まらぬ速さで、竜宮アイラを安全地帯へと置き、私にアイアンクローを決めていた。
藻掻き、何度も最大出力の電撃を放つのに、全くダメージが無いどころか、意にも返さない。
「あとひとりか…」
父も同様にアイアンクローで掴み、パトラを見る女。
「お、お主が何者か知らぬが、妾にとっては好都合ぢゃ!!」
若干、動揺しながらも、パトラは高笑いしながらそう言い放つ。
それと同時に、私たちを魔力が包む。…私の魔臓、その箇所に紋様が浮かび上がる。父は形態が解かれ、醜い姿に変わってしまう。
「パトラ、テメェ…」
「裏切りましたわね!!」
弱体化、世界最高クラスの魔女による呪い。
「裏切る?妾はそもそもお主を仲間とは思っておらぬのぢゃ。」
高笑いするパトラ。元々そういう計画だったということね…
「なんだ?仲間割れか?」
「だから!!仲間ではないと言っておるぢゃろう!!…って、何故お主なんともないのぢゃ!?」
圧倒的魔力を一番強く浴びた筈の女は、ケロッとした表情で立っている。
「なにやら変な気に包まれたが、あの程度、気合いでなんとかなるぞ。」
この女は何を言っているのだろう。脳の処理が追いつかない。術を掛けたパトラの顔が青くなる。
「何故ぢゃ!!何故ぢゃ!!ピラミッドと共にある妾の呪いが効かぬなど、あり得ぬのぢゃ!!」
未知の力への恐怖に負けたのか、反狂乱となり女に向け何度も魔術を放つ。
「さて、そこまでだよ。」
パトラが放った魔術が全て羽虫を払う様に消し飛ばされた時、どこからともなく声が響く。
「パトラ…いや、ここにいる全員に僕が加わっても、彼女には勝てないよ。」
「教授…何故お主がここにおるのぢゃ…」
ギリッ、と苦虫を噛み潰したような顔になるパトラ。教授には、全てお見通しだったということね…
教授…イ・ウーの現リーダーであり、世界最高の探偵であるシャーロック・ホームズが姿を現し、そう悟る。
「あら、随分と弱気なのね。無法者集団の癖に。」
その横に立つ細見の少女は、謎の女と同じ、東京武偵高の制服を身に着けている。
「彼我の戦力差を見極めることくらいは出来るさ。」
「あら、残念。貴方なら、己の好奇心の為に、その見極めも捨てると予想していたのに。」
教授の言葉に、少女は全く残念でもなさそうにそう言う。
「実物を見るまで、僕もそう思っていたよ。でも、こうやって実際に顔を合わせたら、好奇心よりも恐怖が勝る。僕には、彼女への勝ち筋を推理出来ない。」
やれやれ、といった様子で肩をすくめ、お手上げのポーズを取る教授。
「なんだ、もう終わりか?」
彼の言葉を聞き、それまでパトラを見ていた女は、興味を無くした様に教授の方を向く。
「そうしてくれると有り難いよ。ここでイ・ウーの主戦力を壊滅させたくないんだ。勿論、遠山かなこ君、君にもメリットはある。君の弟たちが強くなる機会というメリットがね。」
彼が何を言いたいのか分からない。今この状況で、その言葉の真意を理解しているのは、発言の主たる教授と、その隣に立つ少女だけだった。
「かなこ、彼の言う通りよ。キンイチとキンジが愉快な…強くなる良い機会を彼は作るわよ。」
愉快と思いっきり言ってたわね…あの少女、遠山かなこと呼ばれる謎の女よりもヤバい気配がする…
「そうか…ならそうするとしよう。」
そう言って、帰る素振りを見せた女に、
教授が言葉を掛ける。
「そうだ、ひとつお願いなんだけど、あのピラミッド、このまま残しておくと困るんだ。よかったら壊してくれるかい?」
パトラが魔力を注ぎ作り上げたピラミッド。簡単に壊せるモノではない。
「別に構わぬぞ。」
しかし、女は軽く承諾し、ピラミッドの前に一瞬で移動した。
「こ、壊すぢゃと!!妾の魔力を注ぎ込んでおるのぢゃ!!そう簡単に…」
叫ぶパトラ。そんな言葉の途中で、女が軽い感じで正拳突きを放った。
ピラミッドは壊れなかった。
そう、壊れはせず、跡形も無く消し飛んだ。そこにそんな物があったという形跡ひとつ残らず、綺麗サッパリ消え去った。
「満足かしら?」
正拳突きを放った女ではなく、教授の横に立つ少女がそう教授に問いかけた。
「…十分だ。ありがとう、手間が省けたよ。」
紳士的な笑みを浮かべそう答えるが、その顔も、声も、強張っているのは分かった。
「かなこ、帰るわよ。」
少女の声に頷き、竜宮アイラをお姫様抱っこして女が去って行く。
その後、父と教授から説明を受けた。
絶対に敵対してはならない存在。それがあのふたりであると。
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―竜宮アイラ視点―
「武偵憲…武偵…なんとやらの第何条とやらにあったな。仲間を信じ、仲間を助けよ。…だったな。」
確認するかの様に私の顔を見る。条項以外何一つ覚えていない、バカ丸出しの発言なのに、落ち着いた口調と、普段と何一つ変わらない瞳。
そう言った後、一撃で無限罪のブラドを吹き飛ばす。遠山かなこの拳を食らったブラドは悲鳴を上げる。あの厄介な再生能力が追いつかないのか、深々と刺さった跡の残る傷は、なかなか修復しない。
私の知る中で最も強い相手、最も高い壁だとは分かっていた。けど、その壁はあまりにも高過ぎるのだと、知った。
「少し待っていろ。」
私をお姫様抱っこして、安全地帯に寝かせる。
何が起き、何がどうあって終わったのか、理解出来ない。
ただ分かるのは、相手の戦意が完全に消失したということだ。
「かなこ、帰るわよ。」
狐崎の言葉に頷き、私の方へと歩き出す遠山かなこ。
「ちょ、ちょっと!!待ちなさい!!自分で歩けますわ!!お、降ろしなさい!!」
また私をお姫様抱っこし、歩き出す遠山かなこにそう言う。
「足がまだ震えている。今は大人しくしていろ。」
彼女の言う通り、何度も電撃を浴びた身体は、今だ万全ではない。しかし、それよりも降ろして欲しいと思うのは、感じたことの無い胸の高鳴りと頬の紅潮を自覚していたからだろう。
遠山かなこ、彼女に抱えられ、見える彼女の顔、耳に届く声。そのひとつひとつに胸の高鳴りが強くなる。何故?何故、こんなにもときめくの…
その後、ノウルが泣きながら駆け寄って来た。その頭を軽く撫でながら、発熱した時の様に、ボォっとした思考で遠山かなこを見つめていた。
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―狐崎みすず視点―
計画通りね…
かなこを呼ぶタイミングも完璧だったし、天然のタラシである遠山家の力も遺憾無く発揮されていた。
現に、かなこを見つめる竜宮の目は、恋する乙女そのものだ。
これまで、数え切れない程の任務に当たり、幾度もなく、男女、性別問わずにタラシてきたかなこだ、お膳立てさえすれば、あの竜宮アイラといえどコロッと墜ちると踏んでいたが、予想通りだ。
ただ、予想よりもその惚れ込みが深過ぎた。
「遠山かなこ、ここにいましたのね!!」
任務で海外に行っていようと、探し出して付き纏ってくる様になってしまった。
面倒だし、煩い。そう思うが、当初の目的は達成されたし、良しとした。
「かなこの為に、五千万程必要なのだけど…」
「その程度の端金、どうということもありませんわ!!倍の一億、お渡ししますわ!!」
都合の良いATMが出来たのだから。